二話分を終えて、あれ?進んでなくね?と思わずにはいられない今日この頃。文字数が少ないのでしょうか?
それと最近、リーベを上手く書けているのか心配になって来ています。
レムちゃんは、すうすうと寝息を立てている。月明かりに照らされた髪を触れる程度に撫でる。
「……ぅん……」
「ああ、ごめんね。起きちゃった?」
「どうしたんですか、お姉ちゃん?何だか、凄く悲しそうな顔ですよ?」
「……そうかな?別に悲しいことなんて、なかったんだけど……」
嘘だ。
ボクは今、レムちゃんの顔を見ているだけで、ズキズキと胸が痛んでいる。
先程のキリト君とアレックスから聞かされた事の顛末。それは、ボクにとって、途轍もない衝撃だった。
レムちゃんが、誰かに殺害された。いや、誰か、と言うのは的確ではない。正確には、何かだ。二人は結局、何故レムちゃんが死んだのか、何も解らなかったのだから……
数時間前。ボクとムッツリーニ君にキリト君とアレックスが、ベータ時代のレムの状況を説明してくれた。
『……あの日、レムをギルドホームに残して、俺と、アレックスと、もう一人、ボルトって奴で迷宮区に行ったんだ』
『そこで、とある通知窓が現れたんです。そこには、レムがパーティから脱退しました、と書かれていました……』
そこで、単純な疑問を口にした。
『それだけじゃ、レムちゃんが死んだとは断定出来ないんじゃないの?』
『はい、その通りです。ですから、私達は、必死になって探し回りました。攻略組という地位も、第十層のボス攻略という目標も投げ打って。それが確か、ベータテスト終了まで、後三日の事でした』
『……それでどうなったんだ?』
ずっと、無言を貫いていたムッツリーニ君が、続きを急かすようにそう言った。
それを見て、キリト君は、小さく頷き、言葉を発した。
『フレンドのサーチ機能を使っても見つからなかったから、きっと迷宮区に居るんだろうってことは解ったんだけど、それでも、三日じゃ全ての階層の迷宮区を廻るのは無理だった……』
キリト君は、視線を机に向け水の入った硝子製のコップを握り締めていた。そして、あまりに強く掴まれていたためか、オブジェクトの耐久限界により、グラスはポリゴンの破片と化した。
ギルドホームに、重苦しい静寂が満ちた。ボクとムッツリーニ君は、続くキリト君の言葉を待った。だが、キリト君はそれ以上、何も言おうとはしなかった。
そんなキリト君に代わって、アレックスが、弱々しくその事件の終局を語った。
『あれは、ベータテスト終了の、十分前くらいだったと思います。レムを探すキリトさんとボルトさんと私に、絶望がシステムの文面で叩きつけられました。《レムが死亡しました》たったそれだけの簡素な一文でした。あの子がNPCだということは解っています。いや、NPCだったからこそ、でしょうか……。ベータ時代、当然デスゲームではなかったあのときは、プレイヤーの死に心を痛めるなんていう滑稽な人はいませんでしたから』
『で、でも、NPCだって死亡判定が成されたら、リスポーンするはずじゃ……』
そこで、ボクは言葉を飲み込んだ。そうか、これは……このクエストは限定クエストなんだ……。限定クエストが限定クエストたる所以は、一度しか受けられない、その一点だ。仮に、そのクエストの登場人物のNPCが死んでしまえば、その時点でクエストはおじゃん。もう二度と受けられないし、NPCとは、もう二度と会えない。
そんなボクの思考を感じ取ったように、アレックスは更に続けた。
『ええ、そうです。おばあちゃんのおうちは、たった一度きりのクエスト。でも、それ以前の問題なんです。リスポーンしたNPCは、前回の記憶を引き継げないんですから……』
陰鬱にアレックスは言った。
例えレムがリスポーンしたとしても、それは以前のレムじゃない。記憶を失ってしまえば、それはもう違う人間なんだ。
つまり、NPCでも……いや、アレックスの言葉を借りると、ベータのときはNPCだからこそ、死は別れになり、悲しみになった。ならば何故、このレムというNPCには、ここまで高度なAIが搭載されているのか。レムとプレイヤーの双方に別れの悲しみを与えるくらいなら、いっそのこと、NPCらしくクエストという作業を淡々とこなしてくれた方が、まだ救いがある。何故この子は、こんなにも人らしいのか。この子に心を与えたのは、何がどう作用してのことなのか。
もっと言えば何故この子は、死ななくちゃいけなかったのか。
何も解らない。今更ながら、ボク達に与えられている情報は、あまりに少ない。
『だから……だから!今度こそ、あの子を守ってあげて下さい!』
アレックスの悲痛な懇願が、仮想の空気とボク達の心を震わせた。
『…………当たり前だ!』
普段は物静かなムッツリーニ君が、声を荒げて宣言した。まるで、自分の中に確固たる意思を植え付けるかのように。
それに同調し、小さく、だけどもいろいろな感情を込めて頷き、言った。
『うん、約束する。絶対にレムを、誰にも傷付けさせない』
「……ゃん…………えちゃん……………お姉ちゃん!」
そんなレムちゃんの声で、記憶の渦から脱した。相当長く回想していたような気がするが、ギルドホームの客間にある木製の掛け時計を見ると、まだ数秒しか経過していなかった。
「なんでそんなに深刻そうな顔をしてるんですか?心配してくれ、と言わんばかりですよ?」
捻くれてるのかストレートなのか解らない、そんなレムちゃんの思いやりの言葉。なんだかんだで根は良い子なんだなあと感嘆しつつ、少し茶化して言葉を返した。
「そんな些細な表情まで解るなんて、もしかしてレムちゃん、お姉ちゃんのこと好きなのかなあ?」
「はあ?そんなこと、当たり前田のクラッカーですよ」
その即答は当然嬉しかったが、それよりもツッコミたい欲が優ってしまった。
「そんな表現、どこで覚えたの!?」
「あれ?お気に召しませんでしたか?なら、表現を変えます。あたりきしゃりきのこんこんちきですよ」
「さらに古風な表現に!」
するとレムちゃんは、太陽のような笑みでボクの顔を覗き込んで言った。
「元気……出ましたか?」
「ああっ!可愛い!可愛いよ、レムちゃん!」
「ちょ!あんまり強く抱きしめないでください!息が苦しいからぁ!」
もうこれはしょうがないんだ。反射的な欲求だから!あっはっはぁー!可愛いなぁ!
「ふぐぅーーっ!」
「はっはっは!無駄無駄無駄無駄ッ!レムちゃんの筋力じゃ、お姉ちゃんのホールドは剥がせないぞっ!」
「は、離して!さもないと、お姉ちゃんのことを嫌いになりますっ!」
「Yes ma'am」
瞬間的に、レムちゃんから一メートル以上離れる。嫌だ!今、レムちゃんに嫌われたら自殺する自信がある!
そんなボクを見て、レムちゃんは胸を撫で下ろしている。そんなに嫌だったのかなあ……ボクとしては、唯の愛情表現のつもりだったんだけど……。
「よし!じゃあこうしよう!お休みのチューで、今夜は引き下がるよ!」
「じゃあ、次夜は何を要求されるの!?」
「明日は明日の風が吹くのさっ!」
「答えになってないよ!」
結局、レムちゃんの唇は奪えなかった。
☆
翌朝、ボク、レムちゃん、ムッツリーニ君の三人は最前線から離れ、レムちゃんのおばあちゃんのための薬草取りに出かけた。
「…………レム、何故俺の後ろに隠れるんだ?」
「わたし、お姉ちゃんのこと嫌いになったの!だから、お兄ちゃんが守って!」
レムちゃんがほっぺたを膨らませ、プンスカという擬音が聞こえてきそうな表情で言った。
「……お前は何をしたんだ?」
「い、いやあ……単なる愛情表現だよ」
ムッツリーニ君が、訝しげな視線をこちらに向ける。この男にだけは向けられたくない目線だ。
しかし、何故ボクは二人からジト目されているんだろう。どうにかしてこの状況を脱却したいな。
「レムちゃん、お姉ちゃんがお菓子買ってあげようか?」
「え?ホント?やったあ!リーベお姉ちゃん大好き!」
そう言って、レムちゃんはタックルの如く抱きついてきた。ウフフ……髪の毛がサラサラだあー……。
「…………餌付けしたな……」
「人聞きの悪いことを言わないでよ。お菓子を買ってあげるだけなんだから」
妹にお菓子を買ってあげるくらい、どこの姉妹でも、普通にすることだよね。いやあホント、レムちゃんがチョロくて助かった。
「ところで、どんなお菓子がいいの?」
「あれ!あれがいい!」
いつの間にか敬語キャラを崩しながら、レムちゃんは、興奮気味に、ある一点を指差した。
スルメ。
「渋い!渋いよ、レムちゃん!」
「え?ダメ?」
「いや、いいよ。全然いいんだけどさあ……」
レムちゃんは、点日干しされたイカ片手に、鼻歌交じりに意気揚々と行進している。
「ふふふーん♪」
「なんでそんなにスルメが好きなの?」
「形がかっこよかったからかな!」
「え?スルメ食べたことあるの?」
「ない!」
まさかの、判断材料は形だけ……。スルメを選んだことを後悔しなきゃいいけど……。
石畳の大通りを数分ほど歩いていると、レムちゃんが何かを見つけたのか、ボクとムッツリーニ君を呼んだ。
「このベンチでスルメ食べよっ!」
「うん、そうしよっか」
そう言って、元気いっぱいにスルメを頬張った一口目のレムちゃんの表情はいつまでも、絶対に脳裏から離れないだろう。
☆
沼地に降り続く霧雨は、空気の密度を練り上げる。沼を広げ、地を覆う。それだけでも十分陰鬱なのに、挙句の果てに、イモリぐらいから、人間大まで、大小様々な蛇が跋扈しているもんだから、心の天気まで曇ってきてしまう。
そんなボクの隣を歩く、太陽みたいな女の子。そんな気色に当てられれば、何と無しの気分なんてすぐに吹き飛んでしまう。
「まず必要なのは、オルームグラスっていう薬草だよ」
ちょっと不機嫌そうにレムちゃんが、薬草の名を言った。まだ、スルメの衝撃から立ち直っていないのだろうか。まあ、口ぶりからして、甘いものだと思ってたみたいだから、よりショックが大きかったのだろう。ボクは好きだけどなあ、スルメ。
「……それは、どうすれば取れるんだ?」
「うぅーん……知らない」
いきなり頓挫した。まさか解らないとは……。
「じゃあ、アルゴさんに聞いてみよっかな」
「……もうメールを送った」
「早っ!」
「……返信が来た」
「早っ!」
「……サーペント・ガードナーからのモンスタードロップを狙うか、主街区の東で受けられるクエストの報酬か。効率的には、モンスタードロップの方が良い」
「うん、じゃあそうしよっか。レムちゃんもそれで良い?」
「良い……けど、わたしは、モンスタードロップって言い方が嫌いなの」
言い方が嫌い、とはどういうことだろう。ボクは、レムちゃんの説明を待った。その空気を感じて、レムちゃんは話し始めた。
「だって、モンスターさんだって生きてるんだよ?それなのにドロップなんて言い方したら可哀想だと思うな」
その言葉には頷けなかった。確かに、この世界の住人たるレムちゃんにとっては、同じくこの浮遊城で生まれたモンスターは、生きているとしか思えないのだろう。モンスターが生きていることを否定すれば、それは自分が生きていることの否定になるのだから。
だけども、ボク達にとっては、ここがゲームの中だと知り、ログインという過程を経てここに存在しているボク達プレイヤーにとっては、モンスターは、単なる電子データで形作られた、ポリゴンのオブジェクトに他ならない。
改めて、レムちゃんがNPCだということを意識してしまう、認めたくないことを認めざるを得ない虚無感が、ボクの心をじわじわと侵食する。この無邪気な笑顔が、この優しい気遣いが、作り物だなんて思えない。思いたくない。
ボクは、いつの間にかレムちゃんの小さな手を握り締めていた。レムちゃんは、少しの間、不思議そうな顔でボクを見ていたが、ニコリと笑うと、ボク達を先導し、歩き出した。
ちょっと更新が遅れてしまいました!ごめんなさい!
非常に不遜だとは弁えているのですが、何故か、書けるのに書きたくなくなるという事態に陥って……は!まさか、これがスランプ!?
気分転換に短編を投稿してみました。元ネタはDDDという小説なのですが、解らなくたって問題ないように書いたつもりですので、興味があればぜひお読み下さい。
これを気に、DDDに興味をを抱いてくだされば、こんなに嬉しいことはない!