今回からは、初のライト以外の視点!と思いきや、見返すと、優子さん視点もちょっとやってましたね。
でも、ずっと、ライト以外の視点は初です!
今回からは、クドムツが続きます!
雑多で猥雑な商店街の雰囲気は、少しの感傷を呼び起こす。部活帰りに立ち寄った駄菓子屋。毎日の買い物の八百屋や魚屋。そんなものは、この世界では過去の遺物だ。活気のある街並みに、ほんの少し似つかわしくない心持ちで、ボクは第十層の主街区を練り歩く。
そこで、はたと一つのアイテムに目が止まった。線の細い花弁を幾つも持つ、鮮やかな紅色の花飾りだった。
「ねえねえ、ムッツリーニ君!コレ可愛いと思わない?」
隣を素っ気なく歩く彼に聞いてみる。
「……俺は、そんなものに興味はない」
やっぱり返事も素っ気ない。
あ、いいこと思いついた。ちょっと鎌をかけてみよう。
「その返事は、なかなか良いってことだね」
「……何故、解るっ!」
「ああ、やっぱりそうなんだ。すいません、これ下さい!」
鎌をかけて正解だった。ていうかムッツリーニ君。ポーカーフェースが下手すぎるよ。まあ、そこも可愛いとこなんだけど。ああ、こんなセリフ、誰かに聞かれちゃったら、恥ずか死するな。うん、きっとする。
何故にボクが、ムッツリーニ君と買い物デートを敢行しているかと言うと、ボク達のギルド『The Servents』の規則に由来していたりする。それは、パーティまたは、コンビ編成は、ボス攻略時以外、原則自由というものだ。
ボクが朝、ギルドの借ホームに到着すると、そこに残っていたのは、誰かパーティメンバーを組めそうな人待ちのムッツリーニ君だった。そこでボクが、パーティの申請をすると、微妙な表情を作りながらも承諾してくれた、というわけだ。
余談だが、『The Servents』というギルド名には、三つの由来がある。一つは、ボク達がこのデスゲームに囚われる以前に通っていた文月学園のシンボル、召喚獣をイメージしてのもの。もう一つは、ボク達プレイヤーをこの世界に召喚されたと見立てたもの。そして三つ目が、SAOを自動運営しているカーディナルシステムをサーバと置き、ボク達プレイヤーをクライアントとしたこの関係性を、サーバとクライアントのポートマントーであるServentsを比喩したものだ。まあ、原案者のライト君は、そこまで考えてなかったみたいだけど。
そんな思考を巡らせながら、一見無害に見える青年、ムッツリーニ君を見ると、ゴソゴソと何かを買い漁っていた。
「……何してるの、ムッツリーニ君?」
「…………結晶アイテムを買っている」
「ええ!?結晶アイテム!?そんなもの買うお金が何処にあったのさ!?」
結晶アイテム、と一口に言うが、その値段は総じて、アホ程高い。もうぶっちゃけ、値段設定一桁ミスったでしょ、っていうぐらい高い。きっと、ゆくゆくは普通に買えるようになるのだろうが、現在十層を絶賛攻略中のボク達には手の届かない代物だ。その筈なのだが、彼は何故か同じ形状の結晶を十個くらい両手に抱えている。
一体どうすれば、そんなお金が工面出来るのか、単純に気になったので、一つづつせっせとアイテムストレージに結晶をなおしている彼に聞いてみる。
「それ、何用の結晶なの?」
「……映像記録用結晶」
「その一言で、全てが丸分かりだよ!融資だね、男性プレイヤーから融資を募ったんだね、ムッツリーニ君!」
「……男性プレイヤーだけではない、と付け足しておこう」
「誰だよ!こんな事に出資した女の子!」
ああ、ダメだ。ボクは基本ボケの筈。いつの間にツッコミに回ってしまっていたのか。
まさか本当に、ムッツリーニ君は、あの盗撮写真を売りさばく悪の組織、ムッツリ商会をこの世界で再興しようと言うのだろうか。彼なら出来てしまいそうなのが怖い。
「……さっさと支度しろ、リーベ。狩場が先客で埋まってしまうぞ」
「いきなり正論ぶち込まないでよ!って、ああ!ちょっと待ってよ、ムッツリーニ君!」
そそくさと圏外へ向かうムッツリスケベの後を追う。何故か、そんな彼の背を見るだけで、頬が紅潮してしまうのが悔しいところだ。きっとあのムッツリ鈍感野郎は、そんなことに気づきもしないのだろうけど。
☆
「せぇやぁぁあっ!」
気合いに乗じて、両手斧を逆袈裟に切り上げたとき、アインクラッド第十層に生息するMob『サーペント・ウォーリア』は、青白いガラス片となって霧散した。
数秒後、ボクの眼前にポップアップウィンドウが現れた。そこには、獲得コル、獲得経験値、ドロップアイテム、そしてレベルアップの電子文字が刻まれていた。
どうやら、今回のレベルアップでスキルスロットも一つ増加したようで、スキルを増やせますよ、的な案内文も同時に出現した。
「うーん、何にしようかな……」
「……スキルスロットが増えたのか?」
「うん、そうなんだけど。メインアームは取る気も無いし、かと言って日常系もねえ……」
「……探索スキルにでもしておいたらどうだ?」
「じゃあ、そうしよっかな」
「……冗談のつもりで言ったんだが……」
だってもう取っちゃったし。他に入れたいスキルもないし。というわけで早速、探索スキルを使ってモンスターを探してみよう。
テーマが沼地であるアインクラッド第十層のエリアを、探索スキルのシステムウィンドウと睨めっこしながら進んで行く。
「あ!ムッツリーニ君!北東方向にモンスターがいるよ!」
「……いや、もう戦っている」
そう言われて顔を上げると、ボクからたった一メートル先の北東方向にモンスターがいた。いや、探索範囲一メートルって!舐めてんのか!
ムッツリーニ君は危なげなくそいつを倒すと、此方をチラリと見てから踵を返した。ボクも、目の前の獲得コルと経験値の表を、少しの罪悪感を持って消し、彼の後を追った。
そもそも、探索スキルはメインアームにもサブアームにもならない完全なサポートスキルなので、ずっと使い続けると、熟練度の上がりが異常に早い。具体的に言うと、一日で十上がっちゃったりした。
「この探索スキルって奴、もう熟練度が十も上がったよ!」
「……普通、そんなにずっと使い続けるもんでも無い」
「いや〜だってさ、使えないものも、さっさと使えるようにした方がおトクじゃない?」
「…………」
「あ!新しい反応だ!でも、Mobじゃないみたい。プレイヤーかな、NPCかな?」
探索スキルのウィンドウには、周辺の動的オブジェクトが、それを指し示すカーソルの色で表示される。例えば、プレイヤーやNPCならグリーン。プレイヤーの場合は、犯罪を犯せばオレンジになるけど。で、モンスターの場合は白から黒の間を変化する。
そして今、表示されている色はグリーンだ。プレイヤーにしろ、NPCにしろ、無害な事に変わりない。じめじめと湿った地面を踏みしめながら、ボクらは、カーソルが点滅する方へと近づいて行った。
そこに立っていたのは、日輪のような綺麗な金髪を肩口まで垂らした女の子だった。顔立ちは日本人離れしていて、きっとハーフなのだろうと想像できる。歳は、おままごとをしていても不思議じゃないくらいに見える。
まだ少しだけ残っていた警戒心は消滅し、近づく足も自然と速くなった。
女の子は忙しく首を回して、周囲を警戒しているようだ。やがて、ボク達が近づく足音に気付いたのか、女の子は、生糸のような金髪を揺らしながら言った。
「モ、モンスターさんですか!?ど、どっか行って下さい!わたしはあなたと戦いたくありません!」
モンスターにさん付けするのか、とか、仮にモンスターだったとして君は対話出来るの、とか、モンスターとの戦いは不可避的に起こるものでしょ、とかのツッコミワードを喉元で押さえ付け、なるたけフレンドリーな声音で女の子に話しかけた。
「モンスターさんじゃないんだな、これが。君は、こんな所で何してるの?」
「ああ、何だ。人間でしたか」
あれ?この子の中では、モンスター>人間なのかな?
この子の性格に一抹の不安を感じつつ、質問の返答を待った。
「わたし、おばあちゃんちに行きたいんです。でもね、どうやって行けばいいのかわからんのですよ」
ボクは、君の性格がわからんのですよ。まあ、取り敢えず事情は理解した。きっと、おばあちゃんと一緒に、このSAOにログインしたのだろう。そして、なんやかんやあって、この沼地で道に迷っていた、というところか。
しかし、祖孫でデスゲームに囚われるというのは、なんとも悲劇的ではないだろうか。お涙頂戴とまではいかないが、おばあちゃん宅まで届けてあげようくらいの同情心は湧き上がる。
「うん、じゃあ、このエッチなお姉ちゃんと、このエッチなお兄ちゃんが助けてあげよう!」
「……俺はエッチじゃない(ブンブン)」
さすがにその否定は往生際が悪すぎるよ。いやまあ、ムッツリの名に恥じないといえばそうなんだけどさ……。
呆れかえるボクに、女の子は予想外の反応を見せてくれた。
「お、お姉ちゃん、エッチなんですか!じゃ、じゃあエッチもしたことあるんですよね?ど、どんな感じなんですか!?」
目を輝かせ、鼻息を荒くして問う女の子。おおっと、こりゃ将来有望だな。
っていうか、ロリでハーフで性格に難ありのビッチって、あまりにも欲張りすぎじゃないだろうか。この子の将来が思いやられるところだ。
しかし弱ったな。自分でエッチ宣言しておいて、エッチしたことないなんて言えないよなあ……。
「う、うん。えーっとね、エッチはね、なんて言うか、スゴイよ!」
隣のムッツリーニ君が鼻で笑う。貴様もどうせ童貞だろ!
「スゴイって、具体的にどうスゴイんですか?」
なんでボクは、見ず知らずの女の子に、やったこともない事の感想を聞かれているのだろう。なんだか虚しくなってきた。
「いやー、言葉で言い表すのは、ちょっと難しいかなー」
「なるほど、実践あるのみ、というわけですね?じゃあ、お相手は、このエッチなお兄ちゃんにしてもらいましょう!」
「えええええっ!?いやいやいやいや!だ、駄目だよそれは!そ、そんなことしたらお兄ちゃんも困っちゃうし!それに……」
ボクが言い訳を言い終わらない内に、ムッツリーニ君は顔を真っ赤にしながら、板のようにバタンとその場に倒れ、気絶した。
なるほど、鼻血が出なくても気絶はするのか。
「お兄ちゃん、気絶しちゃったし」
「そうですね。じゃあ、起きたらしてもらいましょうか!」
「やめなさい!そういうのは、好きな人とやるものなんだよ!君にも好きな人……」
そこで、まだこの子の名を聞いていないことに思い至り、慌て気味だった語調を正して聞いてみた。
「そういえば、君。名前は何て言うの?」
「名前を聞くときは、自分から名乗るのがスジってもんじゃないんですかあ?」
あ、ちょっとウザい。いやいや、ボクは大人だからね?このぐらいでキレたりなんてしないよ?
「う、うん、ごめんね。ボクはリーベ。んで、そこで倒れてるお兄ちゃんがムッツリーニ君って言うんだよ」
「リーベにムッツリーニですね。はい、分かりました。わたしはレムです。夜露四苦!」
よろしくの発音が、ちょっと変だった気がするけど、気の所為かな。流石に、そこまでキャラが濃くは無いだろう。多分、きっと。
「ところで、レムちゃんのおばあちゃん家ってどこにあるのかな?」
「おばあちゃんちはですね、十一階にあるんです!」
十一階?どういうことだろう?
そんなボクの思考を読んだかのように、レムは言った。
「あれ?たもしかして言ってる意味が分かんないんですか?十一階って言うのは、このお城の十一階ですよ!」
ますますわけが解らない。ここは、現在の最前線、アインクラッド第十層だ。もし、このお城がアインクラッドを指すのだとすれば、どう考えても辻褄が合わない。だって、十一層なんて、まだ誰も到達していないのだから。
そんなボクの疑問など気にもとめずに、レムは満面の笑みで言い放った。
「じゃあ、これからよろしくお願いしますね、リーベお姉ちゃん、ムッツリお兄ちゃん!」
その瞬間、ボクの、そしてきっとムッツリーニ君の目の前にも、簡素な一文の書かれた通知窓が現れた。
『
原作では全く触れられていない十層を舞台にするという無駄なチャレンジ精神!
そして何故か、ライト視点よりリーベ視点の方が書いてて楽しいという謎!
そして今回は、結構な長編になっちまいそうな予感がします!なるたけコンパクトに纏めるよう努力いたします!