僕とキリトとSAO   作:MUUK

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やってもうた……。投稿してもうた……。
ら、らめえぇぇぇっ!りゅ、留年しちゃううぅぅぅ!

(筆者の)絶望と慟哭が響く第十六話、開始です。


第十六話「儚き剣のロンドーⅨ」

「…………謝って、許されることじゃないですよね」

 

小さな小さな独白。壁一枚を隔てて聞き取るのは、聞き耳スキルを習得していなければ不可能だっただろう。

 

「……せめて、騙し取った剣を皆さんにお返しできればいいんですが……それも無理です。ほとんど全部、お金に変えてしまいましたから……。僕にできることは……あとはもう、これくらいしか……!」

 

悲壮に顔を歪めながら、絞り出すように呟くと、鍛冶屋は唐突に立ち上がり、鍛冶屋の命たるハンマーさえも、投げ捨てるようにその場に置き去りにして走り出した。

その方向は圏外、つまりそういうことだ。

その行動を半ば予期していた僕は、コーヒーの会計を自動清算で済ませ、喫茶店から飛び出した。

走る鍛冶屋に追いすがり、前に回り込もうとする寸前、栗色の髪と、土色のローブをはためかせながら、フェンサーがスミスの眼前に降り立った。

 

「あなたが一人死んでも、何も解決しないわ」

 

アスナの口から、凛とした声が響く。

彼の視線が、細剣使いのウインドフルーレに向き、顔を俯かせた。

 

「…………もし、誰かが僕の詐欺に気づいたら……その時は、死んで罪を償おうって、最初から決めてたんです」

 

それを聞いた途端、僕から、今迄したことのないような説教じみた言葉が、口をついて出た。

 

「それは、君にとっては決意かもしれない。でも、僕にとっては、いや……この浮遊城に囚われる多くのプレイヤーにとっては、それは逃げに聞こえるはずだよ。罪から、圧力から、視線から、そして、攻略という恐ろしく長い拷問から、何もかもから逃げてるんだ。死っていうのは、常に一方的なものだからね。自殺って、つまり、そういうことなんだ。君達に騙され、装備を奪われた人達の怒りは、何処に向かえばいいんだい?確かに、ただ単に怒りをぶつけられるのは、この場合、理不尽ではないにしろ間違っていると思う。でも、君達には、それに向き合う義務がある。だからね、僕は君に、生きて、きちんと罪を償って欲しい。それが、今、君に出来る最善の選択肢だよ」

 

出来るだけ、優しく、優しく、語りかけるように、僕は言った。

誰よりも僕が、自分からこんな言葉が出ることに驚いていたが、三人は、さして訝しくも思わなかったようだった。

話の途中から、彼の表情に現れていた色が、少しだけ変わった気がした。

そして、俯かせていた顔を上げ、僕らと目を合わせてから、深々と腰を折り、言った。

 

「ごめんなさい。攻略組のライトさん……ですよね?ありがとうございます。僕は……やっぱり、ダメですね……」

 

良かった。ちょっと卑屈だけど、思い直してくれたようだ。だが、今のネズハの言葉には、聞き流せないものがあった。

 

「え……っと、何で、僕の名前を知ってるのかな?」

 

そんなに、目立つことをした覚えは無いんだけどな。

 

「一層の頃は存じて無かったんですけど、二層に入って、素手で最前線にいるバカが……いや、僕が言ったんじゃないですよ?」

 

目立つことしてたな……。この世界でも、僕の名は、バカで通ってしまうのだろうか……。

落ち込む僕を他所に、鍛冶屋は、アスナに向き直り、もう一度頭を下げた。

 

「アスナさんも……本当にごめんなさい。大切にしていらっしゃった細剣を、一時であれ、失わせてしまって……」

「いや、あの……ちょっと待って、何でわたしの名前も知ってるかしら?」

 

心底嫌そうな表情で、アスナが尋ねた。

そんなに目立ちたくたいのか、それとも、僕と同類になりたくないのか……。自分で言ってて、悲しくなってきた……。

 

「そりゃ……攻略組唯一の女性ですし……」

 

アスナは、何とも微妙な顔を作った後、おもむろに、右手を握った。

 

「じゃあ、俺のことも知ってたりするのかな?」

 

そりゃ言わずもがなだろう。と思ったのだが、しかし、ネズハの答えは、予期していたものとは、正逆だった。

 

「え……っと……、すいません。知りません……」

「プッ!」

 

キリトの左右で、僕とアスナが同時に吹いた。その両者をじとっと睨みつけ、キリトは、再度口を開いた。

「話を戻そうか。君は何故、鍛冶屋に、しかも強化詐欺なんて物に手を出してしまったんだ?このSAOにいるってことは、君も元々は、剣士を目指してたんだろ?」

するとネズハは、遠くを見るように、視線を宙に泳がせ、言った。

 

「ええ……確かに、目指していましたよ。でも、もう、消えてしまったんです。この世界に来る前に。それよりずっと前……ナーヴギアを買った、その日に。……僕は……最初の接続テストで、FNC判定だったんです……」

 

FNCとは、フルダイブ不適合(ノンコンフォーミング)の略だ。

人間の脳の形は、当然、一人一人異なっている。ナーヴギアは、装着者ごとに、微妙な調整を自動で行っているのだが、今回のネズハの様に、市販のナーヴギアでは、カバーし切れない場合がある。最も、SAOにログインが出来ているということは、そこまで重度の障害では無いのだろうが、いまや、ここはデスゲームだ。多少のラグが命取りになる。

むしろ、完全不適合判定で、ログインすらできない方が幸運だったかもしれない。

 

僕らは、先程まで、僕が待機していた喫茶店に場所を移し、再度、ネズハの言葉に耳を傾けた。

 

「…………僕の場合は、視覚に異常が出てしまったんです……」

 

言って、ネズハは、注文したお茶にゆっくりと手を近づけ、そっと、取手に指を通した。

 

「見えないわけじゃないんですが、遠近感が上手く働かないんです……」

 

確かに、それは、剣士としては致命傷だ。モンスターとの間合いを測れなければ、攻撃など、出来よう筈もないのだから。

せめて、メインとなり得る、遠近関係なく攻撃可能な、遠隔攻撃系のスキルがあれば、話は違っただろう。だが、SAOからは、遠隔攻撃は、一切合切排除されてしまっている。

 

「でも……僕が言うのもなんですけど、よく……すり替えのトリックを見破りましたね。しかも三日前、アスナさんのウインドフルーレを回収した時にはもう、気づいてらしたんですよね……?」

 

先刻よりも、少しだけ声のトーンを上げたネズハに対し、得意げにキリトが言った。

 

「あー、まあ、あの時点では『もしかしたら』程度のもんだったけどな。気づいた時点でもう一時間の所有権持続リミットギリギリだったから、アスナの部屋に……」

 

やっと左からの視線に気づいたようだ。もし、相手がアスナではなく美波なら、もう既に、背骨の八本や九本、洗濯物の如くおり畳まれていたことだろう。

全く……僕にも被害が出るかもしれないのに、もうちょっと配慮して欲しいものだ。

 

「完全オブジェクト化コマンドを使って頂いたら、ウインドフルーレが戻ってきたからさ。それで、詐欺の存在は確信したんだけど……手口、クイックチェンジを使うトリックにまで辿り着いたのは一昨日だ。鍵になったのは、君の名前だよ、ネズハ……いや、ナタク」

「…………!」

 

ナタクは、唇を震わせ、マグカップから手をほどき、目を伏せた。

 

「…………まさか、そんなところにまで、気づくなんて…………」

「まあ、こればっかりは、情報屋に頼っちゃったけどな。だって、君の仲間……レジェンド・ブレイブスの五人も、君をネズオって呼んでたからさ。あれはつまり……彼らも知らないってことだよな?ネズ……じゃない、ナタクのキャラネームの由来を」

「ネズハでいいですよ。元々そう読んでもらうつもりでつけた名前ですから」

 

少しだけ、寂しさを混ぜたような笑みで、ネズハは言った。

 

「……ええ、そのとおりです……」

 

哪吒とは、三国志や、西遊記と並ぶ、中国四大伝奇小説の一つ、封神演義に登場する仙人の青年だ。つまり、何の誇張もなく、伝説の勇者(レジェンド・ブレイブ)の一人なのである。

よって、元々は生産職ではなく、戦闘職を目指していたのだろう、という推測に基づき考えるとするならば、ネズハが、武器Modとしてクイックチェンジを取得している可能性が浮上するのだ。

そこまで思考が辿り着いたのなら、この事件のタネは、トントン拍子に解明されてしまう。そうして僕らは、クイックチェンジを使った犯行の手口を解したのだ。

 

「……レジェンド・ブレイブスはもともと、SAO正式サービスの三ヶ月前に出た、ナーヴギア用のアクションゲームで組んでたチームなんです」

 

ネズハは、慎重にお茶を啜ってから、暗色の色彩を帯びた声で、電子の空を震わせた。

 

「一本道で、押し寄せてくるモンスターを斬りまくるだけの単純なゲームでしたが……それでも、僕には荷が重かった。奥行きが解らないせいで、剣を空振っては、モンスターに接近されてダメージを受けてばかりで……僕がいるせいで、チームのスコアはなかなかランキング上位には行けませんでした。オルランドたちとは別にリアルの知り合いでもないし、チームを抜けるか、いっそそのゲームを辞めるべきだったんでしょうけど……でも……」

 

ネズハの手が、食い込む程強く握られる。自らを卑下するかのような声音を、震える声に混ぜて、新たな音が僕の耳朶を打った。

 

「……皆が抜けてくれと言わないのをいいことに、僕はチームに留まり続けた。そのゲームが好きだったからじゃありません。三ヶ月後に、チーム全員でナーヴギア初……いや、世界初のVRMMO、ソードアートオンラインに移住することが決まっていたからです。僕は……僕はどうしてもSAOを体験したかった。でも、FNC判定のこともあって、一人きりでゲームを始める勇気もなかったんです。甘え……ですよね。SAOでもオルランドたちのパーティに入れてもらえれば、まともに戦えなくても……強くなれるんじゃないか、って……」

 

ネズハの乾いた唇が、そんなはずは無いのに、と自嘲気味に動いた気がした。

握られていた手は、開いても強張ったまま、樫の机に伏せられた。

 

「……僕は、前のゲームでは違う名前を……オルランドやクフーリンみたいな、誰もが知ってる英雄の名前を使ってたんです。それをナタクに変えたのは、言ってしまえばオルランドたちへの追従、おべっかです。みんなみたいな英雄の名前は使わないから、仲間のままにしておいてくれっていう。由来を聞かれた時は、本名のもじりだって答えました。もちろんウソです。みんなにネズオ、ネズオって呼ばれながら、内心では僕の名前だって英雄なんだぞって思ってたんです。ほんとに……どうしようもないですよね……」

 

集団意識は人の性だ。それをどうこう言えるほど、僕たちは偉くない。そう弁えているからこそ、僕ら三人は、ネズハの自虐的な言葉に、何も言わなかった。

喫茶店の角を、重苦しい静寂が包むなか、ことのほか優しい声振りで、フェンサーはネズハに借問した。

 

「でも、SAOがデスゲームになって、状況が変わったのね?あなたはフィールドに出るのをやめて、生産職になった。鍛冶屋なら、戦わなくても仲間のサポートは出来るものね。けど……なんでそこから強化詐欺にまで飛躍したの?そもそも、詐欺は誰のアイデアだったの?あなた?それともオルランド?」

 

この事件の骨子を優しく問い詰めるアスナさん。やっぱりアスナはアスナだったようだ。

少しだけネズハは、喉を詰まらしていたが、すぐにフリーズから復旧し、呼応した。だが、その答えは、僕らの予見を大きく外れた。

 

「僕でも、オルランドでも…なんで他の仲間でもありません」

「え……じゃあ、誰が……?」

 

質問者の意地か、アスナが続ける。しかし、それに対する呼応は、一見、見当はずれとも思えるものだった。

 

「……僕は、実際には最初の二週間くらいは戦闘職を目指してたんです。この世界には、たった一つだけ、飛び道具を使えるスキルがありますから……それなら、遠近感がなくても戦えるんじゃないか、って……」

 

問い掛けの答えを得られなかったアスナは、何処か不機嫌そうな顔をしながらも、ネズハの言葉に傾聴していた。

そして、僕はというと、飛び道具が使えるスキルなる物の存在に心当たりがなかったので、この言葉には、必然的にキリトが反応した。

 

「なるほど、投剣スキルか。……でも、あれは……」

 

やはり、投剣スキルなんてものには聞き覚えがなかったが、名前から、大体の機能は予測できた。

 

「ええ……。はじまりの街で、一番安いナイフを買えるだけ買ってスキルの修行をしたんですけど、ストックを投げ切っちゃうと何もできないし……と言って、フィールドの石ころじゃダメージが低すぎてとてもメインに使えるスキルじゃなくて……熟練度を50まで上げたところで諦めたんです。しかも、ブレイブスのみんなを僕の修行に付き合わせちゃったせいで、最前線集団にに乗り遅れて……」

 

確かに、彼らには、装備さえ整っていれば充分最前線で戦えるだけの技術があるという事が、先日のフィールドボス戦で一目瞭然なのだ。

投剣スキルの修行に時間を割かなければ、イルファングザコボルトロードとの戦いに、彼らが参戦していた可能性だって大いに考えられる。

 

「……僕が投剣スキルを諦めるって決まった時の話し合いは、かなり険悪な雰囲気でした。誰も口にはだしませんでしたけど、ギルドに僕を抱えているせいで出遅れたって、みんな思ってたはずです」

 

この発言に、僕は首を傾げた。ネズハの話を聞いている限りでは、オルランドたちは、デスゲームになった途端にネズハを見捨てることも出来たはずだ。それをしなかったのは、彼らも、ネズハのことを仲間だと思っていたからこそではないか。つまり、その会議の雰囲気は、卑屈なネズハ自身が作り出した被害妄想ではないのか、そう思い口を開こうとしたが、一刹那前に、ネズハが話し出したので、僕は口を噤んだ。

 

「鍛冶屋に転向するって言っても、生産スキルの修行にはお金がかかりますから……いっそこいつをはじまりの街に置いていこうって、みんな誰かが言い出すのを待っているような状況でした」

 

聞けば聞くほど、ネズハの思い込みのような気がしてくる。逆に、僕が、そう思い込んでいるだけなのだろうか。

うーむ。やっぱり人の気持ちって、分かりにくい。

そんな僕の考えなと露も知らないネズハは、自分が邪魔者という前提で話を進めていく。

 

「……ほんとは、僕が自分で言うべきだったんですけど……どうしても言えなかった。怖かったんです、一人になるのが……。そうしたら、話し合いをしていた酒場の隅にいた、それまでずっとNPCだと思ってた人が近づいて来て、言ったんです。『そいつが戦闘スキル持ちの鍛冶屋になるなら、すげえクールな稼ぎ方があるぜ』って」

「…………!」

 

僕らは、思いもよらない第三者の介入に泡を食った。

この、やり口はどうあれ、途轍もない効率で資金を調達することのできる手段を、まさか全くの赤の他人から享受するとは、夢にも思っていなかったのだ。

 

「だ、誰だ、そいつ……?」

 

狼狽した語調で、キリトが訊く。

 

「名前は……分かりません。武器すり替えのやり方だけ話して、すぐ行っちゃったんです。それ以来、一度も見かけなくて。でも、なんだか……妙な感じの人でした。しゃべり方も……格好も。黒エナメルの、雨合羽みたいなフーデッドマントをすっぽり被ってて……」

「……アマガッパ……?」

 

言って、僕はちらりと左隣の細剣使いを見やった。彼女も、フードを被っているが、その理由は恐らく、顔を隠す為だ。そして、その雨合羽の男も、顔を隠し、個人を特定されんがために、装備しているのだろう。

その僕の視線に気づき、アスナがフンと鼻を鳴らした。そのアスナの様子を見て、キリトは僕の目を見て、肩をすくめた後、もう一度、ネズハに問いを投げた。

 

「その黒ポンチョ男だけど……」

「あ……、はっ、はい」

 

アスナに見惚れていたのか、ネズハは、反応が遅れた。

アスナねぇ……何故だろう。美人であることは確かなんだけど、あまり、僕にとっては恋愛感情を抱く対象たりえない。

 

「胸……は違うな……。着痩せしてるだけだし……」

「ライト君。ゲームをしましょう。圏外で十分間わたしの攻撃から逃げ切れれば、そこらのモンスターを百体ほど集めて、あなたのレベル上げを手伝ってあげるわ」

「あれ!?僕が死亡する未来しか見えない!」

 

これが本当のデスゲームか!(ドヤァ)

そんな僕らに苦笑しながら、キリトは、ネズハに面して言った。

 

「そいつ、マージン……つまり強化詐欺で得た利益の分け前の受け渡し方法は、どういうふうに指定したんだ?」

 

なるほど、それが解れば確実にポンチョ男をお縄頂戴出来るだろう。

もし手渡しならその場に割り込めばいいし、ブレンド窓からの遠隔振り込みなら、ブレンド登録している時点で、位置を特定できる。

しかしながら、これまたネズハは、意外な答えを返した。

 

「あの……いえ、そういうことは、特に何も……」

「え……何もって、どういうことだ……?」

「ですから……さっきも言った通り、武器すり替えの手法を説明しただけで、分け前とかアイデア料の要求は、一切しなかったんです」

「………………」

 

わけがわからない。なら何故、その男は強化詐欺の方法をレジェンドブレイブスに伝授したのか。僕の脳にかかったそんな靄は、なかなか言語という形になってくれなかった。

 

「……つまりその人は、ブレイブスの話し合いにいきなり割り込んで、武器すり替えの方法だけ説明して、すぐに消えた……って訳なの……?」

「……ええと……正確には、もう少しだけ話していました。やっぱり詐欺は詐欺ですから、最初はオルランドたちも否定的な反応だったんです。そんなの犯罪じゃないか、って。そしたら、あいつがフードの下ですごく明るく笑って……わざとらしいってわけじゃないんですけど、なんだか映画みたいに綺麗で、楽しそうな笑い方でした」

「綺麗な……笑い方……?」

「ええ。なんていうのか……それを聞いてるだけで、いろんなことが、深刻じゃなくなっていく感じで……気付いたら、オーさんも、ベオさんも、他の三人も……そして僕も笑ってました。そんな中、あいつが言ったんです。ええと……『ここはネトゲの中だぜ?やっちゃいけないことは、最初っからシステム的にできないようになってるに決まってるだろ?ってことはさ、やれることは何でもやっていい……そう思わないか?』って……」

「そ……そんなの、詭弁だわ!」

 

確かに、その男の言うことは屁理屈でしかない。それに気付けないブレイブスのメンバーではないだろうが、雨合羽は話術だけで、状況を逆転させてしまったのだ。

アスナの糾弾は、なおも続く。

「だって、そうなら、他人が戦っているモンスターを横から攻撃したり、トレインしちゃったモンスターを押し付けたり、そういうマナー違反もやり放題になっちゃうじゃない!いえ、もっと言えば、圏外じゃ犯罪防止コードは働かないんだから、極論ほかのプレイヤーを」

アスナは、すんでのところで言葉を切った。そして、その先を想像し、か青ざめた顔をした。

その時、僕の脳に流れた電流が、歪なパズルを繋ぎ合わせた。

 

「……なんか……悪意をバラまいてる……みたいな…………」

 

拙い言葉を吐き出した僕を、三人が見て、絶句した。

一番に口を開いたのはキリトだったが、それは最早、言語の体をなしていなかった。

 

「そんな……何の…………クソッ!」

 

鬱々たる沈黙が樫製の机を覆う。

呆然としながらも、ネズハは回想を続け、言う。

 

「……あいつと話した後、ギルドの雰囲気が変わってて……みんな、やっちゃおうか、みたいなノリで盛り上がって……お恥ずかしいですが、僕も、役立たずのお荷物になるよりは、詐欺の主役になってお金を稼ぐほうがずっとマシだっておもったんです。でも…………」

 

あらゆる負の感情を等量に混ぜ込んだような表情がネズハに現れた。だが、怒りだけは、内に向いて、ネズハ自信を苛んでいた。

 

「…………でも、初めて詐欺をした日……お客さんの顔を見て、ようやく気づきました。こんなこと、例えシステム的にできたって絶対やっちゃいけないんだ、って。そこで剣を返して、何もかも打ち明ければよかったんですが、そんな勇気は無くて、もう終わりにしようと思いながら、ギルドの溜まり場に戻ったんです。でも…………でも、そしたら、みんなが、僕のだまし取った剣を見て、すごく……すごく喜んで、僕を褒めて………………だから…………だから僕は…………!」

 

突然、ネズハは、テーブルに頭を打ち付けた。何度も、何度も。爆発しそうな感情を自戒で抑えつけるために。

偉そに説教を垂れた僕は、そんなネズハに何も声をかけられなかった。

それどころか、生きて償えと言ったにもかかわらず、僕には、武器を奪われたプレイヤーたちへの埋め合わせのアイデアがこれっぽっちも浮かばなかった。

その時、キリトが弱めた語調で、悲痛な顔のネズハに言葉を投げた。

 

「…………ネズハ」

 

キリトとネズハが見つめ合う。

「レベルは今幾つだ?」

 

「……10、です」

「なら、まだスキルスロットは三つだよな。取ってるのは?」

「……片手武器作成と所持容量拡張、それに……投剣……」

「そうか。……もし、君にも使える武器があるって言ったら、武器作成を……鍛冶スキルを捨てる覚悟はあるか……?」




全十六話で、儚き剣のロンドが八なので、なんと、この話の半分が儚き剣のロンドになってしまっています!
そろそろオリ話書きたいなぁ……。

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