魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十六話後編であります。ついにアルトスの名を取り戻したイクス。その真意とは……お楽しみにです。では、どぞー。


第四十六話「だから、さよなら」(後編)

 

    −轟!−

 

 世界が割れる。アルトスが振り落としたカリバーンの一撃が、カムランの丘を粉砕したのだ。ただの一撃で!

 粉砕された丘の一部たる岩盤や砂くれが、爆発したが如く空へと舞上がった。その岩盤と共に空へと飛ぶ人影がある。

 神庭シオンだ。彼は顔を歪め、跳ね飛ばされながら戦慄していた。

 今の一撃。辛うじてすんでで回避出来たものの、そうでなければ確実に斬られていた。

 寸止めでも、非殺傷設定でも当然無い。確実に殺す為の一撃であった。そして、それを放ったのは。

 

【考え込む暇があるのか、余裕だな】

「っ――!?」

 

    −斬−

 

 声が聞こえたと思ったと同時に目の前の岩盤が静謐に断たれる。真ん中から両断された岩盤から、彼が飛び出て来た。

 イクスカリバー……否、騎神アルトス・ペンドラゴンが。

 膨大な魔力を噴出しながら、それを加速に用いて飛び掛かって来る。その速度は、即座に音速を超過。ソニック・ブームを撒き散らして、シオンに突っ込む!

 

「く……!」

 

 シオンに出来たのは、横へと飛んで岩盤を乗り移り、その突撃を躱す事だけだった。

 

    −撃!−

 

 直後、シオンが先まで乗っていた十m超の岩盤が砕け散る! アルトスの突撃を受けてだ。それを見て、やはりシオンは一つだけ呻き、叫ぶ!

 

「イクス……! いい加減にしろ! 何考えてやがる!?」

【何を、か。今はただ一つ、いかに貴様を斬るかを考えている】

 

 返事は即座に返って来た――後ろから!

 いつ回り込んだのか、アルトスはシオンの真後ろに居た。そちらを振り向く事すら出来ずに、シオンは絶句する。だが、当然アルトスは構わなかった。

 

【付け加えると、もう一つ。今はどう貴様に刀を抜かせるかを考えている】

 

    −斬!−

 

 言葉が終わると同時に、カリバーンが振り放たれる。シオンは直感と悪寒に突き動かされて、前へと飛んでそれを躱した。

 別の岩盤に乗り移りがてら、体勢を整え、アルトスに向き直る。彼はシオンの視線もどこ吹く風とばかりにカリバーンを振った。それだけで剣風が唸り、別の岩盤が両断される。

 

「……本気、なんだな……」

 

 消え入るような、シオンの声。それは今の現実を否定して欲しいが為の声だった。だが、現実はどこまでも変わらない。彼の宣言も、また変わる事は無かった。

 

【先程からそう言っている……シオン、刀を抜け、三度目は無い】

「っ――――!」

 

 ぎりっと歯が軋む音が鳴る。

 なんで?

 その問いは既に放った。でも、彼は答えてくれない。

 なんで?

 その問いはどこまでもシオンを苛む。でも、彼は応えてくれない。

 

 なんで、なんだ……!

 

 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――。

 

 なんで!

 

 いくつもの、なんで。でも、その全てを彼は口に出さなかった。

 答えてくれない。それだけは分かったから。だから。

 

   −ブレイド−

 

「……一つだけ約束しろ」

 

 響くは鍵となす言葉。シオンが刀を抜く為の言葉である。同時に、シオンはアルトスへと告げる。

 アルトスは変わらず冷たい目だけを向けて来た。

 

「俺が勝ったら、全部……全部だ! なんもかんもを、話せ!」

 

    −オン−

 

 キースペルが最後まで唱えられ、右手から刀の柄が生えた。それをアルトスは見て、一つだけ頷く。

 

【いいだろう。もし、勝てたら全てを話してやる】

 

 それを聞きながらシオンは刀を掴むなり、一気に抜き放った。緩やかな孤を描いて、刀は剣先を彼に向ける。アルトスへと。彼もそれに合わせるように、カリバーンをシオンに向けた。

 

「……神庭、シオン」

【アルトス・ペンドラゴン】

 

 名乗りを上げる。シオンは、彼の名前に顔を一瞬だけ歪めた。頭を一振り落として余計な思考を追い出す。

 真っ直ぐに二人は視線を交錯させた。告げる――!

 

「推して……参る!」

【まかり通る】

 

 宣戦を!

 同時に二人は真っ向から突撃する。直後に彼等は正面に互いを捕らえた。

 下段から放たれた刀と、上段から放たれた剣が激しく衝突!

 

    −戟!−

 

 確かな軋みを咆哮として、カムランの丘が悲鳴を上げた。師匠であった剣と、弟子であった主の戦いが始まる――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「くあっ!」

 

 振り落とされた一撃。たっぷりと魔力が乗り、加速がついた一撃を、シオンは翻した刀で斜めに斬り流す。

 

    −閃−

 

 カリバーンが軌跡を変えた。更にシオンはアルトスの斬撃を利用し、身体ごと横にスピンしながら刀を放つ。だが、既にアルトスはそこには居なかった。消えたアルトスに、一瞬だけシオンは呆然となり、直後、ぞくりと言う悪寒が再びシオンを突き抜けた。確認もせずに前へと身を倒す……衝撃は、すぐに来た。

 

    −轟!−

 

 寸前までシオンが立っていた岩盤が砕け散る! 頭上から降って来たアルトスの一撃でだ。

 

 ……いつの間に!?

 

 それを苦々しく思いながらシオンは自問する。答えは一つしかなかった。シオンがカリバーンの一撃を斬り流した瞬間に、アルトスはその場を離脱してのけたのだ。

 ”斬撃を斬り流され、体勢を崩された状態で”。

 凄まじい加速力と言える。殆ど死に体からそんな離脱なぞできるものでは無い。アルトスが自分で砕いた岩盤から出て来るのを見ながら、シオンは呻いた。

 考えて見れば初めてだったから。彼が剣を握っている姿を見るのは……戦っている姿を見るのは。

 つまり、シオンは初めて、もうアルトス・ペンドラゴンへと名を変えた彼の実力を知る――!

 

    −轟!−

 

 三度、アルトスが魔力を噴出させて突っ込んで来る!

 アルトスの戦闘スタイルはひどく単純であった。その突破力を生かした正面突破。騎士としての定石戦術と言える。

 しかし、アルトスのそれは普通の騎士とは比べものにならなかった。異常なまでの加速と力に支えられた戦術であったからだ。その突破力は、シオンが知る内でも異母兄、叶トウヤとほぼ同等。あるいは、凌駕しかねないものであった。

 

 ――だが。

 

    −撃!−

 

 再び突っ込んで来たアルトスの斬撃を斬り流す。再度、軌道を変えられたアルトスを見て、シオンは刀を握る手に力を込めた。

 

 ……いける!

 

 それを強く確信する。アルトスの斬撃に反応出来る。斬り流せている。それはつまり、自分の技が通用していると言う事であった。故にこそシオンは確信する。

 

 このままいけば――。

 

    −轟−

 

 再度突っ込んで来るアルトス。横から放たれたカリバーンを下段から刀を振り放ち、上へと斬り流す。それでもあまりあまった斬撃の勢いはシオンを回転させた。シオンはその勢いを利用して、刀を振り――!

 

 俺は、勝てる! イクスを”斬って”……!?

 

 ――放て、無かった。

 刀はアルトスの首元で止まっている。シオンは愕然とした。自分が、やろうとした事に。

 

 斬る……? 俺が? イクスを!?

 

 有り得ない。そんな事、出来る筈が無い。今さら気付いたように自失したシオンをアルトスは静かに見据えた。カリバーンを振る――。

 

【……馬鹿者が】

 

 呟きと共に軽く振られたカリバーンは、刀を軽く弾くいた。シオンはハッと我に返り、次の瞬間、アルトスから渾身の一撃が放たれる!

 

    −轟!−

 

「がっあ!」

 

 一撃は刀の上からシオンを叩き、その身を盛大に吹き飛ばした。悲鳴と共に、シオンが数百m単位で飛んで行く。くっと呻き、シオンは足場を形成して止まろうとして。

 

【漸く、元の自分に慣れて来た】

「っ!?」

 

 声を真横から聞いた。愕然としながら、横を見る。そこには飛ぶシオンに追従し、”追い付いて並走する”アルトスが居た。

 

【そろそろ、”本気で行くぞ”】

 

    −撃−

 

 悲鳴は上げられなかった。横合いから放たれた斬撃は、シオンの吹き飛ぶ角度を変更。今度は真横に弾き飛ばされる。シオンに出来たのは、刀で斬撃を受ける事だけだった。

 

    −撃!−

 

「かはっ!」

 

 飛んだ方向にあった岩盤に背中から激突して突き抜ける。だが、それで勢いが若干死んだ。シオンは今度こそは足場を形成して、空中に踏み止まった。

 すぐに前を見る。アルトスは真っ直ぐにこちらへと飛び掛かっている所だった。シオンは迎撃せんと、刀を腰溜めに構える。

 引き出すは、自身の最速斬撃。あの紫苑でさえも斬り伏せた一撃!

 

「神覇、壱ノ太刀――」

 

 捻るように抜刀術の応用で構える。突っ込んで来るアルトスが、シオンの射程に入った――放つ!

 

「絶影っ!」

 

    −閃!−

 

 叫びと共に放たれた一閃は、視認すら許さぬ速度で駆ける! 刹那にアルトスへとひた走り、それは、起きた。

 つぅんっと言う鋼が絡み合うような音が響く。その音を聞きながら、シオンは呆然と”それ”を見た。

 シオンが放った一閃。刀の上を、”カリバーンを当てながら回転する”アルトスを。それはいつか、嘱託魔導師試験時にシグナムとの模擬戦の時に、シオン自身が使った技である。

 合気。放たれた一撃の威力を全て受け流し利用する技法。実戦では、まだ一度も成功していないその技を、アルトスはこともなげに使って見せていた。

 

    −撃!−

 

「がっ!?」

 

 ならばその結果もまた同じ。シオンは自身の絶影の威力と、アルトスの斬撃を合わせて喰らう羽目となる。冗談のような速度で――それこそ音速にも匹敵しかねない速度で吹き飛ばされた。

 そこで終わらない。アルトスはシオンを吹き飛ばした体勢から即座に追撃に走る。魔力を先の倍は噴き出し加速に用いて、爆発的な速度を生む。初速からそれは、空気の壁をブチ破った。つまりは音速超過。一気に先に吹き飛んだシオンへと追走し、すぐに追い付いた。

 カリバーンを大上段に持ち上げる。狙いは当然、吹き飛んだままのシオン! ……シオンは刀を持ち上げる事しか出来なかった。カリバーンが振り落とされる――!

 

    −撃!−

 

 轟撃一閃! 刀越しとは言え、その一撃をもろに喰らってしまったシオンは、それこそ先の速度を遥かに上回る速度で地面に叩き落とされた。

 

    −轟!−

 

 そして、砕かれたカムランの丘を更に砕け散らし、巨大なクレーターを生んで、地面の中へと埋没した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンが叩き落とされたカムランの丘は、まるでカルデラのような地形に成り果てていた。それを空に浮かんだアルトスが静かに見下ろす。と、背後で重いものが連続して落ちる音が鳴った。

 アルトスの一撃により上空へと吹き飛ばされた岩盤達が、重力を思い出したように漸く下に落ちたのだ。どこまで舞い上がったと言うのか。

 しかし、アルトスは構わず自身が作り出したクレーターを見下ろして。やがて、その中心点から這って出て来る影があった。確認するまでも無い、シオンだ。彼は穴から這い出ると盛大にむせ返り、咳を吐く。

 しばらくして、呻きと共に立ち上がると、アルトスを見上げる。それに応えるかのようにカリバーンを構えた。再びの突撃を開始する――。

 

    −轟−

 

「ちぃっ!」

 

 こちらに再び突貫して来るアルトスを見て、シオンは舌打ちを放った。既に彼は悟っている。アルトスとの白兵戦はただの自殺行為である事を。

 速度と力、そして技量。その全てにおいて、シオンはたった今完敗したのだから。

 魔力放出を最大利用した加速。カムランの丘を破砕してのけた一撃の力。更には、絶影を斬り流して自身の斬撃に利用する合気。どれもが桁違いのレベルを誇っている。

 あるいは、トウヤやタカトに匹敵する戦闘能力であった。白兵戦では、どうあがいても勝てない。ならば!

 

「神空零無……発動!」

 

 呟くようにして告げた言葉と共に、シオンが噴き出す魔力が僅かに変質する。

 擬似虚数魔力。魔力放出の異常変化形の一種でだ。神覇ノ太刀単一固有技能であるこの技は、純粋魔力能力に強い力を発揮する。簡単に言ってしまえば、魔力防御を無視、あるいは叩き斬れるのだ。故に、莫大な魔力を放出しながら突っ込んで来るアルトスにも有効と言える。

 

 引き付けろ……!

 

 自身から引き出す技は神覇弐ノ太刀、剣牙。刀を構えながら、シオンは胸中叫ぶ。下手に早く撃つと、かえって回避しやすくなる。

 シオンは轟速で突っ込んで来るアルトスを待ち受ける。時間がまるで延長したがごとく長くなる感覚を覚え――アルトスがカリバーンを振り上げた。その距離、僅かに3m! アルトスの速度を考えれば、一瞬で到達されてしまう距離だ。

 

 ここだ――!

 

 心の中だけで吠えながら、シオンは刀を振り放つ。同時、溢れるようにして刀から魔力が解き放たれた。

 

「弐ノ太刀、剣牙ァ!」

 

    −閃!−

 

 咆哮と共に放たれた剣牙が、至近距離からアルトスを襲う。神空零無の効果でプロテクションを始めとした魔力防御は無効。防御手段の無いアルトスに、これを防ぐ手立ては無い――そう、思っていた。

 

【ぬんっ!】

 

    −轟!−

 

 その瞬間を見るまでは。

 気合一閃。アルトスは振り上げたカリバーンを一気に放つ。ただし、シオンに向かってでは無い。向かい来る剣牙に向かってだ。剣牙とカリバーンは真っ直ぐに激突し。

 

    −撃!−

 

 一瞬だけたわんで、剣牙はあっさりと斬り払われた。

 

 嘘だろ!?

 

 引き延ばされた感覚の中でシオンは叫ぶが、現実はどこまで現実離れしていようと、現実であった。

 振るったカリバーンの勢いを利用して、アルトスの身体が回る。それはそのまま次の攻撃に繋がった。蹴りだ。

 今度はこちらが隙だらけとなった、シオンの横面に勢いの乗った蹴りが叩き込まれる!

 

    −撃!−

 

「かっ……は……っ!」

 

 顔面に直撃した蹴りは、シオンを地面に叩き落とした。ぎりぎりで芯を外したからいいものの、そうでなければこれだけで死んでいたかもしれない。

 アルトスは地面をバウンドして跳ねるシオンを尻目に地面に着地。数mも足を滑らしながら、止まった。

 その間にシオンも地面に落ちる。ぐっと激痛を堪えながら立ち上がると、すぐに刀を振った。

 

 この距離はまずい……! まずは距離を稼ぐ!

 

 とにかくアルトスと距離を取ること。シオンはそう思い、その為に必要な技を繰り出す。刀を振り落ろした。

 

「参ノ太刀、双牙!」

 

 裂帛の叫びと共に地面を走る二条の魔力放出斬撃。それは、シオンの目前で十字を描いて交差。壁となり、その前を覆った。

 

 これなら――!

 

 そう思いながら、後ろへと瞬動で飛び跳ねようとした、直後!

 

    −裂!−

 

「な……!?」

 

 シオンが驚愕の声を漏らす。双牙を真ん中から両断されて!

 壁を形成していた双牙を問答無用に断ち斬ったのは、やはり黄金の剣、カリバーンであった。

 断ち斬られた双牙はあっさりと霧散する。それを全く気にも止めずにカリバーンの主、事も無げに双牙を粉砕したアルトスが悠々と歩いて来る。シオンは彼を見て、全身に震えが走った事を自覚した。

 

「あ、う……!」

 

 通、じない……!

 

 それだけをシオンは強く確信する。絶影も剣牙も双牙も! ……何一つとして、アルトスには通じなかった。後、シオンが使えるのは四ノ太刀、裂波と伍ノ太刀、剣魔。だがその二つを持ってしても通用しない。そんな気がした。なら、何が出来ると言うのか。

 震えながら、愕然とするシオンにアルトスは歩みを止める。カリバーンを振り上げた。

 

【どうした? 終わりか?】

 

 問う声。でもシオンは答えられ無い。だが当然アルトスは構う筈も無かった。

 

【この程度か、お前も。お前の覚悟はそんなものか】

 

 まるで歌うように告げられる言葉。シオンはそれを黙って聞く。震えながら。アルトスは構わず続けた。

 

【お前の言う想いとやらも所詮はこんなものか。潰されるのを恐れて、放てない程度のものか……滑稽だな。そんな程度の奴の為にタカトは全てを投げ出したのか】

 

 ――呼吸が止まった。同時に震えも止まるが、シオンは気付かない。アルトスに呆然と目を向ける。

 

【奴も哀れよな。いや、所詮は同類か。ならば奴もまた】

「やめ……!?」

 

 思わず叫ぶ。その先を言わせたく無かった。言って欲しく無かった。彼にだけはどうしても。

 だけど、アルトスはどこまでも構わない。むしろ哀れむような口調で言葉の結尾を結ぶ。シオンの制止すらも振り切って。

 

【滑稽よな】

「っ――――!」

 

 嘲るような一言。それが、本当にアルトスの本心なのかはシオンにも分からない。だが、許せ無かった。

 

「――せいしろ……」

【ん?】

 

 シオンが放った一言に、しかしアルトスは聞こえなかったか、疑問符を上げる。

 ……我慢ならなかった。それこそ怒りに顔を染めて、シオンが言い直す。

 

「訂正、しろ……! タカ兄ぃを、あの人を、侮辱すんな……!」

【――ハっ!】

 

 シオンの必死に絞り出した言葉。それをアルトスはあっさりと踏みにじった。嘲るように鼻で笑う。

 

【お気に召さんか? だが、我も意見を違えるつもりも無い。お前の兄は、伊織タカトは、どこまでも滑稽な、哀れな木偶人形だ】

「っ――――!」

 

 その一言で、漸くシオンは悟る。こいつは”イクスじゃない”。記憶や人格は同じでも、全く違う存在だ。元より彼自身もそう言っていた筈だ。

 自分はもうイクスカリバーでは無い。騎神、アルトス・ペンドラゴンだと。それを今更ながらにシオンは悟った。

 

「もう、いい……! お前は――」

 

 震える声で刀を構える。そこに渾身を込めた。一度目を閉じ、開くと、一言だけを呟いた。

 

「ここで、終われ……!」

【ほぅ……】

 

 それまでつまらなそうにしていたアルトスが少しだけ表情を変えた。シオンの、紛れも無い殺気を浴びて。口端を少しだけ歪め、笑う。こちらもカリバーンを構えた。

 

【いい気迫だ。ならば、見せてみろ。その言葉通りに――】

 

 ぐっと互いに踏み締めた足に力を込める。互いに視線の圧力に場が軋み出した。物理的な現象にまで昇華しかかっているのだ。互いの殺気が……そして!

 

【――”俺”を、殺してみせろォッ!】

 

 前に出る! 必殺の意思を持って、同時に駆け出す。刹那に互いを間合いに入れた。シオンは孤を描くように刀を振る。

 

「四ノ太刀! 裂波ァ!」

 

    −塵!−

 

 吠える一言と共に放たれたるは空間振動破。しかも本来の形である破壊振動破だ。これに触れれば、ただでは済まない。シオンの破壊的な意思を具現化したが如く破壊振動破は収束し。

 

【ムンっ!】

 

    −斬!−

 

 真っ向からぶった斬られた。先の剣牙、双牙同様一刀両断に伏せられる。……だが、シオンの狙いは裂波では無かった。

 裂波はただ一つ、アルトスを一瞬だけでも硬直させるためのもの。だから、シオンは止まらない。

 身体を弓でも引き絞るかのように刺突の構えを取ると、神空零無を発動した魔力を身に纏った。

 放つ――! 矢を解き放つかのように、一気に前へと突き出す!

 

「伍ノ太刀――!」

【ぬぅっ!?】

 

 初めてアルトスの顔色が焦躁に染まる。しかし、もう遅い! ほぼ零距離から放たれたこの一撃を、回避も迎撃するにも時間が足りな過ぎた。そして、防御は意味を成さない。シオンもまた迷わず、それを放った。

 

「剣魔ァっ!」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 神覇伍ノ太刀、剣魔。魔力を纏いて突撃するこの技は、防御と攻撃を両立させ、同時に凄まじい突破力を誇る。

 アルトスの突撃にも負けず劣らずのだ。至近でそんなものを発動されては一たまりも無い。

 至近距離で放たれたそれはアルトスを蹂躙せんと、一気に襲い掛かり――。

 

【ぬぅぅ――!】

 

 ――それでも、やはりアルトスは凄まじかった。

 無理矢理カリバーンを引き戻すと、刀の切っ先を受け止める。しかし、肝心の魔力を纏った突撃はどうにもならなかった。そのままアルトスは、剣魔を纏うシオンに押し切られる。地面を足で削りながら一気に数百mも後ろに下がった。

 このまま行けば、アルトスはカリバーンを弾かれ、刀は彼を貫くだろう。シオンの勝利である――そう、それが”普通”ならば。

 ぎりっぎりっと押し合う刀とカリバーン。既にアルトスの眼前まで迫った刀だが、それが押し返されていた。ゆっくりと、だが確実に。シオンの顔が本日何度目か分からない驚愕に染まる。アルトスはその目を真っ直ぐに見据えた。

 刀が、どんどん押しやられる。シオンもどうにか踏ん張ろうとするが、もの凄い力でそれも出来なかい。やがて、互いの中心まで刀は押し戻された。アルトスがにぃっと笑う。

 

【この程度か……!】

「う……! うぅ……!」

 

 シオンが呻きとも悲鳴とも取れない声を漏らす。渾身の力を込めているのだろう。

 だが、それでも、それでも――足りない。どうしようも無い程に力が足りない! 纏っていた魔力がついに消える。同時にアルトスが吠えた。カリバーンが一気に押し込まれる!

 

【ぬるいわぁっ!】

 

    −轟!−

 

 次の瞬間、シオンは押し込まれたカリバーンに一撃され、地面に激突。新たなクレーターを再び作り、そこに埋没したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンを打ち倒し、アルトスは一つだけ息を吐いた。

 長く、緩く。嘆きのため息か――それとも喜びのため息か。それは分からない。

 ただ、息を長く吐き切ると、鞘を現出させカリバーンを納めた。

 

【終わりだな】

 

 それは何を意味するものか、それすらも分からない。ただ彼は一度だけ主であった少年を振り返った。主、神庭シオンは先の一撃で気絶でもしたのかぴくりともしない。アルトスは暫く黙ってそれを見ると、背を向けて歩き出した。

 もう、用は無いとばかりに。そして。

 

「……待、てよ」

 

 か細い声が耳朶を打った。アルトスの歩みが止まる……その背中に、声が届いて行く。

 

「待て……! イクス……!」

【我はもう、イクスカリバーでは無いと何度も告げた筈だが?】

 

 アルトスは嘆息しながら、しかし振り向かないままにそう言った。それを地べたに這ったままシオンは聞く。ぎりっとまた歯ぎしりが鳴った。

 

「うるっせぇ……俺にとっちゃあ、お前はイクスの、まま、なんだよ……」

 

 呻くような、消え入るような声をアルトスは黙って聞く。シオンは更に続けた。

 

「どこ……行く気、だよ……?」

【さぁな。貴様に告げなければならない義務は無い】

 

 あっさりとアルトスはシオンに告げる。シオンは身体を震わせながら立ち上がろうとして――でも、失敗した。再び地面に崩れ落ちる。

 アルトスはそれを待っていたかのように歩き出した。

 

「待……て」

 

 声は聞こえて来る。でもアルトスは構わない。

 

「待て……よ……」

 

 どんどん遠くなる声。絶えず響くそれに、アルトスは構わない。

 

「待て……て、言ってんだろォ!」

 

 遂には叫び声になった。アルトスの歩みが――止まる。

 

「……なんでだ?」

 

 その背中に。

 

「なんで……いつも、いつも、俺の憧れた、人は……」

 

 シオンの声が、涙を流して訴える声が。

 

「みんな、俺を、置いて、行くんだ……?」

 

 どこまでも、どこまでも切ない声が。

 

「なぁ……! イクスぅ――――!」

 

 届いて行く。涙声に濡れた叫び声がアルトスに――イクスであった彼の耳を打って響く。だけど彼は振り返らなくて。

 

「寂しく、ない、の、かよ……?」

 

 でも歩みを止めたままの背中に、シオンの声は響き続けた。

 

「嫌じゃ、ないのか、よ……?」

 

 問う声が重なる。それは、最初の”なんで?” シオンがずっと問い掛けていた事。そしてアルトスが黙殺した事だった。

 シオンは今、それを言葉に出して訴える。けど、彼は振り向かなくて――そして。

 

「俺は……っ! 寂しいよ……嫌だよっ! なぁ……! イクスぅ!」

【寂しいさ】

 

 叫びに答えが即座に返って来た。あまりの即答に思わず呆然としてしまう程に。どこまでも構わず彼は、アルトスは振り返った。その顔に浮かぶのは笑み。

 寂しそうな、嬉しそうな、そんな笑顔。

 

【寂しいし、嫌だと思う……お前と離れるのを辛いと感じる。けど、それでいいんだよ】

 

 呆然とし続けるシオンにアルトスは笑い掛け続けていた。それは、ずっとシオンが見続けていた彼の笑顔。アルトスでは無く、イクスとしての笑み。

 

【そう思えるなら、いつかきっと、また会えるさ。そして、お前もそう思うなら――シオン、俺の真名を見つけろ】

「真、名……?」

 

 呆然とし続けるシオンは、言われた単語を繰り返す子供のように。同じ言葉を繰り返して問う。アルトスは頷いた。

 

【仮名であるイクスカリバーでは無い。人であった頃の名であるアルトス・ペンドラゴンでも無い。真に剣としての俺の名だ……それが分かった時、俺はお前の前に立つ】

 

 その時こそ――。

 そう言おうとして、でもアルトスは首を振って止めた。まだ呆然としたままのシオンに微笑む。それは、本当にイクスであった彼の笑いだった。

 

【だが、それでも言わないとな……いや、違うな、だからこそか。けどでも、だけどでも無く、また会えると祈りを込めて】

 

 微笑みが苦笑に変わった。一度だけ空を見上げて笑う。そのままで、アルトスは告げた。

 

 ――別れの、言葉を。

 

【だから、さよなら】

 

 そうして、彼は消えた。カムランの丘と共に。

 神庭家の庭に戻って来たシオンは、座り込んでいた。そこに、アルトスの――イクスの姿は無い。ただ、シオン一人だけがそこに居て。

 

「なんでだ……?」

 

 告げる問い。しかし、もう答える存在はそこにはいない。

 

「なんで、だ……?」

 

 繰り返される問いは意味が無い。だって答えてくれる人はもうどこかに行ってしまったから。

 それでも、それでもと彼は続けた。何度も、何度も。泣きながら続ける。

 でも、答える声は、どうしようも無い程に遠い。距離的にも、精神的にも。だから。

 

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!?」

 

 シオンはありったけの全力を込めて吠えた。空に浮かぶ月に届けよとばかりに。そうして、ずっとその場で泣き続けたのだった。

 

 イクスカリバー。主、神庭シオンに謀反。グノーシス及び、アースラを脱退。

 

 奉非神(まつろわざるかみ)に、認定。殲滅対象に処す。

 

 その報は翌朝、グノーシスにもアースラにも衝撃を伴って伝えられる事となったのであった。

 

 

(第四十七話に続く)

 




次回予告
「イクス――アルトスが去り、シオンは悲しみに暮れる。しかし、時間は待たなくて」
「トウヤは予定通り、アースラメンバーのデバイス強化や受け取りの為、出向を決める」
「反論するアースラメンバーを切って捨てるトウヤ。彼の真意は……」
「そして、落ち込むシオンへと、彼が現れる」
「いつかのように」
「次回、第四十七話『決意の拳』」
「お前を、俺の敵にしてやる――それは、少年がいつか夢見た事、その続き」

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