魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十六話中編であります。
ついに、しーちゃん爆誕であります(笑)
お楽しみにー。


第四十六話「だから、さよなら」(中編)

 

「……ひっく。シオン……。ううん、しおんちゃん動いたらダメだよ?」

 

 あ―――――――っ!

 

 響くは大音声の悲鳴。それが神庭家に断末魔の如く響く。その切ない悲鳴の主は神庭シオンであった……バインドで拘束された。

 そんな切ない悲鳴に構わず、まずフェイトがシオンの顔に化粧を施し始めた。

 

「うーん……ひっく……もうちょっとナチュラルな方向のほう……ひっく……がシオン君――しおんちゃんには似合うんじゃないかな?」

 

 次に動いたのはなのは。今度は薄くファンデーションを塗って行く。シオンの元々白い肌が、更に薄く、白くなっていった。

 

 あ―――――――っ!

 

 シオンは叫び続けているが、周りの女性陣は聞こえていないがごとく一切耳を貸さない。次は、はやてが動いた。

 

「しおんちゃんは肌キメ細かいなぁ……ひっく……なんや、腹立つなー。んじゃ、次は軽くアイシャドウを……」

 

 あ―――――――っ!

 

 シオンの悲鳴は途絶える事無く響く。それはまるで、純潔を散らされる乙女の声にも似て――。

 

「グロスも薄くがいいわね……ひっく……ほら、動くんじゃないわよ?」

 

 あ―――――――っ!

 

 次々と、シオンの顔に化粧を施していく。しかも本格的なものをだ。何が楽しいのか、皆一様に笑っていた……酔っ払っている証拠に。全員顔が赤い上、しゃっくりまで出ているが、気にしてはいけない。

 ちなみに、シグナムとヴィータは化粧に参加せず後ろで見ていた。

 

「うーん。ここまで来たら髪にもこだわりたいですね……ひっく……ショート、セミロング、ロング。どれがいいですか?」

 

 あ―――――――っ!

 

 シャーリーが次々と取り出すかつらに、シオンの悲鳴が更に大きくなる。しかし、女性陣は全く構わず自分の意見を声高に叫んだ。

 

「ロング!」

「セミロング!」

「ロング!」

「ロング!」

「セミロング!」

「ショート!」

「セミロング!」

「ロング!」

「……うーん。取り敢えず、全部試してみましょう!」

 

 にこにこ顔でそんな事を言う眼鏡っ娘に。周りから歓喜の声が上がる。その間にも、シオンの叫びは響いていた。もちろん、女性陣には届かない。届かない以上、聞き入られる筈もなかった。

 

 あ―――――――っ!

 

 かつらを次から次へと被せられる。あーでもない、こーでもないと、真剣に論議が重ねられた。

 長さ。色。髪型。試行錯誤が繰り返される……本人の意思を全く無視して。

 出た結論は、やはりロングのストレートと言うシンプル・イズ・ザ・ベストが1番似合うと言う事であった。髪の色は、元々のシオンに合わせて銀。これにも異論は多々あったが、やはり銀が似合うと言う事で採用される運びとなった。

 

「さて……ひっく……じゃあ次はお待ちかねの服だよ〜〜」

 

 あ―――――――っ!

 

 嬉しそうに、どこぞの学校の制服(女子)を手に持つスバルに、今度こそはまごう事なき絶叫があがる。それに構わず、うふふふと笑う悪魔達はにじり寄り――。

 

「待って! スバル!」

 

 フェイトから制止が掛かる。シオンはそれに一瞬だけ希望を見出だして。

 

「ニーソックスか、ストッキングか、普通のソックスか決めないと」

 

 あ―――――――っ!

 

 即座に希望がぶち破られた事に絶叫を上げた。当然女性陣は無視して話しは続けられる。

 

「やっぱニーソやろ! 絶対領域は正義やで!?」

「ストッキングもいいと思います!」

「いや、ここはマニアックにルーズソックスとか……」

 

 あ―――――――っ!

 

 既に死語に近い名称まで上げられる。上げた人の歳を疑いたくなるが、あえて誰とは言わないのが華であろう。とにもかくにも次々と出される案に、何故か議長の座に納まっているシャーリーがうんうんと頷く。そして。

 

「じゃあ、全部試して見ましょう♪」

 

 あ――――――――――――――――――っ!

 

 先に倍する絶叫が出雲市内に響き渡った。

 ……余談だが、ソックスはニーソックスに決まったそうである。本っ当に余談であったが。

 ともあれ、こうして《JKしおんちゃん》は完成したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「「おまたせや〜〜♪」」

 

 神庭家道場。女性陣が、みもりとアサギ以外ことごとくいなくなり、寂しげに男同士で酌をしていた連中に二つの関西弁が響く。はやてと獅童楓である。

 二人を先頭に、何故か『いい仕事をした』風な感じの女性陣がぞろぞろて出て来た。一様に笑顔でぞろぞろと現れた面々に、急降下していた男共のテンションが上がり始める。

 

《長らくお待たせしました!》

「……ほんっとに長かったな……」

 

 何故かまたもや司会と化してマイクを握るシャーリーに、寿司をかっ喰らいながら出雲ハヤトがツッコミを入れる。

 シオンをバインドで縛り上げて、ぞろぞろと女性陣が出ていったのが、何と一時間と半分程前。その間中、男連中は一列にならんでにこにこ笑うアサギに酌をしたり、男同士でたわいない話しをしながら飲んだりしていたのである。……テンションも下がろうと言うものであった。

 そんなハヤトを中心とした男共の視線とツッコミを軽く『そぉいっ!』とばかりに無視してシャーリーは続ける。

 

《これより、女性陣一同の一発芸! 《JKしおんちゃん》を出したいと思います!》

『『お〜〜〜〜〜』』

 

 ついに出るか。シャーリーの宣言に、男連中は声を上げる。しかし、その声にはハリが無い。何故なら、大体結末は読めていたのだから。

 女装した男の辿る道は二つ。

 爆笑出来るレベルの似合わない女装か。

 女装がそこそこ見れるレベルで似合っているか。

 それしか無い。故に男共のテンションも中々上がりにくいのであった。

 そもそも、女装した男なんぞ見て何が面白いのか。似合わなければ笑いを取った後は気持ち悪いだけだろうし、似合っていればそれはそれで腹が立つ。

 そんな思いを男共は一人残らず抱いていた――”その時までは”。

 男共のテンションに、シャーリーがくすりと笑った。

 

《では、ティアナ♪ スバル♪ しおんちゃんを連れて来て〜〜♪》

「「は〜〜い!」」

 

 唯一まだ入って来なかったティアナとスバルが道場の前で元気良く返事をする。何故かどたばたとごたつく音が鳴り、それは現れた。

 女性にしてはやや高い背。それに腰まで届く銀の髪が映える。薄く化粧をされた顔は羞恥からか赤く染まり。おそらくはパッドか、やたらと膨らんだ胸。それに反比例するように、冬服の制服からも分かるほどに細い腰つき。止めとばかりに、細い足を包むニーソックスとミニスカートが生み出す絶対領域から見える太腿の肌の白さが眩しかった。

 もじもじと顔を赤らめて出て来た”彼女”に、男共は唖然となる。

 

《……女として、ここまで敗北感を覚えた事はそうそうありません! JKしおんちゃん! 略して『しーちゃん』と御呼び下さい! では、しーちゃん! 一言、どうぞ〜〜!》

「あ、う……!」

 

 素早く隣のティアナからマイクを差し出されて、彼女は慌てる。注目を集めているのが恥ずかしいのか、目を伏せて。

 

《……み、見ないで……!》

『『っ―――――――――――――!?』』

 

 その場に居る一同へと衝撃が駆け巡る!

 その声を聞いて、唖然としたままの男共から一人の男が立ち上がった。先の一発芸で天に召された筈の彼、叶トウヤだ。

 生きていたのかと言う疑問を当然のごとく無視して、懐から何やら取り出す。それはオーケストラの指揮者が使うタクトであった。

 それを手に持ち、男達の前へと来る。そして、音頭を取るようにタクトを大きく振った。

 

 さん、はい!

 

『『男の娘最っ高ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――っ!』』

 

 道場を文字通りに揺るがす咆哮が男共より放たれ、響き渡る!

 ……しーちゃんはそれを聞いて、グノーシスと言うのは変人集団では無く変態集団が正しいと理解した。

 絶叫する! 口笛を吹く! 踊り出す!

 まあ、なんにしろここまでやる連中は正しく変態であるのは間違い無い。

 しーちゃんは真剣にストラに寝返る事を検討しようとして――。

 

「しーちゃん!」

「ぬぉ!」

 

 いきなり眼前に現れた涅槃に旅立った筈の馬鹿野郎ことウィルに、しーちゃんは驚きの声を上げた。そんな、しーちゃんの手をウィルは優しく掴んだ。

 

「シオン、いや、しーちゃん! ワイらは幼なじみで親友や!」

「あ、ああ。まぁ、親友かどうかはさておいて、幼なじみではあるな……でも、しーちゃんはやめろ」

「いや! あえてそう呼ばせてもらうで!」

 

 やたらと熱苦しく語り掛けて来るウィルに、しーちゃんは一歩下がるが、ウィルはずいっと進み出た。

 

「でや、しーちゃん。一つお願いがあるんやけど」

「……何だよ?」

 

 その台詞に怪訝な顔となるしーちゃんに、ウィルはさらに顔を寄せる。そして――。

 

「ワイらの友情の為に、ちょ――っと、”モロッコ”に行って。肉体改造して来てくれへん?」

「…………」

 

 しーちゃんは無言。ただ少しだけ腰を落とし、次の瞬間、落とした分の腰を使って一気に跳躍する! 同時に膝を跳ね上げた。

 

    −撃!−

 

「おっふぅ……!」

 

 跳ね上げた膝は迷う事無くウィルの股間を蹴り上げる。そのまま崩れ落ちたウィルを、取り敢えずしーちゃんは踏ん付けた。

 

「……ぐ、ぐぬ! や、やけど! このアングルならスカートの中が――」

 

 −撃!・撃!・撃!・撃!・撃!・撃!・撃!−

 

 更に言い募る変態を迷う事無くしーちゃんは無言でスタンピングを連打。馬鹿の意識を完全に断ち切った。

 

「う、ウィル! スカートの中は!? スカートの中はどうだったんだ!?」

「男物か!? 女物か!? それだけでも――!」

「やかましい!」

 

    −撃!−

 

 更に出て来た変態をアッパーカットで床に沈める。そんなしーちゃんを満足気に見ながら、トウヤはひとしきり頷いた。

 

「我が弟ながら恐ろしい才能だね……! お見それしたよ!」

「いやー。素質はあると思ってたんやけどな。ここまでとは思わんかったわー」

 

 はやての台詞に、女性陣は皆一様に苦笑する。……正直に言うと、やり過ぎた感が実は彼女達にもあったのだ。

 まさかここまで似合うとは思わなかったのだから。悪ノリで本格的にやったのが効を奏したのか、シオンならぬしーちゃんは、モデルもかくやと言う絶世の美女と化してしまったのである……いや、胸は詰め物だが。

 とにもかくにも、その出来映えは女性陣を納得させるものであり、同時に微妙な敗北感を味あわせるものとなったのであった。

 はやての台詞にトウヤはひとしきり頷くと、まだ怒りのスタンピングをかますしーちゃんの横に立ち、マイクを手に取った。

 

《諸君! 私は間違っていた事をここに告げなければならない!》

 

 いきなりマイクに向かい、並ぶ男共に演説を開始する。視線がトウヤへと向いた。

 

《私は常々こう思っていた……可愛い女性は正義! 可愛い女性は最強! 可愛い女性は何でもあり! 愛などいらぬ! 可愛い女性が欲しいと! つまり可愛い女性は国宝だと! ――君達もそうだった筈だ》

 

 腕を上げながら、熱く! 熱く! トウヤは語る。

 ここだけでも十分に変態であると認識するに足る台詞である。しかし、ほとんどの男共が即座に頷いているのを見て、しーちゃんは泣きたくなった。色んな意味で情けなくなって。

 

《だが、ここに一つ歴史は是正された……可愛い女性は国宝。それは今でも変わらない。だが、しかしっ! あえてここに一つ加えよう! 可愛い女性は国宝! だが可愛い男の娘は――》

 

 しゅぴっとしーちゃんに掲げた手を振り下ろす。それはまるで、紳士が貴婦人をダンスに誘うかのような手つきで。

 

《世界遺産だと……!》

『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』

 

 スタンディング・オベーション……! トウヤの宣言に、変態共が一斉に立ち上がりながら拍手を打ち、声を上げる。

 しーちゃんは鳥肌が全身に立った事を自覚した。

 そんなしーちゃんに熱き視線を送りながら、トウヤはマイクに吠える!

 

《我々はこの素晴らしさに気付けなかった……! 何故だ!?》

『『坊やだからさぁ――――――――――!』』

 

 全く異口同音にヤバすぎる台詞を吐いた一同を、どう殺っちゃおうかとしーちゃんは思案する。だが、取り敢えずは。

 

《故に私は宣言する! 今この場において、男の娘の価値を! ある意味において希少価値は可愛い女性よりも遥かに高いしね! だからしーちゃん! 君には、『名誉男の娘賞』を与え――》

 

「ちぇ――――すとぉ――――!」

 

    −撃!−

 

 引き返しようが無い程に場を盛り上げようとする変態長兄を盛大にビール瓶で殴り飛ばしておく事にした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ったく……! 人を玩具にしやがって!」

「「まぁまぁ」」

 

 トウヤを殴り飛ばして数十分後、神庭家道場はかってない盛り上がりを見せていた。理由は言うまでも無く、どこかの変態長兄のせいである。あの演説のおかげで、いらん視線をしーちゃんは集める羽目となったのだから。

 わいわい騒ぎながらも視線が自分に向けられている事にぞっと悪寒を覚えつつ、しーちゃんは焼酎を一気に飲み干した。

 ちなみにしーちゃん化は解けていない。解こうとすると、その場に居る全員が気合いを入れて止めに入るのが理由であった……女性陣も含めて。

 しーちゃんが真剣に泣きたくなったのは言うまでもあるまい。

 

「でも良いじゃん。可愛いよ? しーちゃん♪」

「……その呼び名は変わらんのな」

 

 隣のスバルに再びその名を呼ばれ、しーちゃんは深々とため息を吐く。

 なお、しーちゃんは正座で座っている。最初は胡座にしようとしたのだが、その場に居る女性陣全員に嗜められたのだ。

 舌打ちが聞こえた気がしたが、あえて聞こえていない事にした。だって怖いし。

 ともあれ事態はようやく落ち着き、しーちゃんはゆっくりと酒を飲んでいた。

 なお細々と宴会を切り盛りしてくれたみもりは、しーちゃんが現れた直後こそショックを受けていた。しかし、今はさほど気になっていないのか、また皆の世話に戻っている。

 ……だが、何故にその手にデジカメが握られているのかは後で聞かねばなるまい。しーちゃんは、怖い答えが返って来ない事を切に祈った。

 

「まったく、どいつもこいつも……!」

「「まぁまぁ」」

 

 まだ怒りの声を出すしーちゃんに、両隣から再度声が掛かる。それにふんっとそっぽを向くとすぐにグラスを空けた。

 

「……ツンデレだ……!」

「っ――――!」

 

 ぼっと顔を赤らめながら、声がした方向に顔を向ける。だが、その瞬間にぱしゃりとシャッターを切る音がした。慌てて、振り返る。

 

「……みもり……!」

「はい? 何でしょう?」

 

 にっこりと笑う幼なじみ。その顔は一点の曇りも無く、いつもの笑顔である――その手のデジカメさえ無ければ。しーちゃんの顔が引き攣った。

 

「みもり、俺は撮影を許可した覚えは無いぞ!?」

「何を言ってるんですか? シン――じゃなくて、しんちゃん。私は楽しく笑う皆さんを撮っているだけですよ?」

 

 今年一番の大嘘である。それは間違い無い。だが、あのデジカメのメモリーには確実に宴会の様子が数点写されている事であろう。それにしーちゃんの写真が若干多いのは明白だが、まず間違い無くシラを切り通されるのは目に見えていた。

 

 何とかあのデジカメを奪ってメモリーを消去せねば……!

 

 そう思うしーちゃんだが、それを実行しようとする度に両隣から邪魔が入る。スバルとティアナからだ。何やら約定でも交わしたのか、急造とは思えない息の合いっぷりで、三人はしーちゃんの邪魔&撮影を行っていた。

 

「……おまえ達……!」

「何? どうかしたの? しーちゃん?」

 

 三度、みもりのデジカメを奪おうと立ち上がるしーちゃんに機先を制するようにティアナが酒を注ぐ。一瞬にやりと笑った気がするのは、決して気のせいではあるまい。

 果たしてこの三人を結びつけているものは、なんなのか……!

 

「あ、みもり。今の焼き増しお願いね?」

「私もー」

「それかあぁああああああああああああああっ!?」

 

 あっさりとネタが割れてしーちゃんが絶叫する。どんな密約かと思いきや、ようは自分の写真が欲しかっただけらしい。

 この! 女装している! しーちゃんと化した! 自分の! 冗談では無い!

 

「ええい! こうなったからには手段を選んでいられるか! みもり! そのデジカメ寄越せ!」

 

 がばりと立ち上がるなりみもりに詰め寄る。みもりが何故か顔を赤らめた。

 

「ダメです、しんちゃん! こんな所で……! 出来たら人の居ない場所がいいです!」

「何を言っとるんだお前は!?」

 

 素っ頓狂な事を言う幼なじみに、しーちゃんも喚く。本当に酒を飲んで無いのか果てなく疑問を抱くが、今はそれどころでは無い。とにかく、胸に抱えたデジカメを取り上げようとして。

 

「何やってんのアンタはァ!」

 

    −撃!−

 

「あだっ!?」

 

 瞬間で追い付いたティアナが神速のツッコミでしーちゃんをどつく!

 しーちゃんが悲鳴を上げ――勢いが付きすぎたか、後ろからしーちゃんに覆い被さるような形になって、ティアナが抱き着く事になった……本来なら、しーちゃんもここで堪える事が出来ただろう。しかし、残念ながら今のしーちゃんは若干飲み過ぎていた。前へとふらつき、今度はみもりに抱き着いてしまう。慌てて離れようとするが、まだ終わりでは無かった。

 

「あー! 皆くっついて楽しそうでズルイ!」

「だっ!?」

「きゃっ!?」

「ちょっ!? スバル!?」

 

 今度は何を思ったか、スバルが後ろからティアナごしにしーちゃんへと体当たり気味に抱き着く。

 やはりスバルもまだ酔っ払っていたのだろう。普通なら考えられない行動である。そのまま奇妙なサンドイッチと化す四人に、ぎょくりっと唾を飲む音が響いた。何せ、見た目だけならば美少女四人が押し合いへし合いしている図なのだ。傍目から見れば、かなり刺激的な絵であった。そして、彼等も相当に酔っ払っている。既に宴会は場の方向性と言うか、まとまりと言うべきか、そう言ったものが損なわれて久しい。まともに考えが回らない状態であるのだ。

 そんな場合で、この状況。何が起きるかなぞ、明白と言えた。つまりは――。

 

『『俺達も混ぜろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――!』』

 

 ――暴走である。

 男共どころか、女性陣まで突っ込んで来たのを見ると、すでに深酒どころでは無かったのだろう。綺麗に理性がすっ飛んでいた。調子に乗った酔っ払い共が、四人に折り重なるように組み付く。

 

「て……てめーら……!」

 

 流石にしーちゃんのこめかみに怒りの血管が浮かび上がる。だが、酔っ払って状況判断がまともに出来ない酔っ払い共は一向に構う事なく抱き着いて来た。

 

「そんな怖い顔しないで、しーちゃん!」

「もっと酔っ払っちゃいなYO!」

「一人だけ素面だなんて――!」

「私も酔うからしーちゃんも酔って――――!」

 

 もう、目茶苦茶である。抱き着かれているのに、潰れるような圧迫感が無いのが奇跡的と言えた。とにかく、この人間ダンゴ状態を脱出するためにしーちゃんは渾身の力を篭めようとした、瞬間。

 

「……と、ゆーことでっ♪」

 

 ひらりっと自分の肩に乗って来た存在に、しーちゃんは思わず絶句する。そこには、いつの間にやら神庭家のラスボス、神庭アサギが居たのだから。

 何の手品か、全く重さを感じない。そんなアサギが手にするモノを見て、しーちゃんの顔色が真っ青に変わる。

 その手に握られたモノとは、スピリタス(アルコール度数96%の世界最強酒)であった。

 そんな危険窮まり無い代物を、アサギは”赤らんだ顔”で開く。

 

「母さぁん!? 母さんも酔っ払ってる!? ちょっ! それはマズ――」

「ママって呼んでくれなきゃ、イ・ヤ♪」

 

 い。と、最後まで告げる前に、アサギはしーちゃんの口にスピリタスの瓶の口を捩込んだ。極悪極まり無いアルコール度を誇るウォッカたるスピリタスが、一気にしーちゃんの臓腑に流し込まれる。

 ……なお余談となるが、スピリタスを瓶一気飲みなんぞをした日にはアルコール中毒で死人が確実に出るので、決して真似をしないように。

 

 これは……マズイ……!

 

 尋常じゃない寒気が身体を襲い、快感すら覚える熱気が胃の中に広がる! 否、既に熱気なんぞと言う生温いモノでは無かった。火を直接胃に突っ込んだ感覚。これが正しい。

 一瞬にして視界が歪む。前、後ろ、上、下、酔いと悪寒に脳みそを掻き回され、理性が溶けて行くのを感じる。全ての感覚が一気にないまぜとなり――そして。

 

「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅるぅぅぅぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!」

 

 しーちゃんはキレた。

 有り得ない程の力を発揮して、周りに組み付く連中をすっ飛ばす!

 ……男達だけをだ。壁まで吹き飛んだ連中も居たが、そこは鍛えられた男共、そんな事では怪我一つせずに転ぶだけで済んだ。彼等を据わった目で見据えながら、適当な酒瓶を引っ掴みとしーちゃんは大声で叫び声を上げる!

 

「っらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 来るなら来いっ! スバルもティアナもみもりもしーちゃんもお前達なんぞに指一本触れさせん!」

『『いい度胸だ……! 生きて帰れると思うなよボケがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!』』

 

 しーちゃん自身、凄まじい台詞を口走っている事に――と言うか、しーちゃん自身が自分の事を言っていると言うすっちゃかめっちゃかな台詞に、周りの連中も当然構わない。ここ、お前の家だろ? とツッコミを入れる人間は誰もおらず、しーちゃんに、正確には、しーちゃんを中に挟んだサンドイッチに突っ込む!

 

「一番! グノーシス第八位! ファルク! 二十八歳独身! 趣味は庭いじり! しーちゃんを嫁にするため行きます!」

 

 よりによってしーちゃんかとツッコミを入れる暇もあらずんば、叫ぶなり突っ込んで来た変態に、しーちゃんは迷い無く肘打ちを顔面に叩き込む!

 

    −撃!−

 

 鈍い音と共に、変態は床に沈んだ。しーちゃんは中指をおっ立てて吠える。

 

「一昨日来やがれっ!」

 

 ――だが酔っ払い共は臆する事なく、次々に飛び掛かって来た。

 

「二番! グノーシス第十位! 福村! 愛してます!」

「その愛に死ねぇっ!」

「三番! アスカ! お兄ちゃん居るけど百合ならおっけーだよねっ!?」

「相手の合意があるのならっ!」

「四番! チャン! 最初会った時から決めてました!」

「知った事か! コズミック・44・マグナムっ!」

「五番! 楓! 師匠ちゃん! 是非、ウチと相方をっ!」

「スバルの相棒は私よっ!」

「六番! サマー! 俺の漢気に惚れろぉっ!」

「暑っ苦しいんじゃい! ジェット・トゥ・ジェット・アパカーっ!」

「七番! 高井! 俺に惚れると火傷するぜ……?」

「なら口説くな! エンジェル冥王拳っ!」

「八番! 内田! 俺ァ、死なない限りは君を決して諦めないっ!」

「なら死なすっ! ビクトリー・ザ・ビクトリー・レインボーっ!」

「九番! アニー! お姉様と呼ばせて!」

「断固断るっ! ギャラクシー・マグナムっ!」

「十番! ウィル! 四人の内の誰でもいいから結婚しようや!」

「オラァっ!」

 

 ――こうして。

 神庭家道場で開かれた宴会は、争奪戦だか、ドツキ漫才戦だかよく分からないカオス空間を作り出し、そのまま全員がぶっ倒れるまで行われていくのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 深夜。宴会に集まった人間のほぼ全てが床にぶっ倒れている中で――半分は酔い潰れ、半分はしーちゃんが殴り倒した連中である――まぁそんな中で、しーちゃんこと、シオンはふらふらになりながら神庭家温泉に入って行った。ちなみに女装は既に解いている。念のため。

 酒を抜く為と化粧を落とす為に、せめてシャワーだけでもと思ったのだ……普通、深酔いした後に風呂なぞ自殺行為も甚だしいのだが、シオンは構わない。シャワーをのろのろと浴びて、風呂から出た。

 

「……もー二度と酒なんぞ飲まんぞ、俺は……」

 

 はぁっと嘆息しながら、自室から出したパーカーとジーンズを身に着ける。過去の経験の賜物か、酒はもう抜けていた。だがそれでも、気怠さはどうしようも無い。身体にのしかかる倦怠感を頭を振って追い出す。柱にもたれ掛かった。

 

「なんだかなぁ……」

 

 苦笑する。思い出すのは道場で潰れている連中であった。彼等、彼女達を思い出して苦笑したのである。

 紫苑との戦いから二日。もう、二日なのか。まだ、二日なのか。シオンには分からない……だが。

 

「どこ居るんだよ……。バカ師匠……」

 

 月を見ながら、シオンはポツリと呟いた。

 ずっとずっと、それが気になっていたのである。あの事件以来、一切姿を見せない自らのデバイスにして師匠、イクスカリバーの行方が。

 どうにかなるような奴じゃない。そんな事は分かっている。だがそれでも、隣に彼が居ないのは酷く寂しかった。もう一度ため息を吐き、立ち上がった。

 こうしていても仕方が無い。取り敢えずは道場に居る奴達の面倒を見なければと向かおうとして。

 

「ん……?」

 

 庭に影が落ちているのに気付いた。月明かりで照らされて、影が。その影の主はゆっくりと進み出る。シオンの前へと。彼は――。

 

「イク、ス……?」

【ああ、シオン】

 

 穏やかな月明かりに照らされて、シオンとイクスは漸く再会した。

 

 

 

 

 シオンは一瞬だけ呆然として、やがて我に返るなり笑いながら頭をかいた。噂をすれば、影とやらか。苦笑すると、そのまま庭に下りて彼の元に向かった。

 

「……ったくよ。どこ行ってたんだ、バカ師匠? ちっとだけ心配したぜ?」

【そうか、心配してくれたか】

 

 何気無く告げた軽口。だが、イクスから返って来たのは本当に嬉しそうな言葉だった。

 嬉しそうな、嬉しそうな――寂しそうな。

 そんな笑い。

 シオンはそれを見て眉を潜めた。何か、おかしい。何がと言う訳では無い。目の前に居るのは間違いなくイクスである。

 だが、何故、何故――こんなにも”違って見えるのか”。

 

「……どうしたんだ、イクス……? 何かいつもと……」

【変わって見えるか?】

 

 突如として告げられた言葉に、びくっとシオンの身体が跳ねる。図星をつかれた訳では無い。だが、今の台詞に異様なものを感じたのであった。

 

 なんだ……?

 

 自らに問い掛ける。だが、答えは出ない。イクスはまた微笑んだ。嬉しそうに、寂しそうに。

 両手を広げると、月を向かえ入れるかのように仰いだ。

 

【昔の話しをしようか、シオン】

「……? 何、言って――」

【昔々、ある所に王様に憧れた少年が居ました】

 

 訝しんでどう言う意味か聞こうとするシオンだが、イクスは全く無視した。昔話とやらを話し出す。シオンは黙って聞く事になった。

 

【その少年は故郷の国を守りたかった。だから王様に憧れました。そんなある時、少年は王権を司るとされる選定の剣に出会いました。王様になる者にしか抜けない剣。それを前にした少年にある魔法使いは言います。『これを抜いてしまうと君はヒトでは無くなってしまうよ? それでもいいのかい?』と、少年は頷きました。王様になれるなら、それもいいと思ったから。そして少年は剣を抜いてしまいます。それは運命か何かか、それは分かりません。けど、少年は剣を抜いてしまいました。その時から、少年は王様になりました】

 

 懐かしい話しをするように大切な宝物を見せるように、イクスは話して行く。シオンは全く口を挟めなかった。

 ……だが、心の奥底で何かが叫ぶ。これを止めさせろと、取り替えしの付かない何かが起きてると、そう、叫んでいた。話しは続く。

 

【王様になった少年は故国を守る為に頑張りました。仲間も次々に増えていきました。魂を預けあえる程の友が出来ました……愛する女性が出来ました。少年は幸せでした。戦いに生きた人生だったけど、戦い続けた人生だったけど、少年は幸せでした。でも、少年の幸せは終わりを告げます】

 

 止めさせろ、止めさせろ、止めさせろ、止めさせろ!

 痛い程に胸をつく不安。それがイクスが昔話しを進める度に膨れ上がる!

 けど、シオンは何も出来なかった。声も出せなかった。まるで魔法にでもかけられたように。そんなシオンを他所に、イクスは昔話しを続ける。

 

【少年は、自分が信じたモノに裏切られました……それでも、信じ続けました。少年は自分が信じたモノに裏切られました――それでも、それでもと信じ続けました。けど結局、少年は自分が最後まで信じ続けたモノに裏切られました。……守ろうと誓った、夢見た国に裏切られて。だけど、少年は満足でした。最後まで裏切られてた人生だったけど、最後まで辛い人生だったけど、それでも悪く無い人生だったと、後悔しない、誇れる人生だったと。けど少年は理解していませんでした。魔法使いの言葉。『君はヒトでは無くなってしまうのだよ?』と言う言葉を。それは正しかったのです。”死した少年の魂は剣に引き寄せられ、融合してしまいました”。その時から少年は剣になってしまいました】

 

 漸く全てを話し終えたのか、彼はゆっくりとシオンに振り向く。

 嬉しそうな、寂しそうな笑みをたたえて。

 そして――世界が変容した。

 

「な……っ!?」

 

 驚愕の叫びを、シオンは上げる。いきなり世界が変容を始めたのだ、驚きもする。だが、当然世界の変容は変わる筈も無い。

 やがて、シオンの前に広がったのは、凄絶過ぎる光景だった。

 死山血河とはこのことか。肌が見えた丘は余す事無く血の赤に染まり、辺りには、死体が散乱していた。向こうを見れば、赤い河が流れている。それが血だと気付くのに、少しの時間が必要だった。

 

【これが、俺の最後の戦場。カムランの丘。仲間を死なせ、子を死なせ、国を死なせた。最後の場所だ】

「イ、ク、ス……?」

 

 上手く振り向け無い。身体が、心が、魂が! 振り向く事を拒否していた。現実を拒否していた。

 それでも、振り向かなければならない。何故ならイクスが呼んでいるのだから。だが――。

 

【もう、それは俺の名前じゃないよ、シオン】

 

 悲し気に声が響く。

 そして、シオンは見た。銀の髪に銀の瞳を持つ筈の彼が、”黒髪、蒼眼へと”変貌していく瞬間を。

 

【これが、本当の俺……いや、我だ】

「イ、ク……」

 

 声が上手く出せ無い。彼が、何を言っているのか理解出来ない。全てが分からない……なのに!

 彼は全く構わなかった。ゆっくりと歩いて来るその身体が装束を纏う。

 赤の衣に、銀の鎧を。それこそが、彼の騎士甲冑であった。同時に右手に握られるものがある。それは、シオンが見慣れたモノであった。

 黄金の剣。精霊剣、カリバーン。

 

【シオン。刀を抜け】

「な、ん……!」

 

 彼が何を言っているか分からない。

 分からない、分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。分からない!

 なのに、彼は一切構ってくれなかった。カリバーンをゆっくりと持ち上げ。

 

【でなければ、死ぬぞ?】

 

 右へとただ、振り下ろした。それだけ、それだけなのに!

 

    −斬!−

 

 世界が、彼自身が作り上げた世界が斬り裂かれる!

 一瞬だけ、神庭家の庭が見え、すぐに消えた。

 とんでも無い切断力である。魔法を使った訳ですら無いのに、この威力。下手をすれば、”通常斬撃だけでSSランクに届く”!

 

「イ、クス……イクス!?」

【我は本来の名を取り戻した。既にイクスカリバーでは無い】

 

 告げながら、ゆっくりとカリバーンを持ち上げる。八相から剣先を突き出すような構えを取った。自然にシオンへと向けられる。

 

【アーサー……否、違ったな】

 

 一つだけ苦笑する。懐かしむように笑い、笑みが消えた。同時に凄絶な殺気がシオンに突き刺さる!

 凄まじい悪寒がシオンの背中を突き抜け――!

 

【騎神(きしん)。

”アルトス・ペンドラゴン”】

 

 自らの、今の名を名乗った。前に出る!

 

【まかり通る】

 

    −斬!−

 

 直後、アルトスがカリバーンを振り下ろし、カムランの丘が迷い無く爆砕した。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第四十六話中編でした。
しーちゃん爆誕からの唐突なシリアス。ええ、テスタメントの得意技ですとも(こら)
次回後編はずっとシリアスです、お楽しみにー。

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