魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「イクス――イクスカリバー。あいつは、ずっと俺と居た。それこそ、生まれた時から。タカ兄ぃの剣だった時も、俺が継いだ時も、一緒に居て。だから分からなかったんだ。イクスの、あいつの本当の想いを。だから――魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第四十六話「だから、さよなら」(前編)

 

 夜の繁華街。そこは、たとえ夜だろうが絶え間無く明かりが灯る。それを静かに見下ろしながら彼、イクスカリバーは、懐かしさに浸っていた。

 見れば、どこも彼等と見た場所ばかりである。

 神庭家に来て二十五年。彼が今まで歩んだ人生からすれば、ごくごく僅かな時間。だが、ある意味において”家族”と過ごした時間と言う意味においては長い時間であった。

 彼がまだ人間であった時でさえも、これ程長くは家族と共には居なかったのだから。だが……。

 

「……何を見ている?」

 

 唐突に背後から声を掛けられる。一瞬前まで、確かに誰も居なかった筈なのにだ。しかし、彼は動じない。何故ならば、動じる必要が無いのだ。イクスは、彼を待っていたのだから。

 

【随分と遅かったな。そんなに彼女達との晩御飯は楽しかったか?】

「それをフェイト・T・ハラオウン辺りが聞くと泣くぞ」

 

 肩を竦めて、伊織タカトは苦笑しながら腹をぽんぽんと叩く。

 

「他人の金で喰う飯程美味いものは無いな」

【……まぁ、否定はしないが】

 

 苦笑を漏らす。そうしながら、タカトへと振り向いた。苦笑を続けてこちらを見る彼に、タカトは肩を竦める。

 

「こちとらする必要のない復元を使い、あまつさえ”見せた”んだ。飯の一つや二つ――百や二百食べたとしても、文句を付けられる言われはあるまい?」

【どのくらい食べたんだ、お前は】

「店の食料を取り敢えず全部食べた……出入り禁止にされた上に、フェイト・T・ハラオウンは、なのは達に借金までしていたな。生まれて初めて借金をしたそうだが、殺意満々の目で睨まれたぞ」

 

 呆れたように聞くイクスに、タカトは飄々と答える。それに、彼はフェイトの顔を思い浮かべながら合掌した。さぞや今ごろ涙を飲んでいる事だろう。

 タカトの”目論み通りに”。イクスは再び苦笑した。

 

【この嘘付きめ】

「ひどい言われようだな」

 

 さも心外とばかりにタカトは肩を竦め、だが彼は構わず続けた。

 

【事実だろう? 何故、彼女達にあえて魔法が最初から使えた等と”嘘を吐いた”んだ?】

 

 一瞬だけタカトの身体が固まる。それだけで十分だった。彼が反論する前に続ける。

 

【例のAMFと言ったか。あれは『八極八卦太極図』にも有効だったんだろう? 魔力結合を阻害するジャマーフィールドだったか……それが、”八極素の練り合わせも阻害していた”のだな】

「…………」

 

 タカトは無言。憮然として、彼を睨み付ける。

 ……その通りだった。AMF、魔力結合を妨害するこれは、呼吸法によって取り込んだ八極素の練り合わせも阻害したのであった。と言っても元々の性質が違うものなので、完全とは行かなかったのだが。八極素の練り合わせが完了したのが、ちょうど左腕を復元した時であった。

 ……しかし、いくら何でも状況に詳し過ぎる。これは。

 

「……見ていたのか?」

【タイミング良く、帰っている時に奴達を見掛けたんでな。ま、意趣返しの一種だ。悪く思うな】

 

 悪びれもせずに、彼は告げる。つまり最初から見ていたのだ、彼は。一部始終ならず、全てを。意趣返しと言うのは、紫苑決戦の際ののぞき見の事か。タカトはふて腐れたように横を向く。それは、図星の証であった。イクスは苦笑する。

 

【……不器用な奴だ。何故、嘘を吐いた?】

「別に、大した理由じゃない」

【嘘だな】

 

 即座に指摘される。楽しげに告げる彼に、タカトは見るからに嫌そうに顔を歪めた――それすらも彼は楽し気に笑う。

 

【お前の嘘は分かりやすい。癖があるからな。どうせ、フェイト・T・ハラオウンに気を使われまいとでもしたか?】

「そ……!」

【俺に嘘は通じんぞ】

 

 否定しようとして、しかし即座に、釘を指されてタカトが口ごもる。珍しいと言えば、珍しい図だ。そんなタカトに、イクスは苦笑を微笑みに変えた。

 

【敵に気を使われまいとするか……本当に不器用な奴だ】

 

 ずっと。ずっと、こんな青年だった。彼は懐かし気に思い出しながら、笑う。

 伊織タカトとは、そんな青年――否、少年だった。

 自分のためには嘘を吐かない。でも、他人のためならいくらでも嘘を吐く。そんな。

 だから、その嘘の見分け方もひどく簡単であった。他人の事を指摘されて、タカトが抑揚の無い声になると。ほぼ百%嘘を吐いている。おそらくシオンと、本人以外は気付いているだろう。タカトが苦虫を噛み潰した表情となった。

 

「……いつか戦う奴達だ。同情を買うのも、恩義に思われるのも欝陶しかっただけだ」

【それは本当の事なんだろうがな。それだけではないだろう?】

 

 苦笑が響く。タカトは仏頂面で、イクスを睨み続けていた。思えば、彼とこんな風に話すのはいつ以来だろうと。

 もう、こんな風に話す事も無くなるのだろうと。そう思いながら、ため息に全てを込めて吐き出した。

 

「もういいだろう。それで、行くのか?」

【……ああ、決めたよ】

 

 今度は逆に、彼の声から抑揚が消える。その返答にタカトは一つだけ頷いた。

 

 ……この会話が最後の語らいになるか。

 

 それをなんとなしに悟る。

 

「そうか、ならお前は」

【”名を取り戻す”。その為に、お前を待っていた】

 

 それが何を意味するのか、タカトは知っている。

 ”彼”が、”彼”で無くなる事をそれは意味していた。

 そうかと頷き、彼に歩み寄る。右手を上げた。

 

「……イクス」

【ああ】

 

 短い呼び掛けに短い返答。それだけで二人は全てを終えた……最後の別れも含めて。タカトの右手が、彼の額に触れる――。

 

「さよなら」

【ああ、さよなら】

 

 そして、彼は自らの名前を取り戻した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 神庭家、道場。そこでは一つの緊張が満ち満ちていた。

 道場を埋め尽くすのは大勢の人達。それが円を組むように、道場に座り込んでいる。円の中心にはたった一人の男がいた。

 本田ウィル。シオンの幼なじみにして、悪友の彼が。緊張に彼は汗を一つ流して――。

 

「……行くで」

 

 そう呟くと、足元に用意した玩具のピアノへと高々と跳び上がる! 着地、しかし足の指は鍵盤を押し込んでいた。指はそのまま次の鍵盤を叩く。それは一つの音を奏でた。則ち!

 

「曲芸……! 《足で猫踏んじゃった♪ 演奏!》――どや!?」

『『つまら〜〜〜〜〜ん!』』

 

 ウィルの会心の叫びに、皿やらお盆やら酒の瓶やらがすっ飛んで来る。

 

「芸道なめんな!」

「つまらん! 関西芸おそるに足らず!」

「ちよっ!? 待ちぃや! まだまだレパートリーはあるんやで!?」

『『知るか!』』

 

 叫びと共に投げられたものでウィルが山の下敷きになる。頭痛と共にそれを眺めながら、神庭シオンは頭を抱えた。

 夕方の神庭家、道場で宴会が今現在進行系で行われている真っ最中である。道場にはグノーシス連中にアースラチームの皆も含めて相当の人数が集まっている訳だが。

 

 ……そういや、うちはこんなんだったなぁ。

 

 今更ながらにそう思いつつ横に視線を向けた。

 

「おじさん。いいの? おばさんの命日に」

「湿っぽいのは昼までと決めとるんじゃ。ほ〜〜らオヒネリやるぞ〜〜!」

 

 がははと笑いながらウィルにおひねりを投げる、恐面四十代の男性。何を隠そう、彼こそが姫野みもりの父親、姫野秋人(ひめのあきと)、その人であった。

 ちなみに、現役日本警察の警視総監様である。やくざの大親分にしか見えないが、それは言わぬが華であった。

 はぁとため息を吐きながら、シオンはグラスのビールを一気に煽る。

 

「おー。シオンよく飲むやないけ。ほ〜〜ら、もう一杯」

「這って来んなよ、お前……飲むけどよ」

 

 背中の上に山と投げられた物を積んで、ウィルがビール瓶を差し出して来る。これ、投げられたモンじゃないだろうなと疑いながらグラスを差し出した。なおしつこいようだが、シオンの隣に居るお方は警視総監様である。がははと笑い、未成年の飲酒に何も言わなかろうが、そうと言ったらそうなのであった――閑話休題。

 神庭家で突如開かれた宴会。しかし、実はこれは毎度の事なのである……シオンもすっかり忘れていたのだが。命日や歓迎会と称して宴会をだだっ広い神庭家道場で開くのが。今回は、二つが合わさった事になる。そして、もう一つ。

 

「ふ……分かって無ぇな、ウィル!」

「何やと刃! ならお前は万人に受ける一発芸をやれるんかい!」

 

 未だ埋もれたままの山(ウィル)に進み出て来るのは黒鋼刃。銀龍を抜きながら、前へと進み出て来る。それを見ながら、シオンは嫌な予感を覚えた。これは――。

 

「――当然!」

 

    −斬!−

 

 叫びと同時に下の敷板が円状に切り裂かれる!

 刃はそれと一緒に落ちて行き、次の瞬間、ウィルの周りが円状に切り裂かれた。

 

「秘技……!」

 

 更にウィルと円に切り裂かれた敷板が持ち上がる! その下に居るのは何を隠そう、刃であった。

 敷板の真ん中に銀龍を当てて持ち上げたか。更にそれらをぶん回した。

 

「《人間皿回し!》」

『おぉ〜〜!』

 

 敷板ごと上の人間を皿回し宜しく回す荒業に、周りがどよめいた。これはこれで中々のものである……だが。

 

「お前、それ直しとけよ?」

「あ〜〜〜〜はっはっはっはっはぁ!」

 

 ……壊れてやがる。

 

 シオンは一目で看破した。刃は見事に酔っ払っている。キャラが壊れる程に。抜き身の日本刀を堂々と振るう事も意に介さず『オヒネリやるぞ〜〜♪』と投げるおっさんは、取り敢えず見て見ないフリをした。ぐぃっとグラスを煽ると。

 

「ほ〜〜ら、シオン。……ひっく……。飲みが足りないよ……。ひっく」

「誰だ!? スバルに飲ました野郎は!?」

 

 顔を赤らめて、しゃっくりを上げながらこちらにビール瓶を差し出して来るスバル・ナカジマを見て、シオンが吠える。さっと顔を背けた数人を見咎めると、シオンは手裏剣宜しくビール瓶をそいつらに投げて置く――ストライク。

 

「未成年に飲ませるなっつぅの。あ、おかわり」

「……シン君、全然説得力無いですよ?」

 

 こちらは、姫野みもり。一切飲んでおらず、酒を出したりオツマミを作ったり、寿司を頼んだりと、いろいろしてくれている。それで逃れているとも言えなく無いが。

 取り敢えずスバルの酌を受けて並々とビールが注がれて、注がれて――。

 

「こらこらこらこら! 零れてる! 零れてる! 冷たっ!?」

「あははははっ! ひっく」

 

 何が面白いのか、スバルはグラスから溢れさせ、更に注いでいく。被害を受けたのは当然シオンだった。ビールで身体中が濡れる。

 

「うげ……っ。このアホたれ! みもり、拭くもんくれ!」

「はい!」

「あははは! シオンべとべと!」

「黙れ酔っ払い。こら、スバル担当! 何してやがる!」

「誰が担当よ!」

 

 シオンが叫ぶと、間を置かずに返事が返って来た。ティアナ・ランスターである。彼女はこちらに”顔を赤らめ”て吠え――。

 

「ひっく」

「だから誰じゃあ!? さっきから未成年に飲ませまくっとる奴!」

 

 しゃっくりを上げたティアナに、シオンは喚く。それに、やはり顔を背ける馬鹿共を発見。今度は自らビール瓶を頭に叩き付けに向かった。

 

「待て! 落ち着くんだシオン!」

「そ、そうだそうだ! これは宴会なんだぞ!? 飲ませて何が悪い!」

「あいつ達は未成年だっつうの!」

 

    −撃!−

 

 アホな事をほざく奴達を一撃で沈める。はぁとため息を吐いて。

 

「ほ〜〜ら、キャロちゃん? ぐぐぃっと飲みや〜〜♪」

「えっと、でもでも。ウィルさん、これお酒ですよ?」

「大丈夫やって、これを飲んだらキャロちゃんも大人に――」

「「ちえ〜〜〜〜すと〜〜〜〜っ!」」

 

    −撃!−

 

 未成年どころか子供に飲ませようとする馬鹿野郎に、シオンと御剣カスミからビール瓶が投擲され、頭に直撃! 馬鹿野郎は、そのまま床に沈んだ。

 

「騒がせたわね、シオン君」

「……お前も大変な、カスミ」

 

 そそくさとウィルを回収する彼限定の相棒カスミにシオンは同情的な視線を向ける。彼女は『慣れたわ』とだけ呟いて、道場を出た。

 

「あ〜〜ったくよ。ほら、キャロ。それ渡しな?」

「…………」

「キャロ?」

 

 じ〜〜と、ビールが並々と注がれたグラスを見る少女に、シオンは嫌な予感を覚える。まさか……直後、キャロはグラスを一気にぐぃっと煽った。

 

「〜〜〜〜っ!」

「わ〜〜! 馬鹿! 何飲んでんだ!?」

 

 ぽんっと言う擬音が聞こえたかのように、一瞬で真っ赤になったキャロにシオンは慌てる。そのままぐるんぐるんと目を回す彼女をシオンは抱き上げた。

 

「おい! キャロ! しっかりしろ! 何で飲んだんだ!?」

「う……だってこれ飲んだら大人になれるってウィルさんが……」

 

 どうやらウィルの戯言を信じたらしい。しかし飲み慣れた人間ならともかく(国によっては子供でも飲む)、キャロが酒を飲み慣れているとも思えない。取り敢えず、キャロの相方を呼ぶ事にした。

 

「おい! エリオこら! どこ居やがる!」

「エリオならあっちよ……ひっく」

 

 いつの間に近寄って来たのか、ティアナがしゃっくりを上げながら道場の一角を指差す。そちらを見て、シオンはんがっと唖然とした。

 

「ちょっ……! 離して下さい!」

「だ〜〜めや♪ エリオ君はかわええなぁ。おもち帰りや〜〜♪」

「だめだよ、楓ちゃん♪ 私が持って帰るんだから〜〜♪」

「お持ち帰りって何ですか!? 何で服脱がすんですか!? 前もこんな事あったような――て、違う! 誰か助けて下さい――――!」

 

 獅童楓と聖徳飛鳥を代表するグノーシス女性陣に、シャリオ・フィニーノを代表するアースラ女性陣に囲まれていた。ある意味に置いて、断末魔の叫びが響く。花とか置いてやると散るイメージか。

 

「……何やっとんだあいつは……」

 

 シオンは呆れたように呟く。見れば、全員顔を真っ赤にしている。おそらくは酔っ払っているのだろう。そう言った女性陣はほっとくのが一番である――そんな訳で、シオンはエリオをあっさりと見捨てた。

 

「ああ、見捨てた!? シオン兄さんの鬼! 悪魔―――!」

 

 気のせい気のせい。俺は何も聞こえない。

 

 そう一人ごちるとシオンはキャロを抱え、一番医療の心得がある守護騎士シャマルを発見し。

 

「とくとくとく〜〜♪」

「あんたが犯人か!?」

 

 誰かれ構わず旅の扉で酒を注ぐ彼女に、取り敢えずツッコミを入れたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ぴんぽ〜〜んと、音が鳴る。それをシャマルにツッコミを入れたシオンは聞いた。誰か来たらしい。道場内を見ても、まともに出れる人間もいなさそうなので、自分が向かう。道場からサンダルを履いて、直接門に向かった。

 

「はいは〜〜い」

 

 定例の返事を返しながら、閂(かんぬき)を外す。ゆっくりと門が開き――シオンは絶句した。その来客に。

 

「……フェイト先生どうしたんですか?」

「…………」

「あはは……」

「まぁ、いろいろあってなぁ」

 

 来客は高町なのは、八神はやて、そしてフェイト・T・ハラオウンであった。しかし、シオンが絶句したのは彼女達が来たからでは無い。

 先頭のず〜〜んと言う擬音が聞こえかね無いくらいに沈んだフェイトを見て絶句したのだ。取り敢えず中に入れる事にする。

 

「「おじゃましま〜〜す」」

「……おじゃまします」

 

 ……本当に何があったんだろうか。聞いてみたい気もするが、ひたすら嫌な予感がするため止めて置く。

 道場の方に向かおうとするシオンを見て、なのはが不思議そうな顔となった。

 

「シオン君、どこに行くの?」

「ああ、今道場で宴会やってまして。そっちに皆居るんでよかったら先生達もと――」

 

 宴会? と、疑問符を浮かべるなのは達にシオンも苦笑する。それはそうだろう。昼間に墓参りに行って、何故に夜は宴会をするのか。

 そこらは置いとくとして、シオンは道場まで三人を先導して歩く。なのは達も……フェイトも一応着いて来た事に安堵しながら、道場に辿り着いて。

 

「ふ……! 甘いね、君達! そんなものが一発芸だと!? ちゃんちゃらおかしいね!」

「「なんだとぅ!」」

 

 そんな声が聞こえた。

 最初に聞こえた声は、シオンの異母兄、叶トウヤの声である。後のは刃と真藤リクか。どうやら、リクも一発芸をやったらしいが。

 

「なんやなんや? えらい盛り上がっとるなー」

「ええ、まぁ……」

 

 嘆息まじりにシオンは頷く。未成年飲酒しまくりなあの空間に三人を入れて大丈夫かどうか少しだけ思案する……と言うか、エリオとキャロの状態を見せて、フェイトは卒倒しないかどうか、かなり心配であった。

 もう入口なのでその心配も意味が無いのだが。仕方無しに道場に上がる、と。

 

「真なる一発芸をお見せしよう……!」

 

 次の瞬間、凄まじいどよめきが上がった。果たして、何が起こったのか……! 気になり、シオンは三人娘と駆け出し、それを見た。

 

 ……なお。ここらはいろいろと危険なものとなるので、詳しい名称等は伏せさせていただく。

 シオン達が見る先に居るのは、道場のど真ん中に居るトウヤ。彼は、一枚のティッシュをひらひらと摘み取ると、一瞬の早業を持って下を脱ぎさった。そして某所をティッシュで隠し――!

 

「秘奥義……! 《蘇る死体!》」

 

 それはあたかも墓場から立ち上がる死体のごとく、むくむくと立ち上がって見せた!

 これぞ秘奥義《蘇る死体》。

 究極の一発芸と言われる奥義であった……!

 

「ふ……いついかな状況においても立ち上がれる我が若さを持って初めて成せる技……! 真似出来るかね!?」

『『誰がするかぁあぁあああああああああああああああああああああああああ―――――――――――――――――――――――――!』』

 

 一部の例外を除いて、すっ転んだ全員が盛大にツッコミを入れる!

 だが、そんな彼等、彼女達にトウヤは更に笑った。

 

「ならば、更に見せよう! 変化秘奥義! 《脱皮するか――」

 

    −撃!−

 

 皆まで喋らせずに、空を踊って舞い降りたユウオがティッシュに包まれた部分を踏み潰す! 凄まじい音が鳴り、男性陣は例外無く顔を引き攣らせた。

 

「このこのこのこのこのこのっ!」

「や、やめたまえユウオ! 後で困るのは君だよっ!?」

「うるさぁ〜〜〜〜い!」

 

 そのままスタンピングに移行するユウオを脇の男性陣が必死に引き離した。トウヤ、悶絶の為、退場。

 完全にすっ転んで立ち上がれ無いシオンに、こちらはいち早く立ち直ったはやてがじと目を向ける。

 

「なんなん? おげれつ大会?」

「…………」

 

 否定したかったが、否定する材料が見付からず、シオンは視線だけを逸らす。完全に引きまくった三人をごまかすように座布団を用意して座らせた。

 

「ささっ、はやて先生ぐぐいっと」

「……いろんなもんをごまかそうとしてへん?」

 

 座ったはやてに酌をするシオンは、その問いに目を再び背けた。代わりになのはへと酌をする。

 

「なのは先生もどぞ〜〜! いつもお疲れ様です!」

「あ、うん」

「ささ、フェイト先生も――」

「ぐびっぐびっ!」

『『早っ!?』』

 

 シオンが酌をする前に、何と手酌で、いつの間にかグラスのビールを飲み干しているフェイトを見て、なのは、はやて、シオンは驚きの声を上げる。更にもう一杯、一気で飲むと、座った目でこちらを見据え出した。

 

「……はやて先生、ちなみにフェイト先生は、お酒が強い方で?」

「いや、かなり弱かった筈や――」

「シオンっ!」

『『はいっ!?』』

 

 轟く咆哮に思わずシオンどころか、はやてもなのはも返事をする。フェイトはすぐにグラスを差し向けた。慌てて注ぐ。

 

「シオン……タカトって腹が立つよね……?」

「はぁ……」

「心配したのに、実は嘘だったり、女の子にあんなにいっぱい奢らせるし……」

 

 タカ兄ぃ、一体何をした……!?

 

 この場に居ない我がもう一人の異母兄に問い掛けるが、当然通じる筈が無い。

 そのままぶちぶちと言い募るフェイトに、シオンは顔を引き攣らせながら、なのはとはやてへと視線を向ける。だが、二人は顔を横に振って見せた。それは、言外にこう伝えて来ていた。

 

 後は任せたよ!/後は任せたからな! と。

 

 鬼〜〜〜〜!?

 

 そう心中叫ぶシオンだが、二人はそそくさと視線を外して、他の皆との談話に移っていった。

 

「聞いてる!? シオン!?」

「はい!」

 

 怒鳴られて、びくっと背筋を立てる。そんなシオンに、フェイトは微笑むと顔を撫でて来た。

 

「シオンの肌、つやつやだ」

「は、はぁ……?」

 

 何? 何が起きようとしている?

 

 間近に迫られ、顔を撫でられて、シオンはどきまぎする。そんなシオンに、フェイトは構わず顔を撫でて――。

 

「――これなら、”化粧すると女の子”みたいになれるね」

「…………」

 

 ――血の気が、凍った。

 凄まじいまでの悪寒がシオンを襲う。それは、こう伝えていた。一刻も早く逃げろ、と。固まったシオンに構わず、フェイトはぱちりと指を鳴らす。

 

「ティアナ? シャーリー?」

「「既に準備出来てます!」」

 

 異口同音。全くのズレなく答える二人。そんな二人が用意したものを見て、シオンは声無き悲鳴を上げた。

 女用のかつら。

 各、化粧道具(コスメ)。

 そして、どこからともなく出て来たどこかの学校の制服(女物)。

 どっと滝のように汗が流れる。それをフェイトが優しく手持ちのハンカチで拭いて。

 

「一発芸、《JKしおんちゃん》」

「明日への脱出っ!」

 

 シオンは素早くフェイトから離れると、一気に瞬動で脱出を謀る。だが、しかしっ!

 

【シュランゲ・フォルム!】

「!?」

 

 聞こえてきた声に瞬動を停止。その眼前を連結刃が薙いでいった。おそらくあのまま前に進んでいたら、シオンは拘束されていたに違い無い。それをやったのは、当然彼女。

 

「シグナムっ!? お前……っ!」

「……悪いなシオン、我が主の命だ」

 

 ブルー○スよ、お前もかとばかりに驚愕の目を向けるシオンに、シグナムは仕方ないとばかりに首を振る。しかし、シオンは気付いた。いつもより、心無しかウキウキしている風情のシグナムに!

 

「く……! てか、はやて先生! どう言うつもりですか!?」

「ごめんなシオン君。でも、《JKしおんちゃん》を見てみたいと言う欲求には逆らえんかったんや……!」

「味方はいないのか味方はァ!」

 

 あまりにも四面楚歌の状態にシオンが嘆きの悲鳴を上げる。

 

 ああ、どうしてこんな目に……!

 

 そんな風に世界を呪っていると。

 

「ダメだよ皆!」

 

 女装させんとにじり寄る悪魔(じょし)達に、救いの救世主が現れた。

 なのはである。彼女は両手を広げて、皆を制止する。

 

「シオン君は男の子なんだよ? それを女の子の格好をさせるだなんて……!」

「あ、ああ……!」

 

 やっぱり最後に頼りになるのは、なのは先生か! あまりの嬉しさにシオンは泣いて喜ぶ。そんなシオンに、なのはは頷いて見せて。

 

「そんな面白い事、皆でやらなきゃダメだよ……っ!」

 

 ――次の瞬間、シオンはバインドで拘束された。

 

 ……へ?

 

 何が起きたか分からずに目を白黒させるシオンに、なのはは会心の笑みを浮かべると、皆に振り返った。

 

「ダメだよ、皆? こう言う時は味方のフリして騙さないとシオン君すばしっこいからすぐにげちゃうよ?」

『『は〜〜〜〜い』』

「て、待てぇええええええええいっ!?」

 

 漸く我に返ったシオンの叫びが響く。なのはは視線をシオンに向けた。

 

「どうしたの? シオン君?」

「どうしたもこうしたもありますかい! 最初っからこの積もりだったんですか!?」

 

 喚くシオンに、なのははにっこりと微笑む。それは見る人によっては極上の笑みだろう。シオンからしてみれば悪魔の微笑みに他ならないかったが。きっと、なのはを睨む。

 

「この……悪魔め…………!」

「悪魔でいいよ♪ シオン君を女装させられるなら♪」

「そこーあたしの台詞だぞー」

 

 すかさずヴィータからツッコミが入るが、二人は構わない。最後にスバルが進み出た。

 

「大丈夫! シオンならとびっきり可愛くなれるよっ!」

「何の慰めにもなっとらんのじゃあぁあああああ――――! いやぁああああ! せめて自由を! さもなくば死を――――!」

『『GO♪』』

 

 そうして、シオンに女子達は一斉に踊り掛かった。色とりどりの化粧道具や、かつら、制服を手に。

 直後に悲鳴は、道場どころか出雲市内全域に響いたと言う。

 

 

(中編に続く)

 




はい、シリアスから容赦なくギャグに突入の第四十六話前編でありました(笑)
トウヤが相変わらずのカオス(笑)
しかし、トウヤなので仕方ない。
さて、次回はついに、しーちゃん爆誕です。男の娘はもう古い? 聞こえませんとも(笑)
では、次回をお楽しみにー。

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