魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十五話後編であります。一話にどんだけかけてんだ俺……。では、どぞー。


第四十五話「墓前の再会」(後編)

 

    −閃−

 

 その瞬間、その場にいる人間は一人残らず固まった。フェイト・T・ハラオウンに届く筈だった指槍。それが別の人間を貫いている光景を見て。彼女を庇うかのように左手を盾にして、そこに五本の指槍を貫かせて止めていたタカトに。

 なのはも、はやても……フェイトも。ヘイルズすらも、彼の予想外の行動に固まる中、ただ一人全く固まっていない人間が居た。言うまでも無い、当の伊織タカト本人だ。左手に五つの穴を穿たれているのに、そこから鮮血が溢れるように吹き出しているのに、なのに!

 タカトの表情はぴくりとも変わらない。感情の変わらない無愛想な顔のまま、左手を貫いている指槍を一つ残らず左手で掴んで、ぐぃっと自らに引き寄せた。

 そこで、漸くヘイルズが我に返る。しかし、その時には既にタカトが前に踏み出して懐に飛び込んでいた。ぽんっと軽く右の拳をヘイルズの腹に押し当てる。

 

    −撃!−

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 ヘイルズの身体中の至る所が、幾度も爆ぜる!

 頭、耳、目、鼻、首、肩、胸、腹、腕、手、腿、膝、臑、足!

 タカトはただ、拳を押し付けているだけ。それだけの筈なのに、ヘイルズの身体中が”殴られたように”弾けたのだ。

 ――浸透勁を極めるとこのような真似も出来る。”衝撃の伝導を操る”事によって、ただ拳が触れているならば、身体を伝って衝撃のみを打ち込むといった真似が。

 物理的に繋がっているならば、例え地球の裏側だろうと衝撃を伝えられる打法。それを持ってして瞬間的にヘイルズへと撃ち込んだ打撃。その数、総計百五十七発!

 全身に余す事無く衝撃を撃ち込んで、タカトが理解した事はただ一つだけだった――今の状況では勝てない。それだけ。

 何故なら、今放った衝撃全てが”軟らかく”変化した身体により受け止められたから。

 まるで、弾性の低いゴムを殴ったような感覚をタカトは強く受ける。身体全てを”軟らかく変化した”のだ。これでは衝撃をどこに撃ち込んでも意味は無い。

 

「……無駄だ」

 

 頭の上で呟く声が聞こえる。今度は左手をヘイルズは伸ばした。またもやフェイト達へと。指が伸びて指槍へと変じようとする。

 

「ふっ!」

 

 鋭い息吹が、タカトの口から漏れた。同時、押し当てていた拳が開いて、掌がヘイルズの腹に触れる。

 

    −発!−

 

 ――直後、爆裂したようにヘイルズが吹き飛んだ。寸勁。密着状態から放つ発勁の一種を持って吹き飛ばしたのだ。ヘイルズが伸ばさんとした指槍は、彼自身が吹き飛んだ事により再び空を切る。

 

「……っ」

 

 だが、タカトの顔が僅かに歪んだ。左腕には未だヘイルズの指槍が刺さったままであったから。

 吹き飛んだ筈のヘイルズのだ。それは彼が故意に指槍を残した事を意味する。何故、捕まる可能性を残してまでヘイルズは指槍をタカトの左腕に刺したままにしたのか。タカトは、それを即座に悟った。

 ”腕の中を何かがはいずり回る感覚を受けて”。故にその判断もまた早かった。

 タカトは右の貫手を作ると、迷い無く左の肩口に突き刺す!

 

    −裂−

 

 太い繊維質を断ち切るかのような音が鳴り響く。同時にタカトの左手は、肩の付け根からちぎれ飛んだ。

 

「……あ……」

「タカト君!」

 

 ゆっくりと、スローモーションで映る宙を舞うちぎれ飛んだタカトの左腕。噴き出した血が、フェイトの顔を汚す。

 なのはの悲鳴が響いて――それら全てをタカトは無視した。自分の左手をあっさり見捨てて駆け出す。驚いたのはヘイルズである。自分の左腕を、ああもたやすく捨てるなぞ想像の埒外だったのであろう。未だに吹き飛ばされて、空にある身体にタカトが追い付くまで驚愕に固まる。

 再び我に返るまでに、タカトは成すべき事を終わらせていた。地面を這うように駆けながら、右の貫手を手刀に変化。身体を引き起こしながら跳ね上げる。

 

    −斬!−

 

 手刀は軌道上にあるものをあっさりと斬り捨てた。つまりヘイルズの右腕を。それに彼は失策を悟った。今ので人質を取る機会を完全に逸したのだ。タカトの左腕に突き刺したままの右指槍。それを斬り捨てられたのである。擬態を作ろうにももはや遅い。既に指槍は完全に切り離されているのだから。そして、それに気を取られている暇は更に無かった。

 

    −撃!−

 

 タカトが手刀を放った体勢から身体を起こしがてら突き蹴りを放つ。それは真っ直ぐに、ヘイルズの鳩尾に突き刺さった。だが、当然帰って来るのは例の感触。軟体化による打撃無効。今の一撃も意味は無い……そんな事は百も承知だった。

 タカトの狙いは、ヘイルズを”吹き飛ばす”事にあったのだから。

 平行に飛んで行くヘイルズを尻目に、タカトは蹴りを放った体勢から前へと重心を倒す。蹴りを真下、敷石に叩き付けた。

 震脚。それも空歩を一切使っていないそれを、タカトは躊躇無く叩き付ける。そして、変化は起きた。

 

    −轟−

 

 タカトの足元から放射状に前へと地面が爆砕する! それは、ヘイルズの着地点までも含んでいた。

 そこから、後ろのなのは達は、そしてヘイルズは驚くべきものを目にする。

 爆砕した地面。それが集まって、まるで津波のように波打っていたのだから。タカトが震脚で引き起こした現象がまさにそれであったのだ。魔法も使わずに、爆砕して吹き飛んだ土や石の飛ぶ位置を全てコントロールしたのである。驚くべき技術であった。

 ヘイルズの頭上に高々と上がる土と石の津波。その上に、タカトはサーファーよろしく波に乗りながらヘイルズを見下ろし、ぽつりと口を開いた。

 

「打撃も斬撃も効かなくても、”窒息”はどうだろうな?」

「――――っ!?」

 

 その言葉にヘイルズはタカトの目論みを悟り――全てが遅かった。

 津波が崩れ、その身体を飲み込む! 悲鳴すらも掻き消して、やがてヘイルズの身体は小高い山の下へと消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 敷石と土が混ざりあって出来た小高い丘を、タカトは見下ろす。

 何とか、動きを封じる事は出来た。それ”だけ”は。だが――。

 

「タカト君!」

「……?」

 

 いきなり響いた声に思考が中断され、タカトが不機嫌そうに目を細める。その眼差しを、振り返りながら声の主に向けた。声の主は当然、なのはだった。後ろからはやて、フェイトも駆けて来る。特にフェイトの顔は真っ青になっていた。

 

「……なのはか、何だ?」

「そんな……!? 何だじゃないよ! 左腕!」

 

 あまりに普通な反応を返すタカトになのはは怒声を上げる。左腕をちぎっておいてそんな反応を返されては、怒るのも当然と言えた。だがタカトはそんななのはを煩そうに見る。

 

「いちいち叫ぶな。たかだか腕一本落とした程度で騒ぐような事か」

「腕一本程度って……!」

 

 そんなタカトの台詞になのはは絶句する。まるで、何て事は無いとばかりなタカトの反応に。そして、キッと彼を見据えた。

 

「……やめてって言ったよね? 自分の事、そんな風に言うの……」

「……そんな事言われたか?」

 

 その言葉にタカトは心底不思議そうな顔となる。それは彼女の怒りに油を注ぐ反応でしか無かった。タカトを睨みながら叫ぶ!

 

「言ったよ! タカト君が『俺の事なんてどうでもいい』って言った時!」

 

「……待て。それとこれとは話しが――」

 

「違わないよ! タカト君は本当きかん坊なんだから!」

 

「……貴様。黙って聞いてやれば好き放題ほざきおって……! 大体貴様達がぼけらっとしていたからこんな目にあったんだろうが! たわけが!」

 

「ま、またたわけって言った! そんな事言う方がバカだよ! タカト君のバカ!」

 

「お前にだけは言われたく無いわ! このたわけ!」

 

「私だってタカト君にだけは言われたく無いよ! 大バカぁ!」

 

「ついに大をつけおったな……! この超たわけ!」

 

「大! 大! バカァ!」

 

「超! 超! たわけ!」

 

 売り言葉に買い言葉とは、この事か。二人は顔を付き合わせて互いに吠えまくる。そんな二人に、はやてとフェイトは呆気に取られて――大と超が二十を数えた頃にハッと我に返った。

 

「ちょっ……! 二人とも待ってや! 一辺止まる!」

 

「何? はやてちゃん? ……タカト君の大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、大、バカ」

 

「何だ? 八神? ……なのはの超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、超、たわけ」

 

「人の話しちゃんと聞いてや!? 負けず嫌いもいい加減にし!」

 

 流石にはやても勘忍袋の緒が切れた。二人に向かって、思いっきり怒りの声を上げる。それで漸く、二人の子供じみた言い争いは止まった。だが、はやての説教は止まる事無く続く。

 

「なのはちゃんもあんたも――もう面倒臭いから私もタカト君って呼ぶわ。二十歳越えた、いい大人やろ!? 何を子供じみた喧嘩しとるんや!」

 

「いや、待て八神。俺はそんな風に呼んでいいなぞ許可して――」

 

「あんたの許可貰う必要なんて無い! そして黙りや!」

 

「むぅ……!」

 

 タカトはひどく納得いかないような顔となる。しかし、怒れるはやての勢いに黙り込む事となった。更に、はやては説教を続けようとして。

 

「は、はやて、はやて! もうこの辺で……!」

「ん? そうか……? 全然言い足りんけど。まぁ、ええか――で、タカト君、その左腕やけど」

「……もう好きに呼べ。左腕がどうした?」

 

 いい加減諦めたのか、盛大にため息を吐いて続きを促す。はやては頷くと、聞くべき事を聞く事にした。

 

「その左腕なんやけど……大丈夫なんか?」

「それがすぐに出血死するかどうかと言う意味ならば大丈夫だ」

 

 問いに答えながらタカトは肩の付け根。そこから先が無くなった、抉れたような傷口を見る。どう考えても致命傷であり、時間を考えると出血量を心配しなければならないのだが。肝心のそこからは血が流れていなかった。

 傷口周辺の組織を筋肉で閉鎖する事で、強制的に出血を抑えたのである。これで、すぐに出血死を心配する事は無い。

 タカトの台詞に、はやては再び頷く。後ろのなのはやフェイトは、それでも心配そうに見ていたが。次いで、質問を続けた。もう一つ、聞かねばならない事があったから。

 

「なんで左腕を自分で切ったんや?」

 

 はやては、タカトの目を見て聞く。あの時、後ろで見ていた限りではあるが、わざわざ腕を落とすような真似はする必要は無かった筈だ。いくら指槍で貫かれているとはいえ、ちぎり落とすよりはマシな筈である。なのに、どうして……?

 タカトははやての問いに肩を竦めると、敷石の上に落ちている自分の左腕に視線を移す。右手で指差した。

 

「見てみろ、左腕の傷口の辺りを」

「そんなグロいもん見たくないんやけど……」

 

 はやてが顔をしかめる。なのは、フェイトも同じくである。仮にも女の子に見せるものでは無い。だがタカトはそんなデリカシーを気にする男では無かった。

 仕方なく三人は落ちた左腕に近づいて傷口を見る。すると、すぐに異質なものに気付いた。これは、何だ?

 

「タカト君、これ……?」

「奴の指先が変化したものだ。動脈を伝って中を這い回って来ていたからな。腕を落とすのが、一番手っ取り早かった」

 

 つまりタカトの左腕を貫いた指槍から先を更に変化して動脈に侵入。そこから遡って心臓に指先を伸ばされたのだろう。想像するだけで、吐き気を催しそうになる。一様に顔を歪めた三人にタカトは苦笑した。

 

「まぁ、腕一本であの事態をどうにか出来たのならば安いものだろう」

「また……!」

 

 その台詞にまたなのはが激昂する。声を上げようとして。しかし、横からそれを遮られた。

 フェイトだ。彼女はなのはを手で制止させると、タカトを真っ直ぐに見据えた。

 

「何で、私を助けたの……?」

 

 ぐっと抑えるかのような声。そんな、感情を抑えるような声でフェイトはタカトに問う。そもそも、そこからおかしかったのだから。

 タカトが身を呈(てい)してまで、彼女を助ける理由はどこにも無い。その筈である。なのに、何故――?

 その問いに、タカトはぷいっと横を向いた。

 

「……さぁ、何でだろうな? 俺にも分からん」

「分からないって……自分の事だよ!? そんな筈無い!」

 

 思わずフェイトは叫んでいた。元々彼女のタカトに対する感情は複雑である。どちらかと言えば、否定的ですらあった。

 なら自分を助けたのにも理由がある筈である。そうで無くてはおかしいから。だが――。

 

「そう言われてもな……気付いた時にはああしていたんだ。分からんとしか答えようが無かろう?」

 

 あっけからんと、タカトは答える。本当に、彼自身も気付いていないのだ。何故、彼女を助けたのかを。

 彼女達へとヘイルズが向かった事を認識した瞬間、身体が勝手に動いていたのだから。我に返った時には、既に指槍が左腕を穿った後だった。だから。

 

「……本当に、分からないんだ」

 

 まるで途方にくれた、迷い子のような声。タカトの台詞に、フェイトは、そしてなのはやはやても同じ感想を抱いた。

 その中で唯一、なのはが顔を悲しそうに歪める。少し、分かったからだ。タカトが分からないと言う、その理由に。

 『幸せ』と言う感情を喪失ってしまった彼の状態をただ一人知る、彼女は。

 

 タカト君は、多分――。

 

 おそらくはタカト自身も、否、タカト”だからこそ”気付かないそれに、なのはは気付く。

 彼が人一倍、何かを失うのを恐れている事に。

 誰かが不幸になる事を、それも顔見知りがそうなる事を彼は嫌がっているのだ。

 だけど、それは何て皮肉。

 彼自身はどこまでも『幸せ』が分からないのに。

 『幸せ』を共有する事も理解する事も出来ないのに。

 誰かの『幸せ』は必死に、無意識ですらも守ろうとするなんて……それすらも自覚出来ないなんて。

 漸くなのはは理解する。かのクロス・ラージネスが語った『決して救われ無い存在』と言う意味を。

 その感情を喪失ってしまっているが故にそれに固執しているのに、その感情を”喪失ってしまっているからこそ”手にする事も、認識、理解する事すらも出来ない。

 あまりにも救いが無い。

 あまりにも報われ無い。

 

 ――傷。

 

 その意味を、なのはは改めて噛み締めた。だけど。

 

「……さっきからどうした? なのは?」

「う、ううん! 何でも無いよ!」

 

 ずっと彼の顔を見続けていた事に今更ながらに気付く。そんな彼女を不思議そうに見るタカトに、なのはは彼自身に言った言葉を思い出していた。

 

 −幸せが分からないなら、教えてあげる。一緒に幸せになって。それが幸せだって感じて欲しいの。――タカト君を幸せにしたいの−

 

 初めての告白と一緒に告げた言葉。それをなのはは思い出して。うん、と頷いた。傷の本質を理解した今でも、その気持ちは変わらない。

 彼に『幸せ』を理解して欲しいと言う気持ちは。

 彼を『幸せ』にしたいと想うこの想いは。

 変わらない。むしろ、強くなっていた。

 

「……タカト君」

「む?」

 

 名前を呼んで見る。それにタカトは疑問符付きで応えた。そんな彼に、なのはは微笑む。

 

「何でも無いよ」

「……なんだそれは」

 

 なのはの答えに、タカトは不機嫌そうな顔となる。それにもう一度だけ、なのは微笑んだ。

 今はまだ言葉にしない。一度告げた事とは言え、彼は否定しかしないだろうから。だから。

 

 ――勝つよ。私、絶対に。

 

 それは、いつかの約束。戦うと言う約束であった。勝者の言う事を、必ず聞くと言う約束。

 それに勝つ事を、なのはは再び固く決めた。もう一度、彼に告げる為に。『幸せ』になる事を認めさせる為に。

 なのはは、再び決意した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……何だ?

 

 何故かいきなり機嫌が良くなったのか、微笑むなのはを見てタカトは首を捻る。女心は秋の空とは言うものの、この変わりっぷりは一体なんなのか。

 暫く彼女のそんな変わりっぷりを見て、タカトはあっさりと匙(さじ)を投げた。

 

 ……女と言う生き物は良く分からん。

 

 結局、タカトはそう結論付ける事にした。そして、こちらはこちらで未だに暗い顔の彼女、フェイトを見る。

 どうも自身が原因でタカトが手を落とした事を気に病んでいる事だけは、彼も理解した。

 とりあえずは血で汚れた彼女の顔を右手で拭う――何と言うか、血で汚れたままなのは嫌だった。

 

「て、何を……!?」

「血を拭おうとしているだけだ。気にするな」

 

 自分の血である。自分が拭うのが、常識であろう。そう考えるタカトは、事もなげに言う。若干フェイトがぐっと息を飲んだ事をタカトは悟った。どうやら任せてくれる気にはなったのだろう。黙ったまま、なすがままになった。

 

 ……素直じゃないな。

 

 タカトはフェイトをそう評する。それは彼限定だったりするのには当然気付かない。拭いながら、告げる。

 

「計らずともだが、これでお前への貸しも返す事が出来た。だから、そう気にするな」

「え? ……あ」

 

 タカトのそんな台詞に、フェイトは思わず彼の弟であるシオンの言葉を思い出していた。

 

『今度はフェイト先生を助けようとするんじゃないですかね?』

 

 ――まさしく、シオンの読みは大正解であった。それを思い出しながら、フェイトはタカトへと視線を向けて。

 

「……終わりだ」

 

 そしてタカトは血を拭い終わる。そのまま離れようとして。

 

「……それ、どうするの?」

 

 その前に、ぽつりと消え入るような声でフェイトは聞く。視線はちぎれた左腕の肩口に移っていた。彼女の言葉に、まだ気にするかとタカトは嘆息する。気苦労を背負い込むタイプだなと苦笑し、そして。

 

「……そうだな」

 

 ふむと頷いて見せる。確かに、不便ではある――あるが、しかし正直に言ってしまえばそれだけであった。

 無理にどうこうする必要は無い。それがタカトの感想である。だが、まだ沈むフェイトの顔にタカトは目を細めた。

 こちらまで気が滅入りそうな顔である。はっきりと言うと欝陶しい。

 そんな顔でいられるかと思うと考えるだけでうんざりとした。タカトは大きく嘆息する。

 

 ……割に合わないんだがな。

 

 そう思い苦笑すると、どうにかする事にした。

 

「貸し1だ。フェイト・T・ハラオウン」

「え……?」

 

 いきなり言われた言葉にフェイトが疑問符を浮かべる。だが、タカトは構わずに続けた。

 

「割に合わん分は、後でメシでも奢れ。これをやるとひどく腹が減る上に、楽しみも出してしまうしな」

「何を言ってるの……?」

 

 彼が何を言っているのか分からずにフェイトは問う。しかしタカトは答え無い。指をフェイトへと突き付けた。

 

「いいから。了承か否か、どっちだ?」

「え、えっと……?」

「早く」

 

 いきなり過ぎる問いにフェイトはうろたえる。だが、当然タカトは構わない。強引過ぎると言えば、強引なそれをフェイトに突き付ける。

 しばし迷い。やがて、フェイトは頷いた。

 

「うん、分かった。ご飯を奢るくらいなら……」

「言ったな? 後で後悔しても知らんぞ?」

「え?」

 

 悪戯めいた笑いを浮かべるタカトに、再びフェイトは疑問符を浮かべるが、彼はもはや彼女を見ていなかった。目を閉じる。

 りぃぃぃぃぃ……。

 ひゅぅうぅううううううぅぅぅぅ……。

 口から漏れるのはストロークの長い呼気。長く、しかし鋭いそれをタカトは繰り返しながら、夢想する。

 

    『天』

 

 −其は、万物を照らす具象−

 

    『火』

 

 −其は、万物も滅っす具象−

 

    『水』

 

 −其は、万物に変じる具象−

 

    『土』

 

 −其は、万物を抱く具象−

 

    『山』

 

 −其は、万物へ聳える具象−

 

    『雷』

 

 −其は、万物に轟く具象−

 

    『風』

 

 −其は、万物に吹く具象−

 

    『月』

 

 −其は、万物を慈しむ具象−

 

 呼気と共に、それらを夢想しながら”己に取り込む”。『八極素』。世界を構成されるとされるそれを、タカトは己に取り込む事により”世界を己の中で構成”する。

 そして、”それ”は起きた。

 肩から先が無い左腕から細いものが飛び出す。それは複雑な形を描いて無くなった左腕を構成し――そこからが、驚きだった。まるで時間を遡るかのように。

 神経が。

 骨が。

 筋が。

 皮膚が。

 再生――否、復元される!

 

「えっ!? えぇ――――――っ!」

「な、なんなのそれ!」

 

 一連の事象を見ていたフェイトとなのはから驚愕の声が響く。当然タカトは構わず無視した。

 やがて完全に左腕を”復元”し終わると、ふぅっと息を吐く。そこから八極の残滓が漏れる。

 全てを終えると、タカトはゆっくりと目を開いた。復元した左腕の調子を確かめるように指を握ったり開いたりする。

 

「ま、こんなものか」

「こ、こんなものかって……」

 

 流石になのはも呆れたような声を漏らした。ちぎれた左腕を再生するような真似が出来るとは……どこまで規格外なのかと真剣に思う。そんななのはを置いて、タカトはフェイトに視線を移し、復元した左腕を見せる。

 

「これでいいか?」

「こ、これでいいかって……」

 

 問われても困る。頷く以外にどんな反応を示していいか分からずに、とりあえずフェイトは頷いた。

 

「ならよしだな。約束は守れよ?」

 

 そうフェイトに告げてタカトは笑う。そして。

 

「……”使える”んやん」

 

 ぽつりと今まで黙り込んでいたはやてが声を漏らした。え? と、なのは達が疑問を声にして出す前にタカトは苦笑する。

 

「慧眼(けいがん)だな。よく気付いた」

「それって、どう言う――」

 

 はやてとタカトの会話に、思わずそれはどう言う意味かを問おうとして。

 

「……馬鹿な」

 

 全然別の方から声が来た。三人娘は身を固くする。この声は。

 

「漸くか。予想より時間が掛かったな」

 

 ただ一人。気軽に笑うタカトは振り返ると、彼に対峙した。小高い山から這い出るようにして現れた痩躯の男、ヘイルズへと、タカトは笑いながら向き合った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「馬鹿な……」

 

 もう一度ヘイルズは呆然と呟く。果たしてそれはどう言う意味なのか。問う前に、タカトが前に出た。

 

「やはり窒息もせんか。便利な身体だな」

「馬鹿な! 何故、使える――!」

 

 素直に彼のISを褒めるタカトに、ヘイルズの叫びが響く。生き埋めにされようと脱出してのけた彼のISは非常に優秀と言える。だが。

 タカトは右手を持ち上げると、指を三本だけ立てた。最初に彼等へと突き付けたように、ヘイルズに再び突き付ける。

 

「最初に言ったな? 貴様達は”三つ程誤解している”と。最後がまだだったな」

 

 そう言いながらタカトは復元した左腕をひょいと掲げる。そこには、”対流する水”が渦巻いていた。

 

    −寸!−

 

 次の瞬間、ヘイルズの四肢が容赦無く切り落とされる! 周囲を駆け巡る水糸によって。更に水糸は切り捨てた四肢も含めてヘイルズに巻き付き、一気に引きずり寄せる。同時に前へと出るタカトの身体からは、『風』『火』『雷』『天』の光が溢れていた。

 

「誤解その3」

「っ――――! おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

    −閃!−

 

 引き寄せられるヘイルズから放たれる裂帛の叫び。それと共に身体中の肉が尖り、槍に変じてタカトを襲う――タカトは全く意に介する事無くぽつりと呟いた。

 

「”AMFだか何だか知らんが、こんな物で俺が魔法を使え無くなる訳が無いだろう?”」

 

 ぐーは、ぱーには勝てない。なら、ただちょきを出せばいいだけである。

 そして、全く構えもしない状態からいきなりタカトは動いた。溢れんばかりの魔力を放って――!

 

「天破無双闘舞」

 

    −撃!−

 

    −爆!−

 

    −雷!−

 

 疾風が放たれた肉槍のこと如くを引き裂きがてら、ヘイルズの腹に叩き込まれて。そこから暴虐の時間が始まった。

 『天破水迅』で拘束したヘイルズに、好き放題『天破疾風』『天破紅蓮』『天破震雷』を叩き込む!

 爆裂四散する筈のヘイルズの身体に、それを許さない程の轟速でだ。残像現象すらも起こしながら、数百発もの魔法打撃を同時に叩き込んで行く。

 『天破無双闘舞』

 大威力魔法を複数同時発動出来る『八極八卦太極図』ならではの技であった。一瞬にしてヘイルズの首から下が分子レベルで破壊。消滅される。

 止めとばかりに、タカトはヘイルズの首――理屈の上では、これでもヘイルズは死んでいない――を蹴り上げると、両の手を組み合わせた。

 『天』の魔力がタカトの両掌に集束、加速していく。それは星雲を描くように渦巻いていた。

 

「天破光覇弾」

 

    −煌!−

 

 特大の光弾が、頭上のヘイルズに放たれる!

 それは一瞬にしてヘイルズの首を蒸発させて、この世から完全に消滅させた。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 溢れる魔力を呼気に乗せて吐き出す。残心を解くと、ゆっくりと後ろのなのは達に向き直った。

 

「待たせたな。これで終わりだ」

『『いやいやいやいや!!!』』

 

 暢気に終わりを告げるタカトに一斉にツッコミが入る。『む?』と唸るタカトに彼女達は更に吠える。

 

「タカト君、魔法使えたの!? 何で!?」

「いちいち叫ぶなと……お前達、俺の魔法の仕組みについては聞いてるな?」

「うん、一応ね」

 

 最初に叫んだなのはを煩そうに見ながら問う。それに、こちらは若干落ち着いた声でフェイトが頷いた。タカトは頷き返す。

 

「ではおさらい。魔力とは何だ?」

 

 そんな問いに彼女達は顔を見合わせた。何を今更な質問を彼はしているのだろうと疑問符を浮かべる。とにかくはやてが最初に答える。

 

「魔力って言うのは大気中の魔力素子をリンカーコアで結合して生むエネルギーの事やろ……?」

 

 今やこれは常識的な解答であった。この魔力素子、魔素をどれくらい多く溜め込めるかが、そのまま魔力保有量の大小に繋がる訳だ。更に、これを放出する事を出力と言うのだが。今は関係無いので割愛する。ともあれ、この魔力結合をジャミングで妨害する特殊なフィールドをAMFと呼ぶ訳である。

 

「そうだな。グノーシスではそれを意思媒介物質と位置付けているが……まぁ、今は置いて置こう。それで? 俺の魔力の元は何だ?」

「それは――」

 

 そこまで言われて三人は、あっと気付いた。タカトの固有魔法術式『八極八卦太極図』。これはリンカーコアを改造した『八卦太極炉』と言う特殊な器官を用いて使われる魔法である。そして、その駆動には。

 

「そう、八極素。またの名前を『概念』だが、これを俺は魔力としている……つまり、AMFとか言ったか? あれは根本的に俺にとっては意味が無い」

 

 AMFが妨害している魔力とはつまり、”魔素を結合して生まれたエネルギー”の事である。八極八卦太極図が使う”八極素”とは全くの別物なのだ。

 妨害が効く訳が無い。言ってしまえば、エネルギーの種類が違うのだから。

 

「なら、どうして最初から魔法使わなかったの……?」

 

 なのはが呻くように問う。それはそうだろう。最初っから魔法を使っていれば、楽勝だったろうに。タカトはそんな彼女の問いに肩を竦めた。

 

「いや、何と言うかだ……勿体ないでは無いか。向こうがこう、必死にこちらに勝てる要素を持って来ているのに、乗らないのは」

「「「…………」」」

 

 それが理由なのか。なのはを始めとして、三人は全く一緒に肩を落とした。

 タカトは意外にも”こう言ったのが”好きだったのである。相手を陥れる手段と言うか、ハメ技と言うか。ぶっちゃけてしまうとセコい技が。

 妙にクロノに肩入れしていたのもこれが原因の一つであった。……そう言えば心無しか、ヘイルズを生き埋めにした辺りから彼の機嫌が良くなっていた。どうもこれが原因だったらしい。

 

「……うぅ、何か詐欺にあった気分だ」

「だから言ったんだ。後悔するなよと」

 

 フェイトの呻くような台詞に、タカトは暢気に告げる。確かに――言ってしまえば詐欺のようなものである。魔法を使わなかっただけとは言え、自演に近いものだったのだから。

 かかと笑うタカトを、三人は恨めし気に睨んだ。

 

「……ひどい……」

「……最低や……」

「……今度、お話ししよう……」

 

 ぐんぐんと三人の中でタカトの評価が下がるが、当然タカトは構わない。肩を竦めると、背後に目を向けた。

 

「まぁ、そう言う事だ。”ヘイルズ”。もう、お前達は俺には勝てん」

『『!?』』

 

 そんな彼の台詞に、三人は驚愕に目を見開く。同時、タカトが作った山から言葉通り彼が現れた。

 ヘイルズだ。ずるずると這出しながらタカトを見る。

 

「いつ気付いていた? ”アレが擬態”だと」

「最初っからだ。わざわざ標的になりに来る馬鹿はおるまいよ」

 

 つまり、タカトに消滅させられたあのヘイルズは擬態だったのだ。本体はずっと地中に潜んでいたのであろう。大した用心深さと言えた……だが。

 

「さっきも言った通りだが、もうお前に勝ち目は無い」

 

 タカトがあっさりと告げる。それに、ヘイルズは黙り込んだ。その通りである。そして、それは擬態を消滅させられる事で証明されてしまった。なら、取り得る方策は後一つしかない。

 

「……ここは退こう。幸いにもアルテムもゲイルも殺されて無いようだしな」

 

 ……え?

 

 思わずなのは達は先程タカトに叩きのめされた二人の戦闘機人を見る。確かに、二人共息があるようだった。そんな三人に構わず、タカトは右手の小指を立てて見せる。

 

「……約束があってな? 何処かの誰かが”戦わない限り”は、俺は殺しはやらん」

「……あ……」

 

 その言葉を聞いて、思わずなのはは呆然となった。それはナルガで交わした約束であったから。

 確かにあの約束以降、なのはは戦っていない――だから。

 

「……そうか」

 

 そんなタカトにヘイルズは呟くように頷いて、指を伸ばすとゲイルとアルテムを回収した。直後に、三人を光の粒子が包む。次元転移だ。近くに次元航行艦でもあるのか、彼等を回収しようとしているのだ。

 転移する前にヘイルズがタカトに向かってぽつりと呟いて来る。

 

「……この借りはいずれ返す」

「楽しみにして待ってやろう。ではな」

 

 そうして三人は消えた。同時に結界が割れ、四人は元の世界へと帰還したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 結界が消えた後には、戦いがあった事なぞ嘘のように、静寂な墓地が広がっていた。

 ゴーンと鳴る鐘の音に、思わずなのは達は安堵する。

 

「……さっきの答えがまだだったな。別にいいのでは無いか?」

「……え?」

 

 きょとんと、なのはがタカトの台詞に疑問符を浮かべる。それを面倒そうに見ながら、タカトは続けた。

 

「さっきの奴達が来る前に言っていた事だ。お前が話すのダメかどうか俺に聞いていただろう?」

「……あ」

 

 思わずなのはは驚きの声を上げる。自分でもすっかり忘れていたのだ。そんな事を聞いた事を。

 

 ……覚えてて、くれたんだ……。

 

 ナルガで交わした約束もこの事も。彼は、ずっと。

 思わず泣きそうになる。そんななのはにタカトは顔を歪めた。

 

「いちいち泣くな。俺はそう思うと言うだけだ」

「……うん……」

 

 でも、嬉しくて。だからこそ涙が出そうになる。

 タカトは嘆息すると、彼女に背を向けた。

 

「では、俺は帰る」

「あ……」

「またな」

 

 返事は待たなかった。タカトは縮地で消え失せる。あるいは、照れ隠しもあったのかも知れない。

 少しの寂しさも含んで、なのはは微笑み。一つだけ頷いて。

 

「……うん、また――」

「と、忘れていた」

『『わ!?』』

 

 居なくなったタカトにまたと告げる前に、当のタカトが戻って来た。驚きの声を上げる彼女達の前に、タカトはやって来る。

 

「フェイト・T・ハラオウン」

「な、なに……?」

 

 たじろぐフェイトの前に立つ。果たして、何を忘れたと言うのか――そんな彼女に、タカトは手を差し出した。

 

「飯を奢ってもらう約束を忘れていた。奢ってくれ」

 

   −ずてん−

 

 その台詞を聞いた瞬間、三人は一斉に派手にすっ転んだ。

 なおこの後、フェイトの持ち合わせを無くす程にタカトは飯をかっ喰らい、彼女を財布の中身的な意味合いで泣かしたのは余談であった。

 

 

(第四十六話に続く)

 




次回予告
「墓参りを済ませたシオン達。彼の家で、グノーシスからアースラ一同の歓迎会も兼ねた宴会が開かれる」
「一方、フェイトはタカトにより財布をすっからかんにされ、借金まで負わされ涙を飲んでいた」
「そんな、楽しい一時の裏で、イクスはかつての名を取り戻す」
「それが意味する事を知った時、全ては遅かった」
「次回、第四十六話『だから、さよなら』」
「きっと、また会える。そう誓いを込めて、今はただ」

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