魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、お待たせしました。第四十五話中編2です。いよいよわんさか出て来る彼らをお楽しみにー。


第四十五話「墓前の再会」(中編2)

 

「IS、インビジブル・キャンセラー」

 

 そんな聞き覚えのある単語が墓地に響く。なのはとフェイト、はやては警戒するように身を竦めた。だが、その三人の前に立つタカトは全く気にもしないかのように突っ立っている。

 あくまでも、自然体。それが、タカトの在り方だ。例え敵襲であろうとも、変わる事は当然無い。やがてそんな一同の前の景色が歪んで、唐突に三人の男達が現れた。跪き、頭を垂れて。

 

「「「……え?」」」

 

 そんな光景になのは達は思わず疑問符を踊らせた。それは、そうだろう。

 AMFは張られ、結界まで展開されている。それなのに何故、彼等は主に対する臣下のように膝を折って跪き、頭を下げているのか。

 三人居る男達。彼等を見ていたタカトがホゥと息を吐いた。

 向かって左端にいる男、かなりの大男に笑いかける。

 

「……見た顔があるな。ゲイル・ファントム」

「……俺の名を覚えてやがったのか……?」

 

 その大男、ゲイル・ファントムは呆然と顔を上げると、タカトは鷹揚に頷いた。

 

「これでも記憶力は良い方なんだ。一度見聞きしたものは、そうそう忘れ無い。……で? 何をしに来た?」

 

 ゲイルの問いにあっさりと答えながら、今度は単刀直入に問う。真ん中の男、長身痩躯の、ゲイルと違って全身タイツでは無く、逆立てた髪に額に巻いたバンダナ、口元を隠すマフラーが、特徴的か――が、頭を下げたままに頷いた。

 

「……申し遅れました。我等、ツァラ・トゥ・ストラ。第二世代型戦闘機人、特殊部隊『ドッペル・シュナイデ』が、末席にある者達でございます」

「ストラの……!?」

「いや、ちょい待ちぃ! ”第二世代戦闘機人!?” なんや、それ!?」

 

 フェイトが、そして、はやてが悲鳴じみた声を上げる。管理局、本局を占拠したテロ組織『ツアラ・トゥ・ストラ』の人間がここに居ると言うのも問題だが、彼等の語った『第二世代戦闘機人』と言うのも大問題であった。

 戦闘機人とは、かのジェイル・スカリエッティが作り上げた、言わばサイボーグの事である。ナンバーズに代表される彼女達ではあるが、JS事件の終了と共に、その研究は全て破棄された筈であった。

 少なくとも第二世代の戦闘機人など、はやて達は聞いた事も無い。そんな彼女達に、タカトは面倒臭そうな目を向けた。

 

「その様子だと、兄者からは何も聞いてないな」

「トウヤさんから?」

「ああ。兄者に情報は渡してあった筈なんだが」

 

 フゥと嘆息する。例の『第数えるもバカらしいからやめた。叶トウヤ暴走事件』の際に、トウヤに第二世代戦闘機人についての情報も”追加した”データチップを渡して置いたのだが。恐らくは彼女達に、まだ見せていなかったのだろう。

 ……当然とも言える。紫苑の件と後始末も含めていろいろとあり過ぎた。

 トウヤ自身、各部署との折衝やらで忙しい身であったろうし、どうにか出来たとも思えない。もう一度だけ嘆息する。

 

「詳しくは、後で兄者に聞け。今は説明出来る暇は無い」

 

 一方的にそう告げると男達に向き直る。彼等はそれを待っていたかのように話し出した。

 

「私の名は、ヘイルズ。以後、お見知り置きを」

「……ケケ。俺の名は、アルテム。よろしく頼みますよ」

 

 真ん中の長身痩躯の男が、まず名乗り、向かって右の男。やたらと背の小さな、男が名乗る。

 タカトは、告げられた名を反芻するかのように一人ごちて、やがて頷いた。

 

「……ゲイルにヘイルズ、アルテムか。いいだろう、覚えるとする。さて、俺に二度も同じ質問をさせる積もりではあるまいな?」

 

 二度同じ。つまり先の質問『何をしに来た』だろう。ヘイルズが頷く。

 

「では単刀直入に。伊織タカト様、貴方を向かえに来ました」

「断る」

 

 場が、凍り付いた。三人の男達だけでは無く、なのは達も思わず硬直する。まだ、彼等は何も言っていない。にも関わらず、タカトは容赦無く切り捨てたのだ。

 固まりもしよう。凍り付いた場で、面倒臭そうにタカトは更に告げた。

 

「用件はそれだけか? では、さっさと帰れ」

「い、いえお待ち下さい……! せめて話しだけでも――」

「聞く意味が無い。俺は特定の組織に所属する積もりは無い。失せろ」

 

 取り付く島も無いとはこの事か。全く聞く耳を持たずにタカトは冷たく告げる。あんまりなタカトの対応に、ヘイルズは二の句を告げ無くなった。

 

「……やっぱりな」

 

 そして野太い声と共に、ゲイルが立ち上がる。その顔に浮かぶは不敵な笑いであった。両手の重散弾機関銃をタカトに差し向ける。

 

「あんたなら、そう言うと思ったぜ。伊織タカト……!」

「待て、ゲイル……!」

 

 ヘイルズが慌てたようにゲイルを止めようとする。しかし、行動を起こそうとしているのは彼だけでは無かった。

 

「……IS、インビジブル・”セレクト”」

「アルテム!?」

 

 次の瞬間、タカトは背後に羽虫のような音を聞く。

 ……嫌な予感がした、それに――タカトは、そう思うなり、何の前ぶれも無くしゃがみ込むと、アンバを思わせる動きで足を広げて回転。

 

    −閃−

 

 ”なのは達”の足を、素早く刈り取った。

 

「「「え?」」」

 

 一瞬の浮遊感をなのは達は感じ、当然、重力に捕まって下に落ちる。石畳の上へと。

 

「ふえっ!?」

「あっつ!?」

「うぁっ!?」

 

 軽くとは言え、石畳に落とされて三人は悲鳴を上げる。意図的だったのか、衝撃もさほど無かった。すぐにタカトに文句を言おうとして。

 

    −閃!−

 

 頭上を、何かが通り過ぎた音がした。強いて言うならば、電動鋸(でんどうのこぎり)のような高周波音か。ぱちくりと、目を見開く彼女達を置いて、タカトは一人だけ立ち上がる。視線は、アルテムに固定された。

 

「……先程は”キャンセラー”で、今回は”セレクト”だったか? そしてインビジブルと言う名……成る程、貴様の能力は」

「ケケケケケケ! あの一度でそれを見切りやがりますか!? これは噂に違わねぇ!」

「アルテム! 貴様ぁ……!」

「良いじゃねぇか、ヘイルズ。どうせ交渉が失敗すればこうなってたんだしよぉ」

 

 激昂するヘイルズに、ゲイルが笑いながらアルテムを擁護する。二人を憎々し気に睨みながら、ヘイルズはマフラーの下で舌打ちした。そんな三人を見ながら、なのはは立ち上がりつつ前に居るタカトに聞く。

 

「えっと……つまりはどう言う事なのかな……?」

「交渉不成立で、これから戦闘だ」

「いや、一方的にアンタが話しを切ったように見えたんやけど……」

「気のせいだ」

 

 あっさりとそう告げるタカトになのは達も嘆息して、しかし立ち上がりながら三人を睨んだ。

 確かに――どちらにせよ戦闘は免れ無かったのは明白である。だからこそ、彼等もここまで周到な準備をして来たのだろうから。だが、問題は。

 

「もういい……なら好きにしろ。俺はもう知らない」

「ひょうっ! そうでなくっちゃあな! 折角の大物を”嬲(なぶ)り殺し”に出来る機会はそうねぇしよぅ!」

「「「っ……!」」」

 

 ヘイルズの吐き捨てるような台詞にアルテムが歓声を上げる。それを聞いて、なのは達は顔を歪めた。

 そう、今この結界には高レベルのAMFが張られている。AMFをある程度キャンセル出来るなのは達が全く魔力が結合出来ない程のだ。この結界に居る限りは魔法は使え無いのだ。それはタカトも例外では無い。

 彼もまた、”魔法使い”なのだから。いくら身体能力が化け物じみているとは言え、そこは変わらない。

 

「嬲り殺しとはまた穏やかでは無いが――つまり、魔法が使え無い事が問題なのか?」

 

 タカトがポケポケっと聞いて来る。それに、なのはは肩を若干コカした。

 果たして今、それは聞く事なのか。見れば、フェイトもはやても脱力したかのようにガックリとしている。とりあえず、頷こうとした所で哄笑が響いた。

 アルテムが、腹を押さえて高い笑いを上げていたのだ。タカトはふむと声を漏らす。

 

「何を笑っとるんだ、お前は?」

「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケっ! これが笑わずにいられるかってんですよぉ! まさか、今の自分の立場も分かって無いとか言うんじゃ無いでしょうな!?」

「ああ。全く分かっとらんが?」

 

 平然と答えるタカトに、またアルテムの笑いが響く。ひとしきり笑いきり、アルテムがタカトを指差した。

 

「分かってないんですかぃ!? それは傑作だ! いいですかい? 今のアンタはAMFで魔法が使え無い! そして、俺達戦闘機人にAMFなんて関係ねぇ! つまり、フ・ル・ボ・ッ・コ。て、訳ですよ――――っ! ケケケケケケケケケケケケっ!」

「ああ、そう言う事か。ところでお前、その笑い方はおかしいから止めた方がいいぞ?」

 

 どうでもいい事をタカトは言ってやる。アルテムは聞こえているのかいないのか、まだ笑い続けて――。

 

「で?」

 

 ――タカトの、そんな一言で笑いが止まった。

 馬鹿にされたように感じたのだろう。彼を睨みつける。だが、当のタカトは全く構わず続けた。

 

「先のお前の攻撃だが。おそらくは三十cm程の円形の刃、チャクラムと言った所か……それを”見えなく”させた訳だな。つまり、お前のISとやらは、”透明化”だ」

「な、ん……!?」

 

 いきなりぺらぺらと自分の能力を語られて、アルテムの顔が驚愕に彩られる。タカトは、構わずに続けた。

 

「ただの透明化と言う訳でも無いな。おそらくは各種レーダにも反応出来なくなる仕様か。だが、飛来時における音まではどうにもならなかった、と言う所か――つまりは、そう言う事だ。アルテムとやら。魔法だろうが、ISだろうが、所詮は技術でしか無い。そして人の技術でしか無い以上、破れる手段なぞ無限にある。そんなもの、俺が恐れる理由は何処にも無い」

「ん、だと……!」

「そして、だ」

 

 丁寧に欠点までも教えながら、激昂するアルテムにタカトは掌を差し出した。指を三本だけ立てると、前の三人に向けて見せた。

 

「貴様達は三つ程誤解している」

「誤解だぁ……!?」

 

 こちらはゲイルだ。呻くような声に、タカトは頷く。

 

「ああ、まず一つ目」

 

 直後、左手を背中に差し込み、”何か”を即座に取り出す。それは黒い球のような物体であった。タカトはそれを迷い無く地面に叩き付ける!

 

    −爆!−

 

 爆発的に煙が広がり、タカトを中心にして場に居る皆を煙は一気に包み込んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ぶぁっと広がった煙幕は一気に視界を覆う。近くのなのは達もヘイルズ達も全く差別無くにだ。

 一瞬にして視界を奪われて、アルテムが苛立ちの声を上げた。

 

「くそ……! 煙幕なんてセコい真似しやがるじゃねぇですか!」

「だが効果的だ」

 

 隣からぽつりと漏れる声はヘイルズか。もう一度くそっと毒づいて周囲をアルテムは警戒した。

 この煙に紛れて奇襲を掛けて来るとも限らない。確かに魔法が使え無い状況ならば、これも一つの手段と言える。暫く時間が立つと、漸く煙幕が晴れた。だがそこに居たのは、もろに煙を浴びてけほけほと咳込むなのは達だけであった。タカトの姿がどこにも無い。

 

「ちぃ……! どこに!」

 

 周囲を目に内蔵してある各種光学レーダで探る。しかし、タカトの姿は何処にも無かった。

 逃げたか? そう思った、直後。

 

「まず誤解その1。俺は魔法技術をそれ程信用も信頼もしていない」

 

 な――――!?

 

 声は、真後ろから響いた。アルテムの真後ろから!

 

    −弾!−

 

 そして、悲鳴も振り向く事すらも許さずに、アルテムの四肢を何かが砕いた。

 

「あ、ああ、あぁあああああぁああああああ!?」

 

 今度こそは悲鳴を上げて、アルテムは倒れ込む。その後ろに、彼は居た。伊織タカトが。

 冷然とアルテムを見下ろしながら、右手で”何か”を弄ぶ。

 

「……誤解されがちだが、俺は魔法を使った戦闘より使わない戦闘の方が経験が多くてな。魔法を使え無いと言うのは、あまりハンデにならない」

「ぐっ……うぅ……!」

 

 呻きながら首だけをタカトに向ける。その目は何処に居た、そして何をしたかと彼に問うていた。だからと言う訳でもあるまいが、タカトは気前良く教える。

 

「気殺と指弾と言っても分からんか」

「……なん、だ。そりゃ……?」

「最初のは隠形術の一種だ。対象の六感全てから外れる事で身を隠す術でな。その気になれば、貴様のIS程度以上の真似も出来る。ちなみに、ただの”体術”だ。……忍術とも言うがな」

 

 事も無げに告げる。同時に右方に視線を向けた。そこには、今まさに襲い掛からんとするゲイルが居て。

 

「そして、これが指弾だ」

 

    −弾!−

 

 直後、右手で弄んでいた物を親指で弾き飛ばす。ゲイルは直感的に自身のIS、ポイント・アクションで前方の空間を遮断した。

 

 −弾!・弾!・弾!・弾!・弾!・弾!−

 

 同時に響くは、”着弾”の音。ゲイルが遮断した空間に、弾が浮かんでいた。丸い、鉄の球が。これは――?

 

「単なるパチンコ玉だ。……もっとも貴様達が、それを知ってるかどうかは知らんがな。だが」

 

 呆然としているゲイルに、タカトは無表情に告げる。パチンコ玉を装填した右手をひょいと近くの墓に向けると、親指で弾き飛ばした。

 

    −弾!−

 

 右手から放たれたパチンコ玉は、墓のど真ん中に命中し、”貫通”して向こう側へと突き抜けた。石の固まりである墓石を貫通して、である。並大抵の威力では無い。愕然とする一同に、タカトは相変わらず無愛想に続ける。

 

「だが、達人級ならば一般の拳銃(ハンドガン)程度の破壊力は出せる。ちなみに俺だとライフル並くらいか」

「……化け、物、め……!」

 

 呻くようにアルテムがタカトへと呟くと、彼は苦笑を返した。

 

「よく言われる。……さて、次は貴様か? ゲイル」

「ぐっ……!」

 

 タカトの台詞に、ゲイルは冷や汗が額を流れて行くのを悟った。

 ……恐れているのだ。魔法が使え無い筈のタカトを。

 戦闘機人となり、超人になりえた、あまりにも有利過ぎる自分が。だが――。

 

 何を恐れる必要があるってんだ……!

 

 ゲイルは自分に言い聞かせる。今はAMF下にあるのだ。前のようにポイント・アクションを真っ正面から弾き返すなんて真似は出来ない。今、この瞬間においてタカトなど、自分の敵では無い筈だ。

 

「どうした? 動かないのか? なら、こちらから行こうか」

 

 タカトはあくまでも平然としたままに告げる。そのまま一歩を踏み出して来て――それが、限界だった。

 ゲイルは奇声を上げながら攻撃の為にポイント・アクションを”解除”。

 

    −弾!−

 

 次の瞬間、身体の至る所を指弾で撃ち抜かれた。その数、十二発。ぽつりとタカトが呟く。

 

「たわけ」

「がっ……!」

 

 崩れ落ちる巨体をゲイルはどうにか持ちこたえる。そして、タカトの右手を睨み付けた。

 

 いつ、撃ちやがった……!?

 

 僅か一瞬で十二発もの弾丸を撃ち放った右手を見ながら胸中叫ぶ。そんな彼にタカトは嘆息した。

 

「あのまま空間遮断を展開していたならば、俺は攻撃を届かせられなかっただろうにな」

 

「な、んだと……?」

 

「いや。それ以前に最初からポイント・アクションを攻撃に使っていたならば、お前にも勝ち目はあったんだよ。ゲイル。今の俺に空間衝撃砲を防御する手段は無いのだから」

 

 身体中から血を流しながらゲイルはタカトの言葉を聞く……確かに、その通りだった。最初から衝撃砲を撃ち込んでいれば、こんな何も出来ないままに敗北はしなかっただろう。

 最初に、何故防御なぞしたのか。タカトは自問するゲイルを冷たく見ながら教えてやる。

 

「答えは簡単だ。貴様は俺を恐れたんだ。また自分のISを真っ正面から壊されたりしないか、とな」

「な、ん……!」

「お前は、自分の恐怖に負けた」

 

 その答えに、ゲイルは愕然とした。想像もしていなかった答えだったからだ。だが、どこかで納得する自分が居る。

 何故、最初に防御した?

 何故、その防御をずっと続け無かった?

 何故、何故――?

 答えは、一つだった。自分はタカトでは無く、自分の恐怖に負けた。ただ、それだけの事。

 

「――無様」

「っ!?」

 

 ぽつりとタカトから呟かれるはたった一言。それは何より、ゲイルを嘲る言葉だった。認められない言葉だった。だから!

 

「ふっざ、けるなぁぁぁぁぁぁ――――っ!」

 

 ゲイルはあらん限りの声を絞り出して吠える!

 そして渾身の一撃をタカトに叩き込もうとして。それより疾く、タカトは動いていた。何の挙動も予備動作も無く、ゲイルの懐に飛び込む。世に、それをこう呼ぶ。武道に於ける一つの到達点。無拍子、と。

 一切の予備動作無し、故に事前の行動の察知は不可能。その速度は、物理的限界を超えると一説には言われる。

 それを持ってして、タカトは懐に入りながら、右手をスッと伸ばしていた。右掌がゲイルの頭を鷲掴みにする――ずぶり、と言う異音が辺りに響いた。

 

「ぎ……っ!?」

「誤解その2」

 

 ゲイルの頭を鷲掴みにしたままに淡々とタカトは呟く。五指を広げて掴んでいる掌の内、中指だけが消えていた。それは、”左目に埋没している”!

 

「俺は、なのは達のように優しくは無い」

「ぎぃあぁああああああぁああああああああ―――――――っ!?!?!?!?」

 

 絶叫が、響き渡る。それは、左目を貫かれた激痛と違和感による恐怖により上げられた叫びであった。あまりの光景に、なのは達も絶句して立ち尽くす。しかし、なのはがいち早く立ち直った。タカトに制止を呼び掛けようとして、それより早くタカトは動いていた。

 くんっと悲鳴を上げ続けるゲイルを目に指を突っ込んだまま片手で持ち上げる。そのまま、石畳の上にゲイルの身体を半回転させながら叩き付けた。

 

    −裂!−

 

 背中から石畳に叩き付けられ、石畳が砕け散る。そこで、漸く指は目から引き抜かれた。血に塗れている中指をタカトはしばし見下ろし。

 

「いい加減に黙れ。欝陶しい」

 

    −撃−

 

「ぎっ!?」

 

 悲鳴を上げ続けるゲイルの顔を踏み砕く。ぐしゃりっと凄惨な音が辺りに響いた。

 ゲイルの悲鳴が、止まる……正確には悲鳴も上げられなくなった、だろうが。そこで漸く、なのはから声が来た。

 

「タカト君!」

「…………」

 

 タカトはちらりと、なのはの方を向いて――あっさりとそれを無視した。

 なのはの顔が悲痛に歪む。彼がまさかあんな行動に出るとは思わなかったのだ。

 ……いや。考えて見れば、この三人が来た最初っからタカトはおかしい。

 やたらと口数は多く、アルテムやゲイルを嘲るような言葉を吐いて、そして、今のような非道な真似をする。これでは、まるで。

 そこまで思い至り、なのはとフェイトは卒然と気付く。こんな彼の姿に見覚えがあった事に。

 

「ヴィヴィオの時と、同じ……!」

「どう事なん? なのはちゃん、フェイトちゃん」

 

 一人だけそれを知らないはやてが二人を見て疑問符を浮かべる。だが、なのはもフェイトもそれに答える事は出来ない。漸く理解したのだ。今のタカトは。

 

「……どうやら、我々は間の悪い時に来たようだ」

 

 ヘイルズの呻くような声が漏れる。タカトの殺気を余す事無く全身に受けて。

 今のタカトはミッド、クラナガン襲撃の際に引き起きた時のように、その目が憤怒に彩られていたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「一応、何故とお聞きしても?」

「…………」

 

 タカトは無言。ただヘイルズに一歩を踏み出す。答える必要も無いと言う事か。しかし、なのはは何となくタカトの怒りに思い当たる事があった。今日は彼の父の月命日なのだと言う。

 そして彼にとっては久しぶりの墓参りだった筈なのだ。それをいきなり現れて襲撃なんぞを掛けられて、台無しにさせられた――そう、思ったのでは無いか。あくまでも何となくではあるが。

 タカトは無言のままヘイルズへと歩く、が。いきなりその歩みが止まる。そして、ヘイルズを真っ直ぐに見据えた。

 

「……貴様も戦うか? ここで逃げるならば、追わんが?」

 

 そして、ヘイルズに静かに告げる。彼は一瞬だけ呆然とした。まさかここに来てそう言われるとは思わなかったのだ。

 あれほど怒っている彼が、譲歩するかのように自分達を見逃そうとするなど。だが。

 

「……いや、任務は任務だ」

 

 ヘイルズの口から敬語が外れる。それはつまり、彼も戦うと言う事に他ならなかった。タカトは無表情に彼を眺めて。

 

「……そうか」

 

 ぽつりと呟くと同時に駆け出していた。するすると滑るような歩法でヘイルズへの間合いを詰めると、刹那に懐に飛び込んだ。

 

    −撃!−

 

 ヘイルズの鳩尾に拳を撃ち込む。しかし、直後にタカトの眉が不可解そうに寄せられた。鳩尾に突き込まれた拳から伝わる感触。それがあまりに異様であったから。

 

 なんだ? これは?

 

「IS、インフィニット・トランス」

「!?」

 

    −射!−

 

    −閃!−

 

 ヘイルズがタカトに向けて差し出した指が”伸びる”。五指全てが伸びながら、タカトへと突っ込んで来たのだ。疾い!

 後ろに後退しながら、タカトは迫り来るそれらを化勁もしくは纏絲勁(てんしけい)――腕を独楽(こま)ように回転させて、攻撃を受け流す技である――の応用で、全て払い除ける。

 五指全てを後ろに流すと、前に踏み込みがてら右の掌をヘイルズの腹に撃ち込む。しかし、返って来るのはやはり異様な手応え。まるで、肉質のサンドバックを殴っているかのような感触だった。

 

「ちっ」

 

 短く舌打ちしてタカトは後ろに短く跳躍、ポケットからパチンコ玉を取り出すと、指弾をヘイルズに撃ち込む。

 

 −弾!・弾!・弾!−

 

 指弾による三点バースト。額、そして腹、肩へと指弾は放たれて。その全てがヘイルズを貫通した――だが。

 

「ひゅっ!」

 

 ヘイルズは全く痛痒も見せずに突っ込んで来る。いや、それ以前に血が流れていない。今度は左であった。視認も難しい程の速度を持って五指が伸びて来る。それも化勁で上手く逸らしがてら、タカトはヘイルズの能力を推測する。

 指を伸ばす攻撃。打撃の際の違和感、そしてダメージ無し。指弾を額、胴、肩に撃ち込まれても、同じくダメージを受けた様子無し。そして、インフィニット・トランスと言う名前。無限の変容を意味するこれは。

 

 ……そう、か。

 

 五発目の指槍を受け流すと同時に、タカトはある仮説を立てる。攻撃を無効化しているようだと最初は思ったのだが、そうでは無く”結果的に攻撃を無効化されている”のだとしたら。

 思い付くなり、タカトは試して見る事にした。受け流し、通り過ぎた指槍を掴んで一気に引っ張ると、ヘイルズが引き寄せられた。それを確認するなりタカトは指槍から手を離して、地面を蹴りながらトンボを切る。ぐるりと前宙回転しながら、降り落ちるは鉞斧(ふえつ)を思わせる踵。それは迷い無く、引き寄せられたヘイルズの頭頂に落とされ。

 

    −斬!−

 

 その身体を一刀両断、真っ二つに斬り裂いた。

 

「「「っ……!?」」」

 

 背後で声なき悲鳴が三人分上がるが、タカトは構わ無い。すぐに肉の”断面”を見て、己の推測が当たった事を理解した。

 

「気付かれたか」

「え……!?」

 

 聞こえた声になのはが驚きを上げる。聞こえた声は、”ヘイルズ”の声だったのだから。

 

    −閃−

 

 すぐにタカトへと左右から指槍が放たれる。だが、彼はそれを後退する事で躱した。綺麗に真っ二つになったヘイルズを見ながら告げる。

 

「貴様のIS……肉体変化の能力だな。しかも並では無い。まさか、”内臓や脳”まで変質出来るとはな」

 

 その内容を、なのは達が飲み込むまで暫く時間が掛かった。しかし、理解すると顔色が青へと変わる。ヘイルズがマフラーの下で左右に分かれながら笑った。

 

「IS、無限(インフィニット)の、変化(トランス)。己が肉体を、名の通りに”無限に変化”させる事が出来る能力だ。おかげで、殴られようが斬られようがダメージは無い」

 

 タカトが最初放った打撃の違和感の正体が、これであった。内臓を変化させて、”無くして”しまったのだろう。いかな浸透勁を持ってしても、破壊すべき内臓が無くては意味が無い。指を伸ばす攻撃も、指弾を撃ち込まれて平気だった事も、身体を両断されてもダメージが無い事も、これで説明がつく。そして。

 

「これで分かった筈だ。貴方は、俺にここでは”絶対に”勝てない」

「…………」

 

 その言葉に、タカトは沈黙する。打撃も斬撃も無意味ならば、”魔法が使え無い”タカトに勝ち目は無い。指弾やAA+相当の打撃であろうとも、ヘイルズには意味が無いのだから。攻撃手段が無いのだ。勝ち目があるはずが無い。

 いくらタカトが魔法を使わない戦闘法を持っていようと、こればっかりはどうしようも無い事であった。沈黙するタカトに、ヘイルズは言葉を続ける。

 

「どうだろう? ここらで手落ちにしては? ご同行願えないか?」

 

 自らの勝利を確信してヘイルズは告げる。この状況においては自分が負ける事は有り得ない。じゃんけんと同じ事である。

 ぐーは、ぱーには勝てない――だが。

 

「断る」

 

 あくまでもタカトは拒絶する。左右に分断されたままヘイルズは嘆息した。そして。

 

「ならば、嫌でもご同行願おう」

 

 言うなり、ヘイルズに更なる変化が訪れる。左右に分かれた身体が、それぞれ起き上がったのだ。

 変化は、そこから始まった。

 分かたれて、半分になった身体からそれぞれ無くなった部分が”生えて”来たのだ。服すらをも含めて。まるで時間を逆転するかのように身体が生えたのだ。

 そして、その光景は生まれた。”二人のヘイルズ”が同時にそこに居ると言う光景が。

 

「「片方は、擬態だ。数十秒もあれば、すぐに死ぬ」」

 

 だがと二人のヘイルズは続ける。指槍を持ち上げ。

 

「「どちらが、本物か分かるか……」」

 

 一気にタカトへと駆け出す。二人同時にだ。

 タカトは後退せずに、まず自分から離れた位置に居るヘイルズの懐に飛び込む。

 

    −撃!−

 

 すぐさま顔面に拳を撃ち込んだ。すると、そのヘイルズはあっさりと崩れ落ちて塵に変じた。

 こちらが擬態! なら、もう片方がは? その答えはすぐに出た。自分を”通り過ぎて、なのは達へと向かう”ヘイルズを認識する。魔法が使えず、戦闘手段の無い彼女達に!

 

「人質を取られて、なお断れるか……!」

 

 吠えながら、なのはとはやてを守るように前に出たフェイトへと指槍を放つ。ヘイルズの行動に意味は無い。だって、タカトは彼女達とは敵なのだから。人質に取られたとしても、タカトはあっさり見捨てるだろう。

 その筈。その筈、なのに――!

 

    −閃!−

 

 次の瞬間、彼女達の目に映ったのは、伸びた指槍に自分の左手を差し出し、フェイトに届く筈だった指槍を自らの腕を盾にして止めた。敵であるタカトの姿だった――。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第四十五話中編2でした。量産型戦闘機人の利点は、一般人だろうと戦闘機人化出来る事にあります。
ぶっちゃけ因子兵やらガジェットより数が揃えやすいと言うこの事実。
魂学で洗脳とか出来るしなぁ……。
ではでは、次回もお楽しみに。

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