魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十四話後編です。
最後までバトル無しの日常話ですが、楽しんで頂けたなら、幸いですな。
では、どぞー。


第四十四話「それでも、知りたくて」(後編)

 

 ごぽっと音が鳴り、神庭シオンは目を覚ます。グノーシス『月夜』ナノ・リアクター治療室。そこにシオンの姿はあった。

 昼過ぎからナノ・リアクターが空いたので、遅まきながら治療を開始したと言う訳だ……シオンとしては後々の事を考えると、寧ろまだ入院して置きたかったのだが、例の手紙に書かれていた内容が内容だったので引き延ばす事も出来なかったのだ。

 トウヤの事である。更なる地獄を用意すると言えば必ず用意するだろう。

 ナノ・リアクター内の溶液(これがナノ・マシン)が排出され、シオンはやれやれと中からはい出る――と、声が掛けられた。

 

「うふふふ……気分はどうかしらぁ……」

「うーん。まぁ、痛い所はどこもって、待てぃ!」

 

 普通に受け答えしようとして、思わずシオンは叫ぶ。慌てて前を隠しがてら周りを見渡すと、そこには異様に伸びた前髪に白衣の”女性”が居た。

 そう、女性である。ちなみにここは女人禁制の男性用ナノ・リアクター治療室だ。つまり女性の立ち入りは厳禁の筈なのだが。何故か、その女性は自然にここに居た。シオンを見て、うふふと伸びた前髪の向こうで笑う。某リ○グの○子を彷彿とさせるその女性は、シオンに向けてビッとサムズ・アップして見せた。

 

「……うふふふ、なかなか」

「なかなか!? なかなか何だよ!? てか、何であんたがここにいる!? それより何より着替え寄越せ!」

 

 とりあえずはナノ・リアクターの後ろに隠れつつシオンが喚く。それにもやはり彼女は答えず、うふふと笑うのみであった。

 深海(ふかみね)女史。

 グノーシスにおける。封印指定研究である筈のナノ・テクノロジー研究をただ一人任されている女性である。見た目はこんなだが、当然頭の出来は人より遥か上だ……性格が壊滅しているが。

 とりあえず深海女史が放ってくれた服を、ナノ・リアクターの後ろでごそごそ着替える。

 

「……うふふ。それで、どうかしらぁ? 痛む所とかある?」

「いやまぁ無いですけどね。で、なんであんたがここに――」

「そんな細かい事はどうでもいいのよぉ」

「細かくないし!」

 

 吠えるが、やはり深海女史は聞こえて無いとばかりにうふふと笑い続ける。そんな彼女に、シオンはため息を吐き出した。

 この二年間、グノーシスを離れて漸く認識した事だが。この組織、あまりにも変人が多過ぎなのでは無いだろうか。

 アースラに居た皆がこうして見るとまともに思えてくるのだから不思議である。

 とにかく、素早く服を――管理局武装隊の服だ――に着替えると、シオンはナノ・リアクターの後ろから出て来た。

 

「……まったく、なんでこんな所に入って来るんだか」

「うふふふ、強いて言うなら知的好奇心のなせる業よぉ~~」

「いや意味分からんし」

 

 ツッコミつつ、シオンは軽く身体を動かして具合を確かめて見る。流石のナノ・リアクターであろうとも魔力枯渇はどうにもならないが、怪我は完治していた。

 普通ならば全治数カ月の怪我が僅か二時間足らずで快復している事にシオンはちょっとした感動を覚えつつ、苦笑する。

 

「どう? 何か問題ないかしらぁ?」

「はい、大丈夫です」

「そう……おかしいわねぇ」

「ですねー。て待てぃ」

 

 思わず流しそうだった深海女史の台詞にシオンは呻きながら留める。おや? と、首を傾げる彼女を睨みつけた。

 

「そら、どう言う意味だ」

「……うふふふ、何か聞こえたかしらぁ」

「きっぱりと聞き逃せん事が聞こえたわ!?」

「そう? まぁ、気にしたら負けよぉ」

「……もーいいや」

 

 何故か快復した筈なのにどっと疲れを覚えてシオンは肩を落とす。だが、このままと言う訳にもいかずにシオンはナノ・リアクター治療室の外へと歩き出した。

 

「うふふふ、また怪我したらいらっしゃいなぁ。最短で治してあげるわぁ」

「いや、だからここは男用だと……いいや。んじゃ、お世話様~~」

 

 ツッコミを入れるのにも疲れを覚えて、シオンは開いた自動扉を潜って外に出る。うーんと、伸びをした所で。

 

「おーシオンじゃんか」

 

 そんな風に横から声を掛けられた。視線を向けると、赤の髪を三編みにした、一見すると小学生じみた女の子、ヴィータと、桃色の髪をポニーテールにしたすらりと背の高い女性、シグナムが居た。

 笑いながら、こちらに歩いて来る。シオンはぺこりと頭を下げた。

 

「ども。ヴィータさんとシグナムもナノ治療で?」

「ああ。つい先程、終わった所だ」

 

 シオンの問いに、シグナムが微笑して頷く。ヴィータも腕を組んで、ちらりと出て来たナノ治療室に視線を向けながら苦笑した。

 

「……お前、まーたやらかしたらしいよな。ほんと、飽きないって言うか何て言うか」

「いや、まぁ」

 

 頬を指で掻いて視線を泳がせるシオンに、ヴィータはため息を吐いた。

 

「ま、いいけどよ。あんまし、はやて達に迷惑掛けんなよ。ただでさえお前、トラブルメイカーなんだから」

「いや、そんな好き好んでトラブルに首を突っ込んでるみたいな言い方せんでも」

「違うのか?」

 

 こちらはシグナム。彼女にしては珍しく悪戯めいた笑い顔で聞いて来る。シオンはげんなりと肩を落とした。

 

「勘弁してよ。俺は平和主義者なんだから」

「「…………」」

「せめてツッコんでお願い」

 

 黙ってしまう二人に、シオンは懇願する。そんな彼に二人は顔を綻ばせた。

 

「ところでシオン。お前、刀を抜いたとか聞いたが?」

「そうだけど。それが?」

 

 どこから聞いたんだろうと首を傾げつつ、シオンはシグナムに聞き返す。すると、彼女はふふと笑った。ぽんっとこちらの肩を掴んで来る……嫌な予感がした。このパターンは。

 

「よし。なら、話しは早い。早速――」

「だが断る」

 

 笑う彼女に、シオンは即断で台詞を皆まで言わせずに切って捨てる。ぴしりと固まったシグナムからきっかり三歩下がると、一礼した。

 

「じゃあ、俺はこれからトウヤ兄ぃの所に用事があるから」

「待てシオン! 私は最後まで用件を言って無いぞ!?」

「聞かんでもわかるわ! どうせ、模擬戦しようとかそんなんだろうが!?」

 

 吠えながらシオンは、これまでのアースラでの彼女の実績を思い出していた。始まりは嘱託魔導師試験に於ける模擬戦。次は、初出動の後に散々模擬戦を挑まれた。最後は聖域での戦いの後か。

 その後はごたごたしていた事もあり、模擬戦どころでは無かったが、どちらにせよ尋常な数では無い。既にシオンもシグナムのバトルマニアっぷりはよく理解していた。

 そんなシオンに構わず、シグナムは再び肩をぐわっしと掴んで来る。こちらを真剣な顔で見つめた。

 

「いいかシオン。聞いた話しだが、お前が刀を使っていたのは五年も前だそうだな?」

 

「うん、まぁ」

 

「それでだ。もし刀を実戦で使わざるを得ない状況に陥った時。そんなブランクを挟んだ状態では上手く使えないだろう?」

 

「いや、実戦のが先だったんだけど」

 

「だからだ。私と模擬戦をする事で刀を使う感覚を取り戻すと言うのは――」

 

「うん却下。じゃあ俺はこれで」

 

「ああ! 待つんだシオン!」

 

「……今度は何さ」

 

 若干どころか完全にぐったりとして、呻きすらをも上げながらシオンは聞き返す。シグナムは真っ直ぐにシオンを見据えた。

 

「細かい事は抜きにしよう。私とお前の仲だ。熱く刃を交えた、言わば好敵手(とも)……だからこそ、私は刀を使うお前と戦ってみたい」

 

 いろいろツッコミ所満載な台詞を、熱く、熱くシグナムは語り掛けてくる。肩を握る手にもやたらと力が入っていた。

 

「だから、是非私と戦って欲しい。頼む」

 

 最後に、そう締めくくった。その台詞に、シオンも感じ入ったかのように頷く。

 

「……熱い、熱いな。シグナム――でもな?」

 

 シオンは無念そうに首を振る。横にだ。シグナムが更に肩を握る手を強めて来る――かなり痛い。

 

「何故だ!? 何故そうまでして断るんだ、シオン……!?」

「何故か? そんなの決まってる。決まってるんだシグナム――」

 

 ふっと頭上をシオンは見上げる。その顔は傍目から見ても辛そうに見えた。瞳から涙が零れ落ち、そして。

 

「――模擬戦にかまけて、トウヤ兄ぃのおしおきをこれ以上増やしたく無いんだ」

「…………」

 

 凄まじく真剣な顔で、情け無さ過ぎる台詞をシオンは吐く。あまりにもあれな理由にシグナムの肩が若干コケた。直後、シオンの目がきらりと光った。力が抜けた瞬間を見計らってシグナムの手から抜け出す。

 

「あ! こらシオン!」

「てな訳で、俺がまだ生きてたらって事で――! ヴィータさんもまた――!」

「おう。頑張って来いよー」

 

 一連のやり取りを呆れ切った目で見ていたヴィータが頷くのを尻目にシオンは駆け出す。

 気は進まないが、トウヤの部屋へとだ。時間を掛ければ掛けるほど、後の”地獄”とやらは洒落(しゃれ)にならなくなると言う事もある。

 そんな訳で、シオンはとにもかくにも走って行った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第一位、執務室。そう表記された扉を見て、走って来たシオンはため息を吐く。このまま回れ右して帰りたいと心の奥底から思うが、その後に待つは真性の地獄であろう。

 地獄地獄と強調し過ぎな気がするが、トウヤが繰り出す様々おしおきはそう呼ぶのに何の過分も無い。頭に過ぎる過去に受けたそれら――爽やかコース。すっきりコース――を思い出して、シオンの顔色はどんどん悪くなっていった。ほろり、と涙が零れる。

 だが、そのままと言う訳にもいかない。一応、思い付く限りの神様、仏様、もしくは悪魔に祈りを捧げつつ、シオンはインターフォンを押す。

 

《誰だね?》

「あー、俺だけど……」

《俺? 誰だね、それは? 俺と言う名前の人間には全くもって心当たりはないのだがね?》

「……ごめんなさい。神庭シオンです」

 

 やっぱり機嫌悪いや……。

 

 トウヤの声を聞くなり、シオンは直感する。暫くの間を持って、扉が開いた。入って来いと言う事だろう。ちょっと躊躇いがちに、シオンは扉を潜り――。

 

「遅い」

 

    -撃!-

 

「ぺぎゅる!?」

 

 ――何の脈絡無く殴られた。盛大に吹っ飛び、通路の壁にぶち当たる。

 そのまま崩れ落ちるシオンを冷たーく見下ろすのは当然、異母長兄、叶トウヤであった。

 顔を押さえながら、文句を言おうとしたシオンの顔が固まる。トウヤの視線が並では無い程に冷たい。

 

 これは、ヤバイ……!

 

 直感で感じ取れるレベルでトウヤの怒りが分かる。裸が粟立(あわだ)つのを感じながら、シオンは思わずあたふたと回れ右をした。

 

「たーすけてー……!」

「何を逃げてるのだね? お前は?」

 

 あっさりと襟首を捕まえられて、シオンの逃亡は終わった。ひょいと猫の首を摘む動作でシオンを吊り上げ、執務室に入っていく。そして部屋の真ん中に用意された椅子に、どすんと落とされた。尾骨を派手に打ち、悶絶するシオンを余所にトウヤはマホガニーに向かうと、椅子に腰掛ける。そして、シオンに向き直った。

 

「さて、シオン?」

「あ、あああああ、あ、あの……! と、トウヤ兄ぃ……?」

 

 にっこりと笑う――これは異母兄達共通の怒りのサインだ――まぁ、笑うトウヤに、シオンは噛み合わない歯で名前を呼ぶ。トウヤはそれを笑いながら見て。

 

「なんだね? 我が愛すべき異母弟”だった”シオン?」

「過去形!? 過去形になってるよトウヤ兄ぃ!?」

「これからは、家族”四人”になるのだね。頑張っていこうと思う」

「あ、あああああ……!」

 

 トウヤの台詞に、いよいよシオンは頭を抱える。

 問答無用。この四字熟語がこれ程似合う人間はそうはいまい。なんにしろトウヤは笑いながらシオンを見て、続ける。

 

「さて、シオン?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

「五月蝿いねお前は」

 

    -撃-

 

「へぶっ!?」

 

 繰り返し呟くシオンにトウヤの手から何かが放られて、額に直撃する。

 投げられたものに一撃されて涙目となりつつも、正気を取り戻したシオンの手にぽすんっと投げられたものが落ちて来る。それはデータチップであった。

 

「痛っ……! これは?」

「任務の資料だ。三日後までに読んでおくように」

「へ?」

 

 告げられた台詞に、思わず目を丸くするシオン。トウヤは表情を変えずに続けた。

 

「先程、八神君達と話しをしてね。例の件、彼女達の各デバイス、ロスト・ウェポン化が決定された」

「……へ~~、よくまぁ」

 

 思わずシオンは感心して頷く。基本的に管理局の人間である彼女達は古代遺失物――つまりロストロギアの所有や使用を躊躇う面がある。危険度を鑑みると、それは寧ろ当たり前の反応とも言えた。

 個人で核兵器を持ち歩くようなものである。いくら制御されていようと、それに危険を覚えない方が寧ろ危なっかしい。故に、シオンはあっさりとはやて達が決めた事が意外だったのだ。トウヤもまた頷く。

 

「ここ暫くは悩み続けていたようだがね。お前の独断先行、言語道断、無理無茶無謀な行動で腹を決めたようだ」

「……えっと、ごめんなさい」

「はっはっは。謝っても許すつもりは無いから、その積もりでいたまえ。まぁ、あの被害を考えれば寧ろ当然とも言えるがね」

 

 トウヤの台詞に聞こえないように舌打ちしつつ、シオンは天砕きの被害状況を脳裏に浮かべる。

 学校消滅。しかし、それは本来の威力が全て上へと向かった為らしい。

 本来なら北半球が壊滅していたと言うのだから、改めて天砕きの威力を思い知らされる。

 しかもそれでさえ、アルセイオの斬界刀やベナレスのギガンティスが持つアーマーゲドンよりランクは低いのだ。

 はやて達が危機感を、力不足を感じるのは至極当然と言えた。

 

「そう言う訳だよ。その上で、お前に任務を与える」

「へ……? 任務? 地獄じゃなくて?」

 

 トウヤの台詞に、シオンはきょとんと聞き返す。てっきり即座におしおきだべ~~とばかりに、ドエライ目に合うと思ったのだが。トウヤは、そんなシオンの返答にため息を吐いた。

 

「手紙の題名には何と書いてあったね?」

「えっと、『緊急特別指令』だっけ?」

 

 シオンはうろ覚えの題名を読みあげて――その顔がぱぁっと明るくなる。それを見ながら、トウヤが頷いた。

 

「つまりはそう言う事だよ」

「あ、ああ……! まさか、トウヤ兄ぃが、こんなに簡単に許してくれるなんて……! ル○タニ様ありがとうございます……もしくはオ○シロ様」

「……危険極まり無い神様にお祈りを捧げるのはやめたまえ」

 

 マホガニーに肘を着けながら、トウヤはため息を吐く。その間にもシオンはリンパ腺で交信出来ると言う謎神と、しゅ~くり~むをこよなく愛する謎神にお祈りを捧げる。そんなシオンを脇目に、トウヤは説明を続けた。

 

「お前にはEUイギリス支部に出向いて貰う。そこで、『斉天大聖』『フラフナグド』『テュポーン』『バルムンク』『四龍玉』を受領。後に、同ドイツ支部に飛んで、各ロスト・ウェポン完成まで護衛。完成したそれらを受領して戻って来たまえ」

「ん。了解……でも、それだと」

「当然、持ち主も一緒が好ましいね。治療魔導師も一人は居た方がいい。つまりギンガ君、スバル君、ティアナ君、エリオ君、キャロ君、そして、みもりが適任か。彼女達と一緒に行ってくれたまえ」

 

 ……こら、また。

 

 告げられた名前に、シオンは思わず頬が引き攣る事を自覚する。このタイミングでこの面子。偶然にしては出来過ぎと言えた。

 

 ……どこまで知ってやがる……!

 

 みもりに告白された事やキスされた事まで、この異母兄が知ってるとは思わない――思わないが、それでもなお油断のならないのがトウヤと言う男であった。逆に言えば、何を知っていてもおかしくは無い。

 じーっとトウヤの顔を半眼で見るが、その面の皮には傷一つ付けられそうも無かった。シオンは嘆息すると、無駄な事はやめて頷く。

 

「了解、三日後に皆と向こうに転移(と)べばいいんだね?」

「ああ、それで構わない……さて、では」

 

   -ぞくり-

 

 その瞬間、シオンは特級の怖気を感じて総毛立った。直感が最大警報を鳴らす。ここは危険だ、速く逃げろ、速く、速く――!

 だが、身体は動かない。まるで椅子に固定されたかのように立ち上がれ無い!

 そんなシオンに、トウヤは口端をゆっくりゆっくりと持ち上げる。くすくす、と笑い声が口から漏れていた。静かに立ち上がる。

 

「と、と、ととととととと、ト、ウヤ兄、ぃ?」

「――”本題”に移ろうかね?」

 

 呟くと同時にぱちりと指を鳴らす。と、まったく唐突にトウヤの背後に”扉”が生まれた。そこは、確かに壁だった筈なのに!

 それを見て、シオンの恐怖はメーターを振り切った。同時に気付く。トウヤは許してなんぞいなかったのだ。全ては、油断させるための芝居――!

 

「”もかもか室”。そう名付けて見た」

「も、もももも、かもか……?」

 

 それは果たして何を意味するのか? 分からない。分からないが、直感はがんがんと警報を鳴らし続ける! ――この部屋は、危険なモノだと。そう、直感は告げていた。

 

「そう、もかもか室だよ。お前がこれから入る部屋の名前だ。安心したまえ、命は大丈夫だ……精神は一切保証しないが」

「っ――――!?」

 

 トウヤの台詞に、シオンは目を剥いて震え上がる。トウヤにそこまで言わせるもかもか室とは、一体何なのか……。

 異母長兄は、何故か威圧感漂う顔でニッコリと笑う。

 

「ヒントを上げよう。お前も入る部屋の前情報くらいは知りたいだろうからね」

 

 シオンはがくがくと頷く。どんな部屋なのか、名前だけでは全く分からない。それをヒントだけでもくれると言うのだ。乗らない手は無い。シオンの頷きを見て、トウヤは薄く笑う。

 

「では、ヒント――グノーシスの胸毛ランキング一位から二十位までが勢揃い」

「…………」

「しかも一つの部屋に」

 

 それを、聞いてはならなかった、知ってはいけなかった事を聞いて、シオンは崩れ落ちた。

 そんな部屋に、叩き込まれたら――あるのは精神の死、だけである……。

 

「では、シオン」

「…………」

 

 ついに間近に来てしまったトウヤをシオンは慈悲を懇うように見上げる。トウヤはニッコリと笑い――。

 

「お・し・お・き・だ・べぇ~~」

 

 それから数時間の間、第一位執務室には途切れる事の無い悲鳴が響き渡ったとさ。

 

 ちゃんちゃん♪

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――闇が迫って来る。

 もふもふとか、何故か弾力性に富んでいるとか、やたらと人肌な感じに温かいとか。そんな感じの闇が。

 闇を人が本能的に恐れる理由とは、その奥に何があるのか分からないからだろう。見えないと言う事はそれだけで恐怖だ。

 そんな闇が迫って来る。蠢動(しゅんどう)しながら、それが何かを見せずに。

 その闇の出口は何処だ? ――尋ねても答えてくれる者はいない。

 回答者は何処に居る? ――それさえも絶望的に存在しない。

 ただ、闇は在るだけだ。存在して迫って来るだけなのだ……もかもかと。

 

「もかもか……! うぅ……! もか……! なんかほのかに暖かいよー。なんかごわごわしとるよー。う、うぅ……! や、やめてくれ! 迫ってくるなぁぁぁぁぁぁぁぁ……! ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……! トウヤ兄ぃ許してぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……! ここから出してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!」

 

 求めるように彼は手を伸ばす。だが、なにも掴めないままに握りしめられた。

 そんな事は分かっていたのだ。闇には何も無い――寧ろ、ごわごわとしたものがあっては困る。

 とにもかくにも、闇にはなにも在り得ないのだ。だが……彼は、はっと目を見開いた。闇しか無い? 否、否だ。断じて否!

 虚無しか掴めなかった手の隙間から、何かが漏れている。それは小さな光だった。大きな闇に対して、比べる事さえもおこがましい小さな光。だが、それを彼は掴む事が出来たのだ。

 

 何故、光を掴む事が出来たんだ……?

 

 手の中にある光に驚き、戦(おのの)きながら彼は自問する。だが、闇を恐れる理由と同じくらいに、その答えは当然とばかりに自分の中にあった。

 

 そうだ。俺は手を伸ばした……伸ばしたんだ! 抗おうと、手を伸ばした。だったら出口なんて要らない。闇に対して逃げる必要なんて無い! だって俺はまだ戦える。握りしめたこの光を胸に、一歩を踏み出せる。そして踏み出した、その一歩が道になるんだ! 立ち上がりさえすれば、勝てる……! そう、勝てるんだ! 何故なら闇の中に敵なんていない。俺がいるだけなんだから!

 

 そして、気付けばシオンは、立ち上がっていた。

 闇の中で誇り高く、胸を張りながら。いつの間にか、泣いていたらしい。

 涙を零しながら闇の中で立ち尽くし、それでもと闇に対して吠え叫ぶ! 己の、信念に賭けて!

 

「もっ……かもっかなんぞに負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 そうして、闇は消えた。

 辺りに広がるは、椅子が立ち並ぶピロティ(休憩室)であった。

 辺りには誰もいない――いや、小柄な人影が二つあった。エリオとキャロである。こちらを唖然と見る二人に、シオンは漸く闇から、もかもかから帰還した事を悟った。

 

「だ、大丈夫ですかシオンお兄さん!」

「すっごいうなされてましたよ……!」

 

 心配そうにこちらを見る二人に、シオンは涙を拭いながら頷く。やがて天井を見上げながらぽつりと呟いた。

 

「恐ろしい体験だった……!」

「「はぁ」」

「タカ兄ぃに顎を砕かれて、殺されかけた時の次くらいにやばかった」

 

 引き合いに出すのが、間違っているような……思わず汗ジトになる二人にシオンは構わず、べたべたする額の汗を拭いながら呻く。

 

「下手をすりゃあ、もかもかで力尽きて俺の人生終わる所だったぜ……!」

「えっと……」

「もかもかって何ですか?」

「聞いてくれるな!」

 

 キャロのぽやぽやとした問いに、シオンは身体をくねらせて拒絶する。そのまま自らの身体を抱きしめるように腕を回し、がたがたと震えた。

 

「思い出したくもない……! あ、あれはヒトの手に余るおしおき部屋だ! 在ってはならない部屋なんだ……!」

「「はぁ……」」

 

 なんだか、とても辛い目にあったよーである。それを二人は悟り、聞かない事にした。

 シオンは暫く震えて、漸く落ち着いたように二人に振り返れと疑問に思った事を聞く。

 

「で、なんで俺、ピロティに? トウヤ兄ぃの所に居た筈なんだけど」

「そのトウヤさんが連れて来たんです。『壊してしまったかもしれないね』とか言ってましたけど……」

 

 非常に恐い台詞である。何を壊したと言うのか? だが、聞かない方が精神衛生上良さそうな気がした。

 

「最初はみもりさんが、介抱してたんですけど」

「……みもり、居たのか?」

「はい。そこでうなされているシオンお兄さんをひざ枕してました」

 

 ……何やら、とても恥ずかしい状態だったらしい。赤面しそうだったので顔を手で押さえて隠す。それで隠れる筈も無いのだが、そうしていたかった。

 

「で? そのみもりは?」

「カスミさんに呼ばれて向こうに行きました。それで、僕達に代わりに介抱お願いされまして」

 

 そんで今に至る、か。

 

 何ともまぁ、タイミングが合わない事である。みもりには、いの一番に伝えたい事が――返事があるのに。なのに、何故か会えない。病室に居た時も見舞いには来なかった。正確には来れなかっただろうが。なんにしろ。

 

「ままならないよなぁ……」

「何の事ですか?」

「いいんだよ。お前達にゃあ、まだ早い」

 

 ぼやくシオンにキョトンと尋ねて来るキャロ。そんな彼女に苦笑しながら、シオンは二人の頭をぽんぽんっと叩いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ふぅい~~……」

 

 夕方。すでに日も沈み、辺りには鈴虫の歌声が響き渡る。そんな中で、シオンは神庭家の風呂――と言う名の温泉に浸かっていた。ふにゃーと肩まで湯舟に沈めながら温泉を満喫する。

 

「いやー相変わらず、癖になる湯だなぁー」

 

 はふぅと緩み切った顔で、シオンは呟きながらんーと思う。

 結局、あの後みもりには会えなかった。どうも忙しいらしく、そんな中で呼び出すのも気が引けたので、結局シオンは家に帰って来たのだ。

 一応は護衛の名目で、スバル達前線メンバー組と、N2Rの面々と一緒に。そして今に至ると言う訳である。

 焦る事でも無し。何も今日いきなり返事をする必要も無いだろう。……それに、どうせ明日は”必ず”会わなければならないのだから。

 そんな風に思いながら湯を堪能していると、がらっと風呂のガラス扉が開く音がした。

 

 ……誰か入って来たか? エリオか。

 

 なんとなく、シオンはそう思う。この風呂には当然、男女別などある訳が無いので、それぞれ入る際には看板を立てる事が決められている。

 シオンも入る前に『現在、男入浴中。入るべからず』と書いた看板を入口前に立てたので、女性陣が間違って入って来る事も無い……そう、思っていた。

 

「おー。エリオー。いい湯だぞー」

 

 言いながら後ろを振り向こうとして、そのまま硬直した。それはそうだろう。シオンの目の前に居るのは――。

 

「し、シオン……!?」

 

 ……なんで、スバルがここに?

 

 呆然としながら、シオンの頭をそんな疑問が過ぎる。

 スバルはタオルで身体の前を隠して、こちらを見ていた。思った以上にスタイルいいなぁとか、愚にもつかない事を思っていると。

 

「こ、こっち見ないで……っ!」

「て、どわぁああああっ!」

 

 自分がひどくいけない事をしていた事を悟り、悲鳴を上げながら背を向ける。

 ばっくばっくと鳴る心臓を、なだめてすかせて殴りつつ、背後に声を掛けた。

 

「な、なんで? どうして入って来るよスバルさん!?」

「だ、だって看板立って無かったし、誰も入って無いって思ったから!」

 

 看板が立っていなかった……?

 

 スバルの答えに、シオンは動揺を必死に抑え込みながら疑問に思う。自分は確実に看板を立てた筈である。まだ家を出る前は、それでえらい目に合った事もあるのだ。忘れる筈が無い。

 ……この時、シオンが知るよしも無かったが、露天風呂と言う特性上、この風呂は外にある。当然、入口も外にある訳だ。これが、今回は災いした。風が吹いて看板が飛んで倒れてしまったのである。

 倒れただけならばスバルも気付いたのだろうが、飛んで、離れた所に倒れたたせいで気付かなかったと言う訳であった。閑話休題。

 そんな事を当然、知る訳が無いシオンは首を捻る。だが、今はそれもどうでもいい。とりあえずはこの状況をなんとかしなければならない。

 シオンはあくまでも視線を向けないままでスバルに声を掛ける。

 

「と、とりあえず入るんだったら、もうちょっと待ってくれ。俺もすぐに出るし。着替えるまで外で――」

 

   -ぽちゃ-

 

 口早にまくし立てるシオンの耳に、水音が響く。湯の中に何かが入ったような音が。そして、次に響いたのはちゃぷちゃぷ、と言う音だった。これはつまり――。

 

「す、スバル?」

「…………」

 

 スバルは何も答えない。だが、声の代わりに別の行動を起こした。湯舟に浸かったのだ……シオンの真後ろに。そして向けられた背中に、自分の背中を合わせて座った。

 

「ちょっ……! おい!」

「こっち向かないで。……恥ずかしいから」

 

 流石に文句を言おうとしたシオンに、機先を制するようにしてスバルが告げてくる。シオンは何も言えなくなってしまった。暫くあーやら、うーやら唸り――結局、黙り込んでしまう。そのまま暫く背中合わせで二人は湯に浸かり続けた。

 

 ……何なんだ、一体……。

 

 流石にシオンも頭が冷えて来て、スバルの態度にそう思う。背中の感触は出来るだけ無視して、シオンはスバルに尋ねようと息を吸って。

 

「シオン」

「わひぃ!?」

 

 またもやスバルに先に名を呼ばれ、変な声を上げる。わたわたとしながらも、無理矢理動悸を静めつつ聞き直した。

 

「な、なんだ?」

「ごめんね。いきなり入って来ちゃったりして」

「あー、いやまぁ……で、何で湯舟に入って来たりしたんだ?」

 

 曖昧に頷きながら、シオンは問う。それに、スバルはこくんと頷いた。

 

「えっとね。シオンに聞きたい事があって……でも二人きりってあんまりなれなかったら。今、ちょうどいいいかなって思ったんだ」

「ちょうど、てよ。お前……」

 

 思わずツッコミを入れて、シオンは苦笑する。いくら何でも湯に入って来るのはやり過ぎと言うものだろう。今言ってもせんない事なので、言わないが。苦笑し続けて、シオンは先を促す。

 

「で? 聞きたい事って何だよ?」

「……うん。昨日の事、なんだけど」

 

 ……またか。

 

 スバルの台詞に思い出したのは、ティアナの問いだった。昼過ぎの病室でのティアナの問い。そして、自分の答え。それは――。

 

「その……」

「……みもりに、何て返事するか、か?」

 

 躊躇いがちなスバルの問いを引き継いでやる。それに、今度はスバルが固まった。シオンは再び苦笑する。

 

「やっぱな。お前達、妙な所で似てるんだなぁ……」

「……えっと、何で?」

「昼間にティアナに聞かれた……お前達が見た事も、そん時聞いた」

 

 笑いながら告げられる言葉に、スバルがうわぁと唸る声が聞こえる。それを聞きながら、シオンは湯に視線を落とした。

 

「……それで、その。シオン。教えて、くれる?」

「ティアナにも言ったけど、俺はまだみもりに返事もしてないんだぞ。どうも会えなくてなぁ」

 

 予想通りなスバルの問いに、シオンは笑いを浮かべながら、ティアナにも言った台詞を告げる。それに、スバルも声を詰まらせた……だが。

 

「それ、でも。それでも――」

 

 

 

 

 ――聞きたい、の。

 

 

 

 

 つい半日前に聞いたのとまったく同じ答え。シオンは苦笑を強めた。

 無言のままで、上を見る。屋根に覆われて空は見えない。だが、何となくそうしたかった。そのままで告げる――。

 

「……今はそう言うの、考えられないんだ」

 

 ――答えを。

 スバルが硬直したのが空気で分かる。聞き方によっては、悪くにしか聞こえ無い答えだろう。シオンは笑いを止めて続ける。

 

「俺は、なんにも決着をつけてない。カインの事も、ストラの事も、タカ兄ぃの事も……自分の初恋にすら、決着をつけてないんだ」

「…………」

 

 シオンの言葉に、スバルは口を挟めない。そんな空気があった。シオンは一つだけ苦笑すると続ける。

 

「……紫苑と戦って、一つだけ決めた事がある。俺は、もう逃げないって、そう決めた」

「逃げ、ない……?」

「ああ。全部に――そう、今まで逃げて来た全部にだ。それに決着をつける。……ルシアの事にも、初恋にも、決着をつける」

 

 紫苑と――過去の自分の象徴と戦って出した答えがそれであった。

 ……ずっと、ずっと逃げて来た事、その全てに向き合おうと。

 決着をつけようと、そう決めたのだ。だから。

 

「紫苑の事は皮肉だけど、ちょうどよかったんだ。俺は、あいつとの戦いをスタートラインにした」

「スタートライン……?」

「ああ。決着をつける為のな。あいつを始まりにして、俺は前に進もうって決めた」

 

 それが、本当の理由。紫苑と、一人で戦う事に固執したわけ。そして勝利した。だからこそ、シオンは。

 

「だから、今はそういうの考えられないんだ。まずは全部ひっくるめて決着をつける。……全部にだ。初恋にもちゃんとケリをつける。そっから考えようって思った」

「……でも、それって――」

 

 返事を待ってくれ。シオンが出した答えは言ってしまえば、それである。

 しかしそれでは、みもりの気持ちは――。

 

「……分かってる。みもりが待ってくれるなんて、俺も思ってないさ。……でも、もう決めたんだ。そう答える」

 

 だから、答えを曲げない――酷い答えだと思う。これが、正しい答えだなんて到底言えない。でも、もう決めたのだ。決めた以上、シオンは答えを変えない。だから――。

 

「それが、俺の答えだ」

 

 そう、締め括った。二人を穏やかな風が包む。暫く二人は黙り込んで、スバルは一言だけ声を出した。

 

「そっか」

「ん」

 

 シオンも頷く。そして互いの背中に体重を預け合いながら、互いの体温を感じながら、二人は無言で湯に浸かり続けた――と、いきなりシオンがくすりと笑った。

 

「そういや、今だから話せる事があるんだけどよ」

「へ? なになに?」

 

 きょとん、とスバルが聞いて来る。それに笑いを苦笑いに変えながら、シオンは話し出す。

 

「最初、お前に会った時――正確に言えば、助けられた時にだけどよ。俺、何を勘違いしてたか。お前に惚れたとか思ってたんだよなー」

「……え……?」

 

 あまりにも予想を超えた言葉だったのだろう。先とは比べものにならないレベルでスバルは凍り付き、やがてぼんっと顔を赤らめさせた。

 

「ほ、ほほほほ……! ほ、惚れ……!?」

「おー。まぁ勘違いだったんだけどよ」

「…………え…………」

 

 今度は先とは全く違う意味で凍り付いた。しかし、シオンはそんなスバルに気付かず、笑いながら続ける。

 

「いや、全く持って恥ずかしい話しなんだけどな」

「そ、そうなんだ……」

「て、どうしたオイ? 急に声に元気無くなったけど?」

「いいの、気にしないで」

 

 「はぁ……」と、重々しい溜息を吐くスバルにシオンは首を傾げるが、まぁいいかと話しを続けた。

 

「……今から考えると、俺は憧れたんだな。お前に」

「…………」

「お前の生き方に。お前達と、アースラで一緒に戦ってさ。なんとなく、それが分かった」

 

 言い切ると、シオンは天井を見上げながら笑った。そんな彼の横顔を、スバルはちらりと覗き込む。

 自分に憧れたと言うシオン。その言葉が、何故か胸に突き刺さった。

 

 ……なんか、ヤだ……。

 

 そう思う。何故か、彼に憧れられるのが嫌だった。何故かは分からない。でも、そう思ってしまったのだ。

 自分でも理由の分からない痛みを胸に覚えながら、スバルは聞いてみる事にした。彼が、自分に憧れた理由を。

 

「なんで、そう思ったの? 私に憧れるなんて」

「……お前の生き方がさ。真っ直ぐで、真っ直ぐで、真っ直ぐで。綺麗だって思ったんだ」

 

 そんな生き方がしてみたいと思ったんだ――そう、告げる。そして笑うシオンに、スバルはついに俯いてしまった。

 

 違う……。

 

 スバルは、そう胸中で叫ぶ。自分は、そんなに真っ直ぐじゃないと。

 だって、いつも回り道をしてた。そして今も、自分の気持ちをシオンに伝えられ無いでいる……!

 なのに、シオンはそう言うのだ。そんなスバルに憧れたと言うのだ。自分はそんなんじゃ、無いのに――!

 

「あの、シオン?」

「…………」

 

 それは違うとはっきり言おう。そう思って、シオンに呼び掛ける。だが、返事は無かった。

 疑問符を浮かべ、もう一度呼び掛けようとして。

 

「きゅう……」

「え……? っ――!」

 

 そんな、やけに可愛らしい声を上げながら、シオンがもたれ掛かって来た。慌てたのはスバルである。今は風呂に居るのだ。当然、裸。そんな中で、もたれ掛かられるなんて――!

 

「し、シオン! ダメだよ……っ!」

「…………」

「あ、あれ……? シオン……?」

「…………」

 

 あまりにも反応が無い。ぐったりとしたシオンの様子に、スバルは首を傾げて顔を覗き込むと、シオンは顔を真っ赤にして意識を失っていた。これは――?

 

「……ひょっとして、のぼせた……?」

「…………」

 

 かっぽーんと、遠くで間抜けな音が鳴ったような感覚を覚えて、スバルはがっくりと肩を落とした。まさかまさかの事態に、一気に肩から力が抜けたのである。とりあえず、シオンを湯から出さなければならない……?

 

「えっと、ど、どうしよ……?」

 

 よくよく考えれば、湯からシオンを上げると言う事は、シオンの裸を見る事になる。だからと言って、このままなのもマズい。

 

 一体、どうしたら……!

 

 シオンを抱きしめながら、スバルはあたふたと悩み続け――。

 結局その後、アサギが入って来るまでシオンは目を回し、スバルはあたふたシオンを抱きしめたままだったそうな。

 

 

(第四十五話に続く)

 

 




次回予告
「告白された答えを告げに、みもりに会いに行くシオン」
「それは、意外な場所で」
「その答えに、みもりは――」
「そして、彼と再会する」
「久し振りのようで、ついこないだ振りに」
「次回、第四十五話『墓前の再会』」
「のどかな墓前に、兄弟達は集う」

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