魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十四話中編です。今回は、すずか回。……こうして見ると、タカトってシオン以上に原作キャラに絡んでるんですが(笑)
では、どぞー。


第四十四話「それでも、知りたくて」(中編)

 

 『月夜』病室。

 ティアナとなんやかんやあった後、午後の陽気――なんてものは当然無いこの月にある病室で、シオンはくぁぁぁぁっと、あくびをかく。

 今、病室には再び戻って来たスバルと、相変わらず読書を続けるティアナ。そして、エリオとキャロが新しく来て居た。

 なお、例の『一撃必倒シチュー』については、スバルにきっちりと文句を言っておいた――今の内に言っておく事は言って置かないと、後々に恐ろしい事になりそうだと直感が最大警報を鳴らしたのだ。

 結論は『なら美味しくなるまで頑張るよ!』と言うものであり、良かったのか悪かったのかは分からない。その場に居たティアナには責任取りなさいよとか言われたが。

 

 ……うん。きっと、うららかな午後の陽気が生み出した幻聴だって。

 

 シオンは即座に、空耳だと勝手に決めつける事にした。自分一人だけ地獄に堕ちてたまるものかと胸中思いながら。

 とまぁ、そんな事がありつつも、昼も過ぎて病室の中で暇を持て余していると。

 

「おじゃましまーす」

 

 聞き覚えのある声と共に扉が開いた。現れたのは、シオンにとっての先生達。通称、アースラ隊長三人娘。高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての三人であった。

 すぐに椅子に座っていた四人が立ち上がろうとするが、先頭のなのはが手を差し出して制する。

 今は、勤務外――これが、どこまで通じるかはシオンも知らないが――の、筈である。その為だろう、四人もあっさりと従って礼をするだけに留まった。

 三人は頷きながら、シオンが寝そべるベットまで来る。シオンは、上半身だけを起こした。

 

「ども、なのは先生、フェイト先生、はやて先生。すみません、こんな恰好で」

「ううん、そんな大怪我だし。気にしなくても大丈夫だよ」

 

 苦笑しながら、なのはが首を振る。そして、三人はシオンを上から下まで眺めた。

 青のパジャマを着たシオンの身体は見事に包帯だらけである。足は骨折しているのだろう、ギプスで固定されて吊されている。

 ぱっと見では、無事で無い箇所を探す方が難しい……つまり、それは、それだけの怪我をする程の真似をしたと言う事だ。

 

「……ほんとなら、この後にちゃんと、”お話し”しなきゃダメなんだけど」

 

 びくっとシオンが僅かに震えて硬直する。なのはの”お話し”とは、つまり言葉以外のモノが飛んで来ながらのお説教の事である。この二ヶ月、誰よりもそれを受けて来たシオンが硬直するのは当たり前と言えた。そんな硬直したシオンに、なのはは微笑する。

 

「言いたい事はたくさんあるけど……シオン君にとって、今回の戦いは絶対に一人でやらなきゃいけない事だったんだよね?」

「……はい」

 

 シオンは神妙に頷く。

 紫苑はシオンが、一人で戦わなければならない存在だった。

 自分や、周りの全てに向き合う為にも。逃げ続けて来た、全てのものと向き合う為にも。

 故に、シオンは迷わず頷く。もし百回同じ事を繰り返したとしても、シオンは百回とも一人で紫苑と戦っていた。その確信がある。例え、お話しされようと、そこは曲げられない。

 そんなシオンの頷きに、なのはは奇妙な懐かしさを思い出していた。それは自分がフェイトと向き合い、一人で戦う事を決意した時と似ている。違うのは、一つだけだ。

 なのはは、フェイトと向き合う為に。

 シオンは、自分と向き合う為に。

 その程度の違いでしか無い。根底に流れるものは同じ『自分の為』だと言う事だった。

 なのはも決して『フェイトの為』だとか押し付けがましい事は口にしない。シオンも『みもりを助ける為に』なぞ、死んでも言わないだろう。

 だから――なのはは、たった一つだけ『そっか』と頷いた。隣では、フェイトや、はやても苦笑している。

 

「でも、シオン。ちゃんと、色々な人には謝らなきゃダメだよ? 特に、トウヤさんには」

「うぐ……!」

 

 フェイトが苦笑しながら告げた言葉に、シオンは僅かに呻く。事情がどうあれ、自分が学校を消滅させた事には変わり無いのだ。そして、一番迷惑をかけたのが誰かと言うと、間違い無く異母長兄、トウヤである。

 一瞬にしてバツが悪そうな顔となるシオンに、今度ははやてが悪戯めいた笑いを浮かべた。

 

「そやなぁー。さっきも通信で話しとったんやけど、かなり怒ってたしなー」

「……ちなみに、どのくらいのレベルで?」

「この前、シオンが怒られたのと同じくらいに、かな?」

 

 続けるようにフェイトが告げた言葉にシオンはうげっと呻いた。ぶん殴られまくった記憶はまだ新しい。なんせ、三日前の出来事である。

 ……今度は、どんな風に怒られるのかを想像するだけでシオンは身体が震える事を自覚した――その、瞬間!

 

    −閃−

 

 どこからともなく、一切の脈絡なく、何か細いものが飛来し、それはそのまますこんっと小気味よい音を立てて、シオンの足のギプスに突き刺さった。

 

「どおぉおおお!?」

 

 あまりにもいきなり過ぎる事態に反応が後れたシオンだが、漸く気付いたかのように悲鳴を上げる。それに、他の一同はゾッと後ろに下がる中、ただ一人、キャロがシオンに近付いていく。

 

「あ、あのあの、シオンお兄さん。矢が足に刺さってるみたいですよ?」

「気付いてないとでも思ったか!?」

 

 一応、心配はしてくれているが、妙にズレているキャロにシオンは喚く。

 キャロの言う通り、ギプスに突き立っているのは一本の矢であった。矢の尻に紐がついていて、何やら封筒なんぞがぶら下がっている。

 窓も何も無い筈なのだが――何処から飛んで来たのか悩みつつ、シオンは涙目になりながら矢を引き抜いた。

 

「う、うう――!」

 

 呆気に取られる一同を置いて、引き抜かれた矢をシオンはベットの上に放り出す。ちなみに、ちょっぴり鏃(やじり)に血がついていたりする。

 完璧に引きまくった一同を気にせずにシオンは封筒を開けた。すると、中から一枚の紙が出て来た。がさがさと乱暴な手つきでそれを広げ、シオンが呟く。

 

「……と、トウヤ兄ぃからだ」

「あんたら、いつもそんな方法で連絡取ってたの……?」

 

 顔を引き攣らせながらティアナが聞いてくるが、もちろんそんな訳が無い。普通に念話通信が当たり前である。

 トウヤ流のタチが悪いジョークと言う奴か……若干、殺意が込められているような気はするが。あえて、シオンは気にしない事にした。

 シオンの台詞に襲撃かと思っていた一同もほっと一息吐くと、周りに集まって来る。手紙をシオンと同じく覗き込んだ。

 

「えっ……と、『緊急特別指令』?」

「勝手に読むなよ。まぁいいけど」

 

 スバルが読み上げるのに、シオンがちょっと抗議の声を上げるが、それに構わず、今度は横のティアナが読み上げる。

 

「『シオン。グノーシスを離れたお前と言えど、一応まだグノーシスに籍はある。と言う訳でお前になんか特別な指令を与える。しかも緊急だ』」

「……まだ俺、籍あったのか。てか、なんて出だしだよ。フランク過ぎるだろ」

 

 書いてあるままを読み進めるティアナにシオンは呻き――硬直した。

 理由は言うまでも無い、続きの文である。固まるシオンを置いて、ティアナは続ける。

 

「『えーと、最初に伝えておこう。お前に”地獄”を見せようと思う』」

 

 …………。

 

 そこで一旦読み上げるのを止めて、シオンを見る。未だ、シオンは固まったままだった。

 もしかしたら、そのまま気絶しているのかもしれないが。ティアナは構わずに先を続ける事にした。

 

「『あー、だが、ここでお前を生きるのに絶望する程の地獄を与えた所で、お前が社会に対して齎(もたら)した並々ならぬ損害が弁済される訳でも無い。まずは、お前の罪をここにしたためようと思う。先程、長老部からの通達により今年度から経理部が『暴走弟損害弁済費』なるものを予算に入れる事を検討していると、部長自ら私に通達があった。この時点で私はアースラにあるお前のデスクとロッカーを通路に放り出した』」

「…………」

 

 ちらり、と一同はシオンに目を向ける。だが、シオンは動きを見せていない。

 

「『及び、我が”第一位直属位階所有者”の予算七十五%カットの旨(むね)が、書面で知らされた。この、管理局に、いろいろと、便宜を計ろうとして、いろいろ、入り用な、この、時期に、だ……! 私はお前のデスクとロッカーを地球の出雲本社に持ち帰り、寒風吹きすさぶ屋上に運び出した』」

 

 この辺りになると手紙に綴(つづ)られた字がやけに歪んでいびつになっていた。どうも、怒りで筆圧が異常に上がったようである。腕も震えていたのか、字も揺れていた。ティアナは淡々と続ける。

 

「『間もなくして、カットされた予算の中に、私への賞与(ボーナス)と言う項目を発見した。つまり、私は最低、後一年はボーナスを貰え無いと言う事だ――私が屋上から景気良く音速超過で放り投げたお前のデスクとロッカーが、たまたま視察に来ていた長老部の一人に直撃して、現在意識不明、生死の境をさ迷う程の重傷を負わせたからといって、誰が私を責められよう……!』」

 

 ここで派手にインクが飛び跳ねていた。おそらくペンが折れたのだろう。

 

「『――と言う訳で、私はお前に”ただ地獄を見せる”のでは無く、”じわじわと地獄に叩き込む”事にした。……楽しみにしていたまえ。今が天国だと言う事を噛み締めさせてあげよう。ちなみに今日中に復帰せねば、更なる地獄を用意するのでその積もりで、では』……成る程ねー」

 

 手紙を二つに折り畳み、ティアナはうんうんと頷く。他の面々も同じくだ。ただ硬直するシオンのみが取り残され――。

 

「至極、妥当な判断ね。頑張ってね、シオン。めげちゃダメよ? 現実は変わらないわ」

「なんでじゃあぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ――――っ!」

 

 何故か納得する一同に、シオンの全力の絶叫が白い病室に響き渡る。

 かくして、そう言う運びに話しはなった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 喫茶、翠屋。

 高町なのはの両親である高町士郎と高町桃子が経営する町内で大人気の喫茶店である。そのケーキの味は、パティシェの桃子の腕もあってか絶品であり、今日も今日とて近場の婦女子の舌を満たしていく。

 そんな翠屋で月村すずかは、呆れたような目を正面に居る青年に向けていた。すずかにとって最も許せない青年、伊織タカトに。だが、その視線は何故か妙に暖かみのあるものだった。

 その理由はいくつかある。まず一つは、タカトの前に置かれたケーキの量だろう。恐らくは翠屋のケーキ全種類がそこに並べられていた。彼は、それを全部食べていたのである――食べる度に、ひどく”幸せそうな”顔をして。二つ目の理由は、まさにそれである。

 やたらと美味しそうに食べるのだ、これが。

 見るだけで幸せになるような顔で食べるので、ついつられてしまいそうになる。

 だが、ここで一つの疑問点が生まれる。

 タカトは、あくまでも幸せを感じる事は出来ない。既にそういうものになってしまっているのだ。

 それは、例え美味しい料理を食べようとも当然感じる事は出来ない。世界一美味しい料理だろうが、何だろうがそれに例外は存在しない。つまり、この反応そのものがおかしいのだ。

 なのに、すずかの前に居るタカトは幸せそうにケーキを頬張る。

 見る人が見れば、自分の目を疑いそうな光景が繰り広げられ、やがて。

 

「美味しかった〜〜。一度やってみたかった”のよね”。翠屋のケーキ全制覇。残すの勿体ないからやれなかったけど。”男の身体”ってこう言う時便利”よね”」

「そ、そうだね……」

 

 タカトの違和感バリバリの台詞に、すずかは苦笑しながら答えた。それもそうだろう。今、タカトは完全に女言葉で話したのだ。苦笑の一つも出て、当然と言える。

 そんなタカトの台詞や仕草に、”たった一ヶ月しか見なくなった”のに、酷く懐かしい想いをすずかは抱く。

 それは、いつもすずかの隣に居た存在の仕草だったから。それをタカトがしているのに凄まじい違和感があるが、すずかはそれを振払った。そして、タカトに――”タカトの姿をした彼女”に微笑む。そう、彼女は。

 

「”アリサちゃん”、次はどこ行こうか?」

 

 アリサ・バニングス。タカトの身体を借り受けた彼女は、そんなすずかの問いに、にっこりと微笑んだ。

 ――何故、こうなったのか。話しはタカトの月村家襲撃まで遡る。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「アリサ・バニングスからの伝言を、君に伝えに来た」

 

 その言葉に、すずかは目を見開いて硬直する。

 今、彼は何と言ったのか。思ってもみなかった言葉に彼女は完全に凍り付き、だがタカトは構わず続ける。

 

「あれには日頃、やたらと世話になっていてな。おかげでいろいろ助けられた。今回はその礼だ。後は、本人に聞け」

 

 彼女に構わず話しを続けるタカトに、すずかは疑問符を浮かべ続ける。一体、彼は何を言っているのか、全然分からない。

 そんなすずかの顔を見て、自分が言っている事を分かっていないとタカトも気付く。

 

「……後になれば全部分かる。取り敢えずはだ」

「?」

「抜いてくれるか?」

「!?」

 

 そう言われて、漸くすずかは自分がタカトを刺したままだと気付いた。あまりにも自然に話すものだから、すっかり忘れていたのだ。慌てて、ガラス片を抜く。

 

「そ、その……ごめんなさい」

「謝る必要は無い。君は、相応に俺に怒るだけの理由があった」

 

 あっさりとタカトはそう言うと、傷口に手を当てる。鍛え抜いた筋肉のおかげで皮一枚程度しか刺さっていない。どちらにせよ、致命傷には程遠いものがある。

 だがこのままと言う訳にもいかず、タカトは仙術で体内の細胞を活性化させて、傷を癒した。すずかへと向き直る――と。

 

「お嬢様……!」

 

 切羽詰まった声が扉の向こうから響く。メイドのノエルの声だ。恐らくは、窓ガラスを割った音を聞き付けたか。

 

 ……このままでは無用の騒ぎになるか。

 

 タカトはそれを察するなり、いきなり前にいるすずかをひょいと抱えた。驚いたのは当然彼女である。

 

「え!? え!?」

「暫く我慢しろ。取り敢えず逃げる」

 

 そんな事をタカトは言うが、そうもいかないのがすずかである。ただでさえ歳の近い男性に抱えられた経験などは無いのだ――と、言うよりこんなに近くに男性を見る経験そのものが無い訳だが。

 気恥ずかしさやら何やらで混乱し、じたばたと暴れるがタカトは完全に無視。そのまま窓の外へと目を向けると、その姿がすずかごと消えた。

 仙術歩法、縮地。あるいは、縮地神功・神足通とも呼ばれる空間転移歩法である。それを持って、タカトはすずかごと、何処かに消えたのだ。

 ノエルが、扉をブチ抜いて現れたのは、すぐ後の事だった。

 その見る先には当然すずかはおらず、ただ割れたガラスが散乱するだけであったと言う。

 

 

 

 

「ここならば大丈夫か」

「え……!?」

 

 すずかはその台詞を聞くなり周りを見て愕然とする。先程まで屋敷に居た筈なのに、今、すずかが居るのは海鳴公園のど真ん中だったからだ。

 縮地の存在を知らない彼女は混乱するが、タカトは構わない。彼女をあっさりと下ろした。

 

「さて、話しの続きだが」

「え? えっと。私、さっきまで屋敷に――」

「気にするな。どうせ聞いても分からん。話しを続けるぞ?」

 

 これまた問答無用とばかりに、タカトはすずかの問いを切り捨てる。そして、説明の続きを始めた。

 

「先にも言った通り、彼女が君に伝えたい事があるそうでな。で、礼も兼ねて一日、俺の身体を貸す事にした」

「……えっと」

「そんな事が出来るのかと言う質問ならば要らない。出来ん事など言わん……つまり俺の身体ではあるが、彼女と話せるという事だ。後は先にも言った通りだ。本人に聞け。ではな」

 

 混乱するすずかを置いて、タカトは一方的に話すなり、いきなり崩れ落ちるようにして地面に倒れ込んだ。それに、すずかは慌てて起こそうとする――が、それを制するように彼は手を上げた。そのままゆっくりと立ち上がる。キョロキョロと周りを見渡した。

 

「……背の高さが変わるだけで、随分世界が変わって見える”わね”。ちょっとびっくりした”わ”」

「え……?」

「久しぶり、元気にしてた? すずか」

 

 名を呼ぶなり、微笑んですずかを見る。その視線に、すずかはひどく懐かしい感覚を覚えた。

 腰に手を当てて笑うその姿を何回も見た事があった。それは――。

 

「アリ、サ、ちゃん…………?」

「うん。だからそうだってば。このバカの説明、聞いてたでしょ――」

「アリサちゃん!」

「きゃ!?」

 

 台詞の途中でいきなり飛び掛かられて、タカトが――否、タカトの身体を借り受けたアリサが悲鳴を上げる。だが、すずかは構わず抱き付いた。

 

「アリサちゃん……! アリサちゃん! アリサちゃん!」

「ちょ……! ちょっと待って、落ち着きなさいすずか! 私、今男の身体! ご近所の噂になるわよ!?」

 

 抱き着かれ、転びながらタカトの身体でアリサが喚くが、すずかは聞く耳を持たずにしがみつく。

 

 アリサちゃんが今、ここに、居る……!

 

 タカトの身体ではあるが、今まさにすずかが抱きしめているのはアリサであった。

 だから、すずかは離れない。あの日、失った彼女が、ここに居るのだから。

 鳴咽を漏らして抱き着くすずかに、アリサは苦笑して、観念したかのように背中を叩いてやる。

 ――結局その後、すずかが離れるまでの間、二人はそうやって抱き合っていたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「はー、堪能したわ……こんな事になって何が辛かったかって言うと、何も食べたりとか出来なかった事なのよねー」

「そうなんだ?」

 

 翠屋から出て、二人は話しながら歩く。ちなみに、すずかは裸足だったり部屋着のままだったりしたので、適当な店で全部買い揃える事にした。当然、タカトのお金で。

 タカトは『いたらん出費を……』だのと中で喚いていたが、アリサは勿論無視。元はと言えば、部屋に突っ込んで誘拐同然にすずかを連れて来たタカトが悪い。いくら何でも、あれは無いだろう。

 ……まぁ、インターフォンを鳴らして正面から訪問しても、いきなり会わせてなぞ貰え無かっただろうが。そんな風にタカトの失態を笑うアリサに、すずかは微妙な笑いを浮かべながらも頷く。

 

「まったく。基本、こいつってば深い考えがあるかと思ってたら行き当たりばったりなんだから。腕力でなんとか出来る事態以外はからきしよ? 不器用なのは分かってるんだから治す努力しろってのよ。多分、一生治らないでしょうけど」

「……なんか、アリサちゃん。その人の事、いろいろ詳しいよね」

 

 微妙な表情のままで、すずかは呟く。それに、アリサは『そりゃあね』と苦笑した。

 

「なんだかんだで一ヶ月はこいつの中に居るんだしね。おかげで、いろいろ知ったわ……なのはには先越されるし」

「え?」

「なんでもないわよ」

 

 最後の部分の呟きに、すずかは疑問符を浮かべるが、アリサはそれに手を振ってごまかす。

 まさか親友のキスシーンをあんな形で見る事になるなど誰が分かるものか……ついでに、告白シーンも。

 アリサは今のタカトの事情をおそらく一番知っていると言える。それは『傷』もそうだし、目的もそうだ。だからこそ、タカトの目的を誰よりも否定しているのだが。

 アリサは頭に浮かんだそれらを頭を振って追い出した。すずかの手を握る。

 

「ほら、次行くわよ次! こいつケチんぼだから、二回も身体貸してくれないだろうし!」

「あ、うん!」

 

 『誰がケチか。誰が』と、再び喚く声が聞こえるが当たり前のように無視。アリサは、すずかの手を握ったまま駆け出す。

 今日は一日、すずかと遊ぶつもりだった。遊び倒すつもりだった。

 これまで会えなかった分を取り戻すように――会えなくなるこれからの分も含めるように。

 アリサは、すずかを伴って駆けて行った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夕方の海鳴公園。

 冬も間近に迫っている証拠のように日が早くも沈み、辺りには夜の帳(とばり)が下りる。枯れ葉が足元を過ぎる中で、アリサとすずかはベンチに座っていた。

 

「遊んだわ……でも、映画二本は流石に無謀だったわね」

「だから、止めたほうがいいよって言ったのに」

 

 あの後アリサとすずかは、これでもかと言わんばかりに遊びまくった。

 ショッピング(タカトのお金で)に始まりゲームセンター(ここもタカトのお金で)をはしごして。気になっていた映画を続けて二本も見た(更にタカトのお金で)。

 もはや、中のタカトは『好きにしろ。もー知らん』と言っていたので、お言葉に存分に甘えた形である。

 そして、夕食を食べて今に至ると言う訳だ。殆どデートである。

 まぁ、女の子同士(?)で、そう呼ぶかどうかは分からないが、二人は存分に疲れ果てるまで遊んだ。

 

「……楽しかったね」

「うん、そうね……」

 

 すずかの言葉に、アリサは頷く。若干、力の無いその声は遊び倒した事による疲れか、それとも――この後の事を、理解していたのか。

 暫くして、アリサは立ち上がる。数歩前に歩いて、くるりとすずかに向き直った。

 

「……もう、時間だわ」

「……」

 

 アリサのそんな台詞に、すずかは無言。だが、その無言こそが何よりの意思表示であった。

 ……もう、終わりなんて嫌だと。また会えなくなるなんて嫌だと、そうすずかの態度は告げていた。

 

「あのね、すずか。私、ちゃんと伝えなきゃ行けない事があるの。……元々は、この為に身体を借りたんだしね」

「…………」

 

 すずかは変わらず無言。だが、今度は動きを見せた。首を振ったのだ、横へと。だけど、アリサは構わない。

 

「私ね。当分、身体には戻れないわ。今、戻る訳にはいかない」

「なんで」

 

 漸く。漸く、すずかは声を出した。なんでなのかと、問い掛ける声を。アリサは微笑する。

 

「理由はいろいろあるわ。今、身体に戻っても感染者のままだとか、身体がある場所が厄介だとか。でも、それは一番大切な事じゃないの」

 

 言いながら、アリサは自分の――タカトの胸へと右手を当てる。視線は変わらずに、すずかを見ながら。

 

「このバカを。今、放って置けない。……大切なモノを守るために、何もかもを捨てようとしているこのバカを、見捨てる事なんて出来ない」

「アリサ、ちゃん……?」

「ごめんね、すずか。でも、もう決めたの。このバカの――タカトの決意を聞いた、あの時から」

 

 ――もう、おそらくは長くない。残り僅かな時間。

 

 アリサは、その言葉を覚えている。大切な何かを守る為に何かを決めてしまった青年の言葉を。

 

 ――最後まで、この嘘を吐き通そうって決めたよ。

 

 その、優しい笑いを覚えている。どこまでも、どこまでも、孤高に、空を見上げながら優しく笑う、その姿を。

 

 ――怒るんだろうな。

 

 そして、自分の返答を。

 

 ――泣くと、思うわよ?

 

 アリサは覚えている。だから、決めたのだ。最後まで諦めずにタカトを止める事を。だって、そうじゃないと悲し過ぎる。

 他でも無い、それを悲しい事だと理解出来ないままのタカトが。

 

「だから、”今は”まだ戻れ無い。このバカの、世界をたった一人で背負った気でいるバカな考えをどうにかするまでは。だから――」

 

 待ってて。

 

 最後の言葉を聞いて、すずかは顔を上げる。アリサは微笑んでいた。どこまでも、清々しい表情で。

 

「必ず帰って来るから。絶対、帰って来るから! だから!」

 

 だから、待ってて。

 アリサの、まるで懇願にも似た言葉を聞いて、すずかはただ、アリサを見続ける。随分、長く時間が経ったように二人は黙ったまま見つめ合い。

 

「……うん」

 

 すずかの口から、ゆっくりと返事が零れた。そして、アリサを見つめる。優しい、瞳で。

 

「うん。待ってる。待ってる、よ。アリサちゃん」

 

 その瞳から涙も共に零れ落としながら、すずかは頷く。彼女もまた悟ったのだ。アリサが自分の意思でタカトの中に留まっている事に。そして、それを止めるなんて事は出来ない事に。

 アリサ自身が決めた事だ。それを何故、自分が止められるのか。

 でも、でも。それでも、寂しさは、どうしようも無くて。

 だけど、今にも口に出てしまいそうなそれを、すずかは必死に抑える。

 

「ずっと、待ってるから。ずっとずっと、待ってるから」

「……うん」

 

 アリサもまた何も言わない。親友だ。ずっと、ずっと一緒に居た親友だ。言いたい事なんて、分かってる。だからこそ、アリサは何も言わない。すずかが止めなかったようにアリサも何も言わない。

 見つめ合う二人の間を、風が通り過ぎる。アリサはゆっくりと目を閉じ、やがて開く。

 

「時間、だわ」

「……アリサ、ちゃん」

 

 分かっていた。分かっていたのだ。もう、この時間は終わりだと。それでも、溢れてくる感情はどうしようも無い。悲しみと言う感情は、どうしようも。

 アリサは微笑する。すずかが安心出来るように。

 

「大丈夫よ。あっちは、思ったより過ごしやすいもの。……たまにこのバカ殴ってるし。だから、だから――」

 

 声が、詰まる。ぐっと何もかも、弱音も悲しみも吐き出せてしまえば、どれだけ楽になるだろう。でも、アリサはそれを選ばない。

 きっと、すずかが悲しそうな顔をしてしまうから。そんな顔を見たくないから。

 

「ほら、すずか。笑って? 泣いて見送りなんて私は御免よ?」

「――――っ」

 

 その言葉に、すずかは一瞬だけ息を止め――何かを噛み締めるように頷くと、ゆっくりと笑って見せた。不器用な、そんな笑いを。アリサもまた笑顔を返す。

 

「うん。その顔が見たかったのよ。私が一番好きな、すずかの笑顔が」

「アリサちゃん……」

「ありがとう。すずか――また、ね?」

 

 そうして。アリサは、告げる事を告げるなり目を閉じて――変わった時と同じく、その身体が崩れ落ちた。が、完全に倒れる前にどうにか堪える。

 すっと立ち上がる佇まいは既にアリサのものでは無かった。伊織タカト。彼が再び身体に戻っていた。

 

「……俺を恨め」

 

 唐突にそんな事を、タカトはすずかに言う。

 今までの事も、アリサとすずかの会話も当然タカトは聞いていた。だから、彼はそう言う。そんな事しか、言えないから。

 

「俺は、彼女をお前に返す事なぞ出来ん。だから、恨め――」

「甘えないで」

 

 ぴしゃりと、すずかはタカトの台詞を切って言い放った。驚いたタカトが目を見開く。すずかは真っ直ぐにそんなタカトを見据えた。

 

「誰かに恨まれる事でしか、貴方は許しを請えないの?」

「……俺は、別に許される積もりなぞ――」

「なんで一言『ごめんなさい』って謝れないの!?」

 

 すずかの怒声が、公園に響く。タカトは動きを止めた。そんな彼にすずかはつかつか歩み寄り。

 

   −ぱん!−

 

 その頬を、思いっきり平手打ちにした。

 

「私は、貴方を絶対に許せない。何があろうとも、それは変わらない」

「…………」

「でも」

 

 ごしっと袖口で涙を拭う。そして、すずかは真っ直ぐにタカトを見据える。

 

「許そうって、努力する事は出来るの」

「……」

 

 すずかの台詞にタカトは何かを言おうとして、でも言わない。くっと呻きを一つだけ漏らして留まった。

 

「俺は謝るつもりは無い」

「……なんで?」

「俺は、俺が正しいと思う行動をしているからだ。そんな俺が、他者の犠牲を必要とあるならば認められる俺が、何故謝る事が出来る」

 

 謝る。タカトの選択肢にそれは無い。選べ無い。

 何故なら、それを容認すると言う事は、自分が間違っていると認める事になるから。今、自分がやっている事、全てを否定する事になるから。だから。

 

「俺は謝らない」

「そう。なら、私はずっと貴方を許さないよ? 許す努力もしない」

「それでいい」

 

 タカトはふっと笑う。それでいいのだと言いながら。すずかの言葉に、顔を綻ばせる。

 

「誰か一人くらいは、俺を許せない人間が居て欲しいと思っていた」

「……変わってるね? そんな風に思うなんて」

「ああ、そうだな」

 

 苦笑する。そして、タカトはすずかに背を向けた。もう用は無いとばかりに、笑いながら。

 

「では、さらばだ。絶対に俺を許せない女」

「うん、じゃあね。私が絶対に許せない人」

 

 二人は、互いの名を絶対に呼ばない。呼ばないままに二人はあっさりと別れた。

 許さない女は、許せない男を黙って見送る。

 そうして、男の姿は夜闇に消えた。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第四十四話中編でした。基本的に、なのは原作キャラはよっぽどの事が無い限り、人を恨まないよなーと。
そんな訳で、アリサを奪われた形となるすずかがタカトを許せないとなりました。
いや、タカトって酷い事やってて、それを許せない人は絶対にいるよ、てのがやりたかった訳ですなー。
では次回、後編をお楽しみにー。

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