魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「彼はあの時、どんな気持ちだったんだろう。泣いて、謝り続けていたシオン。告白されて、キスされて。私は、胸が痛かった。その光景を見て、呆然とするしかなくて。……そして、シオンの答えを知りたくて。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第四十四話「それでも、知りたくて」(前編)

 

《……と、まぁ。被害状況はこんな所だね》

 

 アースラ艦長、八神はやては伝えられたその言葉に頭を抱える。

 日本、海鳴市、月村家。そこで、彼女はその報告を受けたのだ。神庭シオンが叩き出した被害の有様を。隣にいる高町なのはや、フェイト・T・ハラオウンまでもが呆れたように苦笑していた。

 取り敢えず一息吐いて落ち着くと、ゆっくりと展開したウィンドウの中に居る叶トウヤと目を合わせた。

 彼は、相変わらずの微笑を浮かべてはやての言葉を待っている。

 一瞬、このまま黙ったままで居たら、彼がどんな表情をするか見たくなる衝動に駆られる。だがぐっと我慢し、漸くはやてはトウヤが話した報告の感想を告げた。

 

「……マジなんですか?」

《はっはっは……マジだよ》

 

 何故か『マジ』の部分だけ真顔でトウヤが疑問に答えてくれる。だからと言って報告の内容が変わる訳では無いのだが。トウヤは一つだけ苦笑すると、報告を繰り返した。

 

《昨日、夜だね。出雲市にある秋尊学園にて、シオンが単独で敵――例の、紫苑だね――と、無断で戦闘。その結果、秋尊学園は”完全に消滅”。結界は張られていたようだがね。それも完膚無きまでに破壊されていたので、意味が無い……つまりは》

「……修復は一切出来ないって訳やね」

 

 自分で末尾を告げて、自分の頭が痛くなる事をはやては自覚する。何を、どうやったらそんな被害が出せるのだ。

 ……いや、Sランク以上の集束砲撃辺りならば結界破壊も含めて不可能では無い。……それが、瓦礫の山を作ると言う意味ならば。

 はやて達が引っ掛かったのは”完全に消滅”と言う部分である。事件前と後の静止画を見せて貰ったが、とてもでは無いがそこに学園が建っていたとは想像も出来ない破壊っぷりであった。

 何せ、”本気で何も残っていない”。

 ただすり鉢状に抉られた地面と、基礎だけが覗いているだけと言った状態なのだ。瓦礫すらも消滅させたと言う事か。

 まだ消え去った学園跡地の静止画を見て考え込むはやて達に、トウヤは微笑する。

 

《今回は運が良かった方だね。正直な所、魔力量を検知した時は、完全にアウトだと思ったモノだよ》

「……? それは、どう言う事ですか……?」

 

 トウヤの台詞に何か感じるものがあったのかフェイトが怪訝そうな顔で尋ねる。はやてや、なのはも似たような顔をしていた。そんな一同の反応に、トウヤはまた苦笑する。

 

《百聞は一見に如かずだね。これが検知した魔力量から推定された、シオンが放った技のランクだよ》

 

 そう告げると、同時にウィンドウ横に更に小さいウィンドウが展開。当時発生した魔力量のデータと、推定される威力ランクがそこには載っており――三人は、それを見ると同時に硬直した。

 

 ……これは、なんだ?

 

 はやてがそれを見ながら顔を強張らせつつも、トウヤに向き直る。

 

「……えっと、やな。何かの冗談?」

《はっはっは……マジだよ》

 

 そんなはやてに、先程と寸分違わぬ台詞が放たれる。それを聞くなり、三人の顔は尚の事引き攣った。

 三人が注視した、ウィンドウにはこう書かれてあったから。

 推定威力ランク、SSS++++――と。

 硬直する三人に、トウヤは更に説明を続ける。

 

《どうやら、あの大馬鹿は最初から制御を諦めて集束させなかったようでね? 逆に言えばそれで助かったと言える。どうも、発生した破壊力が爆発と共に全て真上に向かったようだね。それが幸いしたよ。そうでなければ恐らくは”北半球が壊滅している”。……ちなみに、控え目な被害予測でだがね》

「「「…………」」」

 

 苦笑しながら告げるトウヤの説明に、三人は漸く硬直から脱出。三人一緒に一つだけ息を吐いた。

 そうして苦笑し続けるトウヤへと姿勢を正す。彼女達がショックから脱っしたのを見計らって、トウヤは説明を続けた。

 

《とにもかくにも学園側にはウチの方で説明、補償、再築する事で事態は解決したので安心してくれたまえ。元々魔法にも理解のある学園だったし、グノーシスの資本で建てられた学園なのでそこは問題無い。後、大馬鹿については当分ナノ・リアクターの空が無いので『月夜』に入院させておくよ。……こんな所かね》

「……じゃあ、私達もシオン君のお見舞いに――」

《そうだね。君達のデバイス、武装もメンテ完了したので。それの受け取りも兼ねて来るといい》

 

 なのはが頷きながら告げた言葉に、トウヤもまた頷く。そして、三人に向かい微笑した。

 

《それと、代艦の用意も整えてある。見に来るといい。ついでに例の件も解答をくれると助かるね》

「……そうですね。了解や、なら後でそちらに行きます」

《うむ……ではね》

 

 はやての返答に頷いて、トウヤは微笑を浮かべたまま通信を切った。ウィンドウが閉まるのと一緒に、三人は目を合わせて苦笑する。

 

「……トウヤさん、ちょっと怒ってたね?」

「そやなー。地球に来る前くらいに怒っとったかもしれんね」

 

 思わず強襲戦の時にシオンを殴りまくったトウヤを思い出す。あの時程では無いが、今話していただけでも分かる程にトウヤは怒っていた。

 ……終始朗らかだったが、目が全然笑っていなかったのだ。

 基本的には穏やかな性格故に、怒らせると非常に怖いのがあの異母兄弟達の数少ない共通した部分とも言える。

 三人は見合わせて、一つだけ息を吐くと座っていたソファーから立ち上がる。正面に立つ月村家メイドのノエル・K・エーアリヒカイトと、ファリン・K・エーアリヒカイトに一礼した。

 

「すみません。ノエルさん、ファリンさん、上がらせて貰ったのに、何も出来ないで……」

「いえ、こちらこそ。申し訳ありません。折角来て頂いたのですが――」

 

 なのはが目を伏せるようにして告げた言葉に、ノエルも頭を下げる。そして、視線を横に向けた。その方向には、主である月村すずかの部屋があった。

 ファリンも、なのはも、フェイトも、はやても、そちらを向くなり顔を曇らせる。

 そこに閉じ篭っている、部屋の主を想って。

 三人が月村家の屋敷に来たのは、彼女達の親友であるアリサ・バニングスが伊織タカトに意識不明にされて以来、塞ぎ込んでいるすずかに会いに来たのだ。……結局、すずかが部屋から出て来る事は無く、会う事は叶わなかったのだが。

 あれから一月程、すずかは殆ど引き篭りに近い状態であるらしい。なのは達が家に来ても、顔を出さない程だ。それがどれほどの事態なのか、分かろうと言うものだった。

 ノエルが三人に向き直るのに従って、一同も視線を戻す。そして、メイド二人は改めて頭を下げた。

 

「なのは様、フェイト様、はやて様、お越し下さったのに申し訳ありませんでした。今日はこれで……」

「……ごめんね。なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん」

「いえ、こっちこそ。役に立てないですみません……また、来ますね」

 

 三人もまた頭を下げると、名残惜しそうに退室した。

 ……部屋に居る筈の、すずかを想って。でも、どうしようもなくて。

 

 月村家を後にした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「私、思うんだ。シオン、ケガは本人が治すものだって」

 

 ……俺も、そうは思う。

 

「でね? やっぱりケガを早く治したいなら体力つけなきゃって思うの」

 

 ……それについても、まぁ、同意しよう。

 

「と、言う訳で病院食じゃあ味気無いかもって思って、私、回復メニューて言うの作って来たんだけど」

 

 納得いかんのは、そこだ……!

 

 グノーシス月本部『月夜』。施設内の医療部にある病室に、ミイラ男よろしく包帯でぐるぐる巻きにされた神庭シオンは激しく内心で叫ぶ。

 紫苑との戦いの後、眠るように意識を失ったシオンが、次に目を覚ましたのはこの病室のベッドの上だった。

 ……怪我の内容は『よく死ななかったね?』と真剣な顔で聞かれる状態であり、命に別状は無いものの、当分の間――ナノ・リアクターの空が出るまでだが――間は、こうしてベッドから立ち上がる事も叶わ無い状態であった。……特に、首のギプスと頬に貼られたシップが最悪だ。それに輪を掛けて最悪なのが。

 

 ……くそ……! 一時的なショックで声が出せないだぁ……!?

 

 呻くようにそう思いながら、シオンはいらいらと歯噛みする。あの大爆発のど真ん中に居たのが災いしたか、シオンは声が全く出せない状態であった。

 ……あの爆発の中に巻き込まれたのだ。紫苑と同じ運命を辿らなかっただけマシかもしれない。それにプラスして、天砕きを無理矢理行使した代償か、魔力枯渇状態に陥り、念話すらも出来ない状況だった。

 つまりそれは、他者に自分の意思を伝える方法が無い事を意味する。

 それでも病室は快適だったし、細かい事は気にしなければさほど悪い環境では無い。所詮はナノ・リアクターの空が出来るまでの療養生活である。

 前向きに休暇と考えればいい……シオンも、起きた時はそう思っていた。だが。

 目の前の現実から逃れるように、シオンは周りを見渡す。一人部屋の病室にしては中々に広い病室である。

 そして今、ベッドの横にはスバル・ナカジマとティアナ・ランスターが詰めるように座っていた。

 ティアナは、ベッドの横に陣取り家から持って来たのか何やらごっつい本を読んでいる。そして、スバルはと言うと――。

 

「で、でね? これが作って来た回復メニューなんだけど……」

 

 言いながら、スバルが深皿に入れられたスープ……”らしきもの”を差し出していた。現実逃避はやめて、シオンは生唾を飲み、それを見る――ピンク色のスープを。

 何をどうやったら、こんな毒々しい色合いのスープが出来るのか真剣に考えるが、答えが出ない。

 そんな風に差し出された深皿を受け取るのを躊躇うシオンに、それだけを見るなら非常に可愛いらしく顔を赤らめ、おずおずとスバルは更に説明を続ける。

 

「とりあえず、”一撃必倒”シチューって。名付けたよ」

 

 ……一撃、必倒……?

 

 何を一撃必倒するのかと、シオンが細かく震える。そんなシオンに気付いたのか、慌ててスバルは手を振った。

 

「ち、違うよ? 悪い病気を一撃必倒って意味だよ!」

 

 ……俺、怪我人なんだけど。

 

「試しにケガが治った黒鋼さんに飲ませてみたら、あっと言う間に元気になって『これなら、どんなモノも一撃必倒だ』って。保証してくれたし」

 

 ……それに俺が含まれているか否かが問題だ。

 

 ちなみに、シオンが知るよしも無いが、刃は味見の直後、痙攣を起こしながら意識を失い、再び医療部に叩き込まれていたりする。

 そんな事を露とも知らず、シオンは内心で悪友に呪いの言葉を吐き続けた。まぁ、あまり意味は無いのだが。

 シオンはとにかく助かりたい一心で隣のティアナに視線を向ける。だが、彼女は素知らぬ顔でこちらを一切見ない。視線に気付いていない筈は無いのに、だ。あからさまな無視に、シオンはゲンナリとする。

 何故か朝来てからティアナは機嫌が悪い。そのわりにはベッドから離れようともせず、張り付いたままなのだが。

 ……それを言うなら、スバルもおかしい。何故、いきなり料理なぞ作って来たのか。それに、いつもの強引さが微妙に足りない。遠慮と言うか、そう言ったものをシオンはスバルの態度に感じていた。

 それでも頑なに深皿を引っ込めずに差し出しているスバルに戦慄しつつ、まさか拒否する訳にもいかずにシオンは深皿を受け取ろうとして――。

 

「よ――――っすや! シオン! 元気しとるか――!」

 

 突如、馬鹿が病室に突っ込んで来た。本田ウィル。シオンの幼なじみである悪友が。

 どうもナノ・リアクターで回復したらしく、怪我は治っているようだった。

 呆れたように見るシオンへとびしっとサムズアップしてウィルは笑いながら近付いて来る。

 

「やー。ようやっとワイが復活したっちゅうのに、今度はお前が怪我するなんてな――全く、間抜けやなぁ、アホシオンは」

 

 ……誰がアホか、誰が。

 

 ウィルの台詞に、じと目で睨むシオン。だが、声も念話も出せない状況では何の罵声も出せない。言われっぱなしである。

 ベッドの上で苛々と自分を睨むシオンに、ウィルが笑う。更に続けてシオンに何かを言おうとして。

 

「お? なんやそれ?」

 

 目敏く、シオンが手に持つ深皿に気付いた。スバルがウィルのそんな台詞に若干慌てる。

 

「えっと。それ、私がシオンに作ってきた――」

「な、なぬ!? ならこれ、スバルちゃんの手作り料理かい!?」

 

 そんなスバルの様子にみなまで言わせずに、ウィルは大仰に驚いて見せる。シオンは、こいつテンションやたらと高ぇなぁと、変わらず呆れたように見る、と。いきなりウィルがシオンを睨んだかと思うと、深皿をさっと奪い去った。

 

「くぅ〜〜〜〜! 手作り! テヅクリ! Tedukuri……!? ええぃ! お前なんぞに飲ませてたまるかい! ワイが飲んだる!」

 

 あ……。

 

 叫ぶなり、止める間も無く、ウィルは一撃必倒シチューをぐぃっと一気飲みして――そのまま、豪快に顔からぶっ倒れた。

 

 …………。

 

 更に床を爪で引っ掻くように掻きむしり、小刻みに震える。……暫く沈黙した後、ウィルはゆっくりと立ち上がり、再びのサムズ・アップをスバルに向けた。

 

「……強い。過ぎる味やったで、スバルちゃん……」

「本当? いきなり倒れちゃったからビックリしたけど、なら良かったよ!」

 

 ウィルの台詞に無邪気に喜ぶスバルだが、シオンは顔を横に振る。

 ウィルは『美味い』ではなく『強い』と言ったのだ。決して、料理に使う形容詞では無い。

 ……よくよく見れば、ウィルの瞳は虚ろになり全身がまだ震え続けている。どう考えても、正常な状態では無った。

 やがてウィルは、段々と青くなっていく顔色を悟られまいと隠すようにして、後ろに下がって行く。

 

「……ほ、ほんならワイはこの辺で、シオン、はよう元気になりや……」

「え? 折角だし。ゆっくりすれば――」

「いや! ええねん! よく考えれば、まだトウヤさんに報告しとらんかったし! そんじゃあ! お大事にな〜〜」

 

 一方的に告げるだけ告げて、ウィルは即座に病室を出た。扉が閉まり――。

 

『が、がはっ……!』

 

『きゃあぁあああ!? ウィル! あんた、どうしたの!?』

 

『か、カスミか……? も、もうワイは駄目かもしれへん……!』

 

『そ、そんな……! 何があったの!?』

 

『お、漢(おとこ)の責務を、果たしただけやで……ぐ、ぐふぅ!』

 

『う、ウィル!?』

 

『ふ……こんな事になるんなら、もうちょっと素直になれば良かったかもしれ、へ、ん、な……』

 

『だ、駄目!? 死なないで!』

 

『スマンな……カスミ……ガク』

 

『ウィル〜〜〜〜〜〜!?』

 

 ……何やら扉の向こうでドラマが展開されていたような声と共に、ドタバタと音が鳴り、がてシーンと静まり返った。

 ここにまた一人、漢が散った……。

 シオンは亡き(?)友を思い、涙を流す。

 

 ウィル……! お前の犠牲は無駄にはしない……! 俺は一人で幸せになるからな……。

 

 そんな友達甲斐が無い事をシオンが心の中で叫んでいると。

 

「……あれ、シオンのだったのになぁ……」

 

 スバルが若干不満そうに顔を曇らせて言う。シオンの代わりにウィルが全部一撃必倒シチューを飲んだ為だ。

 シオンからすれば、ウィルナイスと言った所だが、スバルはそうもいかないだろう。

 声が出せないので慰める事も出来ないが、態度で示す必要はある。そう思い、スバルの肩に手を置こうとして。

 

「でも、オカワリいっぱいあるから大丈夫だよね♪」

 

    −ぴしり−

 

 シオンはその言葉に、完全に凍り付いた。ぎりっぎりっと首を横に向ける。そこには――。

 

「よいしょっと♪」

 

 どすんっと凄まじい大きさの”寸胴鍋”が、そこには鎮座していた。

 見るからに巨大な、ヒト一人が楽に入れるレベルの鍋である。

 中身は……今更確認するまでも無い、一撃必倒シチューであろう。

 一体、何十人前分の量を用意したと言うのか。

 にこやかに笑うスバルに、心底恐怖しながらシオンは引き攣った笑いしか出来ない。

 

「シオン、結構食べる方だから一杯作って来たんだ♪ 多分、私が食べるくらいに用意したら大丈夫かなって思って」

 

 ……その優しい心遣いが、ニクイ……!

 

 善意の悪行とは、よく言ったものである。内心ひたすら涙を流すシオンに、新しく深皿を用意して一撃必倒シチューを注いでいく。

 そして再び、シオンの前にそれが用意された。

 何故か、貝殻(渦を巻いた、かなり大きな)が入っているのはツッコマ無い方がいいのだろう。思わず、ウィルが倒れた光景が頭を過ぎる、

 

 うぅ……。

 

 自然に涙は瞳から零れ落ちた。先に逝った(?)友に今すぐ俺も逝くよと告げ、しくしくと泣きながら一撃必倒シチューをスプーンで掻き交ぜる。

 ……こう言う時に限って、いつもは患者に余計な食事を与えないで下さいと、小煩い事を言う看護人も現れ無い。すでに、退路も尽きた。

 

「泣く程喜んでくれるなんて、嬉しいな♪ 貝殻も食べてね?」

 

 ……こいつ、わざとやっとるんじゃあるまいな……。

 

 内心そんな疑念が頭を過ぎるが、わざわざ作ってくれたものを捨てる訳にも行かない。覚悟を決めて、スプーンで掬った一撃必倒シチューをシオンは口に運び――数十分後、シオンはやたら綺麗な川がある野原(菊の花)で、刃とウィルに再会したと言う。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……すごかったわね〜〜」

 

 病室で、初めてティアナが口を開く。その横で、シオンはプルプル小鹿のように震えながら、聞いたその台詞にギロリと横を睨んだ。

 

「……なにが、ずごいっでんだ……!」

 

 しゃがれ声で、苦悶の喘ぎを漏らしながらシオンがティアナに声を発する。声は、一撃必倒シチューのあまりの威力――そうとしか表現のしようが無い――で、しゃがれ声ではあるが、復活していた。

 そんなシオンに、ティアナはため息を吐く。

 

「まさか白目剥いて倒れるとは思わ無かったわね。すぐに復活した後も、部屋を二十周は駆け回ったでしょ?」

「……あまりの威力にな……スバルは何処行った!?」

「あんたがベッドで痙攣した段階で長い用になるとか言って足早に出て行ったわよ」

「ぢ、ぢぐしょう……!」

 

 一言文句を言おうと、少なくとも嘘を吐くよりかはいい。まぁ、言おうとしたのだが、早々に逃げたらしい。シオンはため息を吐いて、ベッドに突っ伏す。

 ティアナはそんなシオンを見下ろしてぽつりと呟いた。

 

「ちなみに明日は全力全”壊”ミートローフだそうよ?」

「いらんわ!」

 

 シオン、魂の叫びであった。そのままぐったりとベッドに寝そべるシオンに、相変わらず冷たい視線をティアナは送り、次にその横の”空”となった寸胴鍋へと視線を移した。

 

 ……文句言うくらいなら全部食べなきゃいいのに。

 

 ぽつりと胸中、そう思う。残すよりかは大分マシなのだが、そこら辺はシオンの性格故だろう。

 きっぱりと正直に味に対して文句はつけるだろうが、残さず食べるのは。

 そんな風にティアナに見られるシオンは、もう一度ため息を吐くと、頬に張られた湿布をぺりぺり剥がす。そして自分をじっと見遣るティアナに視線を向けた。

 

「……何か、聞きたいって顔だな?」

「そうね。あんたの昔話とか、あの紫苑の事だとか聞きたいけど……今はもっと聞きたい事があるわね」

 

 さらりと告げた台詞に、思わずシオンはきょとんと疑問符を浮かべる。

 てっきり紫苑の事もあったので、昔の事を聞きたいと思っていたのだ。ティアナや、スバル。エリオ、キャロも気にしていた筈だ。それが、何故――?

 そうシオンが思っていると、ティアナは一つだけ大きく息を吐いた。

 何かを言おうとして、でも、やめる。

 聞きたい。けど、聞きたくない。そんな矛盾した感覚をシオンはティアナに覚えた。

 そして、もう一つだけ息を吸うと、ティアナは、ゆっくりと爆弾を落とす。

 聞きたかった事を、シオンを真っ直ぐに見据えて、告げた。

 

「あんた、みもりに何て返事するの?」

 

 ――空気が、先程とは全く違う意味で凍った。

 目を大きく見開いて硬直するシオンが、我を取り戻す前に、ティアナは目を伏せて続きを話す。

 

「……ごめん。盗み聞きするつもりなんて無かったけど、あの時、みもりの告白聞いちゃったわ」

「…………」

「あんたと、みもりのキスも見た」

 

 沈黙し続けるシオンに、ティアナは続けざまに言い放つ。暫く二人は見つめ合ったまま固まり、やがてシオンが息を大きく吐いた。

 

「お前が見たって事は、スバルもか?」

「……うん」

 

 ティアナの消え入りそうな小さな答えに、そうかと一つだけ答え、シオンはベッドに身を再び倒した。

 これで漸く、シオンも合点がいった。二人がおかしかった理由が分かったのだ。

 くしゃりと頭をかいて、天井を見る。そのままシオンはティアナへと口を開いた。

 

「……ん。俺は、みもりとキスした。告白も、された」

「…………」

 

 事実を確かめるようにシオンが告げると、ティアナの顔が歪む。彼自身が言った事に少なからずショックを受けたのだ。

 そんなティアナを静かに見据えて、シオンは苦笑した。

 

「まさか、好かれてるなんて思わんかった」

「……あんた、それ本気で言ってんの?」

 

 シオンの台詞に思わずティアナは呆れた声を出した。シオンは、さも心外そうな顔となる。

 

「恨まれこそすれ、好かれてるなんて思わなかったんだよ。それ相応の真似をしたんでな……仲良くしてくれてるのも、純粋に善意だと思ってたんだ」

「……まぁ、あんたが何したのかはあえて聞かないけど。純粋な善意だけで、あそこまで慕うとか本気で思ってたの、あんた……?」

「ま、まぁな……」

 

 じと目で睨まれて、シオンはバツが悪そうに明後日の方向に視線を送る。そんなシオンにティアナは再びため息を吐いた。

 あそこまで想われておいて、全く気付かないなんてどれだけ鈍感なのかと。

 

 この分じゃあ、直接言わない限り絶対気付かないわね、こいつ……。

 

 いっそここで自分の気持ちを突き付けたくなる思いに捕われるが、頭を振ってそんな想いを追い出す。こんな勢いで告白したく無い。ちゃんと、考えて想いを伝えたい――そう、思ったから。

 でも……シオンはどうみもりに応えるのか、それが気になって気になって仕方無かった。

 ……シオンの想いが、気になって仕方が無かった。

 だから、ティアナは再び問う。それが卑怯だと分かっていながら。

 

「シオン、さっきの答えてくれる?」

「俺はまだ、みもりに自分の答えを言って無いんだぞ?」

「……それも、分かってる。自分がどんな事聞いてるのか、知ってる。――でも……」

 

 

 

 

 ――聞きたい、の。

 

 

 

 

 それがたった一つの答え。ティアナの違う事が無い想い。

 だから、彼女は真っ直ぐにシオンを見つめて、それを告げた。シオンは、ティアナの言葉に暫く黙り込む。

 そのまま数分程、時間が経ち、そして――。

 

「俺は、俺のみもりへの、答えは――」

 

 シオンも真っ直ぐにティアナを見つめて、自分の答えを、ティアナに告げる。

 その答えに、ティアナの瞳が震えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 自室でカーテンから射す光を、彼女は目を細めて静かに見る。

 月村すずか。彼女が。

 彼女は、一ヶ月近く前からこうして部屋に閉じこもっていた。

 親友である、アリサ・バニングスが目の前で意識不明にされてから、ずっと。

 こんな風に閉じこもっていても、彼女の意識は回復しない――でも、なら外に出たとして、何が出来ると言うのか。

 アリサの意識を回復させる方法は、管理局の人も分からないらしい。生命反応等は、普通なのだ。

 なのに、”何かが無くなってしまった”かのようにアリサは意識を取り戻さない。正確には、”彼”に襲われた、皆が。

 ――666。

 すずかも見た、あの黒づくめの青年。

 何故、彼がアリサを襲ったのか、何故、アリサを意識不明にしたのか。

 分からない事は山ほどある。だが、一つだけ確かな事があった。

 自分は、彼を絶対に許せ無い。それだけは確かだった。生まれて二十年間。ここまで、人を憎く思った事は無い。そんな自分が嫌になって、すずかは部屋に閉じこもったのだ。

 心配してくれる姉や義兄、メイドの姉妹にも、極力顔を合わせ無いようにした。こんな、顔を見せたく無い。そう思ったから。

 特に、なのは達には会いたく無かった。

 ――彼女達のせいじゃないと分かっているのに、彼女達に何を言ってしまうか自分でも分からなかったのである。

 なんで、アリサがまだ意識を回復出来ないのか、それを問い詰めてしまいそうで、そんな自分が嫌で。

 だから、彼女達が来てくれた時も、部屋に閉じこもり続けた。そして、彼女達が帰ったと分かると、今度は自己嫌悪で潰れそうになった。

 友達が来てくれたのに、会うのも嫌がるなんて。そう、思ってしまって。

 そんな自分が、また嫌になって。でも、でも――。

 繰り返される悪循環。

 これが、よく無い状況だと自分でも分かっている。それなのに、部屋から出る事に凄まじい躊躇がある。

 迷いが、あった。

 今日も、このまま部屋に居続ける事になるのか。そう思うと、更に気が重くなっていく。

 けど、どうしようも出来ない。出来る気が、しない。

 そんな風に、また気持ちが沈んで行く事を自覚して――。

 

「……ここか」

 

 ――声が、聞こえた。

 ひどく、抑揚に欠けた男性の声である。

 少なくとも、メイドのファリンや、ノエルの声では絶対に無い。

 まさか、泥棒か何かか?

 だが、その可能性は殆ど無い事にすずかは気付く。この屋敷は、義兄である高町恭也監修のトラップが山と仕掛けられていた筈である。一般人に潜り抜けられるようなモノでは決して無い。

 

 そう、一般人には!

 

    −撃!−

 

 すずかがそんな風に思っていると窓が――確か、防弾性の硝子だった筈だ――が、叩き割られた。

 窓を粉々に割りながら、突き出た拳。それに、すずかは妙に見覚えがある事に気付く。まるで、拘束具のように右手を縛りつけるそれに。

 

「邪魔をする」

「……!?」

 

 だが、そんな見覚えもすずかの中から吹き飛ぶ。割れた硝子を踏み割って、部屋の中に入って来た人を見たから。

 風が吹き、割れた窓から部屋の中に入る。カーテンがはためき、暗い室内に光が完全に射し込んだ。そして、彼を完全に映した。

 すずかに取って、最も許せない青年を。

 

「あ、なたは……!?」

「月村、すずか。だな?」

 

 そんなすずかの驚愕を知った事では無いとばかりに無視して彼は聞いて来る。

 666の名で呼ばれる青年、伊織タカトが。

 すずかは目を大きく見開きながらも、無意識に割れた硝子を握っていた。手を僅かに切り、血が流れるも構わない。

 震える手でタカトへと向ける。

 何故、彼がここに居るのか?

 何故、自分の名前を知っているのか?

 何故、何故、何故――。

 どうでもいい。

 頭を過ぎって行く疑問が一瞬で霧散する。

 聞きたいのは、言いたいのは、叫びたいのは!

 ……伝えたいのはそんな事では無い。

 彼に、すずかは言いたい事はたった一つだけ。だから、すずかは迷い無くそれを告げた。

 

「……返して」

「……?」

 

 告げた言葉に、無表情で彼は首を傾げる。すずかは構わない。彼の反応なんて、どうでもいい。ただ、言いたい事をぶちまける!

 

「アリサちゃんを、返して……!」

「成る程、な」

 

 タカトは、すずかの呻くようにして告げられた言葉に漸く合点がいったのか頷く。そのまますずかを静かに見据えて、それに答えた。無表情のままで。

 

「出来ん相談だ」

「っ――――!」

 

 直後、すずかの頭から何もかもが吹き飛んだ。硝子の破片を掴んだままタカトへと駆け出す!

 こんなもので、どうにかなるヒトでは無い。

 彼は、すずかの目の前で、少年から振るわれた刃を素手で受け止めていたような人間である。そんなヒトにこんなちっぽけな破片なぞ、取るに足らないモノでしか無い。勿論、それはすずか自身も含まれる。

 でも、もう止まらなかった。止まれる筈が無かった。だって、彼は奪ったのだから。

 アリサを、自分から。だから!

 そして、すずかはタカトへと突き進み――あっさりと、タカトの腹に硝子の破片は突き刺さった。

 

 ……え……?

 

 体当たりするかのように、抱き止められるかのような体勢となって、すずかは呆然とする。

 だが、現実は変わらない。自分が、タカトを刺したと言う現実は。

 

「……満足したか?」

「っ!? ひっ!」

 

 頭の上から、声が降って来る。変わらない、抑揚に欠けた声が。

 それに、自分がした事を悟ってすずかが悲鳴を上げる。だが、声は続けてそのまま降って来た。

 

「この程度では俺は死なん。だが、まだ気が済まんと言うなら気が済むまで刺せ」

「あ、う……!」

 

 手に持つ破片からは血が滴るようにして落ちる。それに、すずかは震える。そんな風に言われて、誰が続けて刺せると言うのか。

 タカトは変わらず、すずかに刺されたまま続ける。

 

「……どうした? 刺さんのか? ならば、こちらの用件を告げるとしよう」

「よ、うけん……?」

 

 呆然としたまま、震えながら、すずかはタカトの台詞を繰り返す。彼は、それに頷き。

 

「アリサ・バニングスからの伝言を、君に伝えに来た」

 

 その言葉を、ひどく淡々とタカトはすずかに告げた。

 風がカーテンを揺らす中、二人は抱き合うような形で、刺しながら、刺されながら。

 

 すずかはその言葉を聞いた。

 

 

(中編に続く)

 

 




はい、第四十四話前編です。日常回なのに、戦闘より緊張感あるとかどーいう事かと(笑)
久しぶりに登場のすずかもお楽しみに。ではではー。

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