魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「その存在は一体何なのだろう? 感染者と戦うたびに、俺はそう思う。因子――アポカリプス因子、彼らに懐かしさを覚えるのは何故なのか。俺はまだ、その意味を知らなかった。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第八話「精霊融合」

 

 時空管理局、管理内世界第三十世界。緑豊かな惑星が多数並ぶ世界である。その星の一つに、異形のオーガが立っていた。

 体中から黒い因子を溢れさせる彼等の思考はただ、喰らい、壊し、潰す事。ただそれだけしかない。いや、正確にはそれしか遺ってない、と言うべきか。

 そんな異形を前にして声が響いた。朗々とした声が。

 

「あんまり期待しちゃいねぇが……。一応、聞くのが俺の義務でな」

 

 異形に声が届く。だが、恐らく何を言われてるのか理解する事はないだろう。それでも声は続けた。

 

「ナンバー・オブ・ザ・ビーストを知ってるか?」

 

 声の主、神庭シオンは自らの所持デバイスであるイクスを肩に担いで問うた。その問いに対する異形は、ただ一つの返答を返す。

 

「RUGaaaaa――――――!」

 

 咆哮。それのみをただ異形は返した。

 

「やっぱ駄目か」

 

 そんな異形にシオンはげんなりとする。案の定と言うべきか。異形――この感染者に理性など期待出来なかった。

 

「えっと、シオン兄さん、もうあんまり時間掛けないほうが……」

 

 先程の会話からシオンの事をキャロ共ども、『兄さん』と呼ぶようになったエリオが、遠慮気味に言う。シオンは確かに、と呟いた。

 

「んじゃ一丁やるか。キャロ、補助頼む。エリオ、援護よろしくな」

「「はい!」」

 

 シオンの指示に、二人揃って頷いた。感染者との戦闘経験は、シオン以外にはスバルしかない。故に二人共、シオンの指示で動く事にしたのだ。

 

「基本的に致命傷を与えてもすぐに復活するから攻撃は一切緩めるな。例え半身潰してもお構いなく攻撃しかけて来やがるからな」

 

 その言葉に二人共再び頷くのを、シオンは確認する。その中で、素直な子達だなと、改めて思った。

 一瞬だけ目を閉じ、過去の自分を思い出した――苦笑する。だが、すぐにその顔は切れ味のある真顔に戻った。

 

「よし、行くぞ!」

「「はい!」」

 

 そして、シオンとエリオは異形へと一気に飛び込み、キャロは二人を補助すべく永唱を開始した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「アイゼン!」

 

 ヴィータが叫ぶ。その声に応じるように、所持デバイスであるグラーフアイゼンがカートリッジロードを行い、そして無骨な機械音声で叫び声を上げた。

 

【ギガントフォルム!】

 

 直後、グラーフアイゼンが質量、形状変化し、巨大な鎚――ギガントフォルムへと変化した。ヴィータはすかさず振りかぶる。と、同時にさらにカートリッジロード。

 グラーフアイゼンが倍に、そして、さらに倍に大きくなる。その大きさは今、対峙している異形のオーガを遥かに越えた。

 

「ギガント・シュラーク!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 轟天爆砕! 巨大化した鎚は、迷う事なく真っ直ぐに異形へと叩き込まれた。異形は、目の前で放たれた一撃を耐えようとしたのかプロテクションを展開する。

 しかし、その程度で止まる一撃では無い。寸秒も持たずに破砕され、直撃! ――だがヴィータはまだ止まらない。

 

「うぅりゃぁあぁぁぁっ!」

 

    −轟−

 

 何と、異形をグラーフアイゼンに張り付けたまま回転を開始する。異形は、砕かれた骨や肉を再生しながらそのまま持っていかれた。

 

「なのは、そっち飛ばすぞ!」

「うん、いいよ! ……行くよ、レイジングハート」

【はい、マスター!】

 

 空に待機するなのはへ呼び掛けたヴィータは、回転を停止。当然、グラーフアイゼンも止まるが、固定されていない異形は慣性の法則に逆らえず空へと放り投げられた。よほどの勢いだったのか、轟速で異形は空をかっ飛んで行き――次の瞬間、なのはの叫びが響き渡った。

 

「ディバイーン! バスタ――――!」

 

    −煌!−

 

 そして、鮮やかな桜色の光砲が放たれ、空を飛んで行く異形をぶち貫く。断末魔の悲鳴さえも残さずに、異形は塵と消えた。

 

「これで二体!」

 

 なのはとヴィータは頷き合う。隊長陣は最初の方こそ、感染者の再生力に戸惑い、手を焼かされた――のだが、流石と言うべきか、彼女達はすぐに対感染者へと対応ができるようになった。

 一体を撃破し、続けざまに二体目を撃破している。伊達に、Sランクオーバーの魔導師ではないと言う事か。

 

「はぁぁっ!」

 

 そしてラスト一体に、フェイトが迫る。亜音速で飛翔する彼女に気付いたのか、異形はフェイトへと振り返り、口を開けた。同時に口内から光が放たれる!

 

    −閃−

 

「っ!」

 

 唐突に放たれた光は、フェイトへと伸びる。しかし、彼女の姿はその瞬間に射線上から消えていた。

 ソニックムーブ。高速移動魔法を持って、完全に不意打ちだったのにも関わらず完全に躱してのけたのであった。

 

「砲撃……!」

「成る程、徐々に身体の機能を進化させている。戦いを長引かせれば長引かせる程、厄介になるな」

 

 回避機動を行いながら驚くフェイトに、シグナムの冷静な分析が飛ぶ。シグナムもまた。愛剣であるレヴァンティンを構えた。

 

「レヴァンティン!」

【エクスプロージョン!】

 

 カートリッジロード。続けて、シュランゲフォルムにレヴァンテインを変化させ、もう一度カートリッジロードを行う。魔力が一気に連結刃を走った。

 フェイトも続けざまに走って来る砲撃を躱しながら、シグナムと反対側に移動し、自身の周囲にスフィアを展開。光球は、雷球へと、やがて雷槍へ変化した。

 

「プラズマランサー……ファイア!」

 

    −迅!−

 

 迅雷疾駆! 放たれた雷槍は、異形へ即座に放たれた。異形は、飛来する雷槍をプロテクションでガードする――が、持たない。プロテクションはガラスのように割れ、そして異形を次々に刺し貫いた。さらに雷撃が異形の全身を叩く!

 

    −雷!−

 

「GAaaaaaa――――――!」

 

 刺し傷と、雷撃による痛みから、激怒し咆哮をあげる異形。だが、雷の効果か再生しつつも身体は動かない。その隙を見逃すライトニングの隊長、副隊長では無かった。

 

「バルディッシュ」

【ロードカートリッジ。トライデントスマッシャー、スタンバイ】

 

 フェイトが掲げた左手に環状の魔法陣が三連で展開。さらに、左掌の前に魔法陣が展開する。

 そしてフェイトとシグナムは、異形に断罪の一撃を叩き込むべく、それぞれの魔力を一気に開放した。

 

「飛龍――」

「トライデント――」

 

 朗々と響く処刑宣告。異形は未だ動けず、自らの処刑を告げる声を聞くしかない。

 

「一閃!」

「スマッシャー!」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

    −撃!−

 

 そして、前後から放たれたそれぞれの一撃は、異形の全身をくまなく寸断した後で雷砲が飲み込み、再生させる間もなく塵へと変えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 空高く響く咆哮、異形の咆哮だ。だが、それに一切構わず、ギンガ、ノーヴェがウィングロードとエアライナーを展開し、疾走する。

 

「はぁっ!」

「おりゃあっ!」

 

    −撃!−

 

 拳と蹴。両側から挟み込むように叩きこまれた打撃に、異形が吠える。苦痛の叫びだ。だが、異形の苦痛はまだ止まない。

 

「IS」

 

 異形を冷ややかな瞳で見据え、ディエチが他のメンバーより後方から自身の固有武装、イノーメスキャノンを構える。砲口からは、光が溢れ出ていた。既にチャージは完了している。そして、ディエチは迷わず引き金を引いた。

 

「ヘヴィバレル」

 

    −轟!−

 

 一撃が走る。その光は迷う事なく異形の頭部に直撃し、頭部をごっそりと消失させた。頭を失った異形が膝をつく。

 だが、そこから異形の頭部に黒い点が集まり始めた。

 再生。まるで最初っからそうであるかのように、異形は瞬時に復活を果たした。異形が天を仰ぎ、吠える。――しかし。

 

「悪いっスねー」

 

 その視線の先には、ウェンディがいた。固有武装、ライデングボードの砲は既に異形に向けられている――。

 

    −閃−

 

 砲から光弾は即座に放たれた。光弾はすっぽりと異形の口内に侵入する。

 しかし――それだけ。一瞬の間を置いて異形が再び吠えた。何も効果が無かったのか、異形はウェンディに向かって歩き出す。彼女に襲い掛かるつもりだ。しかし、ウェンディはにやりと笑った。

 

「……流石にそう何度も再生されたら対応ぐらい思い付くっスよ」

 

 ウェンディは呆れたように呟き、ライデングボードに乗ったままふよふよと下がる。それと同時に異形の動きがピタリと止まった。――体内で膨れ上がるエネルギーに気付いたのだろう。しかし、もう遅い。

 

「炸裂反応弾。これ使うのも久しぶりっスねー」

 

    −爆!−

 

 そう呟くと同時、腹から全身を膨らませ、異形が内部から爆裂する! 異形は、そのまま塵と化していった。

 

「さて、つぎつぎ――と」

 

 次の獲物を捜さんと、ウェンディはもう片方の異形へと視線を向ける。しかし、そこで嘆息した。

 

「なんだ、もう決着つきそうじゃないっスか」

 

 もう片方の異形と対峙していりのはチンクであった。しかし、ギンガ、ノーヴェ、ディエチの援護もあったのか、既に異形の躯は朽ちかけていた。それでもまだ再生しようとする――もちろん、そんな隙をチンクが見逃すはずがなかった。

 

「スティンガー」

 

 チンクがぽつりと呟くと、それに応じるように、異形の周辺に固有武装、スティンガーが何十、何百、何千と現れる。チンクは、固有武装であるスティンガーを転送して無数に呼び出す事が出来るのだ。チンクが左手を挙げ、下ろす――。

 

    −閃−

 

 異形に殺意の群集が殺到した。

 もはや朽ちかけた躯ではろくに動けず。また防御も出来ず、異形は全身を刺し貫かれた。異形が吠える――痛みに、そして怒りに。その苦痛を憎悪と化しチンクを睨みつける。

 しかし、チンクは異形に背を向け、既に終わっとばかりにスタスタとその場から離れた。同時に、指をパチリと鳴らす。

 

「IS、ランブルデトネイター」

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 直後、爆砕! 全身のスティンガーが一斉に爆裂し、異形の全身を飲み込んだ。苦痛の咆哮すらも爆炎に飲み込まれ、異形はその身を塵と化した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 管理内第三十世界。この世界の今居る星は、自然保護区として有名である。

 エリオ、キャロがJS事件後に就任した世界と同じく、また近いこの世界は近い世界だからか非常に似通っている部分があった。その森をスバルが駆ける。

 目差すは異形のオーガ。かつての――そして今また組んだパートナーと共に駆ける戦場に、不謹慎ながらもスバルは懐かしさを抱いていた。

 

《スバル! クロスシフトB、行くわよ!》

 

 ティアナから念話が放たれる。スバルもまた、笑顔で頷いた。

 

《うん!》

 

 一気に異形へとスバルは接近。異形もまた咆哮を上げ、迎撃せんと右の拳を固め、一撃を放つ。

 しかし、スバルはその一撃を難無くかい潜った――マッハキャリバーが叫ぶ。

 

【ウィングロード!】

 

 スバルは異形の足元からウィングロードを伸ばし、一気に駆け上がる。目指すは異形の頭!

 

「うおぉぉぉ!」

 

    −撃!−

 

 先程のお返しとばかりに、スバルが異形の顔面に一撃を見舞った。

 リボルバーナックルに包まれた右拳が叩き込まれる直前、異形は瞬時にプロテクションを展開。

 すんでで、スバルの拳は止まる。しかし、リボルバーナックルはそのままカートリッジロード。スピナーが激烈な回転を刻む。

 

    −破!−

 

 シールドクラッシュ。プロテクションを一気に打ち崩した。

 異形はその勢いでのけ反り、体勢を崩す――スバルは止まらない。その場で回転し、蹴りを放つ。右の蹴りが異形に叩き込まれた。だが、まだ止まらない。

 

【ショットガン・キャリバーシュート!】

 

    −撃−

 

 −撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 連続蹴り。マッハキャリバーが唸り、異形の頭頂から腹まで余す事なく蹴りを叩き込んでいく。さらに、その回転エネルギーを右手に還元。

 従来の威力を凌ぐリボルバーキャノンを、異形の顔面へ放つ!

 

【リボルバーマグナム。ロードカートリッジ!】

「打ち、貫け!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 一撃は異形の顔面を完全に捉え、首から先がすっ飛んだ。

 しかし、即座に再生開始。スバルはさらにウィングロードを展開し、異形から離脱した。

 

「ティア!」

 

 呼ぶ。パートナーの名前を。そして、ティアナはその呼び掛けに応える――その一撃を持って!

 

「クロスファイアー! シュ――――ト!」

 

    −閃−

 

    −裂!−

 

 叫びと共に放たれた合計二十五発の光弾は、空を切り異形に殺到。

 先程スバルにプロテクションを破られている為、防御は叶えられず。全身に光弾が撃ち込まれた。

 苦痛の叫びを挙げる異形。だがスバルも、またティアナもまだ止まらない。

 

「マッハキャリバー!」

【ウィングロード!】

 

 スバルは空から真下に堕ちるより早く駆け。

 

「クロスミラージュ。3rdモード!」

【ブレイズモード】

 

 ティアナはクロス・ミラージュを3rdモードの砲撃形態へと移行し、構える。チャージ開始。

 再生していく異形に、まずスバルが疾駆し、接近する。異形は空を仰ぎ、口を開いた。光が集まる。

 フェイトの時にも見せた砲撃だ。異形は迷わずそれをスバルへと放つ。

 

【プロテクション! トライシールド!】

 

    −壁−

 

 しかし、スバルはその砲撃を受け止めた。プロテクションとシールド、二重に展開した防御で砲撃を弾いてのける。

 そのままスバルは真っ直ぐ異形へと走った。砲撃を二つに裂きながらだ。根負けした方が負ける――。

 やがて砲撃が止まった。先に力尽きたのは、異形の方であった。そして既に、スバルは異形の鼻先へと到達していた。左手を掲げる。そこに灯るは、光球――。

 

「ディバイン……っ!」

 

 ――その光を、右の拳が撃ち抜く!

 

「ブレイカ――――!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 右の拳に全身を乗せ、その全身を魔力が覆った。それは拳から円錐状に広がり、一本の錐を思わせた。そして、まるで一本の矢の如くスバルは駆ける。

 ディバインバスターからの派生技。ディバインブレイカー。それが、”一直線”に向かう事を突き詰めた技の名であった。

 一撃は異形の顔面に叩き込まれ、抵抗を一切許さぬまま頭部から股間まで一気に引き裂き、スバルは地面に降り立った。残心。そのままの姿でスバルは固まる。

 異形はまだ倒れない。その状態から再生を行い、スバルに手を伸ばす。だが次の瞬間、ティアナの一撃が放たれた。

 

「ファントム! ブレイザー!」

 

    −煌!−

 

    −撃!−

 

 放たれるは、一直線に走る光砲! ティアナが放った砲撃は、迷う事なく異形の上半身へと走り、丸ごと飲み込んだ。その半身を灰にする。

 

 光が納まった頃にはもはや、異形は塵へと還って逝っていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 三つの戦場での決着がつき始めた頃。シオン達もまた、異形を相手に剣を振るっていた。

 

「神覇、弐ノ太刀」

 

 シオンがイクスを振りかぶる。異形との間合いは十メートル程。狙いは異業の右腕だ。

 魔力放出。螺旋を描くそれがイクスに纏う。

 

「剣牙!」

 

    −閃−

 

 振り下ろした先から帯状の魔力が斬撃の形を持って飛ぶ。

 刹那の速度を持って剣牙は異形へと到達し、あっさりと右腕を斬り飛ばした。

 だが、異形はお構いなしとばかりにシオンに突撃する。しかし、駆け出した先には魔法陣が展開されていた。

 

「アルケミックチェーン!」

 

    −縛−

 

 キャロがケリュケイオンに包まれた左手を掲げて叫ぶ。同時に魔法陣から鎖が召喚され、異形へと巻き付いた。なす術なく鎖に全身を捕われる。さらに、横からエリオが駆けた。

 

「ストラーダ!」

 

 エリオが愛槍に声を掛ける。ストラーダはそれに応える為に、カートリッジをロード。穂先の両側からブースターが迫り出した。2ndモード、デューゼンフォルムへと変化したのだ。

 そこから光が放出され、エリオはその身体ごと、異形に突貫する。

 異形は捕われた躯では防御も叶わず、その一撃を腹に受け、おまけとばかりに左腕を断たれる。

 腹と両腕を失った異形はしかし、まだその命を失わず、再生を開始した。

 

「チッ……!」

 

 シオンが舌打ちする。いくらなんでも、この異形は再生し過ぎていた。計七度に及ぶ致命傷を与えたが、今だ異形は動き続けているのである。

 

 ――まさか……。

 

 アースラでのブリーフィングで自分が言った事を思い出す。

 ――”死ななくなったら”。

 まさかなと一人ごち――直後、異形の再生が瞬時で成った。従来の速度を遥かに上回る再生に、エリオが驚愕する。

 

「再生が早い! それに……!」

 

 エリオが驚く理由。それは、異形の両腕にあった。

 再生した両腕には、まるで大剣のような鉤爪が備えられていたのである。

 近接特化に進化したのか。アポカリプス因子は、時としてこの様な進化を感染者に促す。

 

「シオン兄さん!」

「構えろ。……来るぞ」

 

    −破!−

 

 次の瞬間、異形を縛っていた鎖は散り散りに切り裂かれた。

 縛から解放された異形が吠える。そして、一気に駆け出した。その巨体に似合わぬ速度でエリオに接近する。

 

「くっ!」

 

 エリオは唐突に上がった異形の速度に呻き、しかし直ぐさまストラーダを横に薙いで迎撃しようとする。だが次の瞬間、異形の姿が目の前からかき消えた。

 

「な――。っ!?」

 

 一瞬にして見失った異形に目を剥いて驚き――同時に背中を走った悪寒にエリオは戦慄する。

 その背後には背を屈めて、五つの刃を振りかぶる異業が居た。回避、防御、共に間に合わない――!

 

「壱ノ太刀、絶影!」

 

    −閃−

 

    −戟!−

 

 殺意の刃が振り下ろされんとした、その瞬間。シオンが絶影をもって、エリオと異形の間に割り込んだ。

 放たれる鉤爪と、放たれるイクス。刃が交錯する――結果、異形はその左手と共に、鉤爪を失った。だがそこからまたもや瞬時に再生を始める。

 しかし、エリオもシオンもそのまま止まらない。

 

「お前は左! 俺は右だ!」

「はい!」

 

    −閃−

 

    −裂−

 

 二人は両側から挟み込むように同時攻撃を行う。さらにキャロからスピードブーストが掛けられた。

 二人の速度は異形を越え、異形は二人を捕らえられなくなる。

 その隙を縫って、エリオのストラーダが、シオンのイクスが両腕を斬り断った。エリオはそのまま異形の懐へ潜り込む。

 

「ストラーダ!」

【エクスプロージョン!】

 

 ストラーダが吠えると同時にカートリッジロード。3rdモード、ウンヴェッターフォルムに変化する。そして、エリオは迷わずストラーダを異形へと放った。

 

「雷光一閃!」

【ライトニングスラッシャー!】

 

    −閃−

 

    −雷!−

 

 雷を伴う斬撃が、異形の上半身と下半身を分かつ!

 さらに雷撃が走り、異形が苦痛の叫びを挙げた。

 そのままエリオは上空へ跳躍する――そして、異形は見た。イクスを振りかぶるシオンの姿を!

 シオンはエリオが一撃を放つと同時に、その後ろ五メートル程に移動し、次の技を用意していたのだ。

 

「跪け……!」

【フルドライブ!】

 

 にぃと凶悪な笑みを浮かべ、シオンは一撃を放つ!

 

「神覇参ノ太刀、双牙ァ!」

 

    −轟−

 

    −裂!−

 

 振り下ろされた刃を中心にして、地を駆ける二つの斬撃が放たれる。それは異形へとひた走り――シオンはまだ止まらない。

 

「壱ノ太刀、絶影!」

 

    −閃−

 

 叫び、一気に駆ける。瞬動を持ってしての疾駆は自分が放った双牙を追い抜き、それは同時攻撃となった。

 

    −斬!−

 

 双牙は右の膝を、絶影は左の太腿を斬り断った。異形が、シオンの放った言葉通り跪く。

 そしてシオンもまた、エリオを追うように空へと跳んだ。

 二人が”射線”から離れると同時に、キャロが自らの竜に一撃を命ずる。

 

「フリード、ブラストレイ!」

「Oooo!」

 

 既にその真なる姿を開放したフリードが、口を開く。そこには焔が集っていた。

 さらにキャロのケリュケイオンから威力ブーストがフリードかかる。

 一瞬だけ、キャロは目を閉じる。目の前の異形を悼むように、助けられない事を悔やむように。

 だが、見開いた目に浮かぶは覚悟。そして、一撃を迷わず命じた。

 

「ファイア!」

 

    −轟!−

 

 焔が走り、異形を丸ごと飲み込んだ。異形に叩き込まれた焔は、すぐに全身に回り、その身を焼く。

 苦悶の叫びを挙げる異形。だが、その躯はいまだ朽ちない。

 焔が消え、ボロボロになった躯を前へと押し出す。

 そこに、ギロチンの刃が放たれた。空へと駆けたエリオとシオンだ。

 シオンはエリオを追い越し、足場を形成。そこに着地し、イクスを野球のバットの様に振るう。刃を横にして。

 そしてエリオは器用に空中で身を捻らせ、一回転。振られたイクスに着地し、足場にした。――跳ぶ。目標は異形の首!

 

「「いっけぇぇぇ!!」」

 

 二人は叫び、シオンが振るったイクスとエリオ自身の跳躍により、その身はまるでミサイルのように空を駆け、地へと走った。そこにあるのは当然、異形の首!

 

    −斬!−

 

 次の瞬間、異形の首は跳ね。一瞬の間を置いて漸く塵と化していった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「全前線での感染者、沈黙しました」

 

 管制のシャーリーからの報告に、はやてはホッと安堵した。

 アースラ初任務。どうやら無事に終われそうである。

 

「駐留魔導師から、御礼の言葉と現場検証を行いたいとの要請がきてます。それと、魔導師隊の隊長から事情の説明と会談の申し込みが」

「……断る。って訳にはいかんね。了解や。なら私は地上に下りる。グリフィス君、後頼むな?」

「了解です。各前線メンバーはどうしましょう?」

「そやねー」

 

 頷きながら、はやては首を傾げて考える。現場検証に付き合う必要はあるだろう。なら前線メンバーからも数人残さねばならない。周辺警備等も考えると――。

 だが、思考するはやてにしかし、その思考全てを台なしにする音が鳴り響いた。それは、エマージェンシーコールだった。

 

「な……! シャーリー、どないしたん!?」

「そんな……」

 

 シャーリーの驚愕に満ちた声が響く。そして、呆然としたま、報告を行い。そして、その内容に、はやてもグリフィスも一気に顔を青ざめさせたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時はほんの少し戻る。シオンは地に倒れ伏した異形を見つめていた。

 それぞれのチームや管制からの念話を聞きながら、エリオはその様子を見る。

 

 ……何かあったのかな?

 

 先程からずっと見ているが、何かあるのか。そう思っていると、シオンから叫びが上がった。

 

「――違う!」

 

 その言葉にエリオは首を傾げ、シオンに声を掛けようとする。

 だが、その前にシオンはエリオに振り向くと、急にこちらに駆け出した。そして、エリオの襟首を捕まえるなり抱え上げる。

 

「シ……!」

「キャロ! 今すぐフリードに乗って空に上がれ!」

 

 襟首を掴まれて非難の声を上げようとするエリオだが、シオンはそれ以上の剣幕で吠える。

 

「急げ! 早く!」

 

 そして、またエリオも見た。シオンが見たものを。

 塵と化していきつつあった異形。その躯は、胴体しか残っておらず――しかし、どういう原理か”宙に浮いて”いた。

 エリオを抱えたままのシオンと、キャロを乗せたフリードが空に飛び上がったる。

 そして、その瞬間、それは起こった。

 

 宙に浮いた異形から黒い点が零れ落ちる――アポカリプス因子が!

 まるで滝のように溢れ落ち、地面に到達。そして、地面が黒く染まる。

 黒く染まった地面は一気に広がって行く――いや、地面だけでは無い。近場の木達も、異形を中心として一気に黒く染まる。

 エリオもキャロも、その光景を呆然と見ていた。

 

 異形の躯に大地が寄せ集まる。そして、オーガ種であったハズのそれは、漆黒の大地に繋がったまま三十メートル超の柱となり――続けて、そこから腕が生え、竜を模した頭が生えた。

 その顔は、竜の頭蓋骨を思わせた。さらに、大地で出来た躯が甲殻化する。

 ついに目に光が灯る。それを見て、シオンは呆然と呟いた。

 

「感染者は死ななくなった場合。周囲の無機物を取り込んで、さらにその形状を変化させる」

「シオン、兄さん?」

 

 エリオがシオンに呼びかける。何を言ってるのだろう、と。だがシオンは構わない。

 

「そして無機物に因子を感染させて、自らと繋がり、やがて星をも飲み込む」

 

 そこまで言われ、エリオはシオンが何を言わんとしているのかを察した。

 見るとキャロもまた理解したのだろう。顔から血の気が引いている。

 

「じ、じゃあ……あれが!?」

「最悪、だな。ああ、間違いない」

 

 シオンはエリオに頷き、そして大地と繋がって巨大化した異形を睨み付ける。

 異形が天を仰ぎ、咆哮する。産声。あまりにも汚れた産声を異形は放った。

 

「RAaaaaGaaa――――――――!」

 

 その産声を聞きながら、シオンはついにその名を呟く。

 

「感染者、第二段階だ」

 

 それは未だシオンにとっても、未知の存在であった。

 エリオもキャロも、そしてシオンも、大地を黒く汚して感染し続ける感染者を呆然と見る事しか出来なかった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラでも今、シオン達の目の前で起きた現象をモニターで見ていた。

 そして、エリオからの通信で間接的にシオンの声を聞いた。

 

「あれが……」

 

 グリフィスが呆然と呟く。その声に、はやては我を取り戻した。

 

「シャーリー! 今、どのくらいまで”感染”された!?」

「え? あ、はい! 今、感染者を中心として半径二kmが感染! さらに感染、広がってます!」

「――くっ! 駐留魔導師隊に連絡! 強装結界の展開を!」

 

 はやてが矢継ぎ早に指示を飛ばす。シャーリーは「了解」とだけ応えた。

 

「全前線メンバー、セイヴァー、ライトニング3、4と合流! 急いでや!」

 さらに、はやてから前線メンバーに指示が飛ぶ――だが。

 

《それはやめて下さい!》

 

 しかし、シオンから通信で拒絶された。唐突の言葉に、はやては一瞬だけ呆然とし、直ぐさま呼び掛ける。

 

「どう言う事なんや、シオン君!?」

 

 はやてから疑問符が飛ぶ。シオンはそれに、直ぐさま答えた。

 

《結界が展開されたら、感染者はまず間違いなく結界を破壊に掛かります。でもそれはさせたらいけない。だから、他のメンバーには結界の破壊を妨害して欲しいんです》

「なら、シオン君達はどうするんや」

 

 はやてが問う。感染者第二段階。もはや対策は、アースラのアルカンシェルか、隊長陣達の殲滅砲撃での一斉掃射くらいしかない。

 だが、今現場に残る三人ではどうしようもないのだ。なのに、どうしようと言うのか。

 

《策があります。成功するかどうかはわかりませんけど》

 

 そんなシオンの言葉に、はやてはくっと呻いた。

 ――シオンが言っている事は正しい。結界が破壊されてしまえば、因子による感染は、一気に広がるだろう。対処はより難しくなる。それに――。

 しかし、あの現場に残ると言うのはもはや無謀以外の何物でもない。半径二km以上の範囲の大地、”全て”が感染者そのものなのだ。シオン達は今、感染者の腹の中に居るのに等しい。

 

「成功の確率は?」

《……五分、がいい所です》

 

 五分、完全な賭けだ。それが失敗したら、彼等を失う事になる――。

 

「……駄目や。そんな危ない事、させられへん」

《はやて先生!》

 

 シオンから非難の声が上がる。それに、はやては首を振った。

 

《……ここにも人が大勢います。もし、結界が破られでもしたら犠牲になるのは住民なんですよ!》

「それは……」

 

 計算では、感染者から十km程離れ所に人里がある。今から避難を行っても、間に合うとは思えなかった。

 

《先生!》

 

 シオンが叫ぶ――はやては一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。覚悟を、決めなければならない。それを理解したから。

 

「……解った。でも、その策が失敗したら三人とも強制転送で移動してもうよ。後は、隊長陣での広域殲滅砲撃で感染者を倒す。異議はないな?」

《はい!》

 

 はやての言葉にシオンも、エリオ、キャロも頷いた。

 

「三人共、必ず、必ず帰ってくるんや。約束……出来るな?」

《はい、勿論です》

 

 三人の答えに、はやては頷く。そして、前線メンバーに指示を飛ばした。

 

「皆、聞いた通りや。感染者本体は、シオン君達に任す。皆は結界を破壊しようとする感染者の妨害を!」

《……了解!》

 

 なのはやフェイトは幾分迷ったみたいだが、すぐに了承の声が返ってきた。それを聞いて、はやても複雑な想いを吐息に含めて吐き出す。

 

「三人共、どうか無事で……」

 

 そして、ぽつりと呟く――作戦が始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「聞いての通りだ。二人共、準備はいいな?」

 

 空を飛ぶシオンの声に、エリオとキャロは頷く。それを見て、シオンはイクスを握り直した。

 

「まずは結界張るまでの時間稼ぎ。キャロ、プロテクション張れるな?」

「はい!」

「エリオ、お前はキャロの護衛だ。絶対守り切れ」

「分かりました!」

「……よし。俺はこれから囮になる。いいか? 俺達の敵は、今ここの大地全てだ。無茶はすんな? 後でどうせ無茶しなくちゃいけねぇんだからな」

 

 その言葉に、再度二人は頷いた。シオンも頷き返すと、第二段階に到達した異形へと視線を移す。

 

「よし、それじゃあ――行くぞ!」

 

 そして、シオンは宙を駆けた。同時にイクスを掲げる。

 

「イクス!」

【ブレイズフォーム】

 

 戦技変換。シオンの姿は黒から赤へ、イクスも大剣から大振りのナイフへと変化する。

 

「おぉおおおお――――!」

 

 急加速。一気にシオンは異形に向かって疾る。異形はそんなシオンに気付いたのだろう。シオンにぎょろりと視線を向けた。

 躯中から――否、その場の全てから触手が生え、シオンへと襲い掛かる!

 

    −寸−

 

「ちぃっ!」

 

 シオンは全周囲から襲い掛かって来た触手に舌打ちし、しかしブレイズフォームの速度を持って躱し、また斬り飛ばす。

 この形態は速度特化の形態だ。何せ、なのはからの全包囲射撃を凌ぐほどである。それに比べれば、触手のほうがまだしも回避しやすかった。

 だが、そんなシオンに業を煮やしたのか、触手の先端から目玉のようなものが迫り出す。そこから漆黒の光が生み出された。

 

「っ――! 砲撃っ!?」

 

    −轟−

 

 驚きに目を剥き、叫ぶと同時に、触手から光砲が放たれた。縦横無尽にだ。

 シオンは砲撃を辛くも回避する――。

 

 そして、エリオとキャロもまた、大地から生えた触手に襲われていた。

 近くの触手はエリオが斬り飛ばし、砲撃はキャロが防ぐ。だが。

 

「これじゃあ、キリがない!」

 

 触手を斬り伏せながら、エリオが叫ぶ。斬っても斬っても触手は生えてくるからだ。このままではこちらが先に倒れる。

 

「シオンお兄さん……」

 

 キャロが呟く。視線の先のシオンは、今最も危険な場所に居た。砲撃を躱し、触手を斬り裂く。空間への足場設置。そして、飛翔が出来るシオン以外は囮になれない。

 大地に足をつけたら、その時点で”喰われ”、感染する為だ。

 

「頑張って」

 

 シオンはその頃、感染者本体へと接近していた。

 砲撃、触手を回避しながらの接近は、シオン自身相当のリスクがあった。だが、接近せねば話しにならないのである。触手はあくまでも、こいつの端末でしかないのだから。

 

「くあッ!」

 

    −戟!−

 

 右のイクスを叩き付ける。しかし、そこにあるのはシールドだった――通らない。

 

 ――やっぱ、ブレイズフォームじゃ攻撃力は下がるか……。

 

 シオンは一人ごちる。ブレイズフォームはノーマルフォームと比べて格段に攻撃力が下がる。元々、スピード重視の姿だ。当たり前と言えば、当たり前ではあるのだが。

 

 ――やっぱ使わなきゃ駄目、か。

 

 それはシオンにとって禁じ手。完全に切り札だ。危険度も馬鹿にならない。しかし、それでも――。

 そう思っていると同時、ついに結界が展開された。

 

「よし!」

 

 シオンは歓声を挙げる。そして、エリオ達の元へと急後退した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 近くで触手が延びる。それを、エリオはすかさず斬り飛ばした。一体これで何本の触手を斬ったのか――荒い息で周りを見る。すると、まるでその隙をつくように触手がエリオ達の全周に現れた。殺到する――だが。

 

「シオン兄さん!」

 

    −斬−

 

 戻ってきたシオンがエリオに返答するが如く、触手に一撃を叩き込む!

 

「神覇壱ノ太刀、絶影連牙!」

 

 −斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬・斬−

 

 縦横無尽。シオンが放った双刀の絶影による連撃は、周りにある触手全てを切り伏せた。そのままエリオとキャロに振り向く。

 

「漸く、結界展開完了したな」

「はい……で、ここからどうするんです?」

 

 エリオが問う。シオンは確かに言ったのだ、策があると。シオンはその問いに頷いた。

 

「ん。俺が聞いた話しが本当ってのが前提条件なんだけどな。感染者第二段階。こいつには核ってのがあるらしいんだ。言わば心臓だな。こいつを潰せば、感染者はくたばる」

 

 他者からの受け売り――しかし、この事を教えてくれたのは、シオンが最も信頼”していた”人だ。故に、シオンは内容と裏腹に確信を持って答える。二人も黙って頷いた。

 

「でだ。その核に攻撃をしかけなきゃならないんだけど。どうにも向こうの防御性能が高くてな。俺の刃が通じねぇ」

 

 先程の一撃。シオンとしては、かなり本気で放った一撃である。だがシールドによってあっさり弾かれた。しかも、それが全身に及んでいると見るべきだ。

 

「どうするんです?」

「ま、防御は何とか崩せる。任せろ。……問題はその後だ」

 

 シオンは言いながらキャロを見る。キャロもまた、シオンに頷いた。

 

「奴の防御を突破した後、核を露出させなきゃいけない。キャロ、任せていいか?」

 

 出来るかどうかでは無い、やらなくてはならない。

 シオンの問いに、しかしキャロはしっかりと頷いてくれた。それに微笑を返してやる。

 

「最後はお前だエリオ。止め、任すぜ? 奴の核、ぶち貫いてやれ」

 

 エリオもまた力強く頷いた。シオンはしばし二人を見て――やがて、己が剣に目を移す。

 

「よし、んじゃ作戦開始だ。イクス?」

【本当に使うつもりか?】

 

 呼び掛けにイクスから来たのは問いであった。口調こそいつもの通りだが、そこには心配の色がある。しかし、シオンは柔らかな微笑を浮かべ、エリオとキャロを見る

 

「弟と妹が出来たんだ。ここで二人を守り抜けなきゃ、逆に後悔すんよ」

【そうか……。了解した、マスター】

 

 イクスの答えに、シオンは小声でサンキュっと返した。そして、目を閉じる。右の親指を口元に持って来て、皮膚を噛む――血が、流れた。

 

「シオン兄さん、何を!?」

「いいから、黙って見とけ」

 

 突然のシオンの行動にエリオが叫ぶ。しかし、シオンは構わず、永唱を始めた。

 

「契約の元、我が名、我が血を持って、今、汝の顕現を求めん。汝、世界をたゆたう者。汝、世界に遍く意思を広げる者。汝、常に我と共に在る隣人」

 

 しとどに流れる血をシオンはイクスごと握りしめた。そして、その拳の前後にカラバ式特有の魔法陣が顕れる。セフィロトの樹――そう、呼ばれる図形である。

 そこでキャロは気付いた。その術式は自分が使う術によく似ている事に。それは、つまり。

 

「召喚、術……?」

 

 呆然と呟くキャロに、やはりシオンは構わない。永唱に集中する。

 

「今、此処に汝を召喚する。汝が枝属は”雷”。汝が柱名は”ヴォルト”」

 

 そこまで永唱を唱えた――と同時、シオンの足場から巨大な魔法陣が広がる。

 そこから溢れ出した魔力粒子が周囲を照らした。

 光に感染者が気付いたか、再生した触手がシオンに向かって迫る。

 だが、フリードが即座に迎撃の焔を放ち、触手は余さず燃え尽きた。

 

 そして、ついに永唱が完了する。閉じた目が開かれる!

 

「来たれ。汝、雷の精霊。ヴォルトォ!」

 

 シオンの叫び――辺り一帯に響いた最後の永唱によって、”それ”は顕れた。

 巨大な雷が幾重にも重なり、球体となる。その球体に両側から目が現れた。

 

 精霊召喚。世界意思端末存在であり、”意思を持った概念”そのものたる精霊を呼び出す召喚術――それが、その名であった。

 キャロは現れた精霊に呆然とする。自分が使う召喚術とは、全く違う召喚術であったのだ。呆然ともしよう。

 シオンはそんなキャロの姿を見て微苦笑を一つ放つ。

 

「詳しい説明はまた後でな? 今は、時間がない――イクス!」

【了解。イクスカリバー全兵装(フルバレル)、全開放(フルオープン)、超過駆動(フルドライブ)、スタート】

 

 そして次の瞬間、ヴォルトの像が”ぶれた”。そして、そのままシオンと存在が重なっていき、完全に一つとなった。

 背より延びる剣翼から金色の魔力粒子が一気に放出され、辺りを包む。

 

 エリオとキャロは、シオンを見る。存在がもはや違っていた。ヒトと、これは呼んでいいのか? そんな疑問が浮かぶ程、今のシオンは神々しかった。

 シオンが呟く。自らの切り札の正体を――その能力の名を。

 

「精霊、融合!」

【スピリット・ユニゾン】

 

 精霊融合。シオンのアビリティースキルの一つであり、そして、切り札。

 カラバ式の思想である、セフィロトの樹。これは人間、天使、神様の身分階級を解りやすく十段階評価した図である。

 だが、この図には肝心の神様の事が書かれていない。神の領域にはヒトは行けない、と言う概念だ。

 ならばヒトを超えたならば? その一つの完成形がこれである。

 世界意思端末存在――概念の一角たる精霊。言わば神様の一部と融合する事により、ヒトを超える存在となる。

 世界の一部とはいえ、それと融合する事により、実質の魔力は無限。

 さらに限界反射、限界機動。ヒトが持つ限界を超える事を可能とする力。

 スキルランク:SSS+++。それが、シオンの精霊融合であった。

 

「シオン、お兄さん……」

「キャロ」

「は、はい!」

 

 唐突に呼ばれてキャロが飛び上がる。シオンは構わずに話した。

 

「この状態はもって三分。それ以上は無理だ。そして、三分が過ぎれば俺は力尽きる。だから、今の内にキャロも召喚を。……後は頼むぜ?」

 

 微笑と共に告げられたシオンの頼みに、キャロは「はい!」と変事を返す。

 シオンは頷きだけを返して、両のイクスを構えた。

 

「神庭シオン。推して――参る!」

 

    −閃−

 

 シオンが残像現象すら起こしながら、飛翔開始。感染者は即座に、迎撃の触手を延ばし――。

 

    −斬−

 

 ――だが、その全てが一瞬で斬り伏せられた。

 凄まじい速度である。もはや知覚不可能な領域だ。

 触手を斬り伏せ、感染者に到達。シオンは迷わず右のイクスを振り放った。

 

    −閃!−

 

    −裂!−

 

 右の斬撃は、シールドも甲殻も紙の如く切り裂く。威力も桁違いに跳ね上がっていた。感染者が吠え、躯中から触手を伸ばし、全周からシオンを襲い――しかし、彼はもはやそこにはいない。

 

 右、左、背中、顎、腹、胸。

 

 ありとあらゆる場所に、一瞬で斬撃が打ち込まれる。

 一撃一撃が半端じゃなく重く、また疾い。次々とシールドが、甲殻が、剥がされていく。

 

「凄い……!」

 

 エリオは、そんなシオンの姿を見て呟く。あれがヒトに可能な動きなのか。だが、いつまでも驚いてはいられない。頭を一つ振ると、キャロへと視線を移す。そこでは、また彼女も永唱を行っていた。

 

「天地轟命!」

 

 エリオが振り向くのと、キャロの永唱完了は同時であった。彼女が展開した巨大な召喚魔法陣から巨大な、何かが現れる。

 呼ぶ――彼女もまた、その切り札たる存在を!

 

「来よ、ヴォルテール!」

 

    −轟!−

 

 焔の柱が衝き建つ。そして、その中から漆黒の人の姿を持つ巨大な竜が顕れた。

 これぞ、真竜ヴォルテール。アルザスにおいて、『大地の守護者』と言われる竜族の中でも最強クラスの存在であった。

 

「エリオ君!」

「うん。行こう、キャロ!」

 

 言うなり、キャロはヴォルテールの掌に乗り移り、エリオはフリードを翔る。既にシオンによって花道は作られた。後は最高のポジションに移動するだけである。

 

 そしてシオンもまた、キャロがヴォルテールを召喚した事を確認した。

 

 ――あの歳で、あれ程の存在を召喚せしめるとは。

 

 その才能に苦笑し、そして時間を確かめる。精霊融合の残り時間、後一分半程。既にシールドと甲殻はあらかた剥がし終えている。後は、躯を砕いて核を露出させるだけだ。

 そう思った、その時。シオンにやられるだけだった異形が動き出した。シオンを無視して右腕を延ばしたのだ。その右腕は変化し、筒のようなものとなる。明らかに、砲台であった。

 キャロ達に砲撃を叩き込むつもりか――しかし。

 

「させねぇよ!」

 

 シオンは一瞬で右の肘まで移動し、技を解き放つ。

 

「神覇・壱ノ太刀、絶影雷刃」

 

    −迅!−

 

    −雷!−

 

    −斬!−

 

 雷を伴った斬撃が右腕をぶった斬る! 痛みに吠える異形。再び、甲殻まで含めて再生しようとするが、再生したはじからシオンは全て斬り断っていく。何も、させはしない!

 

 更にシオンは永唱を始めた。

 

「汝が枝属は炎。汝が柱名は”イフリート”。来たれ。汝、炎の精霊。イフリートォ!」

【ヴォルト、ユニゾン・アウト。送還。イフリート。スピリット・ユニゾン】

 

 直後、永唱に応え、炎の巨人を彷彿とさせる存在が顕れた。これぞイフリート。炎の精霊である。ヴォルトを融合解除し、すぐにイフリートと精霊融合を行った。融合可能時間は、残り三十秒!

 

「イクスぅ!」

【神覇・陸ノ太刀。リミットリリース。開放。イフリート、炎熱加速開始】

 

 シオンが跳ぶ――天高く! そして、その身体からは、炎が溢れ出た。その炎は不死鳥を象る。

 

「神覇陸ノ太刀、”奥技”ぃ――!」

 

 振りかぶる。それは、未だシオンにとっても未完成の技だ。だが、今は上手くいく。その確信がシオンにはあった。真っ直ぐに異形へと突っ込み、その技を解放する。叫ぶ! 技の名は――。

 

「朱雀――――――!」

 

    −轟!−

 

    −煌!−

 

    −爆!−

 

 轟炎爆砕! 放たれたその一撃は、異形に叩き込まれ、その半身を一瞬で灰へと変えた。

 半身を失い、感染者がぐらつく。しかし、直ぐに再生を始めた。

 だが、託された少女はそれを許さない!

 

「ヴォルテール! ファイア――――!」

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 天地爆裂! 命を受けたヴォルテールは、その翼に掲げた光球から大威力の砲撃を異形に叩き込む!

 その威力に、異形の残り半分の半身も砕かれた。

 そして、漆黒の”球”だけがそこに残る。それこそが第二段階に至った、感染者の核であった。

 その球に、フリードを駆るエリオは突っ込む。それは竜騎士として放つフリードとの合体攻撃。エリオの雷撃をフリードに纏わせ、共に突撃する一撃!

 

「ドラゴン・ストライクっ!」

 

    −閃!−

 

    −撃!−

 

    −塵!−

 

 迅雷疾駆! エリオはフリードと共に光りの矢と化し、一撃が核を打ち貫いた。

 一瞬の間が開き――。

 今度こそ、完全な塵となって感染者は消滅したのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 感染者が滅びた後、周りの風景は一変した。

 本体を倒した為、もはやその場にあったアポカリプス因子がそのものが死滅したのだろう。黒の点が綺麗に消えている。

 だが、そこにあった風景は、黒ならず真っ白と化していた。

 大地も木も、感染したものは全て”死んで”しまったからだ。

 キャロは一人、そこで佇む。その光景を見ながら浮かぶのは悲しみか――。

 

「キャロ……」

「ほれ」

 

 その姿を見ていたエリオの背中を、シオンが叩く。自分を見上げる少年に、シオンはニッと笑った。

 

「大切な娘、なんだろ? 慰めてやんな」

「でも……」

 

 迷うエリオに、だがシオンは頭をポフッと叩いてやる。

 

「ああ言う時は共に悲しんであげられる奴と一緒がいい。いいから行ってやれ」

「……そう、ですね」

 

 ようやくその言葉に頷き、そのまま小走りでキャロの元に向かう。

 二、三言、何かを話し後、泣き出したキャロにエリオは抱きしめられた。

 しばらくオタオタしていたが、やがてその背に手を回す。

 

 シオンはそれ以上見るのは野暮だな――と、エリオ達に背を向けて歩き出した。そこで、前から歩いて来たスバルとティアナにばったり出くわす。

 

「よ……」

 

 ――そう、声を掛けたつもりだった。が、失敗した。

 手を上げながら倒れ込みそうになるのを、慌ててティアナ、スバルが両側から支えてくれる。

 

「ちょ……! あんた、大丈夫!?」

「シオン!?」

 

 二人に支えられながら、シオンは「悪い」と呟いた。

 

「何で、こんな状態に……?」

「……精霊……融合は……極度の体力……精神力……魔力を……消費……する。……その反動で……術者は……極めて……短い……が、睡眠を……必要と……する。……よう……は……冬眠……だ」

 

 シオンがもはや薄れいく意識の中で、それでも何とか呟く。既に目が閉じようとしていた。よほど眠いのだろう。

 

「反動って、また厄介な代物なのね」

「悪い……もう、無理……このまま……寝るわ……」

 

 え、と気付いた時にはもう寝息を経て始めていた。あれだけの激戦をやったのに、むにゃむにゃと女の子のような眠声を出している。

 

「もうっ……!」

「あー、ほら、シオンも頑張ったし。ね?」

 

 頬を膨らませるティアナに、スバルがフォローを入れる。だが、次の一言に二人共黙る事になった。――それは、まるで呟くような寝言。

 

「大切……な奴達。今度は、守れたよ……ルシア……」

 

 顔を見合わせる。そして、今の一言でまぁしょうがないか――と、言う顔で、二人は意外に重いシオンを引きずるように運び始めた。

 今回は確かに頑張ったから、シオンは。

 だが、それとは別にして、二人の胸中にはある疑問が浮かぶ。

 それはモヤモヤとしていて、考えるのにちょっとした痛みを伴った。

 シオンの最後の一言。それに、二人は同じ事を考えていた。つまり――。

 

 ――ルシアって、誰?

 

 そんな三人を、遠く地平線に沈む陽が静かに照らしていた――。

 

 

(第九話に続く)

 

 

 




次回予告
「第二段階に到達した感染者との死闘を制したアースラチーム」
「そんなアースラのシオンだが、思いがけない事が判明する」
「はやては、容赦無くシオンに命じるのだった」
「次回、第九話『とある少年の休日』」
「休む事を忘れていた少年は、ようやくその羽を休ませる」

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