魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十三話後編です。
ついに紫苑との戦いに決着! お楽しみ下さい。


第四十三話「刀刃の後継」(後編)

 

 イクスが窓からみもりを担いで飛び出した直後に、その背後の教室から轟音が響いた。

 おそらく二人がまた激突した余波で教室が崩れたか。イクスは後ろ髪を引かれる思いで、だが振り返らずに飛んで行く。

 今、弟子であり、主でもあるシオンにとって、最も助けとなるのはみもりを戦闘の巻き添えにしない事であった。

 その為にもイクスは意識の無いみもりをこの場から離すべく飛んで行く。

 

 それに何より、奴は――。

 

 そう思いながら、イクスは結界の境界線に辿り着く。本来なら、ここで結界をどう抜け出すか算段をつけねばならない。だが、イクスは構わず結界へと飛んで行き、あっさりと結界を突き抜けた。それを確認して、イクスは息を吐く。

 やはりか、と。

 この結界、おそらく最初からシオンにだけ反応するように作られていたのだろう。つまりイクスやみもりが”外に出る”分には、全く反応しないのだ。

 ……試す気にはならないが、中に入ろうとすれば今度は阻まれるだろう。

 それは則ち、もう中には入れ無いという事を意味する。助けには行けないという事だ。

 シオンはそれを知っていながら――否、だからこそ、イクスに出て行くように告げたのだろう。

 一人で、戦う為に。

 シオンのそんな答えに、少しの苦さを覚えながら地面に下りる。それと同時に声が来た。

 

「あ! イクス!」

「本当……! それに、みもりも!」

 

 響いたのは、若い二人の少女の声。その声は、当然イクスの知る所のものだった。

 スバルとティアナである。

 イクスは声に顔を上げると、前方の道から、こちらへと駆けて来る五人の姿があった。

 それを見てイクスは嘆息する。彼女達が来るのを待って、イクスは声を漸く出した。

 

【やはり来たか、お前達】

「へ? やっぱりって……?」

 

 イクスの嘆息混じりの声に一同は――正確にはアサギを抜いた一同は、キョトンと疑問符を浮かべる。そんな一同の反応に、イクスは苦笑した。

 

【取り敢えず最初に言って置くと、みもりは無事だ。寝ているだけだな。そして、さっきの事だが、シオンとな。ああ言っても、お前達はここに来るだろうと話していたんだ】

「そうなんだ……」

「……あいつに行動読まれるなんて、なんか癪ね……」

 

 みもりが無事だった事に安堵しつつ、スバルが感心したように、ティアナは何故か悔し気に声を漏らす。エリオとキャロは、苦笑していたが。

 イクスは四人を取り敢えず置いて、アサギに向き直る。アサギはと言うと、イクスの見て、いつもの微笑を引っ込めていた。いつになく真剣な顔で問う。

 

「イクス君……イクス君がここに居るって事は、シオン君は”抜いた”んだね?」

【……ああ】

 

 簡潔に答える。そこで四人は漸く気付いた。シオンの姿が、ここに無い事を。イクスに慌てて問い掛ける。

 

「ねぇ、イクス! シオンは……!?」

【奴は戦っている。一人でな】

 

 こちらも即答。イクスは事実のみを四人に告げた。

 

 イクスも無しに、あの紫苑と。一人で……!?

 

 イクスの言葉に、四人の顔が蒼白となる。すぐに門へと向かおうとして。

 

【悪いが、行せない】

 

 その眼前に立ちはだかるように、イクスは両手を広げて四人に言い放った。そのまま、告げる。

 

【シオンが戦っているのは自分の過去だ。過去の、最も許せない自分の記憶だ……一人で戦わせてやってくれ】

「でも!? イクスも……デバイスも無いのに!」

【そちらについては問題無い。俺は、もう用済みだ】

「用っ!?」

 

 あんまりと言えば、あんまりなイクスの言葉に、スバル達は目を大きく見開く。イクスは、それに笑った。

 嬉しそうに、嬉しそうに――寂しそうに、笑った。

 そしてアサギに向き直る。

 

【アサギ。お前も、シオンの戦いに手を出すつもりは無いのだろう?】

「そうだね。シオン君の戦いに手を出すつもりは無いよ」

 

 こくりと頷く。アサギの返答に、四人は驚愕したように振り返るが、彼女はただ、首を横に振った。結界に包まれた校舎を見上げる。

 

「シオン君は今、必死なの。必死に、必死に過去と向き合おうとしてる……戦おうとしてるの」

「でも、でも……!?」

「私がここに来たのはね、こうなった時にスバルちゃん達を止めるため、なんだよ」

 

 そう言いながら、ゆっくりとアサギは刀に手を掛ける。

 ここに至り、スバル達はアサギの真意を漸く理解した。決して自分達の手助けの為に彼女は来た訳では無い。

 自分達を止めるために、彼女は来たのだ。

 鞘から抜き放たれた訳でも無いのに、アサギから感じる圧力に、スバル達は沈黙させられてしまう。

 そんな彼女達にアサギは『ごめんね』、と告げた。

 アサギの謝罪を聞いて、スバルが顔を歪めて叫ぶ。

 

「心配じゃ――! 心配じゃないんですか!?」

「心配だよ。今でも、すぐに中に入りたいくらいに、心配。……でも」

 

 そんな叫びにもアサギは動じない。ただスバルに同意しながら、頷きながら、言葉を紡ぐ。

 自分を睨むスバル達を、優しく見つめた。

 

「これはシオン君の戦いなの。他の、誰も邪魔しちゃいけない、シオン君だけの……」

「アサギ、さん……」

「だから、信じて上げて。私を許せなくてもいいから、シオン君を、あの子を信じて上げて」

 

 アサギの言葉に、スバル達は押し黙る。

 ……内心では、理解していた。シオンが、どれだけの覚悟を持って一人で戦っているのか。

 でも。でも、それでも――シオンを一人で戦わせるのはイヤだった。

 ……シオンがいなくなるのは、イヤだった。

 どれだけ取り繕おうとも、どれだけ言葉を尽くそうとも、それが彼女達の想い。だから――。

 

「シオン……」

 

 どちらにせよ、デバイスも無い身では結界も通れ無い。

 スバル達はただ、シオンが戦っているであろう校舎を見る事しか出来なかった。

 もどかしい気持ちを抱えながら、切ない想いを抱きながら、そうするしか、彼女達には出来なかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −戟!−

 

 風が吹く。

 

    −閃!−

 

 剣風と言う名の風が。それと共に合唱するは、鋼の音色。

 

    −裂!−

 

 そして生まれるは、引き裂かれ、震える音。世界が痛みと、歓喜と悲哀の絶叫を、確かな軋みとして生み出す叫び!

 

    −破!−

 

 そんな合唱を鳴り響かせながら、シオンと紫苑は廊下を駆ける!

 ただし廊下の床を、では無い。

 彼達は重力を無視して、壁を、窓を走っていたのだ。飛行魔法の応用である。

 重力、慣性をある程度制御出来るならば、この程度の真似はたやすい。

 当然、二人はただ走っている訳では無い。走りながら、”頭上”へと刀を振り翳していたのだ。

 

    −裂!−

 

    −閃!−

 

    −戟!−

 

 駆けながら放たれる刃は、しかし互いに互いを斬り流し続ける。

 鋼が絡み合うような音がそれを証明していた。

 やがて互いに窓に足を叩き付け、踏み止まる。

 震脚だ。

 だが、そこで奇妙な事が起きた。窓は当然、ガラスである。こんな風に足を叩きつければ――否、窓の上を走っているだけでも普通は窓は割れている筈である。しかも、二人は斬り合いながら走っていたのだ。なのに、激烈に窓へと足裏を叩きつけた筈なのに!

 割れない。ただ、たわみ、反響するような音をたてただけで、廊下側の窓も教室側の窓も、二人の震脚に耐えてみせた。

 

「「――壱ノ太刀」」

 

 響くは、やはり同じ名称。同じ名を持つ二人は、同じ技を同時に放つ――!

 

「「絶影っ!!」」

 

    −斬!−

 

 互いに放たれた技は、やはり互いの刃で、それを受けた。直後、世界が絶叫を上げる!

 

    −破!−

 

 まるで爆発したかのような音が、ぶつかり合い、互い剣先で起きた。

 いや、違う。”実際に爆発したのだ”。

 互いの技がぶつかり合った余剰エネルギーで!

 その衝撃で割れていなかった、二人が駆けた窓が残らず割れた。

 足場が消えた事を悟るなり、二人はその場から飛びすさる。床と、天井へと飛び、何とそこからも止まらなかった。

 床を、天井を蹴りながら、互いへと飛び掛かる!

 

    −裂!−

 

    −撃!−

 

 一瞬の交錯。刃が交え、互いに至近へと己達を捉えながら、その体勢で二人は斬撃を放つ!

 

    −破!−

 

 割れるような音が響くと同時、交差した二人は互いの居た場所を入れ替え、そこからも止まらない。

 床や天井と言う概念を無視して、互いの足場を蹴り、飛び、交差する。

 二つの刀は、その数だけぶつかり合い、互いを斬り流し続けた。

 この戦いを第三者が見た場合、上下の感覚を忘れたかのように錯覚したかもしれない。

 二人はまるで壁を蹴って三角飛びをするように、互いへと飛びかかっていたのだから。

 

「おおぉおお――!」

「はぁあああ――!」

 

    −斬!−

 

    −裂!−

 

 幾度も重なる交差。

 無限に続くと思われた程の、それを両者は重ねる。だが――。

 

    −斬!−

 

「うぐ……っ!」

 

 紫苑の口から苦悶の叫びが上がる。見れば、肩口が浅く斬られていた。

 

 まただ……! また速くなった……!

 

 苦々しくそう思いながら、紫苑は天井へと足を着地させたシオンを睨む。

 シオンはぐるりと、身体を翻してこちらへと向かおうとしている所であった。

 ――先の交錯。

 またシオンの速度が上がり、紫苑の刀を斬り流してシオンの刀が肩口を斬ったのである。

 

 何故、まだ速度が上がる……!

 

 かつての刀術を取り戻したとしても、これは異常だった。何せ、本来二人は互角の筈である。

 シオンは紫苑から、かつての刀術を取り返したのだ。ならば、自分と互角でなければおかしい。

 

 なのに、何故……!

 

 胸中叫びながら、幾度も行われて来た交錯を繰り返そうとして――目の前に、シオンが着地した。

 

「な、ん――!?」

 

 思わず、斬撃を放つ事すらも忘れて、降って来たシオンに呆然とする。そんな紫苑を、シオンは静かに見据えた。

 

「遅ぇ」

 

    −斬!−

 

 ぽつりと呟くと同時に、胴を一刀両断にした。

 壱ノ太刀、絶影。

 それが紫苑の認識速度を超えて、紫苑を真っ二つにしたのだった。最初に斬り伏せられた時と、同じように!

 呆然とする紫苑。胴はすぐに因子で再生する。だが、紫苑はそれにさえ構わずに戦慄していた。

 

 まさか……。

 

 呆然とする紫苑に、シオンの瞳が捉える。その目は、ただ静かな殺意を湛えていた。

 

    −斬!−

 

 返しの刃が、更に紫苑を袈裟に斬り裂いた。苦悶の喘ぎを上げながら紫苑は漸く確信する!

 シオンは強くなっているのだ。

 自分と刀を重ねるだけでかつての刀術を取り戻したように、その刀術に五年の、命懸けの戦いで手に入れた実戦での経験が漸く結び付き始めたのだ。

 血みどろの戦いを生き抜いて来た、紫苑が馬鹿にした五年の経験が。今、紫苑を再び追い詰める――!

 

「あの時の台詞を、そっくり返すぜ……!」

「っ――!?」

 

 言われ、思い出すのは強襲戦での最初の戦い。ハーフ・アヴェンジャーとなったシオンに、紫苑はこう言ったのである。それは。

 

「感染者だからといって絶対不死と言う訳じゃ無ぇだろ……! お前は何回殺せば死ぬ……!」

「うぅ! あぁあああああ……!?」」

 

    −斬!−

 

 声と共に、大上段から放たれる絶影! それが紫苑を頭頂から唐竹割りに斬り断つ!

 瞬時に三回も殺された紫苑が目も口も開いた形で固まった。

 

 どうだ……!

 

 そんな紫苑の状態に、シオンは手応えを感じる。紫苑と似た存在である因子兵は、五回殺せば滅びた。

 つまり従来の感染者と同様、再生、復活回数には限りがあったのだ。

 ならば、紫苑も……!

 そう思い、刀を引き戻しながら紫苑を見遣る。

 唐竹割りにされた紫苑は、傷が治る様子も無く、ただ呆然と固まり――。

 

「は。はは、あははははハハハハハハハハ!!」

 

 いきなり、大声で笑い出した。

 まだか……! と、シオンは胸中叫び、更に紫苑へ斬り付けんと刀を翻した所で、再びぎょろりと紫苑が目を剥いた。その、眼球が”漆黒”に染まる!

 

「っ――!?」

「ボクヲナメルナトイッタダロ……?」

 

    −撃!−

 

 直後、紫苑の身体の至る所から溢れた因子が、触手のように形を取って走り、シオンへと迷う事無く叩きつけられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ぐっ! つぅ……!」

 

 触手の一撃を喰らって、吹き飛ばされた先は一年の教室の中だった。

 痛みに顔を歪めるシオンに、哄笑が響き渡る。

 

「アハハハハ……! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! コレガ……! コレガ! インシノチカラカ!? アノヒトカライタダイタチカラカ!?」

 

 野郎……! 真剣に人間、辞めてやがる!

 

 紫苑の笑いに舌打ちして、そんな事を思いながら立ち上がる。直ぐさま刀を構えた。

 教室に、紫苑が入って来る。身体中から因子を零しながら、ずるり、ずるりと。

 その動きは、ホラー映画で出て来たテレビから出て来る女を彷彿とさせた。ある意味では、夜の学校に果てしなく似合う光景ではある。

 赤光を放つ双眸を、ぎょろりとシオンに向けた。そんな紫苑に、やはりシオンは自分を重ねてしまう。

 アヴェンジャーに――感染者である自分は、果たして”こう”ならなかったのだろうかと。

 ……”こう”ならない理由なんて、何処にも無かったと。そんな愚にもつかない想像を、頭を一振りして追い出した。

 

「ハ、ハハハ、ハハハ……! コレデ……コレデ、アナタヲケセバ、ボクハアノヒトニ、ミトメラレルカナ……?」

「……そこまでして……! そこまでして! 俺に成り代わりてぇのか!?」

 

 もはや紫苑はヒトとは言えない程にまで変質してしまっている。そこまでして、自分になりたがろうとする紫苑が、シオンには理解出来なかった。

 シオンの問いに、紫苑は首を傾げる仕種をした。

 

「アタリマエダロ……? ソシテ、アノヒトニミトメラレルンダ……! アノヒトニ、アノヒトニィィィィ!!」

 

    −撃!−

 

 最後の叫びを撃発音声にして、剣牙を紫苑は放つ! シオンはそれに舌打ちしながら、刀を振りかぶった。

 

「っの! 双牙ァ!」

 

    −轟!−

 

 叫びと共に、シオンが頭上に斬り上げた姿勢から放たれる地を走る双牙。それは、迫る剣牙と真っ正面からぶつかり合う。

 同時に、紫苑の哄笑が一際大きくなった。

 

「ハハハハハハハハハハハハハ! バカダネ! アナタハ! シンクウレイナヲワスレタカイ!?」

「安心しろよ、忘れてねぇ。何しろ……」

 

 双牙の向こうで、シオンがニヤリと笑う。直後、双牙が剣牙を押し返し始めた。

 

「こちとら刀持ったと同時に使ってるんでなぁ!」

「ナ……!?」

 

    −撃!−

 

 紫苑の驚愕は、声にならなかった。その前に、剣牙を消し去って双牙が紫苑を飲み込んだからである。

 苦痛の叫びさえも、双牙に飲み込まれる紫苑へと、更にシオンは瞬動で駆ける!

 刹那に、双牙により身体中を喰らわれた紫苑の懐に飛び込んだ。自分の間近に来たシオンに、紫苑は叫ぶ!

 

「オリジナル・シオォォォォォォォォォォォン!?」

「――っおぉおお! 絶影ィ!」

 

    −斬!−

 

 紫苑の叫びに応えるようにシオンは叫び、刀が下方から円を描いて、頭上へと突き立った。

 一拍遅れて、紫苑から血飛沫と因子が吹き出す。シオンは、構わず前へと踏み込む!

 

    −斬!−

 

 更に、袈裟へと降り落ちる絶影! 紫苑から絶叫が上がるが、シオンは構わずに前へと踏み込み続ける。刀を、虚空へと半月を描くように振って見せた。ぽつり、と呟く。

 

「――四ノ太刀、裂破」

 

    −燼−

 

 悲鳴は上がらなかった。正確には、上げられなかったが正解だろうが。

 シオンが描いた半円を中心に空間を揺るがして、破壊振動破が紫苑に襲い掛かったのである。

 紫苑の身体は瞬く間に塵へと変わって行き、しかし即座に再生する。

 紫苑が笑ったのが、空気でシオンに伝わった。

 

「コノ、テイド、カイ……?」

「いいや、まだだ……!」

 

 答えるなり、シオンは刺突の構えを取る。矢を引き絞るように、ぐっと足を開いた。

 その構えに過たず、それは弓を射るのと同じであった。ただし、矢は自分自身!

 紫苑は未だ、裂破の影響で動け無い。そんな紫苑に、シオンは文字通り、矢の如く前へと踏み出した。

 叫ぶ――その一撃の名を!

 

「神覇、伍ノ太刀……! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 咆哮と共に放たれた突撃。それはまず紫苑の中心へと刀を突き立て、更にシオンの身体を包む魔力が突撃と共に、紫苑を轢き潰す! その一撃は、容赦無く紫苑を轢き続けていった。

 紫苑の身体は剣魔で轢きずられ、衝撃で、身体中を引き裂かれて行き――止めとばかりに、シオンは剣魔で纏った魔力を突き放つ。

 紫苑の小柄な身体は、教室という教室の壁を突き抜け、最後の教室の壁をブチ抜いて廊下の壁に打ち付けられて、漸く止まった。

 シオンは剣魔を放った体勢で残心。じっと紫苑を見る。

 紫苑の動きは無い。動け無いのか、はたまた――。

 シオンは残心を解くと、緩やかに呼気を吐き出し、前へと歩く。すると、声が聞こえて来た。紫苑の、笑い声が。

 シオンはそれにも構わず、紫苑へと近付くと刀を突き付けた。

 

「終わりだ、紫苑。お前の負けだ」

「……マダ、ダヨ……マダ、ボクハマケテナイ……」

 

 途切れ途切れに、紫苑が言って来る。まだ、まだ、と。

 シオンはそれに頭(かぶり)を振った。

 こんな紫苑の姿を見て、何故、人は哀れに思うのだろうと、そう思いながら……自分と重ねてしまうのだろうと。

 自分がこうならなかったなんて、保証は何処にも無いのだ。たまたま、運が良かったに過ぎない――。

 

「もう、いい……もう、いいだろう? だから……」

「……マダ、ダ。マダ、ダヨ……ボクハ、ボクハ……!」

 

 そんな紫苑を見ていられなくて、シオンは歯を噛み締める。刀を振り上げた。

 首を落として、紫苑の存在を終わらせる。それが、せめてもの。

 そう思い、刀を降り落とそうとした、瞬間! 紫苑の瞳が、再び光を放った――!

 

「ボクハ、マダ……! マダ! マダ、オワッテナイ――――!」

「っ!?」

 

    −撃!−

 

 絶叫と共に、縦横無尽に放たれる触手。だが、二度も同じ攻撃を喰らう積もりはシオンにも無い。即座に紫苑から距離を離そうとして。

 それに気付いた。気付いてしまった。紫苑の状態に――!

 紫苑の身体は触手に支えられるかのように宙に浮いていた。そこから、滝のように溢れ出す因子が廊下の床を”染め上げる”!

 

 これは――!

 

「これ、は……! 第二段階、感染者の……!?」

「ハハハハハハハハハハハハaaaaaaaaaaa…………!」

 

 驚きに目を見張るシオンに、紫苑の哄笑が響き渡る!

 既に、紫苑は自意識を失っていた。そう、紫苑は言っていたでは無いか。

 第二段階感染者に至らない限りは自我を保てると。逆に言えば、至ってしまえば自我は失われ、完全な感染者となる……!

 しかも、第二段階到達型の感染者に!

 

「くっ……!」

「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……! ボクハ、ミトメラレルンダ! アノヒトニ! アノヒトニ! アノヒトニィィィィィィィィィィィィィィィィィ……!」

 

 そこまで……!

 

 紫苑の叫びに、シオンは悲痛に顔を歪める。

 そこまでして、自我を失ってまで、そんなにまでして!

 

「お前は……! 俺になりたかったのかよ……!」

「ア、タリマエ、ダネ……ボクハ、アノヒトノタメニ……!」

「っ――――!?」

 

 まだ、言うか……!

 そんな事を。

 そんなになってまでして! そんな事を!?

 

「っざけんなよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 シオンは吠え出すと紫苑に向かい、一気に走り出した。

 計算があった訳では無い……そうしなければ、気が狂いそうだったのだ。

 破滅の道を突き進む紫苑が、自分と重なって。

 ”自分自身にしか、見えなくて”!

 そんなシオンに紫苑から幾百、幾千と伸びる触手!

 

    −撃!−

 

 走る、その触手がシオンの身体を痛打する――構わなかった。そのまま突き進む!

 刀を大上段に振り上げ、紫苑に向かって飛び上がる。

 第二段階感染者に至ってしまった紫苑は、斬撃程度では死なない。意にも、介さない。

 すぐに再生して、シオンを殺すだろう。

 絶影も、剣牙も、双牙も、裂破も、剣魔も、今の紫苑には通じない。

 第二段階に到達してしまった感染者を滅ぼすには殲滅攻撃級の一撃が必要であった。

 だが、今のシオンにはそれが無い。奥義は使え無い。

 精霊を召喚しても、融合も、装填も使え無い。

 何故なら今、手にするのはイクスでは無く、刀なのだから。

 四神奥義は使え無い。ならば!

 

 使える技を、引きずり出す!

 

 属性変化を必要としない奥義。それを、出す。

 幸いにも一つだけ、それに心当たりはあった。ただ、問題は――。

 

 ”一回も使った事が無いって程度の事だ……!”

 

 制御は諦めた。必要無い。”最初から暴走させるつもりで放つ!”

 シオンは身体中を斬り刻まれながら、核となろうとしている紫苑にまで飛び上がり切る。

 目が、合った。

 爛々と光る瞳が、シオンへと叫んで来る。

 ボクガカツンダ! と、だから!

 シオンは迷い無く、その技を解き放った。

 ”神覇ノ太刀、最後の奥義たるその技を!”

 

 その、名は――!

 

「神覇! 捨ノ太刀――」

「オリジナル……!」

 

 吠えながら、飛び掛かるシオンに、紫苑が吠える! 直後、シオンが頭上に掲げた刀が煌めき、光が膨れ上がった。刀を中心に、シオンを一瞬で包み込む!

 それは一気にシオンを中心にして、光の柱として高々と突き立った。天高く、遥かな高みへと!

 自らを剣として、究極の斬撃を放つ技。その一撃は神も――その住み処たる天すらも斬ると言われる。故に、その名前が与えられた。

 

 ”世界を斬り得る一刀に相応しき名として”。

 

 その名前を、シオンが叫ぶ!

 刀と共に、光の柱を振り下ろした。呆然とそれを見上げる紫苑へと――!

 

「天(あま)ぁ! 砕きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――っ!!」

 

 

 

 

    −斬!−

 

 

 

 

 極大の光剣は、一切の容赦無く、抵抗も許さず、紫苑を頭から斬り断つ!

 紫苑の全てを存在ごと両断して、シオンが生み出した天砕きは、問答無用に暴走。全てを飲み込み、爆砕した。

 当然、術者たる本人も巻き込んで、校舎をあっさりと断ち切った光は今度はそれらを光に変えていく。大爆発と言う名の光に!

 

    −轟!−

 

    −爆!−

 

 全てを消し去り、砕き、滅ぼす光に、まるで玩具のように中心点でシオンが跳ね回る!

 全身をこれでもかと光に打ち付けられ、衝撃で身体中をバラバラにされるような激痛の中で、上下も左右も分からない程にめちゃくちゃになりながら、シオンは絶叫する!

 その光の中心点、紫苑へと。

 

「お前にだけは――! 死んでも負けるかよォ! 馬鹿たれェェ――――!」

 

 転がり、何かに身体が叩き付けられる。既に、シオンはそれが何か分からないままに叫び続けた。

 

「ロストロギアの人形が化けた五年前の俺か――ハッ! テメェには言ってやりたい事が山程あったんだ! この自惚れ過ぎのマセガキが! あの人のために存在しているだ!? そんなおためごかしのために、テメェは何もかも捨てたのかよ!」

 

 シオンの叫びは、既に紫苑へのものでは無かった。

 分かっていた事である。シオンは最初から、紫苑を通して、かっての自分を見ていた。

 今更である。

 だからシオンは今更叫ぶ、かつての自分へと。

 許せ無い、自分へと!

 吠え、叫ぶ!

 

「お前を必要としていた人は他に沢山いたのによ! みもりを見ろよ! ずっと俺を待っててくれてた! 俺への罪悪感を抱えながら! 母さんを見ろよ! ずっと心配してくれたに違い無いんだ! トウヤ兄ぃを見ろよ! 俺の助けだって、死ぬ程欲しかったに違い無いんだ! それを……! テメェ勝手な理由で家を出て! 人に迷惑掛けて! タカ兄ぃや、ルシアの事だって、元々はテメェのせいだろうが! それを何勘違いしてやがったか知らねぇが、よりによって復讐だと!? テメェの面見てほざけ! そんな事は!」

 

 頭のすぐ横で光が炸裂する。鼓膜が、多分破れた。構わない、叫び続ける。

 

「たかだか剣振るしか能のねぇガキの分際でよ! 何様の積もりだったんだ! そうやって何もかんもを傷付けてよ! いい加減にしろよ!」

 

 天砕きの余波は、空間どころか次元も歪めていた。そんな空間では、視覚は勿論、聴覚も、触覚ですらも役に立たない。それでも、ぐちゃぐちゃになりながらも、オンは立ち上がった。叫び続けながら。

 

「だいたいだ! あの人のために――ルシアのためにタカ兄ぃを追っ掛けてただ!? 嘘だな! お前は何にも分かっちゃいないガキだったから、彼女を理由にしただけだ……! 何が初恋だ! それもただの幻想だ! 下らない……! 下らない、幻想だ!」

 

 ばっと顔を上げる、

 シオンの瞳からは、涙が零れていた。子供のように泣き叫びながら、シオンは自分の初恋も否定する。

 何もかも、自分の全てを否定したかった。だから、そう叫ぶ。

 

「彼女を理由にすんなよ! 他人を理由にすんなぁ! そして、奪うなよ……誰かに取って、大切なものを、奪うなよ……」

 

 叫びは、段々と普通の声へと変わっていった。それでも泣きながら、シオンは、ただ言葉を紡ぐ。自分を、責める言葉を。

 

「それでも、誰かを奪うしか出来ないなら……誰かの、大切なものを奪うしか出来ないなら――いっそ、死んでくれよ。居なくなれよ……!」

 

 泣きながら、涙を零しながら、シオンはそれでも言葉を紡ぎ続ける。ぐっと息を飲み、真っ直ぐに前を見と、最後の叫び声を上げた。

 

「消えて、なくなれェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ………………っ!」

 

 まるで全ての想いを絞り出すような、そんな叫びであった。

 反響するように響き渡り、漸くシオンは周りを認識した。

 ――そこには、何にも無くなっていた。ただ、真っ平らに荒野が広がる。

 学校は既に跡形も無い。この世界から、痕跡も残さず消滅していたのだ。

 そして――。

 叫び終えた、シオンが歩く。それは、ひどく弱々しい歩きであった。だが、それでも確かに歩を進める。やがて、シオンはそこに辿り着いた。

 何も無い、無くなってしまったここに、ただ、それだけはあった。

 色素を失い、真っ白になった紫苑の顔が。

 それだけしか、残っていない――消し去られたのだ、天砕きの一撃によって。

 やがて、それも塵となり、風に溶けて消えた。最後まで見届けて、シオンは小さく、本当に小さく、つぶやいた。

 

「……哀れな……俺……」

 

 涙は、ずっと流れている。でも、拭う気にもなれなかった。

 ただ、ただただ、シオンは、その場に立ち尽くし泣き続ける。そして――。

 

「シン、君……」

 

 ――声が、聞こえた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シン君……」

「なん、で、みもりが、ここに……」

 

 シオンは思わず問い掛ける。自分が何て阿保な質問をしているかも分からなかった。

 みもりは答え無い。シオンにただただ近付き、呆然としていたシオンはぞくりと気付く。今の、自分の姿に。

 全身、自分が出したものを含めて血だらけ。そして手には刀を持っている。

 あまりにも、あの時と、あの事件の時と酷似した状態だった。

 シオンの心が何かを叫ぶ。近寄るみもりから、慌てて刀を隠した。

 今更、そんな事に意味なんて無いのに。

 

「ち、ちが……! 違うんだ、みもり。これ、は違うくて……」

 

 何が、違う……?

 自分は、再び刀で人形だったとはいえ人の姿をしたものを斬った。そして、またあの赤い光景を再現した。

 それに何の、違いがある……?

 みもりは近付いて来る。それに、シオンは目を逸らし続けた。

 恐くて。

 みもりの恐怖に彩られた、自分を見る目が恐くて!

 だから……だから……。

 

「お、れは……おれは……」

「シン君」

 

 みもりは、もうシオンの目の前に居た。手を伸ばせば届く距離に。

 確かに自分の名前を呼んで、すぐそこに居る。

 シオンは、それが堪らなく恐かった。

 みもりと向き直っている、この瞬間が堪らなく、恐かった。

 

 そして――。

 

「ごめんなさい」

 

 みもりが、たった一言を呟いてシオンを抱きしめた。

 

 ……え?

 

 それが、シオンには何故か分からなかった。

 何故、怖がらないのか?

 何故、逃げ出さないのか?

 ……何故、拒絶されないのか?

 分からない。分からない、分からない。

 

 ただ。

 

「ずっと、ずっと、謝りたかったんです……!」

 

 みもりの声が。

 

「昔のことも」

 

 優しい、この声が。

 

「今回の、ことも」

 

 シオンの耳に、届いて行く。

 

「謝り、たかったんです……!」

 

 なんで?

 

「ごめん、なさい……! ごめんなさい……! ごめんなさいっ!」

 

 なんで、俺は、謝られているんだ。

 俺が、俺が、全部、悪いのに……!

 

「違う……! 違う! みもり! 違う! 俺が、俺が全部悪いんだ! 謝るのは俺だ……!」

 

 自分を抱きしめたまま離れ無いみもりに、そのまま告げる。塞きを切ったように、言葉は溢れ出て来た。

 

「ずっと、ずっと謝りたかった! 許して欲しかった! 許され、たかったんだ……! 俺は……!」

 

 ああ、そうなんだと今更ながらにシオンは悟る。

 きっと、俺は許されたかった。

 自分で自分を許さないと言って置きながら、その実はずっと許されたかった。

 だって、自分じゃ、自分を絶対に許せ無い。

 自分と言う存在が、あまりにも許せなさ過ぎて。

 殺してしまいたいくらいに、許せなくて!

 ……でも、きっと許されたかった。

 それが、シオンの本当の本心。

 

「ごめん……!」

 

 自分では、自分を許せ無いくせに。

 

「ごめん……!」

 

 他人には、自分を許して貰おうだなんて。

 

「ごめ、ん……!」

 

 そんなの、虫が良すぎるじゃないか……!

 

「ごめん、な……! みもり……」

「シン、君……」

 

 シオンは泣きながら、みもりに謝り続ける。その謝ると言う行為でさえも、シオンには罪に思えて。そんな自分が、醜悪に思えて。でも、シオンは謝り続けた。

 まるで、子供のように謝り続けるシオンに、みもりはゆっくりと身体を離す。そして、泣きながら謝るシオンの顔を見つめて。

 

「ごめんなさい。シン君」

 

 もう一度謝り、そして。

 

「……大好き、です」

 

 大切な言葉をシオンに告げて、涙に濡れた唇に、自らの唇を重ねた。

 

 ――三回目のキスは、涙の味がした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「うそ……」

 

 そんな声を、スバルは遠くで聞いた気がした。正確には真横から聞いたのだが。

 真横――つまりは、ティアナの声。

 あるいは、ひょっとしたら、自分が言ったのかも知れない。それは、分からなかった。

 ただ、スバルはただ呆然としていた。横のティアナも、また。

 あの激烈極まる一撃で結界が壊れた後、何故か居なくなっていたみもりと、ここで戦っていたシオンを二人は探していたのだ。

 そして、スバルとティアナは二人を見付けた。全く、同時に。

 丸い月と綺麗な星空の下、何も無くなってしまった荒野の上で、二人を見付けた。

 

 キスする二人を、スバルと、ティアナは一緒に見付けていた――。

 

 

(第四十四話に続く)

 

 




次回予告
「紫苑と決着をつけたシオン。みもりの告白とキスを受け、彼は答えを決める」
「そんな彼の答えを、スバルとティアナは知りたがって」
「一方、アリサが意識不明に陥ってからふさぎ込む、すずか」
「そんな彼女の前に、彼が現れる」
「最も許せない、青年が」
「次回、第四十四話『それでも、知りたくて』」
「少年と青年、二つの答えを、それぞれは聞く」

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