魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十三話中編1をお届けします。
紫苑との対決がついに開始。どうなるのか……お楽しみにです。では、どぞー。



第四十三話「刀刃の後継」(中編1)

 

 ――夜。シオンの部屋の前で、スバルとティアナは妙な居心地の悪さを感じながら、その背中をじっと見ていた。

 自室の中でごそごそと動き回る神庭シオンの背中を。

 こちらに一切話し掛けようともせずに黙々と準備をするシオンに、二人は目を伏せ、先程の事を思い出していたのだ。

 夕方。風呂から上がった後、慌てふためくエリオから、シオンが飛び出したと聞き、すぐさまスバル達は神庭家を出て、探しに行った。朝のシオンの様子から、嫌な予感がしたのだ。

 ……だから、お隣りのみもりにも連絡して探すのを手伝って貰って、そしてシオンが出て行って一時間程後、その嫌な予感は的中する。

 飛び出して行ったシオンがあっさりと帰って来たのだ。……最悪のニュースと共に。

 シオンが帰って来た事に安堵しつつ何があったかを聞こうとして、その前にシオンが暗い瞳でぽそりと言って来た。「みもりが拐われた」、と。

 一瞬シオンが何を言ってるのか理解出来なかったが、徐々に理解して、スバル達は慌ててシオンに詳しく話しを聞こうとした。だが、シオンはそれを容赦無く無視したのである。

 ティアナがそれに激怒しそうになったが、それも寸前で出来無くなった。

 ……シオンが、皆にまともな説明が出来ない程に怒っており、それを必死に自制している事が分かってしまったから。

 だからスバルもティアナも、キャロも何も言えずにシオンの背中を見ている事しか出来なかった。

 そう、その三人は何も言え無かった……だが。

 

「……一人で行くんですか?」

 

 誰もが口をつぐむ中で、唯一シオンへと問い掛ける存在が居た。

 エリオである。彼は、真っ直ぐにシオンを見据えながら問う。

 シオンは大した反応を見せ無かったが、ちらりと横目でエリオを見遣る。

 

「ああ」

 

 素っ気ない、しかし意外にも冷静な声が頷きと共に響いた。すっと立ち上がる。シオンは既にバリアジャケットを纏っていた。

 戦いは避けられない事を理解しているのだ。そんなシオンに、スバル達は顔を歪める。シオンは静かにエリオへと視線を合わせた。

 

「みもりが人質に取られてる。俺一人で行かなきゃ、最悪殺される……それに、お前達はデバイスも無いしな」

「……でも、僕達だって何か出来るかも」

「そうやって、お前達のお守りをしろってか? しかも奴相手に?」

 

 シオンはあくまでも淡々と言う。まるで、言い聞かせるように。

 エリオはシオンの言葉に、ぐっと息を飲む。

 そんなエリオにシオンは苦笑した。

 

「あいつは、『刀刃の後継』だった俺の力が使える。それが何でなのかは知らねぇけどな。だが、これだけは言える。奴は俺より強い」

 

 ふっと目を伏せて肩を竦める。そのまま続きを告げた。

 

「そんな奴相手に、お前達にまで気を回せねぇんだ」

「シオン兄さん……」

 

 最後までシオンの言葉を聞いて、だがエリオはまだ納得いかないと、シオンを睨む。噛み締めるようにして、ゆっくりと聞いた。

 

「『刀刃の後継』っていうのは、誰なんです? いや、なんなんですか? つまり、昔のシオン兄さんがそう呼ばれていたって事ですか? それが、何で今更――」

 

 だんだんと語尾が強くなっている事をエリオは自覚する。それでも、問わずにはいられなかった。エリオの問いを聞いて、シオンが目を細める。しかし、答えてはくれない。いや、少なくとも即答はせずに、エリオを見つめている。

 

 ……答えられないんじゃないんだ。

 

 エリオは――ここに居る四人は、シオンの表情を見てそれを悟った。……同時に、答えてはくれない事も。

 後ろ暗いような気分でそう考えていると、シオンはこちらに、つまり部屋の入口に歩いて来た。

 問いに答えず、また四人の顔を見ないようにして、横を通り過ぎて部屋を出て行く。

 ――我慢出来なかった。

 エリオはシオンの背中に振り返るなり、吠える!

 

「何も出来ない上に、何も知らないんじゃ、僕は、僕達は! 本当に足手まといなままじゃ無いですか!」

 

 吠えたその言葉に、ぴたりと、シオンが足を止める。エリオは真っ直ぐにシオンを睨み据えて更に叫ぶ。

 

「なんで、なにも話してくれないんですか……! そんなに僕達が信用出来ないんですか!?」

「エリオ……」

 

 叫んだエリオに、スバルがぽつりと名を呼ぶ。それと共に、しばし沈黙が下りた。エリオは、ずっとシオンの背中を睨み続ける。言いたいことを全て言った訳では無い。だが、後が続かなかった。やがて、シオンが顔だけを四人に向けた。

 

「お前がさっき言ったとおり『今更』だよ。なんもかんも、今更の事だ――」

 

 シオンは無表情だった。ただエリオを、スバル達を見据えている。いつもは、どこか優しさを湛えた双眸に、今は厳しいものが浮かんでいた。

 

「奴は今更、俺の前に現れた。奴は今更、俺を殺そうとしてる。俺は今更、この家に帰って来た。……俺は今更、迷ってる」

「……迷ってる?」

 

 こちらはエリオでは無くティアナが、怪訝そうに問い返した。シオンは黙って頷く。

 

「いきなり現れた紫苑と俺。どちらが本物の『刀刃の後継』なのか。……でも多分、奴のほうだろうな。本物の『刀刃の後継』は」

「シオン……?」

「俺は偽物だから、ただの『シオン』さ。タカ兄ぃを追っ掛けて、お前達と一緒に戦って、一人じゃ何にも出来ない、落ちこぼれの、何者でもない『シオン』さ」

 

 まるで自嘲するような言葉。だがシオンはそれを何故か自慢気に話す。それで良かったのだ、と言うように。

 四人はそんなシオンに呆然となる。シオンは苦笑した。

 

「大丈夫だよ」

 

 そう言ってシオンはにやりと笑って見せた。それは、あまりにもシオンらしい、当たり前の笑み。

 スバル達がいつも知ってるシオンの顔だった。その笑いのままに、シオンは続ける。

 

「みもりは必ず助ける。んで、お前らが知らない俺の事も、なんもかんもに決着をつけちまうさ。……イクス」

 

 言い終わると同時に、シオンは自らの剣たる存在の名を呼ぶ。イクスは、それに無言でシオンの前に現れた。互いに真っ直ぐに見据える。

 

「……俺は、さっきの事を謝らない」

【……奇遇だな。俺もお前に謝るつもりは無い】

 

 二人は互いにそう告げると、同時に笑った。シオンが手を差し出し、イクスがそこに乗る。またもや互いにニッと笑った。

 

「行こうか」

【ああ】

 

 どちらとも無く頷くと、シオンはさっさと歩き始めた。玄関に着くと。ぽつりと、呟く。そこに居た人物に。

 

「……母さん。ここに居るみんなの事、頼めるか?」

「うん、任せて」

 

 アサギはシオンに何も言って来ない。責める事もしなかった。それで、許すつもりは無いと言う事である。

 みもりを取り返して、帰って来る事。それのみがアサギが求める事なのだから。

 シオンはアサギに頷くと、足に靴のバリアジャケットを纏う。玄関の引き戸を引いて、振り向かないままにぽつりと呟いた。

 

「必ず帰って来る。みもりと一緒に。だから」

 

 一息だけ、そこで止める。そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。帰って来る為に。

 

「いって来ます」

 

 家に残ったみんなに向けてそう言い、シオンは返事を待たずに、家を出た。

 そのまま、歩いて向かう。

 私立秋尊学園。かつての母校。そして、決戦の場へと。

 シオンは向かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 丸い月が照らすのどかな道をシオンは歩く。考えてみると、こうやって一人で夜の道を歩く事自体久しぶりの事だった。幼少の頃に家を抜け出した、あの時以来か。

 シオンは夜の町を一人歩きながら、ゆっくりと思い出していた。

 刀刃の後継――最強の刀術士にして、”勇者”であった神庭アサギの刀術。神覇ノ太刀を唯一継承し、僅か十歳にして極めの段階に至り、”最強”の二文字を冠した刀術士……その唯一の欠点は、なんて事はない。

 ……人が殺せなかったったと言う事だった。

 タカトやトウヤとて躊躇(ためら)いはするだろう。他のグノーシスメンバーだって、そうだ。好んで人殺しをする奴なんて、誰もいない。

 だがいざとなった時、他者を殺す事を受け入れる事は出来た。

 ――シオンは、それがどうしても出来なかった。受け入れられなかった。

 それでもなんとかしてしまえる技量はあったし、事実なんとかはして来た。だが欠点は、所詮欠点に過ぎない。

 考えてみると、誰だって欠点はあるのだから。

 だがシオンの欠点は、戦場においてはあまりにも致命的過ぎた。

 そしてシオンは刀を捨てるにいたって、いよいよ落ちこぼれた。よく真藤リクがシオンを指して”弱い”と言うのはここに原因がある。

 後輩の顔を思い出し、シオンはくすりと吹き出す。あいつも強情だからなぁと。

 そして次に思い出したのは異母兄、タカトだった。

 敵対し、そしてシオンが追う兄。彼が最強な秘密を、シオンは今では、なんとなく理解していた。

 魔力でも技能にも、その理由は無い。彼には欠点が無かったのだ……いや、あくまでも戦場においてと言う意味ではあるが。

 その技能を抑制するような弱さを、なに一つ持っていなかった。

 タカトは、その才能を全開にしていた。

 

『人と戦う時には、敵を超えようなどとは思わん事だ。それでは自分よりも強い敵と出会った時にはひとたまりも無い。それよりも、敵の弱点を見付けろ』

 

 タカトの事を思い出していると、つい彼がシオンに語ってくれた数多くの言葉から、そんな事を思い出す。

 

『弱点を見付けたならば、後は実行を恐れるな。それがなんであれ、たった一つでも弱点があれば打てる手は無限にある――お前なら出来るさ、シオン』

 

 俺は――。

 

 シオンは足を止め、苦く笑うと夜空を見上げる。夜空では、星々が瞬いていた。

 まるで宝石をちりばめたようだの言うのだろうが、シオンにはそうは思え無い。ただ、綺麗だなとは思うが。

 

 ――あんたには、永遠に敵わないのかもしれないな、タカ兄ぃ。もしくは、あいつ『紫苑』なら何とかなるかも知れない。人を殺せる。つまり欠点が無い俺ならば……俺が奴を憎いと思っているのは。恐れているのはその事実だ。まるで、俺が欠陥品だと客観的に証明されたみたいで、ね。

 

 苦笑しながら、空を見上げるシオンの周囲は静まり返っている。

 雲一つない、満天の星空の下。風が涼やかに流れた。

 そして、シオンは前を向く。そこに、”それ”はあった。

 私立秋尊学園、中等部。シオンがかつて通った学校だ。

 門の向こうにはあからさまに分かりやす過ぎるように結界が張ってあった。強装結界だ。紫苑が張ったのだろう。

 シオンは門を一足で飛び越えると、同時に結界に入った。

 多分、自分以外には出入りは出来ない仕様だろう。つくづく、手が込んでいる。

 門を越えて見上げる校舎に、シオンは一人、拳を固めて呟いた。

 自分に、言い聞かせるように。

 

「俺は欠陥品かもしれねぇが……同時に未完成品でもあるんだ。こいつは過去への挑戦だぜ、紫苑」

 

 そしてシオンは、また歩き出した。その中に居るであろう紫苑と、みもりへと向けて。

 助ける為に。

 ……戦う、為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 門から歩くと、すぐにシオンは下駄箱がある生徒用の入口に、殆ど無意識に向かっていた。かつての習慣のままに。

 それに気付いたのは、下駄箱の前に着いた後だった。……忘れ無いもんだなぁと、ちょっとの懐かしさと共に笑う。

 どちらにせよ中に入らねばならないのだから別にいいのだが。

 下駄箱は当然閉められていた。……施錠すらもされっぱなしと言うのは、流石に紫苑の性格を疑うが。

 招き入れたいのならば普通、鍵くらいは開けておくだろう。苦笑して、アンロック系の魔法は、はて、どんな術式だったかな? と、思い――寸前で思い直して止めた。代わりにイクスへと問い掛ける。

 

「イクス、下駄箱に、みもり居るか?」

【いや、生命反応は無い……ただ、一つだけお前に言っておく】

 

 いきなりの問いにも、イクスはすんなりと答えた。そのまま一つの笑みを残して、シオンの掌の上に乗る。

 

【派手好きめ】

「褒め言葉として受け取っとくよ……イクス!」

【セット・レディ!】

 

 鋭く叫ぶシオンにイクスが応え、直ぐさま起動する。その姿はイクス・ノーマル。シオンがもっとも使い慣れた大剣の姿であった。

 起動したイクスを、シオンは直ぐさま振りかぶる!

 同時に充実する魔力が一気に吹き上がり、そして。

 

「神覇弐ノ太刀! 剣牙ぁ!」

 

    −撃!−

 

 シオンは迷い無く、イクスを真っ正面に叩き下ろした。

 放たれた魔力放出斬撃、剣牙は軽快に下駄箱の扉を吹っ飛ばし、更にその向こうにある並んだ下駄箱を薙払った。

 まるで、爆裂したかのような下駄箱にシオンは踏み入り、不敵な笑いを浮かべる。イクスを肩に担いだ。

 

「せっかくの対決だ――」

 

 言いながら、イクスを再度持ち上げる。そして今度は頭上を見上げた。イクスは何も言って来ない。つまり生命反応はシオンの頭上、天井等には無いと言う事だ。ならば、遠慮は要らない。

 

「せいぜい派手にやってやろうじゃねぇか!」

 

    −撃!−

 

 叫びと共に再び放たれた剣牙が、今度はシオンの頭上を穿つ! それは二階、三階と突き抜け、屋上まで容赦無く貫通した。

 シオンは即座に飛行魔法を発動。二階に飛び移る。

 とてもでは無いが階段を使う気にはなれなかった。罠を仕掛けられている可能性は捨てられ無い。

 自分が紫苑の立場なら、入ってくる玄関と階段に罠を仕掛ける。ひょっとしたら仕掛けていないかもしれないが、安全よりは危険の可能性を取りたかった。

 

 紫苑との決着は、後だ――。

 

 開けた穴から二階へと入りながらシオンは思考する。静かに着地した。

 

 まずは、みもりを救出する。とにかく、撹乱して――。

 

 そうでなければ、自分達の戦闘に巻き込む恐れがあった。紫苑との決着は二の次。みもりの救出が最優先である。だから。

 

「でも、そんなに時間を掛けるつもりは無いんだ」

「ッ――――!?」

 

 突如として掛けられた声に、シオンは驚愕する。慌てて振り向いた。

 その前に広がるのは、漆黒の闇。そして、それに同化するが如く闇の中に佇む五年前の自分。

 ――神庭、紫苑。

 黒い身体にぴったりと張り付くようなバリアジャケットを身に纏い、笑いを顔に張り付けて、少年はそこに居た。

 思わず息を飲み、シオンは問い掛ける。

 

「お前、俺の行動を――」

「まぁね。流石に貴方の事を全部分かる訳じゃないけど……でも、このくらいの行動なら予測はつけられる。なんせ、貴方は僕だもの」

 

 笑い、紫苑が一歩をこちらに歩いた。シオンは、油断無くイクスを差し向ける。……同時に、紫苑が刀を取り出した。夜の闇の中で、なおも煌めく刀を。変わらぬ笑いのままに紫苑は刀を構える。

 八相の構えだ。そして、ゆっくりと告げて来る。

 

「さぁ、始めようか互いの存在を賭けた――戦いをッ!」

 

 最後だけ叫び、紫苑が踊りかかる! 刀が緩やかな円を描いて、シオンへと降り落ちた。

 対するシオンは真っ正面、横薙にイクスを放つ!

 

    −戟!−

 

 二つの刃がぶつかり、同時に、空間が僅かに震える。二つの斬撃の余波で震えたのだ。

 同時、両者が互いの一撃に僅かに後ろに流される。紫苑はそれに構わずシオンに追いすがり、シオンは流された勢いのままに後退。更にイクスを振る――だが。

 

「馬鹿の一つ覚えかい?」

 

   −つぃん−

 

 小馬鹿にするような言葉と共に、放たれた斬撃はあっさりと縦に斬り流された。そのまま紫苑が踏み込んで来る!

 イクスは頭上に跳ね上げられてシオンは無防備、紫苑は早々に決着をつけんと、刀を翻して。

 

「――セレクト、ブレイズ」

【トランスファー】

 

 そんな声を聞いた。

 直後にシオンが戦技変換、ブレイズフォームへと変化する。

 この形態の特性は、速度特化。つまり身体速度の劇的な上昇と、もう一つある。

 シオンの空いた右手に光りが灯り、それが現れる。大型のナイフ。つまり短剣型のイクスが。

 そう、ブレイズフォームには二つの剣がある――!

 

    −撃!−

 

 すかさず放たれた右からの斬撃。流石にこれは予想出来なかった紫苑は、斬り流す事が叶わず、刀で受け止めながらも、吹き飛ばされる。

 横の教室に、紫苑の小柄な身体が突っ込んだ。……否、自ら飛んで突っ込んだのだ。

 逃すまいと紫苑を追って教室に突っ込むシオン。だが、その教室に入った彼を待っていたのは、腰溜めに刀を構える紫苑だった。

 

 まっず……!

 

「壱ノ太刀、絶影――」

 

    −斬!−

 

 胸中、失態に舌打ちするシオンに無情にも放たれる刃! それは迷い無くシオンの喉元に伸びて。

 

「死ぬ! かよおぉおっ!」

 

 叫びながら、自分から後ろに転がったシオンの喉を浅く斬るに留まった。転がり、距離を取るシオンに更なる声が響く。

 

「弐ノ太刀、剣牙――」

「ちぃ!?」

 

    −撃!−

 

 響く更なる声に、シオンは転がった体勢から左へと横っ飛びに飛び出す!

 直後、教室を斜めに切り裂き、剣牙は廊下もその後ろの壁も貫通して、突き抜けた。

 

 ――戦うな!

 

 転がった体勢から無理矢理立ち上がりながら心の中で、シオンは自分に叫ぶ!

 

 まだ、奴の弱点を見付けていない……第一!

 

「人質取るような、卑怯モンとまともに戦う必要が何処にある――!」

「言ってくれるね!」

 

    −撃!−

 

 更に追撃で放たれる剣牙、確認するまでも無く神空零無が発動中だ。つまり、防御どころかバリアジャケットも紙と同然である。

 シオンは追撃で放たれた剣牙を更に避けながら、瞬動発動。自分が開けた穴へと飛び込み、一階に下りた。だが、同時に背筋を凄まじい悪寒が突き抜ける。直ぐさま後ろに飛び退いた。

 

「――四ノ太刀、裂波」

 

    −燼!−

 

 シオンが下りた箇所に空間振動波が放たれる。それは何と、一階の床部分をまとめて塵へと変える。

 四ノ太刀、裂波。その真の姿は、振動波での拘束では無い。空間ごと対象を振動させ、それを分解してしまう破壊振動波が、本当の姿であった。

 刀を使わない自分には出来ないそれを、シオンは苦々しく思い。今度は穴から下りて来た紫苑へと刃を放つ!

 

「参ノ太刀! 双牙、連牙!」

「弐ノ太刀、剣牙――」

 

    −裂!−

 

    −撃!−

 

 双刃のイクスから放たれる四条の地を走る魔力斬撃達。だが、紫苑が放った剣牙には神空零無が纏っている。

 当然、双牙はあっさり消え去り、だが双牙が”引き起こしたもの”は別だった。

 双牙は地を走る斬撃である。つまり床を走る訳だが、この際に一階の床を吹き上げながら走ったのだ。

 吹き上がられたコンクリートの床、本来ならば、そんなもの剣牙には大したものにはならない。だが、僅かに勢いを殺す程度の真似と、軌道は読める。それだけあれば、シオンには十分だった。

 剣牙の軌道を見切り、身体を逸らす。れだけで、剣牙はあっさりと脇を通り過ぎた。剣牙は後ろの何処かに叩き込まれ、シオンの背後が爆裂する。

 シオンはそれに構わず、紫苑へとぴたりとイクス・ブレイズを差し向けた。そんなシオンに、紫苑は感心したように笑う。

 

「この前戦った時とは動きのキレが違うね。別人のようだよ……いろいろと吹っ切れたようだね。嬉しいよ、あの人も喜ぶ――」

「そんな心にもねぇ褒め言葉はどうでもいいんだよ」

 

 にこやかに微笑みながら自分を褒めはやす紫苑の言葉を、シオンはあっさりと切って捨てた。構えたイクス・ブレイズの向こうに紫苑を見る。静かに問い掛けた。

 

「俺が聞きたいのは、一つだけだ。みもりは無事なんだろうな?」

「無事だよ。でも、貴方には助け出せないけどね」

 

 それは自分が勝つと確信しての事か。シオンがその台詞に笑う。

 

「大した自信じゃねぇか、俺はそこまで間抜けか?」

「違うね。僕は貴方を恐れている――」

 

 ……恐れている?

 

 シオンは思わず怪訝な顔となった。今までの紫苑の行動からは、自分を恐れるような言動は無かった筈だ。

 少なくとも、シオンには分からなかった。なのに――。

 戸惑うシオンに、同じ顔の少年は微笑する。再び、刀を構えた。

 

「そう、僕は貴方を恐れている。だからこそ、貴方を殺すんだよ!」

 

 叫びと共に、刹那の速度で紫苑が迫る! 瞬動だ。しかもこれは、神覇ノ太刀独自の歩法!

 ――瞬動、湖蝶。

 その名を、そう呼ぶ。自らの懐に刹那で入った紫苑に、シオンはイクス・ブレイズを左右から放つ。だが――!

 

「無駄だよ」

 

    −閃!−

 

 孤を描く刀が、今度こそは二つの刃を同時に斬り流した。更にその勢いでシオンの体勢は後ろに流される。無防備な、胴が空く――!

 

「終わりだ」

 

    −斬−

 

 静かに、静かに紫苑の声が響き。胴薙へと刀は放たれ、シオンの腹へと食い込んだ。

 神空零無を発動した紫苑の刀に、当然バリアジャケットは意味を成さない。衝撃がシオンを襲い、苦悶(くもん)の息を漏らす。

 ――だが、紫苑の刀はそれ以上進まなかった。シオンの胴体に食い込んだまま、停止する。

 はじめて紫苑の表情に驚きが混じり、シオンが会心の笑いを浮かべた。

 驚きに固まった紫苑へと激痛と戦いながらシオンは踏み込み、漸く我に帰った紫苑が慌てて後退する。だが――!

 

「遅いっ!」

 

    −斬!−

 

 今度は紫苑を追って放たれたイクス・ブレイズが後退する紫苑の左手首を襲う! 一拍置いて、溢れかえるように血が噴き出した。手首を斬ったのだ、傷口は腕の半ばまで達している。

 

「っ――! この!」

 

 それでも後ろに下がる紫苑が、右手に刀を持ち替えて横に振る。しかし、シオンはあえて追撃をせずに、その場に留まる事で刃を躱した。

 鼻先を通り過ぎる刃ににぃっと笑い、痛む脇腹を手で押さえながら、血の溢れる左手首を見下ろしている紫苑を見据える。

 

「ざまあねぇな。油断してっからだ。何でか再生出来るようだが、失った血液までは補充出来ねぇだろ。暫くは左手の握力は回復しねぇぜ?」

「そうだね……」

 

 紫苑は苦々しく呻きながら、刀を持った右手で傷口をスッとなぞる。それだけで、手首の傷があっさりと塞がった。

 シオンは再びイクス・ブレイズを身構えて、痛む脇腹を、埃(ほこり)を払うかのように右手で叩いた。

 その部分は、刀で斬られた筈――なのに出血していない。バリアジャケットは斬られているのにだ。それを確認するなり、紫苑が苦笑する。

 

「ジャケットの下に何か着込んでいるね?」

「トウヤ兄ぃが耐刃繊維の肌着を持ってた事を思い出してな。わざわざジャケットを展開した後に、もう一度着直したんだぜ?」

 

 ぴらりとシャツ状のジャケットめくって紫苑に見せる。そこには、もう一枚シャツがあった。

 耐刃繊維とは、ある特殊な生地で作られている服である。摩擦の強い特殊繊維で作られた服で、刃を滑らなくしてしまうのだ。滑らない刃物は、切れ味をろくに発揮してくれない。特に刀は引かねば斬れないのが特徴である。刀が他の刀剣類より、扱いが難しいと言われる由縁であった。

 シオンはそれを利用したのだ。これ自体は魔法と何ら関係の無い物である為、神空零無の影響を受けないと言う特典まである。

 ……ただ、刃物を滑らなくしてしまうと言う以外は普通の服の為、防御力は皆無。鉄の棒でブン殴られるのと大差無いダメージを受けはするのだが。

 実際、神覇ノ太刀の斬方の一つ、”斬鉄”あたりを使われれば、シオンの胴は二つに分かれていただろう。

 だが、シオンは確信していた。あの勝利が確定したような状況ならば、紫苑はわざわざ斬鉄を使っては来ないと。

 なんせ自分である。詰めの甘さもまんま自分と同じであった。

 へっと笑うシオンに、感心したように紫苑が唸った。

 

「まともには戦わない……そう言う事?」

「お前がちくちくちくちく、下らねぇ嫌みでもってこっちを虐めてる間に、俺はずっと考えていたのさ。お前を出し抜く方法をよ。”三つ”程考えついたよ。今のが、まず一つ」

 

 言いながら、シオンは前に進む。紫苑は後ろに下がりながら……恐らくは握力が回復していないのだろう、左手を庇うように右半身へと構えた。

 

「二度は通用しないよ」

「分かってるさ。だから、いくつも考えたのさ。そして――」

 

 そんな紫苑に薄っらとシオンは笑い、いきなり無挙動で両手のイクス・ブレイズを二つとも紫苑に投げ放つ!

 不意をついたそれに紫苑が目を見開き、しかし動じずに刀を翻した。

 

    −閃!−

 

    −撃!−

 

 回転しながり迫る二つのイクスは、あっさりと弾き飛ばされる。

 

 ――浅はかだね。

 

 そう紫苑が嘲笑を浮かべようとした、次の瞬間、その笑みが固まった。”眼前、吐息が掛かる程の距離にいつの間にか詰め寄ったシオンに”。

 驚愕に固まる紫苑に、シオンは獣じみた笑いを顔に張り付けて動く。その手には、何も持っていない。

 

 無手で何を――?

 

 紫苑のそんな疑問の答えはすぐに来た。硬く握りしめられた、拳と共に。

 

    −撃!−

 

「かっ……!」

 

 顔面に拳を叩き込まれ、紫苑が呻きを放つ。

 

 打撃だと……!

 

 胸中叫びながら、殴られて衝撃で後ろに下がる紫苑に、今度こそは踏み止まらず、シオンが深く踏み込む!

 そんなシオンに紫苑は鋭く睨みなり、右手の刀を横からシオンに放った。

 

「調子に……!」

 

 乗るな――そう叫ぼうとして、だがそれも出来なかった。シオンの身体が深く踏み込んだ分、深く沈み込む。

 紫苑が放った刀は、あっさりとその頭上を通り過ぎた。そこで、シオンは止まらない。通り過ぎる筈の刀――正確にはそれを握る右手を左手で掴むと同時に、自分へと引っ張る。

 その動作に、紫苑の体勢は崩れた。更に体勢が崩れ、がら空きとなった鳩尾(みぞおち)に右の肘を踏み込みながら突き放つ!

 世にその技を、こう言う。八極拳、六大開『頂』豁打頂肘(かつだちょうちゅう)、と。

 人体急所の一つである鳩尾に埋め込まれた肘に、紫苑が苦悶の息を吐いた。それを聞いて、シオンが笑う。

 

「刀を捨てて五年間。俺も無為に過ごして来た訳じゃねぇんだよ」

「こ、れが、二つ目、の……?」

 

 喘ぐように、問う紫苑。だが、シオンは更に笑みを深めた。

 

「いいや、二つ目はここからだ!」

 

 吠えると同時に、肘を打ち込んだ姿勢からシオンの身体が跳ね上がる! 掴んだ紫苑の右手を更に引きながら、肘に右手を押し当て、そこを支点に紫苑の小柄な身体を背中に担ぎ上げた。肘に逆関節を極め、叩き折りながら紫苑がその背中を回転する――!

 

 なんだ、これは!

 

 折られた右肘に苦悶の喘ぎを上げながら、見た事も無い動きに紫苑の目が大きく見開かれた。それを気配で察して、シオンは叫ぶ。

 

「見た事無ぇだろ? なんせ、タカ兄ぃ直伝の、タカ兄ぃだけの技だからなぁっ!」

「なぁっ!?」

 

 その叫びに紫苑の驚愕の声が重なり、紫苑の身体が背中を回り切る。シオンは前に倒れこみ、紫苑を頭から叩き落とした。

 

    −撃!−

 

「がぁっ!」

 

 脳天に凄まじい衝撃が走り、紫苑が悲鳴を上げる。シオンは素早く立ち上がり、うずくまる紫苑を冷たく見下ろした。

 

「組み技――投げ、締め、関節技の総称だ。これを魔導戦闘で、まともに使ったのはタカ兄ぃしかいない。……もしくは、それを教えられた俺以外にはな」

「く……!?」

 

 五年。シオンは刀を捨ててから、それを埋めるように他の技を求めた。

 剣技を、小太刀を。そして、タカトの格闘術を。

 タカトの格闘術は、他と一線を画するものだった。従来ならば魔導師戦闘で使え無い技を、自らの格闘術に組み込んだのである。それが、組み技であった。

 空間に足場を展開する技能が、これを空戦を含めた高速の魔導師戦での使用を可能としたのだ。

 痛みに喘ぐ紫苑の呻きが響き、それを聞きながらシオンは左手を前に突き出す。

 

「我が手へ!」

【リターン!】

 

 即座に離れた位置に落ちていたイクス・ブレイズがシオンの元へと返って来た。

 紫苑の左手は出血で使えず、右手の肘は叩き折った。だが、再生する事が出来る紫苑はすぐに復活するだろう。その前に倒す!

 

「終わりだ! 紫苑!」

 

 叫び、イクス・ブレイズを振り上げた――次の瞬間、紫苑が感情の失せた顔で、シオンを振り返る。ギョロリと剥いた目が、シオンを捉えた。

 シオンの背中を先とは比べものにならない悪寒が突き抜ける!

 

「僕を舐めるな……!」

 

    −轟!−

 

 刹那、目の前に真っ白な光が溢れ――。

 肩から斜めにかけて耐え難い痛みが走り抜け、身体が跳ね上がるような感触と共にシオンの意識は飲み込まれたのだった。

 

 

(中編2に続く)

 

 




はい、第四十三話中編1でした。
シオンVS紫苑、次回ついに紫苑の正体が明らかに。
どのようなものなのか、お楽しみにです。
では、中編2でお会いしましょう。
ではではー。

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