魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「俺は、俺を許せない――五年前のことも、二年前のことも。その、どれもが、俺にとって忌まわし過ぎて、俺は俺自身を絶対に許せない。そう、思ってた。けど、気付かなかったんだ。俺の、自分の、本当の気持ちを。それを自覚した時、俺は……。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第四十三話「刀刃の後継」(前編)

 

 朝五時。まだ、日も上らぬ内の出雲市内を軽快に駆けていく影があった。

 神庭シオンである。例の如くタイヤにおもりを乗っけて、アウトフレームと化したイクスを乗せたまま街を走り抜ける。

 その速度は全力疾走に近い。彼等の修練にマラソンと言う概念はそもそも無いのだから。一時間も走り、やがて神庭家に戻ると、次は庭先に出る。

 そこに用意してあるのは、先端が尖った三角錐の太い針であった。シオンはその周りに剣山を配置していく。

 剣山を置き終わると、おもむろに針へと人差し指を置き、ひゅっと、口から鋭い呼気が発っせられたと同時にシオンの身体が上下逆さまに吊り上がる。

 針に置いた人差し指を基点に逆立ちしたのだ。よく見れば、人差し指が淡く光っている。その輝きは、まごうこと無き魔力の光であった。止めとばかりにイクスがシオンの爪先に乗る。――シオンの身体が僅かに揺れた。

 

【……落ちたら死ぬぞ】

「ぐ……っ!」

 

 イクスのぽつりとした呟きにシオンは呻き一つで耐えた。揺れが納まり、安定する。

 

【このままの状態で一時間だ。いいな?】

「おうっ……!」

 

 答えを返しながら、シオンはただ指先に魔力を集中させる。この修練は、主に魔力制御の為のものであった。

 シオンはただでさえ、魔力制御が甘い。タカトやトウヤとは比べられない程にだ。属性変化系魔法である神覇ノ太刀、奥義を精霊の力を借りねば発動出来ないのは偏(ひとえ)にこれに問題があった。

 十分程もそのまま逆立ちでいると、シオンの身体から汗が吹き出し始める。下手に動くよりも、持続する事の方が難しい修練。シオンが今行っているのは、まさにそれであった。

 ぽたぽたと庭に落ちて行く汗。だが、シオンはどれほど集中しているのか、一切それに構わなかった。視線は、ただただ魔力を放出する人差し指にのみ集中し続ける。

 この修練で最も大事なのは、魔力放出の量であった。多過ぎれば魔力はあっと言う間に枯渇、もしくは針が壊れて落下する。少な過ぎれば身体は支えられず、剣山に真っ逆さまと言う仕掛けであった。

 つまり魔力放出を適切に一定の量で長時間持続する必要があるのだ。これが非常に難しい。

 シオンはそのまま一時間程逆立ちしたままの姿勢を持続し続け、時間を確認するとイクスがフムと頷いた。

 

【よし、一時間だ……が、まだ持ちそうだな。後三十分追加だ】

「ぐ……っ!」

 

 イクスの台詞に、漸く終わりだと思っていたシオンが追加された時間に呻いた。

 終わりだと思っていた所から更に時間を増やされると言うのは、想像以上に堪えるものである。終わりだと安心し、一度落ちた集中力をもう一度振り絞らなければならないからだ。

 呻き、ぐらぐら揺れ始めたシオンの身体だが。どうにか、落下を堪える。やがて三十分経つと、漸くイクスがシオンの足から下りた。

 

【よし。いいぞ、シオン】

「く……っ。ふぅっ!」

 

    −発!−

 

 イクスの声に、漸く終わりだと悟り。シオンが指先で一気に魔力を炸裂させる。すると、シオンの身体が空高くに舞い上がった。剣山を避けて庭に着地する。だが、立っていられ無い程に疲労したか、庭先にばたりと座り込んでしまった。

 

「っう……。久しぶりにやったけど相変わらずきっついなコレ」

【針も剣山も向こうでは用意出来なかったからな。この修練こそは率先してやりたかったのだが】

 

 淡々とイクスは答え、シオンはそれに顔をしかめた。元々じっとしているような修練は得意では無い。

 ただでさえ、魔力制御には自信が無いのだから。まぁ、イクスもそれを考えてこの修練をさせている訳だが。

 

「さて。どうする? まだ修練やるか?」

【無論――と言いたい所だが、後三十分もすれば朝食だな。続きは後にしよう】

「オーライ」

 

 イクスの返事にシオンは軽く答えて立ち上がり、自室へと向かう。朝食を食べるにしても、まず汗を流しておこうと思ったのだ。汗でべたついた服のままと言うのも気持ち悪い。その為に風呂に行く前に、着替えを取りに行こうとして。

 

「……ん?」

 

 自室へと歩くシオンが、ふと何かに気付き立ち止まる。部屋へと向かう先に人影を見付けたからだ。その人物は――。

 

「なのは先生?」

「ふぇっ!?」

 

 呼び掛けてみると、その人物、高町なのはは、飛び上がらんばかりに驚く。慌てて、シオンへと振り返った。

 

「し、シオン君……! お、おはよ〜〜」

「はぁ。おはようございます。……何してんですか?」

 

 えらく慌てるなのはに、シオンは疑問符を浮かべる。何を、そんなに慌てる事があると言うのか。それに、なのはが今見ていた部屋の襖は――。

 

「タカ兄ぃの部屋に何か用でも?」

「え、えっと。そう言った訳じゃ無いんだけど……少し、気になって」

 

 なのはにしては珍しくも小声での言葉である。それに、鈍感極まるシオンは?マークを貼付けたまま、今度は部屋へと視線を向けた。

 ――タカトの部屋。シオンも結構入る事が多かった部屋である。それにはまぁ、ちょっとした理由がある訳だが。

 しばし部屋を見てると、シオンはフムと頷き、なのはへと視線を戻した。

 

「どうせだし、入ります?」

「ふぇ!? で、でも人の部屋に勝手に入るのはあまり……!」

「2年も放ってある部屋ですし、問題無いでしょ。掃除とかで母さんやらが入ってるだろうし。……どうしますか? なのは先生に任せますよ?」

 

 悪戯めいた笑いでの問いに、しばしなのはは宙に視線を巡らせる。あ〜〜やらう〜〜やら唸りに唸り、やがてコクンと頷いた。そんななのはにシオンは苦笑する。

 

「んじゃ、入りましょう。あまり、驚かないで下さいね」

「え?」

 

 台詞の後半部分に思わず問い返す。それには何も答えず。シオンは襖を開けた――そして、”それ”が現れた。

 

 本。本が、ある。だが、ただ本がある訳では無い。開けられたシオンの異母兄、タカトの部屋を見て、なのはがポカンと口を開いた。シオンは苦笑する。

 そして、”本”を見上げた。本の、山を。

 タカトの部屋は、まさに本だらけであったのだ。と、言っても無造作に本が置いてある訳では無い。

 ちゃんと本棚に綺麗に整頓され、分類ごとに分けられてさえいる。下手な図書館よりも綺麗に整理されているだろう。だが、問題は”量”であった。

 何せ、シオンの部屋より広い筈の部屋なのに、遥かに狭く感じる程に本棚が乱立していたのだから。

 ここは相変わらずだなぁと、呆れたように笑いながらシオンはタカトの部屋に踏み入った。なのはも続き、周りを見回しながら入って来る。

 

「タカ兄ぃは、家事の他に一つだけ趣味みたいなものがありまして。それがこれです」

「えっと、本好きって事かな?」

「本人は乱読派とか言ってました」

 

 肩を竦めてシオンはそう、なのはに言う。

 世に、彼のような人間を蔵書狂(ピブリオ・マニア)と呼ぶ。タカト自身に自覚は無いが、彼は酷い本の収集家であったのだ。しかも本であるならば基本なんでも楽しめると言う人間でもある。それについて、タカト曰く『本の内容はとにかく、本の種類に貴賎は無い』。そう断言するのだからタチが悪い。

 

「ちなみに、俺が世話になってたコーナーはそっちです」

「……そ、そうなんだ」

 

 言いながらシオンが指差す方向に目を向けて、なのはは苦笑した。そこにはこれでもかと漫画の単行本が収められていたのだから。シオンの部屋に漫画が無かった理由がここにある。つまり、タカトの部屋に山とあるので置く必要が無かったのだ。

 タカトは本当に、本に貴賎をつけなかった。学術書、技術書、民謡、神話、漫画、etc、etc……。

 単に節操無しなだけなのか、個人で持つ蔵書量としてはかなりの量がある。何せここに置いてあるものでさえ一部に過ぎない。実は神庭家には地下室があるのだが、そこにはこれに数倍する本の量があったりする。

 

「……やっぱり驚きました?」

「う、うん。あ。でも、ちょっと納得かも……」

 

 そう言い、なのはが思い出したのは幼なじみであるユーノの事であった。ユーノはタカトの事を友達と言っていたが、それはこういう共通点があったのだろう。

 実際タカトはユーノ家に居候中、酒を酌み交わしながらユーノの蔵書について朝まで熱く語り合った事があったりする。

 

「……よくここで、本をぼけっと読んでましたよ」

 

 シオンは笑いながら、部屋に一つだけ設えてある机と椅子を見る。

 家事をしている時と、修練の時、そして仕事の時以外だと、タカトはそこに座り、本を読み耽っていたものである。

 ……ルシアから、しょっちゅう無理矢理遊びに連れ出されていたようでもあるが。

 懐かし気に、そして寂し気に笑うシオンに、なのは少しだけ表情を曇らせた。トウヤの言葉を信じるならば、タカトの真実をシオンは知らない。

 『幸せ』と言う感情を喪失ってしまっていると言う真実を。

 こんなにタカトの事を想っている、シオンが。

 それは何故か。とても悲しい事だと、なのはは思った……理不尽な事だと、そう思った。

 だが口にしてしまいそうになるそれを、なのはは必死にしまい込む。今、シオンに知らせるべきじゃない。そう思ったから。

 

「シオン君は――」

「はい?」

 

 なのはの声に、シオンは振り返る。きょとんと自分を見るシオンに、なのははくすりと笑った。

 

 ――タカト君の事が、本当に好きなんだね。

 

 そう言おうとして。でも止める。多分、彼は否定しかしないだろうから。だから、別の言葉を紡いだ。

 

「――もし、お姉さんがもう一人出来たらどう思うかな?」

「なんですかそれ。ユウオ姉さんの事ですか?」

「違うよ」

「なら、どう言う……?」

「内緒♪」

 

 冗談めかすようにそう言い。唇に、立てた人差し指を当てて、なのははウィンクする。そのままタカトの部屋を出た。

 取り残された形となったシオンは暫く唖然とする。

 どう言う意味だろうと首を傾げて考えるも、鈍感なシオンに答えは当然出せる筈もない。取り敢えず、なのはを追い掛けて部屋を出て、再び聞く。

 

「なのは先生! さっきのどう意味なんなんですか?」

「内緒、内緒〜〜♪」

「気になりますって! 教えて下さいよ!」

 

 追いかけっこのように、二人は朝の神庭家を駆ける。そうして、再び主が居なくなった部屋に静寂が戻った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのはとのやり取りから一時間後。シオンの姿は神庭家にある道場にあった。

 あの後、皆で朝食を摂り、食休みを挟んでここに来たのだ。朝食では……スバル達が相変わらずの健啖っぷりを存分に発揮して、アサギを存分に驚かせてくれた。

 それを思い出して苦笑した後、シオンは道場の真ん中で起動したイクスを正眼に構える。

 頭に浮かべるは、昨日突如として現れた五年前の自分と同じ存在、紫苑であった。

 一昨日戦った感覚を思い出しながら、頭の中でシュミレーションを行う。

 ノーマルでのパワーを活かせた攻撃。

 ブレイズの速度で翻弄し、放つ攻撃。

 ウィズダムの突撃、砲撃を持っての攻撃。

 カリバーの奥義、合神剣技を主軸にした攻撃。

 それらを次々と思い浮かべて、得られた結果は――全て、敗北だった。

 パワー任せの剣は、刀であっさり斬り流され、速度任せの双刃はことごとく迎撃され、突撃、砲撃は神空零無で無効化、あるいはあっさり躱され、奥義は精霊召喚の際に生じる隙を突かれて敗北した。

 何せ五年前の自分である。イメージはこれ以上無い程に克明に再現され、そして完膚無きまでに敗北した。

 あまりの結果に、シオンは落胆を通り越して呆れて苦笑した程である。

 

 ……奴は、遠からず必ず現れる。

 

 それは、もはや確信。

 自分との決着をつける為に。

 自分を確立する為に。

 唯一の自分である為に!

 必ず、あいつは自分前に現れる。だが、だが――。

 

「――どうしようも無く勝てない、か……」

【どうする気だ】

 

 シオンのシュミレーションをイクスも見たのだろう。いつもの淡々とした声に僅かな震えがあった。それにシオンは再び笑う。

 正攻法では、どうあがいても勝てない。それだけは理解した。ならば。

 

「……それ以外の方法で勝つだけだ」

 

 にっと口端を歪めてシオンは笑う。あまりにも散々な敗北しか脳裏に浮かばなかったくせに、その顔には何故か自信が満ち溢れていた。

 

「俺は、あいつに勝てる要素がどこにも無い。あいつの力を誰よりも知ってるからな。けど、それは同時に誰よりもあいつの弱点を知っている事に他なら無いんだよ。……何せ、”俺”だ」

 

 言うなり、シオンはイクスを待機状態に戻して道場から足早に出た。

 確か、トウヤが”あれ”を持ってた筈だ――。

 そう思い、母屋へと戻ると、心の中だけでトウヤに謝りつつ部屋に押し入る。

 トウヤの部屋は、とても綺麗だった。恐らく兄弟の中では一番綺麗にしてあるだろう。

 ……ちなみにワースト1はルシア、次点はアサギだったりするが。

 部屋に入るなり、シオンは迷わず箪笥を漁る。綺麗に整頓され、畳まれた冬着に、いいの持ってんなぁと苦笑。いつかパクったろうと思いながら、今は関係無いので置いておく。

 ごそごそと暫く箪笥を漁ると、”それ”が出て来た。手に取り、シオンの顔が綻ぶ。

 

「まず1つ」

【”それ”がお前の切り札か?】

 

 シオンの肩に座り、イクスが言って来る。そちらに視線を移してシオンは笑った。

 

「あいつ専用の、な。他の奴には意味無いモンだけど。あいつだけには通じる」

【だが、それだけでは……】

「分かってる。言ったろ? ”1つ”ってよ」

 

 ぐっと”それ”を握りしめながらシオンは笑うと、立ち上がろうとして。

 

「あ、いたいた。シオン?」

「アンタ、何してんの?」

 

 自分とイクス以外の声が響き、振り返る。開かれた襖の前に、スバル、ティアナ、エリオ、キャロが居た。シオンを見ながら怪訝そうな顔をしている。そんな四人にシオンは笑って見せた。

 

「別になんも。……で、どうかしたのか?」

「あ、うん。八神艦長達が海鳴市に行くらしいんだけど。シオンもどうかなって」

 

 シオンの問いに、スバルが笑顔で答えた。

 海鳴市――確か、なのは達の故郷だったか。タカトと実質、最初に戦った因縁の場所でもある。

 

 ……そういや士郎さん、元気かな。

 

 アースラを下りると決めた時に、雨宿りで立ち寄った喫茶店のマスターの顔をシオンは思い出す。

 優しく、父親と言うのは。こんな人なんだなぁと思った人だ。

 士郎との会話を思い出し、シオンは思わず笑う。

 ……ちなみに彼が、なのはの父だと言う事をシオンはまだ知らなかったりする。偶然とは奇なり、とはよく言ったものでだ。会いたいとは思う。……だが。

 

「悪い。今回やめとくわ」

「そう? 何か用事とかあるの?」

 

 苦笑しながら断るシオンに、スバルがきょとんと問い返す。シオンとしても、海鳴市に行くのは吝(やぶさ)かでは無い。だが、今はそうも行かなかった。紫苑がいつ来るのか、分からないのだ。スバルやなのは達には、昨日夜に紫苑が告げた言葉も、ましてや紫苑が訪れた事すらも伝えてはいない。

 

 あいつと決着をつけるのは、俺だけでいい。

 

 そう、シオンは思っていた。

 ……それがエゴだと。単なる我が儘に過ぎないと、シオンも分かっている。だが、こればかりは譲れ無かった。だから、誰にも紫苑の事を伝え無いと決めたのだ。

 

 ……大概、我が儘が過ぎるよなぁ。

 

 苦笑する。スバル達に知られると、まず間違い無く”お話し”行きだろう。それでも、誰も紫苑と自分の戦いに巻き込む積もりは無かった。それに――。

 

「ま、ゆっくりして来いよ。……そういや、お前達のデバイス。メンテが終わるの、明日だっけ?」

「……そうね。明日中には、クロスミラージュも返って来るわ」

 

 何気無い風を装って問うたシオンに、ティアナが頷く。現在、アースラメンバーらのデバイスや固有武装は『月夜』に預け、フルメンテの真っ最中であったのだ。

 時空管理局本局での決戦、そして地球までの逃避行で、皆のデバイスや固有武装は、かなりのダメージを負っていた。

 ロスト・ウェポンにするにしてもしないにしても、どちらにせよ修理しなければ話しになら無い状況だったのだ。

 その為のフルメンテであり、アースラメンバーは誰もデバイスも固有武装も持っていない――だから。

 

 ……一両日中に来る可能性大、か。

 

 シオン以外にまともな戦力が無い状況。紫苑がそれを見逃すとも思え無い。

 おそらく今日中には来る。それは、もはや確信だった。

 

「シオン兄さん。そんな事聞いて、どうしたんですか?」

「ちっと気になっただけだって。今、ストラの襲撃があったら大変だなーてな?」

 

 エリオの問いも、はぐらかすようにしてシオンは笑う。紫苑の名は出さないようにして、少しだけ関連性がある情報を混ぜておく。下手な嘘より、こう言った嘘の方が安全だろう。それでも、四人はジト――と、シオンを見続ける。キャロでさえ、微妙に疑ってるような顔なのだ。

 ……こいつ達、俺専用の直感でもあるんじゃ無かろうかと、内心シオンは苦笑する。

 これ以上話していてボロを出すのもバカらしいので、とっとと部屋を出て四人から離れる事にした。

 

「んじゃ、楽しんで来いよ。俺は部屋で、だらだらしてるわ」

「あ、はい」

 

 ポンとキャロの頭に手を乗せてシオンは笑い、トウヤの部屋を足早に出る。取り敢えず、自分の部屋に戻る事にした。

 

 ……切り札2は、準備とかもいらねぇしな。

 

 強いて言うならば、後で道場で試して見るだけである。取り敢えず悟られる事だけは避ける為に、シオンは足早に自室に向かった。

 

「シオン……」

 

「……あいつ、また何か隠してるわね……」

 

「はい。僕もそう思います」

 

「私もです!」

 

「シオン。意外に嘘分かりやすいよね……ティア、どうしよっか?」

 

「決まってるわ。なのはさん達には悪いけど、海鳴市行きは中止。あの馬鹿を張るわよ!」

 

「うん!」

 

「「はい!」」

 

 四人が去って行くシオンを見ながら、頷き合う。

 自分が思っている以上に、四人には自分の事を知られている事に気付いていないシオンは、そんな会話に当然気付ける筈も無い。

 かくて神庭家には、アサギ、シオン、そしてフォワード四人が残る事となった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 トウヤの部屋から目的の物を手に入れた後、シオンは本当に部屋に篭った。部屋から出たのは昼食の時くらいか。スバル達が海鳴市に行かず、まだ家に居た時には驚いたものだが。

 昼食を終えると食休みを挟み、腹ごなしと”見せ掛けて”、道場で切り札2を試してみる事にした。

 スバル達も道場に付いて来てシオンの動きを見ていたが、何をやってるか分からなかったのだろう。キョトンとシオンの動きを見ているだけだった。

 暫くそうやって道場で身体を動かした後、スバルにシオンは聞いてみる。

 

「……スバル。今のような動き、見た事あるか?」

「ううん。無いよ。て言うか今の、なんなの?」

「そいつは内緒だ……ありがとな」

 

 他にもティアナやエリオ、キャロにも聞くが、首を横に振る。シオンは口端を歪めて笑った。

 ミッドでも――否、”一般の魔導師戦闘”でもまずお目に掛かれ無いものだと、これで確信が持てた。

 当然である。シオンもこれをまともに使っている人間なぞ、”タカト以外”には見た事も無い。

 奴相手の切り札2に十分になり得る。それを確認すると、それだけを行い続けるのも疑惑を持たれかね無いので、軽く四人と模擬刀等で手合わせする。

 実際にスバル相手に手合わせの最中に試して見るが、これが面白いように決まった。

 

 ……結果は上々、と。

 

 シオンは切り札2の仕上がりに満足すると、修練を切り上げる事にする。時間を確認すると、時計はお昼時を過ぎて夕方に差し掛かろうとしている所であった。

 

「うっし。んじゃ、ここまでにしとくか。風呂、お前達が先使うだろ?」

「あ、うん。いいの? 先使わせて貰って?」

 

 もう秋とは言え、身体を動かせば汗も当然出る。シオンも含めて、全員汗だくであった。スバルの問いに、シオンは苦笑する。

 

「流石に女の子を差し置いて俺達が先に入るのはアカンだろ。俺は部屋にでも居るし、風呂上がったら呼んでくれ」

「うん。分かった。それじゃあ、後で呼ぶね?」

「おう」

 

 スバル達に頷くと、シオンは道場を出た。自室に戻ると、すぐにイクスに呼び掛ける。

 

「……で、どうよ。イクス?」

【確かに、奴にも通じるだろう。一回きりならな】

 

 ふむとイクスも頷く。だが、その表情はまだ晴れない。つい、とシオンをイクスは見上げた。

 

【……だが、この二つの切り札はどちらも奇襲性のものだ。これだけではまだ勝ち目は薄いぞ?】

「つってもな。俺が考えつくのはこれしか無かったし……」

 

 イクスの言葉に、シオンもそれは分かっているのだろう。痛い所を突かれたとため息を吐く。そんなシオンに、イクスは少しだけ目を伏せ、やがて意を決すると顔を上げた。

 真っ直ぐにシオンを見る。

 

【後一つだけ、切り札は用意出来る】

「お、本当か? 一体どんな――」

【”刀を抜け”】

 

 その言葉に、シオンが笑顔のままで凍り付く。

 それを言われるとは思わ無かったのだろう……よりにもよって、イクスに。

 固まってしまったシオンをイクスは痛まし気に見ながら、しかし言葉を連ねていく。

 

【……奴も今更、お前が刀を握るなんて思うまい。これは十分に切り札に――】

「嫌だ」

 

 シオンは最後までイクスに言わせなかった。きっぱりと拒絶を告げる。

 一瞬だけイクスは口をつぐむ。だがまだ止まらない。

 

【シオン。お前の気持ちは分からないでも無い。だが】

「嫌だって言ってるだろ!」

【俺ではお前を活かせきれ無いんだ!】

 

 堪らなくなり、叫ぶシオンにイクスも怒声を上げる。二人は、真っ向から睨み合う形となった。

 

【いい加減に気付け! お前の本質は刀だ! この五年で神覇ノ太刀を剣式に変えてはみた……! だが、やはり神覇ノ太刀は――お前は! 刀を使う者なんだ。だから!】

「だから何だってんだ……っ! 俺の相棒はお前だろうが! 俺の剣はお前だろ!? お前を捨てて、刀に乗り換えろってか……!?」

 

 シオンはイクスの言葉を拒絶し続ける。

 そんな事を言って欲しくなんて無かった。他でも無い、イクスだけには。

 この五年を共に歩いた、師であり、友であり、相棒でもあるイクスだけには。なのに――!

 

【それが――それでお前が正しい成長を遂げられるなら。俺は、お前には必要無い……!】

「っ――! 話しにならねぇ!」

 

 シオンはそう叫ぶなり、立ち上がると部屋の襖へと向かう。イクスは慌てて追い駆けようとして。

 

「付いて来んな!」

【っ……! シオン!】

 

 振り向かないまま叫んだ声に動きを留められた。再び自分の名を叫ぶイクスに、シオンは首を横に振る。

 

「お前には……お前にだけは、そんな事言って欲しくなんて無かったのに――」

【シオン……】

「ッ……!」

 

 もうここでイクスと話していたく無かった。シオンは襖を開け放つと、真っ直ぐに玄関へと駆ける。

 途中で様子を見に来たのだろう。エリオとすれ違うも、無視して玄関に向かう。靴を履いて、家から飛び出した。

 とにかく走りたい――そう思い、家を出てからも走りる。

 イクスも何もかもを置き去りにして、ただただ走り続けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「っ――! っ――!」

 

 家を出てからも全力で走り続け、シオンは川の土手で漸く止まった。一つ、大きく息を吐くだけで呼吸を整えると、土手の草原に寝転がる。

 言いようの無い苛立ちは、まだシオンの中で燻(くすぶ)り続けていた。

 

「くそ……! なんだよ。イクスの奴……!」

 

 苛立ちのままに言葉を吐き出す。

 ……シオンとて分かってる。刀の問題とは、紫苑の事が無くても、いつか必ず向き合わねばならない事だったと言うことくらいには。

 だが、だからと言って『はい、そうですか』と、頷ける話しでも無い。

 だって、それはイクスと歩いたこの五年を否定する事になるのだから。

 なのに、当のイクスからあんな事を言われたのだ。シオンの怒りも当然と言える。裏切られたような、そんな怒りがシオンの中に渦巻いていた。

 

「第一、俺が刀を捨ててどんくらい経ってると思ってんだ……! 五年だぞ! 使い物になるわきゃ、無ぇだろうが……!」

 

 次々と口に出る怒り。誰に言って聞かせるでも無いそれをシオンは言い続け、やがてハァと大きくため息を吐いた。腕で目元を隠して、ポツリと呟く。

 

「ばっか野郎が……」

 

 ――刀は抜かない。

 シオンの中で、それは大前提であった。ずっとずっと、決めた事。イクスを継いだ時に自らに定めた事。

 

 だって。もう、”あんな目”で見られたく無い――。

 

 あの事件での、自分を慕ってくれた幼なじみの少女、姫野みもりの恐怖に彩られた目を、シオンは思い出す。それと同時に苦笑した。

 ……なんだ、結局の所、それが全部じゃねぇか。そう、思いながら。

 自分は怖いのだ。

 刀で、人を斬る事よりも、また怖がられる事の方が。

 あんな風に見られる事の方が!

 ……なんて、自分勝手な理由。

 情けなくて、泣いてしまいそうだった。だけど、だけど――。

 

「……シン君」

「ッ……!?」

 

 突如、響いた声に慌てて起き上がる。上半身だけで振り返ると、土手の上に彼女がいた。

 今、想っていた少女、姫野みもりが。

 みもりは驚愕に固まるシオンに微笑むと、土手を下りて来た。

 

「……ここ、いいですか?」

「……ん」

 

 短い返事だけで、シオンは頷く。それを確認して、みもりはシオンの横に体育座りで座った。

 

「どうしたんですか? エリオ君が、シン君が飛び出したって騒いでましたよ?」

「てーと、スバル達も?」

「はい。皆探してると思います」

 

 しくった……。

 

 盛大にため息を吐いて、シオンはそう思う。もうごまかすのは不可能だろう。

 あの、愛すべきお人よし達の事である。何らかの手出しをして来る可能性が大であった。

 ただでさえ、自分は紫苑との戦いの時に暴走に近い状態となっている。

 それを直に見ていた彼女達が、自分を放って置く事はまず有り得無い。

 そんな風に嘆息するシオンに、みもりはくすりと笑う。

 

「みんな、良い人達ばかりですよね」

「良い人ってよりは、ありゃただのお節介だ」

 

 ふて腐れたように、シオンはうそぶく。みもりはもう一度微笑すると、シオンから視線を外して川に向ける。そして、ぽつりと呟いた。

 

「もう、自分を許してあげてもいいと思います」

「っ――――」

 

 その言葉に、シオンが息を飲む。みもりへと視線を向けた。だが、彼女は構わない。シオンを見ないままに続ける。

 

「シン君は、ずっと、ずっと苦しんで来ましたよね。……人を傷付けた事をずっと」

「…………」

 

 シオンは何も言えない。ただ、みもりを見続けるだけ。そして、みもりも見ないままに続ける。

 

「私を助ける為に、シン君は人を傷付けて……自分も、傷付けて。それなのに、私はシン君にひどい事をしました」

「……お前は何もしてねぇだろ」

 

 呻くようにしてシオンは呟く。だが、みもりは首を横に振った。

 

「シン君を、怖いって思っちゃいました」

「当たり前の事だろ」

 

 幼なじみの少年が、目の前で人を斬ったのだ。怖がらない人間が居る訳が無い。

 みもりの恐怖は、至極当然の事だったのだ。なのに、みもりは否定する。

 

「私は、私だけは、そんな風に思っちゃいけなかったんです」

「なんでだよ」

「だって、シン君が助けに来てくれた時。すごく嬉しかったんですから」

「ッ――」

 

 その言葉に、シオンが息を詰まらせる。……嬉しかったと言うみもりに。彼女は、漸くシオンの方を向いた。

 

「シン君が来てくれた時、嬉しかったんです。……嬉しかったのに、シン君が怖いって思っちゃいました」

「……目の前で人が斬られたんだぞ? 嬉しかろうが何だろうが、怖いもんは怖いだろ」

「でも、助けてもらった私は、やっぱり怖がっちゃいけなかったんだと思います」

 

 それは違うと、シオンは思う。みもりが気に病む事は何も無い。どう考えても、あれは自分が悪い。それなのに、みもりはそう言うのだ。

 直接的には言わないが、自分のせいだと。自分が悪いのだと。

 ……心の中でシオンは苦笑した。

 自分が悪いと、互いに言い続ける自分達はなんて滑稽なんだろうと。そう思った。だから。

 

「……ならさ、お前も自分を許せよ」

「え……?」

 

 突如として告げられた言葉に、みもりの目が丸くなる。シオンはそんなみもりにニッと笑った。

 

「お前は、お前のせいで俺が刀を捨てたって思ってんだろ? それを許せって言ってんだ」

「それは――でも……」

「でももかしこも無ぇよ……代わりに俺も、少しだけ自分を許すからよ」

 

 自分を許す……多分、これは綺麗ごとに過ぎない。

 言葉でいくら言おうと、簡単に自分を許せる程、自分は出来た人間じゃない。

 だけど、みもりにこんな思いを抱かせたままにしたくなかった。

 ……自分を許せ無いなんて、そんな事、納得出来なかった。

 

「刀を使うか、どうかはまだ分からない。俺にはイクスがいるしな。でも、互いに許すのは別にいいだろ?」

「で、でも……! シン君は五年間もフイにしたのに……!」

「それ言うならお前もだろ? ずっと、あれこれ世話してくれたんだ。同じようなもんだ」

「それは……! 私がシン君の世話をするのはそれが趣味ですから……」

「みもり」

 

 シオンはただ名前を呼んでみもりに首を横に振る。そして、みもりから顔を背け、川を見ながら続けた。

 

「お前をお前自身が許してやれよ。俺を荷物にするような事はしなくていいんだ」

「……でも、シン君……」

「俺もお前を許す。だから、お前も俺を許してくれ。そうしたら、俺も俺を少しは許せる気がするか

「あ……」

 

 笑って告げる言葉――シオンはそれが嘘だと。自分が自分を絶対に許せないと分かっていながら、それをつく。

 ……それで、みもりが自分を許せるなら。そんな嘘もいいと思えたから。

 

「な? みもり――」

 

 そう言って、再びみもりの方を向こうとして、シオンの視界に映ったものは、こちらを見つめる、みもりと。

 その、みもりを後ろから抱きしめるように手を広げる五年前の自分。

 

 ――紫苑!

 

「っ――!? みもり!」

「え? シンく――」

 

 それ以上みもりは話せなかった。紫苑に抱きしめられ、同時に口元をハンカチのようなもので塞がれる。

 一瞬だけ、みもりの目が驚きに見開かれて。だが、抵抗する暇も無く意識を失い、四肢から力が抜けた。薬をハンカチにでも染み込ませていたか。

 

「っ! みもり! 紫苑、てめぇ……!」

「ハハハハハハ! 大丈夫、寝てるだけだよ。でも、それ以上近付くと、分かるよね?」

 

 そう言って、何処から取り出したのか、みもりの首元に刀を押し当てる。飛び出そうとしたシオンの動きが止まった。キッと紫苑を睨みつける。

 

「何のつもりだ……!」

「簡単だよ。貴方の周りには人が多いからね。僕としては邪魔は欲しくないんだ。……みもりは保険だよ。人質だね」

「そんな事しなくても、俺は!」

「貴方はそうでも、貴方の周りはそうじゃないだろ?」

 

 図星を指されて、シオンが言葉を失う。スバルやティアナは言うまでも無く、下手をすればトウヤが動く。それを警戒したか。

 黙り込んだシオンを満足そうに見て、紫苑は笑った。

 

「私立、秋尊(あきたか)学園。中等部。知ってるよね?」

「……当たり前だ……!」

 

 シオンのかつての母校である。知らない筈が無かった。シオンの返事に、紫苑は頷く。

 

「そこで待ってるよ。今日、決着をつけようじゃ無いか」

「っ……!」

 

 やはり、今日中に決着をつけるつもりだったか。シオンはぐっと息を飲み、紫苑を睨む。

 

「……分かった。必ず行く。誰も連れて行かない。これでいいか……!?」

「うん、十分だよ」

「なら、みもりを離せ!」

「それは無理だよ。だって貴方以外への人質だからね」

 

 クスクス笑うと、紫苑の周りがボゥっと光る。これは、昨日の時にも起きた現象。つまり、転移魔法!

 

「必ず来てね。来なかった場合は――分かるよね? 殺すよ?」

「……てめぇ……!」

 

 ぎりっと歯が軋む音をたてる。それでも、紫苑に飛び掛かれ無い。みもりが人質に取られてる状況では下手に動け無いのだ。

 ただ自分を睨む事しか出来ないシオンに紫苑はあからさまな嘲りの笑いを浮かべ、最後の言葉を紡いだ。

 

「じゃあ、また後でね」

 

 そして、あっさりとその姿が消えた。みもりと、共に。最後まで睨みつける事しか出来なかったシオンは、やがてぽつりと呟いた。

 

「……上等、じゃねぇか……!」

 

 拳が、肩が震える。溢れそうな怒りで我を忘れそうになるのを、必死に自制しながら、紫苑が居た地点をずっとシオンは睨み続けていた。

 

「俺の名を……! 刀刃の後継の名を、思い出させてやるよ! 紫苑っ!」

 

 夕日を映す川にシオンの咆哮が響き渡った。怒りと、悔しさを交えた叫び声が、どこまでも。

 切なく、切なく。

 そして決着の予感を孕んで、響き渡った。

 

 

(中編1に続く)

 

 




はい、第四十三話前編です。ついに紫苑と決着の始まりとなります。
多くは語るまい……お楽しみにー。
あ、それと無事百万文字突破致しました。
にじふぁん時ラストが百万五十万文字くらいで、アリサ道場他を除いてますから、あともうちょっとで追いつきますな。
続きが気になる方はもーちょっとだけお待ちを。
ではではー。

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