魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十二話後編であります……これでタイトル詐欺にならずに済んだ……!(おい)


第四十二話「懐かしき我が家」(後編)

 

 グノーシス月本部『月夜』。転送ポートに続く通路を実家に帰る為に、神庭シオン”達”は、てくてく歩いていた――そう、”達”。つまりシオン一人では無い。

 スバルやティアナ、エリオ、キャロを始めとして、なのは、フェイト、はやての隊長三人娘。更にギンガ、チンク、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディ達N2Rの面々。

 ようするにシグナム、ヴィータ、アギト、リイン、クロノ、ザフィーラを除いた全アースラ前線メンバーがシオンと一緒に歩いていたのだ。

 それだけでは済まず、異母兄であるトウヤとその恋人兼秘書のユウオ、幼なじみのみもりまで一緒である。

 総数十六名がぞろぞろと歩ける『月夜』、通路の広さは本当に大したものである。それは、シオンも認める。だが、しかし!

 

「……あ、あの〜〜」

『『ん?』』

 

 わいわいと雑談しながら歩く一同にシオンは意を決して振り返る。そしてやや引き攣った笑いを浮かべた。

 

「見送り来てくれたのは嬉しいんだけど、ここまででいいかな〜〜と」

「ああ、ちゃうよ。見送りやないから」

 

 ……見送りでは無いなら果たして何故に着いて来ているのか?

 にっこりと笑って答えてくれたはやてに、シオンは更に引き攣った笑いのまま続ける。

 

「えっと、ならなんで?」

「もー、そんなん決まってるやん」

 

 ややなーもぅ、と。はやては朗らかに笑う。……シオンはそんなはやての笑いに――正解には、シオン以外全員が浮かべている笑みであった――に、嫌な予感を覚えて後ずさる。

 だが、すでに後ろはスバルとティアナが自然な動作で逃げ出せぬように移動していた。

 それに気付き、シオンは戦慄する。自分に気付かれずに、いかような手段を用いて移動したと言うのか。

 そんなシオンの動揺に気付いていないのか、はたまた気付いていないフリなだけか、はやての笑いは変わら無い。そしてきっぱりとシオンに告げた。

 

「シオン君のお母さんに会いに行く為に決まってるやん♪」

「さらばっ!」

 

 即座にシオンは横っ跳びに瞬動! 壁を蹴り、更に瞬動を発動して三角跳びの要領でスバルとティアナの頭上を越える。

 後は転送ポートに逃げ込んですぐに転移すれば――!

 

「甘いよ! シオンっ!」

「なぬっ!?」

 

    −閃!−

 

 着地し、一気に駆け出そうとしたシオンだが、いきなり足ばらいを喰らって転倒した。慌てて顔を上げると、そこにはにっこりと笑うスバルの顔があった。どうやら、着地点を狙って足を払われたらしい。

 

「もー、なんで逃げ出そうとするの?」

「なんでもかんででもだっ! てか、なんで皆着いて来る気だよ!?」

 

 叫び、諦めの悪いシオンは立ち上がろうとして、いきなり背中に誰かから乗っかかれた上に肘を捩り上げられて、阻止させられる。背に目を向けると、そこに居るのはやはりティアナであった。

 

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない? ほら、アンタいろいろあったし。昨日はまた感染者なんかになったから一人だけにするのは心配だしね。――それに、アンタのお母さんって気になるし」

「だぁぁぁぁっ! 前半、お前建前だろ!? 後半が目的だな!?」

 

 そんな事無いよ――と、一同笑うが、はっきりと説得力が無い。

 そもそも彼女達からしてみれば気にならない筈が無いのだ。あのトウヤ、タカト、シオンの三兄弟の母親とも呼べる人。どんな人物か知りたいと思うのも当然であった。それに――。

 

「私が許可したのだよ。家に行っていいとね」

「くっ……! トウヤ兄ぃ……!」

 

 一番後ろに居たトウヤの台詞にシオンは顔のみを上げて睨む。だがトウヤはそんな視線すらも楽しそうに受けて笑う。

 

「多少人数が多めの家庭訪問だと思いたまえよ」

「違う! こんな大人数の家庭訪問なんて存在しねぇ!」

「ううん、シオン君。存在するよ? 今ここに」

「そう言った意味で言ったんじゃない――――――!」

 

 叫ぶシオンだが、もはや拒んでも意味が無い。トウヤが許可した以上、シオンがどれだけ嫌がろうと皆が来るのは確定事項であった。

 

「うぅ……何故に家帰るのに、皆まで連れて行かなきゃならんのさ」

「いいでは無いかね、こう言うのも。では、アサギさんに宜しく頼むよ?」

「……は?」

 

 嘆くシオンにあっさり言って来るトウヤだが、その台詞に引っ掛かるモノがあり、顔を上げる。そんなシオンにトウヤは肩を竦めた。

 

「私は今日は帰れないからね。アサギさんによろしく頼む」

「ちょっ!? 人には帰れと言っておきながら……!」

 

 てっきりトウヤも帰るものだと思っていたシオンは、スバルとティアナに捕まったままジタバタと暴れる。そんなシオンに構わず、トウヤはユウオを伴い、一同に背を向けて歩き出した。

 

「多数の美しい女性に囲まれて羨ましいかぎりだね」

「なら替わってくれよ!」

「だが断る……久しぶりの実家だ。ゆっくりして来たまえよ。ではね」

 

 にべも無い。容赦無く置き去りにされて、シオンはしくしくと泣きすさぶ。そんなシオンとは打って変わり、アースラ一同は元気溌剌に転送ポートに入った。

 

「よっしゃ。じゃあ、神秘に包まれた神庭家に突撃や〜〜♪」

「いつからうちは秘境になったんですか?」

『『オオ――――♪』』

「皆のってるし!」

 

 ツッコミまくるシオンを一同は完璧に無視する。やがて転送ポートが起動し、アースラ一同は神庭家がある日本出雲市へと転移したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 日本、島根県、出雲市。

 ビルが立ち並ぶ都市部から外れた、緑豊かなのどかな郊外部にその家はあった。

 神庭家。そう描かれた”門”を見て、アースラ一同は口をほえ〜〜と開き、唖然としていた。

 さもありなん。ずっと向こうの道まで続く塀。そしてドンっと立った門。それらを見るだけで分かる巨大な屋敷が、そこに在ったからである。

 一同の反応にシオンはため息を、みもりは苦笑していた。

 

「シオン家って、すごいね」

「まさか、ここまでとは思わなかったわ……」

 

 門を見上げながら呟くスバルとティアナにシオンは同じように門を見上げた。自分が育ち、暮らして来た家を。

 こうして久しぶりに帰ると、自分の家ながら大きいと言う事がよく分かる。昔はあまり分からなかったものだが。

 

 ……懐かしいのかな?

 

 門を見上げるシオンは胸中自問する。胸を締め付けるような、いたたまれないような、そんな気持ちになり、シオンは苦笑した。

 自分の家に帰るのに、なんでそんな気持ちになっているのかと。

 ……こんな、罪悪感を覚えるような気持ちになっているのだろうと。

 

「シオン……?」

「ん? どした?」

 

 暫くそうして見上げていると、スバルから声を掛けられる。それに出来るだけ笑って答えると、心配そうな顔が返って来た。横のティアナも声にこそ出さないものの、表情に出ている。

 そんなに俺は顔に出やすいのかと自嘲しながら、シオンは前に出た。これ以上、ここに居ても仕方あるまい。門に手を当てて、力を入れて押す。

 ……相変わらず重い門に、またもや泣きたくなるような気持ちとなり、苦笑でごまかしながら開いて行く。……そして、開いた門からいきなり眼前に木刀の先端が現れた。

 

 ……は?

 

 あまりに唐突に現れたソレに訳が分からず呆けるシオン。そんなシオンに構わず木刀は突き進み、顔面へと放たれる!

 

「て! どおっ!?」

「「「シオン!?/シン君!?」」」

 

    −閃!−

 

 顔面直撃まで、後数ミリで我に返ったシオンは、全力で顔を背ける事で木刀を回避した。後ろから響くスバル、ティアナ、みもりの悲鳴にも今は構っていられ無い。

 避けた体勢から後退しつつ、イクスを起動。後退したシオンを追って現れた小柄な影に向かい、横薙ぎにイクスを放つ!

 

    −閃!−

 

 空気を引き裂いて放たれた斬撃。だが、イクスが斬り払ったのはただその空気だけであった。なら、木刀を持った影は――!?

 直後、ぞくりと背中を走る悪寒にシオンは戦慄。直感の赴くままに頭を下げる。

 

    −閃!−

 

 下げたと同時に、頭上を何かが通り過ぎた。シオンはそれを確かめ無いままにイクスを上に振り上げる。が、やはりイクスは空を斬るのみ。

 前を向いたままのシオンの視界には誰もおらず、振り上げたイクスも空を斬った。ならば!

 

 後ろだろ!

 

「弐ノ太刀! 剣牙ぁ!」

『『シオン!?/シオン君!?』』

 

    −撃!−

 

 魔力斬撃を放ったシオンに、アースラの面々が悲鳴のような叫びを上げる。

 ……当然である。未だ姿さえ捉えさせない襲撃者は、魔法を使っていないのだから。

 そんな相手に魔法を。やり過ぎ以前の問題だ。例え非殺傷設定だろうと、相手によっては最悪の事態にすら成り兼ね無い。

 ……そう。それが、素人ならば。

 

「……やっ♪」

 

    −閃−

 

 軽快に響く高い声と共に、襲撃者は剣牙に対して前に踏み込む。同時に真ん中へ木刀を突き立て、捩るような動作で木刀を回転。それだけ。それだけで、剣牙はあっさりと霧散した。

 

「ッ!?」

『『へ……?』』

 

 その結果にシオンは悔し気に歯を食いしばり、他の面子は唖然とする。

 それはそうだろう。目の前の襲撃者は魔法を使っていないのだ。

 一切、である。にも関わらず、どうやったら魔力斬撃を霧散出来ると言うのか。

 襲撃者は剣牙を無効化しながら、まだ止まらない。シオンへと走る。

 剣牙を放った直後で動けぬシオンは、刹那に迫った襲撃者に簡単に懐へと踏み込まれ――。

 

「絶影っ!!」

 

    −閃!−

 

 その直前に、居合の要領でイクスを横薙ぎへと放つ。

 

 このタイミングでなら――!

 

 必勝を期した一撃にシオンは勝利を確信して。だが、イクスは再び空を斬るだけで終わった。躱された!

 

「な……! うぉ!?」

 

    −閃!−

 

 再び襲撃者を見失った事に驚く暇無く、シオンは足元を払われて空へと舞う。そして、シオンが見たものは自分の額へと降って来る木刀!

 

    −撃!−

 

「あだっ!?」

 

 宙を舞うシオンの額に打ち降ろされた一撃は問答無用に地面へと、シオンを叩き落とす。

 額と後頭部、背中を痛打し、悲鳴を上げるシオンにポカンとしてしまう一同。そして、そんなシオンの前に襲撃者が立つ。

 そこで初めて襲撃者の姿を、シオンを含めて皆が認識した。襲撃者は小柄な体躯であった。おそらく、はやてよりも背が低い。そして腰まで伸びた長い銀髪。柔らかそうに微笑む笑顔に紅眼が印象的である。

 どこかしら――否、シオンを女の子にしてみたら、こんな感じであろう。一見”少女のような”彼女は、微笑し続けながらシオンを見下ろす。

 

「ほら、変に抵抗するから余計に痛い目に合うんだよ? 大人しく一発殴られていればよかったのに」

「……木刀でブン殴られそうになったら誰でも避けるに決まってんだろ!?」

 

 まだジンジンと痛む額を右手で押さえながら、シオンが上半身を起こすと、木刀を持ったまま微笑む彼女を睨みつけた。……変わらぬその姿を見て、泣きそうになったのは痛みのせいだと己に言い聞かせて叫ぶ。

 

「母さん!」

『『……はい?』』

 

 シオンの叫びにアースラ一同が同時に疑問符を浮かべ、その”母さん”をマジマジと見る。

 彼女は、そんなシオンの台詞に微笑を続け、一同を振り返るとぺこりと頭を下げた。

 

「シオン君の母の神庭アサギです。ウチのシオン君がお世話になってます」

『『え、嘘?』』

「いや、マジ」

 

 アサギの挨拶に間髪入れず、異口同音に疑問の声をアースラ一同は上げるが、シオンが即座に否定する。

 アースラ一同の疑問は当たり前であった。見た目、完全に十代の少女。下手をすれば、ティアナやスバルよりも幼く見えるのだ。信じられ無いのも無理は無い。

 ……彼女と初めて会う人は必ず通る道なので、シオンとしては慣れっこである。……この後の展開も。

 シオンはため息交じりに、みもりも苦笑しながら耳を押さえた。そして。

 

『『えええええええええええええええええええええええええええええ――――――っ!?』』

 

 直後にアースラ一同から、大きな大きな叫び声が迸った。

 こうして、シオンは懐かしの我が家に帰って来た。額と後頭部、背中と――そして、胸に痛みを覚えながら。

 

 彼は帰って来た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンの母、アサギと驚きの初対面を果たしたアースラ一同と、再会したシオン、みもりは門を潜り神庭家敷地へと入る。そこに広がるのは、見事な日本平屋であった。

 大きな日本家屋。どれほど大きいのか、母屋だけでもかなりの大きさがあるのに、それに連なるように別棟がある。更に向こうには道場らしき建物や物置まであり、止めとばかりに庭に大きな池まである始末だった。

 外の塀や門から想像はしていたが、下手をするとそれ以上に大きな屋敷に一同呆然としながら中をアサギの先導で進む。やがて奥の一室にたどり着いた。居間と言うには大き過ぎる部屋である。

 何とここに居る面子、全員が楽々に入れ、ゆったりと出来るスペースがあったのだ。その広さ、押して知るべしである。

 久しぶりの畳の感触と匂いに、シオンは顔を綻ばせながら適当な場所に胡座をかいて座る。

 そんなシオンに一同、どこに座ったらいいものかと思案顔になるが、アサギが上座に座ったのを景気に、はやてを一番前にして皆が畳に座った。

 

「ようこそ、神庭家へ。大したもてなしは出来ないけど、自分の家だと思って楽にしてね」

「いえ……こちらこそお招き有り難うございます。シオン君には私達もお世話になってます」

 

 ぺこりと一同、頭を下げる。それにアサギも頷き、続いてシオンへと視線を向けた。

 

「さっきは言えなかったけど、シオン君も久しぶり。元気そうでよかった」

「ん。母さんも元気そうで安心したよ。……元気過ぎるみたいだけど」

 

 未だに痛む額にシオンは苦笑しながら言う。一同、そんなシオンに苦笑した。帰って早々襲撃を掛ける母なぞ、おそらくは世界広しと言えど彼女しかいまい。

 

「いいじゃない。シオン君が二年でどれくらい強くなったのか知りたかったしね」

「……で? 判定は?」

「×♪」

 

 問答無用にそう言われ、流石のシオンも苦笑する。アサギは絶えない微笑みのまま続ける。

 

「手を抜いていたのが分かったからね。もっと真面目に戦ってくれたら最低でも△は上げたんだけどね〜〜」

「……初っ端から母さんだと分かったからね」

 

 自分でも言い訳にしかならないと分かっている台詞を口にする。アサギはそれに、んーと小首を傾げた。

 ……取り敢えずこれ以上駄目出しをされる前に話しを変える。

 

「……皆の紹介をしたいんだけど、いい? 母さん」

「うん、いいよ」

 

 にっこりと笑うアサギに取り敢えずシオンは安堵。そして、シオンははやてから紹介して行く事にした。

 

「まず、俺が厄介になっている艦の艦長さん。八神はやて先生」

「八神はやてです。今日は大人数で押しかけて、申し訳ありません。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」

 

 シオンに紹介されて、はやてが頭を下げる。それを皮切りに皆をシオンは紹介していく。

 自己紹介も兼ねた挨拶が終わった後、アサギは皆を見て微笑した。そして、シオンへと視線を向ける。

 

「可愛いらしいお嬢さんばっかりだね。シオン君、ハーレムだ」

「ないない。世界で一番有り得ないよ」

 

 確かに女性が多いのは確かである。この場にいる男が自分とエリオしかいないのだ。何と九割が女性と言う事態にシオンは心底苦笑した。

 

「そうなんだ。でも、何とも無いって事は無いよね?」

「いや、ないってば。皆、先生だったり仲間だけどさ」

 

 確かに、キスやら何やらはあるにはあったが、半ば事故みたいなものである。そもそもまともな恋愛なぞ出来るような状況では無かったし、シオン自身する積もりも無かった。

 シオンの台詞に、アサギはふぅ〜〜んと、生返事をする。そして、おもむろにたった一言のみを呟いた。

 

「大変だね」

「なにが? てか誰に言ってんのさ?」

 

 シオンは思わず問うが、アサギは取り合わない。他の面々はそんなシオンにに苦笑したり呆れたりしていたが。

 さてと、アサギはポンっと両手を合わせるようにして叩き、ニッコリと笑った。

 

「今日は皆、泊まって行ってね。さっそく、お部屋用意しなきゃ」

「え? いや、それはな〜〜……」

「いいんですよ、はやて先生。部屋もありますし、泊まって行って下さい。母さんも、その方が喜ぶし」

 

 泊まるように言うアサギに若干困惑するはやて達一同にシオンは苦笑。アサギに合わせるようにして同意する。それに、はやては隣のフェイト、なのはに目を向ける。二人は苦笑まじりに頷き、はやても二人に頷き返した。そしてアサギに向き直り、頭を再度ペコリと下げた。

 

「なら、お言葉に甘えさせて頂きます。よろしくお願いします」

「は〜〜い」

 

 はやての答えにアサギが嬉しそうに頷く。こうして、神庭家にアースラの面々は一泊する事となったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 居間での一幕の後、シオンは二年ぶりの自室に戻って来ていた。

 小まめに掃除していたのか、部屋は片付いており、埃っぽく無い。そこにスバル、ティアナ、エリオ、キャロ、みもりも一緒に居る。四人はシオンの部屋を興味深そうに眺めていた。シオンは苦笑しながら、みもりに目を向けた。

 

「みもりが掃除してくれたのか?」

「はい。シン君がいつ戻って来てもいいように、お掃除してました」

「そか……悪い、サンキューな」

 

 その返答に、シオンは大人しく頭を下げる。みもりは首を横に振り、「趣味ですから」と微笑した。改めて自室を眺める。

 一人部屋にしてはかなり広い部屋である。窓際にベッドが設えてあり、本棚や机が置いてあった。その棚にあるのが意外にも専門書だったりするのに一同驚く。

 

「意外ね。アンタの事だからてっきり漫画ばっかりだと思ってたんだけど」

「そらどう意味だオイ」

 

 ティアナの台詞に思わずツッコミを入れるシオンだが、言っている事は分かるので苦笑する。そして、本棚から一冊本を取り出す。その本は、デッサン用の参考書であった。

 

「……暇があったら絵を描いてたからな」

「あ、そう言えばシオン。絵、描いてたんだよね」

 

 随分久しぶりにシオンが絵を描く事を趣味としている事を思い出して、スバルが口に手を当てて驚く。そんなスバルに、シオンは振り返りながら頷いた。

 

「最近描いて無かったしな。ほら、お前の後ろにスケッチブックやら置いてるだろ? あれ、全部が俺が描いたやつだよ」

 

 言いながら、シオンはスケッチブックを一冊取り出して、スバル達に見せる。そこには、いろいろな人が描かれていた。

 アサギが居た。トウヤが居た。みもりが居た。カスミが居た。ウィルが居た。悠一が居た。刃が居た――そして。

 

「……本当。描くの、止められなくてさ」

 

 ルシアが居た……タカトが、そこに居た。

 懐かしそうにスケッチブックを見て、シオンは苦笑。やがてそれを閉じ、元に戻す。そして黙ってしまった皆に笑って見せた。

 

「どうせついでだ。俺は持って無いけど、アルバムでも見るか? 母さんが持ってたと思うけど」

「あ、うん!」

 

 シオンの台詞にスバルを始めとして皆、頷く。それを確認して部屋を出ると、再び居間に向かって歩き出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夕方。あれからしばらくアルバムを見たり、道場を案内しているうちに一日は足早に過ぎていき、早くも夕方である。

 ……アルバムを見た時も、まぁシオンの恥ずかしい写真があったりで一悶着あったのだが、それは別の話しである。

 シオンは湯に浸かり、ふぃ〜〜と息を吐いていた。風呂である。ただし、露天風呂であるが。

 シオンが浸かっている風呂は、一見すると旅館にあるような広い風呂であった。

 ちなみにこの風呂。なんと温泉である。

 神庭家には、庭の林(そう言わざるを得ない)に温泉が湧いていたのだ。

 これは元々あったらしいのだが、風呂好きなアサギが年中無休で使えるようにした結果、屋根や洗い場も整備され。銭湯も真っ青の露天風呂が出来上がったと言う訳である。

 ちなみに某異母兄曰く『風呂代が助かる』との事であった。

 

「あ〜〜久しぶりの我が家の風呂は生き返る〜〜」

 

 ふにゃ〜〜と、擬音が聞こえそうなシオンの緩み切った顔は、見る者が見る人ならば恐ろしく癒し効果満載であった。

 肩まで浸かりながら、シオンは久しぶりの湯を堪能する。目を閉じて、再び安堵の息を吐いた。

 

「……しっかし、住んでた時は全然思わんかったけど、こんだけ広い温泉を一人占めってのは贅沢だよな〜〜」

「そうだね〜〜。でも、気持ちいいでしょ」

「うん〜〜〜〜…………待てぃ!」

 

 思わず頷きかけて、シオンは盛大に怒鳴る。慌てて横を見ると、いつの間にやらそこには母、アサギが湯舟に浸かっていた。

 ……自分に全く気配を感じさせずに湯にまで浸かって見せた母に、シオンは戦慄しながらアサギを睨む。

 

「なに自然に入ってやがるのさ! 今は俺が入ってるだろ!?」

「たまにはいいじゃない。ほら、家族水入らずって言うし」

「こう言った時に使う言葉じゃない!」

 

 シオンは頭を抱えてアサギに叫ぶ。だが、アサギは意にも解さず湯舟に浸かり続けた。

 ……そんなアサギにシオンは説得は無理だと悟った。こうなっては、梃子(てこ)でも風呂から出まい。

 ハァと嘆息して、シオンは再び肩まで湯舟に身体を沈めた。

 

「……まったく、もう母さんは」

「ふふ♪」

 

 呆れたように言うシオンに、アサギは嬉しそうに笑う。そんな母を出来るだけ視界に納めないようにして、シオンは背を向けた。

 そのままゆったりとした時間が流れる。そして、シオンが唐突に口を開いた。

 

「……俺は、ここの敷居を二度と跨げないって思ってた」

 

 ちゃぷっと湯の音を聞きながら、シオンは呟く。アサギは何も言って来ないが、シオンは苦笑しながら続けた。

 

「母さん。聞いたんだろ? 俺がタカ兄ぃが出ていった原因だって……ルシアの、事も」

「……うん」

 

 シオンの問いに少しの沈黙を挟んでアサギの答えが返って来た。シオンは、どこか心を置いて来たような感覚を覚えながら続ける。

 

「しかも、母さんに何も言わずに二年間も家を出てた……本当、親不幸な息子だなって我が事ながら思う。けどさ」

 

 そこで一度、言葉を切る。視線を落とすと、湯に自分の顔が映った。

 眉を寄せたような顔の自分。そんな顔に苦笑しようとして、失敗した。

 

「なんで、母さんは俺を怒らないんだ?」

 

 その言葉を、シオンは俯きながら紡いだ。それを言うにはシオン自身、相当の覚悟が必要だった。

 その問いの後、暫くの沈黙が続く。そして、アサギが立ち上がる音が響くと、自分へと近付いて来ている事にシオンは気付く。やがてアサギはシオンの真後ろに来ると、頭にポンっと手を置いた。

 

「シオン君、大きくなったね。背も、シオン君自身も」

「かあ、さん……?」

 

 頭を撫でながら、アサギはシオンへと言葉を投げ掛ける。その意図が分からずに呆然とするシオンに、アサギは微笑みながら続ける。

 

「いろいろ、あったんだよね。シオン君の顔見たら分かっちゃった。……痛い事も、苦しい事も――悲しい事も。いっぱい、あったんだよね?」

「…………」

 

 シオンはその問いに答えず、ただ頷きのみを返す。アサギは微笑みながら、シオンの頭を撫で続ける。

 

「でも、シオン君はちゃんと成長してて、ちゃんと大きくなって帰って来てくれた。私はそれだけで充分なんだよ。だから、何も言わないって決めたの」

「……お、れは」

 

 ――ああ、こう言う時の事を言うんだな。

 

 シオンはそう一人ごちる。俯いて、アサギに決して顔を見せないままに。

 その頬を湯では無い。だが、暖かな滴が流れる。

 そんなシオンに気付いているのだろう。でも、アサギは構わず頭を撫でる。そして、一言のみをシオンへと呟いた。

 

「だから、これだけは言わせて。シオン君、お帰りなさい」

 

 ――”顔向け出来ない”って言うのは、きっと。

 

「た、だいま。母さん」

 

 シオンは、家に帰って来て、漸くその言葉をアサギに言えた。

 二人が浸かる湯舟に、優しい風が流れ、二人の髪を凪いでいく。

 親子はしばし、優しい時間を過ごした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 夜風が気持ちいい。

 シオンは、そう思いながら、自室の前で寛いでいた。

 綺麗な満月を見上げながらシオンは柱に身を預ける。その隣では、珍しくイクスが待機形態から人型形態へと変化して、お茶を飲んでいた。

 

「……いい風だな」

【ああ、いい風だ】

 

 今は秋。長湯していた事もあり、夜風が非常に気持ちいい。だが、あまり当たり過ぎては風邪を引くだろう。

 暫く風に当たりながら、二人は無言のままゆったりとただ流れる時間と風を楽しむ。

 ややあって、シオンが口を開いた。

 

「母さんがさ。お帰りって言ってくれたよ」

【……そうか】

「うん」

 

 その会話の後、またもや沈黙。風が流れ、その沈黙すらをも楽しみながら、二人は庭を眺め続ける。

 そして再び、シオンの口が言葉を紡いだ。

 

「俺は、ここに留まった方がいいのかな?」

【……何故、それを俺に聞く?】

 

 問いにイクスは悪戯めいた笑みを浮かべて、逆に問い返した。それにシオンは憮然とする。

 

「なんとなくだよ。一応、俺の師匠だろうが」

【刀を持てば意味は無いがな】

「……オイ」

【冗談だ。今はな】

 

 タチの悪い冗談だとシオンは呟いて、ふぅと息を吐く。続けて何かを言おうとして――。

 

「――けど、貴方はきっと、それを選択しないのだろうね」

「【っ――!?】」

 

 いきなり横合いから響いた声に、シオンとイクスは振り返る。そこに”彼”が居た。

 幼きシオンと同じ姿の少年、神庭紫苑が。

 

「君は何も決着をつけてない。タカ兄ぃの事も、ストラの事も……何より、僕の事も。だからここには留まれない。だろ?」

「何で、お前がここに居る!」

 

 叫び、いつでもイクスを起動出来るように手に持つ。紫苑はくすりと微笑んだ。

 

「僕は神庭紫苑だよ? なら、僕がここに居て。何の不都合があるのさ?」

「ふざけてんなよ。言葉遊びは好きじゃねぇんだ……!」

 

 ぐっと息を飲み、紫苑を睨みつける。その視線を意に介さず笑う紫苑に、シオンは憎々しげに歯を噛み締めた。

 

「結局、お前はなんなんだ?」

「だから何度も言ってるいる通りさ。神庭紫苑だよ」

「ふざけんなって言ってんだろ!? 神庭シオンは俺だ!」

「うん。でもよく見てよ」

 

 言うなり、紫苑は一歩を前に歩いて自分の身体を示すように両手を軽く広げて見せる。

 その五年前の自分に涼やかに見つめられて、シオンは我知らずに唾を飲み込んだ。

 ……どこからどう見ても、彼の姿は五年前のシオンだった。それは、間違い無い。今の自分とは背丈や体格がかなり違うが、うり二つと言えなくも無かった。

 そんな紫苑に、シオンは五年前の、刀を振るっていた自分を思い出す。

 

 ――刀刃の後継。

 その二つ名で呼ばれていた自分を。

 刀刃の後継(サクセサー・オブ・ブレイド・エッジ)の名を持つ少年は、ただの少年であった。外見もなにも、特に取り立てて言うほどのものではない。だがグノーシスにあって、僅か十歳にして”最強”の名を冠した刀術士。それが、かつてのシオンだった。そして今、目の前にその存在が居る。……その時の自分と、変わらない姿で。

 ”誰が刀刃の後継か”と聞かれれば、それは確かに紫苑の方だろう。

 自分は変わってしまった……刀すら、もう持たない。

 

「そう」

 

 胸中叫ぶシオンを嘲笑うかのように、紫苑はにっこりと笑うと、広げた手を胸に当てて見せる。そして、自慢気に言って来た。

 

「僕が、”刀刃の後継”さ。貴方は、何者でも無い。きっと刀を捨てた事で、貴方はもう僕じゃなくなってしまったんだね」

「お、前は――俺の過去の亡霊だとでも言うつもりか!?」

 

 身体が勝手に緊張している。戦闘体勢に入っている証拠であった。そうやって睨み据え続けるシオンに、へぇと気付いたように紫苑が笑って見せる。

 

「そうだね。それに近いよ。でも、あんまり現実的じゃあ無いなぁ」

「現実的、だと?」

 

 シオンはその単語を口に出して、思わず吹き出す。

 ――気が、狂いそうだった。

 自制しろと心の中で己に対して叫び、紫苑に対しては声に出して叫ぶ!

 

「現実的だと!? どこをどうやったら、そんな言葉が出て来やがる! いきなり五年前の自分が目の前に現れて、そいつが俺を殺そうとしてる……! どこに現実的なんて言葉が出て来るってんだ!」

「プロジェクトFの事は教えた筈だけど?」

「はン! どうせ、お前にゃ当て嵌まらないんだろうが! こいつは勘だが、お前はソレとは無関係だろう?」

 

 シオンの台詞に、紫苑は今度こそ感嘆の声を上げる。くすくすと笑いながらシオンを見た。

 

「へえ、よく分かったね。確かに、僕はプロジェクトFとは全く無関係の存在だよ」

「なら、なんだってんだ……!?」

「それを教える積もりはないよ。ただ一つだけ言えるのは、今の貴方は誰にも望まれていない刀刃の後継だって事さ」

「っ――――!?」

 

 紫苑が紡いだ言葉は、まるで心臓に直接攻撃を加えたように、シオンの身体を硬直させた。

 ……ただ泣きわめく、と言った事まで含めれば数百以上の反論が頭に浮かぶ。だが、硬直したまま何を思おうと、紫苑の顔を見つめる他、何も出来ない。

 紫苑はそんなシオンの様子に、会心の揚げ足取りをしたというように満足そうに笑っていた。

 

「最強の名を冠した刀刃の後継。その欠点は何て事は無い――”誰も殺せなかった”事、それだけに尽きる。何せ、刀を捨てた事件でさえも、貴方はギリギリで”誰も殺してなんかいない”」

「お、まえ……!」

 

 心臓を鷲掴みにされたような痛みを胸に覚えて、ぐっと顔を歪める。紫苑はくすりと笑うと自分の身体に手を当てた。

 

「だけど僕は違う。いつでも人を殺せるし、殺す事に躊躇なんか覚えない。だから、僕は”あの人”に望まれた存在なんだ。……”あの人”の為に僕は存在している」

「”あの人”?」

 

 再び出たその単語に訝く思い、シオンは聞き返すが、紫苑はにやりと笑ったまま笑顔を凍らせて答え無い。

 

「”あの人”は”あの人”さ。一人しかいない」

「…………」

「こんな所かな。じゃあね。これ以上家に居ると、母さんに見付かりそうだから」

「っ――! 待てっ!」

 

 凍りついていたシオンは、弾かれたように紫苑へと飛び出す! だが、突き出した左手が掠める瞬間、紫苑の姿がふっと消えた。

 

「空間? いや、次元転移!? こんな一瞬で?」

 

 短い舌打ちと同時にシオンは辺りを見渡す。神庭家の一角は、いつもの静けさを取り戻していた。

 シオンは肩を落として息を吐く。右手で額を押さえて、嘆息した。

 

「なんにしてもだ」

 

 ぐっと息を飲むと顔を上げる。そして、独りごちた。

 

「今までの相手とは、ちょっとばっかり勝手が違うみたいだ、な……」

 

 おそらくはそう遠くない対決の予感に、シオンは拳を握りしめる。やがて、顔に笑みが浮かんだ。

 

「紫苑。誰に喧嘩売ったか教えてやるよ」

 

 それは、シオンらしい在るがままの笑み。

 もう迷いは無い。アレと戦う事にいかほども。後は――。

 

 勝つだけだ。

 

 そう心の中だけで呟くと、シオンは自室に戻った。

 こうして波乱に富んだ帰郷一日目が終わる。それぞれの思いを、抱えたままに、夜は更けていった。

 

 

(第四十三話に続く)

 

 




次回予告
「家にまで現れた紫苑に、シオンは決着の予感を覚える」
「彼との戦いが一両日中には起こると踏むが――」
「そして、備えるシオンに紫苑は予想外の手を打つ」
「二人のシオン、その決着がついに始まる」
「次回、第四十三話『刀刃の後継』」
「少年は叫ぶ。かつての自分へ、最も許せない、自分に」

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