魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
「「「ウオオオォォォ――――!」」」
グノーシス本部『月夜』ナノ・リアクター治療室前通路。
そこを転がるもはや物言わぬ同士達(死んでない)を踏み越え、シオン、エリオ、クロノがトウヤに突っ込む。そんな三人にトウヤはフッと笑った。
「戦いとはいつも残酷なものだね……弟をこの手にかけねばならないとは」
「覗きの為だけに弟を倒そうとするのは全次元世界の中でトウヤ兄ぃ一人だけだけどね!?」
大仰に手を掲げる一応異母兄に、シオンは吠える。手に持つイクスを構えながらエリオとクロノを追い越し、それぞれ高速移動を開始しようとし――だが、トウヤが掲げた手を懐に突っ込んだ瞬間、シオンの直感が最大級の警報を鳴らした。これは――!
「喰らいたまえ! 必殺! 『俺の吐息・焼肉翌朝!』あ〜〜んど『俺の靴下・三日間履きっぱな!』」
「さっせるかぁ! 四ノ太刀! 裂破ァ!!」
−波!−
噴射されるあからさまにヤバすぎる臭いの煙を、シオンがイクスを縦に構えて放った空間振動波が完全にシャットアウトする!
――その臭い、どれ程のモノなのか、シオン達とトウヤの間に居た戦死者達(しつこいようだが死んでない)が、滞留したその煙に転がったままゾンビのようにのたうちまわる。
その光景を見て、三人の背筋にゾッと冷たい汗が流れた。
このスプレー、絶っ対! 痴漢撃退用スプレーなんかでは収まるまい。きっぱりとBC兵器に区分すべき代物であった。
「……なんっちゅう、おっそろしいモンをあんたは……」
「ふっふっふ。ちなみに臭いが移れば一週間は取れない。その間、親しい者――特に娘さんあたりに『お父さん臭い!』とか言われるようになる心理攻撃も兼ねているのだよ!」
それを聞いて、後ろのクロノの肩がビクっと跳ね上がる。クロノには、最愛の妻と双子の子供が居る訳だが……もし、あのスプレーを喰らった場合。リアルにそれを言われる事だろう。嫌過ぎる未来である。
そして、シオン達もまた他人事では無い。
仲間達に――アースラは女性が多いから特に気にするだろう――に、『臭い』とか言われた日には、再起不能なまでの精神ダメージを受ける事は必死であった。
三人はトウヤがシャキーンと構えるスプレーを苦々しく睨む。
「くっそ……! 嫌らしい攻撃仕掛けて来やがる……!」
「とりあえず、あのスプレーを何とかするぞ! あれがある限り近付け無い!」
「はい!」
クロノの指示にシオン、エリオは素直に従う。この距離で届く魔法を、己から引き出した。
「神覇、弐ノ太刀――」
「サンダ――」
「ふ……。無駄な事を」
二人がイクスとストラーダを構える姿を見てもトウヤはスプレーから手を離さない。寧ろ何時でも吹き掛けられるように構える。
「――剣牙ァ!」
「――レイジ!」
−閃!−
−雷!−
シオンとエリオはそんなトウヤに迷い無く魔力斬撃と範囲雷撃を浴びせ掛ける!
魔力の刃と雷は迷う事無くトウヤへと突き進み。
「ト――ウ!」
奇妙な声を放ったトウヤがいきなり消えた。当然、刃と雷はトウヤが居た空間を空しく通り過ぎるのみ。瞬動だ!
「どこに!?」
「――ここだよ」
疑問に答える声は後ろから響いた。気付けばトウヤは自分達の真後ろでスプレーを構え、既に発射体勢に入っている! この距離、このタイミング、躱せない――!
「では、さらばだ。安らかに眠るがいい。シオン、エリオ君」
「く、くそ――せめて、俺の方が『焼肉翌朝』でありますように!」
「ちょっ!? シオン兄さん何て事を!?」
やかましい! 『三日履きっぱな』なんて、最悪通り越して絶望だろうがよ!?
可愛い弟分がそんなモノを浴びてもいいんですか!?
この間僅か0.2秒でシオンとエリオはアイコンタクトでやり取りを交わす。そんな暇があるなら逃げろよと思わなくも無いが、二人にそんな余裕は無かった。そして、トウヤの指がスプレーのボタンを押し込み、殺戮芳香を二人に撒き散らさんとして。
「甘いな――! 叶!」
−閃!−
突如として閃いた三条の光線がトウヤの手からスプレーを叩き落とす!
それを成したのはトウヤの更に後ろの人物、クロノ・ハラオウンであった。
右手に握られた真・デュランダルがきらりと光ると、宙を舞うスプレーが一瞬で凍り付いた。凍結型の封印である。
一瞬の早業に目を丸くしたトウヤは、事態を把握するとくっと呻いた。
「く……っ! あまりの影の薄さに君の事を忘れていたよ……! 大事な事だからもう一度言うと、影の薄さのあまりに君の事を――」
「二度も言うな!」
【アイシクル・カノン】
−撃−
影の薄さを散々強調しまくるトウヤに、クロノは容赦無く真・デュランダルを突き出す。直後、先端から氷結砲撃が撃ち放たれた。だが、二度も遅れを取るトウヤでは無い。あっさりと身体を翻して砲撃を躱す。
だが、トウヤの相手はクロノ一人だけでは無い。スプレーの驚異から逃れ得たシオンとエリオは即座に振り返り、動いていた。
「エリオ! さっきの事は置いとくとして突貫かますぞ!」
「了解です! ……さっきの事は後でゆっくりと話し合いましょう!」
ちちぃ! 簡単には忘れんか……!
絶っ対! 忘れませんからね……!
やはり即座のアイコンタクトで、そこまで語り合うと二人はイクスとストラーダを真っ直ぐ構える。刺突の構えだ。
シオンは魔力を纏い、エリオは雷光を纏う!
「伍ノ太刀、剣魔ァ!」
「サンダー・ストライクッ!」
−裂!−
−閃!−
−雷!−
−轟!−
咆哮と共に、二人は同時に突貫を開始。同時に放たれた突貫攻撃は相乗効果を生み、激烈な破壊力となって道行く全てを蹂躙せんと突き進む!
クロノの方を向いていたトウヤが漸く振り返るが、もう遅い。
少しやり過ぎ感もあるが痛い目に合わせた方が今後の為である。故に、二人は迷い無く突き進み――。
「ふ……」
トウヤが突き出した左手の人差し指と中指。そこに二つの刃先が当たり――あっさりと受け止められた。
「「……へ?」」
「どうしたね? これが君達の本気かね?」
間抜けな声を上げるシオン、エリオにトウヤが歯をキラリと光らせながら問い掛ける。勿論、二人はそんなものに答えられる筈も無い。
威力にしてSSに等しい合体突撃攻撃。それを指二本で止められてどんな反応を返せと言うのだ。
唖然とする二人に、トウヤはフフと笑ったまま指をブンと頭上まで振り上げる。それだけで、シオンとエリオはあっさり投げ捨てられた。
「「嘘だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!?」」
投げられ、宙を軽々と舞う二人は叫ぶが、勿論現実である。しかも――。
「なっ!?」
二人が投げられた方向には今まさにタイミングを合わせて挟撃を仕掛けようとしたクロノが立っていた。そこに容赦無く突っ込む二人に、クロノの反応は間に合わず、投げられた二人と衝突!
−撃!−
「げふっ!?」
「あだっ!」
「あうぅ!」
三者三様の悲鳴を上げて、情け無くも床に転がる羽目になった。それを見て、トウヤが勝利とばかりに腕を掲げる。
「ふ……。今日の私は阿修羅を――否、EXを凌駕した存在と知りたまえ!」
「ぐっ……くぬ! ち、ちくしょう! しかもその台詞は何か危険な気がする……!」
「ば、バケモノめ……!」
「い、今のは有り得ないでしょ……!」
勝利宣言をかますトウヤに三人は床に転がったままでそれぞれ吠えるが、今回は文字通り負け犬の遠吠えである。
三人をあっさりと撃破したトウヤの超常的な能力。それが煩悩で引き起こされていると言うのだからタチが悪い。
「てか。そこまでして覗きをする事に意味があるのかよ……?」
部下を全員昏倒させて、自分達を倒してまで。何故、そこまで覗きをするのか。今、初めてトウヤにシオンは聞く。
シオンの問いにトウヤはニッコリと笑い。
「オッ○イ」
「「「……はい?」」」
その口から想像もして無かった一言が飛び出た。呆然とする三人にトウヤは構わず神を崇めるかの如く両腕を天に突き出す。そして、更に吠えた。
「〇〇〇〇▲▲▲▲■■■■■□□△△▲〇〇××××〇〇〇〇〇!!!!」
「ぎゃあ――――!」
「エリオ! 聞いちゃダメだ! フェイトが泣く!」
「え? え?」
あかさらまに全部を伏せ字にせねばならない事をトウヤは全力で叫ぶ!
シオンはそれに悲鳴を上げ、クロノは慌ててエリオの耳を塞いだ。
やがて叫び終わると、満足したのかフゥと汗を拭う仕種をして。
「つまりだね。私は女性の身体に並々ならぬ興味があり、そこに見知らぬ女体の柔肌があるのならば、覗きたいと言う欲求を押さえられんのだよ!」
「「なら最初っからそう言え!!」」
シオンとクロノは羞恥で顔を真っ赤に染めて怒鳴る。だが、トウヤはふっふっふと笑うのみであった。
「ふふふのふ。まぁどちらにせよ私の勝ちだ。さぁ、行くとしようかヴァルハラへ!」
「く、くそ……!」
さっきの投げ。いかな威力で投げられたのか、まともに身体が動かなかった。エリオ、クロノも同様なのか立ち上がれずに居る。
このままでは、なのはがトウヤに裸を見られてしまう。それを成した瞬間、トウヤは涅槃へと旅立つだろうが、それは寧ろ彼に取っては望む所だろう。……多分、すぐに蘇るだろうし。
つまり、その時点で自分達の負けである。
スキップしながらナノ・リアクター治療室へと向かうトウヤを憎々し気に睨みながらシオンは己に問い掛ける。何か、逆転の目は無いかと。
あの変態王に負けるのだけは嫌だった。それはクロノもエリオも同様だろう。何とか立ち上がらんと、もがく。だが、身体は未だ痺れ続けている。立ち上がる事すら覚束ない。
ここまでか――!
そう諦めた。瞬間。
「ああ兄者。向こうで姉者が裸エプロンの格好をして手招きしているぞ?」
「はっはっは! そんな見え見えの嘘に騙される私では無い! ――だがしかしっ! そこに0.000000001%でも可能性があるならば己が煩悩の赴くままに幻想でしか有り得ぬような映像を我が目に焼き付けようという欲望に従うのが”漢”の生き様と言うモノだよ!」
……何やら、凄まじく聞き覚えのある声から発っせられた台詞に活き活きとしながらトウヤはこちら側に勢いよく振り返る。それと同時に、トウヤの身体の向こう側に居る存在が迅雷の速度で踏み込み。
−撃!−
――凄まじい音と共に隙だらけの股間に容赦無く膝蹴りが叩き込まれた。気のせいか、魔力まで纏っている。
「……っ……!? ……タ……っ……とぉ……っ……!?」
「許せ、兄者。同じ男として、何より弟として。この攻撃だけはしたくなかったんだが――」
顔を真っ青にしながら声ならぬ声で悲鳴を上げつつ崩れ落ちるトウヤの向こうから、敵である筈の彼が現れる。
伊織タカト。シオンにとって、もう一人の異母兄が。
……なんで、こんな所に? と、三人が同時に思っていると、ぱたりと倒れたトウヤが涙目でタカトを見上げる。そこに。
――ならば、何故だね!?
と言う明確な思考をアイコンタクトで飛ばされ、タカトはふぃと視線を逸らせた。
「いや、最初は少し”あいつ”の様子が気になっただけなんだが――なんか、兄者に”あいつ”の裸を見られると思うと凄まじくムカついてな。……大丈夫だ。多分、”潰れてはいない”と、思う」
――ふ、ふふ。つんでれだね……!?
「……アイコンタクトにも力が無いぞ。いいから寝ていろ」
そこまでタカトが言い切ると同時に、トウヤは糸が切れたが如く意識を失った。それらを見遣り、タカトは長々とため息を吐くとトウヤを俵を持つようにして抱える。そして、シオン達の視線に気付き。
「とりあえず、兄者は俺が運んでおく。後は心配するな。ああ、クロノ・ハラオウン、元気そうで何よりだ。全快したようだな。……では、さらばだ」
言いたい事だけを一方的に告げて、あっさりとその姿は消えた。恐らくは縮地であろうが――。
「……えっと。これは、どう解釈すれば……?」
「済まない。僕も許容範囲外だ。何が何やら……ここのセキュリティはどうなっているんだ」
「て、言うかよ――」
三人が三人共頭を抱えながら周りを見る。そこに並ぶはドエライ臭いを発して意識が無い男共の群れがあった。それを見て。
「この片付け。どーすんの……?」
「「…………」」
シオンの問い掛けに、当然二人は無言。答えの代わりにぱったりと横になる。シオンもそれを見て何やらどうでもよくなり、その場に大の字になって倒れた。
すると、向こう側の扉――ナノ・リアクター治療室の扉が開き、ぞろぞろと人が出て来る。……確認するまでも無い、アースラ女性陣+ユウオやカスミ、みもりであった。
その中に久しぶりに見る栗色の髪の女性をシオン達は見た。彼女達は周りの死々累々たる有様に唖然としながらシオン達に近寄る。
「これ、どうしたの? シオン……?」
「いろいろあってな。ほんっと、いろいろ」
「そ、そうなんだ……」
尋ねてみたスバルだが、シオンの返事に何があったかは分からずとも、何かを感じたのかそれ以上聞いて来なかった。
ユウオ達、グノーシスの面々は何があったか悟ったのだろう、深々とため息を吐いている。そして。
「え、え〜〜と。シオン君、久しぶり。げ、元気だったかな?」
「……う〜〜す。久しぶりです。今は、元気無いです」
久しぶりに見るなのはから声を掛けられるが、シオンの返事はやたらと力が無い。クロノやエリオも。
「……元気だったか。そうか」
「……お久しぶりです」
と、全然感動の再会とは程遠い挨拶をする。
そんな三人の様子に、流石になのはは戸惑ったのか、困ったような顔となった。
「え、えっと。何か全然想像してた感じじゃないって言うか。何で、そんなにぐったりしてるの……?」
「……聞かないで下さい。ここであった事を一刻も早く忘れたいんで」
「ええ!?」
まさかのシオンの返答にショックを受けたのか目を見開いて叫ぶなのは。
だが、シオン達三人は全く構わず、その場で熟睡する事を選択した。
……結局、三人はそのまま翌日までぐっすり眠りこけたと言う。
尚、今回の騒動を『第、数えるもバカらしいからやめた。叶トウヤ暴走事件』と呼称し、速やかにグノーシス内の人員は忘れるようにと通達があったとか無かったとか言われたそうな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ぴぴぴと言う音が耳に聞こえる。その音でシオンは珍しく目があっさりと覚めた。
『月夜』についた翌日、早朝である。
寝起きでボーとした頭を二、三回振ると周囲を見渡す。そこはまるで、病室のような部屋だった。
馬鹿デカイこの施設。医療室もそこらの病院並の設備がある。
ぼけーと、周りを見渡すと、未だ眠ったままのクロノとエリオが居る。どうも三人揃ってあのまま爆睡したらしい。
とりあえずベットから下りてスリッパに足を通し部屋から出る、と。
「あ、シオン。おはよー」
「おはよ。アンタが自分から朝早くに起きるなんて珍しいわね?」
ちょうど顔でも洗って来たのだろう。スバルとティアナにばったり会った。二人の顔を見て、シオンはとりあえず片手を上げる。
「おう、おはよーさん。……今、何時くらいだ?」
「ちょうど七時って所ね」
「シオンもハラオウン提督もエリオもよく寝たね〜〜」
ティアナが呆れたように、スバルは微笑みながら言って来る。
昨日、エロ兄貴が暴走かましたのが夜の七、八時。つまり十時間以上寝ていた計算になる。確かにそれは寝過ぎだなとシオンは一人ごち、欠伸をかいた。それを見て、ティアナが苦笑する。
「……アンタ、あんだけ寝といてまだ眠いの?」
「んあ。なんか、寝足りん。……てな訳でもう一回寝直すわ――」
そう言うなり回れ右をして、スリッパをぺったらぺったら鳴らしながら部屋に戻ろうとする。だが、その前に左右からスバルとティアナに腕を掴まれた。
「ダメだよ、シオン。昨日、なのはさんとちゃんと話して無いよ」
「そうよ。それにアンタ、今日帰るんでしょ?」
「……はい?」
なのはときちんと話して無いのは置いといて、ティアナの台詞にシオンは疑問符を浮かべた。
誰が、どこに帰ると言うのか。
シオンの反応に、ティアナとスバルは二人揃って不思議そうな顔となる。揃って顔を見合わせると、シオンに向き直った。
「トウヤさんから聞いたよ? シオン、今日は実家に帰るんだよね?」
「……あの人の復活が何で俺達よか早いのかは気になるけど……俺、そんな事言ってないぞ」
スバルから告げられた言葉に、シオンは盛大に怪訝な顔となる。
多分、トウヤが勝手に決めたのだろうが、実家に帰る積もりなどシオンにはさらさら無かった。それなのに、何故――?
少し考え込みそうになるが、シオンはそれをすぐに諦めた。トウヤに直接言えばいいだけである。自分は帰らないと。とりあえずは――。
「なのは先生、どこに居るんだ? 流石に昨日のアレだけじゃあ、どうよ、て感じだし。ちゃんと話さんと」
「あー、なのはさんなら……」
シオンの問いにティアナが苦笑。スバルも横で引き攣った笑いを浮かべる。二人のそんな笑いにシオンはきょとんとなるが、次の一言でその意味を理解した。
「フェイトさんと、八神艦長と話してるわ……昨日から、ずっと」
「つまり、”お話し”?」
ここに置けるお話しの意味を、ある意味に置いて一番受けたシオンが頬を引き攣らせながら問う。
二人は即座に頷いた。それを見て、シオンは長々とため息を吐き、とりあえずは顔を洗って飯でも食べて来よと踵を返した。
……どうせ、暫くはお話し中のままだろうしと確信しながら、シオンは洗面所はどこだったかなと、まずはスバルとティアナに尋ねる所から始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一時間後、顔を洗い、『月夜』の食堂でスバル、ティアナと朝ご飯を食べた後。起きたエリオとキャロとも合流して、シオンは通路を歩いていた。
向かう先は、なのはやフェイト、はやてに宛がわれた部屋である。流石にそろそろお話しも終わっているだろうと思ったのだが――。
「……まだ朝飯にも来てないんだよな」
一同の先頭を歩くシオンが肩を竦める。スバル達も苦笑した。
「フェイトさんや、八神艦長もすごい心配してたしね」
「だよね。昨日、フェイトさん泣いてたんだよ?」
「へ〜〜」
ティアナとスバルの言葉に、シオンは相槌を打つ。確かに、フェイトやはやては、なのはが帰って来なくて相当哀しんでいた。状況だけ考えれば、なのはの生存は絶望的だったのである。
それが無事に再会出来たのだから、泣くのも無理は無い。
自分やエリオは、あの変態兄貴のせいでそんな感動なぞ吹き飛んでしまった訳だが。
なのはとの再会を何気に心待ちにしていたシオンはそう思い、ため息を吐く。
そして目的の部屋に漸く着き、シオンは呼び鈴を鳴らした。……だが。
「……あれ?」
呼び鈴を鳴らしたが、誰も出て来ないし、何も言って来ない。シオンはキョトンとなる。スバルやティアナ、エリオやキャロも同じくだ。もう一度呼び鈴を鳴らすも、やはり反応は無い。
「どうしたんだろ、寝てんのかな?」
一晩中お話ししていたのなら、確かにいい加減寝ていてもおかしく無い――そう思いながら、一応確かめてみようと扉の脇にあるボタンを押して、開けて見る。そして。
「あ、あの〜〜フェイトちゃん、はやてちゃん。このくらいで、もう……」
「「……で?」」
シオン達が見たのは、正座させられたなのはとその前に仁王立ちとなり、彼女を見据えるフェイトとはやてであった。
なのはは一晩中正座でもさせられていたのか、足が痺れているのだろう。顔を引き攣らせている。対し、フェイト、はやては無表情でただなのはを見据える。
二人の簡潔極まり無い返事に、なのはの表情が更に強張った。二人に精神的に追い詰められている事は明らかである。なのはは、更に付け加える。
「だ、だから。タカト君と一緒だったのは確かだけど。ストラの封鎖領域にいたから連絡取れなくて……」
「「……で?」」
「そ、それだけだよ? 特にタカト君と何かあった訳じゃ無くて……!」
「「……で?」」
「え、え〜〜と、そ、そのー」
「「……で?」」
「えっと、やっぱり怒ってる……?」
「「……で?」」
二人はずっと同じ事をなのはに続ける。なのはは既に涙目となっていた。
そんな三人を見たシオンはあまりに異様な光景に暫く絶句。更に続けられそうな問答にシオンは巻き込まれ――もとい、邪魔しないようにゆっくりと下がり、扉を閉じようとして。
「……? あ! シオン君!」
こちらに気付いたなのはが大声を上げた。フェイトとはやては、それでもなのはから視線を逸らさない。
「ほ、ほら、シオン君達来たから、お話しはまた後で、ね……?」
「「…………」」
どうにか話しを終わらさんとするなのはに、二人は沈黙。暫くして、長々とため息を吐いた。
「しゃあ無いな〜〜お話しはまた後にしよか」
「そうだね……後で必ずまた聞くけど」
「う……」
二人の返答に、なのはが顔を引き攣らせる。一体何を、そんなに聞いていると言うのか。
シオンは怪訝に思いながらも、こうなった以上戻る訳にも行かず、部屋に入る。後ろに着いて来た四人も同じくだ。取り敢えず、挨拶する。
「……ども、おはようございます」
「うん。おはようさんや――て、もう朝なんや」
「あ、本当だ」
シオンの挨拶に、はやてとフェイトは軽く驚いて時計を確認する。
どうも時間を忘れてお話ししていたらしい。ちなみに現在、朝の八時である。
そんな二人に、当のお話しされていたなのはは深々とため息を吐く。シオンは流石に苦笑した。
「ども、なのは先生、おはようございます」
「うん、おはよ。シオン君、助かったよ〜〜」
後半のみ小声で、なのはが礼を言う。
さもありなん、十時間以上お話しなぞ、シオンの想像を超えている。
もし自分なら迷う事無く脱出を企む所であった。そう考えると、なのははよく頑張ったと言える。シオンはなのはの返答に苦笑して続ける。
「昨日はすみません、なのは先生……無事で良かったです」
「……うん。心配かけてゴメンね。ありがとう」
シオンの台詞に、なのはは微笑みながら頷く。そんな彼女に、シオンも漸く実感する。なのはが帰って来たと言う事を。肩から力が抜け、シオンも笑った。
「……でも、なのは先生、よくあの状況で大丈夫だったですね?」
「あ、うん。タカト君が来てくれてね」
「……やっぱり」
なのはの返答に、シオンは思わずため息を吐く。昨日の侵入と、さっきのなのはの台詞を考えると、自分の想像通りにタカトが彼女を助けたのだろう。
相変わらず変わらぬ異母兄の行動にシオンは再び苦笑した。
「その、シオン君。タカト君の事、なんだけど……」
「はい?」
なのはの言葉にキョトンとしながら首を傾げる。タカトの事で何を聞こうと言うのか。
なのはは少し迷った仕種をして、意を決したのか口を開き――。
「なのは君。”それ”は待ってくれるかね?」
『『っ――――!?』』
いきなり背後から掛けられた声に、シオンを始めとした一同飛び上がらんばかりに驚く。即座に後ろを振り向いた。
「……トウヤ兄ぃ、生きてたんだ?」
そこに立つ異母兄をシオンはジト目で睨む。エリオも同様であった。
昨日の騒動を詳しく聞いていない女性陣は疑問符を浮かべていたが――シオンの台詞にトウヤはフッと笑う。
「いや、あの一撃は痛烈だったさ。……後でユウオにも責められたしね? 拳で」
「……つくづく、よく死ななかったね」
まぁ、あんな騒動はグノーシスで月に一度か二度は起きている。実際に見た訳で無くとも、状況をユウオが分からない筈が無かった。
トウヤはうんうんと、頷くと、なのはに向き直った。いつに無く真剣な表情で告げる。
「なのは君。それをシオンに問うのは待ってくれたまえ。あれの事はシオンには教えていないのでね」
「っ……!」
「へ?」
トウヤが告げた言葉になのはは目を大きく開いて、閉口する。そんな二人のやり取りに、シオンは訳が分からず疑問符を浮かべた。トウヤに視線を向ける。
「何の話し?」
「お前には――関係はあるが、教えられぬ事さ」
「て、何だよそれ」
トウヤの答えに、シオンは批難の視線を向ける。だが、トウヤは肩を竦めるだけ。代わりになのはへ目を向けるが、ただ首を横に振られるだけで終わった。
「……何なんだ、二人して」
「気にしない事だよ。それよりシオン。帰る用意は出来たのかね?」
二人の態度に怪訝な表情のまま呻いていたシオンに、トウヤが話しを逸らすようにして、別の話題を振って来た。
それにシオンは嘆息し、二人に問う事を諦めた。
この兄が一度言わないと決めたのならば、絶対に言わない事を知っているからである。なのはもそこまではいかなくとも、口は固い方だろう。
それに、その話しにも言いたい事がシオンにはあった。トウヤをキロリと睨む。
「その話しなんだけどさ。俺、聞いて無いんだけど? ついでに家に帰るつもりは無いから」
「そうなのかね? では今、お前の兄として”命令しよう”。シオン、帰りたまえ」
「……は?」
いきなりトウヤから告げられた言葉を理解出来ずに、シオンは暫くの沈黙を挟んで漸く疑問のみを放った。トウヤはそんなシオンに構わず続ける。
「今の時間なら道場もやっていない。転送ポートもちょうど空があるそうだし――」
「いやちょっと待て!? 何、話しを勝手に進めてるんだよ!」
「では逆に聞こう。何故そこまで帰りたく無いのだね?」
叫びにいきなりの問いを被せられてシオンは思わず絶句する。
何故か? そんなの決まっている。だって、俺は――。
「俺、は。まだ何にも決着つけて無い……。それなのに戻れる訳が無いだろうが!」
「そんな空っぽの”言い訳”はどうでもいいのだよ」
「っ!」
シオンの言葉を容赦無くトウヤは切って捨てる。絶句したシオンを、いつものように見据えた。
「……お前が家を出て二年。アサギさんに合わせる顔が無いのも理解出来ないでは無いがね? それでも、お前は一度帰るべきだ。アサギさんと、お前自身の為に」
「……」
トウヤの台詞に、ついにシオンは俯いて黙り込んでしまう。
ぐっと何かを堪えるように沈黙してしまったシオンに、トウヤは短くため息を吐いた。
「……アサギさんも表情には出さないが、心配していたよ?」
「っ――――」
トウヤの台詞に、シオンの肩が震えた。
分かっていても、ショックだったのだ。自分が、ずっと心配させ続けていた事を。他でも無い、トウヤに言われて。
俯いたまま肩を震わせるシオンに、トウヤは最後の言葉を投げ掛ける。
「帰って、アサギさんに元気な顔を見せてやりたまえ。シオン」
トウヤから告げられた言葉に、シオンは沈黙し続ける。そして、数分の間を挟んで、その首が縦に動いた。
「…………うん」
まるで、搾り出すような声と共に頷き。トウヤはその返答に、漸く微笑した。
かくて、神庭シオンは二年ぶりに生家へと帰る事になったのだった。
(後編に続く)
はい、中編2でしたー。あれ? タイトルはあれなのに我が家に帰ってない?(笑)
うん、仕方ない。トウヤが暴走したから仕方ない(笑)
にじふぁんの時も、お、終わらねぇ! と叫んでたもんです。ええ(笑)
次回、ようやっと家に帰りますので、御容赦を。
ではではー。