魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「地球に――日本に戻って来た事は何回かあった。けど、家に戻った事は一度も無い。……戻ってはならないと思ってた。だって、俺は何も出来ていないから。だから――魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


逆襲編
第四十二話「懐かしき我が家」(前編)


 

 ――十年前。

 無限に広がる幻想世界、遍く広がるユウオ・A・アタナシアが歌い、作り上げた世界に、震えが走った。

 世界が軋む、軋み尽くして行く。

 その中で、二人の少年は互いの”力”をぶつけ合う! 剣と槍を。

 

「「おぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおあああああああああああッ!!」」

 

    −撃!−

 

    −裂!−

 

    −閃!−

 

    −破!−

 

    −滅!−

 

 互いがぶつかり合う度に、互いを傷付け、殺し、滅ぼして行く!

 ……それでも、二人は死なない。否、”死ねない”のだ。”EXに達した存在”は肉体のダメージでは死ぬ事は無い。

 数億回の殺し合いを重ねて、槍を振るう少年は剣を翳す少年に叫ぶ。

 

「タカトォ! もう、止まりたまえ!」

「断るッ!」

 

    −撃!−

 

 槍と剣。ピナカと、イクス・カリバーンが再びの激突! その度に、世界が壊れんばかりに軋み尽くす。二人の少年は――。

 叶トウヤと伊織タカトの異母兄弟は、真っ正面から睨み合い、至近で吠え叫んだ。

 

「アサギさんを、俺達の母さんを、あいつらは……! あいつらは、あんな、あんな目に合わせたんだぞ!? それを許せとでも言うのか! トウヤ兄さん!」

 

    −閃!−

 

「そうは言っていない! だが、命令を下した長老部、エウロペアの十賢者は、お前が殺した――魂ごと、殺し尽くした! 転生すらをも叶わぬように! なら、それでいいでは無いかね!?」

 

    −裂!−

 

 互いの言葉を乗せながら、互いに取って必殺の一撃が叩き込まれ続けていく。その度に、二人は幾度も死に、しかし即座に再生した。

 互いに殺し、殺された回数、三億四千八百二十九万六千百二十五回!

 それでも足りないと、互いの槍が、剣が。互いを殺していく。

 

「だから、滅ぼすと言うのかね!? グノーシスを……! 世界を!?」

「そうだ!」

「ッ! この――!」

 

    −撃!−

 

 タカトの答えに、トウヤは怒りを現にし、ピナカをぐるりと回す。それで、タカトは後退させられた。トウヤは、その隙を逃さ無い。直後、ピナカが激烈な光を放った。

 

「大馬鹿者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 叫びながら、ピナカをタカトに向かい轟速で投げる! タカトはそれを、カリバーンで迎撃せんと上段からの一撃で叩き落とし――。

 

    −壊!−

 

    −爆!−

 

 次の瞬間、ピナカを中心に極大の爆発が巻き起こった。タカトは、それに悲鳴すらも上げられず飲み込まれた。

 十分に一度、攻撃力を無限値へと変換する。それがピナカの能力であり、この爆発も莫大なエネルギー量により引き起きた現象であった。

 トウヤはそれらを見ながら、タカトに向かい叫ぶ。何より、タカトを救う為に!

 

「それで……! そんな事をして誰が喜ぶ!? アサギさんかね!? ルシアかね!? シオンがかね!? 違うだろう! 誰も喜んだりはしない! こんな事をしても、何も得られたりはしない! 目を醒ましたまえよ! お前は、何の為に戦って来た! ここまで来られた!? 答えたまえよ!」

「だったら――」

 

 爆発が漸く止む、その中心点で消滅したタカトは時が巻き戻すように再生していく。だが、トウヤへと話しかけるその言葉は、どこまでも悲哀に染まっていた。

 

「だったら、この憎しみをどこに持っていけばいい……? 悲しみを誰にぶつければいい……!? トウヤ兄さん、答えてくれ。俺は、アサギさんを、母さんを守れ無かった俺は、何をすれば、いい……?」

「知るかね、そんな事」

 

 タカトの独白。だが、トウヤはそれを即座に切って捨てた。その言葉に、タカトはまるで泣きだしそうな子供のような瞳をトウヤに向ける。彼は、そんな異母弟に微笑んだ。

 

「お前の痛みも、憎しみも、悲しみも、全部お前のものだよ。まとめて全部お前が抱えたまえ――それが辛いと言うなら、耐えられないと言うなら、私も背負おう。分かち合おう。少しは私に荷を預けたまえよ。私は、お前の兄だよ?」

「ト、ウヤ兄さん……」

 

 タカトは呆けたように、トウヤを見続ける。それに、トウヤはただ微笑み続ける。

 

「いいから、もう止まりたまえ。皆が、お前を待ってる」

「お、れは、おれは……! 俺は!」

 

 それでもと、タカトは顔を歪めながら叫ぶ。カリバーンを握る指に力が篭った。まだ、戦いは終わらない――それを悟り、トウヤはピナカを構えて。

 

   −ドクン−

 

 空間を揺るがすような音と共に、まるで心臓の鼓動のような音が響いた。

 その音に、トウヤが怪訝そうに眉を潜める。この音は……?

 

「あ……」

「……タカト?」

 

 対峙するタカトが目を見開き、呆然としながら声を出す。その瞳は、身体は、まるで響いた音を恐れるかのように震えていた。

 尋常な様子では無い。

 トウヤは嫌な予感を覚え、タカトに近付く。震え続ける異母弟は、攻撃も何もしない。トウヤに触れられても、分からないようにただ震える。

 

「タカト……? どうしたね! タカト!?」

【……遅かった】

「イクス……!?」

 

 今の今まで、黙っていた――否、黙らされていたイクスの声が響いた。遅かったと言う、その言葉の意味をトウヤは問い質そうとして。

 

    −破!−

 

 タカトから、正確にはタカトの内から何かが弾けるような音が響く!

 同時、タカトが目を大きく見開いて悲鳴を上げた。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁァァァァァァァァァ……! あ、あ、あ……!」

「ッ……!? タカト!?」

 

 悲鳴を上げたタカトの肩を思わず抱き、トウヤが叫ぶ。だが、悲鳴を上げ終えたタカトは、焦点の合わない瞳でただ呆然と虚空を見ていた。

 呼び掛けにも答え無いタカトに、トウヤは寒気を覚えた。

 

【リンカーコア、破損。……同時に魂の損傷を、確認した――】

「……なんだね、それは……イクス! タカトに何が起きた!?」

 

 イクスから響く声に、トウヤは必死の形相で問う。イクスは、それに認めたくないとばかりにしばし無言。だが、ゆっくりと語り始めた。

 

【EXは無限の霊子エネルギーを瞬間的、かつ永続的に発生させられる。……だが、EXはあくまでもヒトでしか無い。個人で、そんなエネルギーを発生させたら、そのエネルギーを生み出している魂が持たない……】

「……待ちたまえ……」

 

 何を、イクスは言おうとしている……?

 

 トウヤは思わず、イクスに制止をかける。だが、イクスは構わない。続ける。

 

【……タカトは長時間EX化し過ぎたんだ。魂が持つ筈が無い。タカトは、”傷”を負ってしまった】

 

 ――傷。

 

 その、あまりにも生々しい響きにトウヤは固まる。目を見開いたまま、未だに呆然とし続けるタカトに視線を戻した。

 タカトが、ゆっくりと口を開く。

 

「ト、ウヤ、兄さん……? 俺は、何の為に戦っていたんだっけ……? 分からないんだ。なんで、俺は……」

「タ、カ、ト……?」

 

 さっきまでの叫びが嘘のようなタカトの言葉。そこにあるのは、ただただ虚(うつろ)。

 トウヤがタカトの肩を抱いたまま名を呼ぶ。それにすら、タカトの反応は鈍い。イクスが最後の言葉を紡いだ。

 

【トウヤ。タカトは……何の感情かは分からない。だが、タカトは、いずれかの”感情”を】

 

 喪失(うしな)った――。

 

 イクスの言葉を聞き、トウヤの顔が歪む。嫌々をするようにタカトの肩を掴む手に力が込められた。

 

「……嘘だ。タカト、嘘だと言ってくれたまえ……! 頼む、タカト――」

「分からない。分からないんだ。”兄者”。俺は……何の、為に」

 

 ――これが、結果か。

 

 タカトの声を聞きながら、トウヤは震える。ずっと、ずっと戦い続けて来て、そして迎えたのが、こんな結末か……!

 弟が、感情を喪失ったと言う末路か……!

 

「こんな、こんな結末が欲しくて、戦って来た訳でも、力を……! 手に入れた訳では、無い……!」

「兄、者……?」

「ッ―――――――!?」

 

 タカトの、既に変わってしまった自分への呼び名に、トウヤが嫌が応にも思い知らされる。

 もう、タカトは既に変わってしまったのだと。

 迎えた結末に、トウヤの目から涙が零れた。震える口から、何かを言わなくては耐えられ無かった。

 こんな、こんな無情の結末を迎えた事に、世界に、運命に、叫ぶ!

 

「ッッ――――!! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ…………ッッ!!」

 

 無限なる幻想世界に響く悲痛なる叫び。弟を救えなかった兄の咆哮が木霊する。

 こうして後に『グノーシス事件』と呼ばれる事件は、最悪の終わりを迎えた。

 救いが、何処にも無い。ただただ無情な、結末を。

 そして、全ては五年後の事件に続く。

 『天使事件』へと――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第97管理外世界。その宇宙空間に、穴が開いた。次元航行艦による次元穴である。

 穴からは、半壊した次元航行艦が出て来る。

 アースラだ。

 ツァラ・トゥ・ストラの追撃を振り切った艦は、漸くこの世界に来られたのだった。アースラの真下には、青い惑星が広がっている。地球だ。

 久しぶりに見た故郷である星をブリッジから眺めて、アースラ艦長である八神はやては、漸くホッとしたように息を吐いた。

 

「第97管理外世界、地球に次元航行完了しました」

「うん、了解や。で、トウヤさん。このまま地球に降下すればええんかな?」

 

 管制官、シャーリーからの報告に頷き、はやてはブリッジに立つ叶トウヤを見る。彼は、はやての問いにフフンと笑った。

 

「いや、地球には降りないよ。フィニーノ君、悪いが、これから言う座標に艦を向けるように、リリエ君に言ってくれるかね」

「了解です。ルキノ? 行ける?」

《はい。大丈夫です》

 

 トウヤの依頼に、シャーリーとルキノが短いやり取りを交わす。それを聞きながら、はやては疑問符を浮かべた。脇に立つグリフィスや、フェイトも同様である。

 地球に降りないで、何処に向かうと言うのか。

 

「えっとやな、トウヤさん。何処に行くんや?」

「ふっふっふ、見たら驚くよ? だが……そうだね、シオン?」

 

 ニンマリと笑いながら、トウヤはブリッジの隅に視線を送る。そこには――。

 

「ごめんなさいごめなさい、生まれて来てごめんなさいごめなさい」

 

 体育座りで、やたらと病んだ台詞をぶつぶつと呟く少年が居た。神庭シオンである。

 トウヤの言葉も聞こえていないのか、ぶつぶつと呟き続けるその姿は、かなり怖いモノがあった。トウヤはそれを見て、フウと嘆息する。

 

「やれやれ『シオンの恥ずかしい秘密”改”、500選。紙芝居♪』を晒された程度で、そんな有様とは……修業が足りんね?」

「て、やかましいわ!?」

 

 トウヤのあんまりな台詞に、いろんな意味で見てはダメな状態に陥っていたシオンが瞬間で復帰する。即座にツッコミを放ちつつ。涙をダーと流した。

 

「もう、毎度毎度毎度毎度……! 本人も忘れてたような事をなんで事細かに覚えやがるのさ!」

「はっはっは。私に不可能は無い」

「才野の無駄使いだよキッパリと!」

 

 朗らかに笑うトウヤに、シオンは本気で泣きが入る。つい先程、強襲戦にて、あまりにヘタレだったシオンに対して、もはや伝説となった罰『恥ずかしい話し大暴露、Part2♪』が行われたのだ。 ……およそ、3時間に渡って。

 シオンも泣きが入ろうと言うものであった。

 先程の、真面目なカッコイイ異母兄はどこに行ったのかとホロリと泣きつつ、シオンは立ち上がる。そして、散々精神的にいたぶってくれたトウヤを睨む。

 

「んで? 何さ?」

「うむ! ユウオのヒップラインだが……どの角度が、一番美しいと思うかね?」

「それは……て、ち・が・う・だ・ろ!? 何さらりと下手したら致死必死な質問してんだよ!? さっきの話しの流れと全然違うじゃんか!」

 

 ガ――と、吠えるシオンに、トウヤはハッハッハと再度笑う。

 

 こ、この兄貴は……!

 

 本当〜〜に、先程おっちゃんを退け、自分を立ち直らせた兄なのかと疑いたくなる。だが、これもトウヤなのだ。

 彼は、ユウオと出会うまでルシアを含めた妹弟をからかう事を生き甲斐にしていた。……当の弟として見れば厄介過ぎる性格であるが。再度の嘆息、もう一度尋ねる。

 

ん・で!? な・に・を聞こうとしたのさ!?」

「うむ。胸のサイズだが――」

「な・に・を・聞・こ・う・と・し・た・の・さ・ッ!? ……次はユウオ姉さんにチクるよ?」

 

 流石にその名には弱いのか、トウヤは肩を竦める。そして、漸く本題に入った。

 

「これから向かう所を八神君達は聞きたいようでね。教えてやってくれたまえ」

「へ? いや、俺も知らんけど?」

 

 その台詞に、キョトンとシオンが答える。トウヤは、シオンの答えに盛大に嘆息した。

 

「やれやれ。お前が居た時はまだ完成してはいなかったが、計画は知っていただろうに」

「て〜〜と、……”アレ”完成したの?」

 

 漸くピンと来たのか、シオンが頭に電球のマークでも浮かべそうな表情で答える。トウヤは、それに漸く頷いた。

 

「つい、この間ね」

「へ〜〜。たった四年でよく……」

「で? 結局、向かう所は何処なんかな?」

 

 兄弟の会話にはやてが割り込む形で尋ねる。それに、二人は笑った。シオンがトウヤに代わり、答える事にする。

 

「今は、多分グノーシス本部になってるのかな……? 月です」

 

 絶えず、地球の傍に寄り添う衛星の名をシオンは口にする。

 グノーシス本部、月夜(モーント・ナハト)。

 それこそが、アースラが向かう場所の名であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 月の公転に合わせるようにして、アースラは軌道を描き、月に降下して行く。その降下した先には巨大なクレーターがあった。

 ――ガレ。月にあるクレーターの中でも一際有名なクレーターである。

 その由緒正しいクレーターを見て、地球出身のはやて、そして中学時代まで地球に居たフェイトが愕然とする。

 教科書にも載っている程、有名なクレーター。その円の中部分が、”無くなっていたから”。

 ……正確には、何やら隔壁のようなモノがその部分を覆っていたのだ。唖然とする二人に、トウヤが自慢気に笑う。

 

「ふ……どうだね? 驚いただろう?」

「……いや、トウヤ兄ぃ。多分、先生達は全然、別の理由で驚いてると思うよ?」

 

 自慢気な兄に、横でぽそりとシオンがツッコミを入れる。だが、これはまだ序の口であった。驚くのはこれからである。

 

「さてと、フィニーノ君。回線を開いてくれるかね? 今は自閉モードだが私のアクセス・コードで念話回線が開く筈だ」

「は、はい」

 

 クレーターを見ていたシャーリーがトウヤの声に慌てて頷き、言われた通りに通信回線を開く。数秒の沈黙の後、向こう側から声が来た。

 

《こちら、グノーシス第一位位階所有者本部『月夜』です……トウヤ、戻って来たの?》

「ユウオかね? うむ。アースラを月夜に入港させたいので、ゲートを出してくれるかね?」

《うん、了解。後、ナノ・リアクターの準備は要る? 女の子用は一台埋まってるから、そっちは二台しか使えないけど》

「そちらも全機、稼動状態で頼むよ」

《了解》

 

 ユウオの返答を契機にして、クレーターに収まっていた隔壁と思しきモノがゆっくりと横に開いて行く。そこで変化は終わらない。

 ぽっかりと開いたクレーターから、ドーム状の建造物がせり出て来た。アースラが小さく見える程、冗談のように大きなドームである。

 この、”変形”に、はやてとフェイトは呆然を通り越し、既に笑っていた。世に、それを現実逃避と言う。

 無理も無い、とシオンは地球出身者として二人に同情めいた感情を覚えながら苦笑した。多分、自分も知らなければ同じような反応をした公算が高い。

 自分の横で、スバルが少年の如く目を輝かせているが、あえて見て無いフリをした。

 

 ……うん、気のせい気のせい。ティアナが横でため息吐いてるけど気のせいだって。

 

 そう、シオンが色んなモノから目を逸らしていると、トウヤの自慢そうな声が響いた。

 

「これが、月夜だよ。今地表に出ているのが、エレベーター形式の”ゲート部分”でね。月夜本体は地下にある。完全稼動時は地下の本体にゲート部分も隔壁に格納されて、外部からのアクセスをシャットアウトする仕様となっているのだよ」

『『はぁ……』』

 

 そんな、秘密基地を自慢するみたいに言われても……。

 全員(スバルと、シャーリー除く)揃って生返事する中、ゲートの一部が上に開いて行く。そこに入れと言う意味だろう。

 ルキノがアースラを前に進める。やがて、アースラは完全にゲートの中に入港した。アーム部分がアースラに伸び、係留する。

 それを眺めながら、トウヤは一同に振り返り、一礼した。

 

「アースラの諸君、グノーシスへようこそ。心から歓迎するよ?」

 

 かくして、アースラは漸くグノーシスに到着。その羽を休める事になった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 グノーシス本部、月夜。

 ゲート部分も出鱈目に大きかったが、本体はそれが可愛く見える程に更に大きかった。断言出来る。地図が無ければ百%迷う。何せ、”月の中身”がそのまま月夜の本体であったのだから。

 その大きさ、押して知るべしであった。

 そこをトウヤの案内で一同は進む。ちなみに、グノーシス・メンバー&シグナム、ヴィータはストレッチャーに乗せられ、殆ど強制的に医務室に連れて行かれた。先の強襲戦を鑑みるまでも無く、重傷人ばかりである。本人達が嫌がろうと、無理矢理連れて行かれるのは至極当然と言えた。

 

「さて、まずは高町君の所へ――と行きたい所だが……。現在、彼女はナノ・リアクターで治療中でね。悪いが面会は出来ない」

「そう、ですか……」

 

 トウヤの言葉に、フェイトが残念そうに、しゅんとなる。余程、会いたかったのだろう。はやてもその肩を叩いて苦笑するが、表情に少しばかり影が射していた。そんな彼女達に、トウヤは微笑する。

 

「まぁ、ある程度治療はしてあったしね。後、一、二時間程で完治して目を覚ます。それまで待てるかね?」

「「……はい」」

 

 二人は揃って返事をする。それを満足そうに受けて、トウヤは前へと再び歩き出した。やがて、ある部屋の前に辿り着く。扉には、第四ブリーフィングルームと書かれてあった。

 

「さて、入りたまえ。今後と……そして先程の話しをしよう」

「…………」

 

 シオンは、それに無言。しかし、脳裏には先程刃を交えた存在、紫苑を思い出していた。

 

「シオン……」

「と、悪い。ボーって、してたわ」

 

 後ろからスバルの心配そうな声を聞き、我に返る。振り向き、やはりこちらを心配そうに見るスバルに苦笑して見せると、シオンは中に入り、席に座る。

 それに続き、はやて、フェイト、クロノ、ザフィーラ、スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、ギンガ、チンク、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディの前線メンバーが席に座り、最後にそれらを確認して、トウヤが席に着いた。

 

「さて、まずは――」

「トウヤ兄ぃ」

 

 話し出すトウヤに間髪入れずにシオンが名を呼ぶ。言外に問うシオンの態度に、トウヤは苦笑した。

 

「分かってるよ。まずは先程の事、だね?」

「うん。”あいつ”、紫苑の事について。何か知ってるの?」

「いや、何も知らんさ。落ち着きたまえ。まずは情報を整理しよう。彼が言っていたプロジェクトFとやらの事だが、それは、”FATE”の事でいいのかね?」

『『ッ……!?』』

 

 トウヤの台詞に、一同が……特に、フェイトとエリオが凍りつく。それを見遣り、トウヤは一人頷いた。

 

「記憶転写クローニング技術……成る程、その様子だと合っているようだね」

「何故、貴方がそれを……?」

 

 フェイトが息を飲み、トウヤに問う。彼はそれに、一つの苦笑を返した。

 

「何。こちらにも同じような技術があってね……先の名前はこちらのモノなんだが、偶然とは恐ろしいモノだね?」

 

 本当に偶然か……?

 

 一同はそう思うものの、トウヤは顔色一つ変えない。疑問には思うものの、問いただせる筈も無かった。何より、これは主題では無い。

 

「……俺からも一つ。あいつは、俺の――五年前の、”俺の刀術”を使って見せやがった……」

 

 今度はシオンが挙手して紫苑の事を話す。それにトウヤの眉がピクリと動いた。恐らく、俺の刀術の部分が引っ掛かったのだろう。だが、事はそれだけでは無い。

 

「それにあいつ。神空零無を――神覇ノ太刀の単一固有技能を使って見せやがった」

「ほう……! それはまた……」

 

 シオンが話した内容にトウヤが唸る。それが、どれだけ有り得ない事か分かったのだろう。ニヤリと笑う。

 神覇ノ太刀は一子相伝の技である。曰く、神が覇を唱える為に生み出した剣技だとか。神殺しの技として作り出されたのだとか。

 ちなみに、いろいろ伝説があるらしいが、シオンは全部、信じていない――まぁ、そう言った経緯により一子相伝になったのだとか。だが。

 

「他の分家は別に一子相伝じゃないのにな……。どうして、うちだけ一子相伝なんだろ?」

「『聖』の拳技、『光』の槍技、『天』の弓技、そして、『神』の刀技かね。一応、神庭が本家だからね」

 

 思わず嘆息するシオンに、トウヤが補足説明を付ける。だが、今重要なのはそこでは無い。

 重要なのは、一子相伝かつ、極めるレベルで無ければ修得出来ない筈の神空零無を、紫苑が使って見せた事にあった。

 それを考えると、紫苑が言った台詞『記憶、肉体、そして魂を複製した存在』と、言うのが俄然真実味を増す。

 だが、トウヤはこう言ったのだ。『そんな事は不可能』だと。

 故に、シオンはトウヤを見る。それは何故かを聞く為に。異母弟の責めるような視線に、彼は苦笑する。

 

「そう睨むのはやめたまえ」

「トウヤ兄ぃ。いい加減、聞かせてよ。……なんで、”そんな事は不可能”なのさ?」

「ならば、逆に聞こう。シオン、どうやって”魂”を複製するのだね?」

「へ?」

 

 質問に質問で返されて、シオンの頭に疑問符が踊る。それに構わずトウヤは続ける。

 

「魂とは、二十六次元以上でその波動情報を検出される――で? その魂とはそもそも何で出来ているのかね? 素材は? エネルギーの塊だとしたら、どのようなエネルギーかね? 正位置のエネルギーかね? 負位置のエネルギーかね?」

「あ、え、えっと……」

 

 矢継ぎ早に繰り出されるトウヤの質問に、シオンはアタフタとなる。

 ――分からないのだ、トウヤが出した質問の答えが。それに、トウヤは笑う。

 

「つまりはそう言う事だよ、シオン。魂の利用方も、それを検出する手段も、取り出す方法も、実際に複写した例も、ある。だが、その実。

”魂の正体が何なのかと言う事については、全くと言っていいほど分かっていない”。

 ……本当、片手落ちどころじゃない話しだよ」

 

 肩を竦めるトウヤに、シオンは呆然とする……確かに、その通りであった。

 魂の、その本質が何も分かっていないのに魂を作れる訳が無い。複製なぞ、以っての外である。

 

「そもそも、お前のような霊格の魂を複製出来るなら誰も苦労はしないさ」

『『あ……!』』

 

 その言葉に、シオンを始めとして、はやて、フェイト、スバル、ティアナが同時に声を上げる。そう、それは聖王教会での話し合いで言われた事だった。

 シオンの霊格値はタカトと同じ、神級だと。そんなモノ、更に作れる筈が無い。

 あの場に居たもう一人の人物、クロノはそこらの事に、半ば気付いていたのだろう。ただ一人、苦笑していた。

 

「で、でも。アイツは実際に――」

「仮説で良ければ、それについても一つ答えが出せるがね?」

「はい!?」

 

 事もなげにあっさりと言ってのけるトウヤに、シオンは飛び上がらんばかりに驚く。他の皆もポカンとしていた。

 たったあれだけの情報で、仮説とは言え答えをあっさり出せると言う事に。その反応を楽しみながら、トウヤは話し出す。

 

「例えばだね。魂は波動、つまりは波形で、そのデータを現す。感情や人格、つまりは精神的なモノをね? ならば”全然別の魂に、お前の十二歳時の波形データを複写してしまえば”問題はクリアーされると思わないかね?」

『『…………』』

 

 トウヤの仮説に、シオンはあんぐりと口を開き、他の者達も顔を引き攣らせる。確かに、それならば魂を複製出来なかろうが問題は無い。

 ”複製”では無く、”複写”。認めたくは無いが、それなら可能だろう。

 

「……トウヤ兄ぃってさ、頭いいんだか悪いんだか分からないよね」

「何を言うかと思えば……私は天才だよ?」

 

 自分で言うか。

 シオンがこめかみをぐりぐり押しながら、盛大にため息を吐いた。一同も同じくだ。トウヤは微笑して、それらを見る。

 

「まぁ、あくまでも仮説だよ。魂の波形データは、その情報量だけでも凄まじい量になるからね……実際の所は、現実的では無い」

「でも、出来るんでしょ?」

「ああ、これならばね?」

 

 あっさりと頷いて見せるトウヤに、シオンは再び嘆息する。もう、この兄が何を言っても驚くまいと思いながら。

 

「さて、これでシオンもどきの話しはいいね? どちらにせよ、今の段階では仮定の話ししか出来ないしね。次に行こうか……今後の君達の、行動について話し合おうか」

 

 そうトウヤは言い、ニヤリと笑った。

 

 

(中編に続く)

 




はい、第四十二話前編でした。タイトル詐欺? いやいや、まだですとも(笑)
また四部くらいになるかなー(遠い目)
魂学の欠陥懐かしいですな。クイズにした記憶がありまする。引っ掛けの(笑)
またクイズやれたらいいなと思ってますので、お楽しみにー。では、中編1でお会いしましょう。ではでは。

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