魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第四十一話後編です。ついに反逆編ラスト! 久しぶりのトウヤの本気をお楽しみ下さい。では、どぞー。


第四十一話「舞い降りる王」(後編)

 

 虚空に斉唱するツッコミ。それを満足そうに受け、王たる男、叶トウヤは微笑した。

 脇の空間に突き刺さったままの白槍、ピナカを引き抜き、優雅に振るう。それだけ。それだけで彼は戦闘体勢に入ってのける。

 思わず裏手でツッコミを入れていたアルセイオは、その仕種を見てゾクリと背中に寒気を覚えた。そう、今は戦闘の真っ最中。しかも、この男は――。

 

《はじめまして、だね? 無尽刀、アルセイオ・ハーデン。噂はかねがね聞いてるよ?》

《……何の噂か、聞きてぇ所だな》

 

 トウヤの台詞に肩を竦める。強がりではあるが、ここで飲まれる訳には行かない。この語りかけですらも、ペースの掴み合いだと即座に悟ったのだ。

 トウヤはアルセイオの言葉に、微笑し続ける。ピナカをスッと差し向けた。

 

《そうだね……。君がペンタフォース時代からの大体の経歴等も含めると膨大な数になるが。いいかね? この場で大声で語りが入ってしまっても?》

《俺がガキの時代からじゃねぇか!? いつからの噂だよ!》

《何、敬意を払うべき人の事は最低限知って置くべきだと思ってるだけだよ――そうだね。君が世話になっていた孤児院で最後に粗相をした辺りなぞ、なかなか面白いと思うよ?》

《あーもういい。黙っとけ》

 

 調子が狂う……。

 

 トウヤに自分が珍しくペースを狂わされている事をアルセイオも自覚する。だが、それでも。

 

《…………》

 

 アルセイオは握る斬界刀の柄に力を込める。目の前に居る男に、ぐっと息を飲んだ。

 どれだけふざけたように見えようと、アルセイオは一切トウヤに対して油断しない。先の投槍だけ見ても、並の技量では無いのが分かったからだ。

 

 ここから大上段の一撃ぶっ放して、殺れるか……?

 

《やめておきたまえ》

《!?》

 

 いきなりの制止に、アルセイオは硬直する。まるで心を読んでいるかのように、トウヤは話し掛けて来たのだ。

 おそらくは、こちらの筋や身体の僅かな動きから”兆し”を見切ったのだろうが、それもごくごく僅かな挙動でしか無い。

 それをいともあっさりと見破られた事にアルセイオは戦慄する。そんな彼にトウヤは微笑し。

 

《少し待っていてくれるかね。何、時間はあまり取らせないさ》

《……ああ、いいぜ》

 

 アルセイオはトウヤの言葉に、鷹揚に頷く……正確には、頷かされたが正解だが。

 トウヤはアルセイオの答えに一礼すると、背後に振り返った。そこには、未だに呆然としたシオンが居た。

 アルセイオにつけられた傷も再生が終わっている。トウヤはそれを素早く確認すると、シオンを冷たく見据えた。

 

《何をしているのだね? 邪魔だ、負け犬……さっさと立って失せたまえ》

《っ!?》

 

 ビクっとシオンの肩が震える。トウヤは構わない、シオンをただ見続ける。彼は悔し気に唇を噛み締め、震えた。

 それを見て、トウヤはシオンへと近付いた。

 

《立てないのかね?》

《…………》

 

 シオンはただ無言。俯き、トウヤと視線を合わせない。そんなシオンに、そうかと呟く――と。

 

《では、立たせてあげよう》

 

    −撃−

 

《か……!?》

 

 いきなりシオンの顎をトウヤが蹴り抜いた。シオンの身体が、それだけで立たされる。二人の目線がはじめて合った。

 シオンの瞳が怯えるように震える。トウヤの目は変わらない。ただただ、冷たくシオンを見据える。

 

《立てるではないか》

《あ、あ……》

 

 トウヤの言葉に、シオンは答えられない。何かを言おうとするが、言葉は詰まり、声にならない。トウヤはそんなシオンに、また近付く。

 

《それでは説教タイムといこう。殴られるのは当然と思いたまえ。反論は許さん》

 

    −撃!−

 

 言うなり、トウヤの右拳が唸りを上げて飛ぶ! シオンの顔をそれは痛打し、盛大に跳ね上げた。トウヤは更に踏み込む。

 

《お前は何をしているのだね?》

 

    −撃!−

 

 跳ね上がった顔に逆側の拳が容赦無く叩き込まれ、そこから続く連撃。シオンは身体ごと、左右に跳ね飛んだ。トウヤは冷たい眼差しのままに、シオンを殴り続ける。

 

《今の不様さは何だね、お前は? 相変わらずのガキめ。力に振り回されて、それを指摘されて反省のポーズかね?》

《ぐう……っ……!》

 

 更に続けざまに叩き込まれる拳。それにシオンは抵抗しない。ただ、殴られ続ける。

 

《過去の貴様が現れたらしいね? ”その程度”で情緒不安定になるのかね、お前は。少しは成長したかと思いきや、全然なってないね》

《……っ!? だったら……!》

 

 その程度。その言葉にシオンは反応し、はじめてトウヤを睨む。

 そんな風に言われたくは無かった。言わせられる筈が無かった。

 だって、紫苑は殺したのだ。自分の技で、人を。

 そして、殺そうとしたのだ。仲間を、大切な奴達を! それを……!

 

《何で、その程度なんて言われなきゃいけない!? なら俺はどうすればよかったって言うんだ!?》

《知るかね、そんな事。自分で考えたまえ》

 

    −撃!−

 

 吠えたシオンに、今までで一番強い威力を持って拳が打ち込まれる!

 シオンの身体は軽々と吹き飛び、今や無人となった次元航行艦『シュバイン』に叩きつけられた。

 トウヤは、それを見て漸く拳を納める。

 

《……今のお前は駄々をこねて立ち上がる事を拒否してるガキに過ぎんよ。そんなお前に何かを吠える権利は無いと思いたまえ。力に振り回された? それがどうしたね。それが原因で負けた? それが”今のお前の不様さと”何か関係あるのかね? シオン、違うだろう?》

 

 シオンは艦に大の字で横たわったまま、それを聞く。トウヤが何を言おうとしているのか、それが分からなくて。

 トウヤはフッと嘆息すると、もう用は無いとシオンに背を向けた。

 

《……シオン。最後にこれだけは言おう。お前が刀で起こした事件。あの後、お前は半年程自閉症に陥ったね? ……今のお前はその時そっくりだよ》

《……っ》

 

 思い出したくも無い記憶を掘り起こされ、シオンの瞳が震える。それはシオンにとって、忌まわし過ぎる記憶であったから。トウヤは構わない。続ける。

 

《思い出したまえ。あの時、部屋から無理矢理タカトに引きずり出された時の事を。そして、”イクスを引き継いだ”時の事を。あの時、再び力を手にする事を決めたお前は、タカトに何と言った?》

 

 俺、がタカ兄ぃに言った事……?

 

 あの時、確かに自分はタカトにイクスを渡され、何かを言った筈だ。あれは、確か――。

 

《私は、覚えているよ。だから、お前がイクスを握る事にも何も言わなかった。だから、お前が家を出て二年間放浪しても何も言わなかった》

《トウ、ヤ兄ぃ》

《――原点に戻りたまえ。迷ったのならば、最初にまで戻ればいい。そして、一番最初の、お前の”想い”を取り戻したまえよ。……以上だ》

 

 それだけ。それだけを言うと、トウヤはぐるりと、視線を巡らせる。ある一点でその視線は止まった。スバルと、ノーヴェに。微笑する。

 

《済まないが、愚弟を頼むよ》

《あ……》

 

 その言葉にスバルは一瞬、返事を忘れた。ノーヴェも同じく、だ。トウヤは二人の返事を待たない。相対すべき敵、アルセイオの元に向かい、肩を竦める。

 

《いや、済まないね。時間を取らせた》

《構わねぇさ。あれで、坊主が立ち直るんならな》

 

 アルセイオも、また笑う。彼だけは、トウヤの意図を正しく理解していた。

 何のかんのと言っても弟の事が心配だったのだろう――態度には一切出さない為、分かりにくいが。

 その為の説教であり、そして”戦闘に巻き込まない為に”殴り飛ばしたのだ。

 そうでなければ、ああも吹っ飛ばす必要は無い。

 

 ……俺の周りは不器用な奴達ばかりだな。

 

 人知れず苦笑して、そう思う。それには当然、自分も含められる。

 斬界刀を、トウヤに差し向けた。

 

《んじゃ、始めるとするかい?》

《そうだね――ああ、そこらで戦ってる負け犬諸君?》

《誰が負け犬か!?》

 

 その言葉に、今も激しい戦闘を繰り広げていたグノーシス・メンバー達が一斉に叫ぶ。トウヤはそれに心外とばかりに眉を潜めた。

 

《負け犬は負け犬だろう? 本局決戦で敗退したのだから。もう少し使えると思ったのだがね? いや〜〜これは私の失策だった。君達がこれ程までに使え無いとは……》

《野郎……!》

 

 トウヤの台詞に、コルトを始めとした一同が盛大に唸る。それを見て、トウヤは婉然と微笑んだ。

 

《まぁ、そんな事はいいのだよ。今から彼と戦うのでね? ……せいぜい巻き込まれ無いよう注意したまえ。今回、ピナカを使うよ?》

《げぇ!?》

 

 その言葉に、グノーシス・メンバーは一斉に悲鳴を上げる。アルセイオは、そんな一同の反応に怪訝そうな顔となり、その意味を探る。ピナカ、だと?

 

《ああ、それと貴方にも一つ、忠告だね?》

 

    −戟!−

 

《っ!?》

 

 突如、放たれた白槍がアルセイオの握る斬界刀に突き込まれる!

 その一撃は斬界刀の切っ先に撃ち込まれ。

 

    −破!−

 

 直後――砕けた。

 ”斬界刀が”!

 あまりの事態に硬直するアルセイオに、トウヤはくすりと笑う。左手に握るピナカが円を描いて翻った。口を、開く。

 

《ちなみに私は、”タカトより強い”から。その積もりで居てくれたまえ》

《なぁ!?》

 

 言われた台詞に、目を見開いて驚愕するアルセイオへとトウヤは変わらぬ笑いのままに踏み込む。

 対し、アルセイオは砕かれた斬界刀からダインスレイフを引きずり出し、頭上から一閃。

 

    −戟!−

 

 虚空に神槍と魔剣がぶつかり合い、衝撃が周囲の空間を揺るがした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《ちぃ!》

 

    −閃!−

 

 激突したダインスレイフと、ピナカは虚空に衝撃を撒き散らし、アルセイオとトウヤはその反動で僅かに後退。そこからアルセイオはダインスレイフを横薙ぎに一閃する――が、トウヤは構わず前に踏み込む。

 槍がぐるりと回転。ダインスレイフを柄部分で受け止めると、そこからピナカが更に回転。石突きがアルセイオの顔に向けて跳ね上がった。

 

《っお!?》

 

    −撃!−

 

 反射的に生み出した剣を顔の横に作りだし、アルセイオは石突きを防御しようとして、それを問答無用に破壊!

 石突きは何もなかったかのようにアルセイオの顔面を痛打した。

 

《がっ……!》

 

 横殴りに思いっきり殴り飛ばされ、アルセイオの身体が流れる。口を僅かに切り、アルセイオの口から血が流れた。アルセイオは構わず、トウヤを睨み、愕然とした。

 アルセイオが見たのは、ピナカを更に回転しながら踏み込むトウヤ! 今度差し向けられたのはピナカの風纏う穂先。

 

《――捻れ穿つ螺旋》

 

    −閃!−

 

 放たれる一閃!

 空間をその名の如く捻切りながら、ピナカが撃ち込まれる。アルセイオに出来たのは、身体に無尽刀のスキルを持って鎧を作り出す事だけだった。

 

    −轟−

 

 抉り込まれたピナカが鎧を容赦無く砕き、アルセイオの腹に突き込まれんとする。しかし、鎧を砕いたそれが僅かにアルセイオを後退させていた。アルセイオはそれを利用して、瞬動を発動。無理矢理後退する。

 結果、捻れ穿つ螺旋は虚空を削るだけに留まった。アルセイオは、後退し続けながら唸る。

 言うだけの事はある。

 恐らく、接近戦の技量だけを取るならば。タカトと十分に互する。はっきり言って自分では勝負にならないレベルであった。そもそも近接で、属性変化系魔法を使える時点で異常と言えるのだから。

 接近戦は勝負にならない。ならば、別の手段を取る!

 

《こいつなら――どうよ!?》

 

 そう叫んだアルセイオの周囲に大量の剣群が形成される。万を遥かに超える数である。一個人に放つ量では無い。それを一斉に放たんとして、その前に、トウヤが動いた。

 ピナカを虚空に突き刺さし、そこを中心にカラバ式魔法陣が展開する。

 

《震えと猛る鳴山》

 

 瞬間、魔法陣から大量の土砂がどこからともなく出て来た。

 召喚したのである、土砂を。それはトウヤを包み込み、巨大化する。

 アルセイオはそれを見てトウヤに指を差し向けた。剣群達に、突撃を命ずる!

 

《――行け!》

 

    −轟!−

 

 一斉に、剣群がトウヤへと殺到した。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 土砂に包まれたトウヤに万を超す剣群が叩き込まれる!

 それは、突き刺さった上から更にその剣を砕いて突き立ち、暴虐の剣群はトウヤを惨殺せんと次々と撃ち込まれていく。だが、アルセイオの顔は晴れない。彼の直感は告げている――これで終わりな筈が無い、と。そして、それは事実だった。

 

 −アヘッド・レディ−

 

 −時すらも我を縛る事なぞ、出来ず−

 

 響くは鍵となる言葉。そして、トウヤ固有の呪文。

 同時、ぞくりと言う悪寒をアルセイオは覚え、トウヤに背中を向けて全力で後ろに下がる!

 直後、それは起きた。

 

《凶り歪み果てる理想》

 

    −軋−

 

 割れた――空間が捻れ、凶り、歪み、割れ尽くす!

 それは、空間に出来た裂け目であった。裂け目は万物全てを問答無用に飲み込み尽くす。

 人はそれをこう言う。重力特異点”ブラックホール”と。

 アルセイオはそれを離れた位置から見て冷や汗が止まらない事を自覚する。

 もし、あの場に留まっていたならば?

 もう少し離脱が遅かったら?

 自分は恐らく、この世にいない。

 やがて、ブラックホールは自分から勝手に蒸発し、消え去る。そこからあっさりと彼が現れた。

 当のそれを放った人物、叶トウヤが。彼は、アルセイオを見て微笑む。

 

《ふむ。上手く避けたようだね? 安心したよ》

《よくそんな事言えるぜ……離脱が遅れてたら死んでるぞ、俺》

 

 軽口に、軽口で返しながらアルセイオは跳ね上がった心臓を押さえ続けていた。軽い興奮状態である事を自覚する。

 彼に取って、強者との戦いは望む所である。それがアルセイオに取って、一つの願望であるからだ。

 気付けば、アルセイオは笑っていた。くっくっと笑い続ける。

 タカトといいこのトウヤといい、自分を越える相手によくよく出会うモノである。それも全員年下と来てる。

 笑いの一つも出ようと言うモノであった。

 何より、アルセイオは嬉しかった。彼は自分より強い相手と戦い、それを超える事に何より楽しみを覚える。趣味、と言っても過言では無い。

 彼もまた戦闘狂(バトルマニア)の一人であったのだ。

 

 奴にまともに通じる技は、あと……。

 

 恐らく巨剣や極剣は無意味だ。いくら数を作ったとしても、あのブラックホールを生み出す技には通じまい。ならば、後はアレすらも斬り得る剣しか無い。

 ――斬界刀。それしか。

 だが、最初にアレはいかな方法を持ってか破壊されている。何が起きたのか、分からない程であった。

 

 試して見るか……。

 

 何をされたか、その正体を見極める。アルセイオはそう決めると、ダインスレイフをトウヤに構えた。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 −我は無尽の剣に意味を見出だせず。故にただ一振りの剣を鍛ち上げる−

 

 虚空に再び響く、二つの言葉。同時、ダインスレイフを中心にして剣が形成されていく。

 斬界刀。世界を斬り得る一刀が。

 トウヤはそれを見て苦笑した。

 

《思いきったね……。一度破壊されたそれを持ち出すかね?》

《おうよ……! お前さんに通じそうなのが、これしか無くてなぁ!》

 

 アルセイオもまた笑う。

 トウヤは苦笑しながら、自分の体内時計を確認した。

 

 ――あれから僅かに八分。ピナカを発動させるには後二分と言った所かね。

 

 凶り歪み果てる理想で時間を稼いだとは言え、”最初にピナカを発動してから”まだ八分しか経っていない。後二分。それまで、斬界刀相手にどう戦うか。

 

 擬似EX化は……却下だね。 

 

 こちらの最強の切り札を晒す事は、流石に憚られた。恐らく、向こうも見ている事だろう。

 この戦いを。

 真性のEXとは違い、凡人だった自分が成せたモノである。再現出来るとも思え無いが、万が一の可能性は否定出来ない。ならば、こちらは却下であった。

 

《行くぜ》

《来たまえ》

 

 ――なら、こちらで行こうかね!

 

 トウヤが胸中叫び、アルセイオが斬界刀を振り上げながら、瞬動でトウヤへと一気に突っ込む! トウヤは動かず、指を虚空に滑らせた。

 その指は雷、と虚空に一文字を描く。直後、アルセイオが大上段から斬界刀を振り放った。

 

    −斬!−

 

 斬界刀はその軌跡にあるモノ、世界そのものを断ち斬りながらトウヤに突き進み、トウヤはそれに笑って見せる!

 世界を斬り裂いて、一撃はトウヤへと振り落ちたのだった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −斬!−

 

 空間を、次元を、万物全てを断ち斬りながら斬界刀が通り過ぎる!

 アルセイオは、最後まで斬界刀を振り切った。だが、その顔は苦渋に歪む。

 

 手応えが、ねぇ……!

 

 振り切った斬界刀に、トウヤを断ち斬った手応えがどこにも無かったのだ。それは、つまり――。

 

《……いや。恐ろしい、一撃だね? 下手をすれば概念破壊攻撃、EXに届くよ、貴方のその技は》

《っ――!?》

 

 念話は、後ろから聞こえた。アルセイオは首だけを背後へと向ける。そこには、雷を”身体”に纏うトウヤが居た。アルセイオを変わらぬ笑いで見据える。

 そのトウヤの様子に、アルセイオは彼がどうしてあのタイミングで斬界刀を避けたられたかを悟った。それは、カラバ式における秘奥。己が魂を一時的に、ある存在と融合させる事により絶大な戦闘能力を得る方法であった。その名を。

 

《精霊……融合……!?》

《誇っていいよ? アルセイオ・ハーデン。貴方を含めてたった三人しかいないからね。私が精霊融合を行ったのは》

 

 バカな……!

 

 アルセイオは、トウヤの台詞に戦慄する。精霊融合とは、神の端末、分化し、一つの概念存在と化した精霊と融合する魔法である。

 強力な魔法だ。何せシオンは一度、これを使ってアルセイオを追い込んでいる程なのだ。だが、当然それだけの能力には相応の反動がある。あまりに巨きな霊的存在と融合する事は、同時に自我の崩壊を招きかね無いのだ。故に、カラバ式において禁術とされているのである。

 だが、トウヤはそれをあっさりと使っていた。しかも、その言葉が確かならば。

 

《反動に耐え切る事が出来るって事か!?》

《何、さほど難しい事では無いさ。たかが一柱の精霊。この身に宿せずして、精霊王の二つ名は名乗れぬのでね?》

 

    −斬!−

 

 アルセイオは、最後までトウヤの台詞を聞かない。斬界刀を横薙ぎに振り放つ!

 その一撃は、トウヤの上半身と下半身を苦もなく分かち――あっさりとその身体は紫電へと変わり、消えた。

 

《こちらだ》

《!? ちぃ!》

 

 再び念話は背後から聞こえる。今斬ったのはただの残像であったか。雷の精霊、ヴォルトとの融合で得られる特化能力は雷に等しき超速度である。それ故に、アルセイオを持ってしてもコレに追い付くのは難しい。斬界刀とはいえ、当たらなければ意味は無いのだ。……だが。

 

 とはいえ、流石だね?

 

 アルセイオが振り放ち続ける一刀を躱し続けながら、トウヤは苦笑する。

 精霊融合で、斬界刀を回避出来ているが、それとて完全では無い。

 ――余波だ。斬界刀からの一撃が放たれる度に、空間、次元が容赦無く斬り裂かれ、歪みが生じ、それだけで下手な攻撃より強力なモノが放たれているのである。その威力はランクにすると恐らくSSに届く。ただの余波がだ。直撃を受けた場合を想像すると、ゾッとする。

 防御は実質不可能。迎撃出来る魔法も、多くは無い。もし目が無ければ、トウヤとて迷い無く擬似EX化している。それだけの相手なのだ。このアルセイオ・ハーデンとは。

 

    −斬!−

 

    −裂!−

 

    −閃!−

 

 振るう、振るう。振り放たれた続ける!

 それをトウヤは辛くも回避し続ける。一度攻撃に転じようとしたが、その隙を逃さずアルセイオは斬界刀をトウヤに放って見せたので、トウヤは下手な攻撃を放つ事を諦めた。

 現状、どの攻撃を放ったとしても、斬界刀で斬られて無効化されるのは間違い無い。ならば、待つ。

 ピナカが発動出来る、十分の時間を。

 

《っおお……!》

《っ……!》

 

    −斬!−

 

 放たれる大上段からの轟撃! それ自体は回避したものの、余波でトウヤの腕が軽く斬られた。

 トウヤの顔が若干歪み、アルセイオが笑う。

 そしてその一撃はトウヤの身体をぐらつかせ、体勢を乱す!

 アルセイオは凄絶な笑みのままに、斬界刀を振りかぶった。このタイミングからの回避は不可能。アルセイオは勝利を確信し、吠える!

 

《捉えたぜ……! 叶!》

 

 叫び、斬界刀を放つ!

 それを前にして、トウヤは――。

 

《いや、こちらが――間に合ったさ!》

 

 ――笑った。

 

 直後、ピナカが激烈な光を放つ!

 それに、アルセイオが斬界刀を振り放ったままに目を見開いた。

 

 これは――!?

 

《ピナカ。破壊神の力を受け継ぎし神槍よ。その名を持って、力を示したまえよ!》

 

 トウヤは構わず、迫り来る斬界刀に向かい、ピナカを構える。技は使わない。

 そうでなければ、”この世界を破壊してしまうから”。

 ピナカはトウヤの叫びに応えるが如く、更に光り輝き、トウヤは微笑む。そのまま斬界刀に向かい、ピナカを放り投げた。

 

《受けたまえ……! 神鳴る破壊(ピナカ)ァ!》

 

    −閃!−

 

 トウヤより放たれたピナカ。それは迷い無く、斬界刀に真っ正面からぶつかり。

 

    −壊!−

 

 次の瞬間、斬界刀を容赦無く木っ端微塵へと変えた。

 先程は斬界刀だけで済んだが、今回はそれだけで終わらない。

 斬界刀の中心であったダインスレイフすらをもひび割れさせ、砕き。更にアルセイオの両腕すらをも巻き込む!

 

《ぐっ! おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!?》

 

 アルセイオの両腕が容赦無く破壊され、裂傷が走り。骨が砕かれる!

 それを尻目に、トウヤは微笑した。告げる、己の――。

 

《終わりだね》

 

 勝利を。

 それはこの世界。そして、長く続いた強襲戦。全ての終わりを告げていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《ぐっうう……!》

《――終わりだよ、アルセイオ・ハーデン。その腕では、もはや戦えまい?》

 

 唸るアルセイオに、トウヤはピナカを回収しながら笑って見せる。アルセイオはそんなトウヤを、そしてピナカを睨み据えた。

 

《なんなんだ、その槍は……。斬界刀どころか、俺も含めてこの有様かよ……》

《ふむ。その魔剣と、君が喰らったのはあくまでも余波だがね?》

 

 笑い、ピナカをすっと差し出す。斬界刀と、ダインスレイフ、更にはアルセイオの両腕すらをも破壊し尽くした恐るべき槍を。

 

《神槍、神鳴る破壊(ピナカ)。十分間に一度。自身の攻撃力を”無限値”へと変える槍でね? 生憎、破壊力限定ならば、これより上の武器は存在しないのだよ》

《……おいおい。無限、てよ》

 

 トウヤはあっさりと言ってのけるが、それだけにアルセイオは言葉を失う。

 攻撃力を無限とする。簡単に言うが、下手をすれば世界をあっさりと破壊しかね無い槍であった。

 

《さて。これ以上の戦いに意味は無いと思うがね? 大人しく帰りたまえ》

《……そうはいかねぇ。生憎、俺は諦めが悪いんでね?》

 

 ダインスレイフは破壊され、両腕は砕けた。それでもなお、アルセイオは戦闘の続行を告げる。

 それを、シュバインの艦壁に横になったままのシオンは聞き、不思議に思う。一緒に居るスバルとノーヴェが制止するのにも構わず、上半身を起こして、アルセイオへと視線を向けた。

 シオンの疑念に気付かぬまま、アルセイオはへっと笑う。そんな彼に、トウヤは苦笑した。

 

《そんなナリでまだ私と戦う。敗北は確定しているのにだ。何故かね?》

《は……! 決まってらぁ! 誰が負けたなんざ認めたよ? 少なくとも俺は認めちゃいねぇ。いいか? 何回負かされようと、何度地に這いつくばされようとだ……! 俺が負けたと認めねぇ限りは負けじゃねぇんだよ!》

《何回、負けようと……?》

 

 その台詞を、シオンは聞いた事がある。あれは、確か――!

 

《何回、転んでも……》

《シオン?》

 

 呟くシオンに、スバルが疑問符を浮かべる。シオンは構わない。続ける。

 

《何回、躓(つまづ)いてしまっても……》

 

 それは雨の日。突き立てられたイクスを前に、タカトに吠えた言葉であった。それは、シオンが叫んだ言葉。

 

 −あーあ。今回も、兄弟はこっちの道を選ぶんだな。まぁ、いいけどよ−

 

 直後、シオンの身体から甲冑が砕ける。ハーフ・アヴェンジャーフォームが解除されたのだ。同時、イクスも人型に戻る。

 だが、呆然としたシオンは気付かぬまま、アルセイオを見て呟き、両手をついて、足を艦につける。

 

《何回でも、立ち上がって見せる。……前に、進んで見せる――》

 

 ――あんたに、追い付きたいから。

 

 そう、最後まで言うと、シオンは立ち上がった。

 なんで、忘れていたのか。思わずシオンは苦笑する。

 最初の思いを、こんな大切な事を。

 まさかアルセイオの台詞で思い出す事になろうとは思わず、シオンは微苦笑する。

 それに気付いたのだろう。アルセイオとトウヤがこちらに目を向けていた。

 アルセイオは驚いたようにこちらを見て、トウヤは逆にしてやったりの笑いを浮かべていた。

 シオンは微苦笑を苦笑に変える。あの兄はどこまで計算して動いていたのかと。アルセイオの言葉ですらも、彼が引き出したモノなのだから。

 少しだけ静寂がシオン達とアルセイオ達に流れ。突如、いきなりアルセイオの足元に魔法陣が展開した。いや、アルセイオだけでは無い。

 グノーシス・メンバーと戦いを繰り広げる新型DAを着込んだ魔導師部隊にもそれは広がる。そして、再び声が落ちて来た。先と同じ、ベナレスの声が。

 

《撤収せよ、アル》

《ああ!? またお前……勝手過ぎんだろ! 俺はまだ……!》

《現状で叶トウヤに勝てる見込みは無い。そいつが来た時点で本来は撤収を命じる積もりだった。ここまで待ったのは、お前への義理だと思え》

《ちっ……!》

 

 よく見ればアルセイオの艦も次元航行を開始している。恐らくは強制的にだろう。それに、アルセイオは盛大にため息を吐き、トウヤをじろりと見る。

 

《叶、今度は俺が勝つぜ?》

《まぁ私に勝つより先にタカトに勝ちたまえよ。一応、あいつの方が先約だろう?》

 

 ああそうな、とアルセイオは呟く。次に、シオンを見据える。彼も、もう瞳を逸らさない。

 真っ直ぐに視線がぶつかり合い、アルセイオは笑った。

 

《いい答えを聞いたぜ? またな、坊主。次は容赦しねぇぜ》

《ああ、俺もだ。おっちゃん》

 

 負け惜しみしかならない筈のシオンの答え。だが、それにアルセイオは満足そうに笑う。

 次の瞬間、足元の転移魔法陣が一際強い光を放つ!

 

《じゃあな!》

 

 直後、アルセイオを始めとしたその場にあるストラに連なるモノ、全てが消えた。最初から無かったように。

 トウヤはそれに肩を竦め、笑う。グノーシス・メンバーや、シグナム、ヴィータもホッと安堵の息を吐いていた。そして。

 

《と、トウヤさん!》

《ふむ、八神君かね? 久しぶりと言う程間は開いてないが無事で何よりだ》

 

 ウインドウがトウヤの眼前にいきなり展開。はやての顔が映り、トウヤは軽い調子で頷いた。

 

《あー……めっちゃ聞きたい事とかあるんやけど、とりあえず、ありがとうございます》

《何、構わんさ。それより八神君。今から地球に来たまえ。その様子だと、怪我人も山と居るのだろう?》

《え、いやー、でも、それはなー……》

 

 トウヤの言葉に、はやては言葉を濁す。だが、肝心のトウヤは見透かしてるとばかりに笑って見せた。

 

《君が懸念している事はもはや無意味だ。八神はやて君。地球は既に狙われている――寧ろ、こちらに来て貰った方が何かと助かるよ。それに迷い人を一人預かってるのでね?》

《へ? それって――》

 

 迷い人。それに、はやては目を白黒させる。一応、アースラには行方不明者は一人しか居ない。だが、彼女は――。

 

《ウチの愚弟一号と共に地球に来たようでね? 怪我もしていたし、こちらで治療中なのだがね》

《やっぱり! なのはちゃん!?》

《なのはが!?》

 

 はやてが叫ぶと同時に、ウインドウがもう一つ展開する。フェイトである。それに苦笑しながらトウヤは頷き、直後、ウインドウの向こうで爆発したが如く歓喜の声が響いた。それを聞きながら、トウヤは下に向かい、降りる。

 そこには愚弟二号、シオンが居た。トウヤを見て、バツが悪そうな顔をする。

 

《その、トウヤ兄ぃ、ごめん》

《構わんさ。弟共の面倒は一番上の兄が見るものだよ。それよりシオン。先にも言った、過去のお前のクローン体の事だが?》

 

 トウヤの問いに、シオンは僅かに顔をしかめる。しかし、すぐに気をとり戻した。

 

《……俺の肉体と魂を複製した存在って、あいつは言ってた。だから、あいつは過去の俺と同じ存在で――》

《有り得んのだがね。そんな事は》

 

 は? と、いきなりトウヤが告げた言葉に、シオンが唖然とする。そんな彼の反応に、トウヤは笑って見せた。

 

《その言い分にはある致命的な欠点がある。見落としとも言うがね。これは魂学の欠陥とも言える事だが――まぁ、詳しくは向こうに着いて話そうか》

《あ、うん》

 

 トウヤの言葉に、シオンは素直に頷く。かくして、アースラは地球に向かう事になり、それは短く、一時ではあるものの、平穏が漸く彼等にも訪れる事を意味していたのだった。

 

 

(第四十二話に続く)

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 はい、テスタメントであります。ようやく、ようやく、ここまで来れたか……! 第三部反逆編終了です。次回から逆襲編に突入。地球に逃れたアースラ・メンバーとシオン達、そしてタカト。彼等の逆襲にこうご期待です。では、毎度の如く、次章予告! どぞー。

 

「そう言った台詞聞いてっとムカついて来るんだ……! 来いよォっ!」

「オリジナル・シオォォォォォォォン!」

 

 地球、グノーシスでようやく羽を休めるアースラに、トウヤから提案が齎される。そして、なのはとの再会。しかし、シオンに待ち受けるのは、もう一人の自分、紫苑との決着だった。

 過去の、最も赦せない自分との戦いの決着は!

 

 そして、物語はシオンとタカト、地球、EUとミッドチルダの戦いへと移っていく――。

 

「イギリスについた途端これかよ!」

 

「第二世代戦闘機人、特殊部隊、ドッペル・シュナイデ”隊長”、ギュンター。よろしくねぃ」

 

「君、は!?」

 

「……クリストファ。僕の名はもう、これだ。覚えておくといい。プロジェクトFの忘れ子、もう一人の僕。……偽物の僕」

 

「行け……エリオ! 俺を露払いにしたんだ! お前の全てを取り戻して来い!」

 

「はい!」

 

「WOOOOo……!」

 

「追わせねぇよ……! お前は、ここで俺とタイマン張るんだ、ヴォルテール!」

 

「行くよ! マッハキャリバー! ううん、マッハキャリバー、斉天大聖!」

 

「これが、……なのはさんと同じ空……! 行くわよ! クロスミラージュ、フラフナグド!」

 

「メテオ、スターライト……!」

 

「シューティング、スターライト……!」

 

「「ブレイカァ――――――――!」」

 

「……僕は、僕は、キャロを守る。そう決めた。決めたんだ! 君の記憶なんかじゃない! 僕としての想い! だからっ! フリード!」

 

「ここに! 仮初めなれど、我が御者たる資格を認めよう……!」

 

「”竜魂融合(ドラゴン・ユニゾン)”!」

 

【”グラム・フォルム”!】

 

 EU、イギリスでの騒乱は、奉ろわぬ神を呼び、それはEU全土へと広まっていく。そして。

 

「久しぶりだな」

 

「君かい? 本当に久しぶりだ。タカト」

 

「タカト、君は……!」

 

「ユーノ、勘違いをするな。俺はストラの敵であると同じく。”お前達の敵だ”」

 

「タカト……君は、ガキだ」

 

「……ああ、知ってる」

 

 ミッドチルダに一人向かうタカトはユーノ、ヴィヴィオを助ける為にかつての友と手を組む。しかし、そんな彼に待ち受けるのは悲劇だった。

 

「貴方が、殺した」

 

「タカト、君は私に夢を失っていないと言ったね? 君はどうなんだい」

 

「……俺は、間違っている。間違ったまま、進もう」

 

「ユーノ――さよなら」

 

 地球とミッド、二つの戦いは激しさを増していく……!

 魔法少女リリカルなのはStS,EX、第四部『逆襲編』――。

 

「アルトス・ペンドラゴン。人として英雄となり、剣として神になった男、それがヒントだったんだ……アルトス、お前の真名は――!」

 

【エクスカリバーとは、我が剣の名に非ず。我が……”必殺剣の名だ”!】

 

「リゲル・アイザック……! 元、第二位の吸血鬼――神祖の、吸血鬼!」

 

「タカト、君は……!」

 

「俺は、何一つとして諦めない。ずっと、そうやって生きて来たのだから」

 

「だから、覚悟を決めろ」

 

「リゲル・アイザック、お前は――やり過ぎた」

 

 ――始まります。

 

「アルカンシェルを……喰った!?」

 

「これで、奴の魔力はフルになった筈――」

 

「いんや。ただ今神庭シオン、最終戦技変換中」

 

「魔力値、”五億一千万”、SSS+++。……”腹八分目”ってとこかな?」

 

 

 




次回予告
「地球に到着するアースラは、ようやくその羽を休ませる」
「トウヤから告げられるものとは」
「そして、地球に戻って来たシオンも自分に向き直るための一歩をようやく始めるのだった」
「次回、第四十二話『懐かしき我が家』」
「少年は知る、母の優しい想いを」

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