魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「私は、奴と何度も戦りあった――それこそ、理由は喧嘩からガチな殺し合いまで。幾度となく、戦いあった。その数、百万とんで千百。そして勝ち星は五十万とびの五百五十一。……今なら言える。私は、タカトより強いと。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」



第四十一話「舞い降りる王」(前編)

 

 −我は無尽なる剣に意味を見出だせず−

 

 その言葉と共にこちらへと降りて来る男に、シオンは息を飲む。その肩に担がれた剣と一緒に。

 そんなシオンの反応に男は――アルセイオ・ハーデンはシオンを見続ける。

 

 −故に我はただ一振りの剣を鍛ち上げる−

 

 そしてシオンと紫苑のちょうど中間点で止まるとニっと笑って見せた。初めてあった時と同じように、ただ笑う。

 

《よう、坊主。久しぶりだなぁ。つってもクラナガン戦から一週間くらいしか経ってねぇけどよ。元気してっか? 歯ぁ磨いてるか?》

《……磨いてるよ》

 

 脳天気な挨拶をしてくるアルセイオにシオンはぐっと唸りながら答える。カリバーンと怪手を構えたままに。

 ――当たり前だ。どれだけ陽気に、脳天気に見えようとも、相手は”あの”アルセイオなのだ。

 無尽なる剣を造りだし、世界を斬り得る一刀を鍛ち上げる事が出来る傑者。

 シオンは彼と三度戦ったが、一人で勝利を納めた事は一度も無い。緊張も警戒もして当然であった。

 そんなシオンに、アルセイオはフフンと鼻を鳴らして笑うと。視線を背後に向けた。つまり、紫苑に。

 

《おめぇがベナレスの言ってた回収物か……しっかし本当に坊主に似てんなお前》

《そう言われるのは癪だね。……で、貴方は何しに来たのさ?》

《あん? さっき言ったろうが。お前を回収にだよ。ベナレスから勅命だぜ? まったく。俺達はあくまで傭兵だっての》

 

 深々とため息を吐きながらアルセイオは紫苑に愚痴を言う。それに紫苑は不快そうに眉を潜めた。

 

《……僕は、ここで帰る積もりは無いよ。あくまでも僕はストラの協力者に過ぎない。命令を聞く義理はあっても義務は無い筈さ。だから貴方はとっと帰って――》

《”あの人”からの言伝があるんだとよ》

 

 紫苑が拒否しようとする言葉を、アルセイオが遮る。”あの人”。その単語に紫苑は目を見開き、硬直した。

 

《『勝手な行動を許した積もりは無い。許すのは今回限りだ。帰還しろ』だとさ、……あの人とやらは知らねぇけどよ。命令、聞いた方がいいんじゃねぇか?》

《…………》

 

 暫く紫苑は無言。目を閉じ、何かに耐えるように肩が少しだけ震える。やがて、ゆっくりと目を見開いた。

 

《……了解。帰還します》

《っ――!?》

 

 紫苑の返答に、二人の会話を聞いていたシオンは驚く。紫苑とて、本心ではここで自分とケリをつけたいだろう。それを捩曲げてまで命令をあっさりと聞いたのだ。

 ここまで紫苑を従わせられるあの人とは一体誰なのか。

 シオンが疑問を巡らせている内に三人の遥か頭上に穴が開く。次元航行艦の次元航行による転移だ。

 穴からは、管理局で使われている標準的な航行艦、XV級次元航行艦が出て来る。間違い無く、ストラの――いや、アルセイオ隊の艦であった。

 紫苑はもはやシオンに一瞥もくれずに航行艦へと飛ぶ。それを見て、シオンは漸く我に帰った。紫苑に追い縋ろうと瞬動を発動する。

 

《っ! 逃がすかよ!》

《ところがギッチョン、てな?》

 

    −斬!−

 

 直後、シオンの鼻先を”何かが”通り抜けた。シオンは即座に瞬動を停止。その場に留まると、ゆっくりと横を振り返った。

 確認するまでも無い。そこに居るのは斬界刀を振り下ろしたアルセイオであった。

 

《おっちゃん! 邪魔するかよ……!》

《もちな。一応、今回はあいつを連れ戻すのが任務だ――悪ぃな坊主、決着つけたいならまた今度にしろや》

 

 凄まじい形相で自分を睨むシオンに、アルセイオはまったく動じず笑う。シオンは歯を食いしばると、アルセイオに向き直った。

 

《俺が、嫌だって言ったらどうする……!》

《――やめとけ坊主。今のお前じゃ、俺には死んでも勝てねぇよ。賭けてもいいぜ?》

 

 シオンの台詞に、アルセイオから笑みが消える。だが、それは戦いにより真剣になったと言う事では無かった。

 アルセイオはただ、シオンに言い聞かせるような瞳で見続ける。

 ――死んでも勝てない。その台詞にこそ、シオンは激昂した。

 

《勝てねぇだと……!? 今の俺にそれ言ってんのかよ!》

《今のお前だから言ってんだバカタレ。さっきの戦い。ちょっと見てたが――前よりお前、寧ろ弱くなってんぜ?》

 

 分かんねぇのか?

 

 そうアルセイオは、まるで哀れむかのような瞳をシオンに向ける――その目にこそ、頭に血が上った。

 

《ふざけんなよ……! 俺が、弱くなった……? ふざけんなよ!?》

《……本当に分かってねぇんだな》

 

 まだ言い続けるアルセイオに、シオンが怒りの視線を向ける。それでも、アルセイオは哀れむような視線を止めなかった。

 シオンの堪忍袋もここまでだった。アルセイオに飛び掛かる!

 

《だったら……! アンタを倒して強くなったと! 証明してやらァァァァァァァァァァっ!》

《忠告はしたぜ? 坊主》

 

 勝てねぇってよ?

 

    −撃!−

 

 直後、シオンが振るったカリバーンをアルセイオが斬界刀を解除してダインスレイフに戻し、受け止める。

 聖剣と魔剣は、ここに三度目の対決を果たす事になったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《おぉ……!》

 

    −戟!−

 

 虚空にシオンの咆哮が響く。同時、弾かれたようにカリバーンとダインスレイフは跳ね上がった。

 シオンはそこから体を回し、左の鈎爪をぐるりと廻らせる。狙うのはアルセイオの首!

 

《っらぁ!》

 

    −閃!−

 

 叫びと共に鈎爪は容赦無くアルセイオへと放たれる。だが、アルセイオは少しも慌てる様子は無かった。

 ただただ、醒めた瞳でシオンを見続け――。

 

    −撃!−

 

《がっ……!?》

 

 突如、シオンの背中に激烈な一撃が叩き込まれる。その衝撃で放たれた鈎爪も無残な軌跡を描き、アルセイオに届かないまま通り過ぎた。

 

 一体、何が……!?

 

 何が自分の背中を痛打したか分からず確認の為首を巡らせ――シオンは硬直した。

 シオンの背中には刃渡り十mはあろうかと言う巨剣が突き刺さっていたのだから。

 シオンはその巨剣を見て思い出す。アルセイオは離れた所からでも剣を作り出す事が出来たのだと……!

 

《――相対してる敵を前にして視線逸らしてんじゃねぇよ》

《っ!?》

 

 前方から響く念話にシオンは我に返る。前に振り向いて。

 

    −轟!−

 

 その目前に、剣先が迫っていた。アルセイオが投擲した巨剣である。自分が気を逸らした瞬間に投げたのか。

 巨剣は既に回避も防御も出来るようなタイミングでは無かった。

 シオンは迫り来る巨剣をただ見る事しか出来ず。その身体に巨剣が叩き込まれる!

 

    −撃!−

 

《がっあァァ……!》

 

 胴体に直撃した巨剣はシオンの身体に食い込み、容赦無くその身を吹き飛ばす。景気良く吹き飛んだシオンの身体から血と因子が溢れた。

 それでもシオンは虚空で身体を翻し、体勢を整えて――その視界にとんでも無いモノを見た。

 アルセイオが右手を振りかぶっている。その手に握られているのは、刃渡り五十mはあろうかという極剣!

 それを、アルセイオはまるで野球のピッチャーのように構え。そして。

 

《そら、よぉ!》

 

    −轟!−

 

 咆哮一声!

 叫び声と共に、極剣を容赦無くアルセイオは投擲した。それは放たれると同時に音速超過。空間に衝撃を撒き散らしながらシオンに突き進む!

 シオンはそれに、瞬動で回避しようとするも、既に遅い。音速超過の極剣は、問答無用にシオンへと叩き込まれた。

 シオンはそれでも身体を右に倒す事で直撃だけは避ける。極剣に跳ね飛ばされ、右に吹き飛ばされながらもシオンは何とか踏み止まった。

 連撃に次ぐ連撃で、シオンの息は荒い。心臓が跳ね上がっているのを自覚する。そして、アルセイオへと視線を戻した。

 恐るべき連撃を放ったアルセイオは、やはりつまらなそうにシオンを見続ける。

 

《どうだ、坊主。分かったか? 今のお前が弱い理由が》

《ぐ……!?》

 

 まだ言うか。

 

 アンラマンユを制御し、大罪スキルをも放てるようになった自分の何処が弱いと言うのか。

 シオンは歯軋りしながらアルセイオを睨みつける。だが、彼はそれにすら嘆息した。

 

《分かんねぇか? 坊主、さっきの攻撃……クラナガン戦で、お前が全部”避け切った”攻撃だぜ?》

《な、に……?》

 

 告げられた言葉に、シオンが目を見開き呆然とする。そして思考を巡らせて、愕然とした。確かにその通りであったから。

 クラナガンでの戦いで、シオンはあの連撃を辛くもではあったが回避してのけた筈であった。

 背後に生み出された剣群も、あの時はウィルと一緒であったとは言え気付いた筈だ。それが何故、今まともに全部喰らったのか。

 漸く自身の言わんとしている事を察したシオンに、アルセイオが笑って見せた。

 

《怒り、憎しみ――確かにそれでお前は力を増したんだろうさ。感情ってのは意思に直結するからな。意思を現す法たる魔法の威力も上がる。しかも大罪のオマケつきと来てらぁ。けどな? 言っちまえば”それだけでしか”ねぇんだよ》

《…………》

 

 アルセイオの言葉に、シオンは無言。ただただ、黙り込む。

 ――否定したかった。そんな筈は無いと言いたかった。けど、アルセイオの言葉を否定し切れない。黙り続けるシオンに、アルセイオは更に続ける。

 

《今のお前は視野が狭まってんだよ。怒りや憎しみでな? 集中してるって言やぁ聞こえはいいけどよ、逆に言うやぁ、それ以外は見えてねぇって事だぜ? だからあんな攻撃を躱せねぇんだよ。しかも、動きにいつものキレがねぇ。相手を倒す事しか考えてねぇんだ。当たり前だな》

《だ、まれ……》

 

 震えながらシオンはアルセイオを睨む。認められる筈なんてなかった。自分が、弱くなってるなんて。

 だが、アルセイオは黙らない。シオンを見据えて最後にこう続けた。

 

《坊主、今のお前じゃあ絶対に俺には勝てねぇよ》

《黙れェェェェェェェェェェェェェェェ!》

 

 シオンの叫び木霊する。激情に駆られるままにアルセイオへと飛び掛かた。その言葉を否定させるために!

 

《我は喰らう! 万物全てを我が糧とせんと!》

 

 アルセイオと駆けながら、シオンは聖句を叫ぶ。引き出すは第一の大罪!

 シオンが最初に目覚めた大罪であり、それは眼前のアルセイオの能力も含まれる。

 

《我が肉に! 血に! 骨に! 万物を我と成す! 第一大罪、顕! 現!》

《その大罪スキル、な。そいつがいけねぇんだ、坊主――》

 

 向かい来るシオンの必死の形相に、アルセイオは目を伏した。その周囲から剣群が形成される。

 シオンはそれに構わない。己が大罪を顕現する!

 

《暴食(グラトニー)ィィィィィィィィィィィィィィィィィィ――!》

 

 シオンが叫ぶと共に、アルセイオと同じように周囲に剣群が形成された。

 暴食の大罪スキル。それを持って、シオンはかつてアルセイオの無尽刀スキルを喰らった事がある――!

 互いに生み出した剣群は互いにその切っ先を向け、今にも放たれんとする。

 シオンはアルセイオを睨み、アルセイオは目を漸く開いた。

 シオンに哀れみの目を向けたままに――そして念話が響いた。

 

《坊主。”他人からの借り物”じゃあよ。俺は倒せんぜ》

 

    −轟!−

 

 次の瞬間、二つの剣群は迷い無く互いを蹂躙せんと、突撃を開始した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −撃!−

 

 飛来する先頭の剣が互いにぶつかり、砕け――それを皮切りに剣群が真っ向から衝突を始める!

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 乱舞し、ぶつかり合い、砕け行く剣群!

 砕けた剣の破片がまるで雪のように煌めいた。その中をシオンは、破片で身体を切り裂かれながら突き進む。シオンの本命はアルセイオから奪ったこの剣群では無い。オリジナルはあちらだ。勝てる見込みは何処にも無い。

 だが暴食で奪った魔法は何も無尽刀だけでは無い。あと一つ、暴食で奪った魔法がある。

 シオンは破片の中で左手を、その向こう側に居る筈のアルセイオに向ける。掌に光球が灯った。

 それはシオンの異母兄、タカトから奪いし魔法。彼が唯一使う砲撃魔法!

 シオンはそれを迷い無く解き放つ!

 

《天破! 光覇弾!》

 

    −轟!−

 

 叫びと共に左掌から巨大な光球が放たれた。それは衝突する剣群を纏めて砕き、前へと突き進む!

 シオンは勝利を確信して――。

 

《――違うな》

 

    −撃!−

 

 直後、光球が二つに”割れた”。その中央から、五十m超の刃先が生えていた。

 

《……な……》

 

 あまりの事態にシオンは言葉を失う。それはそうだろう。こうもあっさりと破られるなど誰が考えるものか。

 硬直するシオンに、割れた光覇弾の向こう側で、アルセイオは肩を竦めて見せた。

 

《何を驚いてんだお前? 伊織と同威力の技なんざ。”本当に使えるとでも思った訳じゃねぇだろ”?》

《っ――!?》

 

 アルセイオの言葉に、シオンは我に返る。ギリっと歯を噛み締め、再びアルセイオを睨み据えた。

 

 ならば……!

 

《我は欲っする。尽くせぬ強欲を持って……!》

 

 シオンは次の聖句を紡ぐ。暴食が通じないならば、別の手段を使うまでである。そして引き出すのは第四の大罪!

 クラナガン戦でアルセイオを倒してのけた切り札が一つだ。その名を強欲――だが。

 

《奪い、望み、手に入れる――》

《悠長にそんなの待つ馬鹿が何処に居るよ!》

 

 アルセイオが吠える!

 次の瞬間、聖句を最後まで唱えようとしたシオンを容赦無く剣群が囲んだ。

 

《大罪スキルってのはどうも特定の永唱を必要とするみてぇだな? なら、それを中断させちまえば怖くも何ともねぇ》

《っ……! 第四大罪、顕・現!》

 

 アルセイオが笑いながら手を掲げる。シオンは歯噛みしながらも聖句を続けて唱えた。

 強欲はシオンの認識範囲内の魔力を支配する能力である。一度発動させれば、周りにどれだけ剣群があろうとも全部無力化出来る!

 

 何発食らわされようと唱え切る――!

 

 シオンは覚悟を決め、今にも放たれんとする剣群を睨んだまま聖句の最後を紡がんと口を開き、それを見て、アルセイオが笑った。

 

《人間ってのは不便に出来ててな? 念話に口は必要としねぇが、念話自体を中断する方法はいろいろあるんだよ。例えば、”念話を出すべき頭に強い衝撃を与える”とかな?》

《な――ぐっ!?》

 

    −撃!−

 

 アルセイオの言葉に目を見開いたシオンのコメカミを、ピンポイントで飛来した剣が叩き込まれる!

 脳が激しく揺さぶられ、視界を震わされた。脳震盪である。

 下手に剣を突き刺さしても再生するだけだと見越して、頭を強く打つ事で念話を中断させたのだろう。呻くシオンに、アルセイオは笑う。

 そしてその身体を囲んでいた剣群が一斉にシオンへと突き進む!

 

    −轟!−

 

 シオンはそれを躱そうと瞬動を発動しようとするも、身体が上手く動かない。脳震盪を起こしたシオンは飛来する剣群達をただ見る事しか出来ずに、その身体に余す事無く剣群が突き立った。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

《かっ……あ……っ》

 

 まるで針ネズミのように無数の剣が刺さったシオンの口から因子と血が溢れて零れた。呻きを上げるシオンは、それでも片手を上げて、聖句を告げようとして。

 

 −我は無尽なる剣に意味を見出だせず。故に我はただ一振りの剣を鍛ち上げる−

 

《これで終わりだ》

 

    −斬!−

 

 その身体に容赦無く、アルセイオは再び顕現せしめた斬界刀を振り下ろす!

 そして、シオンの視界が漆黒に染まった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 斬界刀が振り下ろされた瞬間、シオンは目を閉じ、死を覚悟した。

 こんな所で死ぬのかと、後悔より先に自嘲が頭を埋め尽くす。力を過信して、溺れて敗北した。その結果として死ぬ。それに自嘲したのである。だが……。

 

 ……?

 

 いつまで経っても覚悟した斬撃は来なかった。死ぬ前に時間が遅く感じられると言うが、これは違う気がする。シオンは恐る恐る、目を開いて――眼前に映る背中を見て愕然とした。

 振り下ろされた斬界刀から守るようにして、シオンの前で両手を広げて立つ一人の少女の背中を。

 その少女の名を、スバル・ナカジマと言った。

 彼女の直前で、斬界刀は止まっている。アルセイオは呆然とするシオンを一瞥した後、スバルに目を向けた。

 スバルは真っ正面からアルセイオを見ていた。その瞳から、視線を一切逸らさずに。そんな彼女の視線をアルセイオは眩しそうに目を細める。

 

《……嬢ちゃん。何で出て来た? 俺が”最初から斬撃を止める”つもりじゃなきゃあ、諸共ぶった斬ってたぜ。どう言う積もりだよ?》

《っ!?》

 

 シオンはその言葉に驚愕する。

 アルセイオは最初からシオンを殺す積もりは無かったのだ。もしそうならば、シオンはスバルと一緒に斬界刀で斬られて死んでいる。どう言う事かと思っていると、スバルは首を横に振った。

 

《どう言うつもりとか、そんなの考えてなかった……ただ、気付いたらこうしてたんだよ》

 

 アルセイオの問いに、スバルは淡々と答える。

 いきなり始まった二人の戦いを、スバルはずっと間近でノーヴェと見ていた。

 何とか介入しようとも思ったのだが、シオンとアルセイオの戦いはすでにスバルやノーヴェが割り込めるレベルを超えていたのである。故にただ見続ける事しか出来なかったのだが。

 あの、瞬間――シオンに無数の剣群に突き刺さり、アルセイオが斬界刀を形成した瞬間に、スバルはノーヴェの制止を振り切り、飛び出していたのだ。

 その身を持って防ごうとか、守れるとか、そんな考えはスバルの中には無かった。ただ、あの光景を見た瞬間に飛び出していたのである。

 そこに何の打算も考えも介入する筈も無かった。

 

《そうかい》

 

 スバルの一言に、アルセイオは納得したように頷く。そして、未だに呆然とするシオンに目を向けた。

 

《坊主。今のお前に足りねぇのが”これ”だよ》

《…………》

 

 シオンは答えない。ただ黙り続ける。アルセイオは苦笑した。

 

《お前とあいつの間に何があったかは知らねぇけどよ。お前、動きに全部”迷い”があんだよ……いや、”後悔”か? だから動きにキレは無ぇし、行動思考は攻撃一辺倒になっちまうのさ。無理矢理吹っ切ろうとしてな。……自分でも気付いてたんじゃねぇか?》

《…………》

 

 当たり前だ。

 

 忘我の境で、シオンはそう思う。

 十二歳の時の、”一番許せない”自分が刀を持って現れた。それに、シオン自身の忌まわしい記憶を呼び起こされたのである。

 人を斬ってしまった、あの記憶を。剣に、それが現れ無い筈が無かった。

 

 ……当たり前、だ。

 

 もう一度一人ごち、シオンは俯く。そんなシオンに、アルセイオは目を細めた。

 

《坊主。守破離(しゅはり)って言葉を知ってるか?》

 

 突如告げられる一言。だが、先の言葉にうなだれたシオンは答えない。ただ首を横に振る。アルセイオはシオンの反応に頷いてみせた。

 

《仏教だか何だかの教えで修業の段階を現す言葉だった気がすんだが……まぁ、大事なのはそこじゃねぇ。この守破離ってのはな?

 『守』。師に教えられたことを正しく守りつつ修行し、それをしっかりと身につけること。

 次に。

 『破』。師に教えられ、しっかり身につけた事を自らの特性に合うように修行し、自らの境地を見つけること。

 最後に。

 『離』。それらの段階を通過し、何物にもとらわれない境地。

 ……だったかを言うんだが……俺の無尽刀や、伊織の拳技はこれを、”自分”を学び尽くす事で出来てる。今のお前にゃそれが無ぇ。ただ借りてるだけだろ、”他人の持ち物をよ?”》

《…………》

 

 その言葉をシオンは黙したままに聞く。

 ……その通りだった。ハーフ・アヴェンジャーフォーム、大罪スキル、それらは全てカインの力だ。シオンのモノでは無い。

 そんなモノに守破離なぞ――極める事なぞ、望むべくも無い。

 アルセイオがずっと言っていた事を、漸くシオンは悟る。弱くなったと言う意味を。

 自分の力でも無いモノを振るうヤツが、極めた存在に敵う道理は何処にも無い。勝てる筈が無かった。

 

《……ま、他にも言いてぇ事はあるけどよ。こんな所か。坊主、最後に聞いとくわ。お前、”何の為に戦ってるんだ?”》

《な、んの……?》

 

 絞り出すようにして出たシオンの言葉に、アルセイオは頷く。

 

《お前の最初の思いだよ。実際、最初にヤツと剣で戦り合ってるお前にはあった筈だぜ?》

《俺、は……》

 

 俺の、想い……?

 

 シオンは、それを自問する。

 ――許せなかった。紫苑の存在が、何処までも。

 奴の容姿が過去を思い出させて。

 奴の行動が過去を思い出させて。

 奴の、在り方が。スバルやティアナを殺すと言った奴が許せなくて!

 黙り込んだシオンに、アルセイオは苦笑する。そんな彼に、一連のやり取りを聞いていたスバルは不思議な感じを覚えていた。

 アルセイオはまるで、シオンに教えるかのように戦っていたのだ。いや、実際に教えていた。

 『守破離』や、今のシオンが、どれだけ危ういかを。これでは、まるで――。

 

 ……弟子と師匠みたい。

 

 あえて声には出さずに、スバルはそう思う。アルセイオはスバルの思考を読んだが如く肩を竦めた。

 

《ま、これは宿題な? 次会う時に答えを聞こうじゃねぇか》

《宿題……?》

 

 スバルが小首を傾げて尋ねる。アルセイオがその問いにニッと笑った。

 

《俺の任務は奴を回収する事だけだったしな。別に坊主を殺せとか、お前達を殲滅しろとか言われてねぇし、この辺で終わりでいいだろ。――坊主、次はもうちょっと楽しませろや》

《……おっちゃん》

 

 未だにアルセイオに言われた事が分からずに自問し続けるシオンが、思わず呼び掛ける。

 それに手を上げて、アルセイオはじゃあなと声を上げようとした、直後。

 

《神庭シオンを捕らえよ》

 

 声が、辺りに響いた。

 重く、そしてよく通る声である。念話ではあるが、その声にシオン達は聞き覚えがあった。この、声は。

 

《ベナレスか……。こんな所までわざわざご苦労なこった。んで? 今なんつった?》

《神庭シオンを捕らえよ、と言った》

《……命令の拒否権は?》

《無い》

 

 その言葉に、アルセイオは深々と嘆息する。そして、シオンに視線を向けた。同時、シオンの背中を悪寒が突き抜ける!

 

《スバル、離れろ!》

《え?》

 

 突然のシオンの剣幕に、スバルは思わず不思議そうな顔をして。いきなりシオンに突き飛ばされる!

 虚空を流れ、文句を言おうと、スバルは振り向き――。

 

《……悪ぃな。坊主》

 

    −斬!−

 

 アルセイオの短い謝罪と、空間が悲鳴を上げるような音を聞いた。振り向いたスバルが見たのは。

 

《か、あ、ぐ……!》

 

 その身体の半ばまで、斬界刀を埋め込まれたシオンであった。左の肩口から腹まで刃がめり込んでいる。

 アルセイオはそんなシオンに黙ったまま斬界刀を引き抜く。

 噴水のように血と、因子が吹き出した。

 

《シオン!》

《――ノーヴェっ!》

《……く!》

 

 シオンの有様に駆け寄ろうとするスバルに、シオンが叫ぶ。すると、後ろからノーヴェがスバルを羽交い締めにした。

 それにより、スバルはシオンの元へ行く事を制止させられる。

 

《シオン! ノーヴェ、離して!》

《絶対離すな! 逃げろ!》

 

 スバルの念話を遮るようにして、シオンの叫びがノーヴェに届く。ノーヴェは一瞬だけ迷い、やがてジェットエッジを駆動。後退を始めた。

 

《ノーヴェ!》

《馬鹿ヤロ……! 何の考えも無しにあんな奴と戦う気かよ!?》

 

 自分を睨み付け、叫ぶスバルにノーヴェもまた叫ぶ。二人は至近で睨み合った。

 

《……シオンの判断が正しいんだよ。今のアイツはそうそうくたばらねぇし、アタシ達だけで、無尽刀とやり合っても勝てる見込みなんてねぇだろ!?》

《でも、シオンが……!》

《でももかしこもねぇ! もうすぐティアナ達も来る! それまで待てよ!》

 

 ノーヴェとて、シオンを見捨てるつもりは無い。だが現状に置いて、アルセイオに二人で立ち向かって勝てるとも思えなかったのだ。

 勝ち気で負けず嫌いなノーヴェが現状では絶対に勝てないと認めたのである。それがどれだけ悔しい事か、ノーヴェの目が物語っていた。

 

 ……それでも。

 

 スバルは頭を振るう。そして、シオンに目を向ける。シオンは因子で身体が急速に修復されているが、それもすぐでは無い。アルセイオは、そんなシオンを拘束せんと手を伸ばす。

 ちらりとその目がスバル達に向けられた。

 

《……んで、悪ぃな嬢ちゃん。坊主貰ってくわ》

《っ……! ダメ!》

 

 アルセイオの言葉にスバルが拒否の叫びを放つも、アルセイオは当然無視する。シオンに手が掛かろうとして。

 

《それは困るね。どうしようも無い馬鹿かつ、阿保かつ、間抜けかつ、鈍感かつ、愚弟だが……まぁ弟に代わりは無いしね?》

 

    −閃!−

 

 声が、降って来た。

 同時に、”槍”も。

 ”白い槍”はアルセイオの手を弾き、シオンとの間を分かつように、何と空間に突き刺さった。

 その石突きに、ふわりと長身の男が立つ。

 アルセイオは愕然とした。今、自分は何の気配も感じ無かった。白の槍が手を弾くまで、全く分からなかったのである。

 つまりそれは、自分を殺そうと思えばあっさりと殺せたと言う事を意味していた。

 アルセイオに男は微笑すると、槍からひょいと降り立つ。まるで重力があるように、恐ろしく自然な動作だった。

 シオンもまた見る。幾度と無く見たその背中を。

 白の軽鎧を纏う姿を。

 それは、シオンのもう一人の異母兄。グノーシスに現状ただ一人だけ存在するEXであった。

 その存在の、名は。

 

《トウヤ、兄ィ……?》

 

 唖然とするシオンに、男は――叶トウヤは笑って見せる。そして、こう告げた。

 

《――諸君。王が来たぞ? 挨拶はどうしたね? ……特に女性陣は色っぽいポージングを忘れずに! これ、重要だよ?》

《知るかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!》

 

 グノーシス最強の男、王たる男は、このように敵味方問わずに、その場に居る全員の心を一つにしてのけた――ボケとツッコミと言う方向で。

 

 かくして、王は舞い降りた。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第四十一話前編をお送りしました。敵なのにガチいい人なおっちゃんこと、アルセイオ。敵なんですよ、これでも(笑)
さて、反逆編最終話となる今回、トウヤ参上です。
しかし、ただの強襲戦がなんでここまででかくなった……(笑)
次回、トウヤVSアルセイオ。お楽しみにー。

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