魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
顛末は、テスタメントが全力で書きたかったシーンとなります。
書けた時は、魂抜けましたね(笑)
EXの真実も、またお楽しみ頂ければと。
では、第三十九話後編2、どぞー。
「君の望むモノをあげよう」
微笑みと共に告げられる声。それを間断無く襲い掛かる頭痛に喘ぎながら、なのはは聞く。
それを告げた人物、メタトロンは、なのはを見下ろして膝を着く。額のサークレットが、ちりんと通路の光を反射して煌めいた。
……私の望むモノ……。
痛みの中で、なのははメタトロンの言葉を反芻する。メタトロンは絶えない微笑みのまま語り始めた。
「グノーシスには大きく分けて二つの封印指定研究がある。一つは、ナノマシン・テクノロジー。通称、ナノテク。そしてもう一つがソウルトロジー。魂学と呼ばれる研究さ」
ゆっくりと語るメタトロン。なのはは痛みの中で、それを聞き続ける。
「この魂学は、『魂の実在』を証明した学問でね? 比喩でもなんでもなく、文字通りの魂――ヒトをヒトたらしめる究極要素たる魂を解明する研究なんだ。この魂学によれば、二十六次元以上の高次元で検出される特殊波動を『魂』と呼ぶんだけどね」
メタトロンは語る、語り続ける。その間にも、なのはの脳裏には文字が踊り続けた。
「この学問によれば『魂』は輪廻転生を可能とするシステムがあらかじめ組まれてる。つまり、『魂』自体が一種の永久機関な訳だね。それ故にか、この『魂』を称して”無限波動エネルギー”とも呼ぶんだけど。……重要なのはそこじゃ無いんだ」
メタトロンの黄金の双眸は、なのはをただ見続ける。その瞳は、顔の微笑みとまるで正反対に感情を宿していなかった。と――。
「お、あぁぁぁぁ……!」
−轟−
メタトロンの背後から声が漏れる――タカトだ。
合成獣化したストラのモノ達に、身体を拘束されていたタカトの身体から魔力が噴出する。タカトの魔力放出はS+の高ランクである。これは、もはやそれ自体を攻撃として使用出来るレベルであった。
タカトはそれを無造作に放ち、自分を拘束する異形の手を引きちぎる!
−裂−
瞬く間に、全ての手は粉微塵に引き裂かれる。タカトは拘束から免れると一瞥も送らずに、駆け出した。だが――。
−寸っ−
今度は足元から、頭上から、背後からも手が湧き出て来た。その数は千を超える。
通路を埋め尽くす手は、出来の悪いホラーを彷彿させた。
タカトはそれ等を容赦無く叩き潰して進む。しかし、再生能力でもあるのか、その数は一向に減らず、タカトの足や肩に絡み始めた。
「ち……!」
「”君の足止め用”に作ったからね。簡単には通れ無いよ? タカト」
メタトロンがタカトを見もせずに告げる。最初からこの積もりだったのだろう。そうで無くては、わざわざ足止めだけに合成獣なぞ作りはしない。
タカトは舌打ちを放ちながら、湧き出る手を破壊し続ける。
異形の悲鳴が連続してあがる中、それを背にメタトロンは微笑み続けた――言葉を紡ぐ。
「重要なのはそこじゃない。そこまで言ったよね? 魂は一種の永久機関であり――それ故に、魂学ではある結論を導き出したんだ。この魂を”エネルギー化”したならば、通常の魔力を始めとしたあらゆるエネルギーを遥かに凌ぐエネルギーを取り出せる、とね。この魂をエネルギー化したモノを”霊子エネルギー”と呼ぶんだ。この霊子エネルギーは魂をエネルギー化、消費する事で生まれる。その出力は膨大でね? 何せ、ヒト一人分の魂を完全にエネルギー化した場合、まる一つの宇宙に匹敵するエネルギー量を叩き出したんだ。――被験者がどうなったのかは、想像に任せるよ」
魂をエネルギー化され、消耗させられたヒトがどうなったのか。
それは、想像するだけしか出来ないが、聞いて楽しい話しで無いのは間違い無かった。なのはは激しい痛みの中で漸く理解する。
この研究が、何故封印されたのかを。倫理的な問題が大き過ぎる。
例えば”魂”を消耗させられたヒトは、果たしてヒトと呼べるのか。
例えば”ヒトの魂を宿らせたデバイス”は、ヒトであるのか?
「この魂学と、遺伝子操作技術を可能とするナノ・テクを生み出した世界は、かの伝説の世界、アルハザードなんだけど。今は関係無いから割愛するよ? この霊子エネルギー理論を推し進めて行く内に、理論研究上、特異な魂の存在が浮かび上がったんだ。……もう、分かるよね? その魂が”EX”だよ」
EX――。
その単語に、なのはの身体が震える。痛みと、そして予感に。
これを聞いてしまうと、もう”戻れ無い”と。そう、直感は告げていた。
メタトロンは、そんななのはの反応に、くすりと笑う。
「EX――正確には事象概念超越未知存在って言うんだけど。この存在は、”神殺し”としての性質たる概念破壊能力を有していた。神――世界の究極の法則にして、理由たる”概念”を破壊、超越する力をね。そして、このEXの力の根元は他でも無い。”魂”にあったんだよ」
語る、優しく優しく語り続ける。だけど、それが酷く苦痛に感じられるのは何故なのか。
なのはは痛みの中、ルシアから与えられた情報の検閲が次々と外れていくのを理解しながら、メタトロンの声を聞き続ける。
「EXは霊格が神と同位の存在であり、当然その魂は異質な存在だった。その意思力もさる事ながら、最大の異質点は魂のエネルギー化現象にあったんだ。そう、霊子エネルギー理論だよ。EXの魂はこれを”自然発生”させられたんだ。君達、魔導師が魔力を生み出せるようにね。しかも、その霊子エネルギーを高速無限増殖可能としていた――つまり、本当にEXは理論上、無限のエネルギーを瞬間的かつ永久に生み出し続ける事が可能だったんだ」
「あ、う……!」
頭の痛みが酷くなる。EXの真実を告げられる度に頭痛は酷くなっていたが、それが一段と酷くなっていた。
それに、なのはは何とはなしに悟る。これ以上知るなと、”なのは”自身が叫んでいるのだ。EXの真実を知るなと。
メタトロンは、そんななのはに構わない。続ける。
「その無限に発生させられるエネルギーを用いて行われるのが、さっき言った事象概念破壊、超越現象だよ。EXの本質は『魂』にあるからね。正しく神殺したる力を、EXは持っていた。外ならぬ神である『世界』がそのように生み出したんだから当然なんだけどね。……ただ、神は自身を殺すシステムたるEXを作って置きながら一つの保険をシステムに組み込んでいた。それが――『傷』だよ」
−傷−
その単語を、なのはは酷く生々しく聞く。
痛みによる忘我の中で、なのはは自身の中の検閲が外れた事を悟った。
傷、とは――。
「傷、と言うのはね。神が施したEXの魂に組み込んだ自壊プログラムとも言えるモノなんだ。これは無限発生させられる霊子エネルギーにより、EXがその力を顕す度にその『魂』が傷ついていく現象なんだ。自身のエネルギーに、魂自体が耐えられないのさ。そして、それが致命的なレベルと化した時、EXは魂に傷を負う」
「…………」
――もう、なのははメタトロンの話しなんて聞いていなかった。だって、その知識はもう自分の中に在るのだから。……そう、もうなのはは知っている。
――傷、とは。
「その結果、引き起こるのが”感情の欠落”さ。……もう、分かるよね? 僕は『希望』と言う感情を喪失(うしな)った。そして、タカトは――」
−轟!−
次の瞬間、メタトロンの背後で空気がまるごと引き裂かれる音が鳴り響く!
タカトが右手に漆黒の魔力を宿し、湧き出る手を引き裂きながら突っ込んで来たのだ。
絶・天衝。全てを一刀の元に斬り裂く一撃を持って、タカトがメタトロンに突っ込む!
そんなタカトに、メタトロンは胸元のペンダントを手に取った。
「起きなよ、”エア”。君の力が必要だ」
【セット】
直後、ペンダントが変化する。片側から棒状の物体が顕れたのだ。それをメタトロンは掴む。そして、逆側からは光が生まれた――幾何学模様の光の文字が。それは、複雑な形を描き、一つの形へとその身を成した。魔法陣で編まれた”剣”へと。
メタトロンはそれを優雅に振るい、振り返りざまにタカトへと放つ!
「絶・天衝」
タカトと同じ、純粋な闇色の魔力を宿した一撃を。
−撃!−
二つの極闇は、全く同時に互いにぶつかり合う。
タカトの右手から放たれた絶・天衝と、メタトロンのエアから放たれた絶・天衝が絡み合い、喰らい合う!
−裂!−
−閃!−
−破!−
二人は闇色の極刃を鍔ぜり合わせたまま、至近で互いを見る。
メタトロンは笑みのままに。
タカトは無表情のままに。
対象的な表情の二人は、闇の一撃で互いを滅ぼさんと魔力を汲み出し、注ぎ込む。空間が、その余波で歪み破裂し始めた。
ただの余波で許容量以上のエネルギーを注ぎ込まれたのだ。
互いに一撃を放ち続ける中で、メタトロンは笑顔のまま、語り続ける。どこまでも、笑顔のままに――
「タカトが喪失(うしな)った感情は、『幸せ』だよ」
――そう、言い切った。
ついにタカトは真っ正面からメタトロンを睨み! 叫ぶ!
「クロォォスっ! ラァァァァジィィネスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!!」
「あは」
タカトの咆哮に、メタトロンは――否、クロス・ラージネス。ルシアと同じファミリーネームを持つ青年は、先の笑顔とは違う、嬉しそうな、本当に本当に、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「漸く、本当の名前で呼んでくれたね」
−砕!−
直後、互いの絶・天衝が硝子が砕けたような音と共に破砕した。それこそ、世界に拒絶されたようにだ。
そこから二人は一歩を踏み込み、すれ違いながら前に進む。互いに位置を入れ替え、二人は漸く止まった。
「これで僕の話しは終りだよ。これが、EXと言う存在。もう、分かったよね? EXと言う存在を――決して救われ無い、存在の事を」
クロスは最後に、そうなのはへと言う。なのははそれに答えられない。ただ。ただただ。
――その目から、涙が零れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
転送ポートの前で、タカトはメタトロン……否、クロスと対峙する。相も変わらぬ笑顔でこちらを見続けるクロスに、タカトは呻く。そして、ちらりと後ろを見た。
……泣いていた。なのはが、顔を伏せて。
だが、タカトは何故なのはが泣いているかを”理解出来ない”。幸せが分からないとはそう言う事であった。
誰かと一緒に居る事を、幸せと思え無い。
ただ一人であろうとも、それを不幸だなんて思え無い。
誰かが幸せであっても、それを共有出来ない!
人間として当たり前の感情を、タカトは欠いている。脳神経だとか、精神的な問題ではなく、より根本的な『魂』から感情を欠落してしまっているのだ。
だから、タカトは分からない。なのはが泣いている理由が。だから。
「……」
「あは」
眼前の存在を、ただ睨み据えた。クロスはそれにさえも微笑む。タカトは、そっと右手を掲げた。
「クロス。お前、最初から”なのはに教える為にここに来たのか”?」
「うん。だって、不公平だろう? 彼女だけ何も知らないのは。これで君と彼女はイーブンだ」
何がイーブンだと言うのか。クロスの台詞に、タカトは睨み続ける。だが、やはりクロスは微笑み続けるだけ。
「でも意外だね。君はもっと怒ると思ったんだけど」
「……今更だろう。そんな感情は”とうに死んでいる”」
びくっとタカトの一言で、なのはの肩が震えたのが空気で分かる。
何故、なのはが泣いているのか――?
タカトには想像しか出来ない。同情か、あるいは自分のようなバケモノと居た事を後悔しているのか。どちらか。
タカトには、少なくともそうとしか思え無かった。
そして、それを”辛い”と思え無い。”不幸”だと思え無いのだ。
それが、タカトの『傷』だから。
だが、少しだけ、寂しくはあった。
EXの真実を知った以上、前と同じようには接する事は出来まい。
なのはと共に居た、三日だけの逃避行にタカトは少しだけ思いを馳せ。
「クロス・ラージネス」
ゆっくりと、右手を翳す。その手の拘束具が音を立てた。拘束具が開いたのだ。封印を、解く為に。
「貴様は、ここで終われ」
「それでこそ、君だ」
タカトの言葉に、クロスは微笑み。サークレットの中央に指を翳す。
片や、右手を掲げ。
片や、額に指を当てる。
そんな二人を前に、なのはは涙を流しながら顔を上げる。その瞳に映るタカトの背中は、いつも、いつも、力強く、印象的だった背中が。
ずっと、ずっと、儚く見えた。
《……なのは》
タカトの背中を見ていたなのはに念話が届く。当のタカトからだ。
こちらに背を向けたまま、タカトは念話を飛ばしていた。
《つまらん話しを聞かせた……すまんな》
「そ……!」
そんな事無い! そう告げようとして。でも、出来なかった。喉につっかえるようにして声は出なかった。
《なのは。地球の次元転移座標は分かるな?》
《う、うん。でも……?》
何で? と告げようとして。それも出来なかった。
分かったからだ。タカトが何を言おうとしているかを。タカトは構わず続ける。
《そうか。ならなのは、お前一人で転移しろ》
《……っ》
想像していた通りの一言が告げられる。タカトなら多分、こう言い出すと思った。だから、なのはは首を横に振った。
《やだよ……》
《なのは》
《タカト君だけを置いて行けるわけ無いよ!》
漸く。漸く、なのはは正しく話せた。今まで、つっかえていたモノがまるで取れたかのように。なのはは感情のままに念話で叫ぶ。
《なんで、なの。なんでタカト君はいつも、いつも……!》
自分を、犠牲にしようとするのか。そう、続けようとして。
《幸せが、俺には分からないから》
《っ――!》
その前に、明確な答えが帰って来た。
……分かっていた事である。他では無い。それがタカトの傷なのだから。
だから、彼はいつも自分を犠牲にする。幸せなんてものが、分からないから。だから。
《……クロスは捨て置け無い。こいつは、危険過ぎる》
沈黙したなのはに、タカトは念話を続ける。なのはは無言でそれを聞いていた。
《ここで、奴と戦う。”真名を開放”して――》
《――っ! ダメ!》
タカトから告げられる念話に、なのはは否定の念話を被せた。
……今のなのはには分かる。EX化が、どれほど危険なモノなのかを。それが、タカトをどれだけ苛むかを。だが、タカトは構わない。
《必要な事だ。俺の事は気にするな》
《っ……!》
《だから、なのは。お前は行け》
《タカトく――》
それ以上、タカトは応じなかった。念話を切る。
「話しは終わったかい?」
「……ああ」
やっぱり察しられていた事にタカトは目を細める。クロスは変わらぬ笑みのまま。二人は視線を交差させ――。
光が、闇が集まり始めた。
光が集う、光が集う、光が集う!
暗い、暗い光が集う!
闇が集う、闇が集う、闇が集う!
輝く、輝く闇が集う!
タカトの右手の拘束具、そしてクロスのサークレットに――。
「「真名、開放」」
全く同時に二人は同じ言葉を呟く。無表情と笑みのままに。
「「我が、真名は――!」」
そこまで言った――直後、いきなりタカトの足が浮いた。
「な……?」
唐突に、突然に、何の前触れも無く、タカトは浮いていた。
”背中に抱き着くなのはと一緒に”――!
二人は、そのまま後ろへ飛翔。転送ポートになだれ込む。タカトに出来たのは、転がり込む際に体勢を無理矢理変え、なのはを前へだき抱えて、クッションになる事だけだった。
転送ポートの床に叩きつけられながら、タカトは胸に抱くなのはを見る。
「なのは! どういう積も――」
「レイジングハート!」
【オーライ! マイ、マスター!】
二人が叫ぶと、低い機械音と共に転送ポートが起動した。タカトはそれに、なのはの意図を察する。
自分を連れて、無理矢理転移する積もりなのだ。見れば、次元座標は第97管理外世界、地球を入力されていた。
「っ……! どけ、なのは! 俺はあいつと――」
「絶っ対にイヤ!」
タカトに覆いかぶさるなのはは、真っ正面。タカトに抱き着きながら吐息が触れる距離で叫ぶ。その目は、ただタカトを見据えていた。
「絶っ対に、タカト君を置いて行ったりなんてしない……!」
「っ。たわけが……!」
なのはを無理矢理突き飛ばすか――タカトは悩み。
しかし、なのはの肩越しにクロスがサークレットから、指を外す仕草を見た。微笑み続けながら、クロスはタカト達をただ見ているだけ。
「お前……」
「彼女が、転移する”未来”までは視えていた。けど――」
そこで視線はなのはに移る。クロスは嬉しそうに。本当に本当に嬉しそうに笑った。
「彼女が、君を無理矢理連れて行く未来までは視えなかったな」
「クロス……」
「視えないって事は楽しいんだよ。タカト」
嬉しそうに、まるで子供のように無邪気に微笑む。それは、一切の偽りが無いと言う証であった。
クロスの紛れも無い本当の笑顔。
「最初から、僕には全て視えていた。遥か遠い過去も。ずっと、ずっと遠い未来も。僕が死ぬ瞬間も、そこから続く未来も、世界の終焉すらも僕は視えてた。だから嬉しいんだ、楽しいんだ。視えないって事は。すごく、すごく、すごく、すごく、楽しいんだ。だから――」
そこまで話し、クロスは言葉を切る。そして、タカトにいつものように微笑んだ。
「世界の全てが夜に覆われ、全ての悪意が現れる時、大きな大きな天使の輪の上で、輝く天使の輪の上で、僕は、君の答えを聞く」
「答え、だと?」
「君は何を求めているの?」
まるで、不意打ち。しかし、クロスはタカトにはっきりと問う。その目を見ながら、真摯な瞳で。
「君は何の為に、生きてるの?」
「俺、は――」
「今はいいよ。どちらにせよ、そこまで行けば僕は君の答えを聞ける――そう、それだけが全てを知ってしまった僕のただ一つの価値。『希望』だから」
そこまで言うと、クロスは背を向けた。直後、転送ポートが駆動。光が上下に瞬く。タカトの視界に映るクロスも歪んで見えた。次元転送の前触れである。
「忘れないでね? タカト。僕には君しかいない。いないんだ」
「クロ――」
「それじゃあ、またね」
瞬間、光がタカトとなのはを覆い。二人は、この世界、ナルガから消えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
月明かりが二人を照らす。
第97管理外世界、地球、海鳴市。その山奥に、二人の姿はあった。
ナルガから転移してきたタカトと、なのはの姿が。二人は転移して来た時と同じ格好。つまり、タカトの上になのはが覆いかぶさる格好でいた。
「地球に着いた、か」
自分の胸に顔を埋めるなのはの柔らかな感触を覚えながら、タカトは嘆息する。
上半身を起こすが、なのははタカトから離れようとはしなかった。それにタカトは苦笑する。
結果からすれば自分はなのはに救われた事になる。あの様子では、クロスもあの世界をどうこうはすまい。今のタカトが真名を開放すれば、最悪タカトの魂は破滅していた事だろう。なのはが、それを知っていたかは分からない。だが――。
「なのは、すまなかったな。ありがとう」
なのはを胸に抱いたまま、タカトは礼を言う。自分は、なのはに救われたのだから。
また借りを作ったなと苦笑して――”それ”を見た。
涙目で、タカトを見据えるなのはの瞳を。
「なの――」
「もう、治らない、の?」
なのはは真っ直ぐにタカトを見ながら、そんな事を言い出した。指をタカトの胸に当てて。
それに、タカトは一瞬だけ息を飲み。そして目を細め。
「……二度と、治る事は無い」
「っ」
ただ、事実のみを述べた。なのはが何を指しているのか、既にタカトは知っている。『傷』の事を、それは指していた。
「何、で……?」
なのはの瞳から、再び雫が零れる。……涙だ。タカトはそれを見て、また嘆息する。
「魂の傷に、治療法なぞあると思うか?」
「それ、は……」
なのははタカトの言葉に呻く。そんなモノ、あるかどうかも分からなかった。でも、ならタカトは――。
「俺は一生、幸せを理解する事は無い」
淡々と、淡々とタカトは言う。その言葉は、なのはの胸に深く突き刺さった。タカトはそんななのはに微笑む。
「いつか言ったろう? そんなバケモノに優しくするな、と」
「…………」
「だから、なのは」
俺と、もう関わるな。
そう告げようとした瞬間、なのははキッとタカトを睨み据えた。真っ直ぐに。ただ、タカトを。そして。
「……決めたよ」
「何を――?」
タカトがなのはの台詞に疑問符を浮かべた直後、なのはは躊躇無く、タカトの顔に自身の顔を寄せる。
――その唇に、自分の唇を重ねた。
「っ……!」
「ん……」
唇から伝わる感触は、あまりに暖かくて、柔らかくて。
タカトが目を見開いて驚愕する中で、なのはは身を寄せる。唇が、さらに深く合わさった。
それはほんの一分にも満たない時間。月明かりに輝く中、星が瞬く瞬間、なのはは、タカトを感じた。ゆっくりと、唇を離す。
タカトは、未だに呆然としていた。
「何、故……」
「決めたの」
なのははタカトを真っ直ぐに見たままにそう言う。その瞳は、ただ決意に満ちていた。まだ固まったままのタカトに、なのはは続ける。
「タカト君を、私が幸せにしてあげる」
「なん、で……」
「好きだから」
きっぱりと、なのはは告げる。それは告白と言うより、果たし合いを申し込むような感じであった。
なのはは呆然とするタカトに、決意に満ちた目で続ける。
「タカト君の事が好きだから。だから、タカト君が幸せになれない事が、幸せを分からない事が納得いかない。イヤなの」
そう、それがなのはの結論。伊織タカトに対しての、なのはのただ一つの想い。
同情なんかじゃ無い。なのははただ自分の想いのままに行動する。
――だって好きだから。
それが、全ての。
「幸せが分からないなら、教えてあげる。一緒に幸せになって、それが幸せだって感じて欲しいの。タカト君を幸せにしたいの」
まるで、プロポーズ。
だが、なのはは構わない。気恥ずかしさも覚えなかった。自分の想いを、自分の願いを、声にして伝えたいから。だから。
「一緒に、幸せになろう?」
最後の一言を、なのははタカトに伝えた。
「言いたい事は、それだけか?」
なのはが想いを伝えた直後、タカトが真っ直ぐに、なのはを睨みながら、声を絞り出す。
その目は、ただただ怒りに満ちていた。
けど、なのはは構わない。きっと、彼はそう言うと思ったから。
「ふざけるなよ……。なのは、そんなモノを誰が頼んだ……!」
「誰も、頼んでなんか無いよ。私の、想い」
「そうか」
それだけを言い放つと、タカトは無理矢理立ち上がる。
なのはを自分の胸から下ろして、そして目を閉じた。
−ハハ、俺は幸せモノだな−
その言葉を、タカトは覚えている。父の、自分が殺してしまった。父の末期の言葉を。
「俺は、俺が幸せを識る事を赦さない」
なのはに真っ直ぐ告げる。同時に己にも。それはタカトが自分に定めた事。
ずっと、ずっとそう思い続けてた。だから。
「でも、私はタカト君が幸せになれない事も、幸せを理解しないのも納得出来ないよ」
「自分が、どれほど傲慢な事を言ってるか。理解してるか?」
タカトは、自分の幸せを祈る人を拒む。それが誰であれ、だ。
なのはは、タカトの台詞にコクリと頷き、そして。
「それでも、イヤなの」
タカトの瞳を見つめながら、そう言い切った。
タカトは、そんななのはに眩しそうに目を細める。正しく、今のタカトにとって、なのはは眩しい存在だった。
だから、タカトは。
「なら、俺はお前が嫌いだ」
彼女を赦せなかった。
赦せる訳が無かった。
だって、それはタカトの決意を、想いを踏みにじる事だから。
ずっと、ずっと、願い続けていた想いを。
「でも、私はタカト君が好き」
だが、なのはは折れない。それが、タカトの想いを蔑ろにすると知っていても、分かっていても。
例え、嫌いだと言われても。なのはは、自分の想いを決して曲げたりしない。
だって、好きだから。
その、ただ一つの想いだけが確かなモノ。
なのはの想いを聞いて、でもタカトは視線を逸らさない。真っ直ぐに見つめる。
なのはも、タカトの瞳を見つめ続けた。
「平行線だな」
「平行線だね」
二人は、確かめるように呟く。互いの意見は交わる事無く、ただ平行線を辿る。二人は見つめ続けて、そしてタカトは、ゆっくりと背を向けた。
「なら、後は一つしか無い。この間は、貴様からの挑戦だったな。今度は俺から言おう――なのは、俺と戦え」
それは、いつかの約束。賭けを交えた、戦うと言う約束だ。
――大切な約束。
あの時は、なのはからだった。そして、今度はタカトからの挑戦。
なのはは、視線を逸らさずに頷く。タカトはそれを確認して、完全に背中を向けた。
「お前は、俺にとって赦せ無い事を言った――だから約束しろ。俺が勝ったらその想いを捨てると」
「私が勝ったら?」
「――受けてやる」
言い切ると同時にタカトは歩きだす。山の奥、闇の中へと。
なのはは、それをずっと見続ける。
「お前の願いも、想いも」
タカトはそこで顔だけをなのはへと向ける。
なのははずっとずっとタカトを見続けていた。二つの視線が絡み合う。
「忘れるな。お前とは、必ず決着を付ける」
タカトはそれだけを最後に言い放つと、同時に縮地を発動。その場からあっさり消えた。
なのはは、タカトが消えた後もタカトが居た場所を見続け、もう一度頷いた。
懐かしい、地球の月明かりの中。
二人は互いの想いを伝え、「さよなら」も言わずに二人の逃避行は終わりを告げた。
(第四十話に続く)
次回予告
「DAを着込んだ魔導師部隊に次元航行艦から弾き飛ばされたシオン」
「彼は、そのまま彼等と戦うが、その連携に追い詰められていく」
「そんな彼の前に現れたのは――」
「そして、シオンの前に一人の少年が現れる」
「次回、第四十話『過去からの刃』」
「少年は絶叫する。過去の罪、その顕現に」