魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第三十九話後編1をお送りします。ついに、StS,EX史上最悪のアレが出てきます。ええ、アレが。真骨頂は、逆襲編までお待ち頂きますが、性格マジ最悪です(笑)
では、第三十九話後編1どぞー。


第三十九話「幸せにしてあげる」(後編1)

 

「――シア、ちゃん……!」

「……なのは?」

 

 声が聞こえる。自分の名を呼ぶ声だ。ぶっきらぼうで、無愛想な、でも、優しい声。

 

「……っ。なのは、おい」

「う……」

 

 再び聞こえる声に、高町なのはは意識が浮上した感覚を得た。視界にこちらを覗き込む青年が映る。伊織タカトが、真っ直ぐに自分を見つめていた。

 

「わ、たし――っ!」

 

 瞬間、完全に我に返り身体を起こす。ナウル川堤防沿い。その上で、なのはは寝転んでいた。タカトが街で戦っている時に、なのははここで待っていたのだ。そして――。

 起きたなのはに、タカトは安心したように息を吐く。

 

「……大丈夫か? なのは」

「えっと。私、寝てた?」

 

 一応聞いてみる。まさか、タカトが戦っている最中に寝るなんて。いくら、”アレ”とは言え、流石に不謹慎だ。だが、タカトはその問いに首を横に振った。

 

「いや、確かに横にはなっていたが、寝てはいなかった。目が開いていたからな。……何かをブツブツ呟いてはいたが」

「……えっと」

 

 告げられた内容に、なのはは汗を一つかく。……何か危ない人のような、そんな状態だったらしい。

 タカトが大丈夫かと聞いた意味を、なのはは漸く理解した。そして、自分が何故、そんな状態になっていたのかも。

 

 ……ルシアちゃん。

 

 心の中で、その名を呟く。今、なのはは朝見た夢の内容も含めて、全て夢の事を覚えていた……検閲された場所の意味を除いてではあるが。

 

「……? どうした? やはり何か問題でもあったか?」

「ううん! 何でも無いよ……?」

 

 慌てて否定する――そこで、なのはは気付いた。タカトの顔色が悪い事に。いや、それだけでは無い。いつもは規則正しい呼吸が、少しだが乱れていた。

 666の■は――。

 そんなタカトの様子に、何故かなのはは夢の事を思い出した。

 

「……どうしたの? タカト君。顔色、悪いよ?」

「……そうか?」

 

 なのはの疑問に、逆にタカトは問う。なのはは即座に頷いた。

 

「顔、真っ青だし。呼吸だって……」

「……戦いの後だからな。魔力を使い過ぎたのかもしれん」

 

 ――嘘だ。

 即座に気付く。タカトには八卦太極炉がある。呼吸するだけで魔力を補給出来る彼が、魔力の消費でどうにかなる筈が無い。

 ……嫌な、予感がした。

 

「タカト、君?」

「……心配いらん。それより、航行艦の侵入だ。援軍を他の世界から呼ばれるのも厄介だからな。早く行こう」

 

 無理矢理話しを切るようにしてタカトは立ち上がると、そのまま歩き出した。やはり変だ。

 

「タカト君、ちょっと待って!」

 

 すぐに、なのはも立ち上がる。そして、タカトの腕を引いた――瞬間、タカトの体勢が崩れた。

 

「っ……!」

 

 倒れ込む体勢を即座に立ち直す。が、その顔色は先に増して悪くなっていた。青を通り越し、真っ白に変わっている。

 

「タカト、君……?」

「……行くぞ」

 

 なのはから顔を背け、再び歩き出す。タカトの様子に呆然となっていたなのはだが、ハッと我に返ると袖を掴み、引き止めた。

 

「タカト君、どうしたの! 怪我でもしたの……!?」

「何でもないと言っている――少なくとも、お前に心配されるような事じゃない」

「そんな……!?」

 

 袖を掴むなのはの指をそっと解き、タカトは再び歩き出す。その歩みは、酷く弱々しく見えた。

 

「タカト君!」

「……」

 

 無言のまま、タカトは歩く。暫く立ち尽くしていたなのはだが、今のタカトを一人にも出来ない。少走りに追い付いた。

 

「本当に、大丈夫なの……?」

「しつこいな。なら、俺が怪我をしているように見えると?」

「……それは」

 

 言われ、タカトの全身を見る。どこも、怪我をしていそうには見えなかった。

 

「でも、調子が悪いなら――」

「例えそうだとしてもだ。もう事は起こしたんだ。今さら止められる訳が無いだろう?」

「……っ」

 

 タカトの台詞に、なのはは何も返せなかった。既に市街で強襲戦は行っているのだ。もう、後戻りは出来ない。言葉を失うなのはに、タカトは苦笑する。

 

「……本当に、俺に問題は無いんだ。それにこの世界に於けるストラ側の戦力はほぼ壊滅させた。後は、航行艦に乗り込んで次元転移するだけ。俺の心配をしてくれるなら、さっさと転移して休ませてくれ」

「……本当に、大丈夫なの?」

「ああ」

 

 即答する。暫く、じっとなのははタカトを見詰め。やがて、ゆっくりと頷いた。

 

「……うん、分かったよ。でも、無理は――」

「無理はするな、か? いらん心配だな。ならばお前も約束を守れよ?」

「え?」

 

 告げられる言葉に、面食らう。タカトはその反応に再度苦笑。左手の小指を差し出した。

 

「俺は約束を守った……お前、忘れていた訳ではないだろうな?」

「う、ううん! 大丈夫、忘れてないよ?」

 

 慌てて首を横に振る。タカトは疑わしげに目を細め苦笑していたが。すぐに真顔に戻る。そして、前を見た。

 正確にはナウル川の上に浮かぶ、次元航行艦隊達を。

 

「では侵入するとするか、なのは」

 

 スっと手を差し出す。だが、それになのはは疑問符を浮かべた。

 

「えっと……」

「縮地で艦のフィールド内部に直接入る。だから掴まれ。……ああ、それとバリアジャケットは着ておけ」

「あ、うん」

 

 タカトの言葉に頷くと、先にセットアップし、バリアジャケットを纏う。そして、差し出された手を握った。

 

「よし。では行こう。……ああ、なのは。最初に行っておくが、”気をつけろ”」

「え?」

 

 告げられた台詞に、なのはは疑問符を浮かべる。タカトはそれに苦笑した。

 

「後で分かる。では、行くぞ」

「うん――」

 

 頷いた、直後。一瞬の浮遊感をなのはは覚え――いきなり景色が一変した。

 空中、”目の前にいきなり次元航行艦が映る”。足元が消失していた。 

「ふ、ふぇ――!? わ、わ!?」

「だから、覚悟しておけと言った」

 

 重力に捕まり、落ちそうになるなのはをタカトが片手で引っ張り上げる。タカトの足元には、いつの間にか空間固定による足場が作られていた。そこに乗せられる。

 

「言った通りだったろう?」

「……先に言ってくれたらいいのに」

 

 その一言に、なのはが憮然となる。タカトはそれに目を細めながら、航行艦に向き直った。一歩を踏み出す。

 

「では、さっさと中に入るとしよう」

「どうやって?」

 

 思わず問うてみる。目の前にあるのは、艦の壁である。当然、出入り口などは無い。半ば答えは分かっているとは言え、一応は聞いてみなくてはならない。タカトはなのはの問いに構わず、壁へと歩く。既に右手が持ち上げられていた。その拳が纏うは暴風。

 

「決まっている。こうやってだ」

 

    −撃!−

 

 なのはが止める間も無く、暴風を詰め込んだ拳が艦壁に叩き込まれ、同時に風が解き放たれた。

 

    −轟−

 

 一撃は、あっさりと艦壁を破壊。更に放たれた風が、その奥の障壁を螺旋状にえぐり取る。

 

「……やっぱり」

「どうした? 行くぞ」

 

 その結果に、ぐったりとするなのはにタカトはやはり構わない。あっさりと中に入る。

 どうもこの辺は、シオンと同じくアバウトに出来ていた。流石は兄弟と言った所か。

 さっさと中に入り、通路に立ったタカトをなのはも追い、中に入って――タカトの背後に、異様なモノを見た。

 

 

「なのは? どうし――」

「タカト君! 後ろ!」

「――っ!?」

 

    −閃−

 

 声を遮るかのように放たれた叫びに、タカトはその場から前方に身を投げ出す。直後に銀の輝きが一閃した。ぎりぎりで躱す。体を捻り、一回転して体勢を整え――タカトはそれを見た。

 

「……何?」

「ご、お、るるるる……」

 

 それは異形だった。パンパンに膨らんだ身体に爬虫類のような肌。手が四本あり、足も六本、目は八つある。まさに、出鱈目な形をした異形。

 まだ因子に感染された異形の方がまともな形をしていただろう。何より、タカトを、なのはを驚かせたのは服、であった。

 その異形は、服を着ていた、”管理局本局の制服”を。所々破れているが、間違い無く。それは本局の制服であった。

 

「これ、どういう――」

「……バカ、な」

「え?」

 

 響く声に、思わず疑問符を浮かべる。タカトが呆然と上げた声にだ。

 タカトは目を見開き、異形をただただ、見詰めていた。

 

「……”後天的なヒトの合成獣(キメラ)”だと……? そんな事、出来る奴は――」

 

 君は、何を求めて――。

 

 タカトは忘我の中でその言葉を反芻する。金の髪の、少年の笑顔と共に――。

 

「タカト君!」

「っ――!?」

 

    −閃−

 

 再び閃く銀光。呆然となったタカトに、爪の一撃が放たれる。タカトはなのはの呼ぶ声に我に返り、爪が届く寸前でダッキングし、躱した。

 

「ちぃ……」

 

 眼前を通り過ぎる爪を視界の端に納めながら、そっと手の甲に手を当て押し出す。異形はその動作により、振り放った一撃を加速され、体勢が崩された。タカトは前に踏み込みながら、異形の懐に飛び込み、重心を左足に移動。右蹴りを異形に見舞おうとして。

 

   −ズグン−

 

 再び、自身の奥底から鈍い激痛が走った。

 

「が、あ……っ」

 

 最短最速の軌道を描く筈だった蹴りは放たれる事すら無く、タカトは体勢を崩し、跪く。

 

「タカト君!?」

 

 タカトの様子に、なのはも血相を変える。すぐに援護しようとレイジングハートを起動して――。

 

「……やめろ、なのは。約束を忘れたか?」

「っ――!」

 

 タカトから制止が掛かる。しゃがみ込んでいたタカトが、その体勢のまま、なのはに視線を向けていた。なのははタカトの台詞に首を横に振る。

 

「そんな事言ってる場合じゃないよ! 私も戦う!」

「やめろと言っている」

「でも――」

「なのは」

 

 静かなその声は、通路に大きく響いた。タカトが異形を前にして、ゆっくりと立ち上がる。視線は、なのはをただ見詰めていた。

 

「俺は約束を守る。お前は、約束を破る気か」

「タカ、ト……君」

 

 ただただ見詰めるタカトの視線。それに、なのは有無を言わさず止められた。何も言えなくなったのだ。タカトの、目に。

 そんな二人に異形は止まらない。なのはを見続けるタカトに背後から爪を振り下ろす!

 

    −閃!−

 

 放たれる殺意の一撃。しかし、それはタカトがあっさりと持ち上げた左腕に受け止められた。

 

「……命までは取らない、約束だからな――だが」

「が、がが……!」

 

 ゆっくりとタカトは振り返る。その瞳は、どこまでも感情を映していなかった。

 

「今の俺は、上手く手加減出来る自信が無い。死ぬなよ」

 

 そこまで言い切ると同時に、異形の爪を受け止めていた腕を主軸に半回転。肩が異形の腹部に、そっと触れられる。

 

「天破紅蓮改式」

「ぐ、る――」

 

 そんなタカトをまるで両腕で抱きしめるかのように、左右から放たれる爪。だが懐に入られた時点で全てが遅い! タカトは構わず、一撃を放つ。

 

「天破爆煌」

 

    −煌−

 

 一瞬だけ、タカトの全身が炎を纏い。それが、肩を中心に圧縮。押し当てられた腹に、その威力を全て解き放つ!

 

    −爆!−

 

 異形の腹で圧縮された炎は開放され、それは爆砕と言う形で顕現した。火柱が、一瞬だけ通路を埋め尽くす。

 もし、なのはが通路に入っていたならば炎に巻き込まれたていたであろう。タカトと異形の中心点で発生した大爆砕に、なのはは手で顔を覆う。

 火柱は異形を吹き飛ばし、壁にその身を叩き付けて消えた。火柱が上がった場所には、タカトのみが立っていた。

 タカトは爆煌を放った体勢で残心。異形を見据え、立ち上がらない事を確認した後、漸く肩から力を抜いた。

 

「……っふ……は……ぐ……」

 

 喘ぐような呼気は、あまりにも弱々しい。いつものタカトとは明らかに違う。なのははすぐにタカトへと駆け寄った。

 

「タカト君!」

「……」

 

 呼ぶ声にもタカトは応え無い。なのがその身体を後ろから支えると、崩れ落ちるかのように体重を預けて来た。

 見た目よりもずっと重いタカトに、なのはは体勢を崩しそうになるが、何とか耐える。

 タカトは何処も怪我などしてはいない。にも関わらず、驚く程に消耗し切っていた。

 

「タカト君……」

「……もう大丈夫だ。それより、なのは。アレを見ろ。俺は約束は守っているだろう?」

「え?」

 

 なのはに支えられながらタカトは前方を指差す。釣られて見ると、壁に叩き付けられた異形がゆっくりと身じろぎしていた。

 生きている――だが。

 

「……タカト君。なんで、そんなにまでして……」

 

 なのははタカトを支えながら問う。自分を戦わせれば、もっと楽に勝てた筈だ。体調が悪いにしても、こんなにまでは消耗しなかっただろう。

 なのに何故、こんなにまでして約束を守らせようとするのか。

 タカトは、なのはの声に長い吐息を吐く。ややあって、ゆっくりとなのはから身体を離した。

 

「俺の事は”どうでもいい”。実際、怪我もしていないのだからな。だが、お前はそうもいかない。万が一にでも傷が開いたらどうする気だ。……お前は女なんだ。傷痕なんて、残すな」

「…………」

 

 なのはは呆然と、タカトを見る。そんな事をずっと気にしていたのか。自分が危ない時にさえ。それに――。

 

「どうでもいいって、何が……?」

「?」

 

 なのはより告げられる問い。しかし、タカトは意味が分からず首を傾げる。そんなタカトを、なのはは真っ直ぐに見据えた。

 

「自分の事がどうでもいいって、どう言う意味……?」

「……ああ、さっきのか。そのままの意味だ。”俺の事なぞ、どうでもいい”」

 

 タカトはさも当然と答える。自分の事なぞ、本気でどうでもいいと。どうなってもいいと。

 

「それより、先に――」

「やめてよ」

 

 行こう、と言えなかった。それより先に、なのはの声が響く。声が遮られたタカトは、目を見開いて彼女を見た。なのはは構わない。タカトを見据え続ける。

 

「二度と、そんな事言わないで」

「何を――」

「お願い」

 

 有無を言わさず、なのはは告げた。自分を蔑ろにし続けるタカトへと。それが、とてつもなく嫌だったから。

 例え、それが――。

 

「――分かった」

 

 あえてタカトは何も問わずに、それだけを言う。なのはは漸く微笑んだ。

 

「ありがとう」

「礼を言われるような事じゃ無い」

 

 それだけをタカトは告げると、なのはの手を取る。目をなのはの首に掛かっているレイジングハートに向けた。

 

「……この艦の構造は、クロノ・ハラオウンの艦と同じか?」

【はい、共通の筈です。転送ポートも同じ位置にあるかと】

「そうか」

 

 答えにタカトは頷きを一つ返し、前を見据える。そこには先程吹き飛ばされた異形が起き上がろうとしていた。

 それだけでは無い。艦のあちこちから重い歩みの音が響いていた。

 

「長居は無用だな」

「タカト君、あの……」

 

 いきなり繋がれた手にどぎまぎしながら、なのはも異形を見る。タカトは先程こう言った筈だ。

 約束を守った、と。そして、後天的なヒトの合成獣だと。

 その言葉が示すのはただ一つでしかない。それは――。

 

「……今は聞くな。どちらにせよ、もう元には戻せん」

「…………」

 

 タカトはそれだけを告げる。それは、なのはの想像が当たっていたと言う事に他なら無い台詞であった。

 あの異形が、元はヒトだったと言う事に。なのはが長い時間を掛けて頷いた、直後。

 二人の姿は、再びタカトが発動した縮地により消えた。

 向かう先は、転送ポート。なのは達がこの世界を脱出する為の場所――そして、逃避行の最後となる場所であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第78管理外世界、次元航行艦『シュバイン』。その通路を艦内に侵入したシオンは飛行魔法で駆けていた。

 向かう先はブリッジ。そこを占拠すれば、この作戦は大成功で終了の筈だ――だが。

 

「……う〜〜ん」

【どうした? 似合わん難しい顔などして】

 

 飛行しながら眉根を寄せるシオンに、イクスから声が掛かる。シオンはそれにイクスへと目を落とした。

 

「いや、こう嫌な感じがしてよ。この艦に入ってからずっとなんだけど」

【嫌な感じ、だと……?】

「ああ」

 

 即座に頷く。シオンは、高ランクの直感保持者である。そのシオンが嫌な感じを受けている。

 この艦に何かあると感じているのだ。シオンの直感が。

 

【それは嫌な予感か?】

「……いや、違うんだよ。何か、こう、気持ち悪い感覚ってのかな?」

【……何だ。その下手な説明は】

「いや、そうとしか言いようが無い――」

 

 んだよ。と、までシオンは言えなかった。

 

    −射−

 

 突如、前方から放たれる光弾群。見れば、通路の向こうで魔導師部隊が杖のデバイスをこちらに向け、射撃魔法を放っていた。光弾群は、問答無用にシオンへと向かう。

 シオンは向かい来る光弾群を前にニヤリと口元を歪めた。

 

「こんなちゃちぃ攻撃が効くかよ!」

 

    −轟−

 

 魔力を一気に開放。放出する。

 シオンの対魔力AA。そして魔力放出AA+の効果により、威力がAにも届かない光弾群はあっさりと消失した。対魔力だけでは衝撃までは消せないが、魔力放出をフィールド魔法のように使う事により、射撃魔法を完全に防いでのけたのであった。

 これには射撃魔法を放っていたストラの魔導師達も驚き、怯む。シオンはそれを逃さず瞬動を発動。彼等の前へと、一気に駆ける!

 

「神覇、壱ノ太刀」

「ひ、退け――」

 

 遅ぇ、と心の中だけで叫びを上げ、シオンはイクスを振り上げる。魔力をジェット噴射のように放出した。

 

「絶影!」

 

    −斬−

 

 放たれた頭上からの斬撃は過たず、目の前の魔導師に叩き込まれ、そのまま横薙ぎへと変化。数人を同時に吹き飛ばす。反す刃で更に一閃。

 非殺傷設定とはいえ、容赦無く大剣であるイクスを振り回す。全員を殴り倒すのに、二秒と掛からなかった。

 

「……なんかなぁ。一応、元管理局本局の魔導師だろ、こいつら。こんなに弱いのか……?」

【フム……】

 

 殆ど一撃で片付けたシオンが呆れたように周りを見て呟く。本局武装隊の魔導師の平均ランクはA相当だと言う。だが、シオンの感想としてはエリオやキャロよりも弱い感覚を覚えたのだ。

 ――シオンは知らない。自分が居た環境が、どれだけ強い者達に囲まれていたのかを。グノーシス時代からそうだった為、Aランク相当の魔導師(殆ど成人)では、エリオクラスの敵を想定していたのである。

 蓋を開けて見ればグノーシスで言えば位階に入らないような者達だったのだ。拍子抜けもする。

 

「ま、いっか。楽には進めるし」

【そうだな……ふむ? スバル・ナカジマとノーヴェ・ナカジマから定期連絡だ】

「向こうはどうだって?」

【至って順調、だそうだ】

 

 イクスの台詞に、シオンもそかと笑う。どうやら考えていたよりも作戦は上手く行ったらしい。……このまま行けば。

 

「――!?」

 

 瞬間、シオンの背に悪寒が走る。ゾクリ、と言う感覚は背中を即座に突き抜けた。この、感覚は――!

 

「ちぃっ!」

【な!?】

 

 いきなりシオンがイクスを振り上げた事に、当のイクス自身が驚きの声を上げた。シオンは構わない。イクスを床に振り放つ!

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 真上から落ちるイクスは真っ直ぐに床へと刃を向ける。床を叩き壊す筈だった刃は、しかし。その直前に床をブチ抜いて現れた”モノ”に弾かれた。

 

【何……!】

「ちぃ!」

 

 舌打ちを放ちながら、シオンは瞬動で二m程後退。残像を、青の光を纏う巨体が突き抜ける。

 巨体は床を突き抜けると纏う光を消した。シオンはそれを見て、目を見開く。それは機械のヒトガタであった。

 新型のガジェットやDA装備の因子兵と比べるとスマートかつ刺々しい感覚を覚える。特徴は肩にある巨大な突起か。まるで、首が三本あるように見えた。

 

 こいつ……!

 

【シオン。こいつは……】

「ああ。――っ!?」

 

    −撃!−

 

 イクスに頷きを返した直後、シオンの周りの床がぶち抜かれる。その数四。

 全て、さっき現れたヒトガタと同じものであった。

 

「ガジェット――じゃねぇな……? けど因子兵でもねぇ。お前達……」

「セット」

 

 シオンが言い終わる前に、目の前のヒトガタの一体から声が響いた。シオンはそれに確信する。

 

 こいつ達、”DAを着込んだ魔導師……!?”

 

「ブレイク・チャ――――ジ!」

「っ!? この!」

 

    −轟−

 

 叫びが響くと同時、四体のヒトガタが光を纏うなり、シオンへと一気に突進して来た。シオンは身体を捻り、壁を利用して三角跳び。突撃を躱す。だが、突っ込んで来たのは三体だけであった。

 

 あと一体は――!?

 

「チャ――――ジ!」

「な――!? ぐっ!」

 

    −撃!−

 

 上へと逃げるシオンの行動を予測したが如く、最後の一体が突っ込む!

 シオンはそれに回避は不可能と判断。イクスを盾にして突撃を受け止める、が。いかな威力がその突撃にはあったのか、シオンは堪えきれず押し上げられる。向かう先は、艦の天井!

 

 こいつ達の狙いは――!

 

    −撃!−

 

 シオンは一気に天井に叩きつけられ、更に押し込まれる。それに艦壁が破壊。シオンとヒトガタを着込んだ魔導師は、天井を突き抜け、一緒に虚空へと再び投げ出された。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 タカトが縮地を発動した直後、再び周りの景色は一変した。

 

「ここ……」

 

 なのはは辺りを見渡す。目の前には大きな装置があった。上下に分かれた機器と、横にコンソールが並んでいる。

 ――転送ポート。次元・空間転移システムが、そこにあった。

 

「転送ポート……到着、だね」

「…………」

「タカト君?」

 

 声を掛けたなのはだが、無言のままのタカトに疑問符を浮かべる。タカトは無言のまま、ただただ歯を食いしばっていた。額を汗が一つ、流れて行く。そして。

 

「やぁ、タカト。久しぶりだね」

 

 声が、響いた。

 

 ……え?

 

 いきなり響いた声に、なのはは振り返る。タカトも苦虫を噛み潰したような顔と共に、ゆっくりと振り返った。

 タカトとなのはの真後ろ。そこに、金髪白衣の青年がいた。綺麗な――なのはから見ても綺麗な青年が。

 女性じみた白い肌。怖気すら感じる程、整い過ぎた顔。両の金眼が、二人を見詰める。その容貌に映える金砂の長髪に、白い装束。そして、天使のような綺麗過ぎる笑顔を浮かべていた。

 タカトは青年を見て、搾り出すように声を漏らす。

 

「……メタトロン。やはり、お前か」

「君には、本名で呼んで欲しいのだけどね。でも、久しぶりの再会だし。別にいいかな」

 

 くすりと青年は笑う。無垢な、無邪気な光輝く笑顔。でも、なのははその笑顔に違和感を覚えた。

 綺麗過ぎて、綺麗過ぎて綺麗過ぎて――その笑顔は、逆に悍(おぞ)ましさを醸し出していたのだ。

 

 彼は、一体……?

 

「高町なのは、さんだよね?」

「え? あ、はい!」

 

 急に声を掛けられ、なのはは思わず頷く。あまりにも親し気な態度だ。なのはの返事に、メタトロンは微笑む。

 

「初めまして、高名はかねがね聞いてるよ。エース・オブ・エースの二つ名は特にね」

「あの、貴方は……?」

 

 微笑み続けるメタトロンに、なのはは横のタカトをちらりと見て問う。タカトは依然として、険しい目でメタトロンを睨み続けていた。

 メタトロンはそんなタカトに微笑を送り、再びなのはに視線を戻した。

 

「彼の親友さ。昔からのね……兄弟と言っても差し支え無いけど」

「親、友?」

「誰が、貴様と……!」

 

 メタトロンの台詞に、タカトが苛立ちを隠さずに声を放つ。メタトロンはそんなタカトにすら、絶えない笑顔を向け続けた。

 

「君が一番知っている筈だよ? ”僕には君しかいない”。君以外、僕はこの世界に価値を見出だせ無い。それが僕の”傷”だ」

「…………っ」

 

 その言葉に、タカトはギシリと歯を噛み締める。胸を、抑えた。

 

「……一つ聞かせろ。この艦の乗員をどうした?」

「僕は願いを叶えてあげただけだよ? 君を前に彼達は力が欲しいと言った。だから、あげたんだ。強靭な身体をね」

 

 それは、つまり。つまり、つまりつまり!

 

「艦の乗員、全員を合成獣化したのか……!」

「うん。その通りだよ」

 

 ニコっと愛らしさすら感じる笑顔でメタトロンはタカトに答えた。なのはは、その答えに目を見開く。

 こんな笑顔を浮かべて、そんな真似を平然と行ったと言う、彼に。

 

「な、んで……?」

「さっきも言った通りだよ。僕は、彼達の望み通りに願いを叶えてあげただけ。実際、力を得ていた筈だよ?」

 

 メタトロンは変わらない笑顔のままで、なのはに答える。その台詞に、なのはは漸く目の前の存在が酷く危険な存在だと認識した。何の邪気も抱かず、そんな真似を出来る存在に!

 タカトが何故、彼をここまで敵視しているのかをなのはは悟る。この存在は、あまりに危険過ぎる。

 

「さて、本題に行こうか。タカト、実は僕。君に聞きたい事があってここに来たんだ」

「……聞きたい、事だと?」

「うん」

 

 二人の敵意を込めた視線にも、メタトロンは構わない。ただ笑顔のままで頷く。そして、問いを放った。

 

「君の”傷”はどこまで広がってるんだい? トウヤとの戦い。本局での戦い。いずれも君はEX化してる。……君の事”だけ”は僕はよく視えないからね。直接聞いて置きたいんだ」

「…………」

 

 タカトは問いに、しかし答えられない。ただ、メタトロンを睨み続ける。

 当の彼は、そんなタカトに肩を竦めた。

 

「君の魂の傷はどれ程深くなってるの?」

「……黙れ」

「駄目だね。大切な事だよ――特に、僕にとっては」

 

 そう言い切るなり、メタトロンは歩き始める。タカトへと一歩、一歩ゆっくりと。

 

「君の魂はどれ程摩耗してるの?」

「俺は、お前とは違う……!」

「同じだよ。”同じEX”だ。絶対に理解し合え無い傷を抱えているとは言え、それでも僕と君は同類だ」

 

 タカトの声にも、メタトロンは変わらぬ笑顔のまま。ついに至近まで迫り、瞳を覗き込む。

 

「魂の傷。僕は、”希望”を失った。君が失ったものを僕は知ってる。でも、その程度がわからないんだ。君は今、どれだけヒトのままなんだい?」

「…………」

 

 タカトは無言のまま、胸を抑え続ける。その仕草に、メタトロンの目尻がピクリと動いた。

 

「成る程ね。もう、そんな状態なんだ」

「傷って……?」

 

 メタトロンの台詞に、なのはが問いを発する。その声に彼は、なのはへと視線を向け、目が合った――直後。

 

 魂のエネルギー化。

 

 なのはの脳裏に文字が踊った。激しい頭痛と共に。

 

「っ! あ、う!」

「なのは!?」

「へぇ」

 

 激しい痛みが走り抜け、なのはが頭を押さえながら崩れ落ちる。タカトはそんななのはに驚き、メタトロンは感心したような声を上げた。

 その間にも、なのはを激しい痛みが苛む。立っていられなくなり、膝を着いた。

 

「検閲が外れ始めたか。ルシアも頑張るね」

「な、に……?」

 

 メタトロンの台詞に、タカトは呆然と疑問の声を上げる。メタトロンは、またくすりと笑った。

 

「気付かないかい? 君と――いや、君の中のルシアと彼女を繋ぐ、ラインに」

「っ……!?」

 

 タカトはメタトロンの台詞に、右手を呆然と見た。

 ある。確かに、繋がっている。なのはと、彼の右手に伸びるライン。霊脈が!

 

「いつの間に……?」

「ずっと昔からさ。何せ、ルシアと彼女は”一度会った事がある”。二人共、覚えてはいないだろうけどね。その時にさ」

 

 メタトロンは、タカトが、ルシアやなのはですら知らない事をさらりと口にする。まるで、昨日の出来事のように。

 そして、頭を抱えて苦しむなのはに微笑を送った。

 

「そうだね。僕が、君の苦痛を和らげてあげる。ここで、”EXの全てを教えてあげるよ”。そうすれば苦痛も和らぐ」

「貴様……!」

「君の相手は彼等さ」

 

    −軋!−

 

 次の瞬間、通路の艦壁を突き破り、現れる手――手、手、手、手、手、手、手、手! そのどれもが異形の手であった。タカトに抵抗の暇すら与えずに、その身体を絡め取る。見れば、突き破られた壁の向こうに数多の異形の姿があった。

 

「こいつ達……!」

「分かってるとは思うけど、彼等は全員人間だよ。元だけど。殺さないよね? 約束があるから」

「っ――――!」

 

 メタトロンの何気無い台詞。それにタカトはギシリと歯軋りを上げる。そんなタカトに無邪気な、あまりにも無邪気過ぎる笑みをメタトロンは浮かべ、そして。

 

「さぁ、語ろう。EXの真実を――君が、更なる絶望を知る為に。決して救われない存在の話しを、始めよう」

 

 なのはに、優しく、優しく――。

 

「君の、望むモノをあげよう」

 

 ――微笑んだ。

 

 

(後編2に続く)

 

 




はい、第三十九話後編1でした。ネタバレになりますので主語除きますが、双子の妹である彼女と髪の色が違うのは、彼女が彼と一緒の髪型を嫌がって例の能力で変えたせいだったりします。つまり、幼少期からそんくらい嫌悪感持たれていたと(笑)
次回、ついにタカトとなのはの逃避行完結! 明らかとなるEXの真実、そしてタカトの秘密、メタトロンの正体etc……。
お楽しみ下さい。では、後編2でお会いしましょう。
ではではー。

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