魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
うん、もうデフォですよデフォ(笑)
タカトとなのはの逃避行、そしてアースラの強襲戦もいよいよ盛り上がって参ります。では、第三十九話中編2、どぞー。
次元航行艦『シュバイン』ブリッジ。そこでは、提督であるビスマルクが酷く震えていた。
何故か? 答えはモニターに映る青年にある。つまり、クロノ・ハラオウンに。
何だ……なんなんだ、さっきの魔法は!?
これが、ブリッジ一同の偽らざる心境であった。
総数約百体。それが、先の凍結魔法によって消えた、ガジェット、因子兵の被害総数だ。あまりにも馬鹿げた一撃である。
何せ、空間ごと凍結、そのまま、消滅させられたのだから。
あれが、もし艦隊に放たれたなら――。
そう思うだけで、ビスマルクは震えたのだ。実際、クロノは人に向けてこの魔法を使用はしないだろうが。そんなもの、ビスマルクには関係が無かった。
「て、提督……」
「奴を潰せ……!」
低い声が響く。管制官が振り向くと、ビスマルクは恐怖に固まった顔で大声を張り上げた。
「奴を、クロノ・ハラオウンを潰せ! 展開した機動戦力を全て奴に向けろ!」
「い、いえ。それでは艦の直援が――」
「貴様! 私に意見するか!? 先程の一撃を貴様達も見ただろう! あんな……あんなものを艦に直接撃ち込まれたらどうする気だ!?」
もはや、悲鳴のようにビスマルクは叫ぶ。出来れば逃げ出したいが、この艦に”アレ”が居る限り、それは叶わぬ願いであろう。そんな真似をすれば処理されるだけだ。
引く事は叶わない。ならば前進するしか無い。
脅迫観念にも似たモノに突き動かされ、ビスマルクは吠えた。
「いいからやれ! これは命令だ!」
「……はい」
鈍い諦観に包まれながら、管制官はガジェット、因子兵に指示を出す。二つのヒトガタ兵は、迷う事無く艦の周囲を離れクロノ達へと向かった。
先程よりさらに多い150体程のヒトガタ達は一気にクロノ達に襲い掛かる。
クロノ、エリオのコンビは迎撃を開始。先に艦の兵装を撃ち抜いたディエチの援護と共に、ヒトガタ達を墜としていく。しかし数が数なのか、彼等は後退し始めた。
「は、ははははは! さっきの魔法はどうやら、もう使えんらしいな!」
クロノ達の様子に、ビスマルクは笑いを上げた。さっきの怯えも何処へやら、モニターを見ながらニタリと口元を歪める。
「ここまで私を虚仮(こけ)にしたのだ……! 相応の礼を払ってもらうぞ、小娘達が! アースラの特定を急げ!」
「了解です」
管制官もすぐに返事――若干の軽蔑も入っていたが。に、ビスマルクは笑う。
どうしてくれようか……! あの小娘どもが!
そう思い、アースラ艦長であるはやて達をどのような目に合わせようか考えてビスマルクがだらし無く笑う。……それは、女性陣が見たならば嫌悪と軽蔑の気持ちを抱いたであろう笑みであった。幸い、ブリッジには女性は誰も居なかったが。
「……? これは……?」
突如、再び管制官より疑念の声が響いた。ビスマルクはまたかと眉を潜める。
「何だ! 今度は何が――」
「岩塊、です。距離ほぼ0……艦の真後ろに。”さっきと同じような岩塊が”!」
ビスマルクは管制から引き攣った声で告げられる報告に、声を失った。さっきと同じ? それはつまり、つまり――。
「え、映像、来ます……」
モニターが切り替わる。そこにあるのは当然、岩塊なぞでは無い。
三つの人影がそこには在った。
一人は赤の髪の少女、紺色を基調としたバリアジャケットに身を包み、右手にはガンナックル、両足にはジェットエッジの各固有武装を持つN2R3、ノーヴェ・ナカジマ。
一人は薄い紫がかかった髪の少女、白を基調としたバリアジャケットに身を包み、右手にリボルバーナックル、両足にマッハキャリバーを装備するスターズ3、スバル・ナカジマ。
そして、もう一人は銀の髪の少年、既にカリバーフォームとなったそのバリアジャケットは金色。背には六枚の剣翼が展開し、手に持つU・Aデバイスは、精霊剣イクス・カリバーン。セイヴァー、嘱託魔導師、神庭シオン。
その三人が艦の後ろ、フィールドを挟んだほぼ0距離に居た。中央の少年、シオンが笑い、口を開く。その口は、確かにこう言った。
遅まきながら、騎兵隊の到着だぜ? ――と。
艦の直援すらも前線に出したシュバインを初めとした次元航行艦隊は丸裸。シオン達を止めるモノはフィールドしか無い。
これが、アースラが立てた強襲作戦の最終段階であった。
陽動作戦を含めた強襲戦。後はフィールドを破り、次元航行艦隊内部へ突入。”無血”にて、次元航行艦隊を占拠する。
アースラの真なる目的はそこにあったのである。
ディエチの砲も、クロノの殲滅魔法も、後の後退ですらもが、全てその伏線だった。
強襲作戦は最終段階、フェイズ3。艦内へ、突入する――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《よし、上手く行ったな》
目の前の次元航行艦を見ながらシオンは笑う。上手く接近出来たと。それに、両隣の二人も頷いた。
《結構あっさりと行ったよね》
《つか。あいつ等、バカか? 直援、全部連れて行くかよ。普通》
スバルが朗らかに笑い、ノーヴェがあからさまに馬鹿にしたような瞳を目の前の次元航行艦に向けた。その台詞に、シオンも苦笑する。
《クロノ提督の魔法が、な》
《うん……そうだね》
《ま、まぁな……》
一同、先のコキュートスを思い出して顔を引き攣らせる。あの時、ちょうどシオン達は魔力反応で、ストラ側に悟られぬように、後側から慣性飛行で次元航行艦隊に向かっていた。つまり、迫り来るコキュートスを真っ正面から見た訳だ。
想像して欲しい。空間を凍結させるような氷結魔法が、真っ正面から迫って来ていたのだ。三人共、全力で逃げ出したかったのは言うまでも無い。
……作戦上、そう言う訳にもいかなかったのだが。
《……あれは怖ぇよ》
《……だね》
《……ああ》
三人揃って、うんうんと頷き合う。今回の件で、当分氷は見たく無いと思う三人であった。
《……っ! ……ちょ、……っ! ちょっとアンタ等三人……! 何、敵艦前で暢気に頷き合ってんのよ……!》
そんな風に頷き合っていると、三人の中央にウィンドウが展開。息も絶え絶えなティアナの顔が現れる。
シルエットを漸く全部解いたとは言え、魔力消費が激しかったのだろう。息を荒げながら三人を睨んでいた。
《ティアナか。シルエットの維持、お疲れさん。……で、突入はいつでも?》
《ティア。お疲れ様〜〜やっぱ、ティアは凄いよ》
《ま、あたし達に勝ったんだ。これくらいやって貰わねぇとな》
ウィンドウに映るティアナに、シオンは労いの声を上げながら問い、スバルやノーヴェも続く。それにティアナは嘆息。三人に今更緊張感を持てと言うのも馬鹿らしい。「ありがと」と、だけ返し、ウィンドウにデータを表示させた。
《敵、機動部隊の航行艦隊からの引き離しには成功したわ。後はアンタ達次第。……作戦を確認するわよ? 三人は、敵フィールドを破ってそれぞれ艦内に突入。一気にブリッジまで突っ込んで占拠して》
ティアナから告げられる作戦にそれぞれ頷く。酷く単純な作戦だが、それ故にこの三人にはピッタリな作戦とも言えた。三人の反応に、ウィンドウの向こうでティアナも頷く。
《それじゃあ、私とキャロはクロノ提督とエリオの援護に行くわ》
《おう。……結構魔力使ってんだ。無理だけは、すんなよ?》
息は整い始めているが、それは=魔力が回復した事にはならない。シオンの台詞に、ティアナはキョトンとなり、少しの間を持って微笑した。
《な〜〜に? 心配してくれてんの?》
《て、お前ね。人が折角――》
《大丈夫よ。……ありがと》
シオンに最後まで言わさず、ティアナはそれだけ告げると念話を切った。有無を言わさぬ早業である。言葉の出し所を見失い、ついでに不意を突いた礼にシオンは少し呻く。そんなシオンの肩を、スバルが叩いた。
《ほら、シオン。早く突入しよう》
《お、おう。てか、そんなに急がんでもよ》
《……いや、案外急いだ方が良くねーか?》
ノーヴェの台詞にシオンは、は? と疑問符を浮かべる。すると、ノーヴェはウィンドウを新しく展開。シオンに見せた。
《どうやら気付かれたみたいだな。向こうのガジェットもどきやらが戻って来てる》
《うげ……》
確かに、数体の動体反応が伸びた前線より戻って来ていた。それを見たシオンが呻き声を上げる。
《ほらね? 急いだ方がいいよ。シオン》
《確かに》
スバルに苦笑を返しながらシオンは頷く。そして三隻の次元航行艦に向き直った。
《さて、んじゃあ邪魔なフィールド。ブチ貫きますか》
《おう……で、どうすんだよ? 航行艦レベルのフィールドだけど》
カリバーンを前方へと差し向けたシオンにノーヴェが疑問符を浮かべる。
次元航行艦のフィールドは、およそSS相当レベルとされている。面積の都合上、もっと高いかもしれない。スバルや、ノーヴェも航行艦レベルのフィールドを砕くには当然、時間がかかる。故に、どうするかをシオンに聞いたのだ。だが、シオンはその台詞にニヤリと笑った。
《何の為に、初っ端からカリバーフォームになってると思ってんだ?》
《は……?》
シオンの台詞に、思わず問い返す。それに変わらず笑いを浮かべたまま、シオンは左手の親指を口元に持って来て、皮膚を噛んだ。血が、しとどに溢れる。
《さーて。リンカー・コアも完全復活したんだ……盛大に行くとしようか! イクス!》
【派手好きめ。了解。イクスカリバー、兵装(フル・バレル)、全開放(フル・オープン)、凌駕駆動(オーバー・ドライブ)開始(スタート)する】
イクスの呆れたような声に乗り、シオンが虚空に血で文字を刻んだ。最初に火、次に水、風と続き、最後に雷の文字で結ぶ。
それが示すのは、文字召喚による。契約精霊の全召喚であった。全ての血文字を描き終わり、シオンは叫ぶ!
《来いよ……! イフリート! ウンディーネ! ジン! ヴォルト!》
虚空に響く念の叫び。それに応えるようにして、炎が立ち上り、水が対流するかのようにして顕れ、風が吹きすさび、雷が疾る。刹那に、それらは形を持って世界に顕現した。
シオンの契約精霊達、その全てが。顕れた精霊にシオンは感謝の念を込めて微笑む。
各精霊達は、それに頷くかのように動いた。シオンはそれを見遣りながら、カリバーンを振り上げる。
《久しぶりに行くぜ……! 双重精霊装填×2!》
【適当に言うな! デュアル・スピリット・ローディング!】
イクスがツッコミを放ちながらもシオンの令に従う。まず、イフリートとウンディーネが装填され。その後に、ジンとヴォルトが装填された。カリバーンが、四柱の精霊を装填され、金色に光り輝く。
《ふぁ〜〜。シオンのそれ、久しぶりに見たよ……綺麗だよね》
《あたしは始めてだな。で? そっからどうすんだ?》
スバルとノーヴェが輝くカリバーンに魅入られながらもシオンへと問う。シオンは、笑いながら答えた。
《言ったろ? 盛大に行くってよ。イクス、全合神剣技。行くぜ?》
【……一撃で三艦共フィールドを貫け。それが条件だ】
イクスが呆れたような声で告げる。シオンは再度苦笑。『了解』と頷いた。
《んじゃ、一丁行ってみようか! 四神合神剣技――》
カリバーンを背にやる形で振り上げる。そのまま、シオンは一歩を虚空に対し踏み込んだ。一気に振り放つ!
《黄・龍・煌麟……!》
【オーバー・バースト】
−煌−
――音は無かった。ただただ、輝きだけが虚空を照らす。朱雀、白虎、玄武、青龍。四神全ての奥義が合わさり、そして”ソレ”は生まれた。
スバルが、ノーヴェが最初に見たのは巨大な鱗であった。は? と疑問符を浮かべる二人に構わず、ソレはゆっくりと動き始める。暫くして、漸く二人は気付く。自分達が、恐ろしく巨大な何かに囲まれている事に。
《これ……! え、えぇ〜〜!?》
《……マジか……》
スバルが驚きの念を上げ、ノーヴェが呆れたように笑う。二人を囲んでいるのは、とぐろを巻いた巨大な身体であった。見れば頭上、その先端に頭がある。
――黄金の巨龍。その化身(アヴァター)こそが、黄龍煌麟と呼ばれる存在、そのものであったのだ。
威力ランクにしてSSS。これこそが、現在のシオンが放てる最大威力の技の名であった。
《よし。発動成功、と。訓練でも出した事無かったから、出来るかどうかちと不安だったけど……問題無しだな》
【……いい加減、ぶっつけ本場は勘弁して欲しいがな】
黄龍がとぐろを巻く真ん中、そこにシオンは居た。相も変わらないシオンの行動に、イクスが嘆息する。
《まぁ、そう言うなって。これを訓練室で使う訳にもいかねぇだろ?》
【それは、そうだが】
シオンの反論に、イクスはしぶしぶと言った念話を返す。心配性めとシオンは笑った。そして前方、航行艦隊に視線を戻す。
見れば、三隻の艦はそれぞれ逃げるように移動を始めていたが、シオン達がここに到達した時点で全てが遅い。シオンは左手を頭上に掲げ、一気に振り下ろす。同時、黄龍がその巨大な身体をくねらせた。
《もう遅いんだよ……! 行け!》
【ゴー・アヘッド!】
−轟−
シオンの叫びに応えるかのように、黄龍が飛び出す。迷い無く、航行艦隊へと轟速で向かい、フィールドに対して巨大な顎を開く!
まるで、航行艦を喰らわんとするかのようだ。黄龍の牙がフィールドを上下から挟み、刹那の抵抗も許さずかみ砕いた。
だが、航行艦をそのまま喰らうような真似はせず、左の艦へと首を巡らせる。身体をくねらせ、そちらのフィールドにも牙を突き立て、あっさりと破壊した。当然、後一艦を残す筈も無く、先と同じようにフィールドに噛み付き、あっさりと破壊する。まるで、風船を割るかのように航行艦レベルのフィールドを砕いた黄龍に、スバル、ノーヴェは共に呆然となった。
シオンは二人に構わず、振り下ろしたカリバーンを持ち上げた。
《……この辺でいいだろ、イクス》
【ああ、術式を凍結。破棄する】
シオンの念話に、イクスが応える。すると、黄龍の姿がスゥっと薄くなり、やがて消えた。それを確認して、シオンがノーマルフォームへと戻る。
《よし。んじゃ、二人共。行くぞ!》
《え? あ、うん!》
《お、おう!》
黄龍の出鱈目さに呆然となっていた二人が、シオンの念話に我に帰る。フィールドは破ったのだ。後は、突っ込むだけである。
スバルはウィングロードを発動。ノーヴェもエアライナーを形成する。蒼と赤の道は、左右の艦に突き進み、到達した。
《うん、準備完了だよ》
《こっちも完了だ》
《おう》
二人の返事にシオンは頷くと、振り返り、二人に向き直った。
《……機動戦力をヒトガタに頼ってるような連中だから問題ねぇとは思うけど。多分魔導師は残ってる。気をつけろよ》
《うん! 大丈夫だよ》
《インドアなら、そうそう心配ねえよ》
シオンの念話にスバルは素直に頷き、ノーヴェは不敵な笑いを浮かべる。二人の返事に、シオンも頷いた。そのまま、三人は航行艦隊へと目を向ける。
《よっし。んじゃあ強襲作戦のトリ! しっかり終わらせようぜ!》
《うん!》
《おう!》
−轟−
吠え、一気に飛び出す。シオンは真ん中、スバルは右、ノーヴェは左の艦に向かう。大した距離でも無く、即座に到達した。
《神覇・壱ノ太刀――》
《《リボルバー――》》
暢気に入口を探すなんて真似を三人はしない。眼前に迫る艦の装甲に、それぞれの相棒を振りかぶる!
《絶影!》
《キャノン!》
《スパイク!》
−撃!−
咆哮と共に放たれた一撃達が、艦の装甲をブチ抜き、勢いのままに三人は艦内に突入した。
シオンは、通路のような場所にいきなり出ると同時、その場に居た武装隊のバリアジャケットを着た三人を視界に納める。
壁をブチ抜いて現れたシオンに目を丸くする武装隊であるが、シオンは構わない。床に着地しながら、イクスを振りかぶる!
「神覇参ノ太刀! 双牙!」
−轟−
気合いの一声と共に、イクスを放つとそこを中心として、床に魔力が走る。その技は、地面を走る斬撃であった。未だに唖然となったままの魔導師に、床を削りながら襲い掛かる!
−撃−
双牙は三人の身体に叩き付けられ、非殺傷設定故か、衝撃のみを貫かせた。だが、衝撃だけとは言え、その一撃は意識を刈り取るのに充分な威力がある。三人はまるで、枯れ葉のように吹き飛び、もんどり打って倒れた。
「……なんて言うか、ご愁傷様」
【ぶっ飛ばした本人が言う台詞では無いな、それは】
苦笑混じりのイクスの台詞に、シオンは五月蝿いよと応える。そして、通路を真っ直ぐに見据えた。
「んじゃあ、ブリッジに突入と行こうか」
【道に迷うなよ? お前はどうにも方向音痴のきらいがあるしな】
「やかましいわい」
心当たりが有りすぎるイクスの台詞に、ツッコミを入れつつシオンは走り出した。
この艦に、どんな存在が居るのかも知らずに――。
強襲作戦はこれより最終フェイズ、ブリッジの占拠へと移行する。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
所変わり、首都メッテ。
街路の真ん中で昏倒した敵――ゲイルをタカトは見下ろす。頭に魔力を直接撃ち込み、脳震盪を起こした訳だが。戦闘機人は身体に機械をインプラントして改造されているらしい。それ故に、脳震盪で意識を刈り取れたか分からなかったのだ。……意識があれば、水迅で骨格フレームを断ち切るだけだが。
「……ふむ、大丈夫そうだな」
暫くゲイルを観察していたが、問題無く意識を失っている。どうやら戦闘機人とは言えど、脳震盪はきっちり起きるらしい。ふむふむと頷き、タカトはゲイルに背を向け、歩き出した。
「さて、こんな所か。なのはと合流して――」
余裕の表情で歩き、縮地を使おうとした、瞬間。
−ズグン−
そんな、そんな音をタカトは確かに聞いた。
「な、に……?」
呆然と目を見開く。まるで信じられ無いモノを聞いたように。
−ズグン−
再び鳴る、心音にも似た音。それは他でも無い、”タカトの内側”から響いていた。
そして、ちぎれるような痛みがタカトの内側を迸る!
「っ――! があぁあああああああっ!」
自分が悲鳴を上げていると気付いたのは、片膝をついて跪いた後だった。
視界がところどころ暗くなる――あまりの苦痛に、一部の神経がシャットダウンしたのだ。
胸を必死にかき抱く。しかし、それに意味は無い。苦痛の根源は”肉体では無い”のだから。
「ぐ……う、……ぐ」
ガチガチと、奥歯が鳴る。身体全体が、異常な程に震えていた。
街路にうずくまり、震え続けるタカトはしかし……笑っていた。
痛みに震えながら、真っ青となった顔に、笑みが張り付く。それは、嘲りの笑み。
”自分自身”を、タカトは嘲笑していた。
……分かっていた事だ。
タカトは朦朧とする意識で呟く。……そう、分かっていた事なのだ。
”EX化”を行使し続ければこうなる事は。
この痛みは、十年前に受けたモノと全く同質の痛みであったから。
「……”傷”、か」
震える唇で、苦笑する。それは、EXと言う存在であるならば決して逃れられないモノであった。
だが、その単語が示すのは身体の傷では無い。精神(こころ)の傷ですら無かった。
その単語が示すものは、より根源の傷。
他でも無い。タカトがタカトたらしめるものが傷を負っていたのだ。それは――。
「……ふ。ははは」
笑う、笑う、笑う。震えながらタカトは笑い、立ち上がった。
――そう、分かっていた事なのだ。それはつまり、覚悟が出来ていたと言う事に他ならない。全ては、今更の事なのだから。
やがて、ふらつく身体で歩き始める。
「……」
タカトは未だ己を激しく蝕む苦痛を、自身に全て押し込める。
これも、慣れた行為であった。自分と身体とを、切り離せばいい。
遠くから自分を見るような感覚をタカトは強く幻視する。その、遠くから見ている自分がホントウの自分で、この身体を動かしているのはニセモノの自分。痛みは変わらなくても、少しはマシな気分にはなれる。
どうせ、自分にとって身体なんて――『魂』さえも――道具に過ぎない。
「……なのはと、合流、せんとな」
歩く足に、全力を込める。そうしなければ、また崩れてしまいそうだった。
まだ、身体は動いてくれる。なら、問題無い。
笑いながら歩く。酷く、弱々しい足取りで。やがて、タカトは縮地を発動。その姿は戦場となった街路から消えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ここは――?
暗い、暗い闇に堕ちて行く。彼女は――高町なのはは再びそんな感覚を得ていた。それは朝見た夢と同じであった、と――そこで、なのはは気付いた。そう、あの夢である。何で忘れていたのか。
「やっぱり夢だから、覚えて無かったのかな? ……あれ?」
ついつい呟いた言葉が”声”として現れた事に、なのはは驚く。
まさか、喋れるとは思わなかったのだ。夢で話せて、それを不思議に思うなんて。
我が事ながら、とても間の抜けた事を思ってるなと苦笑する。そして、頭上――堕ちている方向に目を向けた。
「前は、いきなり声が聞こえたんだっけ」
朝方見た夢では声が突如として響いたのだ。頭に、直接響くような声であり、酷く頭痛を伴って聞こえていた訳だが。
「あれ? あの声、なんて言ったんだっけ?」
思わず疑問符を浮かべる。つい、忘れてしまったのだ。何か、大事な事だったような気がするのに――。
「EXシステムに関する事だよ」
「あ、そうそう。確か、そんな――」
響く声に、同意しようとして。だが、自分と違う声がしたと言う事に、なのはは凍り付く。
この、声は?
「大丈夫。検閲で見れなくなってたけど、あれは貴女の知識にもうなってるから。……暫くしたらちゃんと、分かるよ」
響く――響く声。それは、背後から聞こえていた。と、そこで既に、自分は堕ちていない事に気付いた。闇に浮かぶようにして、なのはは止まっている。
「ここは、私と貴女のラインで繋がった意識野。厳密には違うけど、ココロの世界みたいなものかな?」
「ココロの世界?」
響く声に、なのはは目を丸くする。ココロの世界と言う割りには真っ暗なのだが。まさか、こんな闇が自分の世界なのか。
なのはがそんな疑問を抱いていると、苦笑が響いた。
「……だから厳密には違うんだってば。確立した世界じゃないから真っ暗なんだよ」
「そ、そうなの?」
「うん」
返って来た声に、ホッとする。この真っ暗な場所が自分のココロでは無い事に安心したのだ。いくら何でも、一面闇の世界が自分のココロだとは思いたく無い。そんななのはの様子にクスクスと笑い声が響いた。
「笑ってゴメンね。貴女の様子がちょっと楽しくて」
「う、うん。全然大丈夫だよ?」
「そう? ならよかった。”アリサ”に聞いた通りだね。貴女は」
「っ――!?」
いきなり出た名前に、なのはは目を見開く。それは、彼女の親友の名前であったから。……タカトに刻印を刻まれ、意識を奪われた親友の――。
「貴女、は」
「ストップ。……ゴメンね。私の名前は明かせないんだ。言っちゃったら、多分■■■が気付くから。そしたら、このラインも切られちゃうからね」
最後まで言わせずに、声は響く。それになのはは暫く迷い、ややあって頷いた。
「分かってくれてありがとう。……今回、貴女をまた呼んだのは理由があるんだ」
「……理由?」
なのはの返答に、うんと声が返って来る。そのまま声は続けた。
「単刀直入に言うよ。■■■をこれ以上、戦わせないで」
「え……? だ、誰?」
誰かの名前を呼んだのだろう。しかし、その部分だけが上手く聞き取れなかった。
「……自分の名前も検閲対象にするなんてね。徹底し過ぎなのよ、あのバカは」
「……え、えっと」
「あ、ゴメンゴメン。置いてきぼりにしちゃったね。え〜〜と、……666。うん、これなら大丈夫」
「666? ■■■君?」
と、その名を口にして、なのはは目を見開き、口許を押さえた。彼の名前、タカトが呼べない。それで、検閲の意味をなのはは漸く理解した。つまりは――。
「その単語だけ、聞こえ無くなるの?」
「そう言う事だね。……話しを戻していいかな?」
「あ、うん」
問う声に、なのはは頷く。それに、『ゴメンね』と再度の謝罪が響き、声は続きを話し出した。
「さっきも言った通り、666をもう戦わせ無いで欲しいの。あいつはEX化を短期間で二回も使っちゃってる。もう、アイツの■は限界なの」
「え、えっと……」
「ゴメン。今は黙って聞いて。後で分かるようになるから」
声は、なのはの戸惑いを遮る。後で分かるようになるとは、どう言う意味なのか? 問いたかったが、声が何かを焦っている事に気付き、なのはは頷きだけを返した。
「ゴメンね、ありがとう。話しを続けるね。アイツの■は■を負ってしまってる。これ以上■が進むと、本当に取り返しのつかない事に成り兼ねないの。――このままじゃあ、きっとアイツは……」
――破滅、しちゃう。
たった一言の単語。それは、なのはの心に刃のように突き立った。
破滅とは、どう言う意味なのか?
「アイツ、今幸せが分からないって言ってるでしょ? アレ、嘘じゃないの。666は”本当の意味”で幸せが分からないの」
「本当の、意味で……?」
声の内容を繰り返す。
それはどう言う意味なのか。声は続ける。
「……■を負うとね。■■を失うの。まるでヒトである事を無くしてしまうように……アイツは幸せと言う■■を失ってしまってる」
それは、それは、それは。それは!
声が告げる内容に、なのはは震えていた。……ヒトである事を無くすと言う言葉が酷く生々しく響いたから。それを知るのが、怖いと思ってしまったから。声は、続ける。
「それが進むと、アイツの■は破滅を迎えてしまうの! ……アイツの存在が”終わってしまう”!」
「終わっ、て……?」
何を言ってるか分からない。でも、それは絶対に知らなくてはいけないような気がした。知らなくては、後悔すると。そう、なのはの直感が告げる。
そして、声が続きの言葉を紡ごうとした、瞬間、なのはの身体が急に浮上しだした。
「……っ! 時間、だね」
「ま、待って! まだ!」
思わず手を伸ばす。その時に至り、漸くなのはは声の正体を見た。それは、紫の髪の女性であった。長い髪は、腰の辺りまで伸びている。その、女性は――。
「大丈夫。最初の時に、全部貴女には知識を送ってあるから。すぐに分かるようになるよ」
「で、でも……!」
浮上しながらなのはは叫ぶ。それを見て、彼女は微笑した。
「悔しいけど。多分、貴女しかアイツは救えないと思うの。……私じゃ、アイツを救ってあげられなかった」
「っ……”ルシアちゃん!”」
思わず、なのはは彼女の名を叫んだ。何故か彼女がそうだと、なのはには分かったのだ。それは最初の夢で、彼女の幼少期の姿を見た為なのか。
声の女性は――ルシア・ラージネスは、なのはの声に目を軽く見開き、しかし優しく微笑んだ。
「”なのは”。アイツを、お願い」
それだけ――それだけをルシアは、なのはに告げる。直後、なのはの意識は完全に覚めた。
(後編2に続く)
はい、第三十九話中編2でした。シオンの合神剣技ですが、実は名称変更してまして(笑)
前は麒麟だったんですが、黄龍煌麟へと名前を変えてます。だってカッコイイじゃない!(厨二)
滅多に使われないのが悲しい所(笑)
タカトの苦痛、そしてなのはの夢、後編1、2で一気に明らかとなります。
刮目してお待ち下さい。
ではでは、後編1でお会いしましょう。ではでは。