魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

70 / 118
「彼と一緒に過ごした時間、それは大切なもので。一緒に居て、一緒に歩いて、私はとても嬉しかった。……幸せ、だった。でも、だから分からなかったんだ。伊織タカト、彼がどんな気持ちで私と居たのかを。私は、知らなかったんだ――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第三十九話「幸せにしてあげる」(前編)

 

 首都メッテの夜は、明るい。それが、この世界、ナルガに暮らす人達の共通認識である。

 夜になっても、繁華街近くは昼間の如く光を照らし続けている。その街を巨大な川が通っており、豊かな水源を象徴する為か、街の一角の広場には豪勢な噴水が設えてあった。

 何かの記念に作られたものだろう。巨大な馬に騎士が跨がっている像が、噴水の中央にそびえ立っている。この噴水は絶えず照明で照らされており、また街のシンボルともなっているのか、人通りがやけに多かった。目立つモノでもある為か、待ち合わせにはピッタリとも言えた。

 そんな噴水の麓に、黒衣の青年が一人で座り込んでいる。

 伊織タカトだ。しかし、その姿は昼間のような私服では無い。戦闘用のバリアジャケットを、既に着込んでいた。その姿が表すのはただ一つの意思。則ち、戦闘の意思であった。

 

 ……さて。

 

 そんな意思を欠片程も表さず、タカトはボーと噴水の下に佇む。そして、ナウル川の方に目を向けた。

 広大なナウル川の上空には、巨大な影が街の光に照らされて映っている。

 ストラ側の次元航行艦だ。そこに今、向かっている筈の女性の事がふと頭に浮かび苦笑した。

 何故、このタイミングで思い出すのか、そんな自嘲である。

 ――理由は分かってる。ホテルを出る前に約束”させられた”事が原因だ。

 

 ……面倒な事を約束させられたものだ。

 

 そう、思う。しかし、タカトの顔は呆れたようでありながらその実、何故か楽しそうな表情であった。

 話しはつい、三十分程前にまで遡る。

 

 

 

 

「……よし、では行くか」

 

 ホテルの一室。そこで、タカトは黒のバリアジャケットを身に纏う。時間は既に、夜の八時。タカトが街で一騒動を起こすと決めた時間まで、あと僅かであった。

 私服から黒のバリアジャケットへと装束を変えたタカトは、既に表情から感情が抜け落ち始めていた。それは余計な感情を削ぎ落とし、意思そのものを戦闘用へと切り替えている証拠である。

 そんなタカトを、なのはが固い表情で眺めていた。……なのはは、タカトのこの表情があまり好きでは無かった――否、嫌いと言っても過言では無い。視線に気付いたタカトが苦笑する。

 

「何か、言いたい事がありそうだな?」

「……そんな事、無いよ」

 

 そっぽを向いて、ぽそりと答える。……少しして、ちらりとタカトに視線を戻した。

 タカトはストロークの長い呼吸を繰り返し、繰り返し続ける。その度に感情が削げ落ち、戦意が研ぎ澄まされて、まるで刀のように呼吸をする度に打ち、鍛えられて行く。

 まるで違う人格に切り替るようであった。それを、たった二日とは言え、”普段”のタカトを知った、なのはは複雑な感情を覚える。

 ……何故か、それが凄く嫌な事だと思った。それが、タカトの”本来の在り方”なのだとしても。

 

「……無理、しないでね?」

 

 タカトを見ていると、自然にそんな言葉が滑り出た。タカトはその言葉にキョトンとなる。

 そんな表情に、なのははホッとする。……まだタカトの心は此処(日常)にあると、そう思えたから。そんななのはに、タカトは微笑する。

 

「さっき言ったと思うが、怪我人のお前に心配される程落ちぶれてはいない」

「……でも」

 

 一人、だし。

 

 そう言おうとして、彼が元々一人で戦い続けていた事に気付いた。彼にとってはこれが”当たり前”なのだ。一人で戦い抜く事が。

 

「……まぁ、確かに、俺一人ならば”向こう”が心配と言うのも分からないでも無いがな」

「……どう言う事?」

 

 小さく呟いたタカトの一言。全くの検討違いの一言ではある、が。内容は決して聞き逃せるようなものでは無かった。タカトも、疑問符を浮かべる。

 

「む? てっきり向こうの命の心配をしてるとでも思ったんだが」

「それって――」

 

 その台詞にタカトが何を言おうとしているかを、なのはは悟った。目を細めて、タカトを睨む。

 

「……ダメだからね? 誰も、その、殺したりなんかしたら」

 

 殺したりの部分で言葉に詰まりそうになるなのはに、タカトは溜息を吐く。……何となく、そう言われそうな、そんな気はしていたのだろう。視線を、逸らした。

 

「――俺の戦い方は、”見敵必殺”が信条なのだがな」

 

 見れば即ち死ぬ。つまり、相手に全力を出させずに――否、戦う事すら許さずに確実に殺す。それがタカトの本来の戦い方である。

 なのはの”全力全開”とは正に真逆方向の信条であった。

 戦場で、相手の命を奪わないで置く。言うは易かろうが、その行為、そのものこそが、”そこ”に置いては致命的な弱点と成り兼ねなかった――だが。

 

「それでも、ダメ」

 

 なのはは、あくまでも首を頑と横に振る。……人死にを出したくは無い。それは当然に在る。

 しかし、それ以上に。タカトに人殺しをさせたくなかった。……人殺しなんかを、してほしくなかった。

 例え、それが、タカトの本質なのだとしても。

 暫く両者の瞳は沈黙と共にぶつかり合う。無言での、互いの意思のぶつかり合いである。睨むでも無く、ただ見る。そんなぶつかり合いの果てに、折れたのはタカトであった。深く嘆息し、両手を参ったと上げる。

 

「このままでは行けそうもないな。……殺さなければいいんだな?」

「あ……その、出来たらあまり酷い事もしないで欲しいな――拷問とか」

「……俺は、そんなにしょっちゅう拷問しているように思われとるのか」

 

 内心、なのはの言葉にショックを覚えるタカトだが、今更である。

 St,ヒルデ学園でタカトがやらかした行為を思えば、なのはの心配は当たり前と言えた。

 苦笑し、ややあって頷く。そんなタカトに、なのはが左手の小指を差し出した。

 

「なんだ……?」

「指切り。ちゃんと、約束しよ?」

「……俺はそこまで信用無いか」

 

 カクッと肩を落とすタカトに、なのははクスクス笑う。今のタカトは、明らかに普段通りのタカトへと戻っていた。

 ヴィヴィオが懐き、ユーノが友と想い、シオンが兄と願う。そして、なのはが――。

 タカトが、なのはへと歩み寄る。二人の左の小指が絡まった。

 

「ゆ〜〜びき〜りげ〜〜んま〜〜ん、う〜〜そつ〜〜いた〜〜ら、は〜〜り、せ――じゃ、タカト君には少ないよね」

「コラ待て」

 

 歌の途中に挟まれたなのはの台詞にタカトが半眼でツッコむ。しかし、なのはは構わず、指切りを再開した。

 

「うん。じゃあ、う〜〜そつ〜〜いた〜〜らは〜〜りお〜〜く(億)ほ〜〜んの〜〜ます♪」

「……億か。それは、流石に死ねるな」

 

 万を飛び越えて、億な辺りが非常になのはらしい。苦笑するタカトに、なのはは微笑み、指切りの最後を告げる。

 

「「ゆ〜〜び切った!」」

 

 なのはの声に、タカトの声も重なる。不殺の約束。それが、ここに交わされた。二人は小指を互いに差し向ける。

 

「……俺は誰も殺さんと誓おう。だからなのは、お前は戦うな。これを誓えるか?」

 

 タカトは誰も殺さないと誓い。なのはは戦わないと誓う。

 それは、神聖な儀式のように思えた。

 タカトの言葉をゆっくりと反芻し、やがてコクリと頷く。タカトはヨシと微笑して頷いた。

 

「約束だ。忘れるな?」

「そっちも約束、忘れないでね?」

 

 迷い無く互いに頷く。直後、一気にタカトの顔から表情が消えた。

 

「――時間だ」

 

 呟くなり、立ち上がる。そのまま、真っ直ぐに歩くと部屋のドアをキィっと開いた。

 なのははそれを見送り、そして。

 

「また後でな。なのは」

「うん。タカト君も、頑張って」

 

 気をつけて、では無い。頑張って。それは心配では無く、応援であった。

 タカトは左手の小指を立てつつ、腕を振るう。そのままドアを出て、迷う事無く歩き始めた。

 

 戦いを開始する為に――。

 

 

 

 

 噴水前で自分の小指を見て、タカトが苦笑する。

 よくもまぁ、あんな約束を取り付けられるものだと――よくよく考えればヴィヴィオのお願いも、ほとんど無条件に聞いていた気もする。

 自分は案外、女性の頼み事に弱いのかも知れない。そんな、今更の事をタカトが思っていると。

 

「漸く、お出ましか」

 

 広場の入口から、ぞろぞろと物々しい男達が入って来る。二十人くらいか。男達は、揃って管理局の標準的なバリアジャケットを纏っていた。そんな物々しい連中に、憩いの場が慄然となる。カップルや、家族連れの市民が一斉に広場を離れ始め、噴水を中心とした広場は一気に静寂を生んだ。

 バリアジャケットを着込んだ一団は、それにも一切構わずタカトまで歩く。やがて、座り込むタカトを見下ろす形で男達はタカトを囲んだ。

 

「ツァラ・トゥ・ストラ警備課の者だ。昼間、市街で騒動を起こしたのは貴様だな?」

「人違いだ。と、言ったならばどうする?」

「これより、貴様を我等の反逆者として連行する」

 

 無視か。そうタカトは苦笑する。男達は最初から会話をする積もりは無いらしい。つまりこちらの言い分は全て通らない。

 クスリとタカトは微笑する。男達の態度は、寧ろ好都合であった。

 

「重ねて言うぞ。貴様を連行する」

「じゃあ、俺からも言おうか? ”それ”が出来ると本当に思っているのか?」

 

 問いと同時にタカトは不意に立ち上がった。……何の挙動も見せずにだ。どうやって立ち上がったかも分からないのだろう。男達は揃って目を丸くする。タカトは構わず、一歩を前に進み出た。

 目の前に立っていた男――こちらに先程から何やらを言っている男だ――の前に立ち、正面から軽く胸を指で突く。それは、心臓の部位だった。

 

「理解しているか? この指が刃物ならば、ここでお前の人生は終わっている。終わり、終わりなんだ。こんなにもアッサリとな。”その様”で、俺を捕らえられると?」

「――ッ!? だ、黙れ!」

 

 タカトの言葉を理解したのだろう。男達は一斉に、デバイスをタカトへと構える。

 抵抗したのだ。少々痛い目に合わせても問題無い! それが男達の考えだった。

 

    −撃!−

 

 ――直後に、十人程が空を舞わなければ。

 

「……は……?」

 

 ポカンとする。一体、何が起きたのか理解出来なかったのだ。

 ……気付けば仲間が空を舞っている等、理解出来る筈が無い。タカトは拳をアッパーカットのように、突き上げていた。男達をその体勢のまま、睥睨する。

 

「離れていた方がいいぞ? 無理にとは言わんが」

 

 直後、その姿が消えた。それにも、男達は訳が分からず目を白黒させる。

 あの一瞬で、どこに行ったと言うのか?

 

「こっちだこっち」

 

 そんな男達に、頭上から呆れたような声が降ってきた。他でも無い、タカトだ。

 彼は噴水の像の上に立っていた。苦笑し、上を見る。

 男達も釣られてそちらを見ると、ちょうど空を舞った男達が落ちて来る頃だった。何秒かの滞空の末、重力に従い男達は地面に叩きつけられる。

 痛みに絶叫した。だが、叫ぶ事が出来ると言う事は生きているし、意識もちゃんとしてあると言う事である。タカトは、なのはとの約束を律儀に守っていた。

 

 針億本は、怖いしな?

 

 そう、苦笑する。

 

「――さて、では。こっちは盛大に派手な花火を上げるとしようか!」

 

 叫びと共に、タカトが振り上げた右足が綺麗な半月を描き、頭上に持ち上げられた。直後、ボンっ! と炎を纏う。瞬間で収束、圧縮された炎はその威力を蹴りの一打に凝縮する。タカトは、それを一気に振り下ろした。足下の噴水の像、それへと。

 

「天破紅蓮」

 

    −轟!−

 

 噴水を中心に、炎の柱が天地に突き立つ。それは、噴水をまるごと”焼滅”させた。”爆砕”では無い、”焼滅”である。

 天破紅蓮は、噴水をその下、地下数Kmの地面ごと”蒸発”させたのである。

 その”余波”に煽られ、男達が纏めて薙ぎ倒される。そして見た。

 炎の柱を物ともせずに悠々と歩くタカトの姿を。

 彼は、倒れ伏す男達を睥睨し、やがて一言を呟いた。

 

「――少し、派手過ぎたか?」

 

 そんな、そんな一言を、圧倒的な破壊力をぶち撒けたタカトは、微笑と共に呟く。

 メッテでの戦いは、こうして始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第78管理外世界。ツァラ・トゥ・ストラに寝返った元管理局提督、ビスマルク・ロレンツは自身の次元航行艦『シュバイン』の艦長席に座り、三隻からなる艦隊を指揮していた。

 目指すのは第97管理外世界『地球』である。この世界に留まっているのは、地球にある『グノーシス』と言う組織に、要求を打診している為だ。

 自分達が追う管理局の次元航行艦、アースラを引き渡すようにと。

 当然、グノーシスがアースラを匿ってあるなどと言う情報は何処にも無い。ただのでっちあげである。

 ビスマルクはしかし、あえてこの策を使った。――ストラの指導者たる、ベナレスに報告もせずに。その理由は至極簡単であった。同じ提督でありながら自分よりもグリムをベナレスは重用している。

 ただ、それだけ。つまり、彼は功を焦ったのだ。グリムに対する妬み、ただそれだけで。

 つまり、ビスマルク・ロレンツと言う男は、野心家であるにも関わらず、それに見合わない小物であった。ただ、それだけの話しだった。

 ……そんな事で狙われる地球や他世界からすれば大迷惑だが。こう言った人物が、他人の迷惑を省みる筈も無かった。

 

「提督。三度目の通告ですが、依然、向こうは沈黙を続けています」

「だろうな」

 

 フン、と鼻息も荒く、笑いながらビスマルクは頷く。実際、アースラはいないのだろうが、こちらは居ると決めつけて、引き渡しを要求しているのである。

 引き渡そうにも、その物自体が無ければどうしようも無かった。

 ――実際は、トウヤが『ああ、無視しておくように。こちらに転移してくるなら潰すだけだよ……と、言うか”忙しい”から一時間程はこちらに通信を寄越さないでくれたまえ』等と言っている訳なのだが、そんな事、ビスマルクが知る筈も無かった。

 

「よし、グノーシスは再三に渡るこちらの要求を無視した。故にこれを敵対行動と見なす。――各員、次元航行用意! 地球に進攻する!」

《了解!》

 

 管制官並びに、他の艦からも答えが返って来る。それに満足気な笑いをビスマルクは浮かべ、しかし。

 

「これは……?」

 

 管制官の一言に、眉を潜めた。これから地球に向かおうと言うのに、何か異常でもあるというのか。

 

「どうした? 何かのトラブルか?」

「いえ……ただ艦にクロスする軌道で2m程の岩塊がこちらに来ていまして、スクリーンに出します」

 

 その言葉と同時に、ウィンドウが展開する。そこには確かに2m程の岩塊が三つ、艦隊に向かってきていた。

 それも、かなりの速度で。

 艦との相対距離は300(3Km)程か。今、艦隊が居るのは無重力の宇宙空間である。近くには、少惑星群帯もあるのだ。多少の岩塊が飛んで来ても別におかしくは無い……速度は早過ぎるが。

 

「如何しましょう? フィールドがあるので、衝突しても大した損害は無いと思われますが……?」

「なら放っておけ! このような瑣事に構わず、次元航行準備を開始しろ!」

「了解です」

 

 下らぬ事で報告してくるなと苛付きながらビスマルクは答える。せっかくの気分に水を差された感覚だった。

 艦長席に座り直したビスマルクは、準備完了の報告を待とうとして。

 

「あ、あれ……?」

 

 またもや管制官から上がった声を聞いた。苛立ちを更に強めながら立ち上がる。

 

 ――次も下らぬ報告ならば更迭してくれる!

 

 そう、思いながら。

 

「今度は何だ!」

「エネルギー反応! 大きい……推定Sランク!」

「は……?」

 

 今度こそ予想外な答えに、ビスマルクが呆然となる。何が、どうやって? そんな風に混乱している間にも、管制は報告を続ける。

 

「エネルギー反応は、先程の”岩塊”の一つからです! ……岩塊の一つ、”停止”!?」

「ど、どう言う事だ? 岩塊が一人でに停止する筈が……!」

「分かりませ――」

 

    −轟!−

 

 直後。激しい光の一打が、艦に突き刺さった。それは、艦の中腹に直撃し、アルカンシェルを破壊。衝撃が艦を盛大に襲う。立ち上がっていたビスマルクは堪らず転げた。

 

「な、何が……?」

「攻撃です! エネルギー砲撃が直撃! アルカンシェル、主砲、沈黙! 艦の主兵装、四割が使用不能です!」

「……こ、攻撃?」

 

 馬鹿な……? 一体、誰が?

 

 混乱の極みに陥ったビスマルクは疑問符を飛ばす。しかし、今必要なのは混乱する事では無く、毅然とした指揮である。だが、予想外の攻撃に混乱するビスマルクを始めとしたブリッジクルーにそれは無理な話しであった。

 

「岩塊二つが更に”加速”!? 何だこの岩塊は!?」

「エネルギー反応、更に増大! 岩塊を再びスクリーンに出します!」

 

 管制官が混乱しつつも己の仕事を全うする。ウィンドウが再び展開し、岩塊が映って――いなかった。

 そこには、岩塊はどこにも無く、茶の髪の少女が巨大な砲塔を構えていた。砲塔の砲口には、既に光が収束し、今か今かと放たれる事を待っているとばかりに光り輝いている。

 漸く立ち上がったビスマルクは、その少女を見て愕然とする。あの少女は――!

 

「データ照合! アースラ所属、N2R4! ディエチ・ナカジマです!」

「元ナンバーズ!? いや待て、アースラ所属と言う事は……!」

「エネルギー反応増大! 第二射、来ます!」

「ッ――!」

 

 ビスマルクが最後まで言う前に、ウィンドウに映る少女。ディエチの口がポソリと何かを呟き、光砲の第二射が放たれた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《IS、ヘヴィ・バレル》

 

    −轟!−

 

 虚空で巨大な砲塔。イノーメス・カノンを構えるディエチがぽつりと呟くと同時に、砲口に収束していた莫大なエネルギーが放たれた。

 それは宇宙空間を一気に突き進み、先に光砲を叩き込んだ艦から向かって右の艦に直撃する。

 今度も、中腹――アルカンシェルを狙い違わずに直撃。同時に、主砲も沈黙させた。

 

《ッ……! ッ……! いいわよ、ディエチ。後もう一つの艦もお願い。……アルカンシェルと、主兵装を黙らせて》

《うん、了解。……ティアナ、キャロ、大丈夫?》

 

 響く念話に、ディエチは答える。ティアナは息も絶え絶えに返事を返した。

 

《アンタの分は解いたし、クロノ提督とエリオの分も、もう少しで解くしね。大丈夫よ》

《はい。ディエチさんも気をつけて》

 

 キャロからも、念話が返って来る。それに頷くと、ディエチは再びチャージ開始した。今、ティアナはシルエットを五人分も維持していた。ブーストを掛けているキャロと共に。

 ただでさえ、魔力消費の激しいフェイク・シルエットである。それをブーストしているとは言え、五人分。しかも、遠距離からで行っていた。二人の消耗は推して計るべきであった。だが――。

 

《ここまで簡単に接近出来るなんて。凄いね、ティアナ》

《……向こうが間抜け過ぎるのよ》

 

 ディエチの念話に、ティアナが苦笑の混じった答えを返す。ディエチと艦の距離は、約150(1.5Km)と言った所まで狭まっていた。

 いくらディエチの限界射程距離とは言え、これ程接近出来たのは、やはりティアナの力量に依る所が大きい。この強襲作戦で最大の障害は、いかに艦に接近するかにあった。下手に近寄ってもアルカンシェルで一撃である。もし、ある程度接近出来たとしても、各種艦の主兵装が黙っていない。所詮は射程が違い過ぎるのだ。機動部隊が艦隊戦に使用されないのは、この辺の事情がある。

 故に、ティアナのシルエットでこちらの攻撃が届く範囲まで接近し、最初に艦の兵装を沈黙させた。

 これが今回の強襲作戦に於ける最優先事項であった。

 

《艦の兵装を黙らせたら、向こうは機動戦力を出して来る筈よ。ディエチはクロノ提督と、エリオの援護射撃を宜しくね》

《……了解》

 

 コクリと念話に頷く。そして、イノーメス・カノンのチャージが完了した。狙いは、向かって左の艦、その中腹にあるアルカンシェルと、主砲!

 普通ならば1.5Kmもの狙撃は大気等の障害となる物がほとんど無い真空間であっても不可能である。

 しかし、戦闘機人であるディエチにはそれを可能とする性能、機能があった。

 

 射角計算……よし。

 エネルギー減衰率計算……よし。

 弾道予測……よし。

 

 それ等全てを、”視て”計算し尽くす。緻密な計算、情報を処理していく。その間、たったの一秒弱。高速思考を得意とするなのはにすらこれは出来ない。

 まさに戦闘機人としての面目躍如であった。

 

《全状況よし。IS、ヘヴィ・バレル。……発射》

 

    −轟!−

 

 三度、イノーメス・カノンが光砲を轟かせる!

 激烈な一撃は、迷う事無く宇宙空間を突き進み、今度も狙い違わず目標を撃ち抜いた。

 ――そして、三隻の次元航行艦隊は事実上、その兵装を沈黙させられた。

 これより、アースラの強襲作戦は、第二段階。

 フェイズ2、機動部隊戦に移行する――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わって、メッテの街。そこで、タカトは暢気に歩いていた。左手に対流する水糸を弄びながら。

 それだけを見れば、タカトが戦闘の真っ只中に居る等、誰も分からないだろう。しかし、事実としてタカトは戦闘中であった。誰も近寄れないだけである。

 タカトの天破水迅。それによって、ストラの魔導師は、全く近寄れ無いのだ。

 この天破水迅は激烈な水圧によって束ねられた水糸を操作し、敵対者を切り裂く技である。射程はおよそタカトの認識限界距離であるとされており、”2年前の段階”でおよそ2Kmとされている。威力はAA+相当であり、強固な防御障壁で無ければ防ぐ事すらも敵わない。

 だが、この技の恐ろしさはそこには無い。その範囲に置いて、細胞剥離等の緻密作業を行える精密操作に、その恐ろしさはあった。水糸の一本一本が、タカトの指のようなモノである。

 その技には、一般市民と敵の区別なぞ造作も無く行え。また、市民を盾にしようなどと言う輩は、真っ先に水糸の餌食となった。

 そんな技を展開された時点で、ストラはまともな攻撃も出来ず、隠れる事すら出来なかった。ただ射程範囲外まで逃げて、応援を呼び、人海戦術を行うしか無かったのである――が。

 肝心の水糸の数に、限りと言うモノが無かった。

 この射程内に於いて、量はともかく、水糸の数は無尽蔵のようなものである。数を頼りにする者達にとって、これ程厄介な技も無い。

 静謐に。ただただ静かに、ストラの魔導師達は壊滅に追いやられつつあった。

 

 ……これで二百程度、か。

 

 戦闘不能に追いやった魔導師を数えて、タカトはフムと頷く。この時点で、この世界に於けるストラ側の魔導師部隊は壊滅したも同然であった。

 ガジェットや、因子兵は出て来ていない――当然である、この世界には”一体足りとも無いのだから”。

 タカトが昼間に四次元ダストシュートに叩き込んだ男の情報によれば、ストラはこの世界にガジェットや因子兵を持ってきていない。艦に駐留している魔導師、そして現地調達した志願兵でその戦力を補っていたのである。

 ……理由は不明だが、どうにも本局前でタカトがガジェットと因子兵を壊滅させたのが間接的な原因らしい。

 つまり、支配した世界に機動戦力を配置出来る程、ストラの戦力には余裕が無いのである。

 ストラの目的は全次元世界の制覇にある。故に、ガジェットや因子兵は抗戦を続ける世界に投入されていたのだ。

 原因であるタカト自身、これは予想外であったが。どちらにせよガジェットや因子兵も水迅とは相性が悪い為、タカトにとってはあまり意味が無いとも言えた。

 

 ……さて、向こうの戦力も削りに削った。そろそろ、なのはと合流するか。

 

 そう思い、水迅を解除しようとした。瞬間。

 タカトの全身に刺さるような殺気が叩き付けられた。タカトは一瞬の判断で水迅を解除、更に縮地、一種の空間転移で後退する。

 

    −撃!−

 

 −撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃、撃−

 

    −撃!−

 

 転移した直後、タカトが居た地点に豪雨の如く銃弾の雨が降り注いだ。

 ――そう、銃弾である。鉛の、魔法文化では禁止とされた質量兵器。

 辺りに漂う硝煙の臭いといい魔法反応が無かった事といい、間違い無くこの攻撃は火薬を使用した銃であった。

 

「Ho、HO、Ho、Ho――――!」

「む……?」

 

 叫びが頭上より聞こえ、タカトが視線を上に向ける。そこには、街灯による光に照らされながら、空より舞い降りる2m程の巨躯の男が居た。

 筋骨隆々の体に、黒の全身タイツ。頭をすっぽりと覆うようなバイザーを頭に付け、両腕の手首から肘までには、何故かドラムのようなモノがついていた。

 タカトはそれを一見しただけで正体を見切った。あれが、先の銃弾を吐き散らしたモノだと。

 

 重機関散弾銃。高連射性の機関銃をベースに、使用弾薬を全て散弾銃のものへと換装した特殊な銃である。ドラムのように見えたのは、全てマガジン――ドラムマガジンと呼ばれる物――で、あった。

 成人の男性でも、まともに扱えきれるようなモノでは無い。反動に耐え切れる筈が無いからだ。それを両手に装着して使っている膂力も凄まじいが、何よりタカトを驚かしている事がある。

 自分にここまで接近してのけた事であった。それは、取りも直さず水迅を潜り抜けたと言う事である。

 

 ……何者?

 

 そう思うタカトを他所に、男は地面に着地。バイザーで覆われた目をタカトに向けた。

 

「手前か? たった一人でウチの連中を壊滅させたとか言う化け物はよ?」

「……さてな? だが、そうだとしたならば、どうする?」

 

 あえて挑発するかのようなタカトの台詞に、男は獣じみた笑いを浮かべる。両手をタカトに差し向けた。

 

「散りやがれ」

 

    −轟!−

 

 両の手から戦車ですらも紙葛のように撃ち抜く散弾が再び雨の如く放たれた。それは迷い無くタカトへと突き進み――。

 

「――お前には無理だ」

 

    −撃!−

 

 ――天破疾風。暴風を詰め込んだ拳の一打が散弾の全てを粉砕。丸ごと彼方へと消し飛ばした。

 だが、男はそれを見ても笑う。くっくっく、と楽しそうに、楽しそうに。

 そんな男に、タカトは右手を差し向けた。

 

「……礼儀として、一応は聞いておこうか。名は?」

 

 問い掛ける。それに、やはり男は笑いを顔に張り付ける。両手をタカトに向け続けながら。

 

「ゲイル・ザ・ファントム。”第二世代型の戦闘機人”。そう言や、分かるか?」

 

 おどけたように、そう答えた。だが、タカトは全くの無表情のまま、一歩を踏み込む。

 

「知らんな。興味も無い」

「ケッ……! 世間知らずが。なら、その身体に単語を直接刻んでやるよ――!」

 

 咆哮と共に男――ゲイルが、一気に飛び出す。両手の重機関散弾銃をタカトに撃ち放とうとして。

 

「何度も言わせるな。貴様には無理だ」

 

    −撃!−

 

 それより速く、タカトが懐に飛び込んでいた。同時にゲイルの鳩尾へと肘を埋め込みながら。

 だが、ゲイルは未だ止まぬ笑いを顔に張り続ける。

 メッテでの戦いも、ここに第二局面を迎えたのだった。

 

 

(中編1に続く)

 

 




はい、いよいよ反逆編も大詰めです。第二世代型戦闘機人なんぞが出ましたが、テスタメントなんで気にしちゃダメです(笑)
しかも男でマッチョ。スカさんが泣くぜ(笑)
そんな第三十九話、お楽しみあれ。ではではー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。