魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
暗い、暗い室内。明かりが消えた世界で、先生と教え子は無言で対峙する。
フェイトとシオンだ。二人は互いに睨み合いながら、真っ直ぐに互いを見ていた。
しばらくして、フェイトが立ち上がる。そうして見ると、シオンより若干背が低いフェイトだが、目線はあまり変わらない。
二人は同じ高さとなった目線で互いを見据えた。と――。
《《シオン!》》
外から念話がシオンに届けられた。スバルとティアナだ。恐らくエリオかキャロが呼んだか。シオンは視線をフェイトに固定したまま、念話を繋ぐ。
《お前らか。エリオとキャロも扉の前に居んのか?》
《そうだけど……! シオン、いきなりフェイトさんの部屋に押しかけるなんて!》
《そうよ! キャロがめちゃめちゃ慌てて念話寄越して来たわよ。何やってんのよアンタは……!》
呼んだのはキャロか。それだけをシオンは確認し、頷く。
《ちょうどいいや。お前達も入れ……フェイト先生に話しをするから》
《いや、だから。今のフェイトさんは――》
《いいから入れよ。お前達にも関係ある事だから》
そこまで告げると、シオンは一方的に念話を切った。扉の前で少しざわつく気配がし、少しの間をもって、四人もフェイトの部屋に入って来た。
「お、お邪魔します……」
「……すみません、失礼します」
それぞれ、一言フェイトに告げる。同時、彼女を見て言葉を失った。
正確には、シオンを睨むフェイトを見てだ。彼女は、シオンを殺気すら孕んで睨んでいた。
「役者も揃いましたし、続けましょうか。フェイト先生」
「何を続けるって言うの……?」
「貴女への、説教です」
きっぱりとシオンは言う。フェイトは、それに顔を歪めた。
キャロやエリオ、スバルやティアナの前で説教をされる。それ程、屈辱的な事も無いだろう。
シオンも、それは分かっている。しかし、どうしても”今”の四人が必要であった。”今”のフェイトには。
「……俺の話しはさっきも言った通りです。いつまで引き篭っているつもりですか? 甘えるのもいい加減にして下さい」
「シオン!?」
「ちょっとアンタ! 言い過ぎよ!?」
あまりに辛辣な物言いに、スバルとティアナが悲鳴のようにシオンへと叫ぶ。しかし、シオンは構わない。
「恥ずかしく無いんですか? スバルやティアナ、エリオやキャロだって、今のアースラの状況でちゃんと仕事してます。……戦ってます。なのに、貴女はこんな所で引き篭ってる。知ってますか?」
フェイトはシオンの言葉に、背後の四人を見て悲しそうな、申し訳なさそうな表情となった。だが、それにすら構わず、シオンは更に畳み掛け始めた。
「はやて先生はシグナムやヴィータさんの事があっても……なのは先生の事があっても。ほとんど休まずに艦長の仕事をしてます。泣く事も許され――いや、自分に許さないで、艦長席に座っています。……何故だが分かりますか?」
「…………」
シオンの言葉に、フェイトは無言で視線を戻す。再び、視線が交差した。
「泣いても無駄だって、分かってるからですよ。四人もそうです。嘆いても、悲しんでも、なのは先生は帰って来ないって分かってるんです。何で、それが貴女に出来ないんですか……!」
語尾が若干荒くなる。怒りでだ。そんなシオンに、しかしフェイトは負けじと睨み返した。
「……シオンには、分からないよ。大切な人を失った事が無いから」
フェイトだって分かっている。今、必要な事はなんなのかくらいは。でも、駄目なのだ。
「シオンに分かる!? 悲しくて、悲しくて、悲しくて! どうしようも無いんだよ。私だって、泣きたくなんて無いよ。部屋に引き篭っていたくなんてないよ! でも、それでも、動けないんだ。足は動いてくれないんだ! 皆に迷惑掛けてるのも分かってる! エリオやキャロや、皆、皆が心配してくれてるのも……! それでも……それ、でも……」
一気に、シオンへと感情をぶち撒け、涙を流しながら叫ぶ。
だが、シオンはそれに対してすら真っ向から見据えた。
「知りませんよ。分かりたくなんて、ありません。そんな泣き言なんかは」
「……っ!」
フェイトはシオンの言葉に、涙を浮かべたままに再び睨む。背後の四人も批難の目をシオンに向けた。何で、そんな事を言うのかと。
「……その上で、貴女に俺はこう言いますよ。何で貴女は、なのは先生を信じられないんですか?」
「え……?」
シオンの言葉に、フェイトは呆然となる。それは、あまりにも予想外の言葉だったから。そんなフェイトを、シオンは睨み続けた。
「なのは先生とフェイト先生の話しは、少しだけですけど聞いた事があります。幼なじみ、だそうですね?」
「……うん」
訝しみながらフェイトは頷く。そう、大切な幼なじみで親友だ。
ずっと一緒に居続けた大切な。だから、こんなにも――。
「その貴女が、どうしてなのは先生が死んだとか思うんですか? どうして、あの人を信じられないんですか?」
「っ……!?」
シオンの言葉に、フェイトは殴りつけられたような衝撃を受けた。まるで、ハンマーで頭を殴られたかのように。
シオンの言葉は、それ程のショックをフェイトに与えていた。
「前も言いましたよね? なのは先生は必ず帰って来る。そう約束したと。それまでアースラを俺やスバル、ティアナに守って欲しいと言ったと。……俺も勘違いしてました。なのは先生は、皆を守って欲しいと言ったんであって、それは外敵だけを指してる訳じゃ無かったんだ」
そう、今にして思えば、最初っから、なのははこの事をシオン達に託したのかも知れない。
私は大丈夫だから、あまり心配しないように、そう伝えて欲しいと。
……信じて欲しいと。その事を。だから。
「フェイト先生。少なくとも後ろの四人は、なのは先生の生存を信じましたよ」
「…………」
フェイトは呆然としたまま、シオンから背後の四人に視線を移す。それに、スバルやティアナ、エリオやキャロは、少しの間を持って、同時に頷いた。
「……フェイト先生。俺は、なのは先生に会ってから二ヶ月しか経ってません。スバルやティアナ、エリオやキャロだって貴女程、あの人と付き合いが長い訳じゃない。……でも、信じてるんです。あの人を、”信頼”してるんです。生きてるって」
気付けば、シオンはもうフェイトを睨んでなんかいなかった。真摯に、真っ直ぐに見続けるだけである。自分に視線を戻したフェイトを。
「だから、あの人を信じてあげられませんか? 生きてるって」
「……なのはが、生きてる……?」
呆然と、ただただ呆然とフェイトはシオンの言葉を繰り返す。それに、シオンはしっかりと頷いた。
「……確証も何もありません。でも、俺は断言します。あの人は生きてる」
なのはが生きてる――。
そう思った直後、フェイトは糸が切れたように崩れ落ちた。
「「フェイトさん!?」」
エリオとキャロが、それに驚きの声を上げると共にシオンの脇を抜け、駆ける。彼女を横から支えた。
「フェイトさん。大丈夫ですか?」
「……生き、てる。生きて、くれてるの……?」
「はい。俺は、俺達は。そう、信じてます」
エリオからの声すら聞こえずに呟くフェイトに、シオンはもう一度頷く。
直後、フェイトが唸りと共に再び泣き始めた。エリオや、キャロを抱きしめながら。
「信じる……! 信じるよ。なのはは、絶対生きてるって。私も……!」
「……はい。俺達も、信じ続けます」
フェイトの泣き声と共に呟かれる言葉に、シオンは漸く笑う。
そして、後ろに視線をやると。スバルはうるうると貰い泣きし。ティアナは腰に手を当てて、シオンに微苦笑していた。そんな二人に、シオンも笑って見せる。
暗い、暗い室内に響く泣き声は。しかし、悲しみではなく、確かな喜びを、そこに湛えていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一時間後。泣き続けたフェイトが泣き止むまでシオン達は待った。そして、落ち着いたフェイトが本来の柔らかな笑顔を取り戻した事に、それぞれ笑顔を浮かべた。
「もう、大丈夫、ですよね?」
「……うん」
その問いに意味が無いと分かりつつ尋ねてくるシオンに、フェイトは頷く。そして、万感の想いを込めてシオンに微笑んだ。
「……ありがとう。シオン。それに、エリオ、キャロ、スバル、ティアナ」
「い、いえ。僕は……」
「そんなお礼なんて……」
フェイトの礼に、二人はそう言うが。彼女はそれに首を横に振った。
「そんな事無いよ。二人共、ずっと私よりしっかりしてたよ」
「その、ありがとうございます……」
「……はい」
その言葉に、二人は漸く頷く。それを見て、シオン達も微笑んだ。
「まぁ、確証は無いとか言いながら一つだけ、なのは先生が生きてるって根拠はあるんですけどねー」
『『……へ?』』
シオンがふと漏らした言葉に、疑問の声が五重する。いきなり、何を言い出すのか。
「根拠って……?」
フェイトが皆を代表して問う。シオンはそれに悪戯っ子のように、片目を閉じて見せた。
「……タカ兄ぃですよ。あの人、俺の下半身不随を略奪する前に、こんな事言ったんです。なのは先生とフェイト先生に借りがあるって。何の事だか分からなかったんですけど……フェイト先生、何か知ってるんじゃないですか?」
「え……? あ!?」
そう問われて、即座に思い出した。タカトに、『ありがとう』と言われた、あの日の事を。
「やっぱり何か覚えがあるんですね?」
「う、うん。でも、それがどうしたの?」
確かにあの時、タカトには礼を言われた。借りと言ってしまえばそうかも知れないが――続けて問うフェイトに、シオンは朗らかに笑う。
「いや、あの人は借りを作る事が死ぬ程嫌いな人でして。で、あれで借りを返したとか思う筈が無いんですよね。……他人からして見れば賭けになるかもですけど。俺からして見れば十割当てられる自信があります。なのは先生が危機だったなら、間違いなくタカ兄ぃが助けてますよ」
「タカトが……」
シオンの言葉にフェイトは呆然となる。その予想はしっかりと当たってたりするので馬鹿に出来ない。
「多分、フェイト先生がやばい状態だったら、次はフェイト先生を助けに来るんじゃ無いですかね? あの人はそう言う人ですよ」
「……何て言うか、すごい義理堅いのね」
「負けず嫌いって言うんだよ。アレは」
ティアナに笑いながらそう返す。そんなシオンに、フェイトはそっかと呟いた。
シオンは、なのはの他にも信じている人が居たのだ。だから、これ程までになのはの生存を疑わないのである。
シオンの、自分で恐らくは分かっていないであろうタカトへの想いの片鱗を見て、フェイトは微笑む。
――少しだけ、うらやましいと思った。
「……信用してるんだ? タカトの事」
「信用?」
フェイトの言葉に思わずシオンは疑問符を浮かべ、だが、ふっと笑う。こう言う時に使うのは、それじゃ無い。
それは、トウヤがかつて自分達に言ってくれた言葉だ。
大切な、言葉。それは――。
「違いますよ、フェイト先生。信用じゃありません」
「え……?」
シオンの言葉に、フェイトは不思議そうな顔となる。スバルやティアナ、エリオとキャロもだ。
そんな一同に、シオンは微笑みながら人差し指を立てて、笑う。大切な言葉が口から滑り出た。
「”信頼”です」
にっこりと微笑むシオンに一同呆然となる。
”信じて頼る”。その言葉が、あまりに綺麗なものに思えて。一同にも、その言葉は深く刻まれた。フェイトは、そっかと頷く。
「信頼……か。いい言葉だね」
「はい」
即座に頷くシオンに、フェイトもまた微笑む。ややあって立ち上がろうとして。
「痛っ……」
頬を押さえた。シオンが張った頬だ。それを見て、シオンの顔から血の気が引く。
「……自分でやっといて何ですけど。大丈夫ですか?」
「あ、うん――」
大丈夫だよと言おうとして。しかし、フェイトはくすりと笑った。
それは真面目なフェイトにしては珍しく悪戯っ子的な笑みであった。
「そう言えば、シオンに頬を張られたんだっけ」
「……シオン」
「……アンタ」
「て、ちょっと待て!? アレは止むに止まれぬ事情がだな。それに俺もビンタされてんだぞ!」
フェイトの言葉に、スバル、ティアナが半眼となり、シオンは慌てて弁解した。こう言った事で女性陣を敵に回すとろくな事にならない。そんなシオンに、フェイトは微笑する。
「それは、シオンが嘘吐いたからだよ。だから、私が張られた分がまだだよね?」
「うぐ……!」
嘘を吐いたのは全くの事実なので、シオンとしても何も言えない。
そんなシオンに、スバルとティアナは更に視線の温度を下げる。
「嘘なんて吐いたんだ? なら仕方ないよね」
「諦めて一発喰らっときなさい」
「ぐぬ……ええい! もう!」
二人の言葉にやけっぱちになったのかシオンが前に出ると、頬をフェイトに向けた。
「一発は一発です……どうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
にっこりと笑い、フェイトがぐるりと右腕を回す。そして一歩を踏み込みがてら右手を振りかぶる!
シオンは来たるべき痛みに、きゅっと両目を閉じ――。
――頬に、柔らかな感触を得た。
「……は?」
思わず、閉じていた目を見開く。視界いっぱいにフェイトの顔があり、その唇はシオンの頬に触れていた。
少しの間を持って、ニッコリと笑ったままフェイトは離れた。
「一発は、一発。だよね?」
「は? え? あの?」
いろんな意味で混乱したシオンが疑問符を全開で頭に飛ばしまくる。
なんで? どうして? と、そんな風に。
さっきまで自分に堂々と向き合った少年の態度とは思えず、フェイトはくすりと笑う。固まったままのシオン。そして、同じく固まったスバル、ティアナの脇を抜けて扉に向かって歩いた。
「それじゃあ、ありがとうね、シオン。エリオ、キャロ、行こ? お腹空いちゃった」
「「あ……はい!」」
フェイトの台詞。お腹空いたと言う言葉に、呆気に取られていた二人が笑顔になり、フェイトの後を追う。部屋を出て、食堂に向かった――直後。
『シ〜〜オ〜〜ン〜〜……!』
『アンタって奴は――――!』
『……ハ! ちょっと待て、俺は悪く無い! てか、被害者的立場だと思うんだ!』
『『シオンが悪いに決まってるよ!/アンタが悪いに決まってるでしょうが!』』
『断言かよ!? ふ、二人共落ち着っ……!』
『『天! 誅!』』
ごがん! と、叫び声と共に強烈な音がフェイトの部屋より響く。それに食堂に向かうフェイトはくすりと笑った。
「……ひょっとして、フェイトさん、狙ってました?」
「どうかな♪」
エリオの問いに、フェイトは微笑みながら歩く。
考えてみれば、頬とは言え、男の子にキスしたのは初めてだなと思いながら、フェイトはエリオとキャロと連れだって食堂へと歩き――突如、艦内から鳴り響く低重音を聞いた。
それは、フェイト、エリオ、キャロにとって聞き慣れた音であり、しかし絶対に聞き慣れたくは無い音だった。
……つまりは、アラート。それが、アースラ艦内に鳴り響き続けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
朝――日が昇り、街に光が降り注ぐ。その中で、メッテの街路を男女が二人連れだって歩いていた。タカトとなのはだ。
二人はホテルを出た後、朝食と街の下見を兼ねて出歩いていた。
なのはもタカトも例の如くの変装をしてだ。街は朝も早くから賑わいを見せ、至る所で各店舗が開店している。
そして何より、人通りの多さだ。息詰まると言う程でも無いが、首都に相応しい程には人が多い。その中で、二人は街を見て回っていた。
「……まだ8時くらいだよね? もうこんなに賑わってるんだ」
「ここら辺は大概こんなもんだ。ここの連中は商魂逞しいからな」
なのはの言葉に、タカトが頷く。その目は街の至る所に居る者達の配置を素早く確認していた。
なのはは、タカトの台詞に妙な引っ掛かりを覚える。まるで、ここに来た事があるかのような言い回しである。
「この世界に来た事あるの?」
「と言うより、地球を出てから一年くらいはここを拠点に行動していたんでな」
「そうなの!?」
驚きの事実に、なのはが目を見開く。タカトはそれに、ふっと笑った。
「昔の話しだ。それよりいい加減、飯にしよう。朝食は一日のエネルギーだからな」
「あ、うん」
タカトに促されて、なのはも歩く。ややあって、一軒の店に入った。ファーストフード店のようなものなのだろう。朝食を食べる人で店は賑わっていた。
「ここは?」
「ケバブ。ドネルケバブの店だな。串じゃなくパンに挟んで食べるタイプの」
「へ……?」
さらりと告げたタカトの台詞に、なのはがキョトンとなる。苦笑しながらタカトは席に着いた。なのはもタカトの正面に座る。
「どうする? 何か食べたい食べ方とかあるか?」
「えっと。よく分からないし、タカト君に任せるよ」
なのはの言葉に、タカトは短く了承し。ウェイターを呼び出して手短に注文する。ウェイターはお冷を二人の前に差し出し、注文をメモして一礼しながら下がった。
「何か、手慣れてるねー?」
「さっきも言ったろう? ここはある程度知っている。……まぁ、それは置いておくとしてだ」
苦笑し、そのままタカトは顔は向けずに横に瞳を動かす。なのはもその方向に目を向けた。
「ストラの連中――管理局本局の制服だったが。奴等、かなりの数を街に下ろしてるな。あちこちで警備についてる」
「……うん」
タカトの言葉に、なのはも頷く。まだ朝だと言うのに、本局制服を着た警備の者達がメッテのあちこちで目についた。本局制服を着ていると言う事は、元管理局員か。
「上がまるめ込まれたか、下の奴達も最初から乗り気だったかで対応を考えねばならんな」
「どう言う事?」
ストラ側に管理局員が居る事に、目を伏せていたなのはだが、タカトの言葉を聞いて疑問符を浮かべる。それに、タカトはスっと目を細めた。
「上の連中に付き従っているだけならば、別に対応には困らん。頭を潰して瓦解させてやればいいだけだ。……しかし、下の連中もストラに完全に従っているのならば、相応の行動をする必要がある」
「相応の行動?」
「ああ」
頷きながらタカトは席に置いてある紙ナプキンを手に取る。ポケットからペンを取り出すと、三角形をそこに描き、さらにピラミッド状に段差を描いた。
「これを組織の概要図とする。頂点が上役で、一番下の段が下っ端だ」
言いながら、タカトは一番上と下を指す。一番数が多いのが下段の下っ端で、頂点、一番数が少ないのが上役である。
「さて、なのは。お前ならば、この組織に対してどのように戦う?」
「……そうだね」
紙ナプキンに描かれた三角形を見て、なのはは考え込む。そして、指を一番上に指した。
「……頭を最初に潰して、指揮系統を混乱させる、かな?」
最初に頭を潰して下を混乱させる――定石とも言える手であった。何より、これならば互いの損害を最小に抑えられる。タカトもそれに頷いた。
「成る程な、悪くない。だが、俺は違う」
「え?」
その言葉に、なのはが顔を上げる。タカトは構わずに、指を三角形の底辺に這わせた。
「俺が叩くのは”ここ”だ。組織の一番弱い所、下を徹底的に叩く」
タカトの答えに、なのはが目を丸くする。タカトは彼女の反応に一つ笑いながら続けた。
「こいつらは組織を形勢する上でもっとも主力となる連中だ。数こそ多く、適切に指揮されれば脅威となるが、一人一人だと問題無いレベルでしかない。つまり一対一ならば絶対に負けない連中だ。故に、一対一をただ繰り返していけば、組織は支えを失って下から順に崩れ落ちる」
「……でも、数が違い過ぎないかな? 下から順に潰すなんてキリが無いような」
内心、とんでも無い事をタカトが言っている事を、なのはは察する。
つまり、タカトは一対一をずっとずっと繰り返すと言っているのだ。その組織の上役が出て来るまで。キリが無い。その言葉こそをタカトは一笑した。
「キリが無い? そんなものは言葉のアヤだ。”キリは必ずある”。それが数百回、数千回単位であろうと必ずな。……それに、俺はそう言った手間を惜しまない」
「えっと、つまり?」
内心、こんな出鱈目な考えを持っているタカトが本来は敵である事に背筋を寒くしながら、一応なのはは問う。その話しが今の状況と何が合致するのかを聞く為に。タカトはすぐに頷いた。
「本来なら一人一人、この世界に居るストラの連中”全員”を潰すのだが――時間があまり無いな、とな」
「…………」
半ば分かっていた回答だけに、なのはは頭を抱える。タカトも苦笑した。
「本来と言っただろうが、今回はその手段は使わん。目的は次元転移だしな。出来得るなら荒事は徹底して避ける積もりだ」
タカトの言葉に、なのははホッとする。内心、タカトならば行いかね無いと思ったからだ。恐らく、質の悪い冗談のようなものだったのだろう。タカトも笑っている。
そんなタカトを見て、一緒の席に座って笑い合ってる――それを楽しく思いながら、しかし、なのはの頭にどうしても離れない思いがあった。どうしても問わなければいけない事が。
ちらりとタカトを見上げる。そして。
「……タカト君は、どこまで着いて来てくれるのかな?」
ずっと、ずっと思っていた事を、なのははタカトに問う。いつまで、一緒に居られるのだろうと。
彼は、敵である。管理局にとって、第一級の広域次元犯罪者だ。
今はこうして一緒でも、いつかは必ず離れ、そして敵に戻る。今回はあくまでタカトの性格上、なのはを助けたに過ぎないのだ。
……こんなに仲良くなったのに。
また彼と戦わねばならないかと思うと、正直気が重かった。……戦いたくなかった。
なのはの問いに、タカトは苦笑する。
「一応、俺はお前を助けたと言う義務があるからな。安全な場所に送るまでは付き合う積もりだ」
「……その後は?」
「決まっている」
即答する。苦笑を止めて、真っ直ぐになのはを見据えた。
「賭けを俺は忘れていない。お前はどうだ?」
それはつまり、再び敵対すると言う事であった。その言葉に、なのはは頷く。
「忘れて、無いよ」
「ならいい。約束は、約束だからな。……俺を止めたければ俺に勝つ以外に方法は無い」
そう言いながらタカトはなのはに微笑む。それはシオンに向けたものと同じ、優しい笑みだった。
「だから、気兼ねなぞしてくれるな。お前は止めたいと願い。俺は止まらんと誓う。……戦う理由なぞ、それだけでいいだろう?」
「……うん」
その言葉に、なのはも頷く。それでも、まだ戦いたく無いと思いながら。
しばらくの沈黙を挟んで、漸くケバブが来た。牛肉を挟んだコッペパンに、チリソースとヨーグルトソースがある。それらを掛けて食べながら、だが、なのははずっと、ケバブを意識していなかった。
いつの間にかおかわりをしていたが、全く味は覚えていなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
朝食を終えて、二人はケバブの店を出る。若干の空気の重さを感じながら歩く二人は、しかし当初の目的を忘れない。
街をぐるりと一回りしながらストラの警備状況を確認。次に次元航行艦の配置状況と位置。これも、警備状況を確認する。
その際に店に入り、買い物がてら店員達にストラの人間達がどのように街の人達に接しているかを聞き込む。
それらが終わる頃には既に昼を回っており、いつの間にか空気の重さは払拭されていた。
「……警備状況と、艦の配置状況は何回か確認せんといかんな。毎日同じとは限らん。……出来るならば警備シフトも知っておきたい」
「そうだね。……レイジングハート。記録、お願い出来るかな?」
【はい】
そんな会話をしながら二人は街を歩く。それにしても驚いたのはストラの者達の、市民に対する態度であった。
確かに市民に高圧的に接しているようだが、クラナガンの時のように無差別的な攻撃は行っていないし、むやみな搾取もしていない。
力で支配下に置いている割りには、意外な程に紳士的に振る舞っているとも言えた。
なのは達からすれば、力で占拠なぞと言う暴挙に出たストラは、もっと好き放題していると思っていたのだが。
「どう思う? タカト君」
「さてな。市民に対する行動をある程度制限されているか、下の者達が紳士なのか――前者だと俺は思うが」
実際、タカトは警備についていたストラの者と話した。小突かれて追い払われはしたが、それ以上の真似はされていない。結構しつこく絡んだのにだ。あの態度は、何かを我慢させられていると、タカトは踏んでいた。
そして、最大の疑問点。因子兵もガジェットも姿が見えないのだ。
いくらタカトがストラが所有する戦力の半分を殲滅させたとは言え、これは異常に過ぎる。
「考えてみると、警備も本来は因子兵やガジェットに任せた方がいいよね?」
「ああ」
そう。疲れも知らずに動かせるガジェットや因子兵は、こう言った警備にも力を発揮する。それが、機械に頼らず人に頼っていると言うのもおかしな話しであった。
「使え無い事情があると踏むべきか、温存していると見るべきか」
「どちらにしても、楽観視は出来ないよね」
「ああ」
ちなみに二人は堂々と会話しながら歩いている。これは、タカトが遮音結界を自分達を中心に張っている為だった。
傍から見れば、二人の会話は酷く普通の世間話をしているように見える筈だ。これは術者を中心にして結界を組んでいるので、術者が歩けば結界も同時に動くようになっている。ただ一つ難点があるとするならば、術者からさほど結界を広げる訳にはいかない為、なのはとタカトはくっつくようにして歩かなければならないと言う事か。
平たく言うと、手を繋いだ状態で二人は歩いていた。念話は盗聴の恐れもあるので、こちらの手段を使った訳だが。
「……カモフラージュにはなるか」
「そうだね」
傍から見れば、観光に来て占拠に巻き込まれた恋人のようにしか見え無いだろう。ストラが市民に対して過激な行動を取っていない事が、思わぬ所で助けとなった訳だ。実際、そのようなカップルもちらほら見受けられる。
二人は苦笑しながらメインストリートに出る。店が立ち並ぶ、大きな街路だ。いい加減、昼ご飯にしようと思ったのである。
さて、何にするかを二人は決めようとした――瞬間。
「きゃあ!?」
悲鳴が街路に響いた。結構、大きめの声である。何事かと二人は顔を見合わせ、声がした方へと駆ける。
そこには、四人程の本局制服を着たストラの男達と、地面に倒れ込む少女が居た。
「……おい。これどうしてくれんだよ」
「す、すみません……!」
少女へと詰め寄る男の制服には、アイスがべっとりとついていた。恐らくぶつかったのだろう。典型的な状況と言えばそうなのだろうが、当事者に取ってはそうではあるまい。少女は顔を真っ青にして謝っていた。
だが、男達はニヤニヤと笑いながら、そんな謝罪に応える積もりは無いように見える。
「謝ったらこの汚れ、落ちんのかよ? あぁ!?」
「ひっ……!」
男の一人が怒鳴り、少女はそれに酷く怯える。そんな状況を見て、なのはは歯を食いしばった。
……あんな人達が、元管理局員だなんて!
「おい、なのは。分かってるか?」
「分かってるよ。助けなきゃ」
「……やはり、そうなるか。俺が言いたいのはそうじゃない。少しだけ待て」
「?」
怒りに声のトーンが落ちるなのはに、タカトは嘆息。小声で何やら呟き始めた。それに、なのはは疑問符を浮かべる。何をしようと言うのか。
その間にも、事態は進んでいた。男が少女を引き起こし、顎に手を掛ける。
「クリーニング代として、お嬢ちゃんには俺達に付き合って貰おうか。なぁ?」
「や、やだ……」
怯える少女に下卑た笑いを浮かべる男に、なのはの我慢の尾が切れる。レイジングハートを使うまでも無い。ディバイン・シューターを発動しようとして。
「……結界、絶念陣、展開完了。さて」
そんな声がタカトから漏れたと思った、直後。
−撃−
男の一人が盛大に空を舞った。綺麗に、2m程。
『『……は?』』
野次馬も、男達も、少女ですら、ポカンとしてしまった。いきなり人が垂直に飛べば誰でも驚く。当人にとって、それが”撫でる”程度だとしてもだ。
垂直に飛んだ男は、重力に従い真っ直ぐに下に落ちる。そこには、やけにいい笑顔を浮かべている青年が居た。つ詰まりは伊織タカトが。落ちて来た男に右の拳を持ち上げて。
「ぬ、ん!」
−撃!−
落ちて来た男の顔面に拳が迷い無く突き刺った。
いかな威力がその拳にあったのか。男はその打点を中心にして激しく縦回転。くるくるスピンしながら地面と水平に飛んで行き、向かう先には煉瓦の壁があった。男は勢いが止まらないまま突っ込んでいき。
−びしゃり−
生肉を壁に叩きつけたかのような、生々しい音が響いた。男は壁にしばらく張り付き、数秒の間を待って漸く地面に落ちる。
『『………』』
いきなり引き起きた惨劇に、一同無言。驚きが過ぎて、反応出来無いのだ。
だが、全く固まらない存在が居た。惨劇を起こした当人、タカトである。
彼はいい笑顔を続行し、男達へと歩く。
「よくやってくれたよ、お前達。いや、最近色々あって、ちょうどストレスを発散したくてな? タイミングがよかったと言うか。これも天の思し召しか」
『『はぁ……』』
思わず頷く。そんな男達に、タカトは笑顔を止めない。ストレス発散先が他でも無い”自分達”と言う事にも気付いていなかった。
「ああ、先に言っておくが、ここら一帯に対念話、対魔力反応用に結界を張ってある。応援も何も呼べんし、来ない。つまりは逃げられないからその積もりでな? ……その上でだ」
どっちが悪役なのか全く分からない台詞を吐きながらタカトは歩く。そして、一応の礼儀としてお決まりの台詞だけは吐いた。
「やや。止めないか。女の子が嫌がってるでは無いか。どうしてもと言うならば俺が相手だ――さて」
物凄い棒読みの台詞を吐き、にっこりと笑う。拳を、持ち上げた。
「死なない程度には手加減してやる。……命の他は、諦めろ」
−撃!−
直後、男の一人が今度は垂直に十mは飛んだ。しばらく滞空し、地面に叩き付けられる。ごぎり、と鈍い音が鳴って、ぴくりとも動かなくなった。
数秒の沈黙を挟み――二人の男は即座に逃げ出そうとする。しかし、タカトが放って置く訳が無かった。
「逃げられんと言わなかったか? 天破水迅」
−寸!−
直後、男達が全く動かなくなった。逃げ出そうとした体勢のままで固まっている。タカトはくすくすと笑っていた。見れば、男達の背中に水糸が突き刺っている。脊髄に水糸を打ち込んだのだ。
ゆっくりとタカトは歩き、男達の肩をポンっと叩く。その上で告げた。
「お前達には聞きたい事が山とある。しばらく付き合って貰おう。ああ、隠すと”死なないだけマシ”から”死んだ方がマシ”な目にクラスチェンジするから気をつけろ? ……なのは」
「……は!? な、何!?」
あまりの状況の進み方に、完全に固まっていたなのはが漸く我に返る。タカトは、なのはや一同と同じく固まっている少女を顎で指し示した。
「あの子を頼む。俺はこいつらと少し”話し”がある」
「……本当にお話しするだけ?」
「ああ、勿論」
俺流だがな、とこれは声に出さずにタカトは頷く。そして、倒れた二人にも水糸を巻き付けると四人とも引っ張り始めた。
「さぁ行こうか? 楽しい楽しい”お話し”の始まりだ。……ああ、お前達。ドラ○もんは好きか?」
何気に自分達の”処理方法”を話し、引っ張るタカトに、男達は自分達が最悪の男に捕まったと漸く理解した。
……自分達の人生はここで終わりだと。
男達を引っ張りながら、タカトは街外れに向かって歩いて行った。
(後編に続く)
はい、第三十八話中編でした。さぁ、ついにタカトによる皆大好きアレが始まります、ええアレが(笑)
お楽しみに。ではではー。