魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「いつか言われた事がある。それは、三年前に教えて貰った言葉だ。――信頼と言う言葉を知っているかね? 異母長兄は、俺とタカ兄ぃにそう言った。……俺は、その言葉を忘れていない。だから――、魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第三十八話「彼の信頼」(前編)

 

 暗い、暗い暗い底に堕ちていく。そんな感覚を、高町なのはは得ていた。

 現実では有り得ない。ただ、ただ暗い暗い闇が堕ち行くなのはの前にある。

 

 ……ここは?

 

 疑問符を浮かべながらも、頭の中では何と無しにここが何かを理解していた。……これは、夢だと。

 この前の夢といい今回の夢といい、何か最近、不思議な夢ばかりみるなーと、人事のように思う。

 しかし、今回の夢は何なのだろうか。深い闇にただ堕ちるだけの夢なんて。

 ……縁起でも無いなーと、そんな風に思った、直後。

 

 −EX−

 

 唐突に、”声”が響いた。いきなり響いた声に、なのはは目を見開く。

 

 ……この声は?

 

 まるで頭に直接送られたような声。感覚としては念話に近いか。訝しむように、そう思うと同時、”声”が雪崩て、なのはに降り注いだ。

 

 其は事象概念超越未知存在。■■■■■■■結晶。■のエネルギー化。禁忌のシステム。■■が生み出せし最悪の矛盾。壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ! ■■システム。概念破壊。有り得ない有り得ない有り得ない! ■■=■。精霊。■の封印。真名。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ! ■を滅ぼすモノ。最悪の存在。禁忌の研究。始まりの人。ヒトの可能性。エウロペアの十賢者。ラジエルの樹。善意を知る樹。生命の樹。起源。根源。原始。畏怖。戦争。死。悲しみ。憎しみ。復讐。殺戮。欲望!

 

 ……っ! こ、れ……!

 

 いきなり襲い掛かられた声の羅列に、なのはが顔をしかめる。未だに、降り注がれる”声”。それによる頭痛の為だ。

 マルチタスク――情報処理に長けたなのはの高速思考が、与えられる情報に追い付かない。

 

 ……こんな、の!

 

 ズキリと痛む頭。耳を塞げど、直接頭に響く”声”は防げ無い。あまりの頭痛に、なのはが頭を抱え。

 

《頑張って!》

 

 直後、別の声が響いた。

 

 ……え?

 

 霞む思考の中で、思わずなのはが問い直す。声はそれに応えるかのように来た。

 

《なんでか分かんないけど、貴女と私の”ライン”が繋がってる……! それを利用して、■■■の情報を貴女に送ってるの! ■■の情報は送れ無いかも知れないけど。■■■の”本当の目的”については教えられるかも知れない……!》

 

 響く声は、ただただ、なのはに語り掛ける。……何の情報だと言うのか。

 

《■■■は■■を……! て、これも検閲対象!? あの、バカ! きっちりし過ぎよ! もうちょっと適当にやんなさいよ!》

 

 ……え、えーと。

 

 いきなり怒り出す声に、なのはは言葉を返せなくなる。しかし、気付けば頭痛は無くなっていた。

 

《まったく、あのバカは……! ま、いいわ。とりあえず、今、貴女に■■■の――ややこしいわね。あのバカの情報を出来るだけ送るわ。検閲対象にされると思うけど、そこら辺は自分で調べて。情報は整理して送るけど……我慢してね》

 

 それはどう言う事か。そう問う前に、再び”声”が来た。先程の声の羅列とは違う形で。

 

 ――EXシステム

 

 事象概念超越未知存在。通称、『EX』理論。

 これは、禁忌の研究『■』のエネルギー化を押し進める事によって、発見された。■が生み出した『自身を殺す』為のシステムだと考えられる。一種、『殲滅者(魔王)システム』と、『調律者(勇者)システム』と混同される場合が多々あるが、全くの別物だ。

 そもそも『■』とは■■そのものである為に、全知全能にして、零知零能。つまり強大な意思はあれど、指向性たる■■を有し得ないのが当たり前である。

 故に、自身を滅ぼす存在に対してすらも平等に扱い。扱わない。その存在の”筈”だった。

 しかし、これに指向性たる■■を与えてしまった存在がいる……他でも無い。我々”ヒト”だ。

 ■は■■そのものであるが故に、自身に内在した存在に強く影響を受ける。故に、輪廻転生を可能とする無限波動エネルギー。『■』を持つヒトの影響を強く受けてしまったのだ。

 ヒトは霊格としては、他生命体に対しては優位に立つが、幻想種を始めとした数々の存在に対しては下位に属する。

 だが、『■』を持つと言う一点下に於いて、ヒトはその存在達より上位に属する可能性を有し得るのだ。

 この無限波動エネルギーたる『■』をエネルギー化した存在を、『■■■■■■■』と呼ぶのだが、これは従来の魔力を初めとしたいかなるエネルギーよりも強力な力であり、ヒト一人分の『■』を”完全”にエネルギー化した実験では、一つの宇宙に匹敵しかねないエネルギーを抽出し得た。

 この『■』は細分化された■の波動意思であると推定され、■はそれ故にヒトから受ける■■の影響を強く受けた。

 そして、■は自ら真なる名を受けて。強大な意思総体存在として現出してしまったのだ。正と、負の■、二律なる■として。

 これを、始まりのヒトと呼ばれる存在は、ある”二人の赤子”に霊的融合を施したと言われるが詳細は不明である。

 話しを戻すが、この■と■の研究を進める上で発見された存在がEXと呼ばれる存在である。

 このEXは■と同位レベルの霊格を有するいわゆる規格外存在であり、その力の総体は宇宙どころか、■(■■)に匹敵するものだった。

 その使用エネルギーが■■■■■■■である。本来、無限波動エネルギーである筈の『■』であるが、その総量は決して無限では無い。

 輪廻転生が一種の永久機関である為、無限と言う名が与えられているに過ぎ無かった。

 しかし、EXの『■』は違った。

 EXの■は、■■■■■■■を高速無限増殖可能とする。つまりは、本当に無限のエネルギーを生み出せるのだ。

 それによってEXが行える力が、『事象概念超越』である。

 概念とは、全ての物理法則を指し、■の法則そのものである。

 EXは無限のエネルギーにより、自己に対する概念を破壊可能としてしまうのだ。

 つまり、■に対して絶対の優位性を持っていると言う事になる。

 EXはこの概念超越現象を起こす際に、自身の存在すらをも物理法則から組み直す。

 彼等は、物質としての力を現出させる肉体を持ち得るが、その存在は純粋なエネルギー体である■そのものであった。

 つまりは、肉体の破壊にさしたる意味が無い。

 心臓が破壊されようが、脳を消滅させようが。存在そのものを滅殺しようが、■がその存在の本質である為に、力の行使に使用する端末である肉体は”復元”してしまうのである。

 無論、肉体が破壊されれば■にも影響を受けるが、その影響は微々たるモノであった。

 これら能力は、全て対■用の能力であると推定され、■を破壊する為に、必要な力と考えられる。

 しかし、これ程の力を使用するには、当然。反動がある。つまりは■■■■■■■だ。これを、■と呼び。EXにとって、それは致命的な欠陥とも言えた。

 ■が進めば、EXは代償として、■■を失って行く。

 これらが指し示す事実は、ただ一つ。EXは無限のエネルギーを有してはいても、それは■■に存在する一つの生命体にしか過ぎず。その力の行使を限界まで使用すれば、確実な存在の消滅が待つだけ、と言う事実であった。

 これに対し、”アルハザード”と呼ばれる■■は、■の完全解析による人工EXプロジェクトを発案した。

 ”擬似EXシステム”と言うプロジェクトを。

 それが、■の逆鱗に触れるとも、知らずに――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「おい、なのは」

 

 明かりが射す感覚と、自分を呼ぶ声。それに、なのはは目を薄っすらと開いた。寝起きでボーとした意識のままで自分を呼んだ人間を見る。

 伊織タカトだ。彼は半眼で、なのはを見下ろしていた。

 

「漸く起きたか。……おい? なのは?」

「ふぇ――?」

 

 半分だけ見開いた目で、なのはは辺りを見渡す。上半身だけ起こして、ボーとしていた。それを見て、タカトが盛大に嘆息する。どう言う寝起きの悪さだと。

 

「顔を洗って来い。スッキリして目を覚ませ」

「……うん……」

 

 タカトに言われるがままに、洗面所へとなのはは向かう。歯を磨く規則正しい音と、バシャバシャと水で顔を洗う音が響いた。

 

「タオルは横に置いてあるからそれを使え」

「……うん……」

 

 まだ、眠そうな声が響く。きっかり十五分後、なのはが洗面所より戻っ来た。

 

「戻ったか。目は覚め――」

「……ふぇ――?」

「――て、無いか」

 

 顔を抑えて嘆息する。まさか、ここまでなのはが朝に弱いとは。実際は、”とある事情”により脳がまともに働いていないだけであり、なのははさほど朝に弱い訳では無いのだが。

 事情や、普通のなのはを知らないタカトにそんな事が分かる筈が無い。

 未だボーとしているなのはを見て、タカトは苦笑する。そして、眉をピクリと動した。視線は、寝起きの為にサイドポニーを解かれ、若干乱れた長い栗色の髪に固定されている。

 

「……なのは、ちょっとこっちに来い」

「ふぇ――?」

 

 手招きするタカトに、なのはは素直に従う。ソファーに座るタカトの横に並んで座った。そして、タカトが取り出したるは櫛。

 

「ほれ、後ろを向け。髪を梳(と)かしてやる」

「ふぇ――……」

 

 くるりとなのはに背を向けさせると、髪に櫛入れ始めた。サラサラとした感触に顔を綻ぼせながらタカトが笑う。

 

「ふむ、綺麗な髪だな。良い感触だ」

「…………」

 

 髪に指を差し入れながら感触を楽しみ、丁寧に髪を梳いて行く。

 

「よし。終わりだ」

 

 最後に、髪を束ねてサイドポニーにしてやり、終わる。満足気に笑うタカトに、しかしなのはは振り向かない。

 ……また「ふぇ――」とか言いながらこちらを向くとタカトは思ったのだが。

 

「……おい?」

「…………」

 

 呼ぶ、が。なのはは振り向かない。タカトは不思議そうな顔となり、なのはの前へと回り込んだ。そして――。

 

「何だ、目が覚めてるじゃないか」

「…………」

 

 ――真っ赤になった顔で硬直するなのはに笑った。

 

 

 

 

 ……何で、髪梳かれてるんだろ?

 

 それが、寝起きのなのはが最初に抱いた思考だった。靄が掛かっていたような、ぼんやりとしていた意識が完全に覚めた時、既に髪を梳かれていたのだ。

 恥ずかしいとは思いつつ、気持ちがいいと言う事もあり、ついついされるがままになっていた訳だが。

 

『ふむ、綺麗な髪だな。良い感触だ』

 

 いきなり、そんな事を言われた。全くの不意打ちの攻撃に、恥ずかしい気持ちやら何やらが湧いて来て。しかし、動く事も出来ずに、結局全部して貰ったのだが。

 

「……おい、なのは?」

「ふ、ふぇ!? な、何?」

 

 真っ正面に回ったタカトがなのはを半眼で呼び掛けると、過剰な反応をするなのはに、タカトは不思議そうな顔をする。

 

「……何を大声を出しとるんだ、お前は」

「あ、ええと……」

 

 何を言ってらいいのか分からずに、なのはの目が泳ぐ。タカトは苦笑して、立ち上がった。

 

「まぁいい。それより、さっさと着替えよう。朝飯は街に出てからだな……聞いてるか?」

「え? う、うん聞いてるよ?」

「なら、いいいが」

 

 若干疑うような視線でタカトはなのはを見て、再度の嘆息の後に風呂場に向かう。

 

「どこ行くの?」

「脱衣所だ。いくら何でも同じ部屋で着替える訳にもいくまい?」

 

 あっさりと答えて、適当な服を手に脱衣所に向かおうとして。その前に、なのはが声を掛けた。

 

「えっと……いいよ。わざわざ脱衣所で着替えなくても。後ろ向いて着替えれば」

「そうか?」

 

 なのはの言葉に、タカトが答える。確かに、服を着替える度に脱衣所を行ったり来たりするのは面倒ではある。

 

「そう言うなら、言葉に甘えるとしよう……覗くなよ?」

「そんな事しないよ!」

 

 タカトの言葉に、なのはが吠える。それに笑いながらタカトはなのはに背を向けた。なのはもそれを見て、背を向ける。

 ちなみに、なのはが今着ているのはタカトに前日買いに行って貰った(行かせた)パジャマであった。上着を脱ぐ。そして、下も脱ごうとして。

 ……ふとタカトが気になり、ちらりと見た。

 タカトは上着を脱ぎ、シャツを手に取ろうとしている所で――。

 

「……おい? なのは、こっちを見て無いか?」

「ふぇ! み、見て無いよ!?」

 

 こちらを全く見ないままに、声を掛けて来た。跳び跳ねる程に驚き、思わず大声を出してしまう。すぐに、視線を前に戻した。

 

「そうか? ならいいが。視線を感じたものでな」

「そ、そうなんだ……?」

「ああ」

 

 頷きながらタカトは着替えを再開する。ホッとしながら、なのはも着替えを再開。ツートンのシャツを着込み、ミニのデニムスカートに足を通して……背後のタカトが再び気になってしまった。ゆっくりと背後に首を回そうとして。

 

「覗きは駄目だぞ?」

「ふぇ!?」

 

 気配でも察知しているのか、振り向く前に釘を指された。慌てて、首を戻す。

 

 ……変な事、考えないようにしよう。

 

 そう思いながら、なのはは着替えを再開した。

 ……夢の事を、忘れてしまったままに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――アースラ訓練室。そこで、神庭シオンは剣を振るう。と、言っても自身のデバイスであるイクスでは無い。柔らかいウレタンで作られた模擬刀だ。

 一歩をすり足で踏み込みながら上から振り落とす。だが、それは同じくウレタンで作られた模擬槍で防がれた。

 模擬槍を持つのは、エリオ・モンディアルであった。模擬槍の半ばで防いだ模擬刀を中心にして回転。石突きをシオンの横面に跳ね上げる。だが、その一撃は屈んだシオンの真上を通り過ぎた。

 

「……結局、ダメだったんです、か!」

 

 直後、真下から振り上げられる模擬刀を後ろに短くジャンプして回避。シオンはそれを追い、低い体勢のままエリオへと駆ける。

 

「ああ。まぁ言われてみたら、確かに無理があるよな、と!」

 

 狙いはエリオの足。刈るように、低い体勢から模擬刀を横に振る――しかし、それはあっさりと空を斬った。

 

「地球ですか……! 一度、行った事がありますけどっと!」

 

 模擬刀は、エリオの足下を通り過ぎる。空中に足場を形成してやり過ごしたのだ。デバイスも無しに形成するのは相応の修練を必要とするのだが、師が良かっただろう。エリオは既に使いこなしつつあった。

 

「ああ、なんか。そんな話しも聞いたな。……でも、地球は管理外世界だからな。一般には魔法も知られて無いし、て危ね!」

 

 体勢が低いままに振り抜いた模擬刀は、容易には止まらない。その隙をエリオが逃す筈も無かった。真上から振り上げた模擬槍を振り放つ!

 だが、シオンは模擬刀を振り抜いた勢いを利用。回転ベクトルを縦に変え、手を床につくとその場で側転。上から振り落ちた模擬槍を回避して、さらに一回転。距離を取った。

 

「……僕達が地球に行けば、ストラに地球侵攻の口実を与える、ですか」

「言われてみたら、確かなんだよな。一応、保留って形で考えて置くらしいけど」

 

 距離を取ったまま、二人は体勢を整える。シオンは正眼に模擬刀を構え、エリオは半身に模擬槍を構えた。

 二人が話しているのは、シオンが艦長である八神はやてに提案した事である。アースラの現状を好転させる方法。つまりは地球に転移し、グノーシスを頼る事。それを、シオンは、はやてに提案したのだ。

 これならば、現在も意識不明の者達も怪我人も、デバイス・固有武装も修理出来る。何よりアースラの修理も出来るのだが……。

 

「……管理局の人間が、管理外世界の人達を巻き込むような真似はすべきじゃない、か」

「……はい」

 

 シオンの言葉にエリオも頷く。それを確認した上で、シオンは一歩を踏み込んだ。

 真上から、模擬刀を一閃。エリオを衝撃で後退させながら、更に踏み込んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……それは、難しいなー」

 

 シオンの言葉を聞き、はやては絞り出すように言った。

 ……話しは、昨夜まで遡る。アースラ・ブリッジで、はやてはシオンと向き合っていた。いきなりブリッジに、シオンが尋ねて来たのだ。

 どうしたのかを聞く前に、シオンはある事を提案して来た。次の転移先を第97管理外世界、地球にする事を。そして、シオンがかつて属していた組織、グノーシスを頼る事を。それに、はやては顔をしかめたのであった。

 

「……何で、ですか?」

 

 まさか、渋い顔をされるとは思わなかったシオンが尋ねる。はやては苦笑した。

 

「……確かに、グノーシスを頼ったらアースラにとって状況を改善出来るかもしれへん」

「だったら!」

「でもな、シオン君。私達は”時空管理局”なんや」

 

 一言一言を噛み締めるようにして、はやてはシオンに話す。台詞を切られたシオンは、それに黙った。

 

「地球はあくまでも管理外世界。私達の都合に巻き込む訳にはいかへんやろ?」

「……それは」

「まだ、問題はあるよ?」

 

 言葉が見つから無いシオンに、はやては更に畳み込む。シオンの眼を見ながら、言葉を続けた。

 

「グノーシスがどんくらいの組織なんかは、詳しく私達も知らんよ? けど、地球に居る魔法も管理局も知らん一般人を、”私達が地球に向かう”事で、私達の都合に巻き込む事も有り得る。ストラが地球に攻め込む口実になるかもしれんのや。……それは、そう言った人達を巻き込む事になるんよ?」

「……」

 

 つまり、自分達は絶好の口実に成り兼ね無いのだ。ストラが地球に攻め込む口実に。

 ミッド、クラナガンで起きた戦いを鑑みる限り、ストラが一般市民に対してその戦力を向けないとは考えられ無い。

 それは、地球を戦場にすると言う事と同義であった。何も知らない人達を巻き込む事と。故に、はやてはシオンの提案に首を縦に振らない。

 

「ですが、ストラの目的は全次元世界の制覇です。地球に攻め込まれるのは――」

「時間の問題、やろね。それも分かってるんよ。でも、私達がその理由になるのはアカン」

 

 シオンの言葉を肯定しながらも、はやては首を横に振る。それは、管理局の人間としての誇りとも言えた。あくまで管理局は法の守護者である。故に自分達の都合で外の世界を巻き込む訳には行かない。そう言う誇りだ。

 

「……ごめんな、シオン君。キッツイ事言うて。でも、それだけは譲れんのや」

「……シグナム達やヴィータさんの事があってもですか?」

 

 シオンはそう言って――そして、即座に後悔した。

 はやての顔が歪んだからだ。泣きそうな、そんな表情へと。

 何せ、はやてに取っては家族だ。助けられるのなら、すぐに助けたいのだろう。

 シオンは悟った。はやてが今、どれだけ心を押し殺しているのかを。その片鱗だけとは言え、確かに。

 

「……すみ、ませんでした……」

「ええよ」

 

 頭を下げるシオンに、はやてはただ一言だけそう言った。何がいいのかは言わずに、それだけを。

 

「今の段階やと、アースラは地球には行かん。それでええか?」

「……はい」

 

 頷きながらシオンは一礼する。そのまま、後ろで控えていたスバル、ティアナ、みもりと共にブリッジを出ようとして。

 

「そう言えば、フェイト先生はまだ?」

 

 シオンがぽつりと尋ねる。それに、はやては無言で頷きだけを返した。

 

「そうですか……失礼します」

 

 目でそれを確認すると、シオンはブリッジを完全に出た。

 後には、はやてとロングアーチ一同。そして重い空気だけが残ったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「流石に軽率過ぎたよな」

 

 訓練室で座り込みながらシオンが一人ごちる。エリオもそれに倣って床に直接座り込んでいた。

 

「……そうですね。やっぱり僕達は管理局員ですから。何も知らない人達を巻き込むのは――」

「ああ。アウトだよな」

 

 嘆息しながら頷く。思い出すのは、はやての表情だ。泣きそうな、あの顔。

 

「……傷付けちまったし、な」

 

 はやて自身もひょっとしたら地球に向かう事を考えたのかも知れない。だが、それを選択せずに逃げる事を選んだのだ。家族が意識不明の状況でも。

 それがどれだけ、はやての心を苛んだのかは推測するしかない。シオンは、それを知らずと晒してしまったのだ。……心の、傷を。

 

「フェイト先生もずっと、みたいだしな」

「……はい」

 

 シオンの言葉に、エリオが重々しく頷く。フェイトはもう四日も自室に篭りっぱなしであった。

 

「フェイトさん。あれからろくに食事もして無いんです。キャロがご飯届けてるんですけど、殆ど手を付けて無いみたいで……」

「……そっか」

 

 頷くしか無く、シオンは片目を閉じて頷いた。重い空気が二人の間を漂う。それは、今のアースラ艦内に漂う暗い空気にも似て――。

 

「て、やめやめ! 俺達まで暗くなってどうするよ」

「そうですね」

 

 シオンの言葉にエリオも苦笑し、二人は共に立ち上がった。

 

「シャワーでも浴びて来ようぜ。このままじゃ、俺達まで参っちまう」

「ですね」

 

 暗い空気をあえて吹き飛ばす為か、二人は笑い合い、訓練室を出た。そして、シャワー室に向かおうとして。

 

《エリオ君……》

「「キャロ?」」

 

 二人に念話が響いた。キャロからの念話である。どうかしたのかと、顔を見合わせる二人に、キャロの念話は続く。

 

《フェイトさんにご飯持って行ったんだけど。……いらないって、朝のも食べて無くて》

「「…………」」

《このままじゃ、フェイトさんが……》

 

 もうかれこれ四日である。このままでは本当にフェイトは倒れかね無かった。

 

「……エリオ、予定変更だ」

「シオン兄さん?」

 

 掛けられた声に、エリオは思わずシオンを見上げる。シオンはぎりっと歯を食いしばっていた。その表情は、ただただ怒り。

 

「引きこもり先生の目を覚ます」

「え? て、シオン兄さん!?」

 

 疑問符を浮かべるエリオにシオンは構わない。一気に走り出した。向かう先は、フェイトの部屋。

 

「履き違えてんだよ……! あの人は!」

 

 速度は即座にトップスピード。魔力すらも放出しながら駆ける。苛立ちと、怒りのままに。

 思い出すのは、なのはの顔。自分達にアースラを託して、一人残った先生の顔だ。

 あの人は、何と自分に約束したか?

 

「なのは先生が死んだとか、誰が決めたよ!」

 

 必ず生きて帰ると、あの人は約束したのだ。それは、はやてにも伝えた。フェイトにも伝えた。なのに――!

 シオンは一気に駆ける。部屋まで、二十秒足らずで着いた。そこではキャロがじっと扉を見詰めていたのだが、走って来たシオンに目を見開いて驚いた。

 

「シ、シオンお兄さん!?」

「退いとけ。キャロ」

 

 やんわりとキャロを押しのける。眼前に立ち塞がる扉を思いっきり睨んだ。

 

「……フェイト先生をここから出す」

「え?」

 

 シオンの言葉に、キャロは思わずキョトンとする。出すと言う選択肢は無かったのだろう。

 ……彼女や、エリオは優し過ぎるから。だが。

 

「俺は違う」

 

 そう言うなり、シオンは扉横にあるインターフォンを無視。扉をブン殴り呼び出す事にした。ガン、ガン、ガン! と。

 そして、息を吸い。一言を叫んだ。思いっきり、届かせる為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 暗い自室。フェイトはそこで体育座りでうずくまっていた。明かりを点ける気にはならない……否、何もする気になれなかった。

 ご飯も食べていない。眠る事すらしなかった。ただ、ずっと考えていた。

 なのはの事を。

 フェイトの胸中にあるのは深い後悔と悲しみ。なのはを失った喪失感だけであった。

 

《フェイトさん……》

 

 念話が響く、キャロだ。しかし、フェイトは返事をしない。ただただ無言だ。キャロはそのまま話し掛けて来る。

 

《お昼ご飯、持って来ました……》

《……いらない》

 

 それだけをフェイトは返した。……そんな事を言いたい訳じゃないのに。

 

《……でも、朝も食べて無いですし。もう四日も食べてません。フェイトさん、身体壊しちゃいます》

 

 キャロの心配そうな声がフェイトの胸に突き刺さった。何をしてるんだと自分でも思う。

 立って、部屋を出て、キャロに顔を見せる。それが、何故、何故――出来ないのか。

 情けなさにまた涙が出た。もう、出尽くしたと思ったのに。

 

《……ゴメン。今は何も食べたく無いんだ……》

 

 それだけを漸く返した。だが、それは本当だった。今は、何も食べられる気がしない。

 

《でも……》

《ゴメンね……ゴメン、ゴメン》

 

 ゴメンね。それだけをフェイトは繰り返す。それ以外に何を言ったらいいか分からなかった。

 

《……分かり、ました。その、お昼。置いて行きますから……夜も持って来ます》

 

 少し涙が混ざった念話を聞き、フェイトはまた泣きたくなった。

 ……キャロを泣かしてしまった。何をしてるんだと再び思う。それでも足は動かない。声は、出ない。

 

《……失礼します》

 

 そうして、念話は切れた。情けなさと悲しさで、フェイトはまた泣いた。

 泣いて、泣いて――いきなりガンガンと情け容赦無い音が盛大に響いて、びくっ! とする。誰かが、扉を殴りつけてるらしい。

 

 ……一体、誰が?

 

 そう思った直後だった。その言葉が届いたのは。

 

「フェイト先生! なのは先生が帰って来ました!」

「ッ……!?」

 

 響いた声はシオンのものだった。いや、それより問題は内容である。

 

 ……なのはが、帰って来た?

 

 いつ? どうやって? 幾つもの疑問が頭を過ぎるが、シオンから更に叫び声が来た。

 

「今、医療室です! フェイト先生を呼んでます!」

 

 なのはが呼んでる……!

 

 何かあったのだろうか? でも、そんな事はどうでもいい。あれほど重く、動かなかった身体が嘘のように動いた。立ち上がり、部屋の扉に向かう。

 行かなきゃ! その思いのままに開錠し、扉を開ける――目の前に、仏頂面のシオンが居た。真っ直ぐにフェイトを見据えている。

 

「なのはは……!」

「嘘です」

 

 きっぱりとシオンは言い放った。フェイトの目を見据えながら。

 何を言われたのか、フェイトは理解出来ずに棒立ちになる。目を見開き、シオンを見詰める。だが構わずに、彼は畳み掛けて来た。

 

「最初から最後まで嘘です。なのは先生は帰って来てません」

「……っ……ッ!」

 

    −張!−

 

 反射的に、フェイトはシオンの頬を平手で張った。涙を流しながら。

 

 何で、そんな嘘を!?

 

 そう、叫ぼうとして。

 

    −張!−

 

 逆に、シオンに頬を張られた。

 

「っ……!?」

 

 勢いが良すぎたのか、フェイトが部屋に倒れ込む。シオンは感情の無くなった瞳で、倒れたフェイトを睨んだ。

 

「……入ります」

 

 ぽつりとそれだけを言うと、シオンは部屋に入る。そして、張られた頬に手を当てて、呆然とするフェイトを真っ直ぐに見据えた。

 

「な、んで……?」

「俺以外。多分、誰もこれをしませんから」

 

 呆然と問うフェイトにシオンは答えると、彼女を見下ろす。無表情なのに、その目だけは激情を湛えていた。

 怒りと、悲しみと言う激情を。

 

「そして、これも誰も言わないでしょうから。俺が言います。……フェイト先生」

 

 シオンは一度だけ、言葉を切る。くっと息を吸い、心を決めると、続きの言葉をフェイトに放った。

 

「いい加減、甘えるのは止めて下さい。欝陶しいです」

「っ……!」

 

 言われた言葉に、フェイトは目を見開く。しかし、すぐにシオンを怒りのままに睨み据えた。だが、やはりシオンは構わない。フェイトを相変わらず無表情に睨む。

 

 ――教え子と先生。暗い部屋で、静かな対決が始まった。

 

 

(中編に続く)

 




はい、第三十八話前編をお送りしました。なのはが居なくなったらフェイトはどうなるか、と言うのをテスタメントなりに書いてみたり。やっぱめちゃくちゃ落ち込むと思うんですよね。
そして、一番冒頭のなのはの夢ですが、この■の部分を読み解くとEXの事に関して八割くらい分かる仕様となってます(笑)
それが全部明らかになるのはちょっと先ですが、お楽しみにです。
では、中編でお会いしましょう。

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