魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
タカトとなのはの逃避行。こう書くと、なんかアレな意味に見えてくる不思議(笑)
日本語って深いなぁ。
では、第三十七話後編どぞー。
第五十一管理内世界「ナルガ」。その世界の代表惑星、ユグノー。それがタカト、そしてなのはが逃げ込んだ世界の名前であった。
この惑星は全体の三割が砂漠化しており、各街はオアシスを中心に建てられている。かつてはこの砂漠化に頭を悩ませていたのだが、管理局の環境整備により砂漠化は抑えられ、今ではこの砂漠も立派に観光名所と化していた。
ユグノーの街の一つ。首都、メッテのホテルに、男女が背中向かいとなって、憮然としている。
片方は自分の身体に掛かっていたシーツを身体に巻き付けて、頬っぺを膨らませている高町なのは。
片方は左頬に盛大な紅葉をつくり、やはり憮然としている伊織タカトだ。
二人は背中向かいに憮然として、黙り込む。
なのはからして見れば、裸を見られた憤りがあり。羞恥がある。
タカトからして見れば、治療して、傷口が広がらないように心配したのに二度も殴られたと言う思いがある。
端から見ればどっちも相応の言い分があるが、それで納得出来ないのが人間と言う存在だ。
……平たく言うと、どちらも頑固なので折れないのだ。
黙り込んだまま十分程経ち、ややあって、なのはが口を開く。
「せ、責任取ってよ……?」
「……何の責任だ、何の」
絞り出すようにして放たれた言葉に、タカトは嘆息する。それに顔を赤らめながら、なのはが背を向けるタカトに振り返った。
「だ、だって。み、見たんだし」
「治療行為をする度にいちいちそんなモノ気にしていられるかダアホ!?」
タカトも若干の気恥ずかしさがあるのか、こちらは振り向かないままに吠える。しかも、息継ぎ無しで。それを聞いて、なのはもムっとなり反論を開始する。
「私だって女の子なんだよ!? そんなモノって……!」
「そんなモノはそんなモノだ! 大体貴様、何で服を着せられ無かったか理解しとるのか!?」
「ひ、ひど……! 訂正してよ!」
「してたまるか! したらどうなる!?」
「せ、責任取ってもらう……!」
「治療行為と言っとるだろうが!? それ相応のマネをしたのならともかく、治療で責任問題持ち出されてたまるか!」
「そ、それ相応って……!?」
「が……」
「う……」
両者とも、白熱し過ぎて思いっきり自爆し、顔を真っ赤に染めた。
なのははともかく、タカトがここまで感情的になるのは、珍しい。
暫く二人共真っ赤になったまま黙り込み、気まずい雰囲気が漂う中で、タカトが髪を右手でかき上げた。
「……と、とりあえずだ。何でお前の服を脱がせていたのかだけは説明しておく」
「う、うん」
タカトの言葉に、なのはが頷く。気になってはいたのだ、何故に服を脱がせていたのかを。
……裸を見られた事で頭がいっぱいだったので聞けなかったのだが。
タカトは、コホンと咳ばらいして、なのはに向き直った。
「……お前に服を着せなかったのは治療の為だ。今、お前に付けている符だが。再生能力を高める為のものでな。それで傷口を縫合せずに、傷を合わせて上から符を貼っている。これで、傷痕は残らない筈だ――ただ」
「……ただ?」
タカトの長い説明を聞きながら、なのはがタカトの言葉を繰り返す。それに、つぃっと目を横に逸らした。
「……服の上からでは止血程度の効果しかなくてな。一度、服を全て脱がせる必要があった」
「……えっと。一応、聞くね? 服を脱がせたのは?」
「俺だぶっ?」
最後まで言う前に、なのははタカトに枕を投げ付けた。それを顔に受け、タカトの言葉が止まるが、少しの間を置いたのち枕が落ちる。
「ぬ、脱がせたのもタカト君なの!?」
再度、真っ赤になりながら、なのはが吠える。それには枕を投げ付けられたタカトも、流石に罰が悪そうな表情となった。
「……仕方無かったんだ。他に――女性の手を借りられるなら借りとるさ」
「な、なんで……?」
「理由は、種々様々あるが」
言うなり、手をポケットに突っ込む。そこから紙を取り出し、なのはへと投げて寄越した。
「それが最大の原因だ」
「…………」
その紙を見て、なのはは絶句する。そこには、なのはの顔写真が貼られ、下には賞金らしき額が書かれていた。ぶっちゃけてしまうと、手配書であった。
「……ちなみに、タカト君のは?」
「俺のは無い。バリアジャケットのフードに、直視でなければ識別不可能な概念魔法をかけていてな。おかげで、手配書の類は一切無い」
……考えて見れば、彼を666と第一級次元犯罪者に手配した時も、写真の類を一切見た事が無かった。
ユーノが全くタカトを666だと分からなかったのは、この辺の事情もあったのだ。
自分だけ手配されていると言う事に、なのははタカトを恨めし気に見る。苦笑しながら、タカトは話しを続ける。
「そう言う事情で、病院等にはお前を連れて行けなかった」
「え? でも――」
この世界なら関係無いのでは? と、なのはは思い、タカトを見る。それに、再度苦笑をタカトは放った。
「……そこから話すべきだったな。ぶっちゃけると、だ」
そう言い、タカトは窓際へと歩き、カーテンに手を掛け、一気に引いた。
「既にこの世界。ストラに占拠されている」
「…………」
タカトの言葉。そして、窓の向こうに在る存在に、なのはは再び絶句した。
そこには、十艇程の次元航行艦が空に浮かんでいたのだ。
「……いつから?」
「ここに来て、暫くしてからだ。次元転移する間も無く次元封鎖されてな。お前も危ない状況だったので、仕方無く放置した」
タカトの言葉に、なのはは愕然となる。つまり、それは逃げられないと言う事であった。そんな彼女にタカトは肩を竦める。
「この世界を脱出する方法については後で考えて置く。でだ。病院に連れていけなかった理由は理解できたな?」
「あ、うん。でも、何で脱がしっぱなしだったの?」
もう一つ気になる事をなのはは問う。いくら何でも脱がしっぱなしにする必要は無い筈だ。その問いに、タカトはやはり目を逸らした。
「……お前の服だが、血だらけでな」
「へ!?」
その言葉に、なのはは目を見開く。同時に、脇に置かれた教導官用の白い本局用制服を見て、再度絶句する羽目になった。
制服は血で真っ赤に染まっていたのだ。白より、赤い部分が多いくらいである。更にタカトは目を逸らしながら続ける。
「……もう一つ付け加えるなら、脱がす時はそれこそそう言った事を気にしてられる状況じゃなかったが――お前、一回心臓止まったし」
「え!?」
いきなりの新事実に、なのはの目が再び見開かれる。まさか、心臓まで止まっていたとは思わなかったのだ。タカトは続ける。
「そっちは処置が早かったおかげでどうにかなった。……心臓に直接、震雷を撃ち込むのは、中々神経を使ったが」
「……え〜〜と」
何やら色々あったらしい自分の身体に、どんな事があったのか。知りたいような、知りたくないような感じになり、なのははちょっと複雑な表情となる。
「話しを戻すぞ? 傷口に符を貼り、血を全部拭き取った上で、汚れているとは言え、服を着せようとも思ったんだが……血やら何やらが無くなった状態のお前に、服を着せられる筈も無くてな」
「……え? 何で?」
「そこら辺は察しろ。知りたくとも教えてなぞやらん」
プイ、と顔を逸らしてタカトはぶっきらぼうに答える。
いざ裸の状態のなのはを、着せ替え人形宜しく服を――下着も含めて、着けるのは、タカトには不可能だったのだ。
曰く、それとこれとは別。
よく裸見られて減るもんじゃないとか言う人間が居るが、タカトからしてみるととんでもない誤解であった。大いなる勘違いである。
――減る。女の子の尊厳が。そして、男の理性が。
タカトは、意外に古いタイプの人間であった。
なので仕方無く、上からシーツを被せ、なのはが起きるのをひたすら待っていたと言う訳だった。
「さて、理解したな? お前が裸だった理由」
「……うん、何とか」
なのはが頷く。それを確認して、タカトも頷き返した。
「よし、なら――」
「仕方無かったのは理解したよ? ……でも裸、見たんだよね?」
その言葉に、タカトが見事に硬直した。なのはは構わない、続ける。
「しかも、脱がせたのもタカト君なんだよね?」
「…………」
なのはの言葉に、あ〜やら、う〜やら唸るタカト。ややあって、ドカっと椅子に座り直した。
「……分かった。責任とやらを取る事にする。今、俺に出来る範囲で何でも言う事を聞いてやる……」
恐ろしく真っ白になりながら、タカトが絞り出すようにそう言って頷く。なのははにっこり笑った。
「うん♪ じゃあ一つ、お願いしようかな♪」
「……手柔らかにな」
人助けをした筈なのに、何故に助けた対象に言う事を聞かされなければ成らないのか。激しく自問しながらタカトは一応、そう言っておく。
そして、なのはが口を開いた。
……先に、結論から述べて置こう。なのはが出した条件は、タカトに取って一生トラウマと成り兼ねない事だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……も、戻ったぞ」
息も絶え絶えになりながら、それこそ先より真っ白に燃え尽きたようなタカトが、部屋に入る。あのやり取りから二時間程経っている。
タカトは、大量の紙袋を抱えて外から戻って来ていた。
「あ、おかえり〜〜。ちゃんと買って来てくれたんだ?」
「……ああ」
朗らかに笑うなのはに、燃え尽きたタカトが非常に対照的だ。そして、タカトがなのはへと目をやり――再び、硬直した。
「……オイ、それは何だ……?」
震える指で、なのはを指す。それになのはは疑問符を頭に浮かべ、自分の身体を見て、ポンッと手を合わせた。
「バスローブだよ? そこのクローゼットの中に入ってて……タカト君?」
「ば、バスローブ……! そんなモノがあったのか……!」
ガックゥとタカトは膝を着くと、そのままうなだれた。
そう、タカトはなのはの治療やら看病に集中していたと言う事もあり、部屋の探索を一切行っていなかったのだ。つまり、バスローブの存在を今の今まで知らなかったのである。
「……それがあると知っていれば、こんな目に合わなくて済んだモノを……」
「え〜〜と、そんなに辛かったんだ?」
苦笑し、紙袋の一つを手に取る。そこには、女性用の服が所狭しと入っていた。これがタカトが出された、なのはの条件。
自分の服を買って来て貰う事、であった。
何だそんな事と思う事なかれ。服は、当然下着も含まれている。男が、女物の服(下着含む)を買う。これほど男にとって、拷問に等しい作業は無い。
……他の客(全員女性)からは、白い目で見られるは、店員からは「ご自分で着られるので?」と生暖かい目で聞かれるは。
それは、タカトにとって十分にトラウマと化す程の苦行であった。
「……こいつも余計な事しか話さんしな」
【心外です。私のおかげで助かった部分もあった筈では?】
胸元に手をやり、タカトが赤玉を取り出す。言わずと知れたなのはの相棒、レイジングハートであった。
【マスターの各サイズが分からなくて、困り果てていた貴方をサポートしたのは私です。礼の一つくらいはあっても良いのでは?】
「それが三十分も店でうろうろした俺を見た後でなければ、素直に礼も言えたんだがな……!」
確信出来る。マスターと同じで、このデバイスもSだと。的確に心をえぐる手段を講じる辺り、まさに似た者同士であった。
盛大にため息を吐き、タカトはなのはに向き直るとレイジングハートを返す。
「これで、責任とやらは果たしたぞ……!」
「うん♪ ありがとう♪」
睨み付けるタカトに、なのはが朗らかに笑う。そんななのはに、タカトは再度ため息を吐いた。
「……まぁ、いいか。ところでなのは。シャワーでも浴びたのか?」
「うん。汗もかいてたし、お風呂入りたくて」
そうか、とタカトは頷く。ちなみに、なのはに貼ってある治療符は高い防水性があるため、そのままお湯に浸かっても大丈夫な作りになっていた。
「では、俺もシャワーを浴びさせてもらうか」
汗もかいたし、この世界は砂も吹き上がる。身体や髪も、砂が多分に張り付いていた。そのまま風呂場に向かい、浴槽を見ると、既に湯が張られていた。
「ほう、既に湯が張ってあるならすぐに入れぐぴ!?」
タカトは最後まで言えなかった。突如、襟首を引っ張られ首が締まった為だ。見れば、顔を真っ赤にしたなのはがタカトの襟首を掴んでいた。
「……何をする?」
「絶っ対お湯に入っちゃ駄目!」
問うタカトに、なのはが吠える。――実はこの湯、なのはが入ったものだったりする。ついつい、湯を抜き忘れていたのだ。
……私の後に、タカト君が入るなんて!
小学生時代はユーノ(フェレットもどき♂)と平然と入っていたなのはだが、そこら辺は流石に成長したか。自分の後に、湯に浸かるタカトを想像して、気恥ずかしさやら、何やらが込み上げたのだ。
「せめてお湯を一度抜いてから入ってよ!」
「……あのな。それは、流石に勿体ないだろう? この世界で水は案外貴重品なんだぞ?」
主夫としての観念でタカトは話す。この朴念仁が、そう言った乙女の感性に気付く筈も無かった。
「そもそも、何で俺が入るのが駄目なのか、そこをちゃんと教えてくれ」
「うっ!」
タカトの言葉に、なのはの顔が引き攣る。そんな事、出来る筈が無い。
顔を赤くしながら唸るなのはにタカトは嘆息。襟首を掴んでいるなのはの指を外した。
「……言えないなら理由は無いと判断するぞ? では、風呂に入る」
「あ、待っ……!」
待たなかった。タカトとしては汗やら砂をさっさと流したいのだ。制止を振り切り、脱衣所に入る。そうされてしまうと、なのはも何も出来ない。
そのまま、タカトが消えた脱衣所の扉をう〜〜と睨む事しか出来なかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
所変わって、アースラ。
次元空間を航行し、管理外世界に向かう艦は、今の所襲撃も無く、少しの平穏に包まれていた。
そのアースラの医療室で、上半身裸のシオンが、シャマルの診療を受けている。
ペンライトに似た器具とクラールヴィントを同時駆動し、シオンのリンカーコアの状態を診察しているのだ。
「どうですかね?」
「うーん、そうね……」
シオンのコアは白の魔力光を放ち、シャマルの目に映る。損壊も、大きさも修復しているように見えた。
「うん。コアはもう大丈夫。漸く完治よ」
「そうですか」
シャマルの診断に、シオンはホッとする。本局決戦以降、無理に駆動し続けていたコアだが、二日程の襲撃も無く休ませていたのが幸いしたか。漸く完治していた。
「どうも、ありがとうございます。シャマル先生」
「ええ。でも、あまり無茶はしない事。次、同じ事があったらコアが修復するか分からないから」
シャマルの言葉に、シオンは頷く。そして、右の頬を押さえた。なのはに張られた頬を。
「……なのは先生との約束もあります。大丈夫ですよ」
「……そうね」
シオンの言葉に、シャマルが寂し気に頷く。それに、シオンは視線を逸らした。
「シグナムや、ヴィータさんは……?」
「……まだ、寝てるわ」
本当に寝ぼすけなんだから、とシャマルは苦笑するが、それは無理をして出した言葉のようにシオンは思える。
本局を出て、早3日。しかし、シグナムやヴィータ。そして、グノーシス・メンバーは、未だ意識不明のままだった。
「……治癒魔法は、ずっと私とみもりちゃんで掛け続けてるの。でも――」
「……そうですか」
シャマルの言葉に、シオンは視線を落とす。それは、最初に説明を受けた時と何ら変わらない状況が続いていると言う事であった。
「……艦の設備だと、皆を治してあげられない。情けないわね。こう言った事しか、私、出来ないのに」
「……いえ、それは」
シャマルに、シオンは抗弁しようとするが、寸前で思い止まった。今いるのは慰める言葉なぞでは無い。
……皆を治す事が出来る設備であった。
せめて本局にあるような、ナノ・リアクターがあれば――。
「あ」
「……シオン君?」
いきなり声を出すシオンに、シャマルが疑問符を浮かべる。だが、シオンはそれに構わない。
そう、ナノ・リアクターを管理局に提供したのはどこだった?
「すみません、シャマル先生! ちょっと急用を思い出しました! 失礼します!」
「え? あ、お大事にね――」
掛けられる言葉にシオンは振り返らず、上着を引っつかみ外に出る。と――。
「わ!?」
「ちょっ! スバル押さないで!」
「きゃ――!」
扉を開けたとたん、スバル、ティアナ、みもりが雪崩込んで来た。シオンは、は? と疑問符を浮かべつつ、体を横にして躱す。三人が、ずべっと医療室の床に転がった。
「……何してんの、お前達?」
「いたた……!」
「ちょっ、スバル早くどいて!」
「えっと……」
上から順に、スバル、ティアナ、みもりと重なって床に倒れている。それを見ながら、シオンは取り敢えず三人を引っ張り起こす事にした。
「よし、と。ラスト」
「う、シン君。ごめんなさい……」
シオンに引き起こされたみもりが申し訳なさそうに謝る。それに頷きながら、シオンは三人に向き直った。
「で? 何してたんだ、お前達」
「えっと、その……」
「……ちょっとね」
「アハハ……」
シオンの問いに、三人とも愛想笑いを浮かべる。シオンのコアの状況が気になって、三人共医療室のドアに聞き耳を立てていたのだ。
シオンの事である。もし治ってなくても、治ったと言い出しかね無い事もあり、そんな真似をしたのだった。だが、そんな心配を当然、シオンが察する訳が無い。
「ま、いいけどよ……て! こんな事してる場合じゃ無かった!」
「「「こんな事!?」」」
再び地雷を踏むシオンであったが、構わない。三人に、背を向けて走り出す。
シオンの剣幕にびっくりしていた三人だが、走って行くシオンが気になり追い掛け始めた。
「シオン! 走ると危ないよ!」
「今はそれどころじゃないんだよ! はやて先生に教えねぇと……!」
「て、何をよ!?」
走りながら叫ぶシオン達、行き交う他の乗員が珍しそうに四人を見る。ティアナの言葉に、シオンは顔だけを向けた。
「うまく行けば、今のアースラの問題が全部解決出来る……! 次の行き場所だ!」
「は!? そんなの――」
どこにあんのよと続ける前に、シオンは叫んだ。今の現状を、何とか出来るかもしれない。そんな場所を。
「地球……! グノーシスだよ!」
そう、叫んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「わぁ〜〜!」
次の日。メッテのホテルで一夜を明かしたなのはとタカトは街に出ていた。二人とも、昨夜とは違う格好である。
なのはは青と紺、ツートンのシャツに、白の上着。下は青のタイトスカートに白のニーソックス、靴は茶色のローファーを履いていた。非常に、カジュアルな格好をしている。
タカトは珍しく白を基調としたTシャツに、中に青のロングTシャツを着ていて、下は青のGパン、靴は黒のスニーカーであった。
しかし、二人共違うのはそこだけでは無い。
なのはの髪は、ヴィータを思わせる赤となっており、左に結っていたサイドポニーも右に変わっている。
タカトは髪の色こそ変わらないものの、目には黒いサングラスを掛けていた。
タカトはともかく、なのはは髪の色すら変わっている。これは、先の手配書を鑑みて変装した結果であった。
髪を、簡易の光学魔法で色を変えたのである。基本的に幻術を使えないなのはにも、このくらいの芸当は出来た。
タカトは特に変装する必要は無かったが、常に右目を閉じている為。サングラスでごまかしているのであった。……閑話休題。
「人、多いんだね」
人通りの多いメッテの街を二人は連れ立って歩く。前を歩くなのはを見て、タカトは深く嘆息した。
「……なのは。やはり、俺一人で聞き込みをするからお前は――」
「だーめ、タカト君ばっかりに負担掛けてるもん。私も手伝うよ。……これ、四回目だよ?」
最後まで言わせず、なのはは答える。二人は先程から同じ問答をしていた。つまり。
『お前は怪我をしとるんだから、ホテルで大人しくしておけ』
そう言うタカトに。
『情報聞き込むだけなら手伝えるよ。だから手伝わせて』
そう返すなのはのやり取りである。二人の問答は平行線であり、交わる気配が無かった。
その二人が何を聞き込みしようとしているかと言うと、話しは昨夜まで遡る――。
「侵入?」
風呂から上がったタカトから告げれた言葉に、なのははキョトンと聞き返す。それに、上はシャツ一枚、下はGパンで頭をゴシゴシとバスタオルで拭くタカトが頷いた。
「ああ。ストラの次元航行艦に侵入して、転送ポートを利用する」
冷蔵庫から先に買っておいたスポーツドリンクを取り出し、一口あおる。ソファーに腰掛け、なのはに向き直った。
「お前達の艦だが、どうにも念話が通じない。お前はどうだった?」
「アースラだよね? ……うん、次元封鎖されてるせいか、念話出来なかったよ」
タカトの言葉に、なのはも頷く。例の”見られちゃった事件”の後、なのはもアースラに連絡しようとしたのだ。しかし、念話は一切通じなかった。
「だろうな。次元封鎖されてるんだ。通じなくて当たり前だが……やはりストラ側の転送ポートを使わなくては駄目だな」
ふむふむと頷きながらタカトが呟く。現在、ユグノーは次元封鎖されている状況であり、次元転移も思念通話も出来ない。
個人では、この世界から移動も出来ない状況なのだ。……そう、個人では。
「だからストラの艦の転送ポートを使うの?」
「そう言う事だな」
なのはの言葉をタカトは首肯。再びスポーツドリンクを飲む。
実際、次元封鎖されていてもストラ側の転送システムは使用出来る筈であった。いや、使用出来ない筈が無いのだ。
そうでなければ、他の次元航行艦はこの世界を通り抜けられないのだから。
「明日から聞き込みだな。ストラの人間も街には降りているだろうし、運が良ければ事を荒立てずに転送ポートを使えるかもしれん」
――まぁ無理だろうが、と思いつつタカトは苦笑する。ほぼ間違い無く、侵入する際には荒事になるだろう。タカト一人ならばいかようにも切り抜けられるのだが。
「怪我人がいるしな」
「……う」
タカトの言葉に、なのはは呻く。実際、今、戦闘をやれと言われても、出来る筈も無かった。
「決行するなら三日後だ。そのくらいあれば、お前の怪我も治ってる。……それまでは街で情報収集だな。ストラ側の状況も聞いて置きたい」
「そっかぁ……」
タカトの言葉に、なのはも頷いた。実際、その案以上の案は出そうに無い。このままではこの世界から出る事も叶わないのだ。アースラとの合流など、もっての他である。
「よし。ならなのは、俺は明日から情報収集に街を出歩く。お前は――」
「あ、私も手伝うよ」
「ここで、て何?」
途中で放たれたなのはの言葉に、タカトは思わず聞き返す。なのははニッコリと笑った。
「こんな身体でも聞き込みくらい出来るよ? だから――」
「却下だ」
「て、何で?」
今度は、なのはが言葉を切られる。タカトは顔をしかめながら、なのはに目線を合わせた。
「……お前は怪我人だ。怪我人は大人しくしておけ。常識だぞ?」
「でも、一人でここに篭ってるのもあまり良く無いよ?」
「それは――」
そう言われては二ノ句が告げなくなる。実際、暴れたり等の激しい運動をしなければ、なのはは問題無い。一人でホテルに缶詰と言うのもいかがなものか。
「いや、やはり駄目だ。手配書の件を忘れたか?」
「大丈夫♪ そっちに関しては少し考えがあるんだ」
「だがしかしだな。万が一、念には念とも言ってな」
「心配無いよ。ちゃんと考えてるから」
「いや、だから……! えぇい、この頑固者め! 人が心配してやってるんだ! 大人しく寝ていろ!」
「む……! そんな事頼んで無いよ! 私だって手伝えるってば!」
「そう言う問題じゃ無いと言っているだろうが、分からず屋!」
「そう言う問題だよ! タカト君の聞かん坊!」
「ぼ、坊? こら待て! 二十歳も過ぎた男に坊は無かろうが! 訂正しろ!」
「しないよ! タカト君、シオン君と同じだよ! 人の話し全然聞かないじゃ無い!」
「アレと一緒にするな、たわけ! 大体話しを聞かんと言う意味ではお前もアレと変わらんだろうが!?」
「ムカっ! たわけたわけって……! そんな事言う人の方がたわけだよ!?」
「貴様の方がたわけに決まっとろうが、たわけたわけたわけ!」
「三回も言った!? タカト君の方がたわけ――バカだよ! バカバカバカバカ!」
「バカと言い直したな、この――! たわけ、たわけたわけたわけたわけたわけ!」
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ――!」
「たわけたわけたわけたわけたわけたわけたわけたわけたわけ――!」
……そんな、あまりに無駄なやり取りをきっちり一時間程かまし。レイジングハートに【お二人共、いい加減にしましょう、本当に】と言われるまで、その罵り合いは続いた。
「も、もういい。お互いにアホだったという事でこの話しは終わりだ……」
「そ、そうだね。つ、疲れちゃった……」
両者、肩で息をしながら同意する。二人共『何でこんな事になったんだっけ?』と、頭を悩ませるが、最初の原因は既に事象の彼方であった。
「取り敢えず、もう寝るか」
「そうだね。……タカト君は自分の部屋に?」
頷きながら、なのはは聞いてみる。しかし、タカトはあっさりと首を横に振った。
「ここで寝る。ベッドはお前が使え。俺はソファーで十分だ」
「ここで寝るの!?」
タカトの言葉に、なのはが疲れもどこへやら、問い直す。それに、タカトは当たり前と言わんばかり顔を向けた。
「一部屋しかとって無いんだ。当たり前だ」
「な、何で……?」
「何かあった場合、一人で対応出来ない場合があったらどうする。それに、”ここは二人で入るホテル”だったみたいだしな」
その言葉に、なのはが凍り付く。今、彼は何と言ったか?
「えっと。一応聞くね? ここ、従業員さんは?」
「そう言えば受付も誰も居なかったな。何でも”自動会計”だとか。便利な世の中になったものだ」
うんうんと、タカトは頷く。なのはは続ける。
「……ここ、どんな形のホテルなのかな?」
「”城みたいな形”だったぞ? 入口が”ハート型”で、入る時やたらと恥ずかしかったが」
タカトの言葉に、なのはは冷や汗を流しながら枕元をちらりと見る。何故かそこには、箱詰めのティッシュがあり、そして”袋に入ったナニ”かがあった。
「……ここ。普通のホテルじゃ無いよね?」
「そうなのか?」
キョトンと聞き直すタカトに、なのはは顔を赤らめてベッドに突っ伏した。……薄々気付いてはいたが、タカト、中々にポケポケさんであった。
今、なのはとタカトが居るのは、”そう言ったホテル”であったと言う事だ。
おかしいとは思っていたのだ。手配書が出回っているのに、よくホテルに泊まれたものだと。
……気付いてしまうと、非常に恥ずかしい。なのはも、こう言ったホテルに入るのは初めてであった。
う〜〜と唸るなのはをタカトは不思議そうに見遣り、やがてあっさりとソファーに横になる。
「もう寝ろ。明日は早いぞ」
「う、うん……その、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
タカトに促され、なのはも頷く。やがて二人は寝入り、随分と騒がしい一日が終わったのだった。
(第三十八話に続く)
次回予告
「ナルガで聞き取りと言う名のデートもどきをするタカトとなのは」
「だが、二人は思いがけない事態に遭遇し――?」
「一方、はやてへ地球行きを直訴するシオン。だが、彼女の返答は複雑なものだった」
「そして、引きこもるフェイトへと、彼は向かう」
「次回、第三十八話『彼の信頼』」
「大切な言葉、それは二人の兄弟を繋ぐ、絆の言葉」