魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「負けた――それ自体は、俺にとって、何度もあった事。だけど、皆での決定的な敗北はこれが初めてで。そして、失ったものは大きくて。……だけど、俺達はそれでも進む。約束したから、必ず帰って来ると、あの人と。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第三十七話「逃避行」(前編)

 

 時空管理局、本局。

 本来なら管理局局員が駐留するこの場所は、現在その敵対者により占拠され使用されていた。つまり、ツァラ・トゥ・ストラに。

 次元世界の法と秩序を守るべき組織の象徴が占拠されていると言う事態は皮肉以外の何物でも無いだろう。しかも、それが次元世界全ての制覇を掲げる組織によってだ。

 本局はストラの本拠地と化し、秩序を護る象徴では無く、乱世へと導く象徴と成り果てていたのだった。

 その本局の一角。次元航行艦があるべきドッグに、とあるモノが鎮座している。ストラ側最強の切り札たる、対界神器ギガンティスが。

 その名の通り世界を破壊しうる巨神は、現在、全ての兵装を眠らせて待機状態となっていた。

 そのギガンティスを足下から見上げている人物が居る。2mを越す、筋骨隆々たる大男だ。

 彼こそは、ストラの指導者にして最高司令官、ベナレス・龍。龍王とも呼ばれる彼は、ただ黙々と己がデバイスでもある巨神を見上げていた。

 

「…………」

 

 無表情に、無感情にただただ見上げる。そのまま暫く見ていてると。

 

「ずっと見上げていて、よく首痛くならねぇな?」

 

 突如として声が掛けられた。その声に、ベナレスは振り向く。そこには、髪も髭も、纏う装束までも赤と言う壮年の男が居る。アルセイオ・ハーデンが。

 

「アルか……何か用か?」

「いんや、たまたま見掛けたんでな」

 

 暇だったしよ、と笑いながらアルセイオはタラップを下りてベナレスへと歩く。その横に並び、ギガンティスを見て、笑いを苦いモノへと変えた。

 

「……全く、してやられたモンだな」

「ああ。奴のおかげでこちらは戦力の半分も削られた。各世界に送る戦力も考え直さねばならない」

 

 アルセイオの台詞に、ベナレスは憮然としながら答える。

 現在、ストラは戦力の大半を新型のガジェットと因子兵に頼っている。しかし、その50%までもが、ある存在により、破壊されていた。つまり、EX化したタカトに。

 

「……奴の転移先は突き止められたか?」

「無理だろう。転移反応もフェイク塗れだ。そもそも下手に戦力を送っても返り討ちにしかならん」

 

 そうかいとアルセイオは頷く。元々期待してはいなかったのだろう。返事はあっさりとしたものだった。

 そんなアルセイオに、今度はベナレスが問う。

 

「貴様の部隊はどうだ?」

「リズ、リゼ、ベルマルク、飛、エリカはどうにかなった。……ソラとバデスの爺さまは現在絶賛再生ポッドの中だ」

 

 肩を竦めながらアルセイオは答える。飛・王はなのはに倒されたものの非殺傷設定だったのが幸いしたか、傷一つ無く復帰している。女性陣三人と、ベルマルクも虚空水迅による謎の効果により、寝込んでいたものの、命に別状は無かった。

 しかし、背中を爆裂されたバデスと、胸――正確には肺を貫かれたソラはそうもいかない。

 ナノ・リアクターと言うグノーシスの再生治療ポッドを使用し、現在再生治療の真っ只中だった。

 このナノ・リアクターは治療用ナノマシンによる、分子レベルで中に居る使用者を再生出来る優れ物だが、実は管理局にあった物では無い。

 実は、クロノ・ハラオウンが伊織タカトと戦い負傷した際に、グノーシスから本局に寄贈されたものだったりする。

 肺がブチ貫かれていたクロノが一週間も経たずに復活したのは、これのおかげであるのだ。

 ……最も、現在敵側であるストラに使用されているのは、やはり皮肉な話しであるが。

 アルセイオの台詞に、フムとベナレスは頷いた。

 

「そうか。隊員が完全に動かせない以上、貴様達に奴達の追撃を命じる訳にもいかんか」

「……奴達?」

「アースラと言ったな? 奴達の事だ」

 

 ああ、とベナレスの言葉にアルセイオが相槌を打つ。後から来たタカトの印象が強すぎて、すっかりアースラの事を忘れていたのだ。

 そんなアルセイオにベナレスは変わらぬ無表情の視線を向ける。

 

「……幸い、各世界に派遣していた次元航行艦隊の消耗は避けられた。あれらに次元封鎖を行わせつつ、追撃を掛ける」

「俺達はどうするよ?」

 

 これからの行動を決定するベナレスにアルセイオが更に問う。

 それにもやはり眉一つ動かさず、ベナレスは頷いた。

 

「貴様達は、傷が癒え次第、ある所に攻め込んで貰おう。次元航行艦を一隻渡す」

「あいよ。りょーかい。んで? その場所は?」

 

 気安く了承するアルセイオに、ベナレスは背を向けた。歩く。

 おいおい無視かよ? と、アルセイオは笑いながら問おうとして。それより早く、ベナレスから問いに対する答えが告げられる――。

 

「第97管理外世界。地球――攻撃目標はグノーシスだ」

 

 そう、それだけが告げられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 −弾、弾、弾、弾、弾−

 

 星が瞬く宇宙に光が灯る。それは、弾丸と化して縦横無尽に宇宙を駆けていた。

 その中、弾丸が行き交う場所の遥か後方に、一つの巨影があった。全体の所々が故障しているのか、一部が欠落している。

 その影の名前は、次元航行艦アースラ。

 本局決戦に於いて、敗退、離脱し、現在撤退中の艦であった。

 アースラブリッジ、各報告が行き来する中で、頭に包帯を巻き、他にも本局制服から包帯が覗く八神はやてが、艦長席に座って、口元を組んだ指で覆い、展開したウィンドウを見て、難しい表情のまま唸っていた。

 その横で立ったまま、指揮をしていた副官のグリフィスが見遣る。

 

「……追撃部隊に捕まりましたか?」

 

 どやろ? とグリフィスの問いに、はやては答える。

 管制官のシャーリーを呼び出し、現在の敵対している機動部隊のデーターを寄越して貰った。

 機動部隊は、ガジェット、DA装備の因子兵で固められており、それが約五十体と言った所である。

 

「……いや、それにしたら部隊規模が小さいわ。偶発的なエンカウントやないやろか?」

「それは――また運が悪い話しですね。今のアースラの状況で」

「……そやね」

 

 グリフィスの台詞に、はやても嘆息する。今のはやての状況から解る通り、現状のアースラは最悪の状況だった。

 人的被害が酷すぎる。

 各部署の人員も、怪我人が多発しているような状況なのだ。特に酷いのが、機動部隊。つまり、前線メンバーである訳なのだが。

 

「現状で動かせる機動部隊が、クロノ提督、スターズ3、スターズ4。ライトニング3、ライトニング4。N2R3とN2R4二人と、セイヴァー、アーチャーだけですか」

「厄介やね。いくら敵部隊規模が小数やからって」

 

 グリフィスの言葉に、はやては嘆息する。

 グノーシス・メンバーは言うに及ばず、隊長陣はヴィータ、シグナムが大怪我の為、出撃は不可能。そして、フェイトや別のN2Rのメンバーも、少なからない怪我と、何よりデバイスの破損が酷く、出撃は不可能だったのだ。

 

「……シャーリー、皆のデバイスの状況は?」

「まだ大丈夫です。でも、そう長くは持ちません」

 

 シャーリーの申し訳なさそうな返答が、はやてに返り、彼女は再度嘆息した。

 

「デバイス、身体共に大丈夫なんが、シオン君と、スバル、ティアナしかおらへん、ね……」

「流石に厳しいですね……」

 

 はやてに引き続き、グリフィスも苦々しく答える。それに、はやてはモニターを見上げた。

 

「この艦の現状で単に運が悪いってのも救いようが無いけど。それに甘んじる訳にもいかへんね」

 

 そう呟くと、はやては再びシャーリーへと顔を向ける。

 

「シャーリー、光学索敵を頼むわ。機動部隊単独での作戦行動は無いやろうし、後方に航行艦が居るって思った方がええ」

「はい! 了解です!」

 

 その言葉にシャーリーは頷くと、コンソールを叩き、索敵を開始する。はやてはシャーリーから視線を外すと、再びモニターへと視線を向けた。

 

「グリフィス君、前線メンバーに現状維持の指示を。……無理はあかんって言い含めてや」

「了解しました」

 

 はやての指示に、グリフィスが頷く。それに頷き返しながら、はやての視線はモニターから動かない。宇宙空間で戦う一同を、ジッと見ていた。

 それは、まるで祈るかのような視線。……もう、失いたく無いと、そう告げる視線だった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 宇宙空間に光の道が走る。その上を駆けるのはN2R3、ノーヴェだ。向かう先には、人型モドキのガジェットが三体居り、ノーヴェに対して機銃を連射、弾幕を形成する――。

 

    −撃!−

 

 ――突如、中央のガジェットの一体に光射が一閃。頭部を貫き、一瞬の沈黙の後、火の球となって宇宙空間の藻屑と化した。

 それに、残り二体のガジェットの身体が少しだけ流れる。弾幕に一瞬だけ切れ目が出来た。それをノーヴェが見逃す筈も無い。一気に、ガジェットまで走り抜ける!

 

《っおらぁ!》

 

    −撃!−

 

 轟撃一蹴! 回るジェット・エッジのスピナーに後部が火を吹き、連射される弾丸を抜けながらガジェットの胴体を蹴り貫く。

 一撃は、あっさりとガジェットを二つに叩き折った。ノーヴェは止まらず、右手のガンナックルを持ち上げ、光弾を連射。残るガジェットに撃ち放つ。負けじと、ガジェットも光弾を抜けながら機銃を放とうとして。

 

【スティンガースナイプ、トリプル・バースト】

 

    −貫−

 

 その胴体を光閃が貫いた。ガジェットはそれに動きを縫われ、硬直する。しかし一撃で撃破は成らず、まだ動こうとして。

 

    −貫−

 

    −貫−

 

 続く二つの光閃が頭部と下胴部を更に貫く。ガジェットは、今度こそ沈黙、遅れて爆発四散した。

 眼前の敵が沈黙した事にノーヴェは一つ息を吐くと、念話が脳裏に響いて来た。

 

《無事か? ノーヴェ》

 

 届く念話にノーヴェは苦笑、頷く。

 

《ああ。ハラオウン提督も援護サンキュー》

《おいおい、礼を言うのは旦那だけかよ?》

 

 続いて届けられる念話に、ノーヴェはああそうだったと笑う。そして、もう一人、最初にガジェットを撃ち落とした青年にも礼を言った。

 

《ああ。あんたも良い腕だったよ、サンキューなヴァイス》

《おう》

 

 ノーヴェの礼に頷きの念話が届く。それを聞きながら、ノーヴェは左手側に視線を向けた。未だ、光が瞬く戦場へと。その表情は若干苦かった。

 

《この状況、まずくねーか? 向こうが突っ込んで来ねーからいいけど、一気に攻め込まれたら――》

《押し込まれる可能性は大だな》

 

 クロノがノーヴェに応じて答える。それに、彼女は露骨に眉を潜めた。

 

《だったらこっちも前出て一機でも多く……!》

《だが、やはりアースラの直援は必要だ。性質上、僕達が直援に向いてるしね》

 

 きっぱりと嗜められ、ノーヴェは舌打ちする。現状、アースラはまともな防御フィールドも形成出来ないのだ。それこそ、これ以上攻撃を受ければ墜ちかねなかった。

 

《お二人さん。話しの途中で悪いけど、敵影が四来たぜ?》

《そうか。ノーヴェは前に、ヴァイス陸曹は後方から援護狙撃を頼む。行くぞ》

《……了解!》

 

 若干、苛々しながらもノーヴェは頷く。そしてエアライナーを再度展開、再び走り出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 −弾、弾、弾、弾、弾−

 

 絶え間無い弾幕が宇宙に灯る。それ等を形成するのは総計三十のガジェット、因子兵だ。撃ち放ち続けられる機銃からなる弾幕は敵対者を近付けさせない――”筈”、だった。

 

《おぉぉぉぉ……!》

 

    −斬!−

 

 突如、ガジェットの一体が縦に分かたれる。高速斬撃による一撃で、両断されたのだ。

 神覇壱ノ太刀・絶影の一撃によって。それを放った少年、シオンはノーマルフォームのまま更に駆ける。近くの因子兵の首を一撃で落とし反転、もう一体の因子兵をぶった斬る。しかし。

 

 −撃、撃、撃、撃、撃−

 

《ぐっ……!》

 

 シオンの強襲から体勢を立て直したガジェット、因子兵群が、シオンに対して射撃を開始する。それに、シールドを発動して弾幕を受け止めるシオンだが、そのあまりの数に顔を歪めた。いくら何でも、数が違い過ぎる。しかも、ここは戦い方を限定出来る地上では無く宇宙空間だ。障害物も無く、上下も関係無いこの戦場で、一人突っ込むのは無謀に過ぎた。それが、一人ならば。

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 シオンに総攻撃を行う敵群に対して、走る三条の光砲。それは、動きを止めていた敵群の大半を飲み込み、喰らいながら突き進んだ。

 一撃により二十もの数を失ったガジェット、因子兵がバラバラに散り、その場から離脱する。

 

《っ――ちっとヤバかったか……》

《ちっとじゃないわよバカ!》

 

 攻撃が止んだ事により一息吐くと怒声が響いた。

 誰かを確かめるまでも無い、ティアナ・ランスターである。

 直後、蒼からなる道がシオンの元まで走り、砲撃を撃ち放った三人が駆けて来る。スバル・ナカジマと、ティアナ、そしてディエチ・ナカジマだ。

 三人はシオンに合流すると、ジト目で睨んで来た。

 

《シオン、ちょっと突っ込み過ぎだよ? 今のだって……》

《分かってる。無理はしてねぇよ。怪我もして無いし、問題ない》

《そう言う意味じゃ無いでしょバカ! アンタはいっつも……!》

 

 眦(まなじり)を上げて睨むティアナに、シオンは片手を上げて制止する。そして、三人のデバイスと固有武装に目を向けた。

 

《……数が違い過ぎんだよ。それに、アイツ等の機動性にまともに追従出来るのが俺とエリオ、クロノ提督しかいねぇ。多少、強引に引っ掻き回さねぇと、主導権も取り返せねぇよ。それに、今は突出出来るの俺しかいねぇし。だろ?》

《それは――》

 

 シオンの台詞にティアナが顔を歪め、スバルも表情を強張らせる。

 現在、前線メンバーの中で、デバイス、固有武装がまともに起動出来ているのは、シオンとスバル、ティアナ、クロノしかいない。しかし、スバルとティアナは無重力、真空間では機動性に難があり、クロノは現状に於ける前線メンバーの指揮を任されている身だ。ついでとばかりにアースラの直援の為、艦に張り付いている。

 前に出られる筈も無い。故に、突出する事が出来るのは現状シオンしか居なかった。

 二人はシオンの言い分に息を飲み、しかし言い返そうとして。

 

《三人共、話しは後にしよう。今は……》

《ああ、そうだな。三人共、援護頼む。……エリオ達は?》

《後でキッチリ話しつけるからね!》

《シオン……》

 

 ディエチに答えるシオンに、話しを逸らされたと思った二人がそれぞれシオンを睨み、悲しそうな顔をする。

 シオンは構わない、エリオ達の現在位置を確認して、飛翔を開始しようとする――。

 

《……ゴメンな、二人共。分かってんだよ、なのは先生に言われた事、ちゃんと理解してるから》

《《っ……!》》

 

 振り向かないままに告げられた念話に二人は目を見開く。シオンはやはり振り向かない、そのまま駆け出した。

 

《……やっぱり気にしてるんだね。シオン》

《……バカよ、アイツ》

 

 二人がぐっと息を飲みながらもシオンに呟く。それに一人、ディエチがため息を吐いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……来ました! 光学索敵に感あり!」

 

 アースラブリッジに、シャーリーの声が響く。同時に戦場を映し出すモニターの脇に、一回り小さなウィンドウが展開。そこに、XV級次元航行艦の一隻が映っていた。

 

「……当たりやね。距離は?」

「アースラより、5000(約五十Km)の位置で静止してます」

 

 シャーリーの報告に、はやては頷く。そのまま、横のグリフィスへと視線を向けた。

 

「距離が近いから向こうのアルカンシェルは警戒せんでもええね」

「はい。そこは助かりますね。こちらは攻撃オプションがアルカンシェルしか在りませんが、現状では使用不可能ですし」

 

 はやての言葉に頷きながらグリフィスも手元のコンソールを操作する。そして、更にモニターの右横に新たなウィンドウが展開した。

 

「現在、敵機動部隊は総計十、ガジェットが三、因子兵が七です。……こちらは何とかなりそうですね」

「そやね。後は敵艦の拿捕だけやけど……?」

 

 そこまで言った瞬間、モニターに映る敵艦が動き出した事に、はやては眉を潜める。既に機動部隊の勝敗は決したにも関わらず、ここに来て艦を動かす。それに、眉を潜めたのだ。ここで、ストラ側が選ぶ戦略は――。

 直後、敵艦の前方に”穴”が開いた。穴の向こうに広がるのは、次元空間! つまり、敵艦が選んだのは次元航行による撤退だった。

 

「そんな……! まだ機動部隊が残っているのに!」

 

 シャーリーが悲鳴じみた声をあげる。はやては顔を歪めた。

 

「いや、向こうの機動部隊はガジェットと因子兵だけや。人的被害は0。……殿としては最適やね」

「そんな……」

 

 しかも、ガジェット、因子兵共にストラ側は大量に数を用意している。消耗を恐れる筈も無かった。……実際は、タカトにより戦力を削られてストラ側もカツカツなのだが、それをはやて達が知る筈も無い。

 

「……如何なさいますか、艦長。追撃は?」

「やめとこ。今のアースラの状況で薮に手を突っ込むような真似して、蛇どころか鬼を出したら、ただじゃすまんしね。それにガジェットや、因子兵も放ってはおけんし」

 

 そこまで言うと、はやては再び正面へと向き直り、続いてシャーリーに指示を出した。

 

「各機動部隊は敵機動部隊を殲滅。敵艦は放って置いてええから、そっちを優先させてや。終わったら各員帰投。確認が終わったら次元航行で現世界より、離脱しよ」

「はい。……次元航行の行き先は……?」

 

 告げられた指示を前線メンバーに通信で伝えた後、シャーリーが振り返り問う。それに、小さくため息を吐いた。艦長席のコンソールを操作し、電算を任していたもう一人の管制官、御剣カスミを呼び出す。彼女は、すぐに通信に出た。

 

《はい。八神艦長》

「ああ、カスミちゃんか? もうちょっとしたら次元航行に入りたいんやけど……どないやろ? ミッドチルダへの次元航行経路は見つかりそうかな?」

 

 はやての問いに、しかしカスミは目を伏せる。それだけで、はやては理解した。ミッドまでの次元航路座標が特定出来ていないと。

 実はアースラ。本来ならばミッド方面へと次元航行する筈だったのだが、例の次元震攻撃の影響か、次元航行座標が狂ってしまったのである。

 現在、アースラはストラに占拠された本局を挟んで、ミッドの反対側の世界へと次元転移してしまっているのだ。

 当然、本局は再び次元封鎖されている状況であり、この本局を再び通常航行で抜けない限りは、ミッド方面には次元航行出来ない状況なのだ。それは、今のアースラにおいて単なる自殺行為でしか無い。

 一応、遠回りに本局を迂回する形で、カスミにミッドまでの次元航路座標を算出して貰っていたのだが、結果は散々に終わったと言う訳だ。

 

《……申し訳ありません、私が至らないばっかりに》

「そんな事あらへんよ。カスミちゃんもシャーリーも、しっかりやってくれた。……そもそも、無理言うたんはこっちやし、な?」

《……はい》

 

 もう一度、すみませんとカスミは謝り、通信は切れた。はやては再度ため息を吐く。

 問題が山積み過ぎて、頭が痛い。

 実際、ミッドに戻れ無いのは相当の痛手だ。何故なら、現状アースラで意識不明の者達――グノーシス・メンバーと、シグナム、ヴィータはどうにか延命出来ている”だけ”であり、完全な治癒が出来ていない状況なのだ。

 更に言うなら各デバイスや、固有武装。これ等も本体までダメージが入っていたりしているので、専門のラボで修理する必要がある。

 怪我人と、デバイス、その両方共、艦の設備では回復も修理も不可能なのであった。……それに。

 

「……皆のココロの問題もあるし、な」

 

 そう呟き、はやては自嘲する。

 ――高町なのは。幼なじみであり、親友、戦友だった彼女が。今、アースラに居ない。……最悪の状況は十分過ぎる程に考えられたが、はやては考え無いようにしていた。しかし、それでも彼女が居ないだけで艦は重い空気に包まれている。

 それが特に顕著なのはフェイトであった。目覚めた時に、なのはの事を聞いて半狂乱で本局に向かおうとしたくらいだ。今は部屋に閉じこもりっきりの状態である。

 はやてはしかし、そんなフェイトを責めなかった。責められなかった。

 多分、ソレは普通の反応なのだから。つくづく、艦長と言うのが因果な役職だと思い知らされた。

 そして、それを当然だと艦長職をこなす自分も。

 先の自嘲は親友を失って、しかし悲しむそぶりすら見せずに仕事をする自分を嘲笑ったのだ。必要だと分かっていても、悲しめない自分を。

 

「艦長……?」

「っ……。どしたんかな? グリフィス君」

 

 つい、考えに没頭してしまった自分を恥じながら、はやてはグリフィスに問う。それにグリフィスは若干目を伏せた。

 

「……いえ。敵機動部隊、殲滅完了です。前線メンバーは各員、アースラに帰投完了。いつでも次元航行に入れます」

「そ、そか。ゴメンな。ちょっとボーてしてたわ。いややね。歳かな?」

「……艦長、やはり――」

「ん? 何かな?」

 

 気付かれるな。

 それだけを自分に言い聞かせ、はやては笑顔でグリフィスに問う。……それが、無理矢理作った笑顔だとしても。今は、それが必要なのだから。

 グリフィスは、はやての顔を少しの間眺め、しかし「いえ……」と短く答えて、前を向いた。

 

「何でもありません、艦長。次元航行準備、完了です」

「ん。なら次元航行開始しよか。次元座標は……」

「既に算出完了です。敵艦から最も発見されないであろうルートで第72管理外世界までの次元航行可能です」

 

 その言葉に、はやては頷く。そして、全ての悲しみをただ胸に押し込めて指示を出した。

 今は、それが必要だから。そう、自分に言い聞かせて。

 

「よし。なら次元航行開始! 転移反応は最小限に。ストラに悟られんようにな?」

『『了解!』』

 

 はやての号令に、ロングアーチ一同もしっかりと応える。

 ……不器用にも、泣いている事に気付かないまま、指示を気丈に飛ばす、己達の艦長に報える為に、大きな声で応えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――ふと気付くと、彼女は荒野に居た。

 

 ……え?

 

 いきなりだ。本当にいきなり、何の脈絡も無く、彼女は……高町なのはは一人、荒野に突っ立っていた。

 

 ……ここ、どこだろ?

 

 見渡す限りの荒野。それ以外、何も無い。とりあえず、歩いてみる事にする。

 てくてくてくてく、歩く。しかし、本当に何も無い。まるで意図的に物を無くしたかのような空っぽさが、この荒野にはあった。

 十分程歩き、なのはは息を吐く。

 何処まで歩いても果てが無い。

 何処まで歩いても何も無い。

 いっそループしてるんじゃないかと錯覚してしまいそうである。何せ、景色も何も変わらないのだから。

 

 ……?

 

 しかし、歩いていたら何やら大きな影を見付けた。まだ遠くてよく分からないが、人のようにも見える。それ人なら道も聞けるし、此処が何処だかも分かる。

 そう思うと、なのはは影へと走りだした。走り、走り、影に近付いて――それが、ヒトなんかでは無い事に気付いた。

 

 ……鎧?

 

 思わずポカンと見上げてしまう。近くまで来てみると、その鎧の大きさは更に際立って見えた。2mは確実にあるだろう。しかも、その鎧は西洋の鎧では無く、武者鎧であった。こちらに背を向けているが、その独特の形は間違い無い。

 

 ……誰か、鎧を着込んでるのかな?

 

 こんな荒野で一人、鎧を着ている理由が分からなくて、なのはは首を傾げる。だが、このままと言う訳にもいかない。とりあえず話し掛けようとして――。

 

「あんたにからだをかえしてあげる」

 

 ――別の声が響いた。

 それに一瞬虚を突かれて、なのはは呆然となる。どう言う事かと鎧を回り込んでみると。

 そこには、少女が居た。

 紫の長い髪の少女だ。恐らくは6歳くらい。しかし、その少女の瞳は何かに挑まんとせんばかりに爛々と輝いていた。

 とてもでは無いが、このような年頃の少女がする目では無い。なのはは一瞬だけ息を飲む。しかし頭を振ると、思いきって少女に声を掛けてみる事にする。

 

「こんにちは。どうかしたのかな?」

 

 笑顔と共に語りかける、が。少女はなのはを見もしない。真っ直ぐに鎧を睨み続ける。なのはは少女にもう一度、真っ正面から声を掛けた。だが、結果は同じ。少女は、なのはを無視し続ける。

 

 どうしたものかと、なのははう〜〜ん。と、頭を悩ませて。突然、少女が歩き出した、なのはに向かって。

 ぶつかると思い、少女をなのはは抱き留めようと手を伸ばすが。その手は少女を通り抜けた。

 

「え……!?」

 

 いきなりの事態に、思わずなのはは目を見開く。しかし、驚きはまだ止まらない。少女は止まらず歩き、”なのはを完全に通り抜けた”。

 

 どう言う事……?

 

 呆然として、自問する。

 そこで気付いた。少女は、自分を無視していたのでは無く”見えていなかった”のでは無いかと。

 だとするならば、これは……?

 

「夢? でも」

 

 夢にしてはリアリティがあり過ぎる。まるで、映画の中に入れられたかのような錯覚を、なのはは覚えた。しかし、そんななのはを少女は構わない。

 少女は鎧の足元まで歩くと、見上げながら更に声を重ねる。

 

「あんたにからだをかえしてあげる。……で。もうひとつ、あずかりものがあるの。あんたのなまえ」

 

 舌足らずの声が響く中、なのはは奇妙な奇視感を覚えた。何処でこんな光景を見たような、聞いたような。そんな気がしたのだ。そして――。

 

「あんたのなまえは、いおりタカト。……あんたのおとうさんからもらってきてあげたんだからね? かんしゃしなさい!」

 

 っ……!

 

 少女が告げた名前に、なのはは呆然と目を見開く。つまり、これは――!

 

「タカト、君の……?」

 

 ……じゃあ、あの娘は?

 

 そう思うと同時に、少女が右手を胸に当て、エヘンと張りながら得意気に笑って見せた。

 

「わたしのなまえはルシア。ルシア・ラージネスっていうの。ちゃんとおぼえなさい?」

 

 ……ルシア、ちゃん?

 

 その名にも、またなのはは覚えがある。タカトを”地獄”から救い、そしてシオンの初恋の女性だった筈だ。目の前の少女がルシアならば、この光景は。

 

「いいこと? ちゃんとおぼえなさいね! これ、めいれいだから!」

 

 にっこりと笑う少女、ルシア。自分より遥かに大きい鎧に恐れずビシッと指を突き付ける。

 恐怖は無いのかと疑いたくなる光景だが、何と鎧はあっさりと頷いた。少女は、それに満面の笑みのままで。

 

「じゃあ、いっくよ? あなたの”まな”は――」

 

 瞬間、なのはは手を強く引っ張られる感覚を覚える。直後に、その光景全てが遠ざかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「っ――」

 

 軽く光が射す感覚。そして、手が強く握られている感覚に、なのははゆっくりと目を開いた。

 視線の先には見知らぬ天井が広がり、電灯が部屋を照らしている。その明るさに思わず目を細めながら、なのはは身を起こそうとして、握られている手に気付いた。

 左手が誰かに握られている。視線を向けると、なのはは目を完全に見開いた。その手を握っているのが他でも無い、伊織タカトだったから。

 いつものバリアジャケットでは無く、ユーノの家で着ていた黒のシャツに、ジーパンと言うラフな格好であり、眠っているのか、目は閉じられたままだった。意外にも可愛い寝顔である。そして、拘束具に包まれている右手が、なのはの左手をしっかりと握りしめていた。

 

 ……え〜〜と。

 

 寝起きと言うのも手伝い、突然の事態になのはは頭が回らない事を自覚する。

 此処は何処なのか?

 あの後、どうなったのか?

 アースラは?

 そう言った数々の疑問が頭に浮かび。しかし、最大の疑問が頭の大半を占めていた。つまり。

 

 ……何で、手を繋いでるんだろ?

 

 そんな、当たり前過ぎる疑問である。嫌な訳では無い。しかし、どうにも気恥ずかしさをなのはは覚えていた。

 とりあえず、タカトを起こそうと身を起こす。同時、タカトの目が開いた。

 

「っ……寝ていた、か。随分と懐かしい夢を――」

 

 そこまで言った所で、上半身を起こしたなのはに気付いたのか、タカトが目を見開く。手は繋がれたままだ。

 え〜〜と、と悩み、取り敢えず挨拶だけはしておく。

 

「えっと。その……おはよ、タカト君」

「あ、ああ。おはよう」

 

 珍しく言い淀みながらタカトがなのはに挨拶を返す。視線も逸らしていた。

 そんなタカトの反応を、なのはは奇妙に思う。一体、どうしたと言うのか?

 

「どうしたの? さっきからこっち見ないようにして……?」

「い、いや。まぁ、何だ。……俺も男なんでな。それ、隠したほうがいい」

「え……?」

 

 タカトが左手の人差し指でなのはの胸の辺りを差す。その行き先を、なのはは視線で辿り――ピシリ、と硬直した。

 その先には、肩から斜めに例の治療符が張られていた。しかし、それ以外には”何もつけていなかった”のだ。

 ぶっちゃけると、全裸。

 1秒2秒と、なのはは硬直する。それにタカトはあくまで視線を反らせたままに、声を掛けた。

 

「……おい? なのは?」

「き……」

「き?」

 

 なのはを見ないようにしているタカトは、オウムのように、なのはの声をトレースする。

 ……そう、見えてはいない。

 下からゆっくりと顔に朱が差すなのはの顔も。そして、それが臨界に達した時、全ての感情は爆発した。つまり、叫び声へと。

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!」

「て、さけ……ぶっ!」

 

 いきなり叫び出したなのはに、思わず振り返るタカトだが、直後に……凄まじく珍しい事にだが、顎に綺麗なアッパーカットを食らう。

 正確には羞恥のあまりに混乱して振り回す手がぶつかっただけだが。なのは、ある意味誇っていい。

 そのままジタバタと暴れるなのはに、今度はタカトが血相を変えた。

 

「て、たわけ! 傷口を開かせる気か!?」

「や、やだ! やだぁ!」

「ええい……! 暴れるなと!」

 

 混乱し、手足を振り回すなのはを、タカトは顔面やらをポカポカと叩かれながら両の手を押さえる。

 左手は繋ぎっぱなしだったのが幸いしたか、すぐに右手も掴んだ。一気になのはをベッドに押し倒す。

 

「っ――アホかお前は! 折角傷一つ無くなりそうなの、に……」

「う――!」

 

 取り押さえる事に成功して一つ嘆息を入れると、なのはに説教を開始しようとして。

 自分達の状況に気付き、タカトは固まった。

 全裸のなのはを下に組み伏せる自分。端から見れば、暴漢以外の何ものでも無い。

 涙目で自分を睨む、なのはの視線が凄まじく痛かった。

 

「……何だ、まぁ、その――済まん」

 

 直後、力が緩んだタカトの左手を振り解いたなのはの右手が一閃。タカトの頬に盛大なビンタを食らわせた。

 ……なお、女性にしてはルシアを除いて、タカトにクリティカルヒットを二回も成功させたのは、なのはが初であるのだが――まぁ、余談であった。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第三十七話前編であります。通称、ラヴコメ編の始まりです(笑)
散々待たせに待たせた、なのはのフラグが今こそ立つ時……!
しかし、お相手はフラグブレイカー君なのであった(笑)
次回から高まるなのはのヒロイン力をお楽しみにー。
では、後編でお会いしましょう。ではでは。

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