魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
−我が、真名は−
−神の子は主が右の座に着かれ−
激震し、荒れ狂う”世界”にたった一つの言葉が響く。どこまでも、どこまでも、静謐に響いていく。
−太極は万象を生ず−
響く言葉は、真実の言葉。伊織タカトの持つ、たった一つの、”己だけの言葉”だ。それは、今まで放たれていたオリジナルスペルと違い、一文が追加されている。この一文が追加されたモノこそが、タカトの本来のオリジナルスペルであった。
真実の言葉を、本局前に居る全ての者は聞き、そして、”ソレ”を見た。
拘束具が外れ、フードが弾け飛んだ、伊織タカトの本当の姿を。
まず、目を引いたのは肌の色だ。上半身のバリアジャケットが消し飛び、裸となったその身は、まるで墨を流したが如く黒に染まっていた。肌の上を伝うかのように紋様が全身に走っている。まるで、ヒトの身体に直接描かれた魔法陣のようだ。紋様は、顔にも例外無く走り、額に日輪のようなシンボルを刻む。
次に目を引いたのは髪。本来、短髪であった髪が、足にまで到達する程の長髪となっていた。そして何より驚くのが色、全ての色素を失ったが如く、白へとその髪は変わっていた。
黒の肌と、白の長髪。それに負けじと存在を主張している部位がある。
――眼だ。一同を見据える瞳。左は黒のままだが、晒された右の瞳が別の色を放っている。
赤より、朱い、紅を。
紅眼。その瞳は、良く見ると普通の紅眼とは違うものであった。
瞳に、白と黒の勾玉をくっつけたような紋様が刻まれ、それを囲むようにして、八角からなる陣が刻まれている。
八門遁甲。そう呼ばれる陣である。
それ等を全て晒したタカトは一同を睥睨する。身に、ゆらりと立ち上る黒のオーラと共に。ややあって、口を開いた。重々しく紡ぐ。己の真名を。
《EX、666・猛速凄乃王命・伏羲(イクス、ナンバーオブザビースト・タケハヤスサノオノミコト・フッキ)》
――そう、呟いた。
そのタカトを見た、全ての者達は、震えていた。紅の瞳に見据えられて、その存在に圧迫されて。
タカトが一歩を刻む。それだけで世界が震えた。
痛みと、喜悦。悲哀からなる咆哮を上げる。次元震と言う咆哮を。ソレを見て一同は――アルセイオ隊の全員が凍り付く。
近寄るなと。止まってくれと、心底願った。
あまりの重圧に、自分達を悟らないでくれと、心臓ですらも止まってくれと願った。
怖くて。ただただ、怖くて!
だが、タカトは止まらない。歩みを止めようとしない。
直後、凍り付く一同から飛び出る陰が出た。
この重圧の恐怖の中、タカトに向かい行くのは――。
《ば、バデス! ベルマルク!》
飛び出した二人に、解凍されたアルセイオが吠える。
そう、凍り付いた一同から飛び出したのは、巨斧の担い手、バデスと、銃式デバイスを操るベルマルクであった。
二人は、真っ直ぐに歩いて来るタカトに突き進む!
まず、ベルマルクからタカトへとフライッツェを差し向けた。
《フライッツェ。リミット・ブレイク! 彼の者を分かれ、割かたれ尽くしなさい!》
【はい】
ベルマルクの咆声に応え、フライッツェが鈍く光る。直後、マガジン内全てのカートリッジをロードし、その数だけの銃弾を吐き出した。
《我が魔弾は、全てを分解し尽くす! 貴方にそれが堪えられてか!》
《……》
ベルマルクの念話にタカトはただ無言。歩みもまた止めない。そして。
−弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾、弾−
その身体に、八発からなる分解魔弾が叩き込まれた。胸や腹、腕や足に弾は食い込み――ポロリと落ちた。
《な……!》
流石のベルマルクも目を見開き、呆然とする。いかな方法を用いれば、何の防御もせずに弾を受け止められると言うのか。よく見れば、全ての銃弾は完全に潰れていた。
《ぬぅあぁぁぁぁぁぁ……!》
【タイラント・フォルム!】
眼前に展開された状況をタカトに変わらず突っ込むバデスもまた見ていた。しかし、止まらない。タカトまで翔ける!
そして、背より火を吹く巨斧を振りかぶり、一気に振り放った。
狙うのはタカトの首、一撃で叩き落とす!
その想いと共に断罪(ギロチン)の刃がタカトの首筋へと叩き込まれ――刃はあっさりと砕けた。
タカトは何の防御も取っていない。タイラントはタカトの首筋に叩き込まれている。なのに――!
《……馬鹿、な》
《終わりか?》
驚愕し、呆然となるバデスにタカトはたった一つの言葉を送る。
《……下らないな》
−撃−
本当に詰まらなそうにタカトは呟き、そしてバデスの背が爆裂した。
《バデス殿!?》
ベルマルクの念話が響く。しかし、バデスは答える事が出来ない。ピクピクと、細かく痙攣するだけ。
見れば、いつの間にかタカトの右の拳がバデスの腹に食い込んでいた。その一撃が腹では無く、背を爆裂させたのは全ての衝撃を徹し、炸裂させた証拠であった。
――浸透勁、そう呼ばれる技法がある。空手にもまた秘奥として伝わる技法だ。相手の身体の内部に打撃による衝撃を浸透させ、好きな部位で炸裂させる技である。タカトはそれを、無造作に放ったのだ。
しかしこの威力。いかな破壊力が、その拳にあったと言うのか。
タカトは自分に引っ掛かり、もたれ掛かるバデスを押しやり、突き放すと、指をスッと差し出した。
《虚空水迅》
−斬!−
次の瞬間、ベルマルクの肩に”漆黒”の水糸が食い込んだ。彼は、自分の肩に刺さる水糸を呆然と見る。
……馬鹿な。彼は水など集めては――。
視線が水糸の出先を辿っていき、その終着を見て、ベルマルクは完全に硬直した。水糸は”虚空”から突如として発生していた。タカトの指先から伸びている訳ですら無い。全然、別の空間から発生していたのだ。
《これは……!》
《まだ話せるか、タフだな》
《何を……っ!?》
問おうとするが、その前にベルマルクをどうしようも無い悪寒が襲った。すぐに身体の自由が効かなくなる。
これは……!
もはや念話すら飛ばせなくなったベルマルクが、タカトを畏怖と恐怖が混ざった瞳で見る。彼はその視線に構わない。ただ、歩く。
《次は誰だ?》
そして、今まで硬直して動けなくなったアルセイオ隊とギガンティスを見遣り、ポソリと呟いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
バデスとベルマルクをあっさりと打倒したタカトを見て、一同に重々しい沈黙が降りる。
たった一人に恐怖し、沈黙させられているのだ。
アルセイオでさえ、倒れた部下を助けに行けない。眼前のタカトから眼が反らせないのだ。
それ程までに、今のタカトは圧倒的過ぎた。
《事象概念超越未知存在か……!》
《……? ベナレス、何だ、そりゃあよ?》
突如として、ギガンティス内のベナレスから放たれた言葉に、アルセイオが問う。その長い名称が、何か妙に引っ掛かった。
《ランクEXの、本来の呼び名だ。EXと言うのは通称に過ぎん》
《EXの……!》
告げられた言葉に、アルセイオは目を剥く。
――いつか言われた事があった。例え、どれ程の極大威力の魔法を得ようと、無敵の身体を手に入れようと、希少過ぎる能力を身に付けようと、EXには届かないと、そう言われた事が。
アルセイオは斬界刀と言う極めて絶大な破壊力を持つ魔法を所有しているが、それすらもランクで表すと、SSS++++++と言う数値に留まる。威力だけでは決してEXに届かないと言われた由縁だ。
ならば、EXとは――!
《神が定めし事象法則。絶対の理由、概念と言う名の事象。それすらを超越し得る存在。絶対未知存在をEXと、そう呼ぶのだ》
ベナレスの念話に、アルセイオは沈黙する。明かされたEXと言う存在を漸く理解して。そして、己が目標としたタカトと言う存在を正しく知って、沈黙した。
《話は終わりか?》
《っ!?》
ベナレスの説明に聴き入っていた一同が硬直から抜け出す。眼前の異常なる異質存在へと目を向けた。つまり、EX化したタカトへと。
《長い話。ご苦労な事だ。……さて》
そう呟きながらタカトは一度下ろした手を上げた。すると、全天に――それこそ本局をまるごと包み込む程の威圧感が放たれる!
《終わりにしようか》
−斬!−
直後、全天全てから水糸が降り落ちる!
ギガンティスに。
アルセイオ隊に。
ガジェットに。
因子兵に。
それは本局をまるごと飲み込む程の水糸となり、一同に降り落ちたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
−斬!−
−斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬−
−斬!−
全天、三百六十度全域から降り放たれた漆黒の水糸。それを見て、アルセイオは血相を変える。真っ青になった顔で隊の皆に振り返った。
《避けろ! 全員どんな手段を使ってもいい! この攻撃を回避しろ!》
《ど、どうやって!?》
《自分で考えろ!》
ソラから飛んで来た疑問にもアルセイオはにべも無く答える。この中で一番鈍重とも言えるギガンティスは既にディメンション・フィールドによる次空間歪曲で水糸を防いでいた。それですらも、一撃を受ける毎に軋みをあげている!
アルセイオはそれを確認すると、上下左右前後から迫り来る水糸に、剣群を生み出し、周囲にバラ撒く――即座に何の抵抗も無く、あっさり砕かれた。
《っ!?》
《ちなみにだが、この虚空水迅。ランクにしてみればSS+相当程度の破壊力がある。頑張れ》
《な……!?》
タカトから響く念話にソラを始めとした一同が目を見開く。そして、理解した。アルセイオが、何故にあれほど血相を変えたのかと。
これほどの範囲で、これほどの精度を持つ攻撃が、SS+。理不尽としか言いようが無い。
幾万、幾億の水糸が跳ね回る。それをアルセイオ隊の一同は、それぞれ無茶苦茶な軌道を描き、飛び回りながら回避し続ける。
ガジェットや、因子兵は動きについていけないのか、次々と水糸に貫かれ、行動不能に陥れられていた。そして。
《きゃう!》
《……っ!》
二人分の悲鳴が上がった。リズとリゼの姉妹の悲鳴だ。リズは右腕に、リゼは太腿に水糸が刺さっていた。直後、顔色が真っ青に変わり、二人はぐったりとなる。そのまま力無く、意識を失った。
《リズ! リゼ……! くそ、なんなんだ、この水糸は……!?》
倒れた二人に、ソラが呻く。近寄る事も出来ない。未だ、襲い来る水糸の為だ。しかし、ベルマルクもそうだったが、リズもリゼもたった一撃。しかも、急所ですら無い場所に刺さっただけで倒されている。
この水糸、一体いかな効果を持つと言うのか。
《副隊長、このままでは全員総崩れですわ! フラガラックでタカトに接近しなければ……!》
《それしか無いか……!》
残るは、アルセイオとソラ、エリカ、そしてギガンティスだけである。飛は、なのはにより気絶させられ、バデスは生死不明。ベルマルクとリズ、リゼは謎の効果により意識を奪われた。
このままではジリ貧で終わる。ならば、空間接続で全員タカトに飛び込み、一気に倒すしか無い。
−ソードメイカー・ラハブ−
−我は、無尽の剣に意味を見出だせず、故に我はたった一振りの剣を鍛ち上げる−
ソラの耳にアルセイオのキー、及びオリジナルスペルが響く。
視線を向けてみれば、アルセイオが斬界刀を現顕させている所だった。アルセイオは、ソラに頷く。
故に、ソラも決めた。タカトの懐に飛び込む事を――!
−ブレイク・インセプト−
−我は、ただ空へと向かう−
己の言葉を解き放つ。エリカもそれに合わせるように、手に持つ大鎌を構えた。
《行きます、隊長! エリカ!》
《おう!》
《お任せしますわ!》
二人からの叫びに、ソラは頷く。フラガラックの空間接続を開始、座標は、タカトの眼前――!
《跳べ!》
直後、三人の姿が消えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
空間接続で、一気に三人はタカトの眼前に現れる。
アルセイオは斬界刀を。
ソラは魔皇撃を。
エリカはヘルを召喚しようとして。
しかし、攻撃の途中でピタリと停止した。
――いない。空間接続するまでは、確かに居た筈のタカトの姿が、どこにも。
《どこを見ている?》
《《っ――!?》》
告げられた念話に、アルセイオとソラだけが振り返った。……エリカは振り返る事が出来ない。何故なら。
《何故、お前がここに居るのかは知らない。だが――》
タカトが、空間接続で現れたエリカの真後ろに居たからだ。エリカは呆然と目を見開いたまま硬直。タカトは構わない、右手を掲げる。
《戦場に出て来た。ならば、相応の覚悟があると判断するぞ?》
《っ……》
届いた念話に、エリカは唇を噛み、振り向きざまにレークィエム・ゼンゼを振り放つ。だが、斬撃はタカトの左手の人差し指と中指に挟まれ、あっさり止められた。
《終わりだ。エリカ》
即座に水糸がエリカの肩に突き刺さる。三人同様エリカにも強烈な悪寒が襲い掛かった。そして。
《……》
《……む?》
何事かをタカトに呟いた。その内容にタカトは眉を潜め、軽く嘆息する。
《……馬鹿が》
ぐったりとしたエリカを抱くと、次元空間に放る。それは、ただ自分へと向かい来る二人の攻撃の余波に、エリカを巻き込ませまいとする元主人に対する気遣いだった。当然、アルセイオとソラは構わない。改めて、斬界刀を、魔皇撃を放つ――しかし。
《なに……?》
再び、二人はタカトの姿を見失った。いきなりその姿が消えたのだ。
縮地や、ましてや瞬動を使うような暇は無かった筈なのに!
《ベナレスの説明を正しく聞いて無かったのか? お前達は》
《《っ――!》》
再び響く念話に、二人が背後を振り向く。そこには、腕を組んで二人を見下ろすタカトが居た。
《ベナレスは言った筈だ。EXは事象概念超越未知存在だと。ならば、世界の概念(ほうそく)に、全く縛られない存在とは考えられないか?》
それは、つまり。二人は、タカトの言葉に構わず己の最強の一撃を繰り放ち続ける。
だが、タカトは斬界刀を体捌きだけで躱し、魔皇撃はただの拳で迎撃する。そして、また消えた。
《そう、例えば”時間の流れを無視する”程度の事が出来ないとは思い至らないか?》
タカトから告げられる念話に、二人が固まり絶句する。それは、つまり――!
《時間を、止めたと……?》
《正確には違う。時間の流れを無視しただけだ。止めた訳では無い》
例えば、時間を川の流れだと考えれば分かりやすい。絶えず流れるその流れに、普通ならば流されるままだが、タカトはその流れを無視して立ち止まったのだ。だけど、そんなもの、時間を止めたのと、どこが違うと言うのか。
《くそ……!》
タカトのあまりの出鱈目さに、ソラは歯軋りを一つ鳴らすと、フラガラックを突き出した。
《空間接続開始! 座標は――》
《空間跳躍斬撃。フラガラックの特性を利用した攻撃か。……止めておけ、”俺にそれは通じない”》
黙れと、内心ソラは吠える。構わず、フラガラックを発動。タカトを内からぶち貫こうとして。
−斬−
《あ……?》
目を見開き、ソラは硬直する。それは、”自分の胸から突き出した刃”を見たから。タカトの心臓を貫く筈の刃が、自分を貫いていたのだ。
な、ぜ……?
《ソラ!?》
血を吐き出し、崩れ落ちるソラにアルセイオが念話で呼び掛ける。しかし、ソラはそれに応える事が出来ないまま、意識を失った。
グッタリと倒れたソラに、アルセイオは苦し気に顔を歪める。ギロリと、タカトを睨んだ。
《ソラに何をしやがった!?》
《俺がやった訳では無い、そいつの自爆だ》
タカトは嘆息。アルセイオの視線を真っ向から受ける。右手を持ち上げ、指で己を指した。
《言った筈だな? 俺は世界の概念を無視出来る。それは、己への世界からの干渉を跳ね返すと言う事と同義だ》
《っ――》
その言葉に、アルセイオは悟った。ソラが自爆した理由を。つまり、今のタカトには――。
《一切の介入系能力が通じねぇのか!?》
《正解だ》
あっさりとタカトは頷く。今のタカトは、他者からの介入(概念)を全てかき消してしまうのだ。
それこそ、神(世界)の力であったとしても。……それが分かったとしても、何も出来はしないのだが。
アルセイオはその事実に舌打ちする――が、へっと笑った。
《だが、お前は完璧じゃねぇ》
《……》
笑いながらアルセイオは手に持つ世界を斬る得る一刀、斬界刀を掲げる。タカトに差し向けた。
《お前、さっきから斬界刀は、きっちり躱してやがったな? つまり、コイツは効くって事じゃねぇのか?》
《フム》
告げられるアルセイオの言葉にタカトは目を細め、頷いた。
《正解だ。今の俺は八極八卦太極図による八卦太極炉が全開状態でな。常時八属性技を発動しているようなモノなのだが、その中の一つ、山の属性変化奥技『金剛体・闇』が常に発動している》
《……つまりだ。その技をブチ抜ける破壊力を叩き込める技があれば、ダメージはきっちり通るって訳だ?》
笑いながら斬界刀を担ぎ、タカトを見据える。そんなアルセイオに、タカトはただ首肯した。
《その通りだ。威力にしてみれば、SSSランク以上の攻撃ならば『金剛体・闇』の防御を抜ける事が出来る》
《へっ、なら――》
斬界刀を握るグリップが強くなる。アルセイオはタカトを見据えたまま、一歩を踏み出した。
《一丁、勝負に付き合って貰おうかい!》
《止めておけ、とは貴様には言わんぞ?》
直後、タカトが”構えた”。
半身に体をずらし、左手を顔の前に持ち上げる。右手は拳を作り、腰溜めに構えられた。
――タカトが構えた。その事に、アルセイオは眉を潜める。
タカトは自然体を常とし続けていた筈だ。それは、いついかな状態に於いても、自然体こそがあらゆる状況に対応出来る構えとなっていた為だ。それが構えたと言う事に、アルセイオは眉を潜めたのだ。それはつまり。
《”拳を放つ”。ただ、それだけに特化した構えか》
へ、と再び笑う。恐らく、タカトがこの構えを取ったと言う事は、時間停止を使わずに真っ正面から斬界刀とぶつかる積もりなのだろう。
そうでなければ、ただ止まった時間の中で斬界刀を躱せば済むだけの話なのだから。
真っ向からのぶつかり合い。その事に、アルセイオは震える。破壊力だけならば、最強と言われた斬界刀。その一撃でタカトを打倒し得るのか、そう考えただけで震えたのだ。
笑う。肩に担ぐ斬界刀を背が反るまで振りかぶった――。
《《いざ》》
――直後、アルセイオとタカトは、同時に駆け出す! 刹那に、互いの必殺の間合いに飛び込んだ。
《チィィエェェェェェェェェェェェェェストォォォォッ!》
−轟!−
振りかぶりから一直線に放たれる轟撃! 星を、いや世界すら斬り得る一刀が真っ逆さまにタカトに降り落ちる! 対して、タカトはただ前進あるのみ、そして右の拳が僅かに引かれ。
《無尽刀、アルセイオ・ハーデン。貴様の一撃に敬意を表し、俺も見せてやる。これが》
一歩の踏み込みと共に拳が放たれた。
《EXだ》
降り落ちる轟撃に、タカトは拳を叩き込む。それに、アルセイオは眉を潜める。
死ぬ気か?
そう思い、そして――。
−破−
――降り落ちる斬界刀が、拳を叩き込まれた所を中心に砕け散る瞬間を目撃した。
《な、に……?》
アルセイオは驚愕に目を見開く。己の最強の一撃が、何の抵抗も無く破壊されたのだ。驚きもする。アルセイオは呆然としたまま、半ばから砕かれた斬界刀を最後まで振り下ろし、当然空振りした。
タカトは、拳を繰り出した動作のまま、残心し続ける。そして、ポツリと呟いた。
《神無》
ただ、その一言だけを。アルセイオはそれを聞きながら振り下ろした斬界刀を漸く留める。タカトに、それは何かを問おうとして。
《早くその刀、解除した方がいいぞ? ”破壊”に巻き込まれる事になる》
《なに――っ!?》
直後、半ばから砕かれた斬界刀が、折れた部位からさらさらと砂に変わっていく。それは一瞬にして広がり、アルセイオは慌てて、斬界刀を解除。ダインスレイフを斬界刀から抜いた。
タカトが言う”破壊”は止まらない。結局、斬界刀を最後まで喰らい尽くし、消えていった。
《今のは……?》
己の最強を打ち砕き、あまつさえ完全に滅ぼした一撃に、アルセイオは呆然とタカトに問う。だが、タカトは無言。そのまま、踵を返した。
《オイ》
《そこまで教える義理は無い。それに幕引きだ》
−散−
直後、アルセイオの背後で、今の今まで展開していた水糸が事如く消えた。
その中で動けるものはディメンション・フィールドをただ張り続けるギガンティスただ一体のみ。アルセイオ隊も、三十万を超すガジェット、因子兵群も動く事が出来ずに、ただ沈黙し続ける。
《貴様達の戦力の大半を奪った。なのはの代わりは果たしたと判断する》
そう、念話を飛ばし右手を伸ばす。そこには、滑り落ち虚空へと消えた拘束具が握られていた。それを掴んだまま、タカトは次元空間を歩いて去ろうとして。
《このまま、逃がすとでも思うか!?》
突如、今まで身動きすらも出来なかったギガンティスが動き出す。両手を広げ、胸をバクンと開いた。そこから合わさるエネルギーが極大の光球となり、そして。
《デモリッション!》
−煌!−
二重螺旋を描く極大の光砲となり、放たれた。向かう先は他でも無い、悠々とただ進むタカトだ。彼は、視線すら向けない。その背に叩き込まれんと光砲が接近し。ここで漸く半身だけを振り返り、タカトは左手の指を持ち上げた。
《虚空光覇弾》
−閃−
漆黒の極光が走る――!
それは、あっさりと光砲を斬り裂き、一気にその大元まで走った。則ち、ギガンティスへと。ギガンティスは迫り来る漆黒の極光に何も出来ず、そして。
−轟!−
右の肩をえぐり取られながら、虚空の狭間へと極光は消えて行った。
《ぐ、おお!》
なのはの時に続き、右肩を失ったギガンティスからベナレスの声が漏れる。それに、タカトは冷たい視線を向けた。
《勘違いするなよ、ベナレス。お前達を生かすのは、ただ俺がなのはの代わりだからと言うだけだ。……向かって来るのならば、容赦はしない》
《ぐ、うあ……》
タカトの台詞に、ベナレスはただ呻きのみを上げる。そんなベナレスをタカトはただ見下ろす。
《それに――忘れたか? グノーシスに在った五体のギガンティス。その全てを、”誰が破壊したか”。他でも無い、俺だぞ?》
《ぐ……!》
ベナレスの悔し気な声がただ響く。タカトは、笑いを浮かべた――嘲笑を。
《忘れる訳が無いか。貴様がグノーシスを追われた事件だ》
《ぬ……! 貴様――》
《不様だな》
そうタカトはベナレスに吐き捨てると、右手に拘束具を取り付ける。
直後、肌は白くなり、髪は短く黒を取り戻した。同時に、裸だった上半身にバリアジャケットが展開し、フードが頭をすっぽり覆う。通常に戻ったのだ。
眠り続けるなのはの前まで歩くと、同時に絶界が砕ける。
《ゆめ忘れるな。貴様達を潰すのはたやすい。いつでも出来る。それをしないのは、貴様達にも利用価値があるからに過ぎない》
なのはを横抱き――俗に言うお姫様抱っこで抱える。そして、アルセイオを、ギガンティスを振り返った。
《俺の大切なモノ達。それを奪うような事があれば、いつでも俺は貴様達を滅ぼしに来る。それを、忘れるな》
そこまで言うと、八角の魔法陣が展開する。そして、なのはと共に、その姿が消えた。
次元転移だ。
アルセイオもベナレスも、ただ見ている事しか出来なかった。
《完敗だな。こりゃあ》
《……ああ》
アルセイオの苦笑に、ベナレスが頷くように応える。本局前次元空間に、冷たい静寂が戻った。
こうして、最初の時空管理局本局決戦は幕を閉じたのだった。
(第三十七話に続く)
次回予告
「本局決戦が終わり、敗走したアースラはボロボロで」
「そして、それ以上に、なのはが居ない事に皆は傷付き、落ち込む」
「一方、なのははタカトに連れられ、別の次元世界へと流れついていた」
「目覚めた彼女に衝撃が走る――!」
「次回、第三十七話『逃避行』」
「敵の筈なのに、彼女の側に彼は在る。……どうしようも無い壁を挟んで」