魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第三十五話後編です。いよいよ本局決戦も大詰めです。果たして、どうなるのか――では、第三十五話後編、どうぞー。


第三十五話「時空管理局本局決戦」(後編)

 

    −轟!−

 

 ――次元空間に炎が走る。

 それは、一直線に向かい来るガジェットと因子兵群の中央を走り、次の瞬間。

 

    −爆!−

 

 爆裂閃光! 炎の柱として顕現し、まとめてそれ等を焼滅せしめた。

 その一撃を放った人物、黒鋼刃は、自らの愛刀。銀龍を振り下ろした姿で残心。間を置かず、即座に前進を続ける。

 

《っ――! つ――!》

 

 前に、時空管理局本局へと進む刃の息は荒い。既に言霊式を六発も使用している為だ。それに、他の誰よりも前へと行く刃は、その分ガジェットや因子兵に一番多く襲われている。それを撃滅し続けて疲労が無い筈も無い。

 間断無く襲い掛かる敵を容赦無く、手に持つ銀龍で断ち斬り続ける。機械の身体を断ち、ヒトガタの身体を斬り裂く。刃の顔には一切の余裕は無い。

 それでも、前に進む。

 憎しみを糧に。

 怒りを胸に。

 ただ前進を続ける。

 

《……じぃ……!》

 

 少しだけ、口から言葉が零れる。それを隠すように、眼前の因子兵を斬り刻み、ガジェットを真っ二つにする。

 その刃の胸中にあるのは、ただ一つの記憶だ。

 

 ベナレス・龍。その男の記憶。そして、その男に結果として殺されてしまった母の記憶だ。

 優しく、厳しかった母、自分に優しく笑いかけてくれていた母、それを殺した男、”自分の父親”。

 

《親父ぃ……!》

 

 吠える。その呼び方をする事すらも嫌悪し続けたのに。でも、その呼び方以外の呼び方を知らなくて。

 斬る、斬る、斬り裂く。十を、百を、千を、万を! 眼前の因子兵に、ガジェットにベナレスの顔を重ね、滅ぼし続ける。

 そんなものに意味は無いのに、意味なんて無いと知っていたのに。それでも刃は前進を続ける。

 ベナレスへと、母の仇へと、憎いあの男へと続くその道を走り続ける。

 父親へと続く道をガジェットと因子兵で塗装された道を走る。

 

    −斬!−

 

 真上から振り下ろした一刀でガジェットを断ち斬り、そのまま横に銀龍を構えた。

 

《目覚めろ、銀龍!》

 

    −哮!−

 

 刃の思念による叫びに、銀龍は再度の咆哮をあげる。瞬間、刃の足元に二重な円が組み合わさった特殊な魔法陣が展開し、同時に銀龍に風が巻く。

 真空間だろうと、炎と同じく高位の術者は風を生み出せる。それは、まるで刃の怒りを具現したが如くに勢いを増し、銀龍だけで無く刃自身すらも包み込んだ。その刃に、上下、左右、前から襲い掛かるガジェットと因子兵。刃は一気に風巻く一刀を振り放つ!

 

《風、逆巻け! 風龍・暴風陣!》

 

    −裂!−

 

 直後、確かに刃を中心として空間が”歪んだ”。風が捻れ、引き裂き、空間を歪めたのだ。そしてそれは、一つの結果となって世界に顕現する。

 

    −轟!−

 

 ――竜巻。次元空間に全てを巻き上げ、砕き、噛みちぎる顎が、風の柱となって解き放たれたのだ。

 それが五本。問答無用に、ガジェットと因子兵を喰らってゆく。

 数千もの数を纏めて滅砕せしめた一撃が通り過ぎた後には、刃ただ一人しか残っていなかった。

 銀龍を振り下ろした姿で刃は残心する。そして、ギロッと前を――本局を見据えた。

 そこに居る筈の存在を、本局を通して睨み据える。自らの父親を、怒りと憎しみを篭めて。叫ぶ!

 

《出て来い……! クソ親父ぃぃぃぃっ!》

 

 次元空間に、ただその思いの叫びが響き渡った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時空管理局、本局。既に占拠されたそこには管理局局員の姿は無い。その殆どは捕虜として拘束されているからだ。今、管理局の管制室には、占拠を行った組織。ツァラ・トゥ・ストラの指導者であるベナレス・龍、側近たるグリム・アーチル、そしてグリムと同じく管理局を裏切り、ストラに下った管理局員と、傭兵部隊であるアルセイオ隊の面々がそれぞれ詰めていた。

 その一同が見るのは管制室のモニターに映る本局前で行われているガジェット、因子兵とアースラ隊による激戦であった。

 

「因子兵、並びにガジェット。既に総数の二十%が撃破されました」

「流石と言った所ですか」

 

 管制官からの声に、グリムが若干の苦さを伴う声で答える。五十万強の兵群が、既に二十%も撃破されたのだ。いくらグノーシス・メンバーがいるとは言え、それは凄まじい戦果と言えた。

 

「だが足りぬ」

 

 そんなグリムの後方から声が掛かる。

 ベナレスだ。腕を組みながら、無表情にモニターを眺める。

 

「よく戦ってはいる。しかし、この程度に苦戦するようではな」

「……は!」

 

 ベナレスの声に、グリムは恭しく頷いた。ベナレスは彼を尻目に視線のみを横に移す。

 

「話しにならん。そうは思わんか? アル」

「……その話しにならん連中に負けた俺に聞きますかね」

 

 問う声に、苦笑が続く。

 その視線の先に居る人物は無尽刀、アルセイオだった。彼は苦笑しながらもその傍らに立つ。

 

「甘く見てると後悔するかもしれませんぜ?」

「構わん。寧ろ、その位で無ければな。……それとその妙な敬語はやめろ。似合わん」

「んじゃ、そのように」

 

 ベナレスの言葉に、アルセイオは肩を竦める。そして、彼は言われたように敬語を外して問い掛けた。

 

「行くのか?」

「愚問だな。アレはテストもデータ取りも必要であろう? その相手に奴らは打ってつけだ」

 

 間髪入れずに答えるベナレスにアルセイオは嘆息、額を抑える。

 

「……俺がアンタに一つだけ尊敬出来る所がある」

「ほう、初耳だな。聞かせてみろ」

 

 意外そうな顔でベナレスは顔を向ける。アルセイオは再度の苦笑し、ニッと笑った。

 

「何聞いても自信ありげに聞こえる事だ」

「何だ。当たり前だな。私はいつでも自分に自信を持っている」

 

 いっそ傲慢とも取れるその発言にやはりアルセイオは苦笑。アンタにゃ勝てねぇよとばかりに首を振った。

 そしてベナレスは立ち上がる。巨躯を真っすぐに伸ばして、モニターを見据えながら。間を置かずに踵を返した。

 

「グリム、片付けて来る。兵を下げよ」

「ハッ……!」

 

 グリムはあくまでも柔順に答える。アルセイオと親しげに話そうと、グリムは何も言わない。それは彼に対する不敬にもなるからだ――アルセイオを決して認めた訳では無いにしろだ。

 グリムの返答に、ベナレスは無言で扉に進もうとして。

 

「……いいのか? あそこにはアンタの息子も居た筈だが?」

 

 その背中にアルセイオから声が突き付けられた。アンタに息子を撃てるのか? と、そう問う声が。

 しかし、ベナレスはそんなアルセイオに振り返る。その顔に浮かぶのはやはりどこまでも感情の無い瞳。

 

「ああ、いたな。そう言えば、そんなモノが。だが、それがどうかしたのか?」

 

 きっぱりとベナレスは言い放つ。その顔は、その目は、どこまでも混じり気無しの無感情であった。

 本当に、そんなコトはどうでもいいと、そう告げる声。それにこそ、アルセイオは嘆息した。

 

「……そうだな」

「ああ。では後詰めは任せるぞ、アル」

「あいよ」

 

 アルセイオの返答をしっかり確認した上でベナレスは管制室を出た。

 ベナレスが出て行き、既に閉まった扉を見ながらアルセイオは盛大にため息を吐く。

 

「……相変わらずだよ、お前は。十年前と何も変わりゃしない」

 

 そう零しながら口元を歪める。懐かしむように、アルセイオは笑った。十年前、自分にルシア・ラージネス抹殺を命じたベナレス。それを思い出して。

 自分がグノーシスを抜ける一件となった事件。それが結果として、またあの男の下に着く事になった事に、あまりにも皮肉過ぎるそれに苦笑したのだ。

 

「……面倒臭い親父だよ、お前は」

 

 その声はあまりに小さく、口の中だけで呟かれ、他の誰にも聞かれなかった。

 

 そう、誰にも。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −煌!−

 

    −破!−

 

    −裂!−

 

 次元空間に光砲の一撃が、剣矢の一矢が放たれる。

 光砲は数体の敵を纏めて屠り、剣矢は確実に一体一体を仕留めていく。それを放つのは最前線の援護砲撃、射撃組、凪千尋と本田ウィルであった。

 千尋は溜め無しで、2ndフォームのガングニールをぶっ放し、ウィルは真空間故に纏めて敵を屠る事を選択せず、確実にフェイルノートの一撃を持って敵を倒す。それを自分達の前に居るメンバーの援護の為に撃ち続けていた。

 

《……むぅ、もっと景気良くバ――ン! て撃ちたいわね》

 

 千尋が若干うんざりした顔でため息を吐く。それに隣のウィルも苦笑した。

 

《まぁまぁ、姐さんの気持ちは分かりますけど、もうちょい待ちやしょうや》

《ストレス溜まるわねー》

《え!? 性よ――》

 

    −煌!−

 

 千尋はウィルに最後まで念話を許さず、ガングニールの砲口を差し向けるなり容赦無くぶっ放す。ウィルは間一髪、獣じみた反応速度で避けてみせた。

 

《こ、殺す気ですかい!?》

《イライラしてる時にアホな事言うからよ。大体こんなの、ハヤトなら日頃受けてるから大丈夫よ》

《いや、ワイ、あの人のように無駄な頑丈さしてないんで》

 

 無理無理とウィルは首を横に振る。千尋はそれに嘆息で応え、また援護砲撃に戻る。ウィルも同様に援護射撃に戻った――と、直後、二人の砲撃と射撃、そして最前線の四人をスリ抜けてガジェットと因子兵が現れた。それらは即座に二人へと向かう。二人の内、どちらかを殺せば、援護砲射撃の片方が止まる。それを見越したのだろう。しかし。

 

《リク、出番やで?》

《楓、アレ任せるわ》

 

    −斬!−

 

    −閃!−

 

 まるで二人の声に合わせるかのように、突破して来たガジェットと因子兵が真っ二つにされ、全身を穴だらけにされる。その後ろから二人の人影が現れた。

 真藤リクと、獅童楓。朱槍と、銀に光るレイピアを手に持った二人が。

 二人はそのまま嘆息すると、申し合わせたように前に出る。

 

《さっきから大忙しやー、お姉さん、ネタ考えとる暇も無いで》

《……そう言うのは戦いの真っ最中に考える事じゃ無いと思うんだよ。マジに》

 

    −斬−

 

 二人は、ぼやきながらも己が勤めを果たす。それは援護組の護衛だ。

 千尋とウィルが、何の気兼ねも無く、最前線の援護が出来るのはこの二人のおかげであった。

 

《感謝してるわよ。ほ〜〜ら、しっかり働きなさいな》

 

 千尋が二人に笑い掛けながら光砲をぶっ放す。ウィルもそんな千尋に苦笑しながらも、剣矢を撃ち放った。当然、楓もリクも何かを言い返してくると思い――だが。

 

《まぁ、なぁ……》

《…………》

 

 片や、曖昧に。片や、無言で返答する。そんな二人の態度にこそ千尋とウィルは眉を潜めた。

 

《……ちょっと、どうしたのよ? アンタら二人》

《いつもならぎゃあぎゃあ喧しい楓姐さんや、先輩を先輩と思わんリクがどうしたんや?》

《ウィル、後でちょ〜〜っと、お姉さんと話し、しような?》

 

 ニッコリと笑う楓に、ウィルは顔を引き攣らせる。リクはそんな二人に嘆息。朱槍でまた一体。抜けて来たガジェットをブチ抜きながら答えた。

 

《……イヤな予感がするんだよ》

《何やて?》

 

 リクの念話に、一瞬、ウィルが訝し気な顔となる。楓もリクの念話に頷いた。

 

《何ちゅうか、ここに居るとマズイ気がしてならんのや。勘やけどね》

《て、ちょっと待ちなさい! アンタら確か――》

 

 千尋が目を見開く。二人は、そんな千尋に頷いて見せた。

 真藤リク、獅童楓。二人はアビリティースキル、直感の、しかもかなりの高ランクである。

 リクがS。楓に至ってはSSS+++である。そんな二人が揃って嫌な予感を覚える。これほど怖いモノも無い。何かが起きるのが確定してるも同然だからだ。

 

《コルト隊長には?》

《さっき知らせた。苦い顔してたな》

《今は現状維持するしかあらへんやて。……当たり前やけどな》

 

 ウィルの問いに、二人は肩を竦める。例え、何かが起きるのが確定と言えど、ソレだけで撤退を選べる筈も無い。既に自分達はストラの懐に飛び込んでいるのだから。

 

《とりあえず、気をつけとくしか――》

 

 無い、と千尋は続けようとして。しかし、出来なかった。いきなり起きた現象に、驚いたから。他の三人も目を丸くする。それは。

 

《敵が……》

《撤退していく?》

 

 ウィルと、リクの声が重なる。そう、今の今までこちらへと突っ込んで来ていた因子兵とガジェットが、いきなり本局に撤退し始めたのだ。

 自分達の周りだけでは無い。自分達を抜け、後ろへと向かった敵兵達すらもが、ぞろぞろと撤退していた。しかし、驚きの事態はまだ続く。

 

    −軋!−

 

 空間が確かに一瞬、硝子が割れるような音が響かせた。その瞬間、今までずっと此処ら一帯を覆っていた結界が解ける。つまり、次元封鎖が。

 

《どう言う事や、コレ……?》

《隊長……?》

 

 千尋がいきなりの事態の連続に、コルトへと念話を飛ばす。しかし、それに対するコルトの返事は無かった。

 

《隊長?》

《……相変わらず派手好きな野郎だ》

 

 ――?

 

 コルトからいきなり告げられる言葉に千尋やウィルは疑問符を浮かべる。だが、前の二人はそれにぐっと奥歯を噛む。コルトの言わんとしている意味を察したからだ。

 

《あれ、かよ》

《……やね》

《二人共……?》

 

 怪訝そうな表情となる千尋に、二人は指を伸ばす。思わずその視線を辿り、そして千尋とウィルは二人の反応を理解した。

 

 ――人。人がいつの間にか、本局の真ん前に立っていた。2mはある巨体を漆黒の甲冑で覆い、鎧によく合う短い黒髪は全て逆立てている。

 手に持つのは大剣だ。

 そして全てを睥睨せんが如く見下ろす釣り上がった目。

 グノーシスの人間なら――否、今この場にいる人間で彼の事を知らない者はいない。男の名は。

 

《……ベナレス・龍》

 

 誰かが、その名を呼び、男、ベナレスはそれに応えるかのように口の端を吊り上げて、笑った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 本局を背にして、その男は立つ。

 ベナレス・龍。ツァラ・トゥ・ストラの指導者たる彼が。

 暫くベナレスは辺りを睥睨すると、ゆっくりと頷いた。

 

《貴様達が現状、管理局最大戦力たるアースラ隊か。見知った顔も何人かいるようだな》

 

 突如として、アースラ隊全員に思念通話が響く。ベナレスからの念話でだ。それに皆は、それぞれの反応を示す。

 一番後方に居た八神はやてが一同を見渡し、ウィンドウを展開。ベナレスに繋げた。

 

《……時空管理局、本局所属。アースラ艦長、八神はやて言います。……アンタが、ツァラ・トゥ・ストラ指導者、ベナレス・龍で間違い無いんやな?》

《いかにも》

 

 ベナレスはその問いに大仰に頷く。はやては、ベナレスに続いて罪状を述べようとして――しかし、突き出された手にそれを止められた。

 

《……逮捕するだの何だの言うのであろうが、時間の無駄だ。どちらにせよ。戦る事は決まっている》

《――っ!》

 

 きっぱりと告げて来るベナレスに、はやてはぐっと呻く。ベナレスはどこまでも構わない。大剣を杖のように、空間に形勢した足場に突き立てる。

 

《……貴様達の戦い、見せて貰ったのだが、正直失望を禁じ得なかった》

《何だと……!》

 

 誰かから怒りの声が上がる。恐らくはリクか。それもまたベナレスは無視。くっと笑う。

 

《貴様達ならばと思ったのだがな。落胆させられた。これならば私だけで打倒出来てしまう》

《言ってくれるな。試して見るかよ?》

 

 コルトが逆に挑発するかのように言い放つ。それにベナレスは笑い。

 

《いいだろう。来るが――》

 

 ――よい、と告げようとして。

 

    −轟!−

 

 いきなりベナレスまで一直線に炎線が走る! 一瞬でベナレスへと到達し、次の瞬間。

 

    −煌!−

 

 激烈な爆発となって顕現。ベナレスを中心として、巨大な爆炎をぶち撒けた。

 それを成したのは言うまでも無い。ベナレスの息子、刃であった。

 

《――っ、黒……!》

《……》

 

 コルトが刃に制止を呼び掛けようとして、だが刃は耳も貸さない。続いてさらにもう一発言霊式による爆炎技を叩き込む。それは、先の炎と相乗効果を生み、あたかも太陽のように顕現した。

 

《……馬鹿が!》

 

 コルトが発生した爆炎に、呻きながら舌打ちする。ベナレスは元とは言え第一位だった人間である。並の実力では無い事は間違い無い。ああいった手合いは、包囲した上でタイミングを合わせて一撃でケリを付けるのが正しい。しかし、刃が先走った事によりコルトの策はあっさりと潰えた。

 

《ちっ! 奴に続くぞ。全員、全力の攻撃を奴に――》

 

 とにかく、今の内にベナレスを討とうとして、指示を飛ばさんとする――そこで、立ち止まった、他の皆もだ。

 ――爆炎が消える。そこに立つのは、未だ無傷のベナレスであった。

 

《アレを受けて――!》

《っ……!》

 

 悠一の驚きの声に、呆然としていた刃がハッと我に返る。直後、再び言霊式を放とうとして。

 

《見せてやろう。絶望を》

 

    −軋!−

 

 直後、世界が軋んだ。

 キシキシと歪み、悲鳴をあげる。同時、ベナレスの足元に魔法陣が展開した。

 カラバ式の魔法陣だ。それは一気に拡大し、百数十mもの巨大な魔法陣となった。

 

《何……? 何をしようとしているの……?》

《アレ、まさか……》

《キャロ?》

 

 突如として響くキャロの声に一同、視線を彼女へと向ける。キャロはそんな皆の視線に気付かぬ程に呆然とし、ぽつりと呟いた。

 

《召喚術……?》

《なに?》

 

 告げられた念話に、コルトが目を見開く。しかし、あんな巨大な魔法陣を必要とする召喚術とは一体……?

 そこで、コルトは思い出した。一度だけ”それ”を見た事がある。百数十mもの魔法陣を必要とする召喚術を。ソレは――!

 

《しま……っ!》

《もう、遅い》

 

 失策に気付いたコルトにベナレスが笑いを浮かべると、片手を掲げた。

 

《巨神降臨……!》

 

 一際、激しい輝きを魔法陣は放つ。そして、ベナレスは叫ぶ。己が”デバイス”の名前を。

 

《来い、ギガンティス!》

 

 次の瞬間、コルト達に、なのは達に、そしてスバル達の眼前にソレは現れたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――それは、機械で出来ていた。

 本局の前に、ベナレスの真後ろに突如として現れたソレは。

 巨大なヒトガタ。そう呼ぶのが正しいだろう。ずんぐりとした姿である。しかし、鋼で出来たその身体は圧巻、と呼ぶのが正しい。

 その偉容。実に六十mは超えるその巨体は正しく巨神(ギガンティス)と呼ぶに相応しき姿であった。

 そして何より、アレは絶望的なものだと、この場に居る全ての者が悟った。ただ在るだけでそれを悟らされたのだ。

 

《ギガンティス――対界神器!》

 

 コルトが目を剥いて、それを見ながら念話で叫ぶ! それになのはが目を向けた。

 

《コルトさん。アレは……?》

《……グノーシスに在る――”在った”兵器の中でも最悪のモンだ》

 

 ぐっと奥歯を噛み締めながらコルトが呻く。そのまま、続きの言葉を放った。

 

《”第三、第四段階到達型感染者用兵器”。つまり、感染した世界をブチ壊すためのモンだ!》

《世、界、を……?》

 

 一瞬、告げられた意味を理解出来ずに、なのはを始めとしたアースラ・メンバーは呆然とし。しかし、その言葉の意味を理解して総毛立つ。

 それが文字通り、”世界を滅ぼすモノ”であると理解したからである。

 そんなモノをよりにもよって、ベナレスが手にしているという事態に一同は言葉を失う。

 

 ――そして。

 

《フュージョン》

 

 その言葉が辺りに響いた。直後、ベナレスの姿が消える。コルトが真っ青になった顔で後ろに振り向いた。

 

《逃げろ! 八神、撤退だ!》

《え……で、でも……》

《早く!》

《逃がすとでも?》

 

 声はギガンティスの中から響いた。巨神がその巨躯を動かし始める。ギガンティスの巨大な両腕が持ち上げられた。

 

《次元震と言うものがあるな? それを例えば、”完全に攻撃に転化出来た”場合、果たしてどうなると思う?》

《っ――――――!?》

 

 告げられるベナレスからの念話にはやて達はゾクリとする。そんなモノ、想像すらも超越する破壊力になるに決まっていた。はやては、即座に撤退を告げようとして。

 

 しかし――。

 

《では、さらばだ》

 

 ――全てが、遅かった。

 

《アーマーゲドン》

 

 

 

    −滅−

 

 

 

 

 光が、ただただ膨大な光が、波に、津波となって押し寄せる。それは最初にグノーシス・メンバーを飲み込んだ。更になのは達を飲み込もうとして。

 

《神覇、八ノ太刀ィィィィィィ……!》

 

 ”絶対聞こえ無い筈の声が一同に響いた”。

 

《玄武――――!》

 

 光の波が届く、その瞬間、確かに一同の眼前に、亀の甲羅のようなシールドが展開した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《っ……?》

 

 痛む頭を振るい、なのはは目を覚ます。

 

 何が――?

 

 そう思い、瞬間、全てを思い出した。自分達は確か、あの光の波に……!

 

《皆! っ――!?》

 

 念話を飛ばして、なのはは起き上がり、それに気付いた。まるで自分を庇うかのように眼前に立ち塞がった存在に。

 紅の鉄騎、ヴィータ。彼女が自分の前に立ち塞がり、両手を掲げた恰好で身動きを止めていたのだ。

 

《ヴィータ、ちゃん……?》

《……へ》

 

 なのはの呼び掛けに少しだけ口の端をヴィータは持ち上げ。直後、その小さな身体が崩れ落ちた。なのはは、そんなヴィータに慌てて縋り付く。

 

《ヴィータちゃん!?》

 

 抱き留めて、ゾクリとした。

 ”軽い”。存在が消えんとせんばかりにヴィータの身体は軽かった。

 そこでなのはは気付いた。ヴィータは自分を守る為に、あえてなのはを押し飛ばし、その前に立ち塞がったのだと。まるで、盾になるように。

 

《何で……!? ヴィータちゃん……!》

 

 涙を浮かべながら、なのははヴィータに問う。しかし、彼女はそれに答えられない。ただただ、なのはの腕の中でぐったりとし続けていた。

 

 

 

 

 キャロとエリオは光の波が迫った時、確かに死を覚悟した。

 迫り来るソレは小さな身体を滅ぼすのに十分過ぎるチカラで押し寄せたのだ。

 エリオはせめてキャロだけでもと必死に抱きしめ、背中を光の波に向けた。しかし、その直後。

 

《大丈夫》

 

 そんな声が聞こえ、そして。

 

《なんで……?》

 

 エリオは腕に抱えた二人を見て涙を流す。二人は、フェイトとシグナムだった。

 光の波が通り過ぎた後、振り返ったエリオの目に映ったのは自分を抱き留め、ずたぼろとなったフェイト。更にその前に立ち塞がり、フェイト以上にボロボロになったシグナムであった。二人共、意識は既に無い。だが、エリオは確信していた。

 フェイトもシグナムも、自分達を守る為に身を犠牲にしたのだと。キャロも意識を失っている。

 一人だけ無事。それが尚更、エリオのココロをえぐる。

 エリオは腕の中で意識を失ったフェイトとシグナムを抱え、涙を流す。

 それは、少年にとって守れなかったと言う傷。守られたと言う痛み。

 エリオは悔しさと悲しさのままに泣き続けた。

 

 

 

 

 ――何で?

 

 光の波が通り過ぎた後、スバルとティアナは一緒にそう思う。

 何で、こうなったのか。

 何で、皆倒れているのか。

 何で、何で――いくつもの何で。

 

 そして。

 何で、”彼”がそこに居るのか。

 スバルとティアナの眼前には、左手を突き出した姿で顔が歪めるシオンが居た。

 

《シオン、何でここに……?》

《――に、合わなかった……!》

《え……?》

 

 響く声に、二人は思わず声を出す。しかし、シオンはそれに気付かず、俯く。

 

《ちっくしょう……! 間に、合わなかった!》

《シオン……》

 

 歯が軋む程にシオンは奥歯を噛み締め、顔を上げた。

 

《アースラ、聞こえてるか……? アースラ!》

《……シ……ン……?》

 

 途切れ途切れながら声がシオン達に届く。カスミの声だ。暫くして、声は普通になった。

 

《シオン君……! 何でここに!?》

《説明は後だ! 他の皆の状態は!?》

 

 語気も荒くシオンが問う。それにカスミが通信の向こう側で動揺したような吐息が零れ、次にヒッと息を詰まらせた声が届いた。

 

《カスミ……!》

《……あ、アースラ・メンバーの過半数が身体重傷警告(レッドゾーン)。ウ、ウィル……グノーシス・メンバー全員が、生命維持限界警告(デッドゾーン)………! シ、シオン君!》

《っっ!》

 

 告げられる内容に、シオンだけで無く、スバルもティアナも真っ青になる。レッドならまだしもデッド。死ぬ一歩手前の状態をそれは意味していた。

 

《カスミ。アースラの短距離任意転送システムは生きてるな?》

《……ええ。今は次元封鎖も無いから使えるわ》

《なら、全員を回収頼む。シャマル先生とみもりにも連絡を》

 

 了解、とカスミが通信の向こうで頷く。一瞬後、シオン、スバル、ティアナの足元転移魔法陣が展開。三人の姿が消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ格納庫にシオン達は投げ出された。転送システムに不具合が生じているのだろう。まともな転移では無い。しかし。

 

「っ――皆……!」

 

 起き上がりソレを見たシオンは絶句した。スバルとティアナもだ。

 格納庫に転がるグノーシス・メンバーは正しく虫の息と呼ぶに相応しい状態だった。五体が付いてるだけマシと言う状態だ。それはアースラ・メンバーも大差無い。

 N2Rメンバーはクロノも含めて全員意識を失っており、はやて、そしてザフィーラまでもが意識が無かった。特に、ヴィータとシグナムが酷い。元々怪我をした身であり、傷が開いたのもあってか、怪我の状況はグノーシス・メンバーと同じく、デッドラインの状態であった。現状、意識を保っているのはシオン、なのは、エリオ、スバル、ティアナだけだ。

 

「……なのは先生」

「ヴィータちゃんが……」

 

 腕に抱く力をキュッと込める。そして、ゆっくりとヴィータを床に下ろして立ち上がった。今、やらねばならない事は泣く事では無い。現状をどうにかする事であった。

 周りを見渡し、なのはは顔を歪める。そしてシオンに向き直った。

 

「シオン君、どうして此処に?」

「……ちょっといろいろありまして。説明はまた今度に、今は――」

「はやてちゃん! 皆――!」

 

 直後、声が格納庫を駆け巡る。シャマルと、それに付き従ったみもりだ。シャマルは一瞬だけ取り乱しそうになり。しかし、一つ深呼吸して落ち着きを取り戻す。すぐにみもりに向き直った。

 

「みもりちゃん、回復魔法は使える?」

「はい! 何とか……」

 

 即座に頷くみもりに、シャマルは頷く。そして、クラールヴィントを起動させ、旅の鏡を使用。意識が無い者達を纏めて医療室に転移させる。それを確認すると、即座になのはへと向き直った。

 

「怪我をした皆は、私達に任せて。なのはちゃん」

「はい……シャマルさん、皆の事、お願いします」

 

 なのはの言葉に、シャマルはコクンと頷く。その傍らのみもりも、またシオンに視線を向けるが、シオンはただ頷きのみを送った。

 

「それじゃあ、みもりちゃん、行くわよ?」

「はい!」

「みもり!」

 

 転移魔法で医療室に向かおうとするシャマルとみもりにシオンが声を掛ける。みもりはそれに振り返った。

 

「……皆を、頼む」

「……はい、大丈夫です。シン君も気をつけて」

 

 シオンの言葉に、みもりは笑顔を見せる。直後、シャマルと転移魔法で消えた。

 それを見送って、シオンは再びなのはと向き直る。なのはもまた頷いた。

 

「シオン君、これからどうするの?」

「それなんですけど……カスミ」

《うん》

 

 シオンの呼び掛けに、即座にカスミが通信で応えると、シオンは一つ頷く。

 

「今、アースラと敵はどんな状況だ?」

《……ええ。現状、アースラは三十%の機能がダウン。次元航行機能と、各ライフラインはどうにか確保したわ。……で、敵なんだけど》

 

 カスミの声に続いて、ウィンドウが展開する。そこには現在の敵の展開状況が記されていた。

 

「向こうは動かず、こちらを様子見、か」

「そうだね」

 

 シオンはウィンドウを操作して閉じ、なのはに視線を戻す。

 

「……どうしますか、なのは先生」

「撤退しか無いよね」

 

 撤退――つまりは敗走である。なのはが俯きながらそう答え、スバルとティアナも視線を落とした。悔し気に拳を握る。

 

「今なら次元封鎖もされて無い。次元転移で逃げられます」

「うん……でも」

 

 シオンに頷きながらも、なのはは俯いたままだ。それにシオンも視線を落とす。

 

「今のアースラだと、次元航行に入ってもすぐに追い付かれます。殿がいりますね」

 

 シオンの言葉に、少しの間を持ってなのはは頷く。そう、アースラが次元航行に入り、暫くするまであの数と、そして”ギガンティス”相手に時間を稼がなければならない。しかし、それは文字通り不可能に等しいものであった。それに、時間稼ぎに成功したとしても殿に残った人間は置いて行かれる事になる。

 

「……でも、仕方ないです。これしか撤退の方法はありません」

 

 苦々し気に告げるシオンになのはも呻く。何か方法は無いのか、そう思い。だが、何も思いつかない。一同に重い空気が漂い、シオンは息を一つだけ吐き、歩き出した。

 

「シオン君、何処に……?」

「皆が残る必要はありません。俺、一人だけ残ります」

 

 間髪入れずに、なのはにシオンが答える。それになのはは慌ててシオンを追い、肩を掴んだ。

 

「一人ってどうやって……!」

「アヴェンジャーを使います」

 

 きっぱりとシオンは告げる。それに、一瞬だけ絶句して、すぐにスバルやティアナも首を横に振った。

 

「シオン、駄目だよ!」

「そうよ! アンタ、また――」

 

 そこまで言って、三人は気付いた。シオンの目的に。シオンは――。

 

「アンタ最初っから暴走する気……?」

「…………」

 

 ティアナから告げられる問いに、しかしシオンは答えられない。黙り込む。シオンがアヴェンジャーとなって暴走する――確かに、それは敵に取っても驚異となる。時間は確実に稼げるだろう。……しかし。

 

「シオン、でも、それだと……!」

「一を取るか九を取るかだ。なら九だろ」

「「っ……!」」

 

 まるで絞り出すようにして吐き出した言葉に、スバルとティアナが硬直する。

 シオンは死ぬ気なのだ、暴走して、そのまま。

 

「だ、駄目だよシオン!」

「なら他に方法あんのかよ!?」

 

 キッとスバルを睨む。それにスバルはたじろぐ。ティアナも、顔を歪めていた。しかし、シオンはそれに構わず、再度歩き出そうとして。

 

「シオン君」

 

 ――パシン。

 渇いた音が格納庫に響いた。シオンの目が見開かれる。スバルやティアナもだ。

 理由は簡単、なのはがシオンの正面に回り、頬を張ったのだ。

 呆然とするシオンに、なのはは構わない。真っ正面から見据える。

 

「シオン君、死にに行く積もりのような人に行かせられないよ」

 

 厳しい眼光でそう言い放つなのはのプレッシャーに、シオンは一瞬、確かにたじろいだ。しかし、負けじと睨み返す。

 

「……けど! なら、どうするんですか……!?」

「私が行くよ」

 

 間髪入れずに、なのはは答える。あまりにもスッパリと言われた言葉に、一瞬だけ三人共ポカンとなった。だが、すぐにシオンはなのはを睨み返す。

 

「ふざけないで下さい! 今、アースラで一番階級が高いのはアンタだ……! なのは先生が指揮しないでどうするんですか! 俺が行けば、まだ――」

「シオン君。理由付けたりしないで、いい加減、自分の無茶に甘えるのは止めよう」

 

 なのはは、シオンに最後まで言わせなかった。告げられた言葉に、シオンは絶句する。なのはは構わず続けた。

 

「……自分が無茶すれば、自分がどうにかすれば、誰かが助かる。自分はそのために犠牲になってもいい。……そんな事はただの甘えだよ、シオン君」

「でも……!」

「私は自分を犠牲にしようなんて思わないよ」

 

 きっぱりと告げるなのはに迷いは無い。シオンを、そして後ろのスバルとティアナを見据えたまま続ける。

 

「皆も守って、そして私も、ちゃんと此処に帰って来る。……私はその積もりだよ」

「なのは、先生」

「大丈夫。絶対に、大丈夫だよ」

 

 ――だから皆も信じて。

 そう締め括るなのはにシオンは俯く。

 改めて思う。この人は強いと。

 魔力とかそんなモノでは無い。ヒトとして、彼女はどこまでも強かった。

 

「指揮はグリフィス君がいるし、大丈夫。シオン君や、スバル、ティアナ達にはアースラと皆を守って貰いたいんだ。お願い、出来るかな?」

 

 なのはは笑顔で続ける。それに、シオンは黙ったままコクリと頷く。スバルとティアナも同様に頷いた。

 

「うん。それじゃあ、行って来るね」

「……なのは先生。貴女の帰って来る場所は必ず守ります。だから!」

 

 必ず、帰って来て下さい。

 シオンのその言葉に、なのはは満面の笑顔で頷き。そして――。

 ただ一人、数十万の敵兵と、ギガンティスの待ち受ける次元空間に飛び出したのだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのはがアースラから飛び出した直後に、アースラは転舵。次元航行に入る。それをギガンティス内のベナレスは見て動き始めた。周りに居るガジェットと、因子兵と共に。

 

《撤退か。それを許す積もりも――》

 

    −煌!−

 

 ベナレスは最後まで言えなかった。ギガンティスの胴体に光砲がいきなり叩き込まれた為である。

 激烈な威力の光砲は、しかしギガンティスに直撃する寸前に、歪んだ空間により減衰させられ、その装甲を傷付ける事は無かった。

 

《ほう》

 

 関心したような念話をベナレスが漏らし、光砲が飛んで来た位置に、視覚素子を向ける。そこには、レイジングハートを構えるなのはが居た。

 

《個人にしては中々の威力だ。ギガンティスには通じんがな。……で? 一人で私達を止める積もりか?》

 

 問われる声に、なのはは無言。その身体に光球が複数展開していく。

 

《殿、か。数十万を越える兵と、このギガンティス相手に一人で戦おうとする。その意気や結構。必死の覚悟とやらか》

《違うよ》

 

 初めて、なのはがベナレスに答える。レイジングハートを構える彼女は、しっかりとギガンティスを、その周囲にある兵群を見据え、口を開く。

 

《必死の覚悟なんかじゃない。私は貴方達を止めて、アースラに帰る。死ぬ積もりなんか無いよ》

 

 ギガンティスを見据えるなのはの目は、どこまでも澄んでいた。

 死を覚悟した者の目では無い。それは、最後まで生きあがく事を止めない者の目であった。

 

《約束があるの。一つはヴィヴィオとの約束》

 

 必ず帰って来ると。そう、娘と交わした約束。

 敵を見据えるなのはは静かに、話す。想いを、力とする為に。

 

《一つは教え子達との約束》

 

 シオンや、スバル、ティアナとの約束。

 生きて帰ると、そう信じてくれた三人との約束だ。なのはの身体が淡く光る。魔力光だ。それは、ゆっくりとその光量を増していく。

 

《そして、一つは――》

 

 ――黒の青年との約束。

 戦うと、そう決めた夜の約束。それは言葉に出さず、そっと胸にしまう。

 なのはを覆う魔力光は光量を増し続け、そして。

 

《だからっ!》

 

    −煌!−

 

 一気に吹き上がった。

 天地に突き立つ柱の如く、魔力がなのはの身体から溢れ出す。

 

《私は死なない! 必ず、アースラに帰るよ!》

《成る程。いい気迫だ。だが》

 

 それらを見遣りながら、ギガンティスが動き始める。その周囲の兵群も共に。なのははレイジングハートを差し向けた。

 

《その約束、軽々に叶うと思うな》

《叶えてみせるよ》

 

 断言するなのはに、ベナレスは笑い声を念話に乗せる。

 

《いいだろう、やってみせてみろ!》

 

 直後、数十万の兵群がなのはただ一人に向かって雪崩かかった。

 自分一人に向かって襲い来るガジェットと因子兵群、それになのはは瞳を逸らさず、そして。

 

《行くよ、レイジングハート》

【オーライ。マイ、マスター】

 

 いつもと変わらぬ愛機の言葉に、うんと頷く。握り締めるレイジングハートを前に、構えた。

 叫ぶ!

 己の力を!

 

《ブラスタ――! 2――――!》

【ブラスター2nd、リリース】

 

    −煌!−

 

 次の瞬間、なのはを中心に膨大な魔力が光となって顕現。本局前の次元空間を桜色に染め上げた。

 

 なのはの、たった一人きりの、しかし、確かに違う戦いが始まる――!

 

 

(第三十六話に続く)

 

 

 




次回予告
「敗退したアースラを逃がす為、一人でストラに立ち向かうなのは」
「禁止されたブラスターをも使い、彼女は凄絶な戦いを始める」
「ギガンティス、アルセイオ、そしてその部下と、因子兵にガジェット」
「傷付きながら戦う、彼女の生死の行方は――」
「次回、第三十六話『星の祈り、応えたる天』」
「真名解放――彼女の切なる祈りに、彼は応える」

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