魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
楽しんで頂ければ、幸いです。では、第三十四話、どうぞー。
「ふぃー。食った食った。相変わらず刃のお菓子は美味いよな」
「そうか。目標は伊織さん超えなんだがな」
アースラ医療部。そこで、見舞い(?)に来たグノーシス・メンバーの一人、黒鋼刃手製のクッキーを食べていた一同は皿に乗っていた全てのクッキーを食べて一息吐いていた。
「でも本当、これ美味しいわね」
「だねー。お店のクッキーよりよっぽと美味しいよ」
シオンに釣られて一緒にクッキーを食べたスバル、ティアナが笑顔を浮かべる。それに刃はふっと笑った。
「これは俺の持論だが。基本的にクッキーとかの焼き菓子は店で売っているものより、手製の方が美味い。フワフワ感も出せるしな」
「「へ〜〜〜〜」」
刃の言葉に、二人揃ってコクコク頷く。刃は、それを見遣りながら皿を片付けようとして。
「じゃあ、次。飯を楽しみにしてるな」
「は?」
そんな、有り得ない声を横になりっぱなしのシオンから聞く。シオンは朗らかに刃に笑い。
「作ってくれるんだろ? 今日の飯」
「待て。俺、そんな事は一言も言ってないんだが」
「いやー、楽しみだな〜〜」
「聞けよヒトの話し!?」
「ああ、勿論聞いてるぜ?」
「そ、そうか? ならいいんだが」
「あ、ちなみに親子丼希望な?」
「全然聞いてねぇじゃねぇか!」
「僕はフレンチのフルコースを宜しくお願いします♪」
「私は、お肉がいいな〜〜」
「俺は鯖な? 最近魚が美味いんだよな」
「あ、私も肉が食べたいわね」
「ワイは牡蠣が食べたいで、刃」
「お、お前等……」
シオンに乗っかり料理を希望するグノーシス・メンバー一同に、刃はがっくぅと膝を付く。そんな刃を、スバルが気の毒そうに見遣り。
「……ええっと。私もいいかな?」
「て、スバル。あんた……」
「ふ。もういいさ。何でも来い。いくらでも作り上げてやる……!」
逆に燃えたのか、背中に炎を背負って刃が立ち上がる。そんな、刃にみもりと、ウィルの横に立つカスミが、手伝いを申し出るが、「いや、いい。今から仕込みか……」と、断りつつも時計を見ながら医療部を出ていった。
「さって。これで晩飯は楽しみだな、と」
「ええっと。よかったのかな? シオンに言われた通りに言ったけど」
スバルがシオンの顔を覗き込むようにして言う。 そう、シオンは先程、念話でスバルに希望料理を言うように仕向けたのであった。……どうでもいいのだが、リンカー・コアを損壊しているくせに、そんな無駄な事をして治るのが遅くはならないのだろうか?
「いいんですよ。彼はああ言った事が大好きですからね」
「だよな。にしても悠も酷いよな。フレンチのフルコースとか今から作れんのかよ?」
「心配無いでしょう。彼かタカト以外ではあんな事言いませんよ」
眼鏡を直しながらそんな事を言う。シオンはこいつも変わらんな、と内心で苦笑した。
一条悠一。 グノーシス、第四位の少年であり、シオンと同じ十八歳の少年である。
ただ、彼の場合は刃と真逆に歳より幼く見えた。眼鏡を掛けていることもあり、歳より若く見えるのである。
そんな彼の使う魔法は、ある意味に於いて刃並に特殊だ。
――フォニム式。悠一が”自ら組み上げた”新たな術式である。
一条家は代々冥界と対話する能力を有していた。 その代表例が悠一の姉。エリカ嬢の冥界降誕であろう。彼女は冥界そのものとの対話が出来る。
だが、悠一は冥界と対話する事が叶わなかった。故に、近接戦に於けるカラバ式を一時期極めんとしていたのだが、悠一には、冥界とは別の存在と対話する能力があった。
世界の音界、である。と言っても悠一自身、それが何の役に立つのか分からずに魔法として使う積もりも無かったのだが、ある存在により、その考えが劇的に変えられてしまった。
それが当時、エリカの下で執事(バイト)をしていたシオンの異母兄。伊織タカトである。彼の使う八極八卦太極図を見た時、悠一の中で閃いたのだ。
今までの魔法でこの能力を使え無いなら、新しく術を創ればいいじゃないかと。
普通ならば、そんな考えに至らないのだが、悠一は至ってしまった。そうなった以上、悠一の行動は早かった。
術式の組み上げ、数式の計算、音界の組み込み。
それ等を二年半の歳月を掛けて、漸く完成したのが、フォニム式なる術式であった。だが、この術式は音界との対話が可能と言うのが前提条件となっている。つまり、悠一以外に使用出来る者がいないのだ。結局の所、フォニム式は固有魔法術式としてグノーシスに登録されてしまった訳だが。
そして彼の使うデバイスもまた変わり種である。大鎌型のデバイス、月詠。カラバ式での使用を前提として造られたデバイスなのだが、悠一自身の考えにより、ベルカ式のカートリッジ・システムを搭載している。
これは、魔法行使に於ける瞬間的な爆発力を悠一が求めた結果であった。
結局、術者である悠一も、そのデバイスたる月詠も一風変わった存在と言う事である。
――さて、そんな彼の性格はと言うと。
「そう言えば悠。お前、朝一でトランペット吹く悪癖直ってねぇの?」
「おや、悪癖とは失礼ですね。優雅な趣味と言って下さい」
「……それが、朝も早くの4時くらいから吹かんかったらな」
「いいじゃないですか。朝から爽やかな目覚しになって」
「……つまり、止めるつもりは無いと?」
「はい」
朗らかーに告げる悠一に、シオンは嘆息。これからアースラでも朝一にアレで起こされるんだなと遠い目になる。
嗚呼、戻らぬ日々(目覚まし時計の音)よ……。
そんな事を思いつつ、しかし目覚めし時計の音では起きれないシオンにはちょうどいいかもしれなった。……他の者にとってはひたすら迷惑だが。
詰まりは、これが悠一の性格である。礼儀正しく根暗なイメージがあるだろうが、その本質はリクに負けず劣らずの暴虐さんなのであった。礼儀正しい以上、尚更厄介とも言える。
「まぁ、悠ちゃんだし。仕方ないよ。シオン」
「……そうな。で、アスカ。お前も肉好きは変わらんよな」
何気に刃にお肉がいいと、リクエストしていた黒髪のポニーテールを見て、シオンは嘆息する。それに、アスカはにぱっと笑った。
「でも、シオン。足動かないなんて、可哀相だね〜〜」
「……そうな」
……いつだ? いつ来る?
ニコニコ笑うアスカに、シオンは内心怯えながら、返事をする。
聖徳アスカ。グノーシス第四位。リクと同じく十六歳の少女である。
彼女は、グノーシスの中では割りと珍しい、父親からの継承と言う形でグノーシス・メンバー入りをした少女であった。
尤、親の七光りなんぞでは無く、下からの叩き上げで第四位まで上り詰めた少女である。
使用術式はカラバ式。タカト以外では比較的になり手が珍しいとされる格闘士であった。
その流派は聖鳳拳技。シオンが使う神覇ノ太刀と並ぶグノーシスの中でも古流の魔法戦闘術である。故に、こと拳技に於いては現在、グノーシス・メンバーの中では最高クラスの使い手であった。
ただ、彼女は一つ問題点がある。それは。
「シオンさぁ、おトイレとかどうするのかな〜〜?」
「……何とかする。気にする必要無ぇだろ?」
来たか……!
シオンは彼女の笑顔が、ただの無邪気の表れで無い事を存分に知っている。
背を汗が伝う感触を自覚しながらも、シオンはアスカに目を向ける。それにアスカはニパッと笑い。
「でも。それならこれ、入れた方がいいよね♪」
そう、言いながらアスカが手に持つのは透明な管である。スバルやティアナは後ろで?と疑問符を浮かべているが、シオンはそれが何かを知っていた。
カテーテル。医療器具の一種であり、詳しい説明は避けるが、ようはトイレを自力で出来ない”男、少用”の物であった。
何をどうするのかは詳しく聞いてはいけない。お父さんやお母さんに聞くと殴られるので気をつけよう。
なお、”装着”に凄まじい激痛を伴うのだが、ここでは割愛する。
シオンはそんなモノを手に持って朗らかに笑うアスカを怯えを隠しながら睨む。
「……尿瓶があんだろ。尿瓶がよ」
「うん♪ ベットの下にね。下半身が動かないシオンがこれ取れるかな〜〜♪ もし、お漏らしなんかしちゃったら。一生、漏らしヘタレって呼ぶからね♪」
「ぐ……っ!」
そう呼ばれる自分を想像して、シオンは悔し気に歯を噛み締める。そんなシオンにアスカは恍惚な笑顔を浮かべた。
そう、彼女は真性のドSさんなのだった。
「……ウィル。悪いけど尿瓶、上にあげといてくれるか? 絶対にアスカはやらないし。寧ろ、遠ざけて喜ぶタイプだし」
「……今だけは、素直に手伝ったるで」
シオンに同情の視線を送りつつ、ウィルが尿瓶を上にあげる。それを見遣りホッとしがら(アスカは残念そうに)シオンは横に立つ2人を見る。
出雲ハヤト、凪千尋の二人を。
「ども。ハヤトさん。千尋さんも」
「おう。シオンも元気そうで何よりだな。しかし、下半身が使えねぇってのは辛いよな……」
まぁ……と苦笑しながら頷くシオンにハヤトが顔をくっつけんばかりに近付ける。それに怪訝な表情を浮かべるシオンへハヤトはニンマリと笑った。
「だよなぁ。で? 夜とか寂しいだろ?」
「は? 何で夜なんですか?」
「決まってるじゃねぇか。この女の園! お前もいろいろ夜なんか大忙しだ――」
−撃!−
――ハヤトの言葉は最後まで告げられなかった。190cmはあろうかと言う巨体が、盛大にすっ飛ぶ。
−破!−
その身体は医療部の壁を突き抜けて、上半身がめり込んだ状態で停止した。
「……千尋さん?」
「何かしら? シオン?」
ロストウェポン。ガングニールを横に振り放った姿勢で千尋はニッコリと笑う。それにシオンは顔を青ざめながら首を振った。
出雲ハヤト。凪千尋。グノーシス第三位の二人である。二人共、ロストウェポンの持ち主であり、グノーシスでもトップクラスのの実力を持つ魔導師だ。尚、二人共使用術式はカラバ式である。
性格については、もはや言うまでも無い。ハヤトと千尋でドツキ漫才が当たり前であった。ちなみに二人共21歳。つまり、タカトと同い年である。
「ち、千尋、お前! 最近ツッコミ厳しすぎやしねぇか!?」
むくりと起き上がるハヤトに絶対零度の視線を千尋は送る。
「あんた。人より数倍、頑丈なんだから大丈夫でしょ?」
「あのな……。ガングニールでぶん殴られたらタンコブが出来るじゃねぇか」
タンコブで済むあたりハヤトも大概、常人では無い。そんなハヤトに千尋ははぁと嘆息する。
「あんたね。十八歳未満のお子様にいたらない事吹き込んでんじゃないわよ」
「……後三日で十八ですけどね」
−閃−
シオンがギギっと視線だけを横に向ける。そこには、何の予備動作も無く突き放たれたガングニールの穂先がベットに突き立っていた。
「ごめんね、シオン。お姉さん。今の聞こえなくて。……で? 何か言ったかしら?」
「何でもございません」
即座にシオンは屈服する。誰だって、下手な反抗をして蜂の巣のように穴だらけにはなりたくは無い。
「ならいいのよ。さて、ハヤト。行くわよ」
「千尋がだんだんと凶暴になっていく――ふぐぉ!」
鳩尾に踵を叩き込まれ、ハヤトが息を詰まらせる。千尋は崩れ落ちるハヤトの襟首を引っ掴むと、ズンズンと大股で医療部を出て行った。
『『…………』』
一同、そんな二人を見遣りながら少し沈黙し。
「あーと、スバル、ティアナ。皆の紹介してなかったよな? 大半出て行っちまったけど……」
「あ、大丈夫。シオンが寝てる時に自己紹介して貰ってるよ」
スバルの返答に、シオンは頷く。そのままティアナへと視線を向けた。
「今、どうなってるのか、聞いてもいいか?」
「……そうね。て言うか、それを伝えに本当は来たんだけど」
苦笑する。そんなティアナにシオンは半眼になる。
「……なのに、俺をぶっ飛ばしたのかよ?」
「「あれは、シオン/アンタが悪い」」
逆に怒られた。シオンはそれにむぅと呻き。みもりが隣で申し訳無さそうに縮こまる。
「まあいいわ。あれで気も済んだし。話してあげるわよ」
「……おう」
内心ホッとしながらシオンは頷く。ティアナはそんなシオンにため息を吐き。
「まずアースラだけど、まだクラナガン上空で待機中よ。クラナガンは半壊。……下手したらJS事件並の被害らしいけど」
『『はははははは……』』
最後の被害の所で居残ったグノーシスメンバーが渇いた笑いを浮かべる。
建築物等の被害の一翼を彼等が担っていたのは言うまでも無い。
「死傷者は現在調査中。管理局地上本部は復旧・救助作業に追われているわ。……私達もさっきまで手伝ってたんだけど」
「……災害担当課やレスキューが来て、交替させられちゃった」
スバルが少し悲し気に呟く。彼女からすれば、救助に手を貸したかっただろうが、災害担当課やレスキューからすれば今は所属が違う。
しかも先程まで戦っていたスバルを使う訳にもいかなかったのだろう。ティアナがそんなスバルをちらりと見て続ける。
「一応、明日から八神艦長が救助補助の許可を取るって。現場検証も含めてアースラは救助部隊に加わるわ」
「そか……悪い」
シオンが目を細めて、二人に謝る。既に修復が始まっているとはいえ、明日でリンカーコアが修復出来るとは思え無い。そんなシオンに二人は微笑んだ。
「アンタの場合は仕方無いでしょ? 無茶し過ぎなのよ、アンタ」
「そうだよ。これで少しは懲りないとダメだよ? シオン」
「……そうな」
苦笑する。確かに、こんなギリギリの綱渡り。そうそう成功するものでは無い。今回は運が良かったに過ぎないのだ。
「ん。マジにごめん。それにありがとうな。アヴェンジャーから戻してくれて」
「……礼を言うくらいなら反省しなさいよ」
「……うん」
素直に頷く。実際、二人が来なければまた暴走していたのは確実なのだ。謝っても、謝りきれない。思い出すのはさっき見た夢、刀を捨てた記憶だ。
「強く、ならなきゃな。アヴェンジャーに頼らないくらいに」
「大丈夫だよ」
一人ごちるシオンにスバルが微笑む。それは、いつかココロの世界で見た笑顔だ。微笑みながらスバルは続ける。
「シオンは絶対強くなれるよ。だってシオンだもん」
「……何の根拠もナシかよ」
再び苦笑する。根拠が無い、断言。しかし、スバルに言われると、少しやれそうな気になるから不思議だ。強くなれそうな気がするのだ。
「ん。……強くなろうぜ」
「うん!」
えへへと笑うスバルにシオンは微笑む。この少女が信じるなら自分は強くなれると自分も信じようと。そう、思う。と――。
「痛たた……!」
「シオン?」
いきなり顔を歪めるシオンにスバルがキョトンとなる。左手がいきなり抓られたのだ。抓っている手の主は、みもり。
「な、何するんだよ、みもり……?」
「知りません」
疑問符交じりに文句を言うとぷいと、そっぽを向かれた。
「抓られたくらいで大袈裟なのよ、アンタ」
「ティ、ティアナ?」
更にティアナからも冷ややかな目を向けられ、シオンは冷や汗をかく。
何で二人共、いきなり不機嫌になったのかしらん?
そんな風に冷や汗をかきながら疑問符マークを浮かべまくるシオンに、幼なじみたるウィルとカスミを始めとした一同は、駄目だこいつ。と肩を竦めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その後、雑談等に花を咲かせていたシオン達は、刃からの念話で晩ご飯が出来た事を知ると、食堂に向かった。
ちなみに、シオンは車椅子である。車椅子の後ろを誰が押すかで、ちょっとした騒ぎになりかけたものの、シオンがウィルに平身低頭頼み込み、事無きを得たのは余談である。
「つ、疲れる……」
「羨ましい悩みやな〜〜」
車椅子で心底ぐったりと疲れ果てていたシオンの声にウィルが若干の哀れみを視線に込めて、笑う。
その後ろで、スバル、ティアナ、みもり、カスミが早くも打ち解けたように軽く笑い合いながら歩く様を見て、シオンは再度ため息を吐いた。
みもりがシオンの世話を焼きたがるのは昔っからで、今もそうだ。故に、車椅子の後ろを押すのも、最初はみもりが立候補した。それに待ったをかけたのが、スバル、ティアナである。
シオンは、女の子の笑いながら放つプレッシャーがどれだけ恐ろしいのかを再認識する羽目になったのは言うまでも無い。
なら仲が悪いのかと思いきや、そうでは無く。早々と友達となっていたりする。
「……ウィル」
「ん〜〜?」
気軽な返事をするウィル。……何故か楽しそうなのは気のせいなのか――に、シオンはふっ、と視線を遠くに遣る。
「……女の子って謎だよな」
「お前にとっちゃあ永遠の謎なんやろな〜〜」
間延びした声で答えるウィルにシオンは再度ため息を吐き、彼に押されて食堂へと入っていったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
美味しそうな匂いが辺りに漂う。食堂は今、様々な料理が所狭しと並んでいた。
そんな食堂にアースラ前線メンバーと、グノーシス・メンバーが一部を除いて勢揃いしていた。
「俺が端正こめて作った料理だよく味わって――」
『『おかわり!』』
「だから聞けよ人の話し! そして、なんぼなんぼでも早過ぎるわ!?」
即座におかわりを告げる、スバルとエリオ、そしてノーヴェ、ギンガにシオン、グノーシス・メンバー一同。
周りが、あまりにも旺盛過ぎる一同の食欲に引き攣った笑いを浮かべている。
『『お母さーん。おかわり早く――』』
「……誰がお母さんか、誰が」
『『刃が』』
「断言すんな!? 間違ってるだろ! いろいろと!」
しかし、文句を言いながらもご飯をよそい、おかずを新しく盛りつけるその姿は、まさによりよきお袋さんである。気付いていないのは本人だけであった。
「いやー、黒鋼君、悪いな〜〜。お客人に料理作らせてまうやなんて」
はやてが苦笑する。アースラにも勿論コックと呼べる存在は居るのだが、今回は刃一人でこの料理を作り上げたのだった。
刃は、そんなはやての言葉にハハ……と、いろいろ燃え尽きたような笑みを浮かべる。
「好きでやってる事だし、問題ない」
「そ、そか……」
その笑顔に何やら感じ入るものがあったのか、はやてはそれ以上言葉を掛ける事を止めた。
「……に、……しても……エリオも……キャロも……良かったよな。……すぐに治って」
もりもりと親子丼を頬張る合間に(シオンは飯を噛んでいる時は絶対に話さない)話すシオンに、二人は笑いながら頷く。
「実際刃さんが解毒してくれなかったら結構危なかったそうです」
「……そっか。刃には感謝感謝だな。あ、刃、おかわり」
「僕もお願いします」
「今、目茶苦茶理不尽な事されている気がするんだが、気のせいか……?」
嘆息しながらもシオンの親子丼を再度盛りつけ、エリオにもグラタンを差し出す。二人はそれぞれ丼と、深皿を受け取ると、ぱくぱく食べ始めた。……キャロの横でフェイトが「シオンの影響かなぁ……」と、エリオの変化に戸惑っているが、二人は気にせず食事を続ける。
「あれ? そう言えば、シグナム副隊長とヴィータ副隊長は……?」
ふと、前線メンバーの人員が足りない事に、シオンが気付いた。シグナムとヴィータの姿が食堂に無かったのだ。シオンの疑問に、はやてが少し目を伏せる。
「ん。……ちょっと二人共、昼間の戦いで怪我してな? 今は地上本部で治療を受け取るんよ」
「……そうですか。いや、すみません」
箸を止めて、シオンが頭を下げると、はやては首を振って微笑んだ。
「大丈夫や。二人共、命に別状は無いんやて。今は検査の為に、本部におるだけや」
実際、シグナムとヴィータはもう意識を回復しており、検査も残ろうとした八神一家へ、「そんな事してる場合か」と、帰した程である。
意外にも傷は浅かったり、致命的では無かったらしい。
「てな訳で、二人共大丈夫や。二、三日はベットに括りつけるけどな♪」
茶目っ気のあるウィンクで答えるはやてに、シオンはホッとしながら笑う。この分ならば、二人共心配無いらしい。
安心して、再度親子丼にありつこうとして。
《――今回の管理局から反乱劇に、市民からは批難の声が叫ばれています》
そんな、ニュースに箸を止める。食堂の大型ウィンドウには、今日のストラとの戦いがの報道されていたのだ。いや、どのチャンネルでもこの報道しかやってはいないのだが。
そして映る壊れた町並みに、少しだけアースラメンバーの表情が陰る。グノーシス・メンバーも少しだけバツが悪そうな表情となっていた。
「いろいろ、壊れてもうたね」
「……うん」
「……そうだね」
隊長三人が、少し目を伏せる。被害を最小限に食い止めようと、努力はした。しかし、それで納得出来ないのは被害者達である。彼等が望んでいるのは、努力では無く、結果なのだから。故に、批難もまた当たり前であった。と――。
ザザッと、ウィンドウの画面が乱れる。それに気付いた一同が、怪訝な表情となり。次の瞬間、画面が完全に変わった。ニュースの画面では無い。そもそも、その画面に映っているのは。
《やぁ、親愛なるミッドチルダの諸君》
「グリム・アーチル!?」
はやてが叫ぶ。そう、そこに映っていたのは、昼間に退けたツァラ・トゥ・ストラの一員、グリム・アーチルに他ならなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《さて、私達ツァラ・トゥ・ストラは時空管理局に宣戦を告げ。その意思を数時間前に示した訳だが。ミッドチルダの諸君も我等の本気を分かって貰えたと思う》
「いけしゃあしゃあと……!」
平然と報道ジャックして画像に映るグリムに、はやてが歯を食いしばりながら呻く。怒りに拳を握り絞めていた。
《その上で我々は、ある人物を紹介したいと思う。我々の、指導者を》
「指導者……!?」
いきなり告げられるその言葉に、アースラ・メンバーだけで無く、グノーシス・メンバーも興味を示した。何せ、元グノーシス・メンバーを引き抜いた人物であり、ストラの指導者と呼ばれる人物だ。気にもなる。
食堂に集まる全員が、ウィンドウに視線を集中していた。これから現れると言う存在に。そして。
《紹介しよう。我等の指導者、我等の主、そして、いつか全時空にその覇名を轟かせる者を》
恭しく、グリムが手を指し示す。画面が移動し、暗闇を映す。そこにあるのは、ただの暗闇だった。
『『……?』』
疑問を抱く一同だったが、直後、パッとスポットライトが灯った。そして、その男を照らし出す――。
『『な……!?』』
大音声が響く。”シオンも含めた、グノーシス・メンバー”達から。それに、アースラ・メンバーは怪訝な表情を浮かべた。
画面に映るのは壮年の大男だった。2mを越える体格に、服の上からでも分かる程に筋骨隆々の男である。逆立てた黒髪に、意外にも理知的な顔が特徴と言えば特徴か。
《紹介に与った。私がツァラ・トゥ・ストラの現指導者。ベナレス・龍だ》
−撃!−
――轟音が響く。それは、食堂のテーブルが砕けた音だった。
刃が、テーブルに拳を叩き付けた姿で固まる。その視線は、ただ画面の男に注がれている。シオンも、他のグノーシス・メンバーも、それに沈痛な表情を浮かべていた。
一体。何が……?
そう思うアースラ・メンバーだが、その思考は中断された。”それ所では無くなったのだ”。
《まず最初に告げよう。時空管理局本局、これを今日、先程、”我等が占拠した”》
……一瞬、その言葉をはやて達は理解出来なかった。
本局を占拠した……?
まさかとは思う。思うが、男が嘘を言っているとは思えない。冷たい汗が一同の背を伝う。
《その上で告げよう。この映像を見ている全ての管理内世界の者達よ。……決めよ。我等の軍門に下るか、我等に滅ぼされるか。二つの内、一つを》
「……勝手な事を!」
ぐっと、フェイトが歯を噛み締めながら呟く。あまりにも勝手過ぎる言い分であった。しかし、本局を占拠したと言う話しが本当ならば、その言葉も力を持って、通す事が出来る。
《我等に従う世界は共に覇道を歩む事を約束しよう。刻限は一週間だ。それが成されぬ場合、我等は全ての世界の制覇に乗り出す》
『『っ――――!?」』
その言葉に、一同が震撼する。一週間。その後に、世界制覇を成し遂げると事もなげに言い放つベナレスの言葉に。つまりは、それ程の自信があると言う事なのか。
《返答を待つ。以上だ》
最後にそう締め括り、画面はブラック・アウトする。そして、一同は沈黙した。
「黒鋼!」
コルトが叫ぶ。しかし、刃はそれを無視して食堂から走り去った。そのやり取りを見ながらも、一同はただ沈黙する。
衝撃的――そうとしか言えない宣言だったからだ。
アースラ・メンバーにとっても。
グノーシス・メンバーにとっても。
「ベナレス、あの人とは、な」
「……知っとる人なんですか?」
コルトが顔を歪めて吐き捨てるように一人ごちるのを聞いて、はやては問う。何せ、ストラの指導者である。情報は少しでも欲しかった。
コルトは一瞬だけ迷い。しかし、ため息と共に言葉を吐き出した。
「……グノーシス。元、第一位だ」
「グノーシスの……!?」
はやてを始めとして、一同が驚愕の視線をコルトに向ける。コルトは一同に頷き。
「通称、龍王。十年前までの第一位だった男であり、そして――」
ちらりと刃が出ていった食堂の入口を見る。再度嘆息しながら、続きの言葉を紡いだ。
「――黒鋼の父親だ」
『『…………え?』』
はやてを始めとしたアースラ・メンバーは、告げられた答えに、言葉を詰まらせた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
日が沈んだクラナガン。それを、アースラから眺める者が居た。シオンの相棒にして師匠、イクスだ。
その横に居るのは、銀の髪に、紅の瞳と、紅の装束を身に纏う女性であった。
彼女こそは、ウィルの愛機。フェイル・ノート、通称フェイルであった。
【いいのですか? シオンについていなくて?】
フェイルから告げられる問いにイクスは苦笑する。それは分かっている癖にとの感情が込められていた。
彼のそんな表情に、フェイルはイクスを睨み据える。
【不完全なユニゾン。シオンが最終戦技変換たる完全なユニゾンを成し遂げられないのは、貴方の真名を知らないせいです。……それを分かっているのですか? 貴方は】
【……ああ】
理解していると。短い言葉でイクスは告げる。フェイルはなら、と声をあげようとして――イクスに手で制された。
【フェイル。理解しろとは言わない。しかし、俺の口からそれは告げられない】
【……しかし!】
【フェイル】
声を荒げるフェイルに、イクスは再度首を振る。フェイルはそれに悔し気に顔を歪めた。
【……貴方は、いつもそうだ。そんな事だから国に裏切られたのに】
【そうだな。だが、フェイル。俺は一切、後悔してはいない。お前達と戦い抜いた事を、俺は恥じてはいない】
【……っ! ”アーサー・ペンドラゴン”!】
叫ぶフェイル。しかし、イクスはただ首を振り続ける。
【かつての我が剣。”円卓の騎士が一人、トリスタン”。……お前の今の名前はフェイルだろう? 俺もそうだ。今の名はイクスだ。その名で呼ぶな】
【貴方は一体何がしたいのですか! 名を告げず、完全なユニゾンも出来ない未熟な主を嘲笑うのが貴方の本望とでも言う積もりですか……!?】
ならば、とフェイルはイクスを睨む。それは、いつかの尊敬と信望があったからこそ生まれる怒りの表情であった。
【私は貴方を軽蔑し続けます……!】
【フェイル。俺を信じなくていい。だが、シオンは信じてやってくれないか】
【何を……!】
怒り覚めやらぬ声を上げるフェイルに、イクスは顔を向ける。それは優しい笑みで。
【シオンは必ず、俺の真名に辿り着く。俺は信じている】
【貴方は――】
【頼む】
イクスはフェイルに向き合ったまま頭を下げた。それに、フェイルは言葉に詰まる。王だった彼が自分に頭を下げていると言う事実に。
【……わかりました。しかし、私は貴方を信じた訳ではありません】
【ああ、それでいい。シオンを信じてくれるのならば、それでいい】
フェイルの返答に、イクスは頭を上げる。そして、再びアースラの外へと視線を向けた。
【信じている。あいつが俺の真名に辿り着き、己の”刀”を抜き放つ日を】
【……イクス】
【俺は信じ続ける】
クラナガンに下りた夜の帳は深く、日の出にはまだ遠かった。
(第三十五話に続く)
次回予告
「法を護る船にして、象徴。時空管理局本局」
「それは、ツァラ・トゥ・ストラにより陥落、彼等の手に落ちた」
「失ったホームを取り戻す為、管理局は次元航行船で艦隊を組み、本局に向かう」
「それは管理局創設初となる、”戦争”を意味していた」
「そして、アースラは――」
「次回、第三十五話『時空管理局本局決戦』」
「取り戻すと、そう決めた。願った。なのに――」