魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、連続投稿ラスト! 第三十三話後編となります。
ミッド争乱も、今回で終わりですが、案の定反乱編はこっからが本番です。
お楽しみにですよー。
では、第三十三話後編、どぞー。


第三十三話「優しき拒絶」(後編)

 

 ――時間は少し遡る。

 クラナガンの空、ツァラ・トゥ・ストラの襲撃があったと言うのに、この空だけは青を保ち続けていた。その空を一条の光が翔る。なのはだ。

 彼女は一路、空を翔けながら目の前にウィンドウを展開させていた。ウィンドウは複数展開しており、画面に映るのはアースラメンバーである。

 

「そう……こっちも、ストラのメンバーと交戦してたけど、グノーシスの――悠一君だったかな? 彼と交戦して暫くして転移したよ」

《そっか。なのはちゃんとこもか……》

 

 ウィンドウ越しに、はやてが頷く。右横に展開するウィンドウにはスバルやティアナの顔もあった。その左にはフェイトが映っている。更にその横には、助太刀として現れ、今はN2Rと行動を共にするクロノの顔がある。

 はやて達としてもついこの間まで怪我人だったクロノを、現場に居させるのは抵抗があったが、本人が頑として聞かず、結局押し通されてしまったのだ。

 

《はやて。エリオやキャロ。それにシグナムとヴィータは……?》

《うん。エリオとキャロは大丈夫や。二人を助けたグノーシスの黒鋼君やったかな? 解毒してくれてたみたいでな。……ただ、シグナムとヴィータが、な》

 

 二人の名を出してはやての顔が若干沈む。それはウィンドウに映る皆、同じくだ。

 ストラのメンバーにより、それぞれ致命傷を負わされた二人は、現在アースラに運び込まれ、治療中である。命には別状は無いとの事ではあるが……。

 

「ヴィータちゃん、シグナムさん……」

《……はやて、その》

《大丈夫やよ。フェイトちゃん。二人が頑張ってくれたんや。落ち込んでなんていられへん》

 

 二人の言葉に、はやては頷き、微笑む。その顔を見て、二人もまた微笑み、頷いた。

 

《後はもう一人、やな》

《……シオン》

 

 はやての言葉に、スバルの表情が沈む。ティアナもくっと奥歯に力を込めた。そう、シオンだけが未だに居場所が分かっていないのだ。どこかに転移された事だけは確かなのだが。

 

《割り込み失礼します!》

 

 直後、そんな一同の空気を測ったように、割り込み通信が入った。アースラ管制担当のシャーリーである。いきなりの割り込み通信にそれぞれ怪訝な表情となるなのは達に、シャーリーはしかし構わない。

 

《シャーリー? どないしたん?》

《すみません。緊急の報告が二件ありまして……》

《緊急の……?》

《はい!》

 

 シャーリーの言葉にそれぞれ疑問符を抱くなのは達。そんな一同の前に、新たなウィンドウが展開する。それは海に面したクラナガンの街だ。そこに映っていたのは――。

 

「ストラのメンバー……!」

《それだけやない! グノーシスのメンバーも居る!》

 

 そう、クラナガンの街を縦横無尽に翔けるのは、それぞれの戦場から離脱したグノーシスとストラのメンバー達であった。

 どこに行ったのかと思いきや、こんな所に集っていたのだ。集った両者の戦いは、既に乱戦の呈をようしており、周りの建物等が戦闘の余波を受けて容赦無く破壊されていた。

 

《まさか、一箇所に集まってるなんてな。何かあったんか……?》

《それなんですが。皆さん、此処を見て頂けますか?》

 

 直後にウィンドウがズームし、ある一画を映す。ズームした場所はビルの屋上であった。

 そこには二人の人影がある。一人は、見知らぬ少年だ。恐らくはグノーシスのメンバーだろう。そしてもう一人は。

 

《《シオン……!》》

「《え……?》」

 

 スバルとティアナから声が上がる。その声に、なのはとフェイトは同時に目を見開いた。

 

 ……これが、シオン?/シオン君?

 

 二人はそう、思う。とてもでは無いが、画面に映る存在がシオンだとは思えなかったのだ。

 黒の全身甲冑を身に纏い、更に、その身体から溢れ出る因子――明らかに感染者である。そこまで考えて、漸く思い至った。

 シオンが、再び感染者化したのだと

 

《シオン、またアヴェンジャーに……》

《あのバカっ……!》

 

 スバルの悲し気な声と、ティアナの怒りの声が重なる。それを聞きながら、なのは、フェイトも顔を強めた。

 現状でも手一杯の状況なのに、更にシオンの暴走まで加われば、それこそ現場は混乱する。

 シオンを助ける事すら難しいかも知れないのだ。最悪、殲滅せねばならなくなる。

 そんな最悪の状況を想像して、表情が陰る一同であったが、その中に例外達がいた。

 はやてと、今まで黙り込んでいたクロノである。二人は思案しながら、見合い、同時に頷き合う。

 

《……クロノ君、どう思う?》

《明らかにおかしいな》

 

 そんな二人の会話に、なのは達は疑問符を浮かべる。

 何がおかしいと言うのか。そんな、一同に再びシャーリーが頷いた。

 

《見ていただければ分かると思いますけど、シオン君の居場所が漸く特定出来ました。……ですが》

《特定出来た時には、既に感染者化してた、て訳やね?》

《……はい。でも、シオン君は――》

《”暴走していない”のだろう?》

『え……!?』

 

 驚きの声が四重する。事情が掴め無いなのは達が、思わず上げた声だ。その声に応えるかのように、シャーリーがクロノに頷く。

 

《はい。ハラオウン提督のおっしゃる通りです。シオン君は感染者化しているものの、まだ自意識を保っているそうです。》

《……やろうね。シオン君が暴走してるなら、あんな所でいつまでもうずくまってへん。何より、もう一人の男の子がシオン君の近くにいるんが、その証拠や》

《あ……》

 

 スバルが思わず声を上げる。スバル、ティアナが画面のシオンをそれぞれ違った形で心配そうに見ていた。

 

《それと、もう一つの報告なんですけど》

《そやったね。聞こか》

 

 その言葉に、はやてが頷く。シャーリーはそれを見て、ちらりとなのは、フェイトの顔を見た上で、口を開いた。

 

《先程入った情報なんですが、クラナガン市民の避難場所の一つが、ツァラ・トゥ・ストラのメンバーにより、占拠されたそうなんです》

「……占拠? 避難場所を?」

 

 その報告に、なのはを始めとして、一同怪訝そうな表情となる。

 なぜ、わざわざ避難場所を襲撃して、占拠なんてする必要があるか分からなかったのだ。

 一同の表情を見て、シャーリーが視線を落とし、しかしその上で告げる。

 

《占拠された避難場所は”ST,ヒルデ魔法学院”です》

「え……!」

《それって……!》

 

 あまりにも聞き覚えのある場所の名になのはとフェイトが声を上げる。シャーリーは二人の表情を見て、目を伏せながらも、頷く。

 

《はい。……現在確認中ですが、ユーノ・スクライア司書長や――ヴィヴィオが避難していた場所だと予想されてます》

「《っ……!?》」

 

 ――やはり。

 当たって欲しく無い予想が当たってしまい、なのはとフェイトが顔を歪める。

 シャーリーを始めとした一同はそんな二人に何も言えず、黙り込んだ。

 

 いや、一人だけ黙っていない者がいた。クロノだ。

 

《……だとするとストラの狙いはヴィヴィオの可能性があるか》

《クロノ君……!》

 

 淡々と告げるクロノにはやてが咎めるかのように声を上げる。しかし、それにこそクロノは首を横に振った。

 

《今、必要なのは、現状を正しく認識する事。そして、それ等への対策だ、はやて》

《……分かっとる》

 

 クロノの言葉にウィンドウ越しに、はやては目を伏せ、歯を噛み締める。

 一時の間を持って、彼女は顔を上げた。

 

《ええか、皆。これから私達の方針を話すよ?》

 

 はやての言葉にそれぞれ頷く。はやて自身もまた、頷いた。

 

《まず、シオン君。暴走しかけてる、あの子をどうにか止めなあかん》

《《私達が行きます》》

 

 即座にスバルとティアナが立候補する。はやてはそれに目を向ける。

 

《止められる方法、あるか?》

《まだ暴走していないなら、なんとかなると思います。……ちょっと乱暴かもですけど》

 

 その言葉にティアナが頷く。はやては、少しだけ考え、頷いた。

 

《そやね。今のシオン君を1番知っとるのはスバルとティアナや。頼めるか?》

《《はい!》》

 

 二人は、はやての言葉に即座に頷き、声を上げた。

 

《うん。よろしくな。次、占拠された学院なんやけど――》

 

 言いながら、はやてはちらりと視線をなのはとフェイトに向ける。

 正直に言うと、現状、ガジェットと因子兵が暴れ回るクラナガンで、指揮も出来るこの二人を、どちらも学院に向かわせるのは抵抗がある。

 しかし、市民が人質に取られているも同然なのだ。放っておく事も出来ない。

 

《はやて。学院には、なのはとフェイトを向かわてはどうだろう?》

《クロノ君?》

 

 掛けられた言葉にはやてが、目を見開く。誰より、クロノは二人を向かわせたがらないと思っていたからだ。そんな彼女の反応に、クロノはフッと笑う。

 

《二人の変わりに僕が指揮を取る。海の僕では少し反発もあるかも知れないが、なんとかなるだろう》

「……クロノ君」

《……お兄ちゃん》

《フェイト、お兄ちゃんは止めてくれ》

 

 なのはとフェイトが思わず上げた声にクロノは苦笑しながらも、頷く。はやては、それを見ながら微笑んだ。

 

《うん、そやね。なのはちゃんとフェイトちゃんには、学院に向かってもらうな。ええかな?》

「《うん!》」

 

 二人の返事にはやては再び微笑み、そしてクロノと視線を合わす。クロノは無言で頷いた。

 

《私はザフィーラと、空隊の指揮を取る! クロノ君は――》

《N2Rと共に、陸隊の援護、及びに指揮だな。任せてくれ》

 

 クロノの返事にはやては頷き、一同の顔を見遣る。そして。

 

《それじゃあ、それぞれ作戦開始や! 皆、行くよ――!》

『『了解!』』

 

 応える声が重なり、ウィンドウ一斉に閉じるかくして、アースラメンバー+1も再び動き出した。

 それぞれの、大切なモノを守るために。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 St,ヒルデ学院。

 そのグラウンドは、酷く重い静寂に包まれていた。その静寂を作り出したのはたった一人の青年である。

 

 ――伊織 タカト。

 

 またの名を666と呼ばれる青年はただ静かに佇む。

 それに学院を占拠していた女性は震えていた。

 

 怖くて。

 怖くて、怖くて!

 

 女性を眺めるタカトの目は、既に”ヒト”に向けられるような目では無い。

 それは害虫を眺めるかのような、いかな方法で殺そうかと吟味するような視線だった。

 この時点で、女性は理解していた。

 己の命運が、尽きた事を――だが。

 

「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 咆哮がグラウンドに響く。それはタカトに両の手を失わされた男の咆哮であった。

 彼はタカトを見下ろし、怒りの形相で睨みつける。

 そのまま口を開くと、一気に襲い掛かった。

 せめて、一矢報いんと、あるいは仲間である女性の為か。男はタカトの視線にも係わらず踊り掛かる。

 

「…………」

 

 そんな男にタカトはただ無言。ゆっくりと右手を上げ――。

 

    −閃−

 

 ――右手が閃いた。指は拳を作らず貫手。それが、男の口に”突っ込まれる”。

 さらにタカトは貫手を掌を上にして”口の中で指を折り曲げた”。

 

「ひ、ぎ……」

 

 一息、男から声が漏れ――次の瞬間。

 

「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 悲鳴が辺りに響き渡った。

 それは、自分の右の下眼瞼(したまぶた)から突き出た指による激痛と、嫌悪から出た悲鳴である。

 それを成したタカトは、そんな悲鳴に一切構わず、指を一気に引き下ろした。男の右の顔を”引き裂きながら”。

 

「っ――――――!?!?」

 

 声に――声にならない悲鳴が響き渡る。

 男の右半分の顔が”無くなっていた”。タカトが、持っていったのだ。右の眼球が落ち、その下にはピンク色の肉が覗く。

 それを見遣りながら、タカトはぽいっと何かを捨てた。

 

「……? ひっ!」

 

 一連の事態を見ていたヴィヴィオがその何かが分からずに目を凝らし、直後に短く悲鳴を上げた。

 タカトが投げ捨てたものは、”男の右半分の顔”であった。下眼瞼から、上顎までの肉が骨ごとくっついている。

 ヴィヴィオは勿論。ユーノも、遠巻きに見ていた人達も声が出せなかった。

 

 ――怖かったのである。

 襲撃犯より、自分達を助けてくれた筈の、タカトが。

 そんな一同の中で、唯一動く存在が居た。男の相方たる女性である。これが好機とばかりに、タカトに背を向け一気に走りだそうとして、前のめりにスッ転んだ。

 

「っ!?」

 

 何でこんな時に!?

 そう思い、必死に立ち上がろうとして。

 しかし、立ち上がれない。

 転ぶ。

 転ぶ、転ぶ。

 

「あれ……? あれ……! あれぇ……!?」

 

 何度も、何度も。立ち上がろうとするが、立ち上がる事が出来無い。その度に転ぶ。

 ――当然だった。彼女は”膝から下が既に無い”のだから。

 水糸が踊る、タカトの周りを。その光景が齎すのは一つの結論。

 タカトは女性が走り出すと同時にその足を”膝から切り落とした”のだ。

 惨劇の連続に、周りの人達も、ヴィヴィオも、ユーノでさえも凍り付いていた。

 響くのは、ただ二人の悲鳴のみ……否、動く存在は居た。当の惨劇を起こしたタカト自身である。

 すっ……と、手を上げると同時に、水糸が未だ悲鳴を上げる二人に向かう。

 水糸は二人の切り落とした部位に絡み付くとキュッとその部分を固く締め付けた。止血だ。だが、それは二人の身を案じての行動では決して無い。

 他でも無い、タカトの視線が何よりそれを明確に示していた。次に水糸は二人の肌に突き刺さる。

 「「ぎっ!」」と、それによる痛みで、二人が上げる悲鳴にもタカトは構わない。無言のままに、水糸を手繰り寄せ、二人を引きずる。

 ずるっずるっと、寧ろゆっくりと引きずられるそれに、二人は何とか逆らおうとするものの、既に男は両手が無く、女性は足が無い。つまり、力が込められないのだ。そんな状態で水糸に逆らえる筈も無い。

 タカトはただただ、無表情に二人を手繰り寄せる。そして、自分の前まで引きずると、二人の身体を”吊り上げた”。

 肌に刺した水糸を奥、骨にまで突き刺した上でだ。これで水糸が吊り上げた二人の体重で引き抜ける事は無い。それと引き換えとなるのは、二人の激痛であったが。

 

「ひっ……ひ、ひ、ひ……!」

「はっあ、あ、あ……!」

 

 二人はタカトの前に吊り上げられた事により、嫌が応にもその視線を真っ向から見る事になった――不幸にも。

 タカトの視線は変わらない。純粋なまでの殺意に彩られた瞳で二人を眺める。

 

「選べ」

 

 二人にタカトが告げる。

 狂いそうな痛みに絶望していた二人はその言葉を理解出来ない。ただ、タカトに恐怖しながら喘ぐだけである。だが、タカトはそんな二人に一切構わない。続ける。

 

「一。細胞レベルで肌から生皮を一枚一枚、内臓まで剥いでいく」

 

 まず、人差し指を持ち上げる。

 

「二。足元から1mm感覚で順に頭まで輪切りにする」

 

 次に中指を持ち上げた。

 そして二人は漸くタカトが何を言っているのか理解した。

 

 ――理解して絶望する。

 

 タカトは二人の処刑方法を語っているのだ。”二人に自分の死に方を決めさせる為に”。

 

「三。全身の穴と言う穴に、異物を突き刺して身体中を侵し尽くす。自分の最後だ。好きな死に方を選べ」

 

 最後の薬指が持ち上げられた。その三つ。どれを選んでも地獄の激痛と苦しみを味わい尽くす事が確定の拷問処刑法である。

 それを認識した時、二人は恥も外面も無く泣き出した。子供のように、ただただ涙を流す。それにタカトは微笑んだ。優しく、優しく――。

 

「絶望するな。そんなものは後でゆっくりと味わえる。生まれて来た事を後悔する程にな」

 

 ――世にも恐ろしい程の言葉と共に。

 そして、二人を引きずり、周りの人間達に処刑を見せないように校舎まで引きずろうとして。

 

「エクセリオン……!」

 

 凄惨たる処刑場となっていた、グラウンドに清廉なる声が響いた。

 その声を、ユーノは、ヴィヴィオは、そしてタカトは知っている。直後。

 

「バスタ――――っ!」

 

    −轟!−

 

 空から桃色の、極大光砲がタカトへと放たれた。

 それにタカトは手に保持していた水迅をカット。その場所から離れる。

 

    −撃!−

 

 光砲がその場所に突き刺さった。それをタカトは眺めていると。

 

【ハーケンフォーム。ゲットセット】

 

 無機質な、でも確かな感情を秘めた声がその耳に届く。同時、黒の影がタカトに差す。頭上から舞い降りる黒と金の姿をタカトは確かに見た。

 

「ハァっ!」

 

    −閃!−

 

 雷の斬撃が放たれる。しかし、タカトはただ右手を掲げるだけで、それに対応した。

 

    −撃!−

 

 右手と斬撃が交差。だが、右手は傷一つ負わない。

 これこそが、魔神闘仙術に於ける『山』の属性変化奥義『金剛体』であった。

 文字通り、その身体を金剛(ダイヤモンド)並――否、それ以上の頑健さと化す秘奥である。しかも、それはタカトが望んだ部位のみ可能。つまり、硬くなる事による身体の不具合を無くす事にも成功しているのであった。

 タカトと金の乱入者はしばし睨み合い、しかし乱入者はあっさりと後退した。

 そして、もう一方の光砲を放った白の乱入者と合流する。

 タカトの処刑を邪魔した、乱入者。彼女達は――。

 

「なのはママ……! フェイトママ……!」

 

 ヴィヴィオが名を呼ぶ。それに二人は応えるかのように頷き、そして向き合った。

 親友と娘を助けてくれた筈の存在、伊織タカトと。

 タカトはただ無言。なのはとフェイトの二人を、酷く詰まらなさそうに眺め見るだけであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのはとフェイトは同時に息を飲む。目の前の、存在に。

 

 ――伊織タカト。

 

 つい、昨日の夜に話したその存在は、”酷く違っていた”。当人とは信じられない程だ。昨日話したタカトと、今、襲撃犯を拷問に掛けようとしたタカト。果たして、どちらが彼の本当の姿だと言うのか。なのはがくっと顔を歪め、そのままユーノに声を掛ける。

 

「ユーノ君、ごめん。襲撃犯の二人、止血頼めるかな?」

「あ……」

 

 突然のなのはとフェイトの登場に面喰らっていたユーノがハッとなる。襲撃犯の二人は、水迅がカットされた事もあり、傷口から血が激しく流れ出していたのだ。このままでは出血多量で死ぬ事になる。

 ユーノは、すぐに頷くと二人の元に駆ける。途中、タカトとすれ違う時に何かを言おうとするも言葉が見つからず、ユーノは二人の元へと向かった。

 なのはとフェイトは、タカトにそれぞれの愛機を構えたまま、目を逸らさない――否、逸らせない。

 それ程の圧力が、今のタカトにはあった。

 

「ユーノ。止血するのは構わんが、”痛覚をカット”はするなよ? 後がやり難くなる」

『『っ……!?』』

 

 突如として、タカトから告げられる言葉に、ユーノを始めとした三人は総毛立つ。タカトはまだ、拷問処刑を行う気でいるのだ。

 

「……何で?」

「何で? 疑問に思う事か? なのは」

 

 問う言葉にタカトは冷たい目のままで答える。それに、なのははキッとタカトを睨み据えた。

 

「ここまで……! ここまでする必要があるの!?」

「ここまで? 手や足を切り落とした事か? それとも顔面を剥いだ事か? そんなものは前座だ。これから行うんだよ。そいつ等への罰をな」

 

 なのはの問い掛けをあっさりとタカトは否定する。これから、二人に対してナニかを行おうとしていたらしい。横でそれを聞いていたフェイトがふと気付く。ガチガチと言う音に。

 襲撃犯の二人がタカトの言葉に恐怖し、噛み合わぬ歯を鳴らしているのだ。酷く、震えながら。

 一体、どうやったらこんな風に人を恐怖のどん底へと突き落とせると言うのか。

 

「……伊織タカト、ここまでだ。例え、犯罪者でも拷問は禁止だ」

「そんなものは、お前達の都合だろう? フェイト・T・ハラオウン。俺の知った事じゃ無い」

 

 タカトはあっさりと、そう告げると一歩を踏み出す。同時に軋っと言う音と共に世界が揺れた。圧力が強まっているのだ。

 

「さぁ、そこをどけ」

 

 タカトの恐ろしく冷たい視線。それに、押されながらもなのはは、首を横に振る。

 

「駄目だよ。……そんな事、させない」

「ほぉ」

 

 なのはの言葉に、タカトはスッと目を細める。温度が、軽く二度は下がった感覚をなのはとフェイトは覚えた。

 

「何故、断る? その二人はユーノを傷付けたんだぞ? ヴィヴィオを苦しめたんだぞ? ここに居る全ての人間を殺して捨てようとしたんだぞ? そんな外道、生きていても仕方が無いだろう? せめて、今までの人生を悔やみ抜かせて殺すのが道理じゃないのか?」

「違う……! そんな方法、違うよ!」

 

 なのはが、タカトの言葉に叫ぶ。抗うかのように。しかし、タカトの目は変わらない。

 どこまでも冷たいままに、なのは達を見る。

 

「逆に聞かせて欲しい。何故、貴方はこの二人をそこまでしようとするのかを……!」

 

 今度はフェイトが問うた。今、必要なのは、タカトを止める事だ。その説得の為にどうしても判断材料が欲しかった。フェイトの言葉にタカトはクスリと笑い――次の瞬間、激しいまでの感情を顕にした。

 

 噴怒である。

 

 歯を軋む程に食いしばり、二人をその視線だけで殺さんばかりに睨み付ける。

 

「何故、だと……? 決まっている。そいつ等はユーノを傷付けた……。ヴィヴィオを苦しめた……っ。”俺の大切なモノを奪おうとした……!” 充分だ。生き地獄を味あわせるには充分過ぎる理由だ」

「「っ――――!」」

 

 その怒りをぶち撒けるような言葉に、フェイトは絶句する。今まで彼女は、タカトを静かな人だと。感情に左右されない人間だと思っていたからだ。

 なのははと言うと、タカトの言葉に悲し気に目を伏せていた。昨日の夜に話した時に、タカトが意外にも激情家だと言う事を知っていたのだ。

 だからこそ、異母弟を想い、世界全てを敵に回す決意をした。

 だからこそ、一度友誼を交わしたユーノを、ヴィヴィオを傷付けられて酷く怒っているのだ。

 

「最後だ。そこを退け。それとも、俺と此処で戦り合うか?」

「く……!」

「タカト君……」

 

 タカトの最後通告。同時に、世界が軋む。

 それに、フェイトは顔を強め、なのはは悲しそうに顔を歪める。

 膨れ上がる戦意。いつぶつかり合ってもおかしく無い程に気配が高まり、そして。

 

「だめ――――――――っ!」

 

 ――声が響いた。

 その声に、高まっていた気配が霧散する。

 睨み合っていた三人は呆然とし、そのまま声の主へと視線を移す。

 声の主は、ヴィヴィオだった。

 頬を涙が零れ落ちる。それに、タカトが目を見開き、息を飲んだ。そんなタカトの反応にこそ、なのはとフェイトは驚く。

 

「ヴィヴィオ……」

「やだよ……! いまのタカト、やだよ! ママたちとけんかなんてしないで……!」

 

 泣きながら、ヴィヴィオは必死に訴える。それにタカトの顔が悲痛に歪む。

 

「やっと、あえたのに……。こわいタカト、やだよ。おねがい……。”きのうまでのタカト”にもどってよ!」

「俺、は……」

 

 ヴィヴィオの言葉にタカトが立ちすくむ。何を言ったらいいのか分からなくて。

 やがて、タカトはゆっくりと天を仰いだ。

 

「……俺は、いつも大切な人達を傷付ける」

 

 次の瞬間。

 

    −閃!−

 

 水糸が閃いた。それは、真っ直ぐにユーノが治療魔法で止血する二人のちょうど真ん中に突き立つ。あまりにも早く、何の挙動も見せずに成したその早業に、なのは達は凍りつく。

 

「そこの二人」

「「っ!?」」

 

 タカトから掛けられた言葉に襲撃犯の二人の肩が跳ね上がる。タカトはその反応に一切構わず、二人を睨み据えた。

 

「今後、ユーノやヴィヴィオに近付いてみろ……! 俺の大切な者達に近付いてみろ……!」

 

 その瞳が再び、怒りに染まる。

 世界が軋む。タカトが怒りのままに放つ殺気と圧力に。

 それに二人はガタガタと震え、タカトを恐怖に彩られた瞳で見る。タカトはその二人の目を見た上で口を開いた。

 

「幾千、幾万の生き地獄を味あわせて、この世に生まれて来た事、そのものを後悔させてやる……!」

 

 殺気を持って放たれる言葉はどこまでも凄絶に響く。それに二人はガクガクと何度も頷いた。タカトの言葉が混じり気無しの”本気”だと言う事を理解したからだ。

 タカトは、そんな二人の反応に一度だけ目を閉じ、そして全ての感情を押し込めると、歩き出した――ヴィヴィオに背を向けて。それにヴィヴィオは追い縋ろうとして。

 

「来るな」

 

 たった一言。たったの一言で、その歩みが止められた。

 タカトは後ろを見ないままで告げる。

 

「ヴィヴィオ。俺はお前の母の敵だ。ひいては、”お前の敵だ”」

「そん、な……」

 

 ヴィヴィオはそれに首を振る。違うと、敵なんかじゃ無いと。だが、タカトは止まらない。

 

「ヴィヴィオ。さっきの俺は怖かっただろう? アレが俺だ。他でも無い、伊織タカトと言う壊れた人間の本性だ」

「ちがう、よ……」

 

 必死に否定するヴィヴィオに、しかしタカトは構わない。

 

「俺を怖がる者は、須らく俺の敵だ。今までも、そしてこれからも。ヴィヴィオ。それはお前も例外じゃ無い」

「あ……う……」

 

 泣きながら首を振るヴィヴィオをタカトは絶対に振り返らない。そのまま歩き出した。

 

 このままだとタカトがいっちゃう……!

 

 そして二度と帰って来ない。ヴィヴィオは本能的に察した。そんなのは嫌だった。

 だから声を張り上げた。自分がタカトの敵なんかじゃないと伝える為に!

 

「こわくなんてなかったよ……っ!」

 

 思いっきり、心の奥底からの声。タカトに届けと響く声に、彼はゆっくりと振り向く――そして。

 

「嘘を吐く娘は嫌いだよ」

「……あ」

 

 優しく微笑みながら、きっぱりと言った。その言葉にヴィヴィオは膝を着く。

 

 それは優しい否定。

 それは優しい拒絶。

 故にこそ、タカトは止まらない。

 タカトはそのまま、ヴィヴィオに背を向けたまま再び歩き出した。途中、なのは、フェイト、ユーノとすれ違うと、苦笑した。泣きそうな、顔で。

 

「すまん。泣かせた」

「タカト……」

 

 ぽんっとユーノの肩を一つ叩き、しかし言葉は無いままにタカトは微笑み。そしてなのはとフェイトへ顔を向ける。

 

「ありがとう」

「「え……?」」

 

 何を告げられのか分からずに二人は目を見開く。タカトは微笑み、再び告げる。

 

「ありがとう。停めてくれて。……ヴィヴィオの前で人を殺さずに済んだ」

「「あ……」」

 

 タカトの言葉に何と言ったらいいか分からず、二人は固まり。そして、タカトの姿は直後に消えた。

 縮地。空間移動術たるそれを持って消えたのである。

 なのはとフェイトは、タカトに告げる言葉を見出だせ無いままに固まる。

 風がそんな二人の前を、一陣だけ吹いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −轟!−

 

 クラナガンの空に、激烈な音が鳴り響く。グノーシスとストラのメンバーによる乱戦は、激しさを増して。辺りを灰燼へと帰していた。

 その中で、銃撃と剣撃を交差させ続ける存在が居た。ソラとコルトだ。

 

「ひゅっ……!」

 

    −撃!−

 

 コルトは鋭い息吹と共に足元に魔法陣を形成する。剣十字の、三角を象った魔法陣、ベルカ式の魔法陣だ。

 そして両の手の銃型デバイス、ガバメントを真っ直ぐにソラへと構えた。

 

「ジャッジメント、LEVEL2装填。リミッテッド・リリース50%」

「く――――っ!」

 

 響く声にソラは顔を強める。肩に担ぐアルセイオをちらりと見て。

 直後、その眼前に、コルトがいきなり現れた。

 

「ゼロ……」

「くっ! コルト、お前……!?」

 

 呻き、しかしフラガラックをソラは振るう。コルトは構わない。

 銃口を突き出し、それを持っての”打撃”を放つ!

 

「バスタ−」

 

    −戟!−

 

 銃口がフラガラックとぶつかり合った。直後、そこから弾が飛び出した。

 

    −撃!−

 

 響き渡る銃声と、金属がぶつかる音。フラガラックが真上に跳ね、ガバメントが下に弾かれる。

 しかし、二人は止まらない。一歩を前へと踏み込みがてら、互いのデバイスを振るう。

 

    −撃−

 

    −閃−

 

    −烈−

 

    −破−

 

 銃撃と打撃の同時攻撃と、剣撃が重なり合う。コルトが行っている戦闘法は、射撃型の根本を覆す戦い方であった。なにせ、打撃と射撃を同時に行っているのだから。

 銃口を持って放たれる打撃が、直撃の瞬間に銃弾を吐き出すのである。それをコルトは高速で、”カートリッジロードや、弾丸形成”までも含めて行っていた。

 これがコルトの零距離銃撃格闘戦闘法。通称、ゼロアーツであった。

 

「ぐ……! 隊長も居るんだぞ……っ! お前は隊長も殺すつもりか……!?」

「当たり前だ。お前も、”教官”も、今は俺の敵だ。殺す事を躊躇すると思うか?」

 

 きっぱりとソラに向かい言い放ち、コルトは至近から銃打撃を繰り放つ。ソラはフラガラックでそれを弾きながら呻いた。現状、片手しか使え無いのだ。どうしても、速度で負ける。ジリ貧状態に呻くソラに、獅童姉妹が援護に向かおうと空を翔け。

 

「残念ですが、そうはさせません」

 

 後方に居た悠一が放った新たな光爆に阻まれる。更に二人に突っ込む存在が居た。アスカだ。

 

「ここで、皆捕まえるよ――!」

「う〜〜〜〜!」

「……副隊長!」

 

 そのまま、姉妹はアスカと交戦する。その後ろでは、ソラの援護に向かわんとする他のストラメンバーと、妨害する他のグノーシスメンバーが激しく魔法を撃ち合っていた。

 

《っ……! リゼ、次元転移魔法で皆を纏めて撤退出来るか!?》

《……現状だと、厳しいです。術式自体は永唱完了》

 

 念話でリゼに問うソラだが、返って来た無情の答えに歯噛みする。

 まず皆を集めなければならない。その上で漸く次元転移出来る。だが、現状のバラけた状態では、全員撤退なぞ敵わない。

 そもそも、集合以前に転移出来るかどうかも怪しいのだ。切れ目の無い、グノーシスメンバーの攻撃を止めなければならない。

 だが、そんな方法なぞ、ある筈も――。

 

《……俺に任せろや!》

 

 瞬間。突如として響く念話にソラは目を見開く。その念話は……!

 

「たい……っ!」

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 ソラが止めんと声を掛ける前に、鍵となる言葉が放たれた。直後、一同の上空に大量の剣群が生まれる。

 

「っ! ちぃ!」

 

 それを見て、ソラと戦っていたコルトは舌打ちを放ち、未だソラに担がれるアルセイオにガバメントを向ける。止めを差さんと、引き金を弾こうとして。

 

    −撃!−

 

 降り落ちる剣群に、それを阻まれた。見れば、他のグノーシスメンバーにも剣群は降り落ちていた。

 

「隊長……!」

「何をボケッとしてんだソラ! フラガラックで全員を集めろ! リゼは全員集まったら次元転移だ!」

「……了解!」

 

 アルセイオの言葉に押されるように、それぞれ動き出す。まず、ソラがフラガラックの空間接続を持って、皆の空間を接続。自らの周りに集め、リゼが転移魔法を発動する。

 

「ソラ! 教官! 逃げるかよ!?」

「おう。コルト、お前が指揮官か。随分立派になったみてぇだが。……ツメが甘かったな」

 

 アルセイオの言葉に、コルトが悔し気に睨む。しかし、それだけ。

 未だ降り落ちる剣群に、グノーシスメンバーは手一杯で転移魔法を妨害出来ない。

 

「じゃあな! あばよ!」

「コルト。それにリク。決着は持ち越しだ」

「手前ぇ!」

「クソ兄貴が……!」

 

 ソラの言葉に、コルトとリクが叫ぶ。だが、それだけしか出来ない。

 次の瞬間、アルセイオ達の足元にミッド式の魔法陣が展開。その姿が消えた。

 

「……くそが!」

 

 まんまと逃げられたコルトが苛立ちを隠さずに吠える。

 ストラの撤退。それは同時に、クラナガンの戦闘全ての終了を意味していた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――体、ウィルは――!」

「――に、文句言うても――!」

「……?」

 

 響く声に、シオンは頭を抑える。妙に聞き覚えのある声で、妙に聞き覚えのあるやり取りが聞こえた。

 同時、ズキリと頭が痛む。それで思い出した。

 確か、スバルに思いっきりぶん殴られたのである。どうやらそれからずっと気を失っていたらしい。

 

「ぐ……!」

「あ……」

 

 呻く自分の声に反応するような声が響く。女性の声だ。

 だが、スバルやティアナの声では無い。しかし、確かに聞き覚えのある声にシオンは痛む頭を堪えながら目を見開く。

 そして、見た。”彼女”を。

 

「シン君……」

「……え?」

 

 一瞬、誰だか分からなかった。

 起きた自分の顔を覗き込む少女が、誰なのかを。

 茶が混ざった長い髪をツインテールにして、微笑むその少女。場違いにも、シオンは彼女を綺麗だと思った。しかし、自分を”シン君”と呼ぶ少女をシオンは一人しか知らない。

 ……幼なじみの少女しか。

 

「み、もりか……?」

「――はい」

 

 ポロリと。ポロリと少女、みもりの瞳から涙が零れ落ちる。微笑みながら流れる涙が、頬から落ちてシオンの顔に降った。

 そこで気付いた。自分達が、どのような体勢なのかを。シオンはみもりに膝枕されていたのだ。後頭部に太腿の感触がある。

 シオンはその感触に急に気恥ずかしくなり、身体を起こそうとして。みもりにその頭を抱き抱えられた。

 

「ちょ……! みもり!?」

「会いたかった、です」

 

 いきなりの事態に顔を耳まで赤くするシオンにみもりの泣き声が響く。

 それにシオンは何も言えなくなった。嗚咽を上げるみもりにされるがままにされる。

 

「ずっと……ずっと、待ってました……」

「……ごめん」

 

 謝る。それに意味が無い事だと分かっていながら。

 そして手を伸ばし、みもりの頭を撫でようとして。

 

「「じ〜〜〜〜」」

「……? て、うぉ……!?」

 

 みもりの後ろの視線に気付き、悲鳴を上げた。視線の主は言うまでも無い、スバルとティアナであった。

 人は、ここまで冷たい視線を放てるものなのか。

 シオンは二人の視線に冷や汗をだらだらと流す。

 

「あ、あの……スバルさん? ティアナさん? いつからそこに?」

「「最初っから」」

 

 返事はあまりにも素っ気ない。にも関わらず、異常なまでの殺気が込められていた。

 

 ――まずい……! 何故かは分からないけど、このままだと生命の危機にまで発展しそうな気がする……! 何故かは分からないけど、そんな気がする!

 

 シオンの直感は危難にしか、発揮されないが。それが全力で警鐘を鳴らしていると言う事態に悲鳴を上げそうになる。

 取り敢えず、みもりに声を掛けてみた。

 

「その、みもり? この体勢はヤバイって言うか、胸が――て、ち、違うぞ? 後ろの二人! デバイスを構えんな!?」

「嫌、です。……離れたくありません」

「そうでなくて! このままだと永別しかね無いって言うか――――!?」

 

 ……数分後。騒動に気付いた、ウィルともう一人が来て、なんとかシオンは一命を取り留めた。

 

「……おっちゃんの斬界刀より、怖かった」

「天罰やろ」

「今回は、そうかもね」

 

 横になったまま青ざめた顔となるシオンにウィルが笑い、その横の少女も苦笑する。

 シオンは横目でその少女を見る。黒の髪をポニーテールにし、前髪は綺麗に切り揃えられている。そして、頭には眼鏡が掛けられていた。

 

「よ、久しぶり、カスミも元気そうだよな」

「ん、久しぶり、シオン君。相変わらず無茶やってるみたいね」

 

 その言葉にシオンも苦笑し、そしてウィルに視線を向ける。ウィルはそれに、ただ頷いた。

 

「……安心せい。つい、ちょっと前に奴等は撤退したわ。あのロボットもどきと、因子兵も纏めてな」

「……皆、アースラの皆は……?」

「みんな、無事だよ。怪我したり、毒を受けたりしたけど命に別状無い、て」

 

 ウィルとスバルがシオンにそれぞれ教えてくれる。皆、無事。それに、シオンは心底安心したように微笑んだ。

 

「そか……よかった……」

「よかったじゃないわよ。まったく、またアヴェンジャーになんてなるなんてアンタは……」

「あ。……そう言えば、イクスは?」

「大丈夫、此処に居るよ」

 

 シオンの疑問にスバルが微笑み、掌をシオンに見せる。そこには、待機モードとなったイクスが鎮座していた。

 シオンに何も言葉を掛け無いと言う事は、どうやら眠ってるらしい。それにシオン安堵の息を吐いた。

 

「無茶させちまったからな。後で謝らねぇと」

「そうだね……」

 

 シオンの言葉にスバルも頷く。それにシオンは微笑む。

 

「……さて、そろそろアースラに戻らないと」

 

 よっこいしょ、とシオンはややじじぃ臭い事を呟きながら、立ち上がろうとして。

 

「……あれ?」

 

 ――立ち上がれなかった。もう一度足に力を込め。

 

「なんだと……?」

「……? どうしたのよ?」

「シオン?」

「シン君?」

 

 絶句し、固まるシオンにそれぞれから声が掛かる。だが、シオンはそれが聞こえていない。顔から血の気が引いていた。自分の足を触る。

 

「……足の感覚が、無い……?」

『『え……?』』

 

 シオンの一言に周りの一同が疑問符を浮かべる。シオンはそれに構わない。そのまま呟いた。

 

「……足が、腰から動かない」

『『えぇ――――!?』』

 

 シオンの呟きに、驚きの声が一斉に上がった。

 

 −カカカカカカカカカ−

 

 そして、シオンは笑い声を聞いた。何処までも響く、汚れた笑い声を。確かに、シオンは聞いたのだった。

 

 

(第三十四話に続く)

 




次回予告
「ツァラ・トゥ・ストラによるミッド争乱はようやく終焉した」
「しかし、シオンは半身不随となる」
「そんなシオンにお見舞いでやって来るグノーシス勢達」
「一方、ストラによる反逆は終わっていなかった。彼等の、真の狙いは――」
「次回、第三十四話『新たなる仲間達』」
「再会した馴染み達に、少年は懐かしさを抱く」

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