魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、第三十三話中編です。
連続投稿も後二回。お楽しみにです。どぞー。


第三十三話「優しき拒絶」(中編)

 

「グリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィドっ……!」

 

 シオンが叫び。直後に斬界刀を振り下ろさんとしていたアルセイオは”それ”を見た。

 

    −砕−

 

 砕けた。砕けた、砕けた――”斬界刀”を。

 

「……な!?」

 

 砕け散り、塵へと還った斬界刀を見て、アルセイオは呆然となる。だが、異変はそれだけで終わらなかった。

 

【モードリリース】

「……っ!」

 

 まず、ダインスレイフが待機状態にまで戻った。更に、カクンっとアルセイオの視線が下がる。

 ……否、違う。落ちているのだ、”アルセイオ自身が”!

 

「……これがっ! 第四大罪、強欲……! ここら一帯の魔力は――」

 

 にぃっと笑う。激しく湧き出す因子にしかしシオンは構わない。叫ぶ!

 

「”俺のモンだっ!”」

「っ――!?」

 

 その言葉に漸くアルセイオは気付いた。魔力が、自分のものも含めて”全く反応しない”!

 魔法とは詰まる所、意思によって、世界の法則を”書き換える”事である。

 しかし、それも意思媒介となる”魔力”があってこそのモノ。ならば、その魔力が根こそぎ”支配”されてしまえばどうなるか?

 答えはアルセイオ自身が出している。つまり、”一切の魔法が使えなくなる”のだ。それこそ飛行魔法でさえも。しかし。

 

「はは……。確かにとんでもねぇ代物だ。だが、坊主。”守ってばかり”じゃあ、俺には勝てねぇぜ?」

 

 落下しながらアルセイオは笑う。自分の下にはビルもある。この高度では死にはしない。しかも、シオン自身は強欲の維持で精一杯。更に因子が湧き出し、少年の自我は危うい境界線をさ迷っている。つまり、現状では時間稼ぎ程度にしか使えないのだ。

 だがシオンは、アルセイオのその言葉に。

 

「そう、それが――」

 

 再び笑った。

 

「俺一人ならなぁっ!」

「そう言う事や」

「っ――――!」

 

 その言葉にこそ、アルセイオは目を剥く。しゃがみ込み、ビルに手を着くシオンの真後ろ。そこにシオンの幼なじみにして相棒、ウィルが居た。

 ”刻印弓を発動した状態で!”

 

 ――魔法は使え無い筈だろ……!?

 

 そこまで考えて、しかしアルセイオは気付いた。シオンはこう言った筈だ。”ここら一帯の魔力は俺のモンだ”、と。つまり今、魔法が使え無いのは――。

 

「俺だけ、か……!」

 

 アルセイオの悔し気な声に二人は同時に凄絶な笑みを浮かべた。

 何より、アルセイオを驚かせたのはウィルはシオンに指示を一切受けてはいなかった事だ。にも関わらず、刻印弓を発動し、剣矢を形成していた。

 それはつまり、ウィルはシオンが”何をするのかを分からない”にも関わらず、シオンが”何かを成す事が分かっていた”と言う事だ。

 二人の姿に、アルセイオはフッと目を細める。互いが互いを完全に理解し、そして完全に信頼し合う事によって初めて成し得る事である。

 だから、アルセイオは悟った……己の――。

 

「「俺達の/ワイ達の……!」」

 

 ――敗北を。

 

「「勝ちだぁっ!」」

 

 

 

 

    −貫!−

 

 

 

 

 次の瞬間、アルセイオを剣矢が一閃! その身体を、貫いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ヴィヴィオは見ていた、その背中を。たった今、自分を捕らえようとしていた男を吹き飛ばした青年。いつもは眼鏡を掛けた、柔らかい笑みの青年を。

 ――ユーノ・スクライア。柔らかい笑みの青年は、その柔らかさを潜め、代わりに鋭さを秘めた表情となっていた。

 

「ユーノさん……」

「ヴィヴィオ、ごめん。話しは後で」

 

 ヴィヴィオを見ぬままにユーノは答え、そのまま両の指を組み合わせる。指は三角の印を組んだ。

 

「我祈りて。此処に請い願わん。其は悠久にして蒼古なりし盾、不破なりし神苑の鎧。来たれ」

「っ! いけないっ!」

 

 男と共に居た女性が叫ぶ。そして、デリンジャー式の銃――正確にはデバイスをユーノに向けた。

 銃口に集う光、足元にミッド式の魔法陣が展開する。だが。

 

「エクストリーム・フィールド!」

「ちぃ!」

 

 ユーノの方が一歩、早かった。

 

    −緊!−

 

 その身体を中心として、半透明のドームが広がる。結界だ。それは女性が放った光弾を弾き――止まらない。

 一気に広がると、捕われた避難民全てを囲み、展開を停止した。

 

「くそ! いつまで寝てんだい!? 唐変木!」

「うるせぃっ!」

 

 女性の声に、今度は吹き飛ばされた筈の男が立ち上がって突っ込んでくると、即座に結界へと拳を叩き込んだ。だが、結界はビクともしない。完全に、衝撃を防ぎ切っていた。

 

「……無駄だよ。これは僕が持つ魔法の中では1番防御力がある魔法だ。君達の攻撃力じゃ役不足だよ」

「何を……!」

 

 ユーノの言葉に男が猛ると、結界に拳を打ちまくる。だが、結界は何の痛痒も受けていないとばかりに小揺るぎもしない。

 

「畜生……! 正々堂々と勝負しやがれ!」

「人質をとった人間の言葉じゃないね」

 

 フッと肩を竦めるユーノに男が更に目を吊り上げる。再び拳を叩き込もうと振り上げ。

 

「馬鹿かいっ!? アンタは……! こう言う時の為のこいつ等だろうが!?」

「お、おう……。すまん」

 

 女性の怒鳴りに、ビクっと止まった。ちっと舌打ちをしながら女性は手を振り上げる。

 

「そら、行きな! お前等!」

 

    −参!−

 

 女性の言葉にまるで応えるかのように、ガジェットとついでとばかりに因子兵が進み出る。ガジェットにはAMFがある。こう言った結界ならば数体近付けてやれば、硝子のように割れる筈であった。

 因子兵も結界が壊れた後で人質を脅すのに役立つ。

 ……”何の妨害もなければ”。

 

「千の封縛。いかなりし訃音を告げる者か。其は凄惨にして紫苑なる鎖!」

「「な――」」

 

 朗々と永唱が響く。ユーノだ。その指は高速で印を組む。その姿に二人は驚きの声をあげた。

 ユーノはその反応に一切構わず永唱の最後を唱える。

 

「サウザウンド・チェ――――ン!」

 

 ばっ! と、印を組んでいた手を振り上げる。次の瞬間。

 

    −寸っ−

 

 接近する全てのガジェット、そして因子兵、その足元からチェーン・バインドが伸び、その機械とヒトガタの身体を一瞬で絡み取る。

 そして、瞬時に拘束された。”全てのガジェットと因子兵”が。

 

「馬鹿な……! AMFはどうしたんだよ!?」

 

 男が唸るようにして、怒鳴る。女性はそれに再び舌打ちした。

 

「アンタはホントに馬鹿かい!? よく見な……!」

 

 怒鳴られ、男はユーノが施したバインドを見る。

 それは光の鎖でありながら、しかし確かな”質量”を伴っていた。

 

「馬鹿な。半物質型のバインド……!?」

「対AMF用の、ね……」

 

 ぎりっと、歯を軋ませながら女性はこれを成した存在、ユーノを睨む。ユーノは二人の存在を無視してヴィヴィオと話していた。その態度すら癪に触る。

 

「一体何者なんだい……」

 

 放たれる疑問。しかし、それに答える者はいなかった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ヴィヴィオの眼前で結界を形成し、さらにガジェットと因子兵を全て封縛したユーノはふぅと息を吐く。そしてヴィヴィオに向き直った。

 

「ヴィヴィオ。……遅れて、ごめんね。怪我とか無い?」

「う、ううん。そんなことないよ……。だいじょうぶ」

 

 ユーノの言葉にヴィヴィオが首を横に振る。そんなヴィヴィオの頭を軽く撫で、ユーノは再び立ち上がった。

 

「そっか。ならよかった。……貴方達がヴィヴィオを預かってくれたのですね。ありがとうございます」

 

 ユーノは次に、ヴィヴィオと一緒に捕われていたコロナとその両親に向き直り、頭を下げた。

 

「……いえ。私達は、何も……」

 

 しかし、コロナの両親はユーノの礼に首を振る。

 ……何も、本当に何も出来なかったのだ。ヴィヴィオを男達が連れ去ろうとした時にさえ、何も。

 だが、それにこそユーノは首を振った。

 

「そんな事はありません。ヴィヴィオと一緒に居てくれた。励ましてくれた。……傍に居なかった僕には出来ませんでした。ヴィヴィオに取って、それはどれだけ救いになったか。だから」

 

 ――本当にありがとうございます。

 

 そう締め括り、ユーノは振り返る。結界の外に居る二人に。

 

「ユーノさん?」

「……ごめん。ヴィヴィオ、ちょっと行ってくるね? 彼等を捕まえないと」

 

 それだけを言い、再び歩き出そうとする。そんなユーノにヴィヴィオは目を見開いた。戦おうとしているのだ、彼は。デバイスも持ってはいないのに。

 

「なんで? ユーノさん!?」

「ガジェットの援軍を呼ばれると結界の維持が難しくなる。この結界は絶対に解いちゃ駄目なんだ。……だから」

 

 この場の司令塔である二人を捕らえると、ユーノは告げる。首だけをヴィヴィオに向け、にこりと笑った。

 

「大丈夫。僕はこれでも一時期、なのはの相棒だった事もあるんだよ。……任せて」

「ユーノさん……」

 

 その言葉にヴィヴィオはしばし迷い。暫くして漸くコクリと頷いた。ユーノはそんなヴィヴィオに再び微笑み、そして歩き出す。

 

「ありがとう。ヴィヴィオ。行ってくるよ」

「うん。ユーノさん、きをつけて、いってらっしゃい」

 

 そう言葉を交わして、ユーノは飛行魔法を発動。結界の外、捕縛すべき二人の元まで翔けた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 あっさりと結界の外に出たユーノに二人は拍子抜けの表情となっていた。

 どうやってこの結界を破壊しようかと思案していた時に、肝心の結界を張った当人が結界の外に出て来たのだ。肩透かしにもなる。

 

「へっ。何のつもりだぁ? 結界を張るぐらいしか能が無い野郎がよ」

「……君達を捕縛する」

 

 男の言葉にユーノは淡々と答える。それに女性はデリンジャー型のデバイスを差し向けた。

 

「あたし達に勝てるつもりがあるってのかい?」

「ああ」

 

 きっぱりと断言するユーノに、男は見るからに怒気を漲らせ、女性は逆に冷ややかな顔となった。

 ――そう、忘れてはいけない。この男は自分達でさえ破壊不能な結界を張り。あまつさえガジェットと因子兵を封縛してのけたのだ。その能力は侮れない。

 

「……一応聞いておくよ。アンタ、何者だい?」

「僕は――」

「しゃらくせぇ!」

 

 直後、ただでさえ大きい男の身体が、まるで二回りは大きくなったように膨らむ。筋肉だ。恐らくは身体強化の一瞬なのだろう。そして、ユーノへと突進する!

 

    −戟!−

 

 ……ユーノはその突進を避けなかった。だが、男の身体はユーノに一切触れていない。

 停められたからだ。ユーノが張ったシールドで。

 「ぬう……!」と呻く男をユーノは見上げ、台詞の続きを静かに告げた。

 

「ただのしがない書庫の司書長さ」

 

 ぽつりと呟き、後退すると、ユーノの姿があった場所を光弾が通過する! 戦いが始まった。

 

「ぬぅあ……!」

 

 叫び、再び突進を開始する男にユーノは今度はシールドを張らない。印を組む。

 

「チェーン・バインド!」

 

 瞬間で展開するミッド式の魔法陣。そこから翡翠色の光鎖が飛び出す。それは狙い違わずに男を封縛した――しかし。

 

「こんなちゃちいモンが効くかよ!」

 

    −砕!−

 

 男が力を込めると同時に鎖がちぎれる。バインドはあっさりと解けた。しかも。

 

「シュート!」

 

 −弾・弾・弾・弾・弾−

 

 男の後方より放たれる光弾。それにユーノはくっと呻く。

 意外にもよく出来た連携だ。正攻法だと崩すのに時間が掛かる。しかも、自分はまともな攻撃力を持つ魔法が無い。

 だが、”まとも”では無い方法ならばある!

 ばっとユーノは手を振り上げると、直後に”それ”は動き出した。

 ガジェットを封縛せし光鎖が。当然、ガジェットを引き連れてだ。

 

「はぁぁぁぁっ……!」

 

 そして、ユーノは手を振り下ろす。その手の動きに連動して、光鎖はガジェットを引きずり、男に向かって放り投げられた。

 

「ぬお……!?」

 

 驚愕の声を男はあげ、後退する。そこに光鎖に引きずられたガジェットが振り落ちて。

 

    −爆!−

 

 一拍の間を持って爆発した。爆風により、舞い上がる砂埃。それに男は腕を顔の前にやり、やり過ごす。そして砂埃が収まった時。”それ”を見た。

 光鎖に吊り上げられ、ユーノの元に引きずられた、自分達が連れて来た全てのガジェットと、因子兵を。

 

「……僕と”暇潰し”と言う名の”八つ当たり”に模擬戦をよくやった何処かの元執務官に、よく言われたよ。『君にはまともな攻撃方法が無いのだから、真っ正面から戦おうとするな』、てね」

 

 そしてと続け、同時に手を振り上げる。その動作に合わさるかのように、ガジェットが、ヒトガタが、光鎖により持ち上がる。

 

「『使えるモノは何でもいいから徹底して使え』ともね。だから恨むならその元執務官によろしく。なんなら名前くらいは教えるよ?」

 

 その言葉に、男も女性も答える事は出来ない。呆気に取られたからだ。目の前の光景に。

 

「それじゃあ、行くよ」

 

 次の瞬間、ユーノは手を振り下ろす! すると、ガジェットと因子兵でなされた砲弾が二人に向かい――。

 

    −轟!−

 

 真っ直ぐに振り落ちた。

 

「「っ――!?」」

 

 自分達へと剛速で放たれ来たるそれに、二人は総毛立ち、一気に散る。その場所に容赦無く、ガジェットと因子兵は突き刺さる。

 或いは爆発し。或いは地面に突き刺さり、しかし壊れなかったモノは容赦無く次弾へと使われた。

 まるで、ガジェットと因子兵の雨だ。狙いが甘く直線的だからまだ躱せるが……?

 ふと、躱し続ける女は疑問に思う。やけに狙いはしっかりしている癖に、狙いが甘い。それに鈍重な相方がこんなにも避せる訳が……。

 そこで気付いた。自分達が、ある一点に吸い込まれるように集められている事に。これは!

 

「しまった!」

「どうし……っ!」

 

 男も気付いたのだろう。顔から血の気が引く。しかし遅い!

 

「ストラグルバインド!」

 

    −寸っ−

 

 ユーノはチャンスを逃さず拘束魔法を発動! 伸びる光紐は瞬く間に二人を拘束した。

 

「ちっ……!」

「こんなもの……っ!?」

 

 男が力を込め、再びバインドを破らんとするが、ストラグルバインドの効果は、正に彼のようなタイプにこそ天敵であった。

 膨らんでいた筋肉が瞬く間に萎む。強化魔法が無効化されたのだ。ストラグルバインドによって。さらにユーノは魔法を重ねる。

 

「クリスタル・ケージ!」

 

    −壁!−

 

 ストラグルバインドにより拘束された二人を三角錐を思わせる半透明の光壁が覆う。クリスタル・ケージ。

 その名の通り、檻(ケージ)系の魔法である。強度に主なリソースを置いたこの魔法は破るのが困難とも言われる。

 少なくとも、二人には破れない筈であった。

 二人を拘束し終えたユーノは一拍の間を置いて、漸く息を吐く。そして、上げていた手を降ろした。

 

「……僕の勝ちだ」

 

 そう二人に言い放つ――しかし。

 

「残念だね」

 

 女性はそんなユーノにくすりと笑う。そして、次の言葉を放った。

 

「アタイ達の勝ちさ」

 

 次の瞬間。

 

    −砕−

 

 そんな、そんな音と共に、ユーノの背後で避難民を守っていた結界が破壊された。

 

「な……!?」

 

 突然の出来事にユーノは目を見開き、振り向く。

 その目に映ったのは、”地面からはい出たガジェットと因子兵”。左の銃口と、指槍を避難民へと向けるヒトガタ達であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 目の前の光景に唖然となっていたユーノは、しかしギリっと歯を食いしばると一気に駆け出そうとする。だが、その前に声が掛けられた。

 

「やめておきな。聖王のコピーならともかく、”その他”を殺すのに、アタイ達は躊躇しないよ?」

「く……!」

 

 女性の言葉にユーノは止まった。悔し気に自分達を睨むユーノに女性は勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「流石に伏兵には気付かなかったね。いきなりガジェットや因子兵を投げだした時には気付かれたかとヒヤヒヤしたけどねぇ」

「くそ……!」

 

 呻き、ユーノは顔を伏せる。まさか、今の今まで伏兵を置いていたとは。

 気付くべきだったのだ、最初にガジェットと因子兵を拘束した時に、この二人は開放しようと”しなかった”事に。

 今思えば、あれは開放する必要が無かったからであろう。

 

「さて……分かってるよね? さっさとこれを解きな」

「…………分かったよ」

 

 彼にしては長考の末、クリスタル・ケージとストラグルバインドを解く。開放された二人は肩やらを回し、にやりと笑った。

 

「……へへ。やられた事はやり返さねぇと、な!」

 

    −撃!−

 

「ぐ……!」

 

 男が容赦無く、無抵抗のユーノの腹に拳を叩きつけた。浮き上がる身体に、さらに拳を打ち放つ!

 

    −撃!−

 

 顔をぶん殴られ、ユーノは吹き飛ぶ。5m程吹き飛んだ所で、漸く地面に落ちた。

 

「ぐっ! っ……う!」

「おいおい、あんまりやり過ぎるんじゃないよ?」

「分かってるよ。……ただ、今までの礼くらいはさせろや」

 

 ユーノの元まで歩くと、その背中を踏み付ける。何度も何度も、繰り返し踏み付けた。

 

「が、あ……!」

「おらおら! さっきの威勢はどうしたよ!?」

 

 苦し気に喘ぐユーノに男は喜悦を浮かべながら更なるスタンピングを繰り返す。それに。

 

「やめて――!」

 

 声が響いた。声の主は当然、ヴィヴィオ。

 

「ヴィ……ヴィ……オ……!」

「へっ……」

 

 その声に男は笑い、ヴィヴィオの元まで歩く。そして、首根っこを引っ捕まえた。

 

「う……く……!」

「へへ。これで任務完了だな」

 

 苦し気に呻くヴィヴィオに、男は一切構わない。

 だが、そんな男の足元につかみ掛かる少女が居た。コロナだ。

 

「ヴィヴィオをはなして!」

「あん……? チっ、邪魔だな」

 

 男は舌打ちを一つ。そして容赦無くその身体を蹴飛ばした。

 

「あっく……!」

「「「コロナ!」」」

 

 蹴飛ばされて転がるコロナにヴィヴィオが、そしてその両親が声をあげる。

 コロナは痛がり、涙を浮かべていた。即座に両親が彼女を抱き抱える。そしてキッと男を睨んだ。

 しかし、男はそんな視線にあからさまな嘲笑を浮かべた。

 

「なぁ、こいつ等どうするよ?」

「聖王のコピー以外はいらないからね。予定通り、”食べさせたら”いいさ」

 

 事もなげに言う。それはつまり、避難民全てを因子兵の”食事”にするつもりだと言う事。その言葉に、避難民は総毛立ち、青ざめる。

 

 ――そして。

 

「さぁ、たーんと、お上がり」

 

 その言葉を待っていましたとばかりに全ての因子兵が避難民達に殺到し。

 

 一瞬にして、塵殺された――”因子兵とガジェット、全てが”。

 

「「は……?」」

 

 いきなり目の前で起きた光景に、二人の目が点になる。そして、倒れ伏すユーノはそれを見た。

 突如として顕れた、周囲を覆う全天の”水糸”を。

 

 直後、唐突にヴィヴィオは”彼”に抱き抱えられていた。俗に言うお姫様だっこの状態で。

 いつの間にか、顕れた”彼”に。

 

「は? ……あれ? あれ!?」

 

 ヴィヴィオの首根っこを掴んでいた男は戸惑いの声をあげる。消えたヴィヴィオに、そして何より。

 

 肘から先が落ちた、自分の右手に。

 

 それを成した存在は歩く、歩く。やがてユーノの元まで歩くと、しゃがみ込んだ。

 

「大丈夫か? ユーノ」

 

 告げられる己の名。一日も経っていない離別からの再会にユーノは微笑む。

 

「大、丈夫、だよ……。”タカト”」

 

 そして万感の想いを込めて彼の名を呼んだ。

 

 親友の、名前を。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「か……あ……!?」

 

 落ちる。

 落ちる、落ちる。

 その身体を剣矢で貫かれてアルセイオが。

 着地点であったビルは剣矢により、進行方向から外れてしまった。このままでは地面に頭から落ちて、死ぬ。

 

 ……こいつはぁ、死ぬなぁ。

 

 苦笑する。まさかの敗北にだ。そして肩を見る。

 そこは剣矢が”通り抜けた”場所であった。肩を螺旋を描く剣創が穴となって形成されていた。

 剣矢に貫かれる瞬間、無理矢理に身体を捩ったのが幸を奏したらしい。

 自分の悪運の強さに流石に呆れる。しかし、その悪運もここまでのようだった。流石に魔力無しで、地面に落ちれば死は免れまい。およそ考え得る悪あがきの末の、もっとも惨めな死に方に苦笑したのだ、アルセイオは。

 そして、ゆっくりと目を閉じ。

 

「何を諦めてるんですか!? 貴方は……!」

 

 その声に目を見開いた。

 落下は停止していた。いつの間にか。それを成したのは自分の副官、ソラであった。アルセイオの身体を抱き留め、空に浮かんでいる。

 

「ソラ……お前、どうして……?」

「私のフラガラックの能力は”空間接続”です。その力を使いました。それから、貴方にはここで死んで貰っては困ります……! 撤退しましょう」

 

 一方的にそう言い放つなり、ソラは再びフラガラックを掲げる。空間接続による転移、それを用いて逃げようとして。

 

「御大将を、ここで逃がすと思うか?」

「っ!?」

 

    −斬!−

 

 声と共に振り落ちた銀の斬撃に、ソラは空間接続を停止。フラガラックを頭上に横にして構え、斬撃を受け止める。

 

    −戟!−

 

 ぶつかる剣と刀。斬撃を放ったのは、黒の男だった。彼は――。

 

「黒鋼か……!」

「軽々に俺の名前を呼んでんじゃねぇよ……!」

 

 呻くようなソラの声を刃は無視。鍔ぜり合いから刀を滑らせ、横、胴を狙う!

 

「ばっきゅーーん!」

「……させない」

 

    −轟!−

 

    −射!−

 

 しかし、いきなり飛んで来た巨拳と光球に、不意をつかれた。光球を銀龍で斬り裂き、巨拳を弾く。

 だが、それを好機と見たソラには逃げられた。それ等を放った二人は刃の前に立ち塞がる。

 

「チビ姉と、根暗女か……!」

「むぅ……! またクロたん。そんな事言う〜〜!」

「……クロたんにそんな事、言われたくない」

「煩い……! と言うか、誰がクロたんか!?」

 

 流石にその呼び名は看過出来ないのか、刃が銀龍を姉妹に突き付けながら叫ぶ。しかし、二人は同時にべーと、あっかんべーをして聞こうとしない。

 

「こんの、クソ姉妹!」

「リズ、リゼ。どうしてここに?」

「嫌な予感がしたんで、リゼちゃんの転移で来ちゃいました〜〜」

「……後、楓姉さんが来たので」

 

 ソラの問いに、二人は淀み無く答える。そんな三人に、刃は舌打ちを一つ打ち、再び銀龍を構えて。

 

「……させん」

 

 背後からその声を聞き、しかし。

 

「それこそさせねぇって」

 

 同時に頭上からその声を聞いた。

 

    −斬!−

 

 直後に鳴り響くは斬撃の音。それは刃の背後の存在を弾き飛ばした。

 刃に強襲を掛けようとしたのはバデスだった。その身体のバリアジャケットは所々、黒くなっては居たが。

 千尋の砲撃をどうやら潜り抜けたらしい。そして、それを防いだ存在が、弾き飛んだバデスを追う。

 出雲ハヤト。大剣、フツノを担ぐ青年が。

 

「出雲さんか!」

「奴ぁ、俺に任せろ」

 

 バデスを追う通過点に居た刃に軽く声を掛けて、ハヤトはバデスを追う。更に。

 

「あぁ――! あたしの獲物!?」

「いやいや、千尋っち。野性の本能に目覚めたらアカンて」

 

 姦しい声が響く。凪千尋と、獅童楓だ。どうやら互いに標的を追って来たらしい。そんな二人に。

 

「……申し訳ありませんが、主の邪魔はご遠慮して頂きましょう」

「そうですわね。私達としてもここで終わる訳にはいきませんもの」

 

 そんな声が響く。ベルマルクとエリカだ。互いに顕れた四人は即座にデバイスを構え、対峙する。

 

「皆、これは……!」

「ちぃ、厄介な事に!」

 

 乱戦へと変貌していく一帯にソラと刃が呻く。だが。

 

「隙アリ過ぎだぜ! クソ兄貴!」

「っ!?」

 

 その叫びに慌てて頭上を仰ぎ見る。そこには一直線にこちらへと、舞い降りるリクの姿!

 ブリューナクを真っ直ぐにソラに放とうとして――。

 

「させぬで御座る!」

 

    −撃!−

 

 ――横から蹴りを叩き込まれた。カハっと息を吐き、リクは吹き飛ぶと、近場のビルに突っ込んだ。

 

「ふう。リク殿、周囲の気配りが足りぬで御座るな?」

 

 前方の空間に足場を展開し、そこに立つのは飛だった。自分が蹴り飛ばしたリクへと視線を向けて。

 

「それは貴方にも言えますね?」

 

 次の瞬間。

 

    −煌!−

 

 その背後に光爆が起きる!

 

「ぬ、ぐぁ……!」

 

 そして、盛大に吹き飛んだ。

 飛の背後に現れ、光爆を放ったのは悠一だった。その横にはアスカも居る。

 

「やれやれ。これはどう言う事ですか……?」

「うわぁ〜〜。凄い乱戦だね!」

 

 新たに現れた二人にソラは舌打ちする。この現状はマズすぎる。一刻も早く撤退をしなければ……!

 

「そうそう、思った事にはさせねぇよ」

「……!」

 

 直後、響いた声に唖然となる。その声の主は……!

 

「……コルト」

「よぅ、ソラ。そんで、じゃあな」

 

    −弾−

 

 挨拶を交わすように、コルトは容赦無くソラへとガバメントを差し向け、銃弾をぶっ放した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 乱戦による乱戦で破壊される、海を仰ぐクラナガンの街。その乱戦を下に、苦しむ存在が居た。二つの大罪を放ったシオンである。

 

「ぐっ! あ、あがぁぁぁぁ……!」

「おい、シオン! シオン!?」

 

 ウィルの声に応える事すら出来ない。その身体の因子は激しく湧き立ち、シオンを侵す。

 

「シオン……! アカン、このままやったら!」

「が、あぁぁぁぁ……!」

 

 そして因子はその身体を包み込み、再び暴走しかけようとして。

 

「シオン!」

 

 その言葉に留まった。

 そして、一気にシオン達の居るビルに青い半透明で形成された道が突き立つ。その道の主は。

 

「スバルっ! 一気に行くわよ!?」

「うん!」

 

 オレンジ色のツインテールの少女を背負い、こちらに真っ直ぐ突っ込む青が掛かった紫色の短髪の少女。

 スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター!

 

「な、何や? あの姉ちゃん達?」

「お、れの……仲間、だ」

 

 ウィルが突如として現れた二人に驚き、シオンは苦しみながら微笑む。

 

「シオン、ちょっと痛いけど我慢しなさい!」

「行くよ、シオン!」

 

 二人はビルへと降り立ちながらも止まらない。ティアナはスバルに背負われたまま、カートリッジロード。スフィアを二十生み出す。

 

「クロスファイア――! シュ――――トっ!」

 

    −閃!−

 

 叫びと共に二十の光弾は容赦無くシオンへと向かう。それに傍にいたウィルは慌てて飛び退き、直後、シオンへと直撃した。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃!−

 

 二十の光弾は迷い無くシオンへと叩き込まれ、その身体を跳ね飛ばす。それを確認して、ティアナはスバルから飛び降りた。

 

「スバル! 容赦は無しよ!? 思いっきり殴り飛ばしなさい!」

「うん! 任せて!」

 

 ティアナを降ろしたスバルは一気に疾走。シオンの間近まで迫ると同時に飛び上がる。左手には光球、両手には環状魔法陣! スバルはその光球を思いっきり。

 

「ディバイン……!」

 

 ぶん殴った。

 

「ブレイカ――――!」

 

    −煌−

 

 ディバインバスターのスバルオリジナル。バスターのエネルギーを拳を基点に全身へと纏い、相手に叩き付ける技だ。それをスバルは一切の躊躇無く、シオンへと。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 ――叩き付けた。

 

    −撃!−

 

 拳がシオンの腹にめり込み、そこを中心にクレーターが形成。

 ――止まらない。スバルとシオンはそのまま屋上を貫通、真下に向かって落ちて行った。

 

「い、痛った〜〜!」

 

 結局一階まで貫通してしまい、ビルのエントランスに転がるスバルは身体を押さえて痛がる。しかし、地上何十階というビルの屋上から一階まで貫通、落ちたのだ。

 ”痛い”で済む辺り、スバルも大概頑丈である。

 

「て……! シオン!?」

「……ここに居んよ」

 

 声は下から響いた。スバルの真下から。

 そっと視線を向けると、そこにはシオンが居た。アヴェンジャーでは無い、普通のシオンが。

 

「シオン! よかった……無事!?」

「……危うく永眠する所だったけどな」

 

 毎回毎回、手加減は出来ないのかと、シオンは嘆息する。そして、スバルの頬に手を伸ばした。

 

「……無事で良かった」

「え……あ、うん……」

 

 いきなりのシオンの行動に思わずスバルの顔が赤らむ。暫く、シオンにされるがままになるスバル。

 見つめ合う二人に、穏やかな空気が流れ。

 

「ところでスバル。いい加減どいてくれるか? ちょっと重いって言うかだな」

「…………」

 

 そんな甘い空気を全てぶち壊す余計な一言に、スバルは右のリボルバーナックルを握り締める。

 

「シオンの……!」

「ん? どうした――て、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 乙女にとって、致命的な一言をほざいた馬鹿は顔面に叩き込まれた一撃に地面へとめり込めされ、その意識を完全に手放したのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ユーノ、済まなかったな……遅れた」

「ううん、大丈夫だよ」

 

 目の前で自分を心配そうに見るタカトに、ユーノは安心したように微笑む。タカトの姿は、ユーノが知らない姿だ。

 黒のバリアジャケット。フードが垂れ下がり、右目を隠しているのが特徴か。そして右手の拘束具。そこに描かれた666の文字にユーノは目を細める。

 漸く、実感を伴って理解したのだ。タカトが666だと。

 

「ユーノ、ヴィヴィオを頼む」

「え、うん……っ!」

「タカト……っ!」

 

 ユーノとヴィヴィオは互いに戸惑いの声を上げ、背後に現れた存在に驚愕する。

 それはタカトにより、腕を切断された男であった。残った左腕を振り上げている。

 

「大丈夫だヴィヴィオ、俺は――」

「ちがうの! タカト、うし……!」

 

 ろ。と、最後まで言い終わる前に拳は振り落ちた。男は痛みと右腕を失った現実から発狂しかけながら、タカトを殺さんと殴りかかり。

 

「……邪魔だ」

 

   −撃!−

 

 次の瞬間、男の左腕が肘から”消失”した。

 いつ振り放たれたのか、タカトの左拳がそこを通り過ぎている。気付けば、辺りに赤い煙が漂っていた。そう、タカトの一撃は腕を粉砕するだけでは飽き足らず、完全に肉を、骨を、血煙へと変えてしまったのだ。

 

「お、俺の……! オデのてがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「”腕の一本や二本”で、がたがた騒ぐな。黙っていろ」

 

 ――声が響く。全く感情を交えない、酷く冷たい声が。

 そんなタカトの声を、ユーノは、ヴィヴィオは、初めて聞いた。そして。

 

「何を逃げている? そこの女」

「ひ……!」

 

 タカトの声にびくっと肩を跳ね上げ、女性は悲鳴をあげる。今さらながらに女性は理解したのだ。自分達が、何か、触れてはいけない、何かに触れた事に。

 

「振り向け」

 

 その言葉に、女性は致命的な事だと理解していながらも振り返らざるを得なかった。

 それほどまでに恐ろしかったのだ。タカトの存在が。

 そして振り返り、やはり後悔した。そこに居たのは、極北の風を纏う男。

 ――”死”そのものの、体現者がそこに居たのだから。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい、第三十三話中編でした。タカト、満を持して登場です。
ちなみに、この間何をしていたのかと言うと、ストラが陽動に感染”させた”一般人、数百人の元を巡っていたり。
タカトはとある理由で感染した人間の犠牲者を出せないので、陽動と分かっていながら、ストラの手に乗るしか無かった訳ですな。
この案を出したのは、StS,EXの中でも最悪のあやつです。うん、やっぱりか。
ではでは、後編もお楽しみに。

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