魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「タカトがいなくなったって聞いた時、私は寂しかった。会いたい、ただ会いたいと願って。けど、やっぱりこの時の私は分かってなかったんだ。タカトが、どんな想いで戦って来たのかを。それを知った時、全ては遅くて。魔法少女 リリカルなのはStS,EX、はじまります」


第三十三話「優しき拒絶」(前編)

 

「アヴェン! ジャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――!」

 

 シオンが吠えた、瞬間、その身体は、ココロは、闇に飲み込まれた――。

 

 

 

 

 ……気付けば、また”此処”に居た。

 悠久の青空を仰ぐ、この草原に。

 そしてシオンは睨む。眼前の存在を。

 悠久の草原に佇む、此処に似合わぬ闇のヒトガタ、カイン・アンラマンユを。

 

 −カカカカ、まさか、お前から俺を呼び出すとは思わなかったぜ? 兄弟?−

 

「……俺だってお前なんざ二度と見たく無かったよ。カイン」

 

 シオンはあえて、アンラマンユを略称で呼んだ。それに、カインはくくと笑う。

 

 −で? 今度は何が望みだい?−

 

 笑いながら問う。……そんなもの、分かってるくせに。

 シオンは一つ嘆息。そして、カインを睨んだ。

 

「……おっちゃんに勝ちたい。だから力を寄越せ」

 

 単刀直入に答える。己が望みを。カインはそれにニタァっと笑った。嬉しそうに、愉しそうに、悦びと、共に。

 

 −カカカカ。いいぜ? なら、俺に任せろよ。無尽刀だろうが、何だろうが、俺が蹂躙し尽くしてやるよ−

 

 笑い、カインは手を伸ばす。それにシオンも手を伸ばし――。

 

    −パン!−

 

 ――思いっきり、跳ね退けた。

 

 −……兄弟?−

 

 カインの戸惑うかのような声が響く。それにシオンはニヤリと笑った。

 

「何勘違いしてやがんだ、てめぇ? 俺は力を寄越せ、つったんだ。”力だけを”、な」

 

 −何?−

 

「わかんねぇか? ”お前はいらねぇんだよ”。俺は力が欲しいだけであって、お前なんざ望んでねぇ。……力だけ寄越してさっさと帰れ」

 

 きっぱりとシオンは言い放った。

 ”傲慢”に。そして。

 ”強欲”に。

 そんなシオンにカインはしばし呆然とし、次の瞬間。

 

 −ク。はは。あははははははははははははははははは……!−

 

 笑った。心の奥底から、カインは爆笑した。

 いつもの人を馬鹿にしたような笑いとは違う。純粋な、あまりにも屈託のない純粋な笑いだった。

 

 −まさか、お前からそんな台詞を聞くとはな。……アベル・スプタマンユ−

 

 あえて真名、善神としての名でカインはシオンを呼ぶ。それにこそシオンは明確に笑った。

 

「はっ! 俺を善神とやらだとでも思ったかよ? 俺はそんな存在じゃねぇ。汚れもすれば、いくらだって欲も持つ。”ただの人間”だぜ?」

 

 言い切り、シオンは笑みを消す。そしてカインを真っ正面から見据えた。

 

「”俺は俺だ”。”神庭シオン”という存在であってもアベルなんて存在じゃねぇんだよ」

 

 断言する。そう、真名が何だ? それが善神だから何だよ? と。

 俺はたった一人の人間であって神様なんかじゃない。

 そんな大それた存在なんかにはなりたくも無い。

 シオンはそう言ったのだ。たった一人の、”人間”として。

 そんなシオンにカインはやはり笑う。

 

 −いいぜ。なら、力をくれてやる。だが、忘れんな?−

 

 ぐぃっと、カインはシオンの顔に自らの顔を引っ付けんばかりに近付け、先の笑いが嘘のように笑った。

 いつものように、汚れた笑みで。

 

 −お前に隙があれば、俺はいつだってお前を乗っとる。奪う。喰らいつくす。いつだって俺はお前を狙っている。それを忘れるな−

 まるで脅すかのような宣言。

 ――力はやる。だが、シオンがその力に呑まれるようならば、カインはシオンを喰らう。そう言っているのだ。シオンもまた笑った。

 

「上等だ。いつでもかかってこいよ。いくらでも叩き潰してやる」

 

 −カカカカ!−

 

 そんなシオンにカインは再び笑いをあげる。そして、跳ね退けられた手を再び上げた。

 

 −第三と第四の御印を譲渡する。さぁ、受け取れ兄弟−

 

 上げた手から”何”かが沸き立つ。それはシオンにも馴染みのモノだ――因子。つまりは、カインそのもの。

 沸き立つ因子が一瞬だけその動きを止めた、直後。

 

 −大罪を−

 

 一気に因子はカインの掌から飛び出し、シオンのその身に喰らいついた――!

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 St,ヒルデ魔法学院。ヴィヴィオが通う聖王教会直轄の魔法学校である。普段ならば、子供達の元気な声が聞こえる場所――しかし、今は違った。

 学院のグラウンド、広いグラウンドである。そこでヴィヴィオは”捕縛”されていた。

 正確には、学院に避難していたほぼ全員が捕縛されていたのだが。

 

 ……なんで、こんなことに。

 

 そうヴィヴィオは思い、俯いた。時間は少し遡る――。

 

 

 

 

 ――朝。もう一人の同居人がいなくなった事をユーノと最愛のママ、なのはに当たってしまった事にヴィヴィオは自己嫌悪を覚えながら、とぼとぼと歩いていた。

 そして、タカト自身がいなくなった事に、どうしようも無い寂しさを覚えていた。

 

 ……タカト。

 

 師であり、同居人であった青年の事を思い出し、さらにずーんと沈む。

 ユーノから聞いたのはタカトが犯罪者だった事だけ。しかし、ヴィヴィオは同時に悟っていた。

 なのはとタカトが敵対している事を。

 犯罪者なのだから敵対している事は当たり前ではあるのだが、ヴィヴィオが思っている事はそれとは違う。

 おそらく二人は、”直接的”な意味で敵対している。

 ヴィヴィオは子供ながらの勘の良さでそれを悟っていた。

 なのはと、タカト。二人が戦うなんて、ヴィヴィオは嫌だった。大好きな人達が戦い合うなんて、傷付け合うなんて想像もしたくない。でも、タカトは出て行ってしまった。

 母達と、戦う為に。

 

 ……やっぱり、イヤ。

 

 そう、ヴィヴィオは自分の想いを再確認する。だから、もう一度。もう一度でいい。

 

 タカトに会おう。

 

 そう、ヴィヴィオは決めた。

 

「うん……ちゃんと、はなそう。タカトと」

 

 決めてしまえば、心は晴れる。ヴィヴィオは顔を上げた。

 まずは、ユーノさんとなのはママに謝ろう。そう、ヴィヴィオは一人頷く。

 そして、St,ヒルデ学院の道を急ごうとして。

 

「ヴィヴィオ――――!」

 

 唐突に背後から声がした。ユーノの声である。ヴィヴィオはそれに疑問符を浮かべて振り向くと、ユーノが走って来ていた。ヴィヴィオの元まで走り、ほっと息を吐く。

 

「ヴィヴィオ、よかった……! 結構遠くにいたから心配したよ」

「ユーノさん? どうしたの?」

 

 安堵するユーノにヴィヴィオは首を傾げる。何故、ユーノが自分を追い掛けて来たのか分からなかったのだ。ユーノはそんなヴィヴィオに向き直り、その手を握ると、歩き出す。

 

「……ごめん。今は説明してる暇は無いんだ。ここからだと家に戻るのも危ない。学院に避難しよう」

「ユーノさん?」

 

 再び、ヴィヴィオは問う。だが、ユーノは構わない。ヴィヴィオの手を引いて、学院までの転送ポートに向けて足を速めた。

 

 ――結局の所、ヴィヴィオがクラナガンで起きている”地獄”を知ったのは、学院に避難した後だった。

 

 

 

 

 学院に着くと、そこには避難して来た人でごった返していた。

 当然とも言える。何せ、クラナガンにいた住人のほんの一部とは言えど、その人数は千では効かない。

 それだけの人数が学院へと避難して来たのだ。しかし、ごった返しているとは言えど、St,ヒルデ学院は広大だ。それこそ場所さえ問わなければ、避難して来た人達は入る事が出来たのだ。

 その中でユーノとヴィヴィオは手を繋いで歩いていた。教室も、廊下も人でいっぱいである。怪我人が床に敷き詰められた毛布の上に居る光景などがよく目についた。

 その中を魔法医療士や、医者、看護士が所狭しと駆け巡る。怪我人の数も尋常では無い。そして、彼等の数はそれこそ有限。しかも、怪我人に対しての絶対数があまりに少な過ぎていた。

 その現状に、ヴィヴィオは身震いする。

 クラナガンでどのような地獄が起きているのか――想像してしまい、または、その中を暢気に歩いていた事に、漸くどれだけ危険な状況に居たのかを、理解したのだ。

 

「ヴィヴィオ?」

 

 はっとする。気付けばユーノが立ち止まり、こちらの顔を覗き込んでいた。いけない、とヴィヴィオは頭を振った。

 

「……ユーノさん、ごめんなさい」

「いや、いいよ。ちょっと考え込んでたみたいだから声を掛けただけだしね。それでね? ヴィヴィオ」

 

 ユーノが屈み、ヴィヴィオに視線を合わせる。肩にポン、と手を置いた。

 

「僕、治療魔法を使えるから怪我人の治療を手伝おうと思うんだけど。その間、一人でも大丈夫かい?」

「あ……」

 

 一瞬だけ、ヴィヴィオは迷う。正直に言うと、怖かった。一人になるのが、だが。

 

「…………」

 

 周りを見渡す。そこには、苦し気に呻く人達や、痛みに喘ぐ人達が居る。

 それを見て、ヴィヴィオはきゅっと目を閉じる。怖いなんて言ってられない。今まさに苦しんでいる人が居るのだ。ユーノはその助けになる。それを自分が怖いから、なんて事で立ち止まらせてはいけない。

 ヴィヴィオは目を開き、こくりとユーノに頷く、せめて笑顔でと笑った。

 

「うん。ユーノさん、がんばって」

「ヴィヴィオ、ありがとう。……出来るだけ、すぐに戻るね? 待ち合わせ場所はヴィヴィオのクラスでいいかな? 初等科一年のAクラス、だよね?」

「うん!」

 

 頷く。そして、今の今まで繋いでいた手を離した。ユーノが立ち上がる。繋いでいた手で頭を撫でた。

 

「……タカトの事、ちゃんと後で話そう」

「ユーノさん」

 

 その言葉に、ヴィヴィオは目を見開く。ユーノはそんなヴィヴィオの反応にただ微笑む。

 

「……やっぱり、ちゃんと話しておこうと思うんだ。後になっちゃうけど、いいかな?」

 

 ユーノの微笑み。それにヴィヴィオはしばし呆然となり、一時の間を持って微笑んだ。

 

「うん。ありがとう、ユーノさん」

「うん。それじゃあ、行ってきます」

 

 ヴィヴィオの頭を軽く撫で、ユーノは背を向けて歩き出す。ヴィヴィオは、そんなユーノの背に向けて、大きく手を振った。

 

「いってらっしゃい!」

 

 そう叫ぶと、ユーノは微笑み、軽く手を上げて歩いて行った。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 一年A組の教室。いつもなら子供達と教師しかいない筈のこの空間でも、やはり人はいっぱいであった。

 机や椅子は、どこかに退かされたのか、何処にも無い。そして、ここでも床一面に、シーツが敷かれていた。その教室にヴィヴィオは入り。

 

「ヴィヴィオ〜〜!」

 

 呼び掛けられた声に、目を丸くし、しかしパァっ……! と花が咲くように笑った。

 

「コロナ!」

 

 教室に入ると同時に、ヴィヴィオはその名を呼ぶ。

 ヴィヴィオを呼んだのは少女だった。コロナ、この学院に入って以来の親友である。ヴィヴィオはそのまま駆け寄ると、差し出された手を握った。

 

「コロナよかった……! ぶじだよね?」

「うん。ヴィヴィオもだいじょうぶ? どこもけがとかない?」

「わたしはだいじょうぶ! ユーノさんがいてくれたし」

 

 そっか〜〜と、頷き合う。そんなコロナにヴィヴィオは心底ホッとした。正直、一人では心細かったのだ。

 特に、こんな風に大勢の人が周りにいる時には。

 そんなヴィヴィオの手を引き、コロナは自分が座って居たシーツの上まで行く。そこには彼女の両親だろう。人の良さそうな男性と女性が居た。

 

「何処行ってたんだ? コロナ」

「おともだちをみつけたから、つれてきたの」

 

 コロナの父親だろう。男性がコロナの言葉に頷き、ヴィヴィオを見る。それに、ヴィヴィオは戸惑いながらもぺこりと頭を下げた。

 

「は、はじめまして。たかまちヴィヴィオっていいます!」

 

 出来るだけ大きな声で自己紹介する。それに、コロナの父親は微笑んだ。

 

「初めまして、ヴィヴィオさん。コロナがお世話になってます」

「あ……こ、こちらこそ」

 

 再びぺこりと頭を下げるヴィヴィオに促し、自分達のシーツへと迎え入れる。すると、傍らの女性からも挨拶された。どきまぎしながらも、同様の挨拶をする。そして、コロナと一緒に座った。

 

「そう言えば、ヴィヴィオさんのご両親はいらっしゃらないのかな?」

「あ……。その、ママはかんりきょくのひとで……」

「……そうだったか。ならまだクラナガンに?」

 

 ヴィヴィオが頷いたのを見て、コロナの父がこちらにすまなそうに、眉を潜めた。ヴィヴィオはそんなコロナの父の様子に慌てる。

 

「あ、でも。ここには、しりあいの……。ほごしゃのひとときてます」

「そうかい……? その人は……」

 

 ヴィヴィオは手短にユーノの事を話す。それに、コロナの父は頷いた。

 

「そうか。この怪我人の数だものな」

「……はい」

 

 ヴィヴィオが頷いたのを見て、今度はその脇、コロナの母から声が掛かった。

 

「なら、しばらくここにいらっしゃいな。ユーノさん? だったかしら。その人も帰って来たら、ここに居ていいし」

「あ、その……」

 

 そんな事を言われて、しばらくヴィヴィオはあたふたとする。だが、自分を見る四つの暖かい瞳に力を抜いた。安心したのだ。そして、頭をまた下げた。

 

「あ、ありがとうございます」

「「はい、どういたしまして」」

 

 夫婦は、そんなヴィヴィオの礼に暖かく微笑んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ユーノさん、おそいね」

「うん……」

 

 コロナの台詞にヴィヴィオは頷く。教室に入って来て、かれこれ一時間程経つ。だが、ユーノは未だ帰って来なかった。

 

「ユーノさん、がんばってるんだよ」

「うん……」

 

 制服の袖をきゅっと握りながらヴィヴィオが頷く。そんな様子をコロナの両親も心配そうに見ていた。

 その間にも人はひっきり無しに教室に入って来る。避難して来た人が、更に増えたのだ。

 さっきまではまだ多少の余裕があったのだが、今は互いに肩やらが触れる程に密着しなければならない程に余裕が無くなっていた。

 そんな状況で、コロナの両親も、コロナも、ヴィヴィオを励ましてくれた。

 それを嬉しく思いながらも、今の教室の状態にヴィヴィオは参り始めていた。

 人が集団でぎゅうぎゅう詰めになると言うのは思った以上のストレスを人に与える。ヴィヴィオは体力的にはともかくとして、精神的に参り始めていたのだ。

 

「流石に人が多くなってきたな」

「そうね……」

 

 コロナの両親もこの状況に眉を潜める。自分達はともかく子供達が持たないと、思ったからだ。とにかく、少しでもスペースを作るために身を寄せ合うようにしようとして。

 

《あ〜〜。テステステス》

 

 ――いきなり声が聞こえた。校内放送だ。それに皆、ざわつく。

 

《こんにちは。皆様、クラナガンで起きた惨状、大変心苦しく思います。それを踏まえた上で、このような状況の中、大変申し訳ありませんが》

 

 次の瞬間、突如として廊下から悲鳴があがった。

 群集の悲鳴だ。いきなり響く悲鳴に、教室の皆も息を飲み。そして。

 

《今より、このSt,ヒルデ学院は我々、ツァラ・トゥ・ストラが占拠します》

 

 声と共に、教室に”それ”が現れた。クラナガンを地獄に変えし、ヒトガタ達、因子兵と、ガジェットが。

 教室は――いや、学院は一瞬でパニックに陥った。

 

 

 

 

 ――だが、パニックはすぐに治まった。少なからずの”犠牲”によって。

 

《申し遅れましたが、我々は抗議その他を一切受け付けません。その上で、無用な騒ぎを起こした場合。”相応の処置”を取らせていただくので、あしからず》

 

 その言葉に誰も答えない。今、目の前で見せられた”相応の処置”。それに心底、恐怖したからだ。

 教室で、処置を取られたのは三人。すでに、彼等は喋る事は無い――永遠に。

 

《さて、では皆様。校舎から出て頂きましょう。幸い、広いグラウンドがありますので、そこに集まって頂きます。よろしいですね。では》

 

 校内放送は切れ、そして教室に居た皆は歩き出した。

 誰も、何も言えないままに。それはヴィヴィオも含めて。

 ……鈍い諦観の念が、避難して来た者達を包みつつあった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 グラウンドに集められた群集達。その中でヴィヴィオは縮こまっていた。

 傍にはコロナとその両親も居る。それぞれ、両の手にはリングバインドを掛けられて、拘束されていた。さらに、まるで群集を取り囲むように配置された因子兵とガジェット達が居る。そして。

 

「おーお、随分集まったもんだ」

「そうね」

 

 それを統率するように一組の男女が居た。男は、筋肉質の大男だ。まるで、ゴリラのような男である。筋肉で覆われた肉の装甲を黒のスーツで包んでいる。

 そして女、こちらは細身の女性だ。短い髪をツンツンに立てている気の強そうな女性である。彼女もまた、黒のスーツを着込んでいた。

 

「さて。で? どれなんだ?」

「さぁて……。外見的な特徴は教えられてるけど、数が数だからね」

 

 面倒臭そうに、女性が肩を竦め、ぽそりと呟いた。

 

「聖王のコピーか。そんなもの必要なのかね?」

「!?」

 

 女性の呟き。それをヴィヴィオは聞いてしまった。驚きに目を見張る。彼女は確かにこう言った。

 聖王、と。

 その単語を、ヴィヴィオが忘れる訳が無い。それは、忌むべき言葉であり、同時に大切な言葉でもある。

 ヴィヴィオを母と結び付けた言葉なのだから。だが……。

 

 ”また”。

 

 そんな思いをヴィヴィオは抱く。一体これで何度目だろう。自分の所為で周りを巻き込むのは。

 じんわりと目に涙が浮かぶ。この騒ぎですらも自分が居たせい。もう、自分の所為で誰も傷付いて欲しくなんてないのに。

 

「……おや?」

「っ――!?」

 

 声が頭上から聞こえた。それに顔をあげると、先程の大男がこちらを見下ろしていた。男はヴィヴィオを見て、一人呟く。

 

「紅と翠のオッドアイ。ブロンドの髪……」

 

 ヴィヴィオの特徴を一つ一つあげる。やがてニタっと笑った。

 

「見付けた」

 

 即座に手を伸ばす。それに、しかしバインドで拘束されているヴィヴィオは身じろぎしか出来ない。

 

 ヤだ……。

 

 そう思い、しかし何も出来ない。男は涙を流すヴィヴィオを無理矢理に抱えようとして。

 

「……ヴィヴィオに触れないでくれ」

 

    −撃−

 

 その身体が宙を舞った。

 

 ……え?

 

 目を見開く。男は既にいない。群集の上を飛び越え、グラウンドに転がっていた。

 それを成したのは、ヴィヴィオのよく知る人、戦ってる姿なんて見た事も無い人だ。

 その名をユーノ・スクライア。無限書庫司書長にして、かつてのなのはの相棒。ヴィヴィオの同居人がそこに居た。

 眼鏡を外し、掌を突き出した体勢で。

 

 守る為に。

 戦う為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……シオン」

 

 ウィルは呆然と、目の前の存在を見ていた。

 そこに居るのは黒の全身甲冑に身を包んだ幼なじみにして相棒。

 神庭シオンがそこに立っていた――身体中から、因子を溢れさせて。だが。

 

「……ウ……ィル」

 

 シオンは呼ぶ。己が相棒の名を。それにこそ、ウィルは驚愕した。

 

「お前……! 意識あるんか!?」

「当たり、前だろうが……!」

【楽観は出来んがな。……せめて、事前に教えて欲しかった】

 

 苦し気に呻きながらもシオン、イクスが答える。そしてキッと頭上のアルセイオを睨んだ。

 アヴェンジャーフォーム。再び現れたそれに、アルセイオは目を見開き、驚いていた。

 何より、シオンが己の意識を保っている事に。

 唖然としていたアルセイオはしかし、驚きから笑みへと、表情を変えた。

 

「いいぜ……! 坊主! そうでなくちゃあなぁ!」

 

 叫び、手を掲げる。そこには未だ、形成されたまま置かれた万を越える剣群がある。それにアルセイオは再び魔力を流し込む。直後、剣群が巨大化した。

 一本一本、全ての剣が十mを越える巨剣へと変貌する。

 

「これ全部、迎撃出来るかよ! 坊主!」

 

 一気に手を振り下ろした。同時に、全ての剣群が真っ逆さまに落ちて来る!

 一本一本がちょっとしたビルに匹敵する巨大さを有する万を越える剣群。

 それは、まさに人を断罪せんとするギロチンだ。だが。

 

「迎撃? 違うね。俺はその剣群を、全て――」

 

 シオンがその身に有する”大罪”は。

 

「――受け止め切ってやる!」

 

 ”その程度”では裁けない!

 

「我! 弱き心を抱え、しかし其を固き傲慢で守らん!」

 

 聖句を叫び。同時に、左手を頭上に掲げる!

 

「全てを拒絶するは傲慢! 第三大罪、顕、現……!」

 

 掲げた左手から先が歪む。空間が、次元が歪んだのだ。それは一瞬にして、シオンを、ウィルを――いや、”シオンが認識する全域”に広がる。

 

「プラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァイドっ!」

 

    −轟!−

 

 そして、アルセイオは、ウィルは、”それ”を見た。

 

 ……巨剣群が、止まっていた。落下を、シオンが掲げた左手の先から停止していたのだ。全ての剣群が、である。

 

「これは……」

 

 アルセイオがシオンの目前で停まった剣群に、戦く。よく見れば、シオンの左手がアルセイオからは歪んで見えた。

 光すらもが捩曲げられているのか。シオンが形成せし傲慢によって。

 

「っ……! ”絶対拒絶防御”……。これこそが第三大罪、傲慢だ……!」

 

 シオンが呻きながらも呟く。その身体の因子が激しく沸きだしていた。

 

「て、おい! 暢気に説明してんなや! お前――」

「ぐ……う……! ぃやかましい! 今、俺の心配なんざすんな! 今は……」

 

 ウィルが駆け寄ろうとして、しかしシオンが留める。見上げるは、アルセイオだ。彼は、まだ笑っていた。

 

「……なら」

 

 −我は、無尽の剣に意味を見出だせず−

 

 二つの声が響く。一つはアルセイオ自身の肉声。もう一つは。

 

「これならどうよ!?」

 

 −故に我はたった一振りの剣を鍛ち上げる−

 

 アルセイオだけに許されし、音を介さぬオリジナルスペル。そのスペルが意味するのはたった一つだ。世界を斬り得る最強の剣、ダインスレイフを中心にして斬界刀を再びアルセイオは形成したのだ。

 既に巨剣群は無い。斬界刀を形成したからだ。そしてアルセイオは一気に斬界刀を振り上げる!

 

「その傲慢ごと叩き斬ってやらぁ!」

 

 そう、この剣は世界を斬り得る一刀。例え、空間すらも歪める防御障壁だろうと斬り得る! ――だが、シオンはその一刀を前にして。

 

「それを」

 

 ――笑った。

 

「待ってた!」

 

 叫んだ直後に傲慢は消える。それにアルセイオは目を見開き、そして。

 

「我は欲っする。尽くせぬ”強欲”を持って!」

 

 傲慢とは違う聖句を聞いた。別の聖句、それが意味するのは。

 

「奪い、望み、手に入れる! 第四大罪、顕・現……!」

 

 新たなる大罪!

 

「グリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィドっ……!」

 

 そして、アルセイオは”それ”を目にした。

 

 

(中編に続く)

 




はい、第三十三話前編でした。
珍しくユーノバトル回です。
StS,EXで、ユーノ、ヴィヴィオはタカト関連での重要人物となるので、下手したらなのはより出番が増えたりします。
まぁ、テスタメントの趣味です。ええ。
では、中編をお楽しみに。

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