魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「我等、全ての戦いを終える為の力なり、我等、全ての未来を照らし行く意気なり、我等、全ての遺恨を知りて進む者達なり、我等、全ての悪意を躊躇わず進む者なり! 我等、知識の名を冠せし蛇なり! ならば答えろ! そして相対すべき者達に教えてやれ! 我等が名は――!」


第三十一話「グノーシス」(前編)

 

    −撃!−

 

「っ――!」

 

 放たれた剣群。それ等にシオンは内心悲鳴を上げながら、空中に足場を展開。瞬動で縦横無尽に、駆け回りながら回避に努めた――否、回避に努めざるを得なかった。剣群の量が、あまりに多過ぎて!

 

「どうしたぁ! 坊主!!」

「おっちゃんっ!」

 

 叫び、更に追加で放たれる剣群。今か今かと放たれる事を待つ剣群に、シオンは顔を青ざめさせた。しかし――。

 

「っ!」

 

 ――前進する。時に足場を踏み、時に放たれた剣を踏み、前へ、前へと進んで行く。

 

「はは。やるじゃあねぇかよ? なら……」

 

 笑い、アルセイオが右手を掲げる。次の瞬間、辺りの微粒子を魔力が束ね、一本の剣を形成した。五十m超の極剣を!

 

「ぐ……っ!」

「これならどうよ!?」

 

 吠え、極剣を振りかぶると同時に前に踏み出し。

 

    −轟!−

 

 アルセイオは極剣を投擲した。極剣は即座に音速超過。空気をぶち抜き、シオンへと迷い無く突き進む。

 

「こっの……!」

 

 シオンは顔を歪め、呻いた。回避しようにも周りには大剣の軍勢。一撃一撃が剣魔に匹敵するという冗談のような攻撃だ。

 そして向かい来る極剣である。一見無造作に思わせる投擲だったが、完全に計算し尽くされた攻撃だ。シオンの回避性能を鑑みて放たれている。今のままでは回避は不可能だ。直撃を貰う事になる――そう、今のままならば。

 

「セレクト、ブレイズっ!」

【トランスファー!】

 

 シオンとイクスが同時に吠える。瞬間でブレイズへと戦技変換。近場の大剣を足場に身を捻り、瞬動開始。直後に極剣がシオンの眼前に迫った。

 

「っおら!」

 

 眼前の極剣を前にシオンは踏み込み、大剣がそれだけで砕ける。それは同時に一つの事を意味していた。

 則ち、シオンは極剣に対して踏み込んだのだ。既に、目の前にある極剣に踏み込みながら身体を背ける!

 

「お……」

 

 アルセイオが感心の声をあげる。その時点でシオンは極剣を回避していた。

 

「っぅ!」

 

 自らの脇を掠める極剣に、シオンが顔をしかめる。だが、何とか回避出来た。

 槍に対して地を丸太橋と思え、と言われる。反復横飛びを連想して欲しい。いくら早く見えようとも必ず左右に避け続けようとするならば、溜めが必要になる。

 一方向に回避し続けようとするならばさらに致命的だ。動きを見極められたら、その時点でアウトだ。

 なら、どうすればよいか――それはシオンが証明している。

 踏み込むのだ、前に。

 だが、これが並大抵の事では無い。なにせ、向かって来る槍(この場合は極剣)に対して自分から踏み込むのだから。

 ここに必要なのは技術でも何でもない。要るのは向かい来る攻撃に自分から踏み込む勇気であった。

 アルセイオが感心の声を上げたのはこの為だ。

 シオンが真上を、アルセイオを睨む。極剣をギリギリで躱した事はここでも一つの意味を得た。つまり、極剣が通り過ぎた後の空間はアルセイオまで剣群が無かったのだ。道が出来ていたのである。

 シオンがぐっと、歯を噛み締め、アルセイオが薄く笑う。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 −ブレイド・オン−

 

 響くは二つのキースペル。そして、やはり二人は同時に動いた。

 アルセイオは、その背に再び剣群を。シオンは瞬動で一気に踏み込みを。

 

    −轟!−

 

 直後、アルセイオは剣群を放ち、シオンは踏み込みと共に駆け出した。迫り来る剣群の第二斉射。それを眼に収めながらも、シオンは愚直に前進する。

 

「お……」

 

 声をあげる。迫り来る剣群を前に、足場を踏む力を更に込め、前へと身体を倒す。

 

「おぉぉぉっ!」

 

 吠える。同時に剣群が来た。だが、シオンは構わない。剣群の真っ只中に突っ込む!

 

    −轟!−

 

 前進する。

 前進する。

 剣群をくぐり抜け、逆に足場へと利用して――それでも向かい来る剣群達は止まらない。視界を埋め尽くす剣群を、シオンはくぐり抜けて行く。そして。

 

「っ――しゃあっ!」

 

 抜けた。視界から剣群が消え、アルセイオの姿を捕らえた。その距離、僅か五m。シオンは歓声を上げ、そして止まらない。アルセイオへと突っ込む。

 アルセイオもまた応えるかのように右手に赤の長剣を握る。魔剣、ダインスレイフを。

 シオンはブレイズを維持し、双剣を構える。突っ込むシオンにアルセイオはダインスレイフを構え。

 そして宙空で長剣と双剣がぶつかり合う!

 

    −戟!−

 

 クラナガンより離れた海で、魔剣と聖剣は再びの対峙を果たしたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「っ……!」

 

    −撃!−

 

 クラナガンの細い路地でスバルはマッハキャリバーを唸らせ、疾っていた――迫り来る光球と巨拳を躱しながら。

 

「待て待て〜〜」

「……逃がさない」

 

 疾るスバルを追うのは、アルセイオ隊の二人だった。獅童リズと獅童リゼの姉妹。そして、ガジェットⅤ型と、例のヒトガタ群。それらに追われながら、スバルは時に反撃を放ちつつ、疾っていた。たった一人で。

 

「リボルバ――――!」

 

 右のリボルバーナックルを前に突き出す。同時にカートリッジロード。風を巻き、スピナーが回転を刻む。

 

「シュートっ!」

 

    −轟−

 

 ナックルから放たれた衝撃波が広範囲に渡って放たれた。それに一同纏めて足を止められる。

 

「むぅ〜〜またこんな技〜〜」

「……足止め、悪くない」

 

 両極端な姉妹の声をスバルはとりあえず無視。踵を返すと、即座に疾走する。

 

 こんな状況で一人なんて……!

 

 ぐっと奥歯を噛み締める。

 あの時、グリムの演説の直後にスバル達はいきなり転送され、気付けば一人だった。孤立させられたと気付き、ティアナ達に通信を送ろうとしたのだが、直後に彼女達が現れたのである。リズとリゼの二人が。さらにガジェットやらヒトガタが現れた段階でスバルは逃げを打った。状況を見極めた結果である。たった一人、しかも魔力も半分程では全部を相手に出来ないと判断したのだ。なのはにしっかりと叩き込まれた状況判断の賜物である。

 

 ティア達に合流しないと……!

 

 ぐっとスバルは奥歯を噛み締める。

 ――分かっている。今心配しても意味が無いと言う事は。それに、皆も強い。こんな状況でも乗り切れると信じてる。

 ――でも、それでも。スバルの心は波打つ、不安に。

 

 皆、お願い、無事で……。

 

 そして。

 

「シオン……」

 

 この状況でおそらくは一番無茶をしそうな人の名を呼ぶ。アースラメンバーの中でシオンだけが居場所が判明しなかったのだ……嫌な予感がする。

 

 お願い、無事でいて。

 

 声に出さずに心の中で呼び掛ける。次の瞬間。

 

「ばぁ〜〜!」

「……追い付いた」

 

 リズとリゼがいきなり眼前に現れた。スバルは内心悲鳴をあげながら急停止する。

 

 もう、追い付かれたの!?

 

「へっへ〜〜ん」

「……そう簡単に逃がさない」

「くっ!」

 

 呻くスバルの背後から更に物音が響く。ガジェットとヒトガタだ。つまり前後を挟まれた。

 

「チェックメ〜〜イト〜〜」

「……終わり」

「っ――」

 

 前にはリズ、リゼの姉妹。後ろにはガジェットとヒトガタの群れ。前門の虎、後門の狼である。その状況を正しく理解し、スバルはぐっと息を飲み。しかし、構えた。

 

「……ここ。無理矢理でも突破するよ。マッハキャリバー」

【了解です。相棒】

 

 己が相棒(デバイス)の声にスバルは微笑み。そして。

 

「フルドライブ! ギアっ! エクセリオンっ!!」

【イグニッション! ACS。スタンバイ、レディ】

 

 吠え、同時にマッハキャリバーもその声に応える。直後、マッハキャリバーから一対の光翼が生まれた。

 同時にスバルの足元より三角に剣十字を象ったベルカ式の魔法陣が展開する。それを見てか、リズ達が一斉にスバルに突っ込み、スバルも一気に駆け出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 スバルから離れて十Kmの地点。そこにあるビルの中で、ティアナは身を潜めていた。

 周囲をうろつくのは例のヒトガタ。そして、ガジェット群だ。これだけならばティアナはまだ突破出来る自信があった。だが。

 

「……いつまで逃げるおつもりですかな?」

「く……!」

 

 響く声にティアナは顔をしかめる。声の主は老人だった。例のアルセイオ隊のバデスと同じくらいか。細身の身体に軍服のようなデザインの服を着ている。恐らくはバリアジャケットだろう。老人はヒトガタやガジェットの群れの中心点にあって、しかしヒトガタもガジェットも老人を害そうとしない。

 それが意味する事はただ一つである――敵だ。

 

「……あまり手間をかけさせないで欲しいですな」

【エクスプロージョン】

 

 老人が右手を掲げる。その右手に持つのは銃型のデバイスだった。ティアナは知らない事だが、その銃は地球でワルサーと呼ばれる銃に酷似していた。

 

「猟犬の勤めを果たしましょう。フライッツェ」

【はい】

 

 老人の声が響き、同時。

 

    −弾−

 

 乾いた音が鳴る。銃声だ。次の瞬間。

 

    −轟!−

 

 ――崩壊した。ティアナが潜むビルの隣にあるビルが!

 

「っ――っ!」

 

 崩れ行くビルを見て、悲鳴を上げかけながらティアナは顔を歪める。ビルは粉微塵になり崩れていた。まるで分解されたように。

 先程、老人と接敵した時もそうだった。こちらが放つ操作弾も砲撃も、例外なく分解されるのだ――ただ一発の銃弾で。フェイク・シルエットに、オプティック・ハイドまで駆使してどうにか逃げられたのだが。

 

 何か、手を打たないと……!

 

 ――考えろ。それだけを己に言い聞かせる。

 今は自分一人だけ。おそらく皆そうだろう。一刻も早く合流する必要があるのだが……。

 

 ――あの銃弾に触れたら魔力でも物質でも関係無く分解される。

 

 出鱈目な能力である。だが。

 

 絶対的って程でもないわね。

 

 それだけをティアナは思う。先程の戦闘で分かった事だが、老人はベルカ式、銃弾はヴィータと同じく微細な粒子を魔力で繋ぎ合わせて形成しているらしい。ならばあの攻撃はスフィアのように複数展開など出来ないと言う事であった。

 

 付け込むならそこしか無い!

 

 老人に対しての方策は決まった。後は周りのヒトガタとガジェットだ。これをどうするか――。

 

「そう言えばまだ名乗っておりませんでしたな」

 

 再び老人の声が響き、ティアナは思考から戻された。

 

「ベルマルク、と申します。以後お見知りおきを」

 

    −弾−

 

 老人の名乗りと共に、銃声が鳴る。直後、ティアナの居るビルが鳴動を始めた。

 

「っ――! しまっ……!」

「名乗って早々申し訳ありませんが、貴女には消えていただきましょう」

 

 老人、ベルマルクのその言葉と共に、ティアナの居るビルが崩壊を始めた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ストラーダっ!」

【エクスプロージョン!】

 

 クラナガンの街中でエリオが叫ぶ。同時に愛槍であるストラーダもまた吠えた。カートリッジロード、刃に雷光を纏う。

 

「その程度で」

「我らは」

「止められぬ」

 

 声が響いた。白装束の三人組だ。その手には一様に奇怪な形の短剣が握られている。おそらくはデバイスだ。

 向かい来る三人にエリオは容赦無くストラーダを振り下ろす。

 

「サンダ――っ! レイジっ!」

 

 槍を振り下ろすと、同時に周囲に雷が疾る!

 

    −雷!−

 

 雷はエリオを中心に広範囲に渡り疾り、白装束の三人に叩き込まれた。しかし。

 

「止められぬ」

「そう言った」

「筈だ」

「く……っ!」

 

    −閃!−

 

 三人は雷に構わずエリオに突っ込んで来た。そして、突き、薙ぎ、振り下ろされる短剣達。

 エリオはそれらを屈み、あるいはストラーダで弾きながら凌ぐ。最後に突き込まれた短剣を弾く反動を利用して、エリオは後方に飛んだ。

 

「アルケミック・チェーーン!」

 

 直後、エリオの後ろ五m程から声が響いた。キャロだ。左手を突き出し、足元には四角の魔法陣が展開している。そしてキャロの声に応えるように三人組の足元にも魔法陣が展開。そこから銀色の鎖が飛び出した。三人組を拘束せんとその身体に巻き付き――。

 

「「「散!」」」

 

 次の瞬間、その姿が消える。鎖は標的を見失い、力無く地面に落ちた。

 

「っ! キャロ!」

【ソニック・ムーブ!】

「きゃっ……!」

 

 姿を消した三人を見て、エリオが高速で疾り、キャロを抱きかかえて空へと駆ける。足場を形成し、それを蹴りながら空に上がった――直後、キャロが居た場所を三つの影が疾る! 確認するまでも無い、白装束の三人組だった。

 

「「フリードっ!」」

「GAaaaaaaaaaaaッ!」

 

 エリオとキャロの声に応えるように咆哮が響く。既にその真の姿を現したフリードだ。口を開くと同時に、口顎に火球が灯る。さらにキャロのケリュケイオンから光が火球に走った。ブーストが掛けられたのだ。

 

「ファイアっ!」

 

    −轟!−

 

 そしてキャロの叫びと共に轟火が放たれた。フリードより放たれた轟火は迷い無く三人に突き進み――だが。

 

「「「疾っ!」」」

 

 再び、直撃の手前で三人の姿が消えた。轟火は地表を焼くだけで終わってしまう。

 

「まただ……!」

「速くて捉らえきれない……!」

「GUuuu……」

 

 三者三様の唸り声をあげる。エリオはキャロを抱えたまま、地面に降り立った。フリードが横に並ぶ。それに合わせるように、三人組もエリオの前に再び姿を現した。

 

「……貴方達の目的は何ですか! 何でこんな真似をするんです!?」

「答える」

「意味が」

「無い」

 

 ――にべも無い。先程からエリオやキャロが問い掛けてもこの調子であった。

 

「それに」

「聞いた所で」

「意味は無い」

「お前達は」

「ここで」

「死ぬのだから」

「く……っ!」

 

 三人の言葉にエリオは顔をしかめ、一気に飛び出そうとして――。

 

 ――膝がカクンと落ちた。

 

「な……っ?」

「エリオ君!?」

 

 愕然とし、そのまま崩れそうになるエリオをキャロが支えようとし。しかし、キャロも同様に力が入らないのか、膝から崩れ落ち、二人して地面に倒れ込んだ。よく見るとフリードも地面に伏している。

 

「これ……は……!?」

「漸く」

「効いて」

「来たか」

 

 その言葉にエリオはぐっと唸る。しかし、身体に力が入らない。キャロもフリードも同様であるらしかった。

 

「微量とは」

「言えど」

「この毒を受けて」

「あそこまで」

「動けるとは」

「恐るべき幼子よ」

 

 やっぱり……!

 エリオは三人の言葉に卒然と理解した。おそらくではあるが、ここら一帯に、薄く毒霧を流していたのだろう――バリアジャケットで防げぬ程度の微量で。それを知らずにエリオ達は吸い続け、結果、毒にやられてしまったのだ。

 

「「「さて……」」」

「くっ……!」

 

 まずい。身体は全く動かない。そして、この状況をこの三人が逃すとは思えなかった。どうにかしないと……!

 

「エリオ君……」

「くっ……!」

「GUuuu……」

「では」

「さらばだ」

「小さき騎士よ」

 

 その言葉と共に三人組は倒れ伏すエリオ達に殺到した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 クラナガン上空、そこにアースラのエースたる、なのはの姿はあった。既にその姿はエクシードモードだ。

 そして、彼女と対峙するのは黒の魔女だった。つばの広いトンガリ帽子に、身体に纏うローブ。緑の髪をツインテールにして纏めている。もし、箒があれば完璧な魔女の完成である。しかし、彼女が手にするのは箒ではなかった。

 ――鎌。大きな鎌である。死神を思わせる鎌だ。そんな魔女に、なのはは右手を向ける。

 

「アクセルっ!」

 

    −閃−

 

 なのはの言葉と共に魔女へと上空から光球が振り落ちる。魔女との戦闘で放った操作弾であった。それに、魔女は手に持つ鎌を掲げ、回転させる。

 

「私の声に応えなさい! レークィエム・ゼンゼ」

【はい】

 

 次の瞬間、魔女の足元にベルカ式の魔法陣が展開した。鎌が描いた円の軌道に漆黒が生まれる。なのはが放った操作弾はそこに突っ込み、そして消えた。だが。

 

「エクセリオンっ!」

 

 ――なのはの狙いはそこにあった。操作弾があのように防がれるのは魔女との戦闘で知っていたのだ。故に狙いは操作弾を囮にした抜き撃ち。防げぬタイミングでの砲撃にあった。

 

「バスタ――――っ!」

 

    −煌−

 

 叫び。同時に光砲が放たれた。その一撃は迷い無く魔女へと一直線に突き進む。しかし、魔女はその一撃にくすりと笑った。

 

「開きなさい。冥界の扉よ」

 

    −斬−

 

 鎌が振り下ろされ、斬られた――魔女の前の空間が。そこから現れるのは三m超の騎士鎧であった。

 

「現れなさい。騎士の剣の担い手よ」

 

 騎士鎧は現れるのと同時に、光砲にぶつかる。直後。

 

    −轟−

 

    −爆!−

 

 騎士鎧は即座に爆発した。同時に光砲も消える。しかし、魔女は無傷であった。

 

「ふふ……抜き撃ちでこの威力、恐ろしい方ですわね?」

「貴女は……!」

 

 楽しげに笑う魔女になのはが呻く。ベルカ式の使い手なのは間違いない。使用魔法は召喚術の類だ。だが。

 

「私の魔法を召喚術だと思ってらっしゃいますのね?」

「っ!」

 

 その言葉になのははくっと奥歯を噛み締める。まるでこちらの思考を読んでいるかの如くのタイミングでの問い掛けであった。なのはの顔色を見て魔女はクスクスと笑う。

 

「安心なさいな。私、読心術の心得は在りませんの」

 

 その言葉に、しかしなのはは頷かない。無言のままレイジングハートを向ける。それに魔女は再びクスリと笑う。同時に右手の大鎌を回した。

 

「少し脱線しましたわね。私の魔法ですけど、召喚術は召喚術ですが、ただの召喚術とは一味違いますのよ?」

「ただの……?」

 

 魔女の言葉になのはが訝し気な顔となり、それに魔女がええと頷いた。

 

「それを今、ここで証明いたしましょう。レークィエム・ゼンゼ」

【はい】

「っ――」

 

 なのはは即座に身構える。しかし、魔女は構わない。大鎌を振るい、前方の空間を切り裂いた。

 

「轟弓の射手よ。私の声に答えなさい!」

 

 叫び――直後、それが現れた。帽子を眼深にかぶり、手に大きな弓を抱える二m超の射手が。

 

「お気づきになりました? 私の召喚術が他の召喚術と違う点に」

「……え?」

 

 魔女の言葉になのはは疑問符を浮かべ、直後にそれに気付いた。あの弓の射手は人間だ。恐らくは魔導師。しかも。

 

「生きて、ない?」

「正解ですわ」

 

 その答えに満足したように魔女が笑う。同時、その右手の大鎌を振るった。

 

「この鎌、レークィエム・ゼンゼは冥界の扉を開けるんですの。そして、各担い手達にお手伝いを頼めるのですわ」

 

 つまりは亡霊。もしくはそれに近い存在を使役出来ると言う事か。あの鎌を振るうだけで!

 

「お気をつけ下さいませね」

 

 言葉と共に魔女が鎌をなのはに差し向ける。同時、射手が大弓の弦を引き絞った。巨大な矢が形成される。なのはも応じるようにレイジングハートを構えた。

 

「私、一条エリカは恋敵には厳しいんですの」

「え?」

 

 突如として告げられた言葉になのはが思わず硬直する。魔女、エリカはそんな、なのはの反応に微笑し。

 

「元とは言え、タカトの御主人様として言いますわ。……彼は、私のモノです」

「っ! そんな事――!」

 

 ――自分には関係ない。

 誤解だよ。

 ……言いたい事は山程あった。そもそも彼と自分にそんな接点など無い。あるのは賭けと戦うと言う約束だけだ。

 だが、その約束がなのはの頭を過ぎり、なのはは自分でも分からないまま、違う言葉を放った。

 

「勝手に決めつけないで!」

「そうですの。なら……」

 

 大鎌を振り上げる。同時になのはもチャージを開始。宙空で対峙する二人に魔力が集まっていく。エリカはそのまま言葉を放った。

 

「貴女を倒して、言わせて頂きますわ」

 

 直後、エリカは鎌を振り下ろし、同時に巨矢が放たれ。なのはは光砲をぶっ放した。

 巨矢と光砲はちょうど二人の中心点でぶつかり、互いにその威力を遺憾無く発揮。

 

    −煌!−

 

    −爆!−

 

 二人の中心で太陽を思わせる光爆が起きた。そして、なのはは止まらない。上空へと翔け、エリカも同じく上空に向かった事を視認する。そして、再び互いに己のデバイスを構えた。

 

 ――負けられない。負けたく無い!

 

 何故、自分がそんな想いを抱いているかも分からずに、その想いと共に再び砲撃をエリカへと叩き込んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのはとエリカが戦う空よりかなり離れた空。そこに雷が迸る。

 フェイトだ。ハーケンフォームのバルディッシュを身体を振り回すかのような動作で振るう――しかし。

 

「甘いで御座る!」

 

    −撃!−

 

 バルディッシュの魔力刃を蹴りが弾き飛ばす。その反動でフェイトは後退した。ブリッツアクションで動作を加速。体勢を整え、眼前の敵を睨む。

 その敵は、奇妙な男であった。バリアジャケットなのだろうが、恐ろしく軽装だ。なにせ、タンクトップと膝までの半ズボンという恰好なのである。膝から足の指までは装甲に覆われている。足の甲の部分にクリスタルが付けられていた。間違いなく、この足甲がデバイスだ――何故指抜きなのかは分からないが。

 そして、一番おかしな部分がこの男にはあった。目深に被った帽子に口元を完全に隠すマフラーである。鼻だけが唯一、顔の部分で露出している。

 フェイトは真剣にその恰好は何なのか聞きたかったが、男は「秘密で御座る!」などと言い放って教えてくれなかった。まぁ、それはいい。問題なのは。

 

「行くで御座るよ!」

 

    −瞬!−

 

「っ――!」

 

 その叫びが聞こえると同時に、フェイトは背後に振り向いた。そこには既に男が居た――疾い!

 

「ひゅっ!」

 

    −発っ!−

 

 再び放たれる蹴り。それをフェイトはバルディッシュで切り払おうとして――。

 

    −撃!−

 

 ――逆に弾かれた。さらに男は踏み込み、身体をクルリと半回転。回し蹴りを放つ。弾かれているバルディッシュは間に合わない。故にフェイトは左手のガントレットを突き出した。

 

【デフェンサープラス】

 

「む……!」

 

    −破!−

 

 男の驚きの声が響く。フェイトの反応速度に驚いたのだ。突き出した左手に展開するデフェンサー、そこに回し蹴りが叩き込まれ、フェイトは弾き飛ばされた。

 

「くっ……!」

 

 弾かれた慣性を利用して、距離を離す。フェイトはそのまま男を睨んだ。

 

「ウム。見事な反応速度で御座った。完全に捉らえたと思ったので御座るが……」

 

 フムフムと頷く男にフェイトはくっと顔をしかめる。

 正直に言って、今の蹴りに反応出来たのは偶然に近い。それは前例を知っているからだ。タカトと言う当代最強の格闘士の蹴りを。一度、あれを受けた経験がフェイトの身体を反応させたのだった。かと言ってタカトに感謝の念など抱かないが。それに――。

 

 ――このままじゃあ、勝てない……!

 

 それだけをフェイトは思う。速過ぎるのだ、男のスピードが。

 今の自分の速度では追い付け無い。距離を離して砲撃や射撃戦に持ち込めば、まだ可能性はあるが。

 

 ……多分、させてくれない。

 

 フェイトは確信する。おそらく男はこれ以上の距離から離れてはくれまい。一息で零距離の間合いに踏み込めるこの距離を。

 ならば、男より疾く動かねばならない。その手段は。

 

「……何を考えいるか、当てて見せるで御座るか?」

「っ……!」

 

 フェイトは男の言葉に我に返った。男を睨みつける。しかし男は構わず言葉を続ける。

 

「まだ上があるので御座ろう? そなたの速力には。故にそれを行おうとしているで御座るな?」

「…………」

 

 フェイトはその言葉に答えない。沈黙を守る。だが、その頬には冷や汗が一筋伝った。男が言う事は完全に合っていたからだ。

 だが、それを表に出してはならない。もし悟られれば、確実に邪魔が入る。自分なら間違い無くさせないからだ。だが、しかし。

 

「ささ。早くやって見せるで御座るよ」

「……え?」

 

 いきなり男はこちらにそれを勧めた。あんまりな男の言動にフェイトの目が見開かれ、呆然とする。それに男はムゥと唸る。

 

「どうしたで御座るか? 変身っぽいのがあるのでは御座ろう。早く変身したらどうで御座る」

「えっと……」

 

 フェイトは迷う。何故に男がそれを自分に勧めているかを理解出来なくて。男はそんなフェイトにフッと笑った(正解には鼻を鳴らす音だけが聞こえた)。

 

「フフフ。自分、これでも最速を自負して御座る。故に管理局最速と言われる貴女と戦ってみとう御座った――全力の貴女と」

 

 故に、と男は続ける。

 

「そう、故にこそ全力を出されよ。……力半ばで倒れる事を良しとせぬで御座れば」

「…………」

 

 男の言葉にフェイトはしばし呆然として、しかしすぐに頷いた。

 

「バルディッシュ。オーバー・ドライブ」

【イエッサー。ロードカートリッジ。ライオットフォーム、ゲット・セット】

「真・ソニックフォーム!」

 

 次の瞬間、光がフェイトを中心に溢れた。同時、バリアジャケットが解け、まるでレオタードのような薄いジャケットとなる。更にバルディッシュが変形。さらに分離し、フェイトの両手に握られた。

 光が収まり、フェイトが踊るように回転する。回転が終わるとそれは一つの構えとなった。上下に左右のバルデッシュを構える、二刀流の構えに。

 これぞ、真・ソニックフォームとライオットフォーム。フェイトが誇る最速の形態だった。

 

「お待たせしました……?」

 

 真・ソニックフォームとなり、早速、男に向き直るが、肝心の男は何故か膝を付き(ご丁寧に空間に足場まで展開して、ここで漸くフェイトは男がカラバ式だと気付いた)、手を組むと、まるでお祈りをするが如く上に突き出していた。

 ……そして何より、男は泣いていた。もう、マフラーをつけていてさえ分かる程に泣いていたのだ。

 

「あ、あの……?」

 

 思わず心配してしまいフェイトが声をかける。それに男は一切構わず何故か右手で十字を切った。

 

「神様は……本当に居たで御座るな。まさか、かような奇跡に出会えようとは。自分、飛・王(フェイ・ワン)は今日ほど生きていて良かったと思った日は無いで御座る……っ!」

「え? え? あの……」

 

 そんなに自分と速力を競いたかったのだろうか?

 だが、自分はまだ真・ソニックフォームになっただけで速度を見せた訳では無い。ならばこの男――飛・王は何にこんなにも感激していると言うのか。

 飛はスクッと立ち上がる。それにフェイトは戦いの途中だったと構えを再び取り、そして飛が動いた。

 

「金! 髪! 巨! 乳! よもや、これ程のお宝に出会えようとは……! 最っ高で御座る! 自分、今、最高に輝いて御座るよ!」

 

 何故か一字ごとに身構えながらポージングを取る。そしてフェイトにさぁっと向き直った。

 

「お宝も見れたで御座るし、自分、もはや一片も悔いは御座らぬっ! 存分に速力を競い合うで御座るよ! ……ちなみに揺れる乳が見たい訳では……。ご、御座らぬよ?」

「…………」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 ……とりあえず、フェイトは今まで真面目にやった事をいきなり台なしにされた事や、ただでさえ気にしてる真・ソニックフォームの露出を改めて指摘された恥ずかしさだとかを詰め込んで、飛にトライデント・スマッシャーを叩き込んだ。

 ちなみに過去最高の速さを持って放たれたのは言うまでも無い。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「っらぁ!」

 

    −戟!−

 

「くうぅっ!」

 

 放たれた赤の斬撃に防御に使ったイクス・ブレイズごとシオンが弾き飛ばされる。それに、シオンは顔をしかめ、そのまま足場を空に展開。削りながら空に留まる。同時にノーマルフォームに戻った。それを見ながら、アルセイオはへっと笑う。

 

「言った筈だぜ、坊主。元来の戦い方じゃねぇ、お前じゃ俺には届かねぇよ」

「ぐ……っ!」

 

 アルセイオの指摘にシオンが顔を歪める。

 分かっていた、分かっていたのだ。今の自分ではアルセイオに届かない事は。だが――。

 

「まだだ……!」

「ほう……」

 

 シオンはそれでも前に踏み出した。

 敵わない。だからと言って、逃げる訳には行かなかった。アルセイオが居る向こうには仲間達が居るクラナガンがあるのだ。

 引けない。引く訳には行かない。だから――!

 

「イクス」

【ああ】

 

 シオンは呼ぶ。師匠であり、相棒たる己のデバイスを。そしてぐいっと口端を吊り上げた。笑みだ。

 

「ちぃっとばっかし無茶すんぜ?」

【……無茶はお前の専売特許だからな。いいだろう、やってみせろ】

 

 イクスの応えにシオンは薄く笑う。直後。

 

 −ブレイド・オン−

 

 鍵となる言葉が放たれた。

 

「切り札でもあんのか? 坊主?」

「見てのお楽しみさ、おっちゃん。セレクト・カリバー!」

【トランスファー!】

 

 カリバー・フォームに戦技変換。しかしアルセイオは動かない。まずはこちらの出方を見ようとしているのだろう。彼我の戦力差をキチンと把握しているからこそ出来る余裕だ――しかし。

 

 その余裕が命取りだ!

 

 シオンはそのまま両の親指を噛むと、宙に血で文字を描いた。

 まずは雷、そして火、最後に風と。それを見て、初めてアルセイオから笑みが消えた。

 

「……おい? まさか、坊主――」

「その、まさかだ」

 

 ニイっと笑う。同時にヴォルトが、イフリートが、ジンが、シオンの背後に顕現した。そして、シオンは両の腕を胸の前に組む。

 

「イクスっ!」

【応っ! 全兵装(フルバレル)、全開放(フルオープン)、凌駕駆動(オーバードライブ)開始する――!】

 

 同時に、三柱の精霊が両のイクス、そしてシオンに吸い込まれるように入り込んだ。これは――!

 

「やめろ! 死ぬぞ、坊主――!」

 

 それを見てアルセイオは叫ぶ。しかし、シオンはニヤリと笑った。

 

「死なねぇよ」

 

 呟くような声でシオンは笑い。そして叫んだ。己の無茶を! アルセイオに剣を届かせる切り札の名を! その名は――。

 

「精霊、融合! with! 双重、精霊装填っ!」

【スピリットユニゾン! ウィズ! デュアル・スピリットローディング!】

 

    −煌!−

 

 そして、二つの切り札を持ってしての、途方も無い魔力の光が、シオンから溢れ出たのであった。

 

 

(第三十一話中編に続く)

 

 




はい、テスタメントです。
分断された状況での戦闘は緊張感がありますな。
いや、タイトルがネタバレ全開なんですが(笑)
ともあれ、今回、第三十一話は三部構成。お楽しみにー。

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