魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
第三十話後編です。
……いや、ぶっちゃけ、第三十話から第三十二話までは連続した話しなんですがね(笑)
この先はこんなんばっかだぜ……!
まぁ、お付き合い願えたらと思います。
では、第三十話後編。どうぞー
ミッドチルダ首都、クラナガン。そこで、悲鳴が上がる。
悲鳴の主は少女であった。彼女は顔を真っ青にして必死に走る。それを追うのはヒトガタだ。
よだれを垂らしながら少女を追う。避難勧告や転送ポートによる避難はあった筈だが、少女は逃げ遅れたのだろう。
走る、走る――それでも振り切れない。それどころか、距離をドンドン詰められている。さらに言うと数が増えていた。もう、どのくらい居るのか、わからない程の数になっている。
その半分が”何か”を食べた証に口元に赤い何かがべったりくっついている。
なんで……なんで!?
少女は心の中で叫ぶ。何故こうなったのか、と。
昨日までは普通だったでは無いか。退屈だが、普通の日々。なのに、何故こうなったのか。
なぜ、なぜ、なぜなぜ――なぜ!?
「っ……!?」
次の瞬間、少女は悲鳴を上げて地面に転がった。
急に履いていたローファーが裂けたのである。ヒトガタから伸びた、指の一閃によって。
「っ……ぁ、何で……!?」
早く起き上がらなくては。
そう思い。しかし、上手く立てない。十数分間全力で走り続けていたせいで、体力は既に限界だった。
「いやぁ、やだぁ……!」
それでも逃げようと腕だけで少女は前に向かう。
だが、それを嘲笑うかのように、数多のヒトガタが少女の周囲を囲んだ。
「やだ……! やだ……!」
涙を流して嫌々をするように少女は首を振る。ヒトガタはそれにニィと笑い――そして。
一斉にバクンと口を開いた。
「っ――――!」
少女は声にならない悲鳴を上げた。もう、ダメだと、目をきつく閉じる。
一秒、来ない。
二秒……まだ来ない。
三秒――何も来ない。
流石におかしいと少女は思い、そぉっと目を開く。そこには。
――剣。
−剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣−
−剣!−
無数の剣の群れが、地面に突き立っていた。ヒトガタの姿はどこにも無い。居なくなっていた。
−ソードメイカー・ラハブ−
直後、少女は声を聞く。音を一切介さない、声を。
そして少女は見た。振り落ちる剣の群れ達を。
千ではきくまい。何せ、自分が見る空いっぱいに剣があるのだから。
そして剣群達は、一時の間をもって、全て。
真っ直ぐに、振り落ちて来た。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そんなクラナガンの空に赤の壮年の男の姿があった。無尽刀、アルセイオ・ハーデンである。
その視線の先には、先程己が成した結果がある。
クラナガンの街、一帯の至る所に突き立つ巨剣群だ。その全てが、感染者のヒトガタや新型の人型ガジェット――ガジェットⅤ型達”のみ”を正確に射抜き殺し、もしくは破壊していた。
今の一撃だけで五百以上のそれを潰した事になる。アルセイオはそれを詰まらなそうに見遣り。
「待たれよ」
背後から刃を突き付けられた。
背中に触れる刃の感触に苦笑しながらアルセイオは目を向ける。そこには、白の装束を纏う三人の姿があった。
彼等は、一見して見分けがつかない。背格好が似ているという事もあるが、何より見分けをつかなくさせている部分があった。鼻までマスクのようなもので隠してあったのである。そして、アルセイオに三人共が刃――短剣を突き付けていた。
「今のは」
「どういう」
「つもりか?」
三人が一つの事を順に話す。まるで三人で一人のようだった。
「何がよ?」
いけしゃあしゃあと言い放つアルセイオに、三人の目元が全く同時にピクリと動く。
――そんな所まで一緒でなくてもいいだろうに、とアルセイオは内心で苦笑した。
「惚ける」
「おつもり」
「か?」
「今」
「貴方が」
「倒した者達」
「の事」
「だ」
……色々面倒くさい奴らだな。
話すのもそうだが、この三人が送られてきた理由も解っている。つまり、自分の監視であろう。
アルセイオは嘆息しながら三人を無視。コンソールを空中に展開、操作する。
「我等の」
「問いに」
「答えて貰おう」
「……うっせぇな。気分だ気分。文句あるか」
アルセイオのあんまりの返答に三人は絶句する。
この作戦は管理局と対立する上でも大事な作戦だ。それを気分で妨害するなぞ――。
「貴方は自分が」
「何を言っているか」
「解っていらっしゃるのか?」
「……俺の言葉が聞こえなかったか? うっせぇっつったろうがよ?」
アルセイオが三人にちらりと目を向けた――直後、三人は足元からぞわりという感覚を得た。悪寒である。
アルセイオの視線に、恐怖したのだ。殺気を放たれた訳でも無いのに!
「「「…………」」」
「そうそう、静かにしてりゃあいいんだよ。静かにな」
三人が黙り込んだ事に頷き、アルセイオはそのままコンソールを操作する。通信だ。
しばらくの間を持って漸く繋がった。通信の相手はグリムだった。
《……無尽刀か、どうしたのだ?》
「いやぁ、提督に一つ聞きたい事がありまして」
へらへらと笑うアルセイオにグリムも目を細める。しかし、あえて軽薄な態度を咎めずに口を開いた。
《……聞こう、何だ?》
「いえね。因子兵や新型のガジェットなんですが、管理局局員ならともかく何故に一般人を襲ってんですかい?」
《何だ。そんな事か》
詰まらなそうにグリムが笑い、それにアルセイオの目元がピクリと動く。が、グリムはそれに気付かなかった。
《あんな低脳共、生きていても仕方あるまい? だから私が襲うように指令を出したのだよ。こう言った時に自我を持たない存在は役に立つ》
「……それは上の指示で?」
《いや、私の独断だが? 問題あるまい》
ことも無げにグリムは言う。つまり自分が気にいらないから一般人も殺そうとしている訳だ。
――自分が何をしているか、自覚はあるのかね?
そうアルセイオは内心思う。だが、恐らくはあるまい。この男はそう言った男だ。
《どうだね? 害虫退治は見ていてスッとするだろう》
「今すぐ止めていただけませんかね?」
《……何?》
得意げに笑っていたグリムはアルセイオのその言葉に表情を一転させる――訝し気な表情にだ。しかし、アルセイオはあえて繰り返すのみ。
「止めていただけませんかね?」
《……何故だ?》
「俺が気に食わねぇからです」
きっぱりと言うアルセイオにグリムはしばし唖然とする。だが、すぐに怒りに顔を染めると唸るような声で叫んだ。
《貴様、現場の指揮官は誰だと思ってる!?》
「提督ですね」
《そう、私だ! その私に意見するか、貴様――》
「もし、止めていただけない場合は」
グリムに最後まで言わせず、アルセイオは言葉を放つ。タイミングを逸してグリムが口をつぐんだ。
「俺等の隊はまるごと敵にまわらせてもらいます」
《な……!? 貴様、自分が何言ってるか……!》
「勿論。そして俺らがいないと提督の作戦が成り立たない事もね」
ついにグリムは絶句してしまった。アルセイオはそれを冷ややかに見ながら最後の言葉を放つ。
「提督も解っているでしょうが? 俺の能力、こう言った場にはうってつけだ」
《ま、待て、待ってくれ……》
「ならば止めていただけるので?」
アルセイオの最後の言葉にグリムはしばらく、あ、や、ぐ、と悩み。暫くして漸く首を縦に振った。
《……いいだろう、今すぐ一般人への攻撃は止めさせる》
「解っていただけて何よりですわ。それでは」
《……ああ》
通信が切れる。それを確認してアルセイオは背に振り返り、肩を竦めた。
「ま、こう言う訳だ」
「「「ぬ、う……」」」
三人が呻くように声を漏らす。そんな三人にグリム同様、冷ややかな視線を送りつつ、アルセイオはゆっくりと移動を開始した。
「何処へ」
「行く」
「おつもりか?」
「決まってんだろうがよ。ポイントだ。もうすぐだしな」
三人に返事を返しながら手を振り、アルセイオは空を飛翔して行く。振り返らずに、三人に声を放った。
「手前ぇらもさっさとポイントに行けや」
「言われずとも」
「そうさせて」
「貰う」
「そうかい、じゃあな」
三人の返事にアルセイオは頷きながら、速度をあげる。その進行方向は、海であった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
−弾・弾・弾・弾・弾−
――光弾が疾る。
それは迷いなく突き進み、ヒトガタの集団にぶち込まれた。
一斉に上がる悲鳴。だが、それを無視するかのように二つの影が走る。シオンとスバルだ。シオンが先頭でスバルがそれに続く形で走る。
「フォロー頼む!」
「うん! 任せて!」
叫び、頷くと、そのままシオンは魔力放出。魔力を全身に纏った。
「神覇、伍ノ太刀――」
イクスを突きの構えにして、ぐっと一歩を踏み込む。地面を踏む反発力をそのまま利用し、前に飛び出ると同時にイクスを突き出す。
「剣魔!」
−轟!−
直後、空気が割れた。剣魔による突撃が空気をぶち抜いたのだ。渦を巻く空気を斬り裂き、一気にシオンが駆ける。突貫だ。
それに気付いたヒトガタ達が指をシオンに一斉に伸ばす。この指、どうにも槍のようなものなのか、指先はかなり硬質化していた。人なぞ軽々と貫くだろう。
だが今の――剣魔を展開したシオンにはその一撃は無意味だった。
伸び来る指、そのことごとくが剣魔に弾かれる。進行を止める事すら出来ない。
そのままシオンは真っ直ぐヒトガタの集団に突き進み。
−轟!−
一切の停滞無く、突き抜けた。ヒトガタの集団を全て蹴散らしながらシオンはカウントする。
――これで、2。
「スバル!」
背後に叫ぶ。スバルはそれに一つだけ頷き、マッハキャリバーの全力を持って疾走。再生し、立ち上がらんとする集団の中央まで移動すると、その前進力を回転力に変換しながら、蹴りを放った。
【ショットガン、キャリバー・シュート!】
「やぁぁぁぁぁぁっ!」
−撃!−
吠える。同時に放たれる回転蹴りがヒトガタに直撃し――止まらない! 回転を続行しながらスバルは蹴りを連発。集団を纏めて蹴り飛ばす。
――3。
「シオン!」
「合わせろ、スバル!」
【トランスファー!】
ブレイズへと変換。さらに瞬動で一気にスバルの真横にシオンは移動する。
ヒトガタは宙に浮いたままだ。同時に、スバルのリボルバーナックルがカートリッジをロードした。
「神覇、壱ノ太刀――」
「リボルバ――」
シオンが地を蹴り、空へと翔け、スバルが右手を空に突き出す。そして二人は同時に吠えた。
「絶影・連牙っ!」
「シュ――トっ!」
−閃・閃・閃・閃・閃−
−轟!−
無数の剣閃が近場のヒトガタを細切れにし、剣閃が届かないヒトガタを渦を巻く衝撃波が容赦なく巻き込む!
――これで、4!
「「エリオ!」」
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
呼び掛けに応え、叫びが響く――シオンの真上から!
エリオが上から降ってきたのだ。ストラーダは2ndフォルム、デューゼン・フォルムだ。
槍から火が吹き出し、エリオは地面に突き進む。シオンと交差し、3rdフォルム、ウンヴェッター・フォルムへと変換。さらに足場を空中に形成。ヒトガタがばらばらに散る中央に着地する。同時、ストラーダが雷光を纏った。
「雷光一閃!」
【ライトニング・スラッシャ−!】
−斬−
雷を纏う斬撃を回転と共に放つ! 斬撃は横に一周すると、ぶぁっと空気が広がった。次の瞬間。
−雷!−
宙に浮く全てのヒトガタに雷が疾った。それは纏めてヒトガタを焼き尽くす。
……これで、5。
直後、宙に浮く”全てのヒトガタは”塵となり消えたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
シオンは空を一回転しながら地面に下りる。エリオは既に地面に下りてスバルの横に居り、ティアナ、キャロが少しの間をもって合流した。
「キャロ、ブーストありがとな」
「いえ、シオンお兄さんもエリオ君もスバルさんも大丈夫ですか?」
「うん、問題ナシ♪」
「僕も大丈夫だよ」
頷き、互いの状況を同時に把握する。
ここまで殆ど無傷だ。基本的に感染者との戦闘では、連携戦闘で再生させる前に止めを刺すか、絶え間無く攻撃し続け、再生数を限界まで追いやるのがセオリーである。
故に感染者と戦う者は無傷で済むか、大怪我、もしくは死ぬかしか無い。
無傷で済む場合は、連携戦闘で反撃をさせないままに倒した場合で、大怪我、もしくは死ぬ場合は、その連携攻撃が凌がれた場合である。
この場合、感染者は再生能力を持つため、連携攻撃をしかけた者は必ず隙だらけとなるからだ。
「で、やっぱり5回だったな。……ティアナ?」
「うん。今、ギンガさんとも連絡取ったわ。向こうでもやっぱり5回以上は再生しなかったみたいね」
「そっか」
一同、ティアナの言葉に頷く。クラナガンに蔓延するヒトガタだが、どうも再生回数に限度があるようなのだ。
その数五回。今の戦闘も砲撃等の技で消し飛ばさず、斬撃や射撃であえて再生回数を調べたのだ。結果は正解だった訳だが。
「キャロ、お手柄ね」
「いえ……、ひょっとしたらって思っただけですし、ティアさんが試してみようって言い出したんですし」
にっこりと微笑むティアナにキャロが照れるようにはにかんだ。
事の起こりはキャロが「……また5回」と、呟いたのをティアナが聞き、さっそく現れたヒトガタでカウントしてみたら案の定だったのである。その後N2Rに連絡を取って、今の戦闘に至ったのだった。
「さっそく対策本部に報せないとね」
「おう」
ティアナがクロスミラージュに呼び掛け、本部に念話で通信する。手持ち無沙汰になった四人は、とりあえずカートリッジの残弾や、魔力の残りを確認する事にした。
「……三人共、魔力まだ大丈夫か?」
「うん、私はまだ大丈夫だよ。後六割くらいかな」
「僕も問題ありません。後五割程です」
「私もエリオ君と同じくらいです」
「そか……」
「シオンは?」
皆の残魔力を確認し、頷くシオンに逆にスバルが聞く。シオンは左手を開き、その真ん中に三つ指を置いた。
「後八割半って所だな」
「……前から思ってたけどシオン、魔力量多いね」
「そか?」
「そうよ」
首を傾げるシオンに後ろから声が掛かる。通信を終えたティアナだ。
「ちなみに私は後六割ね……にしても1番魔力使ってる筈なのに、アンタどんだけよ」
「……そんなに使ったか?」
『『使ってるよ/わよ/ますよ/いますよ』』
四人から断言されてシオンは肩を竦める。アビリティースキル――特に魔力放出は完全に魔力消費型のスキルなので、反論は出来ない。
「……俺の事はいいや。で、本部は?」
「ええ、やっぱり掴んでなかったみたい。『重要な情報感謝する』だって」
「……そか、なのは先生達や、N2Rの皆はどうしてる?」
シオンの問いに頷くと、ティアナは空中にウィンドウを展開する。コンソールを叩き、クラナガンの地図を出した。自分達の現在位置やなのは達、N2Rの現在位置を打ち込む。
「私達は今、ここね」
そう言って、赤点が点滅するのはクラナガンの東側だ。
「続いて、N2Rがここ」
「……反対側か」
シオンがフムと頷く。地図の反対側、つまり西側で赤点は点滅した。
「最後になのはさん達が、と」
「……随分散らばってるね」
「空隊の指揮もそれぞれ任せられてるみたいだからね。八神艦長も出てるみたい」
「……はやて先生も、か」
最後に点滅する赤点は地図のそこかしこに散らばっていた。空隊の指揮をそれぞれ取りながら戦っているのだろう。ならば、それぞれ散らばる訳である。
「後、北側でいきなり五百くらいヒトガタとガジェットもどきが破壊されたって話しだけど」
「タカ兄ぃじゃねえだろうな……」
とりあえず、”いきなり”五百体も潰せそうな人間を挙げてみる。
暴虐たる精密攻撃たる天破水迅など、今回の迎撃にうってつけであろう。しかも感染者がらみだ。出て来る可能性は十分にあった。しかし、ティアナは首を振ると、そのまま告げる。
「……現場には大量の剣群が地面に突き立っていたそうよ」
「っ――!」
それを聞いてシオンが絶句する。
大量の剣群。それを持ってしての攻撃が出来る心当たりがシオンにもただ一人だけ居たから。
「……おっちゃん」
「間違い無いと思うわ」
呟くシオンにティアナが頷く。シオンはしばし唖然とし、しかし、頭を振ると頷いた。
「そっか」
「シオン、大丈夫?」
「心配すんな。大丈夫だよ」
スバルの問いに口端を少し歪めるとシオンは笑った。
「おっちゃんにはまだいろいろと礼をしてねぇからな……全部ひっくるめて纏めて返すさ」
「……そう。でも、解ってるわね? こっちに協力してくれてる分には――」
「ああ。解ってるよ」
苦笑しながらも頷く。それを確認して、ティアナも頷き、一同を見回した。
「よし。それじゃあ次に――」
――行くわよ。と、言おうとして。
《やぁ、ミッドチルダ。クラナガンの諸君》
声が響いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《やぁ、ミッドチルダ。クラナガンの諸君》
「っ――!」
クラナガンの空。そこに、八神はやてはいた。今は守護獣ザフィーラにガードされつつ、空隊を指揮。さらに広域魔法や支援魔法でガジェットⅤ型を蹴散らしていたのだが。
「この声――グリム・アーチル提督!?」
《その声は八神はやて一佐か》
はやての名を呼ぶ声が響くと同時、空に巨大なモニターが映った。そこに、痩せぎすな男の姿が映る。グリム・アーチル提督、彼の姿が。
《一昨日ぶりか、八神一佐》
「……アーチル提督、これはどう言うことでしょう?」
問う。半ば予想出来ている答と共に。グリムはそんなはやてに鼻をフンと鳴らした。
《見てわからんかね?》
「……援軍ってわけやないみたいですね」
《勿論だとも。今、そこにある兵、因子兵と新型のガジェット達は”私”が指揮しているのだから》
――やはり。はやては分かっていた事とは言え、顔を歪ませる。
「……何でこんな事を?」
《ん?》
「何でこんな事をしたのか、て聞いてるんや!」
叫ぶ。敬語は既に無い。感情のままにはやては叫んでいた。
それにグリムはククっと笑う。はやての姿が滑稽だと。
《何が目的か、か? そうだな。身の程を教えに来てやったのさ》
「……何やて?」
問い直す。グリムの言っている意味が分からなくて。しかし、グリムは構わず笑う。
《身の程を教えてやろうと思った、と言っただろう? 君に、そして、管理局の低脳どもに。さらに言うならただ漫然と平和を貪る愚民達にな!》
「……」
――この男は何を言ってるんだろう?
真剣に、はやてはそう思う。グリムはそんなはやてに目もくれず、ただ己に悦る。
《どいつもこいつも低脳ばかり! 法の守護者? 何だ、それは? まどろっこしいだけでは無いか。最初っから我らが全ての世界を支配して、管理、運営してしまえば済む話しでは無いか!》
人はそれを傲慢と言う。全てを支配して、全てを自分のモノにしてしまい管理する。それはつまり、他の文化や体制を滅ぼすに等しい。
管理局の唯一の誇りは、守護者たりえども支配せず、にある。
並び立てるように。
決してどの世界も下に見ないように。
だが、それをこの男はあっさりと否定したのだ。無駄だと。さらにグリムは続ける。
《管理内世界の者も、ミッドの住人どももだ! 全てを管理局任せにして、何かあれば我らが悪い、我らが悪い! ……権利のみを主張する。守られてばかりの貴様らが何かを言う権利なぞあるものか! 貴様らは大人しく守られていればいいのだ!》
管理局はあくまで一組織に過ぎない。
巨大な組織であり、超法規的な組織である事も確かだが、そこまでなのだ。
そして、政事を預かるものがそうであるように、管理局には相応の責任を負う義務がある。ましてや、管理局は軍としても警察としての側面も持つ組織だ。何かあれば責められるのは当然である――独裁者でも無い限りは。
《故に我らは決めたのだ! 管理局と敵対し、これを打破せんと! そして、全ての世界を我らが、管理、運営する事を! そう我ら――》
叫ぶ。手を広げ、全てを掴むかのように。グリムは自ら達の組織の名を告げた。
《ツァラ・トゥ・ストラは、ここに時空管理局へ宣戦を布告する! さぁ!》
グリムは今度こそはやてを見据えた。はやてもまたグリムを睨みつける。
《さぁっ! 裁こう! 世界の全てを! そして我らに跪かせるのだ! 》
「アンタはっ! そんな下らない理由でこんな真似した言うんかっ!?」
はやてがクラナガンに左手を広げ、指し示した。
グリムに見えるようにだ。今、クラナガンで何が起きてるか、見せるために。
「ここで……今やって! 何人の人が傷ついたと思ってるんや!? 悲しんだと、死んでいったと!」
《些細な事だ》
叫ぶはやてにグリムは事もなげに言う。本当に、どうでもいいとばかりに。
「なん、やて……?」
《君もよくよく低脳だな。些細な事だ。愚民がいくら死のうが、知った事か。むしろ、人員整理が出来て良い事だろう?》
――コノオトコハホントウニナニヲイッテルンダロウ?
はやてはウィンドウの向こうの男が全く理解出来ない。
人が死んで、知った事では無い?
むしろ良い事?
理解出来ない――理解出来ない、が。許せなかった。
この男の言い分も、何もかもが、はやては許せなかった。
「……あんたは、あんただけは許せへん……っ!」
《フン。いくらでも吠えたまえ。私には届かんがな。さて、八神一佐。手土産がわりに、君達に良いモノを贈ろうと思う》
「あんたからの贈り物なんていらんわ……!」
《そう言ってくれるな。では――》
直後、はやての足元に光が灯った。それは魔法陣だった、ミッド式の! だが、はやてはこんなモノを展開してはいない。
《はやてちゃん!》
「え……っ!?」
なのはから通信が届き、目の前にウィンドウが展開。そこに映るなのはの足元にもまた、魔法陣が展開していた――いや、違う。
周りを見る。ザフィーラの足元にも、それは展開していた。つまりは、”アースラ隊全ての者に!” しかもこの魔法は――!
転移、魔法――!
《存分に受け取ってくれ。絶望と、そして、地獄への片道切符を》
次の瞬間、はやての視界いっぱいに光が広がり、転移魔法が発動したのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「く……っ!」
いきなり空中に投げ出されてシオンが呻く。
真下は海だった。
とりあえず、落ちるのは嫌なので飛行魔法を発動し、空を飛んだ。
「海、だと?」
【アースラとリンク。現在位置判明――っ!】
イクスの驚愕の声が響く。それにシオンは目を向けた。
「……イクス、どうした? ここ、何処だ?」
【……現在位置、判明。クラナガンよりおよそ十八Km離れた海、だ】
「っ!?」
イクスより齎された情報に、シオンは顔を歪める。
あの瞬間、いきなり自分達の足元に展開した魔法陣。あれは転移魔法だったのだ――それぞれを孤立させる為の。シオンは海まで飛ばされたみたいだが。
「……最悪だ……!」
呻く。あの状況での孤立など、あまりにも危険過ぎる。
もし、あのヒトガタの群れに一人で囲まれたら。
スバルが、ティアナが、エリオが、キャロが。仲間達がそんな状況に陥っていないとも限らない。と、言うより十中八九そうだろう。
シオンは顔を歪める。歯がギシリと軋んだ。
「イクス! 今すぐ皆の元に――」
「ところがギッチョンってな」
−ソードメイカー・ラハブ−
次の瞬間。
−剣−
剣が。
−剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣−
巨剣の群れが。
シオンの上空に展開した。
「これ、は……!」
「よう、また会ったな」
声がする。聞き覚えのある声が。
それに、シオンはゆっくり振り返る。そこには、見覚えのある、赤の男が居た。シオンを見てニッと笑うは、無尽なる刀の二つ名をもつ者。
――アルセイオ・ハーデン。
「おっちゃん……!」
「おう、坊主」
シオンに片手を挙げる。まるで朝の挨拶を交わすように軽く。そして、その手をシオンに向けて下ろす――直後。
−轟!−
万を越す剣群が、一斉にシオンに向けて撃ち放たれた。
(第三十一話に続く)
次回予告
「それぞれ引き離された仲間達に、一騎当千のアルセイオ隊達が襲い掛かる!」
「次々と、ピンチに陥るアースラメンバー、やがてシオンも……!」
「そんな中、クラナガンに現れた者達は、一体何者なのか」
「次回、第三十一話『グノーシス』」
「叫べ。そして教えてやれ。我等が名は――」