魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
XV級次元航行艦レスタナーシア。その艦長である、グリム・アーチル提督は傲慢で知られている。
自分が正しいと思えば、皆全て正しいと思う傾向にあるのだ。その思考を肯定できないものをグリムは認めない。
これが、はやてやアースラ隊を認めない原因でもあるのだが。つまる所は傲顔不遜なのである……しかし。
「…………」
《面を上げよ》
「は、ハハっ!」
レスタナーシアのブリッジに映るモニター。その中の男にグリムは膝をつき、頭を垂れていた。
グリムが、である。
彼は心底モニターに映る男に敬服していた。故に管理局すらも裏切ったのだ。いや、管理局内部にすらもこの男の影響は及んでいる。
その一人がグリムでもある。それだけの話しだ。
グリムは言われた通りに顔を上げ、モニターの男に向き直る。
四十前半くらいの男だろうか。かなり大柄な男であった。おそらくは2mを越えている。
そして分厚い筋肉の装甲で覆われたその体には黒と各部を銀の縁で彩った服装を着ている。間違いなくバリアジャケットだ。その男は、グリムに鋭い視線を送りながら口を開く。
《実験は順調か?》
「ハ。既に”因子兵”の実験は成功しております。こちらの制御も96%の状態を維持出来ております」
《100では無いのか?》
「い、いえ。何分、因子を使ったモノ達。少しばかりコントロールが……」
一気に強まる男の圧力に、グリムは冷や汗を滝のように流しながら答える。
機嫌を損ねれば何を起こすか分からないからだ。グリムの言葉を聞き、男は鷹揚に頷いた。
《……よい。後は新型の機械兵が補おう》
「ハ。では――」
男の声にグリムは顔をあげる。再び男は頷いた。
《うむ。今日、この時をもって、我等は管理局に宣戦を告げる》
「お、おお。ついに……!」
グリムは感激に顔を綻ばせながら答える。それは、グリムが待ちに待っていた言葉だからだ。
《うむ。その上でグリムよ、貴様に命を下す》
「ハ、なんなりとお申しつけを」
《因子兵一万。機械兵群二万を与える。ミッドチルダを攻め落としてみせよ》
「……ハ!」
つまり一番槍が自分に与えられた訳だ。グリムの笑みはさらに深くなる。
《貴様が地上を攻めておる間に、我等は本局を落とす。例の部隊を地上に引き付ける事。それが貴様の役目だ》
「――落としても構わないので?」
それが不遜であると理解していながらグリムはあえて問う。男はそれに笑った。
《構わん。好きにせよ》
「ハッ!」
その答えにグリムは笑いをあげる事を必死に堪えた。これで漸く、自らの復讐を始められるのだ、と。男は更に続ける。
《こちらからは無尽刀を送る。好きに使え》
「奴を、ですか? しかし……」
その言葉にグリムは少し迷う。
無尽刀、つまりアルセイオは、先日任務を失敗したばかりである。
いくらイレギュラーがあったとしても、二度の失敗は許しがたかったのだが――。
《奴と私はそれなりに付き合いが深い。心配する必要は無い》
「ハッ。承知しました」
《うむ。ではな。グリム・アーチル。戦果を期待している》
その言葉と共に画面がブラックアウトする。通信が切れたのだ。
それを確認するとグリムは立ち上がる。
「進路をミッドチルダに向けろ」
「了解です……いよいよですね、提督」
「ああ……漸く、だ」
管制官の言葉にグリムは頷く。その目は場違いながら――ようやく成すべき事を成せると輝いていようにも見えた。懐から二枚の写真を取り出す。それを見遣りながら、ふっと笑った。
「裁きの時だ、愚か者達の、な」
そしてレスタナーシアはミッドチルダに向かった。
数多の災厄を満載して、反乱の狼煙を上げる為に。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「さて」
次元航行艦、アースラ。その転送ポートに入るトウヤをシオンは見る。
聖王教会での話し合いから一泊し、次の日の朝。
体調が回復した事もあり、トウヤが地球に戻るの事になったのである。シオン、そしてFW陣はその見送りに来ていた。
「ではね、シオン。それからスバル君、ティアナ君、エリオ君、キャロ君」
「うん、トウヤ兄ぃも、向こうで調べ物頑張ってね。ユウオ姉さんによろしく」
「うむ……ああ、漸くユウオに逢えるよ。あの尻とこれ以上離れると禁断症状が……!」
「……セクハラは程々にね」
くねくねと嫌な動きをかますトウヤに蹴りを入れたい衝動を必死に堪えつつシオンはため息を吐く。
……帰ったそうそうユウオに降り懸かる災難を予想してしまい、思わず合掌した。
「ふっふっふ、ユウオもさぞかし、私を待っているだろうとも!」
「仕事的な意味でね」
「……まぁ、それは置いておくとしてだ。エリオ君、例のアレだが」
「あ、はい」
半眼でツッコミを入れるシオンをさらりと躱し、エリオに向き直る。エリオも頷きながらトウヤへて居住まいを正した。
「一応はアレで合格だ。よく鍛練したものだね」
「あ、はい。トウヤさんに教えられた通り頑張りました!」
エリオがトウヤの言葉に頷き、笑顔で答えると、トウヤも頷いて見せた。
実はエリオ、トウヤがアースラに来る度に宿題を与えられていたのである。それが今回、及第点を与えられた形であった。
そんな二人にシオンが疑問符を浮かべる。
「……? 何の話し?」
「フ、気になるかね?」
「まぁ、少しは」
トウヤの返事にシオンは素っ気なく頷いた。
何せ、”この”兄である。エリオに何を教えたのか気にならない訳が無かった。
……フェイトが泣くような、有害図書指定的な事でなければいいのだが。
トウヤはそんなシオンの思考に構わず、キランと笑う。
「何せ、例を見ぬ程のフラグの天才だったのでね。女性の扱い等をこう、ね?」
「え、エリオ、お前、まさか――!」
「え? ち、違いますよ、シオン兄さん! トウヤさんも何を言ってるんですか!?」
「ふ、言い訳かね?」
「エリオ……」
「エリオ、あんた……」
「スバルさん!? ティアさん!?」
エリオは自分を見てぽそぽそと、「最近の子は……」だの、「エリオだしね……」とか話し合うスバル、ティアナに悲鳴を上げる。と言うか、そういった事は聞こえないように話して欲しい。まる聞こえなのは本当どうだろうか? エリオはトウヤをキッと睨む。
「トウヤさん! 嘘だって皆に言って下さい!」
「何!? どこまでが嘘だと言うのかね!?」
「最っ初、から、最後までだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
エリオにしては珍しく敬語が外れたマジなツッコミが入る。そんな不幸な少年に、キャロが正面に回ると、ニコっと微笑んで来た。
「大丈夫だよ、エリオ君!」
「キャロ……! ああ、やっぱり君だけが――」
「エリオ君は最初から私の扱い上手だったから!」
「ぐっふぅ!?」
フォローを入れてくれるかと思いきや、止めだった。
キャロの言葉にエリオは膝から崩れ落ちる。悲鳴を上げるキャロを尻目に、トウヤはハッハと爽やかな笑みを浮かべた。
「いやあ、ここまでのリアクションが取れるとは……からかいがいのある子達だね」
「あ、やっぱし嘘なんだ?」
「ずっとそう言ってるじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 第一、嘘だと分かってたならなんで言ってくれないんですか!? トウヤさんだって嘘だって言ってくれたら……!」
シオン、トウヤに叫ぶエリオ。その目尻には涙が浮かんでいた。
そんなエリオに、この異母兄弟達はグッと親指をおっ立てて見せる。
「「いやー、楽しくて、つい♪」」
「控え目な言葉で言いますけど最っ低ですよ、アンタら兄弟!!」
全力で叫びながら、この二人を揃ってノせるとろくな事にならないと言う事をエリオは学んだ。
――余談だが、最近エリオはツッコミが上手くなるのと同時に言葉遣いがちょっと悪くなってきており、フェイトを悩ませているのだが……それはまた、別の話しであったそうな。
「さて、では楽しんだ事だし、そろそろ帰るとしようかね」
「うん、じゃあね。トウヤ兄ぃ」
「フォローは無しですか!?」
エリオが再び叫ぶが、二人は華麗にスルーする。見れば、スバルとティアナも既に話し合いを止めていた。
二人も最初から分かっていた証拠である。そんな一同の反応に拗ねるエリオに、トウヤが苦笑する。
「まぁ真剣な話し、後は実戦での応用だからね。シオンは先輩にあたるし、いろいろと教えて貰うといい」
「……はあ」
「む、なんだね、その生返事は? 私が信じられないのかね?」
「……さっきまでは信じてました」
これまたエリオには珍しく半眼で睨む。その視線を流しながら、トウヤはコンソールを操作した。
「ではね、皆、また会おう。シオン、あまり迷惑をかけぬようにね」
「了解。そんじゃあね」
「ああ」
頷き、そして転送ポートが起動。直後、トウヤの姿は消えたのであった。
「さって、トウヤ兄ぃも帰ったし、部屋にでも戻るかなー」
「アンタも私達も待機でしょうが」
「ピロティに行こうよ、喉渇いちゃったし」
「……エリオ君、大丈夫?」
「う、うん、大丈夫だよ。ちょっと疲れたけど」
「なんだエリオ、だらしねぇなー」
「……半分はシオン兄さんのせいです」
「気のせいだ」
「断言した!? いやいや、なんなんですか、その自信!」
「気のせいだ」
「……もういいです」
わいわいと騒がしい一同はピロティに向かい歩き出した。出撃待機中の間の時間を潰そうとして――だが。
突如、その騒がしい声すらも切り裂いて、音が響いた。
それは、決して聞き慣れたく無い音であり、しかし、聞き慣れてしまった音。
つまりアラート。それが、艦内に激しく響いたのであった――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時間は少し遡る――。
ミッドチルダ地上、閑静な住宅街にあるユーノ宅。
その食卓に、ユーノ、ヴィヴィオ、なのはがついていた。だが、いつものような賑やかさは無い。それどころか静まり返っていた。
誰も話さない。ユーノ、なのはがちらりと視線を交わし、そして同時にヴィヴィオを見る。
ヴィヴィオは黙々と朝食を摂っていた。トーストにハムエッグ、サラダというシンプルメニュー。
それを食しながら、しかし、話さない。
いつもならヴィヴィオは誰よりも話す。それを昨日まで居た同居人は笑いながら、「飯を食べてる時はあまり口を開かないようにな?」と、窘めていたものだが――そこまで考えてユーノは苦笑する。
まだ、自分も相当に引きずっている事を自覚したから。
ヴィヴィオは朝起きるなりタカトが居ない事に気付いた。どうやらタカトが使っていた部屋に入ったらしい。
朝練の為に庭に居たのだが、いつまで経っても来ないタカトを起こそうと部屋に入ったのだろう。
そして、見た。
綺麗に荷物がなくなり、ガランとした部屋を。確かに元々タカトは荷物を部屋に殆ど置いていなかった。だが、いくらなんでも全部無くなっていれば嫌でも気付く。
ヴィヴィオもまた、悟ったのだ。いつもの外出では無く、ユーノ宅から本当に出ていったタカトの事を。
結局、ユーノはタカトに言われたような嘘を吐けなかった。
なのはと敵対していた、と言う部分は何とかぼかしたが、それ以外は知られてしまったのだ。だが、ヴィヴィオは話しを聞くなり飛び出した。タカトを追い掛ける、と。
それをなんとか、なのはとユーノの二人掛かりで止め、説得したのだが。
「……ごちそうさま」
――納得してないよね……。
ヴィヴィオの様子にユーノは嘆息した。
彼女の反応は当然とも言える。ユーノとしても認めたく無い事なのだ。タカトが犯罪者だった事など。
だが、ユーノは本人から聞かされている。タカトが第一級の次元犯罪者だと。
それもあり、ユーノは無理矢理に自分を納得させる事が出来たが、ヴィヴィオはそんな事は出来まい。ましてや、何故家を出なければならないのか――それをヴィヴィオに納得させられる自信は、ユーノには無かった。
「……いってきます」
「あ、うん……ヴィヴィオ、いってらっしゃい」
いつの間にか半時間程経っていたらしい事にユーノは気付く。ヴィヴィオの登校時間であった。本来ならユーノも本局の無限書庫に出勤する時間なのだが、タイミングがいいのか悪いのか、ユーノは本日休みであった。
長い間溜めに溜めていた有給休暇を使ったのである。予定では、タカトと色々クラナガンあたりを回る予定だったのだが――
「……ユーノ君?」
「わっ!? なのは、どうしたの?」
こちらの顔を覗き込んでいたなのはに気付き、ユーノは背を反らす。そんなユーノに、なのはは首を傾げ、しかし視線を落とした。
「……やっぱり、ヴィヴィオ」
「あ、うん。全然納得してない、ね」
頷く。それに、なのはの顔も少し暗くなる。ユーノは苦笑した。
「タカトが出ていったのは、なのはのせいじゃないよ。タカトだってそんな事言わなかっただろ?」
「うん。いつか、こうなる事は必然だったって……」
「そっか」
「あのね、ユーノ君」
なのはが顔をあげる。
そして、話し出した。昨日、タカトと話した会話の内容を、そして、賭けの事を。それを聞いて、ユーノは目を丸くする。
「なのは、タカトと戦うの?」
「うん。タカト君とは戦わなきゃいけない。そんな気がするの」
ユーノはその答えを聞いて、そっかと呟いた。思い出すのは、二人のなのはの親友だ。
フェイトとヴィータ。二人とも、なのはと本気で戦って、そして分かり合った事に。
――ひょっとしたらなのはなら。そうユーノは思うが、気は進まない。
「ユーノ君?」
「なのは、タカトは……」
そこまで言いかけて口をつむぐ。なのはの強さはユーノもよく知っている――知っていて、なお不安だった。
タカトは666。たった一人で管理局に真っ正面から喧嘩を売り、なのは達と戦い、それに勝利したような出鱈目な強さらしい。
そんなタカトになのはが戦うと言うのなら、必然、無茶をやるのが目に見えていた。
その結果を想像してしまいユーノは顔を歪める。
いつかのような大怪我を負わないとも限らないのだ。そんなユーノに、なのはは微笑んだ。
「大丈夫だよ、ユーノ君」
「……なのは」
「絶対、大丈夫」
そう、にっこりと笑う。ユーノはそれにしばし呆然とし、そして、ゆっくりと微笑んだ。
「うん。でもあんまり無茶は駄目だからね? またヴィヴィオが泣いちゃうよ?」
「う……。うん、気をつけるよ」
ユーノの言葉になのははそれを想像してしまい、頬が引き攣る。
そんななのはにユーノは微笑み、席を立った。うーん、と伸びをする。
「さて、タカトがいないんだし、僕が家事をやんなきゃね」
「あ、ユーノ君、手伝うよ」
「うん、なのは、ありがとう。……でも、大丈夫? アースラに戻らなくて」
「うん。昼頃にはやてちゃん、フェイトちゃんと合流して、戻るから――」
そう言ってなのはは立ち上がろうとする――しかし、直後にいきなり目の前にウィンドウが展開した。
通信だ。なのははウィンドウ横のコンソールを指で操作し、通信を繋げる。
通信を送ってきたのはシャーリーであった。相当に慌てている。
《あ、なのはさん! よかった……! 通信に出てくれて……》
「シャーリー? どうしたの?」
《はい、実は》
そしてシャーリーから告げられる。今、ミッドで何が起きているのかを。
それを聞いて、なのはは顔を強張らせた。
「……地上本部にすぐに飛行許可を貰って。後、詳しい情報を。八神艦長やフェイト隊長には?」
《既に知らせてあります!》
「うん。なら私は二人と合流するよ。アースラはすぐこっちに?」
《はい、もうすぐ到着予定です》
「ならスターズの指揮はヴィータ副隊長に一任、ライトニングの方は――」
《フェイトさんからシグナムさんに、と》
「了解。ならそっちは任せるね?」
《はい!》
通信が切れる。そして、なのははユーノに向き直った。ユーノもまたすぐに頷く。
「僕はすぐにヴィヴィオの元に向かうよ」
「うん……。ごめんね、ユーノ君」
「大丈夫。なのはこそ、気をつけて」
なのはは頷き、すぐに玄関に向かう。その途中で飛行許可が来た。靴を履き、玄関から飛び出る。
そのまま胸元からレイジングハートを取り出した。
「行くよ、レイジングハート」
【オーライ、マスター】
「うん、レイジングハート! セーット、アップ!」
【スタンバイ・レディ、セット・アップ】
次の瞬間、なのはは光りに包まれ、一瞬にして白のバリアジャケットを身に纏った。左手に杖状になったレイジングハートを握ると、空へと翔けた。急速度で舞い上がり、一気にクラナガンに向かう。
そうしながら、なのははキュっと奥歯を噛み締める。さっきのシャーリーの通信を思い出したからだ。それは、こう言う内容だった。
――大量の感染者反応と、見た事も無いヒトガタを模したガジェットがクラナガンに突如として出現。どれ程の数なのか、把握しきれない程の数が居る――と。
――何が、起きてるの……?
漠然と胸の内に嫌な予感を覚えながら、しかし、くっと前を見る。
自身が出せる最高の速度で、なのははクラナガンへと翔けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ミッドチルダ、首都クラナガン。
朝――である。本来ならば、そこは多数の人が行き交う場所だ。賑やかに、しかし、平和に。だが、そこは静かだった。行き交う人達の姿は何処にも無く、また、車も一台も通っていない。
普通ならば有り得ない事だ。だが、クラナガンにヒトと呼べる存在は何処にもいなかった――そう、”ヒトは”。
ビルの影でぴちゃぴちゃという音が鳴る。もし、そこに人がいたとして、そこを覗き込んだりしたら驚愕に腰を抜かしていただろう。あるいは、胃の中身を全てぶちまけていたか。
音の発生源はスーツ姿の男性だった。四十くらいか、ビルの影に仰向けで倒れており、そして、身体が”半分になっていた”。
下半身が、無い。何故か。
それは男の周辺にいるヒトガタの仕業だった。
ヒトでは無い。
有り得ない。
何故ならば、そのヒトガタは二つの目が無く。顔の中央に大きな目が一つあるだけだったからだ。亜人でもこんな種族はいない。
服も着ていない。いや、着る必要がそもそも無いのか。隠すものがそもそも無いのだから。
そして何よりヒトガタをヒトでは無いと断言出来る所があった。
――食べていた。
そのヒトガタは、スーツ姿の男をクチャクチャと食べていたのだ。
内臓を引きずり出し、その血を啜っている。
気付けば至る所でそんな音が響いていた。そしてヒトガタの上空を今度は機械のヒトガタが通り過ぎる。
ここにもし、JS事件の当事者が居れば目を見張った事だろう。そのヒトガタは、まるでガジェット2型に手足をくっつけたような不細工は造形をしていたのだから。
ヒトは無く、ヒトガタが席巻する世界。そう、クラナガンは静かに地獄と化していた。
「……こっちも、か」
瞬間、声が響いた。
それに男を喰らっていたヒトガタが顔を向ける。
その後ろのガジェットもどきもだ。そこに居たのは銀の髪に紅の瞳、黒のバリアジャケットに身を包み、大剣を肩に担ぐ少年だった。その顔は悲痛に歪んでいる。
視線の先に居るのはヒトガタに喰われていたスーツの男性。その顔には恐怖が、そして苦痛が張り付いていた。
”生きながらにして喰われたのだ”。その苦痛は、いかほどのものだったろう。
少年は、神庭シオンは一瞬だけ目を閉じる。黙祷だ。
それを好機と見たか、二つのヒトガタが一斉に動く。
片やシオンを喰らわんと、片や敵対者を殺すべく、しかし。
「神覇、壱ノ太刀」
声が響く。その声には後悔、悲哀が込められていた。そして、何より――。
「絶影」
――憤怒が。
−閃!−
二つのヒトガタの動きが止まる。シオンの姿は既にその前には無い。後ろにあった。
大剣、イクスを振り下ろした姿で残心している。
そして、数瞬の間をもって、落ちた。二つのヒトガタの半身が、ごとりとコンクリートの地面に落ち、遅れて残りの部分が倒れた。それをシオンは見て、残心を解く。
「……ごめん」
しゃがみ込む。目の前にはヒトガタに喰らわれていた男がいた。瞼に手を当て、閉じさせる。できれば然るべき所に埋葬してやりたい。
「そうもいかない、か」
キロリとシオンは視線を巡らせる。そこには、先程叩き斬ったヒトガタが居た。半身を斬った筈なのに、五体満足である。
何故か? それはヒトガタの周囲のものが物語っていた。
アポカリプス因子――いや、アンラマンユが。そう、ヒトガタは感染者だった。
そして、ビルの影から、路地から、まるでシオンを囲むようにヒトガタが現れる。
さらに上空には機械のヒトガタ達が飛来した。総数三十程の二種類のヒトガタ達。それを前にして、シオンは――笑った。
凄絶に、怒りに燃えた瞳で笑う。
「悪ぃがよ。俺、今凄まじく機嫌が悪くてよ」
イクスを構える。同時にヒトガタ達も前に、シオンへと進んだ。
「ただで帰れるなんざ、思うなよ?」
直後、三十のヒトガタが一斉にシオンへと突っ込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
突っ込んでくるヒトガタ達。それをシオンは冷ややかに見つめながら前進する。
「セレクト・ブレイズ」
【トランスファー】
−閃−
――悲鳴が上がる。感染者のヒトガタ達からだ。
シオンの前に居た三体のヒトガタは、片腕を失っていた。シオンがブレイズに変換すると同時に、両のイクスで伸びてきた手を斬り落としたのだ。
さらに前進して、囲みを突破しようとする。だが。
「……っ」
−弾・弾・弾・弾・弾−
響く銃声。ガジェットもどきから放たれた銃弾群だ。質量兵器は禁止の筈だが、敵にとっては関係あるまい。それに。
――今の状況なら逆に助かるな?
それだけをシオンは思う。と、身体を横に回す事で追撃の銃撃を回避。そのまま”障害物”の後ろに回る。
再び、悲鳴が上がった――感染者のヒトガタ達から。
背中を銃弾で貫かれたのだ。しかし、ガジェットもどきは止まらない。左手の銃、マシンガンを撃ち続ける。対し、シオンはすかさず反撃を選んだ。
「双牙、連牙」
−閃−
地を走る四条の剣閃が、銃弾を受け続ける感染者のヒトガタごと、ガジェットもどきに叩き込まれる。
感染者のヒトガタはともかく、ガジェットもどきに再生能力なぞ無い。銃撃を浴びせていたガジェットもどきは、地を走る剣閃を受け、あっさりと崩れ落ちた――シオンは止まらない。
「セレクト・ノーマル」
【トランスファー】
ノーマルに変換。大剣となったイクスを銃撃を受け続けていたヒトガタ群に真下から叩き込むと同時に魔力放出。
「ヒュウッ!」
鋭い呼気と共に一気に振り上げる!
−轟!−
激烈な一撃がぶちかまされた。直撃を受けて、三体のヒトガタがシオンの真上に吹き飛ばされる。それは同時に一つの結果を齎した。
シオンの背後、上空から襲い掛からんとしたヒトガタに吹き飛んだヒトガタがぶつかったのだ。ちょうど三体ずつ、合わせて六体。
「セレクト・ウィズダム」
【トランスファー】
ウィズダムに変換すると、同時にシオンは突撃槍と化したイクスを振り向きざまに突き出す! イクス・ウィズダムは内部から展開した。
「剣牙・裂!」
−裂!−
叫び、同時に展開したイクスの先端がロケット噴射よろしく、内部の魔力を開放し、宙に留まる六体のヒトガタを一気に串刺す――シオンは止まらない。
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
【フル・ドライブ!】
−破!−
魔力開放。イクス内部の魔力が勢いよく放出された。いっそ、砲撃と見間違う一撃に、貫かれていたヒトガタ達は内側から弾ける。
−爆!−
爆発の如く内部から弾けるヒトガタ達は、即座に塵と化した。
――ヒトガタ六体、ガジェットもどき三体!
合わせて九体。それを確認しながらシオンは空いた左手を背後に振るう。
「セレクト・カリバー」
【トランスファー】
カリバーに変換。右の突撃槍は短槍となり、しかし展開したまま。左手には片刃の長剣が握られ。
−閃−
”背後”のヒトガタ2体を腰から両断する。だが、ヒトガタがにぃっと笑うのをシオンは確かに見た。
すかさずヒトガタは両の手を広げる。シオンに五指を向け。
「っ! ちぃっ!」
−閃−
伸びた、”指が”! 五本の指が余すことなく伸びたのである。二体だから合わせて二十の指が。
シオンは無理な体勢になる事を承知で身体を捻る。そこを指が通過、薄皮一枚を指が裂いていく事をシオンは自覚する。指は一つ足りともシオンに刺さる事は無かった――だが。
シオンに指を伸ばしたヒトガタの更に後ろから三体のヒトガタが現れる。空中に飛び、その指を伸ばさんとシオンに向けて来た。
シオンは動こうとして、通り過ぎた指が自分の身体を固定している事を知った。動けない。ついに指がシオンへと放たれようとして。
「……間に合った、な」
シオンはそう言って笑った。直後。
「クロス・ファイア――! シュ――トっ!」
−弾!−
オレンジ色の十五の光弾が、シオンを攻撃せんとしたヒトガタと、指を伸ばしていたヒトガタに纏めて叩き込まれる。
響く悲鳴、同時にシオンの拘束が緩んだ。即座にシオンは一気に上空に舞い上がり、拘束から抜け出る。それを見たヒトガタが許さじとシオンを見上げ。
「ディバイン・バスタ――――!!」
−轟−
その背後から更に叩き込まれた蒼の砲撃に飲み込まれた。
ヒトガタは今度は悲鳴すら上げられず、光砲により全身を消し飛ばされる。
しかも、光砲は勢いを減衰せず、その後ろに居たヒトガタ二体とガジェットもどき三体を飲み込んだ。
−撃!−
そのまま破壊を撒き散らしながら突き進む。
――これでヒトガタ七体、ガジェットもどき二体。
先程シオンが潰した奴らと合わせて、十八体。しかも、ヒトガタはこれで全部消えた。
後は頭上を飛び交うガジェットもどきのみだ。シオンは空へと翔けながら、残り十二体のガジェットもどきを視認する。向こうもシオンを確認し、左手のマシンガンをシオンに向けようとして。
【ソニック・ムーブ!】
−閃−
雷の光りが、一直線に走った。それは空間をジグザグに飛び交いながら、ガジェットもどきを三体、すっ飛ばす。
雷光の主は高速機動を止めると、”空中に足場”を展開、空に留まる。
エリオ・モンデアルだ。これがトウヤからのエリオへの宿題、空中への足場の展開であった。
これにより、エリオは空での高速機動が可能となり、今みたいなマネが出来るようになったのである。
空中に止まるエリオに、五体のガジェットもどき右の手を向ける。そこが、パカンと開いた。二つ程のミサイルだ。それらは空中に解き放たれると同時に、尻から火を吹く。一気に走りだした。
合計六のミサイル群が――しかし、エリオは動かない。
動く必要が無いからだ。そう、空中にはもう一人、シオンが居る。
「剣牙・裂・連牙!」
−裂!−
−閃!−
短槍のイクスから先端が発射され、真ん中のガジェットもどきを貫き、そのまま突き進みがてらミサイル群を二つ破壊。さらに長剣のイクスから放たれた剣閃が、左右のガジェットもどきを両断、これまたその勢いを殺さず、ミサイル群を破壊する。直後。
−爆−
ミサイルが爆発。空に火の塊が現出する。それは残り六体のガジェットもどきの足を止めた。
爆発に巻き込まれる事を避けたのだ――そして、それが致命的だった。
「フリードっ!」
「GAaaaaaa!」
声が響く。少女の声が。
六体のガジェットは同時に振り向き、しかし――。
「ブラスト・レイ。ファイアっ!」
――遅かった。ガジェットもどきのさらに上、そこから焔の奔流が放たれたのである。
−轟!−
足を止めてしまったガジェットもどきは纏めて炎の流れに飲み込まれ、寸秒も持たずに爆砕したのだった。
地獄と化したクラナガンに、たった少しだけの静寂が戻った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふぅ……」
ヒトガタ群とガジェットもどきが消えた場所、そこでシオンが空からゆっくりと地面に降り立つ。エリオとキャロもだ。
更にスバル、ティアナが駆けてくる。二人にシオンは片手を上げ――。
「悪い。助かったわ――て、うぉ!?」
「アンタって奴はいっつも、いっつも一人で突っ込んで……!」
――駆け寄って来たティアナに胸倉を掴まれ、引き寄せられた。相当お怒りのようである。
いや、いきなり一人で突っ込んだシオンが悪いのだが。
「悪い。いや、マジに」
「アンタがそう言って今まで反省した事があるか――!」
ついにはガ――っと吠えるティアナを、スバル達がまぁまぁと宥める。それにティアナは嘆息、漸くシオンを離した。
「今度から単独行動は絶対禁止! 分かった!?」
「お、おう……」
ティアナの剣幕に押され、シオンがガクガクと頷く。漸く人ごこちついた。
「に、しても”千”を越える感染者のよくわからんヒトガタに、ガジェットもどき、か」
「……それなんだけど、シオン」
「ん?」
スバルがシオンに呼び掛けて来る。それに?マークを浮かべていると微妙に罰の悪そうな表情となり、スバルは口を言って来た。
「また、増えたみたい。……千体くらい」
「……マジ?」
「残念ながらね」
「……はい」
スバルが告げた嫌すぎる事実を、更にティアナとキャロが肯定する。シオンは頭を抱えた。
「何が、本当に何が起きてんだかな」
「ですね……」
シオンの言葉にエリオも頷く。クラナガン一帯は、まさしく感染者のヒトガタと、ガジェットもどきがうようよする魔窟と化していた。
「地上部隊も総員を動員して何とか持ち堪えてるみたいですけど……」
「対感染者戦に慣れてない部隊じゃあ対応が遅れる、か」
そう。今までシオン達が戦って来た感染者達との戦闘記録はあるものの、未だに感染者との戦いにが稀な地上部隊は慣れていなかったのだ。
必然、その再生能力や、異様な能力に押される事になる。しかも。
「今回の感染者、何かおかしいしな」
「シオン、アレに見覚えとか無い?」
「全っ然」
ハァっとため息を吐いて否定する。確かに感染者が集団発生する場合はある事にはある。
だが、その動きは決して集団戦闘を行うようなものでは無かった。しかし、今回の感染者達は、まるで群体のように動くのだ。”まるで誰かに操られているように”。
「なのは先生達は?」
「なのはさん達、隊長陣は空隊の指揮しながら、空を押さえてくれてるよ。ギン姉達は私達と同じ地上の遊撃」
「……成る程ね」
ミッド地上部隊は対感染者戦闘に慣れてない。ならば必然、慣れている自分達が主力となる訳だ。
「とりあえず、ここら一帯はどうにか出来たな」
「……そうね」
「……うん」
シオンの言葉に頷きながらも一同の表情は暗い。
それは民間人の犠牲者が少なからず出てしまっている事にあった。ここら一帯だけでも数十人単位で犠牲者が出ている。しかもアレである。
最初、スバルやティアナ、キャロは全く動けなくなる程だった(シオンやエリオは、辛うじて耐えた)。
何とか三人が戦線に復帰出来たのは、実はついさっきの事だったのである。
「とにかく動くぞ。どんだけ感染者やらガジェットもどきが居るか知らんけど、これ以上、犠牲者出してたまるか」
「うん!」
「そうね」
「はい」
「頑張ります!」
一同頷く。そして次の場所へと迷いなく向かい始めたた。
――戦場へと。
(後編に続く)
はい、テスタメントです。
いよいよ反逆編本編の始まりとなります。あるようであんまり無い大争乱の幕開けです。
……こっから、長いそらもー長いです(笑)
お、おかしいな? プロットだと三十話くらいで終わる予定だったのに(笑)
そんな訳で、第三十話後編もお楽しみにです。ではではー