魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、テスタメントです。
第二十九話後編をお届けいたします。それと、ちょっと報告が。
少しばかり更新が遅れる事になるかも知れませぬ。
いや、SAODT書いてるのもなんですが、フォレスト更新分の溜めがそろそろ無くなりそうだなと(汗)
なので、ちょっと頻度下がりますが、何卒ご容赦お願いします。
では、第二十九話。どうぞー。


第二十九話「一つの出会い、一つの別れ」(後編)

 

【では、語ろうか。シオンについて、タカトについて、俺が知る、全てを】

 

 イクスの言葉に皆が少し息を飲む。それぞれ席に着いた。

 

【まずはおさらいからいこう。タカトの目的について、だ】

「……そやね。伊織タカトの目的は事象創造魔法である創誕の発動。それを持ってしての2年前への世界のやり直し、や……それで間違い無いん?」

「はい」

 

 イクスの言葉を引き継ぎ、はやてがシオンに確認する。シオンはそれに頷き、過去を一緒に見たスバル、ティアナもまた頷いた。はやてはそのままイクスに向き直る。

 

「そんで、彼が感染者を狩る理由もそこにあるんやな?」

【創誕に関しては俺も情報が全く無いので断言は出来ないが……タカトはそう言っていたのだろう?】

「あ、うん」

 

 イクスに問われ、なのはが頷く。

 確かに、タカトはそう言っていた。もし、世界をやり直す魔法があって、それに相応の意思が必要だとするならば、と。

 

「でも、それなら感染者にこだわる必要って無いんじゃないかな……?」

 

 フェイトから疑問が発っせられた。確かにその通りである。ただ意思が足りないならばそこらの一般人を襲えばいいだけだ。

 

「タカトの右手に融合した666の能力は”略奪”だったね?」

【確かな。ならそこら辺が関係しているとみるべきか?】

「そもそもさ」

 

 シオンが声をあげ、イクスに向き直る。それにイクスはシオンに視線を向けた。

 

「何で、俺は意識を保ってるんだよ。普通に考えたら俺も略奪されてるだろ?」

 

 シオンは自身の胸を親指で突きながら問う。

 そう、シオンは計三回も刻印が刻まれていた。普通なら略奪でその意思を奪うのが普通と言える。その言葉に、イクスが唸る。

 そしてトウヤに視線を巡らせた。トウヤはそれを見て暫く逡巡。しかし、イクスに頷いた。

 

「……何だよ?」

【それに関しては色々事情があるんだが――そうだな、先に言っておこう。お前自身の秘密について】

「俺の?」

【ああ。グノーシスでも封印指定、つまりトップシークレットの情報となる。ここにいる者は決して口外しないで欲しい】

 

 イクスが一同の顔をずらりと見回す。急に大きくなる話しに、一同は息を飲み、しかし、しっかりと頷いた。イクスはそれを確認して頷く。

 

【シオン。今現在、お前には真名支配で封印が施されている】

「……は?」

 

 いきなり告げられた言葉にシオンは目を丸くする。イクスはその反応に構わず続けた。

 

【これはお前が産まれてすぐに施されたものだ。そしてタカトがお前の意思を略奪出来ないのもそれが原因だろう……シオン、お前はな】

 

 少しだけ言葉を止める。そしてシオンの瞳を真っ直ぐに見据え、言葉を紡いだ。

 

【タカトと同類……生まれながらの滅鬼、なんだよ】

 

 そう、イクスはきっぱりと言い放った。

 それにシオンは頭を押さえ、こめかみを指でぐりぐりする。いきなり過ぎる話しで全然ついていけないのだ。

 そんなシオンに苦笑し、トウヤがイクスの言葉を引き継ぐ。

 

「この世界の意思を持つ存在。つまりは生命体だが、これには必ず”霊格”と言うものが存在するのだよ。一種の格付けみたいなものだね」

 

 そう言いながらトウヤは手元にコンソールを展開、データを打ち込む。直後にウィンドウがテーブルの中央に表示された。

 

「大体ではあるが、霊格に比例して意思はその大きさが上がるとされる。まぁ、例外は山ほどあるのだがね。それで霊格の順位はこんなものだ」

 

 表示されたウィンドウにデータが並ぶ。そこには上から。

 

     神

    精霊・龍

     竜

    幻想種

     人

 

 と、書かれていた。

 

「まぁ、これはおおざっぱな分け方だがね。大体はこんな格付けとなっている。さて、我々は当然人だ。故に当然霊格は人になる訳だが――時にこれに例外が発生する。人でありながら人以上の霊格を持って産まれてしまう場合が、ね。その例外がタカトであり、シオン、お前だ」

「……えっと」

【詰まる所、お前は人以上の霊格を持って産まれてしまった、と言うだけの話しだ。数が多い訳では無いが、人以上の霊格を持つ者はいない訳ではない。竜並の霊格の持ち主は当然居るしな。ただ、お前とタカトは例外の中の例外だった】

 

 イクスは宙に浮かび、ウィンドウの前まで移動する。そしてウィンドウのある部分を指差した。

 

【お前とタカトの霊格は此処だ】

「……は?」

 

 もう何度目となるか解らない疑問の声をシオンはあげる。イクスが指差した部分は、順位の最上段だったからだ。

 神の部分にイクスは指を差していた。

 

【お前やタカトは産まれながらに霊格が神と同レベルだったんだ。故に因子――いや、アンラマンユと言い直そう。神クラスの霊格二つをタカトは自身には取り込め無かった訳だな】

 

 一旦感染すると意思自体は因子と融合する。これと同じ現象がシオンの中で生じたのだろう、とイクスは告げる。

 つまりシオンは今、神二つ分の霊格となってしまっている事になる。

 

「でも、何で俺に封印なんて?」

【……封印を決断したのはお前の母。アサギだ】

「母さんが?」

 

 その答えにシオンは目を丸くする。そして、イクスは腕組みをして頷いた。

 

【ああ。霊格が巨大と言う事はそれに比例して、絶大な魔力量を所有する。だが、お前の身体はそれに耐えられなかったんだ。聞いた事は無いか? お前が赤子の頃、身体が弱かった事を】

「あ……」

 

 イクスの言葉にシオンは昔、母に聞いた事を思い出した。曰く、よく熱を出しては病院に行っていたらしい。

 

【そして、封印せねばならない理由はもう一つあった。下手に周りにお前の事が知られると厄介な事になりかねなかったのだ】

「……厄介?」

 

 イクスはああと頷く。そのままテーブルの上へと降り立った。

 

【お前の事が知られるとお前を生体兵器や実験動物扱いする輩が出ないとも限らなかった】

「いや、そんな大袈裟な――」

【前例がある。伊織タカトというな】

 

 その言葉に、今度こそシオンは完全に絶句した。

 タカトは幼少期、まだ感情すらも芽生えていない時期から命を狙われ、揚句の果てに地獄に送られている。シオンがタカトと同類と言うならば、それこそ同様の事が起きたことだろう。

 

【タカトの話しはアサギも聞いていたからな。だから危機感を覚えたのだろう。タカト自身を探しがてら、お前の霊格を封印し、ある程度霊格を落としたんだ】

「そっか……」

 

 イクスの言葉にシオンは黙り込む。あまりに実感が湧かない事だ。

 だが、合点がいく事もあった。各戦技変換を習得したとき、イクスが封印が解けたと言った意味を。つまりあれは自身にかけられた封印だった訳だ。

 

「ああ、こっちも質問ええか? イクス」

【ああ、構わない】

 

 はやてが挙手と共にイクスに声を掛ける。彼も頷き、彼女に向き直った。

 

「シオン君に封印をかけた意味は解ったんやけど……伊織タカトにはなんで封印をかけてないんや?」

【かけてるぞ?】

 

 即答する。は? と一同その答えに唖然とするが、イクスは構わない。続ける。

 

【これも後で話そうと思った事だが、タカトにも封印は施されている。奴の右手の手甲、まるで拘束具のようだろう? あれは真名を織り込んだ封印具でな。あれで普段の霊格を二つ程下げている。あれがなければタカトは霊格が神化してしまい、あたりに災害を撒き散らすからな】

「ええっと、具体的にはどんな?」

 

 冷や汗が一筋頬を流れていく事を自覚しつつ、なのはが問う。それにイクスはフムと頷いた。

 

【うっかり視線を合わすだけで相手を呪ったり、世界が軋みを上げたり。戦闘行動を取るとさらに被害は拡大するな。例えば次元震だとか】

「「「あ」」」

 

 その言葉を聞き、なのは、フェイト、はやてが声をあげる。そして、そのままトウヤへと目を向けた。視線を集めた彼は、フウと嘆息する。

 

「アースラにタカトが攻め込んで来て、私と戦った時に、あいつは封印を解いている。あの時の次元震は、それが原因だね」

 

 あっさりと答えられた。それに一同はハァと溜息を吐く。なんともスケールの大きい話しである。

 

【現状、出力だけならばタカトはその能力の一割も出ていない。これはシオンにも共通する事だがな】

「て、ちょっと待て! なら俺の封印、完全に解けたらタカ兄ぃに……!」

【死ぬぞ】

 

 シオンに皆まで言わせずに、イクスは断言する。あまりにきっぱりと言われ、シオンは呆然とした。

 

【何の為に封印を多重に施したと思っている。お前が死なない為にだぞ?】

「いや、でも――そうだ! ならなんでタカ兄ぃは大丈夫なんだよ?」

 

 一瞬だけ気圧され、しかしシオンは立ち直るとそのまま問い直した。イクスはそれに再び頷く。

 

【タカトにあってお前に足りないものがある。つまり、神化した霊格をほぼ完全に制御しうるだけの莫大な意思力だ】

「っ――」

 

 イクスの言葉にシオンは再び絶句する。しかし、やはりイクスは構わない。

 

【何故あいつが幼少期に自分の霊格に潰されなかったか解るか? あいつは自身の霊格を、力を、ほぼ完全に制御出来ていたからだ。封印は漏れ出す”余波”を押さえるために使っているに過ぎない】

「俺の意思力が弱いって事か……?」

【タカトに比べれば、な】

 

 イクスの答えにシオンは視線を下に落とし、うなだれた。唇を噛む。

 

「「……シオン」」

「大丈夫」

 

 スバル、ティアナから声がかかるが、それにシオンは少しだけ微笑む。顔をあげた。

 

「……もう一つ聞きたい事がある」

【何だ?】

 

 尋ねるイクスに、シオンは頷く。そして口を開いた。

 

「俺の真名についてだ。……イクスやトウヤ兄ぃは知ってんのか?」

【一応は、な】

「ああ、知っているとも」

 

 シオンの問いに二人は頷く。ならばとシオンは続ける。

 

「アンラマンユの真名については?」

【……何?】

 

 ここで初めてイクスが驚きの声をあげる。トウヤもまた目を軽く見開いていた。

 

「……知らないみたいだな」

【どう言う事だ? シオン】

 

 逆にシオンにイクスは問う。シオンはそれに頷いた。

 

「ココロの中で、アンラマンユと対峙して、あいつが消える時、あいつは自分の事をこう言ったんだ。カイン・アンラマンユって。そして俺の事を、アベル・スプタマンユって呼んだんだ」

【…………】

 

 今度はイクスが黙り込んだ。驚きに、目を見張って。

 トウヤはまだ若干冷静だったらしい。フムと頷く。

 

「……カインとアベル。旧約聖書に於ける、アダムとイヴの最初の子供だね?」

「……そうなん?」

 

 はやてが問い直し、トウヤは頷く。そのまま続ける。

 

「そしてアンラマンユとスプタマンユはゾロアスター神話、または拝火教とも呼ばれる神話に於ける二律神だ。前者は悪を、後者は善を表わしていた筈だね? イクス」

【あ、ああ……】

 

 頷く。しかし声には動揺が混ざったままだ。そのまま考え込む。

 

【……七ツの大罪、そして原罪。アヴェンジャーとの符合点があり過ぎる……?】

「イクス?」

【……っ。あ、ああ、済まない】

 

 シオンに声をかけられ、ハッとイクスは我を取り戻した。居住まいを正す。

 

【シオンとアンラマンユの関係性、特に真名に関する事は俺も解らない。……トウヤ、調査を頼めるか?】

「ああ、任されよう」

 

 トウヤが頷く。それを確認してイクスは皆に向き直った。

 

【シオンとタカトに関して、これが俺の知る全てだ。他に何か聞きたい事はあるか?】

「あ、ならいいかな?」

 

 なのはが挙手する。それにイクスは頷く。

 

【ああ、何だ?】

「うん、彼――伊織タカトの事なんだけど。どうして、シオン君に憎まれるような行動を取ったのかな? 記憶まで奪って……」

【ああ、成る程な。それに関してはシオン、既に過去の記憶を取り戻したお前の方が良く解るだろう?】

「まぁ、な」

 

 イクスの言葉に頷く。同時に、シオンは顔を歪めた。

 

「シオン君?」

「……はい。タカ兄ぃは、根本的に馬鹿ってだけの話しなんですよ。馬鹿のお人よしってだけの」

 

 苦笑いを浮かべる。思い出すのはタカトの言葉だ。

 「俺がお前の前を歩く」

 「俺がお前の標になってやる」

 この二つの言葉。

 

「タカ兄ぃは、俺に俺自身を憎ませない為に。……罪悪感に押し潰されないように、あんな行動を取ったんだと思います。……俺はあのままだと確実にアンラマンユに取り込まれてましたから」

「……あ……」

 

 シオンの答えになのはは言葉を失う。

 自身を憎ませる事で、タカトはシオンに生きる力を持たせたのだ――標となったのだ。

 だからシオンはがむしゃらにタカトを追い掛ける事が出来た。自分を失う事が無かったのだ。

 言葉を失うなのはにシオンは苦笑いを浮かべたまま頷く。

 

「多分、ですけどね。俺はタカ兄ぃじゃないですから本当にそうなのかは解らないですけど」

「……そっか」

「はい」

 

 シオンの言葉になのはは頷く。それを確認して、再びイクスは皆を見る、が。他には誰も声を上げなかった。

 

【なら、俺の話しはこれで終わりだ】

「うん。イクス、ありがとうな」

 

 はやてがイクスに労いの言葉をかけ、イクスはそれに頷くと宙に浮き、シオンの肩までいくとそこに腰かけた。

 

「さて、イクスの話しは以上や。これとはまた別の事なんやけど、ロッサ?」

「ああ、はやて」

 

 はやての言葉にロッサが頷く。

 そしてコンソールを操作し、ウィンドウを展開した。そこには彼の管理局での本業、査察官として知り得た情報が表示されていた。

 

「実は感染者対策としてアースラを立ち上げた時からロッサにはある事をお願いしてあったんや」

「ある事?」

「うん。最初の感染者との接触、つまりスバルが襲われた事件なんやけど、色々怪しい部分があったやろ?」

 

 はやてが皆を見遣りながら聞く。

 それに皆頷いた。突如としてオーガ種の感染者が現れたのは、曲がりなりにもミッド地上だ。オーガがいる訳が無い。

 しかも、あの場所には結界が張られてあり、スバルが閉じ込められてさえいたのだ。

 

「あの事件はどう考えても人為的やった。やからロッサに色々調べて貰ってたんよ」

「まぁ、色々深い所まで探らなきゃいけなかったからね。はやてにザフィーラを借りてまで調べたんだけど」

 

 苦笑する。そのままピッとコンソールを指が叩き、データをウィンドウに表示させた。

 

「あの事件、そして感染者を巡る一連の騒動に管理局の人間が関わってる。それは間違い無いね」

「やはり、か……」

 

 クロノが呻くように答える。半ば予想はしていたが、信じたくは無い結論ではあった。ロッサも苦笑する。

 

「見事に情報封鎖されててね。中々苦労したよ」

「ごめんなー、ロッサ」

「いや、これは元々僕の仕事だからね。寧ろ、こちらが謝らなきゃいけないくらいだよ。その上での結論なんだけど、陸は確実に白。これは間違いない」

 

 一同を見遣る。陸、つまりはミッド地上だ。なら残るのは一つしか無い。

 

「海――つまりは本局、か」

 

 クロノが呟く。本局の人間として、信じたくは無い結論だろう。フェイトも目を伏せている。

 

「証拠は何も出てはいないけどね。多分間違い無い」

「そか……」

「ああ、後、気になる点として、物資がどうも、どこかに流出してる」

 

 さらにウィンドウに新たなデータが表示された。

 そこには紛失したり、廃棄扱いとされた物資のデータが並んでいた。

 

「関係があるかどうかは別として、少し気になってね。何せ、状況がスカリエッティの時と同じだ」

『っ――』

 

 ロッサの言葉にシオンやトウヤ、イクスを除く一同に緊張が走る。

 それを見て、シオンが隣のスバルとティアナに問う。

 

「なあなあ? スカリエッティって?」

「あ、ええとね?」

「……後で話してあげるから、今は黙ってなさい」

 

 きっぱりと言うティアナを恨めし気に半眼でシオンは睨むが、ティアナは平然と視線を受け流す。

 そんな三人に一同は笑みを浮かべた。緊張が少し和らいだのだ。

 

「さて、僕からの報告は以上だ。はやて、借りていたザフィーラを返すよ。ザフィーラ、手伝いご苦労様だったね。ありがとう」

「ああ。問題ない」

 

 皆が座るテーブルの後ろで控えていたザフィーラが頷いた。

 

「さて、今日はこんなもんやな。カリム、今日はありがとな」

「ううん。私もいろいろ興味深い話しも聞けたし大丈夫よ」

 

 笑顔でカリムが頷く。

 はやては立ち上がり、そのまま一同に向き直った。

 

「じゃあ、今日はこれで解散や。いつもならこの辺で何か起きたりするんやけどなー」

「はやて、縁起でも無い事言わないの」

「そうだよー」

 

 はやての言葉にフェイトとなのはが笑いながらツッコミを入れる。

 一同少し笑い、場が明るくなった。

 

「……さて、じゃあ僕はこの辺で――」

「いかさへんよ、クロノ君」

「まだまだ言い足りない事が山ほどあるんだ」

「じゃあ、スバル、ティアナ、シオン君は先にアースラに戻っててくれるかな? 私達はもうちょっとクロノ君とお話しがあるから」

 

 にこやかに笑みを浮かべるなのはに、シオン達は即座に頷く。

 まだまだ説教をしたり無いのだろう。クロノがものすっごい助けを求める視線を送ってきていたが、一同は全力で見ないフリをした。

 

「じゃあ私もシオン達と行くかね」

「あ、それならアースラに泊まって行くとええよ? トウヤさんが使ってた部屋、そのままやし」

 

 それはありがたいことだ、とトウヤは頷く。そして、一同は解散した――。

 

 ――クロノをいずこかに連行するなのは達を除いて。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「遅くなっちゃったなぁー」

 

 午後7時。ミッド首都クラナガンを、なのはが一人で歩く。

 聖王教会での話しから既に、2時間程経っていた。

 クロノにお話しを続けていた訳だが、途中でどこから来たのかクロノの母であるリンディ・ハラオウンが加わったのだ。そのままハラオウンプチ家族会議(実質クロノへの説教)が始まり、なのはや、はやてはその場を辞する事にしたのだった。

 どうも三人よりもリンディ一人の方が怖いらしく、クロノは真っ白に燃え尽きていたが。

 そして、はやてもカリムやロッサと話しがあるらしく、なのはと別かれたのだ。

 そして、なのは。折角ミッド地上に下りたこともあり、はやての勧めもあったのでユーノ宅に向かっていた。前日の埋め合わせという意味合いもある。

 何せ、前来た時は感染者が出現したり、スバルが感染者化したりしたので、ほんのちょっとしかヴィヴィオやユーノと会えなかったのだ。もう夜だから一日ゆっくり出来る訳では無いが。

 

「ヴィヴィオとユーノ君驚くかなぁー」

 

 フフとなのはが笑う。実は今回、サプライズと言う事もあり、ユーノには何も連絡を入れていない。

 二人がどんな風に驚くのかちょっとだけ楽しみであった。

 そんな風に考えながら歩いている内に、閑静な住宅街に着く。ユーノ宅がある街であった。そのまま進む。

 そして、ユーノ宅の門の前に着いた。なのはは腕時計を確認する現在午後7時半。

 

「よ〜〜し」

 

 門の呼び鈴を鳴らす。暫くしてインターフォンから声が出た。

 

《もしもし?》

 

 ……ん?

 

 その声に、なのはは疑問符を浮かべる。ヴィヴィオでもユーノの声でも無かった――しかし。

 

 どこかで聞いた事あるような……?

 

 その声に聞き覚えがあり、なのはは首を傾げた。

 

《もしもし?》

「あ、すみません。ユーノ君の友人でヴィヴィオの母なんですけど……」

《ああ、噂はかねがね。今、開けるので玄関まで来ていただいて大丈夫です》

「は〜〜い」

 

 インターフォンが切れる。同時に門が開錠された。

 なのはは、そのまま門を抜け、玄関へと向かう。直後、ガチャリと扉が開いた。

 

「いらっしゃ――……い?」

「え……?」

 

 玄関から現れた人物は、なのはの顔を見るなり目を見開き呆然とする。なのはもまた、その人物を見て唖然としてしまった。

 その人物はなのはも知る人物であり、今日の聖王教会での話しにも出ていた人物であった。

 短い黒髪であり、その瞳もまた黒、切れ長の目である――その割には、やたらと眠そうな印象を受けた。

 身長も高く、なのはより頭一つ半くらい高いだろうか。いつも着ている黒のバリア・ジャケットでは無く私服、黒のシャツに、ジーパンという軽装である。

 しかし、そこに、間違ってもユーノ宅にいる筈の無い人物でもあった。

 

 自分達と敵対し。

 自分達と戦った人。

 自分を嫌いだと真っ正面から否定した人。

 

「伊織……タカ、ト?」

「高町……なのは……?」

 

 二人は玄関先で互いに呆然と名前を呼び合い、そのまま硬直した。

 

「タカト、どうしたのさ? ……あれ? なのは?」

「タカト〜〜? なのはママ〜〜?」

 

 数秒後に、ユーノとヴィヴィオが奥から出て来る。そして、呆然とする二人を見て声をかける――が、二人は互いに見合ったまま硬直し続けたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ユーノ宅、食卓。そこで、なのはは再び呆然と目の前の光景を見ていた。

 そこにとても信じられない光景があったから。

 キッチンに立つエプロンをつけたタカトの背中である。

 タカトは機敏にキッチンを動く。

 美味そうな香りが漂い、食欲をそそる――しかし。

 

「……すごい意外だな〜〜」

「なのはママ?」

「あ、ごめんね、ヴィヴィオ。何かな?」

 

 どうも呟きが聞こえたらしい。ヴィヴィオがなのはを見上げ、疑問符を浮かべる。なのはは慌てて向き直った。

 

「タカトとおしりあい?」

「えっと、その、うん……」

「へー、意外だね。タカトも知ってたなら教えてくれたらいいのに」

「……俺もお前達が知り合いとは――ましてやヴィヴィオの母とは思わなかったものでな」

 

 タカトの言葉になのはも乾いた笑いを浮かべる。

 それはそうだろう。自分達が会った場は必ず戦場。しかも大半は敵同士として、だ。知っているほうが問題であった。

 

「えっとね、ユーノ君。この間言ってた新しい居候って……?」

「うん、彼の事だよ」

 

 やっぱり。

 

 その答えを半ば予想していたとはいえ、なのはは少し頭を抱える。何の因果で彼がユーノ宅の居候になったというのか。

 

「ほい、おまっとさん」

 

 ドンっと大皿が食卓の中央に置かれる。その上にはまるで、巨大なパンケーキのような物が乗せられていた。

 

「……今日もまた、変わった物が来たね」

「えっと、この今川焼きの親玉みたいな物、なにかな?」

「何の変哲もないスパニッシュ・オムレツだが?」

 

 そう言われても、なのはに分かる筈も無い。

 タカトは分厚いオムレツにナイフを入れると扇状に切り分けた。断面には薄切りのジャガイモと玉葱がきれいな層になっている。湯気とともに広がるオリーブオイルの香りが鼻腔をくすぐった。

 更にタカトは各小皿を人数分並べていく。他にはシーフード・リゾットと冷たいミネストローネススープが並んだ。

 

「ちなみに今日のは何処の料理?」

「イタリア風だな」

「わぁ〜〜♪」

「……」

 

 目を輝かせるヴィヴィオ。なのはも食卓に乗る料理を見て呆然とする。

 ちなみにユーノ家の住人はタカトにどんな料理を出されても基本的に文句一つ言わずに食べる。

 日替わりで様々(一日足りとも同じ料理は出ない)な料理が出てくるのだが、チャレンジ精神が旺盛なのか、はたまた食生活には無頓着というべきなのか――美味いので文句が一切出ないとも言えるが。

 

「さて、それでは」

「「いただきま〜〜す」」

「……い、いただきます」

 

 ユーノ、ヴィヴィオが元気よく、なのはがおずおずと手を合わせた。

 タカトはオムレツに手製のトマトソースをかけると、それぞれオムレツを小皿に取り分けた。それを各人ナイフとフォークで口に運ぶ。

 

「どうだ?」

「うん、美味しいよ」

「タカトのりょうり、おいしいからすき〜〜♪」

「……美味しい……」

 

 ユーノ、ヴィヴィオがそれぞれ感想を述べる。なのはは口に広がる豊潤な味に感動を覚えつつ、ショックを受けていた。

 女の子としてのプライドやら何やらが音を立てて崩れたのだ。いや、本当に美味しいのだが。

 ちらりとタカトを見ると、嬉しそうに微笑んでいた。一同の反応が嬉しいのだろう。

 そして自分も食べ始めると、フムフムと頷き、同時、なのはへと視線を向ける。ちょうど、視線が合った。

 

「どうだ? 味の方は?」

「え? あ、うん……美味しいよ、凄く」

「そうか」

 

 満足気にタカトは頷く。

 その顔に、なのはは少しだけ呆然となる。初めて見る穏やかな笑顔に、少しだけ見惚れてしまったのだ。

 

「ユーノ」

「うん? どうしたの?」

 

 いきなりタカトがユーノに声をかける。それに、ユーノは顔を上げた。

 

「後で、彼女と一緒に大事な話しがある。時間取れるか?」

「大丈夫だけど。どうしたの?」

 

 タカトの言葉にユーノが疑問符を浮かべる。それにタカトはただ笑う。少しだけ、寂しそうに笑った。

 

「あの……!」

「高町」

 

 思わず声をあげそうになるなのはに、しかしタカトは首を振る。

 何も言うなと、その顔は語っていた。

 

「……? どうしたの? 二人共?」

「後で話す」

 

 ユーノにタカトはそれだけを言う。

 なのははそんなタカトに何も言えなくなった。何も言えないままにオムレツを口に入れる。

 美味しい、タカト手製のオムレツを。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さて……」

 

 夕食が終わり、一時間程立つ。既にヴィヴィオは就寝していた。

 そして、リビングに、ユーノ、なのは、タカトは集まっていた。それぞれソファーに腰かける。

 

「で、タカト、話しって何?」

「ああ、ユーノ。単刀直入に言おう。俺の素性についてだ」

「……え?」

 

 タカトの言葉にユーノは目を見開く。今までそれとなく聞いた事だが、タカトは頑として話さなかった事だ。

 ユーノの隣に座るなのはが居心地悪そうに身を縮める。

 

「ユーノ、俺はな。第一級の次元犯罪者だ」

「……え……?」

「666と呼ばれる、な」

 

 タカトの言葉にユーノは目を見開いて呆然とする。

 ――666。

 クロノを半殺しにし、アリサを意識不明とした犯罪者の名前だ。

 そして、なのはの、いやアースラの敵でもある存在の名前でもあった。

 

「い、いやだなー、タカト。悪い冗談はやめてよ」

「冗談じゃ無い。本当だ」

「そんな、ねぇ、なのは……?」

「……ユーノ君、ゴメンね」

 

 ユーノはなのはに問う、が。その返答は期待を裏切るものだった。それにユーノは硬直する。

 

「すまない、ユーノ」

「じゃあ、本当に?」

「ああ」

 

 タカトの最後の返答。それにユーノはがくりと肩を落とした。顔を伏せる。

 

「……ユーノ」

「なんで、だい……?」

 

 疑問の声をユーノはあげる。タカトはそれを聞いて目を伏せた。

 

「ここに来たのは偶然だ……意図しての事じゃない」

「そうじゃないよ……!」

 

 顔をあげる。声が荒げた。ユーノは真っ直ぐにタカトを見据える。

 

「僕が言いたいのはそうじゃ無い……! なんで君がそんな事をしたのかを聞いてるんだ!」

「必要だからだ」

 

 タカトもまた逃げない。真っ直ぐにユーノを見据える。

 

「俺の目的に、必要だからやった」

「そんな……」

 

 タカトの言葉にユーノが悲痛の声をあげる。タカトはぐっと息を飲んだ。だけど、視線は逸らさない。ユーノもまた視線を逸らさなかった。

 

「自首しなよ……! 今ならまだ何とかなる! 管理局はキチンとした理由があるならちゃんと話しを聞く! ……僕も、僕も手伝うから!」

「駄目だ」

「何で!?」

 

 ついにユーノは立ち上がる。手を振り、叫んでいた。

 だが、タカトは立ち上がらない。そのままユーノを見続ける。

 

「俺には、俺の目的がある。成さなければならない事がある」

「でも……!」

「ユーノ」

 

 叫ぶユーノにタカトはただ首を振り、名前を呼ぶ。

 それにユーノは顔を歪めた。気付いたからだ。タカトは自分の言葉では止まらない事が。

 

「済まない、俺は、これしか言えない」

「タカ、ト」

「せめて今晩中に此処を出る。……ヴィヴィオには上手く言っておいてくれ」

 

 そこまで言うとタカトは立ち上がった。変わりに、ユーノがソファーに沈む。

 

「……僕は、君に何も出来ないのか……? 君を……友達を……」

「そんな事は無い」

 

 一人ごちるユーノに、タカトは首を振る。そして言葉を紡いだ。

 

「お前のおかげで、お前とヴィヴィオのおかげで、俺は随分救われた。忘れてたモノを取り戻せた」

「タカト……」

「ユーノ、ありがとう」

 

 そうユーノに言うと、タカトはリビングを出た。そして、ユーノ宅の宛がわれていた部屋に戻る。

 どちらにせよ部屋にあるのは必要最低限の荷物だけだ。ぱっぱと荷物を纏めると、部屋を出る。

 そのまま玄関へと向かう――と、途中でなのはが立っていた。

 真っ直ぐにタカトを見続ける。しかし、タカトは彼女には視線を合わせない。横を抜ける。

 玄関に着くと、靴、黒のスニーカーに足を通した。

 

「タカト……」

 

 直後に声がかかる。ユーノだ。リビングから出て来たのだろう、タカトを見続ける。

 

「君の事を、僕はまだ友達だって思ってる」

「俺もだ」

 

 靴を履き終わるとくるりとタカトは振り向く。ユーノに微笑んだ。

 

「ではな」

 

 別れを告げ、扉を開く。そして、タカトはユーノ宅から出ていった。

 パタンと扉が閉まる――それを最後まで見る。そして。

 

「……いってらっしゃい。君が帰って来るのを、僕は待ってるから」

 

 そう呟いて、ユーノは、なのはに向き直った。

 

「タカトを追うんだろ?」

「……でも」

 

 なのははユーノの言葉に戸惑う。しかし、ユーノは首を振った。

 

「……僕は大丈夫。だからなのは、タカトを追って」

「でも……」

「なのは」

 

 迷うなのはをユーノは真っ直ぐに見詰めた。口を開く。

 

「お願い、タカトを追って」

 

 その言葉に、なのははぐっと息を飲む。そしてコクリと頷くと靴を履き、玄関から出た。

 

「タカト……」

 

 ユーノはそう呟き、うなだれる。

 玄関のたたきの上に数滴、涙が落ちた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 なのははユーノ宅から出るなり、走り始めた。

 既にタカトの姿は無い、どこに居るのかわからない。

 それでも走る。走って、走って、走って、走って――。

 

 ――そして。

 

「見つ、けた……!」

 

 息を荒げながら前を見る。そこにはテクテクとただ歩くタカトが居た。

 気付いていないのか、なのはに目もくれない。

 とにかく近付こうとなのはは駆け寄る。角を曲がり、タカトまで残り数m――。

 

「――何をしに来た」

「っ!」

 

 突如として声がタカトから放たれた。タカトは一度も振り向いていないのにも関わらず、だ。

 なのはは一瞬だけ息を飲み、しかし、ぐっとタカトを見据えた。

 

「あなたと、キチンとお話し、したくて」

「俺はお前と話したく無い」

 

 取り付く島も無い。堅く自分を拒絶するタカトに、なのははくっと目を伏せる。

 タカトは構わない、振り向きもしない。

 

「……ゴメン、ね」

 

 なのははいきなり謝った。それに、タカトの歩みが止まる。しかし振り向く事はしない。

 

「何故、君が謝る?」

「だって、私が来たせいで――」

「関係ない。遅かれ早かれ、こうなるのは必然だった」

 

 きっぱりとタカトは言い放つ。

 それは言外に君は悪く無いと言っているも同然であった。

 そんなタカトになのははぐっと唇を噛む。そのまま、彼の背中を見据えた。

 

「あなたはいつもそうなの?」

「……何の事だ」

「シオン君の、ユーノ君の事だよ。いつもあなたは自分を犠牲にしてる」

 

 なのはの言葉が響く。タカトはしかし、振り向かない。

 

「あなたは、自分を大切にしようって思わないの? あなたは――」

「黙れ」

 

 タカトは最後までその言葉を言わせなかった。なのはの言葉を容赦無く切り捨てる。

 

「言った筈だ。俺は幸せとやらが理解出来ないと。そんな俺が何かを、ましてや自分を大切にしようなぞ、考えるとでも?」

「私も言ったよ。あなたは幸せをキチンと理解出来るって。それにあなたはちゃんと大切にしてる。シオン君を、ユーノ君や、ヴィヴィオだって……」

「シオンに話しでも聞いたか?」

 

 いきなりの問い。それになのはは言葉を失い、しかしコクリと頷く。

 背を向けているタカトは、それが見えている訳でも無いだろうに、笑い声をあげた。

 

「君は何を勘違いしている? ……俺はただ、俺のエゴの為に動いているに過ぎん。創誕を成すと言う目的の為にな」

「それだって、シオン君の為に……!」

「違うな。俺は俺の為に創誕を成す。その結果がどうあれ、な」

 

 タカトはなのはに全く取り合わない。だが、なのははタカトの言葉に首を振る。

 

「違う……違うよ、そんなの、ただの言い訳だよ」

 

 そのままタカトに歩み寄る。その背中を、ただ見つめた。

 

「あなたは……タカト”君”は、ただ逃げてるだけだよ」

 

 その言葉に、タカトは漸く振り向いた。いつか見た、感情の無い瞳で自分を見据える――彼はゆっくりと口を開いた。

 

「やはり、俺はお前が嫌いだ」

「タカト君……」

「勝手に下の名前で、君呼ばわりするな」

 

 再度の否定、それになのはは顔を歪める、悲痛に。

 それにタカトはぐっと眉根を寄せた。瞳に感情が戻る。

 

「俺は君が解らない」

「タカト君……?」

「名前で呼ぶなと言っている。……まったく、何度も言うが敵だぞ、俺は? 何で君はそんなにも馴れ馴れしいんだ」

 

 ハァっとため息を吐く。

 悲痛な顔のなのはを見ていられなくなったのだろう。タカトは素に戻っていた。

 そんなタカトに、なのはは少しだけ微笑む。

 

「あなたが、気になるから」

「そう言った事を男に言うのは止すんだな。勘違いされるぞ」

 

 タカトの言葉になのはは?と疑問符を浮かべる。それに、タカトは再度嘆息した。

 

「……結局の所、君は俺に何を望むんだ?」

「え?」

「『え?』じゃない。俺としては今現在、全力で君に下の名前で呼ぶ事と君付けを止めて欲しい。変わりに君は何を望むかと聞いているんだ。……余程無理じゃない願いなら聞いてやる」

「私が君に……?」

 

 呆然と、なのははタカトの言葉を繰り返す。思ってもいなかった事態だからだ。

 なのははしばし悩み、そして答えを出した。

 

「名前を呼んで?」

「……何だと?」

「あなたに私の名前を呼んで欲しいの」

「いや、さっきから高町と呼んでるだろう」

「ちゃんと、下の名前で呼んで?」

 

 はっきりと、なのはは言う。それにタカトはうっと唸った。しばし考え込み、本日3度目のため息を吐く。

 

「……解った。なのは、これでいいか?」

「うん、タカト君」

「おい」

 

 名前で呼んだにも関わらず下の名前で君呼びするなのはを、タカトは睨みつける。だが、なのはは微笑むだけ。

 

「私、一度も止めるなんて言ってないよ」

「……そう言うのを詐欺士の論理と言うんだ、悪女め」

 

 唸り、再度の嘆息を吐く。そして、タカトはなのはに背を向けた。

 

「あ……」

「止めるなよ? ……まぁもっとも、君個人では俺には勝てんがな」

 

 フッと笑うとタカトはそのまま歩き出した。それを、なのは見つめ――。

 

「なら、賭ける……?」

 

 そんな事を言い出した。

 タカトはその台詞に、顔だけをなのはに向ける。

 

「君は何を言っている?」

「勝負しようよ、タカト君。負けた方は必ず相手の言う事をなんでも聞くの」

 

 疑問符を浮かべるタカトに、なのはは構わない。真っ直ぐにタカトを見据える。

 

「受ける義務は無いな。俺にメリットが無い」

「……あるよ。私、とか」

「興味のカケラも無いな」

 

 あっさりと言うタカトに、なのはがムッとなる。思わず怒鳴ろうとして。

 

「だが、君に下の名前と君付け呼ばわりを無くさすにはそれが一番手っ取り早い、か」

「え……?」

「何を意外そうな顔をしている。受けてやると言ったんだ」

 

 タカトの返事に、しばしなのはは呆然とする。まさかすんなり受けるとは思わなかったからだ。

 

「どうした。やはり取り消すか?」

「う、ううん! やろう! なら今から――」

「今からここでやろうなんて馬鹿な事は言うな。近所迷惑にも程がある」

 

 既に夜中だ。確かに相当な迷惑となるだろう。うっと怯むなのはに、タカトは嘆息する。

 

「どうせ、この先も敵同士として戦場で会う事もあるんだ。その時にでも戦えばいい。いちいち焦るな」

「あ、うん」

 

 頷くなのはを確認すると、再びタカトは歩き出した。今度こそは止まるつもりは無いのだろう。迷い無く歩いて行く。そして。

 

「では、またな。なのは」

 

 そう言って夜の闇に消えた。なのははしばし呆然として。

 

「うん――うん! またね、タカト君!」

 

 満面の笑みを浮かべて頷いたのであった――。

 

 

(第三十話に続く)

 

 




次回予告
「ユーノ宅からタカトが出ていった、一人抜けた家は寂しくて」
「しかし、時間はそれを許さない」
「ミッドに現れる大量の感染者と、新型のガジェット!」
「そして、彼等はついに表舞台に立つ――」
「次回、第三十話『反逆せしもの』」
「ツァラ・トウ・ストラはミッドの空を席巻する」

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