魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「聖域で真実を知って、伊織タカト――彼の想いを知って。だけど、それを知っても、彼を止める事は出来なくて。何故、彼は全てを捨ててすら、それを成そうとしたのか、それが理解出来なくて。彼自身を知った時、私は――魔法少女 リリカルなのは StS,EX、始まります」


第二十九話「一つの出会い、一つの別れ」(前編)

 

 聖域での戦い、シオンが感染者化した戦いから一日経つ。アースラは時空管理局本局に戻っていた。そして、シオンはある場所に居た。

 本局の一室、医療部の検査室だ。

 まるでカプセルを思わせる寝台に上半身裸で横たわり、目を閉じている。そのシオンがいる部屋を二階の窓から見ている女性達が居た。

 八神はやて。フェイト・T・ハラオウン。高町なのは。そして、技術部のマリーことマリエル・アテンザである。

 マリーがコンソールを操作し、ウィンドウと睨めっこする。そして、ウィンドウを閉じ、眼鏡を外してフゥと息をついた。

 

「マリーさん、お疲れ様です」

「あー、うん。なのはちゃんありがとう〜〜」

 

 なのはが差し出すカップに入ったコーヒーを受け取り、ちびりちびりと飲む。半分程飲むとカップを机の上に置いた。

 

「それでマリーさん、シオンの検査結果は……」

 

 機を見計らってフェイトが尋ねる。それにマリーは少しだけうん〜〜と、唸った。

 

「……検査結果、芳しく無かったんですか?」

「あ、いや、そうじゃないの。検査結果は問題なし」

「そうなんですか?」

「うん。ただ……」

 

 マリーが言い淀む。眼鏡を再びかけた。

 

「この子、本当に人間?」

「え? に、人間かって……?」

 

 マリーから告げられた疑問に戸惑うなのは。フェイトもはやても同様に目を白黒させている。

 三人の反応にマリーは頷き、コンソールを操作。ウィンドウを展開する。

 そこにはシオンの身体データがこと細かに記されていた。

 

「彼を精密検査する為に身体データを細かく取って見たんだけど……もう、メチャクチャなの」

「それって、シオン君が感染者だったのと?」

「ううん、それとはまた別」

 

 なのはの言葉にマリーは首を振る。さらにコンソールを叩き、ウィンドウにデータが表示された。

 

「呼吸数、心拍数、すべてのバイタルがメチャクチャなの。低いの、異様に。結論から先に言っちゃうと、こんな数値を出すくせに動けたり――まして戦闘なんて出来る人は、人類とは言えないの。……少なくとも私が学んだ医学じゃあ」

「は、はぁ……?」

 

 一気にまくし立てられる。しかし、なのはとしてもマリーが言わんとしている事が今いち分からなかった。

 だが、彼女は知らない。自分の家族である、父、高町士郎や、兄、高町恭也がシオンと同じような身体データをしている事を。マリーはそのまま続ける。

 

「この子、いつもどんな事やってるの?」

「と、言うと?」

「特殊な訓練とか、何かおかしな武術とか」

「あ……そう言えばシオン君、とんでもない修練やっとったな」

「修練? はやてちゃん、よかったら詳しく教えて?」

 

 はやては頷くと、いつか見たシオンの異様過ぎる修練を説明する。

 今の今までシオンの修練を知らなかったなのはやフェイトも説明を聞いて顔を引き攣らせた。

 ”あの”修練である。聞いた方は絶句して然りと言えた。

 しかし、マリーは至ってフムフムと頷くだけである。

 はやての説明を聞き終えると、マリーは少しだけ考え込み、再びウィンドウに目を向けた。

 

「う〜〜ん、だとしたらやっぱり」

「あの、マリーさん?」

「あ、ごめんごめん。つまりね? 呼吸法なんだと思う」

「「「……?」」」

 

 マリーの指摘になのは達は首を傾げる。彼女はチャッと眼鏡の位置を直した。

 だが、それにより部屋の光りを眼鏡が反射して、やけにマッドぽく見えてしまう――が、あえて三人はそれを指摘する事をやめた。

 

「人間の体なんて、所詮は蛋白質分子機械の集合体なの。新陳代謝と言う一種の化学反応と、ホルモンて言う名前のドラッグで動いてる。だから呼吸数や心拍数がメチャクチャでもエネルギー総量が同じなら死ぬことなんて無いの。極論だけどね」

「「「……は、はぁ……?」」」

 

 マリーが再びまくし立てるが、先程と同じくなのは達は疑問符を頭上に躍らせるだけだ。ぶっちゃけ分からない。

 だがマリーは構わずウィンドウに、そしてシオンに視線を向け、フフフと笑う。

 

「興味深いな〜〜。ある意味、用い方が近代的だし。詳しく調べれば――」

「あの〜〜」

 

 なのはが声をかけるが既に遠い世界にイってしまったマリーには声が届かない。

 三人は顔を見合わせると盛大に溜息を吐いた。

 

「……とりあえずシオン君は心配いらんって事やな」

「うん、多分」

「にゃははは……」

 

 笑い声にまで力が無い。再び深い溜息を吐くと、そのままマリーの脇を抜け、コンソールを操作する。

 

「シオン君、お疲れ様。もういいよ」

《やっとですか……》

 

 パチリと下でシオンが目を見開く。そのまま寝台を下りた。

 

「うん、お疲れ様。また後で呼ぶ事になるけど」

《はい、大丈夫です》

 

 頷くとテキパキと上着を着ていく。

 ちなみにシオンは嘱託魔導師である為、基本管理局の制服を持たない。だが私服で艦内や本局をうろちょろとさせていられないので、武装隊の上着をはやてが貸与していた。

 黒の武装隊上着である。それを着終わると、そのまま部屋を出ていった。

 

「……さて、この後はカリムん所で、やな」

「イクスから話しがあるんだよね?」

「うん。……シオン君について色々聞かなきゃいけない、ね」

 

 三人は互いの顔を見遣り頷く――ちなみにイクスも現在検査の真っ最中であったりもする。何せ、イレギュラーなユニゾンであったのだ。念には念を押すのに越した事は無い――閑話休題。

 ともあれ昨日、各員からの報告を受けた後で、いきなりイクスから話したい事があると提案されたのである。なのは達としても聞きたい事、聞かねばならない事が山積みだったので、渡りに舟であった。

 

「うん。それじゃあ、準備しよかー」

「そうだね」

「うん」

 

 はやての言葉に頷くなのはとフェイト。そして、ちらりと三人はマリーに目を向ける。だが、マリーは未だにブツブツと何かを呟いていた。

 そんな彼女に三人は声をかける事の無意味さを悟り、そのまま部屋から出る。

 一応礼儀として扉から出る直前に頭は下げた。しかし……。

 

「……むしろ身体的能力のピークラインは常人より……」

 

 それをマリーが視認出来たかどうかは謎であった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 検査が終わり、シオンは本局内を歩く。目指すのは本局のピロティ(休憩所)である。

 少し検査に時間がかかった事もあり、喉が渇いていたのだ。てくてくと歩きつつ、シオンは思いを馳せる。つい、昨日の事に。

 

 ……色々あったよな。

 

 おっちゃんことアルセイオとの邂逅、そして戦い。

 聖域に落ちて、風邪でぶっ倒れて。

 真実を知って、感染者化して。

 知った事、知らなきゃいけなかった事、本当に色々あった――そして。

 

 タカ兄ぃ……。

 

 異母兄の事を。

 その目的を、そして何故あんな事をしたのかを知った。

 ただ一人で、世界に喧嘩を売った異母兄の事を。

 

 ……止める、か。

 

 出来るか? それを、それだけをシオンは思う。

 実力が離れているとかそんな事では無い。シオン自身。タカトに負い目を感じているのだ――止めていいのか、迷っているのだ。

 自分達を取り戻す。そんな、優しいエゴの為に全てを無くして、全てを手放した、異母兄の事を。

 

「シオン〜〜〜〜」

「ん?」

 

 呼ばれる声にシオンは顔をあげる。考え事をしている間にピロティに着いていたらしい。そして、先客に声をかけられたのだ。

 シオンを呼んだのはスバルであった。ティアナも横に居て、エリオやキャロ、そして管制官兼ヘリパイロットのアルトもそこに居た。

 

「シオン、検査終わったの?」

「まぁな」

「そっか、結果は?」

「問題ナシ。……ま、あったらあったで問題だけどな」

「そりゃあ、ね」

 

 シオンの返答にティアナが苦笑する。そのままシオンは自販機の前に移動し、ドリンクを選ぶ。

 

「おしるこドリンク、おしるこドリンク、と」

「あんた、それ甘すぎない?」

「そっか?」

「そうよ。スバル、どう思う?」

「うーん、私は気分次第かな?」

「あ、私、大丈夫です」

「あー、流石に僕はちょっと」

「アルトさんは?」

「私もスバルと同じかな……?」

 

 ボタンを押し、カップが下に落ちる。おしるこドリンクがカップに入る間にシオンはティアナに振り返った。

 

「ほうれ見ろ。結構好評じゃんか」

「なんっか、納得いかない」

 

 憮然とするティアナにはっはっはとシオンは笑う。

 おしるこドリンクが入り終わったカップを取り出すと、皆が座るテーブルについた。

 

「はぁー、甘くて上手い」

「でも意外だね? シオン、甘いの結構大丈夫なんだ?」

 

 ほのぼのとおしるこドリンクを飲むシオンに、スバルが意外だと聞いてくる。それに、シオンは、あーと苦笑した。

 

「なんっつうかだな。ぶっちゃけると、タカ兄ぃの影響だよ」

「あ、ごめん……」

「謝る事じゃねぇよ」

 

 即座に謝って来たスバルに、シオンは苦笑を強めて、そして続けた。

 

「あの人、ああ見えて家事好きでな? 特に料理やら菓子作りが大好きなんだよ」

『『……ゑ?』』

 

 シオンの言葉に一同目を見開く。何と言うか、あまりにも意外過ぎる答えであるからだ。皆の反応にシオンは苦笑しながら続ける。

 

「もう食事時とか、3時のおやつ時とかタカ兄ぃのオン・ステージだったぞ? ……よく、みもりやカスミやらがタカ兄ぃ謹製のおやつ食べてはショックに膝を着いてたっけな」

 

 懐かしそうにシオンは昔に思いを馳せる。母、アサギでさえも屈服させ、数々の料理やら菓子作り対決を制したタカトを。

 特にグノーシス時代の同僚、黒鋼ヤイバとの菓子対決は歓声と悲鳴を上げさせた程だ。

 ……主に歓声はそのお味に、後者は翌日の体重計に乗ったグノーシス女性陣の悲鳴と言われる――いや、実際シオンはルシアとアサギ、お隣りさんのみもりの悲鳴を聞いているのだが。

 

「「じ〜〜〜〜」」

「ん? どしたよ、お前等?」

 

 ふと気付くとスバルとティアナがじーとシオンを見ていた。

 二人は全く同じタイミングで口を開く。

 

「「その二人、誰?」」

「へ? あ、ああ、みもりとカスミな。幼なじみ、だけど?」

 

 やたらとプレッシャーを感じてシオンはのけ反りながら答える。

 二人は『幼なじみ、ねぇ』だとか、『シオンだしなー』とか、呟いていた。

 いきなり非っ常に居心地が悪くなってしまいシオンの頬に汗が一筋流れる。

 

「……何なんだ」

「「別に」」

 

 二人はプイと顔を背ける。そんな二人に、こんな所まで息が合わなくてもいいだろうよ、とシオンは嘆息した。

 

「ま、まぁ、そういう理由でだな。甘いの、結構好きなんだよ。俺」

「へー、そうなんだ」

「そんなに美味しいなら一度食べてみたいね、エリオ君」

「うん、そうだね」

「……そうだな」

 

 一度、食べてみたい。キャロの言葉にシオンは苦笑する――苦笑しながら必死に隠した。

 もう一度、食べたい。そう思ってしまったから。

 迷いが深くなる。それを自覚した。

 

「……シオン」

「ん? どした?」

 

 先程から顔を背けていたスバルから声が来た。それにシオンは視線を向けて、同時に驚いた。

 スバルはシオンの顔を心配そうに見ていたから。気付けばティアナも同様の顔を自分に向けている。

 

「どうしたんだ? 二人共」

「うん、えっと、その、シオン……」

 

 シオンの言葉を受けて、スバルがあたふたとする。どうにも上手く言葉に出来ないらしい。

 そんなスバルにティアナがハァっと嘆息。そのままシオンをきろりと睨んだ。

 

「あんた、また何抱えこんでんのよ」

「……何の事だ?」

 

 ティアナの言葉にギクリとなる。しかし、必死に抑え込んだ。何の事か分からないと言いごまかす……だが。

 

「シオン、……あの時みたいな顔になってるよ……?」

「――」

 

 スバルの言葉に目を見開き、シオンは絶句した。ティアナは相変わらずの視線のままだ。

 エリオやキャロ、アルトは何の事か分からない事もあり不思議そうな顔のままだが。

 シオンはそんな二人に敵わないと思い、苦笑した。

 

「……俺、そんなに顔に出やすいか?」

「さぁ、ね」

 

 ティアナが曖昧に答える。スバルは珍しく苦笑していた。シオンもやれやれと息を一つ吐く。

 

「ちょっと、迷ってる」

「何を?」

「タカ兄ぃを止めていいもんか、どうか」

 

 その言葉に一同、目を見開く。シオンは椅子にもたれ掛かり、天井を見上げた。

 そんなシオンにティアナは睨むように視線をきつくする。

 

「……あの時は止めるって言ってたじゃない」

「ああ、今でもその気持ちは変わらねぇよ。タカ兄ぃがやろうとしてんのは最悪だ。……今の世界を否定して、消して、二年前に戻そうってしてんだからな。止めなきゃならない――理屈じゃ、分かってんだよ」

 

 だけど、と続ける。苦笑が強まったのを自覚した。

 

「でも、それを。タカ兄ぃがああなった原因の俺が止める権利なんてあるのかな、とも思うんだよ」

「それは――」

「違うよ、シオン」

 

 突如としてスバルから声が来た。真っ直ぐにシオンに視線向け、射抜く。

 

「それ、違うと思う」

「……何でた?」

 

 スバルの答えにシオンが問い直す。苦笑は消えていた。スバルは頷くと、そのまま答える。

 

「シオン。それは、ただ逃げてるだけだよ」

「スバルさん!?」

「…………」

 

 流石にエリオが声をあげる。しかし、スバルは構わない。シオンもまた沈黙を保ったままだ

 

「止める権利だとか、そんなの関係ないよ。大事なのは止めたいと思うかかどうかだけだと思う。シオンはどうしたいの?」

「…………」

 

 シオンはその言葉に黙り込む。

 そう、その通りだ。

 どんなに言葉を重ねても、どんなに理由を、言い訳を重ねても、結局の所はそれが全て。

 この迷いすらも、ただの甘えに過ぎない。

 シオンはスバルを見据え、口を開く――。

 

《呼び出しです。セイヴァー、神庭シオン嘱託魔導師。スターズ3、スバル・ナカジマ一等陸士。スターズ4、ティアナ・ランスター執務官補佐。アースラ艦長オフィスに集合して下さい。繰り返します――》

 

 直前に、局内放送が響いた。間を外された形となったシオンは苦笑し、立ち上がる。

 

「呼び出しだ。行こうぜ」

「あ、と。うん」

「そうね」

 

 二人は若干迷いつつも頷く。シオンは苦笑して、二人の頭に手を乗せた。

 

「ありがとよ……ちょっと、気分がスッとした」

 

 そしてと呟く。そのままシオンは笑った。

 

「俺はタカ兄ぃを止めたい。これが全てで、それでいいんだよな」

「シオン……」

「ほれ、行こうぜ。ああ、エリオ、キャロ、クラエッタ。悪ぃな。なんか場、暗くして」

「あ、いえ……」

「そんな。気にしないで下さい」

「そうだよ。それにいろいろ聞けたし」

「そっか、ありがとう」

 

 微笑み、礼を言いながらシオンは二人から手を放すと、歩き出した。

 

「スバル、ティアナ、置いてくぞー」

「あ、と!」

「て、こら! 一人で行かないで待ちなさい!」

「だから待ってるだろうがよ……」

 

 シオンの言葉に我に帰り、スバルとティアナもシオンの元に駆けた。そして、慌ただしく三人はアースラに向かったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「へ――――」

 

 青空の下、シオンはその建物を見て間抜けた声をあげた。

 ミッドチルダ極北地区ベルカ自治領。そこにそれはあった。

 聖王教会。そう呼ばれる建物が。

 

「でっか」

「そりゃあね」

 

 シオンのお上りさんよろしくな反応に一緒に聖王教会に来た一同。なのは、フェイト、はやて、ティアナ、スバルは苦笑する。

 聖王教会は歴史もあり、巨大な宗教だ。その総本山である。大きくない訳が無かった。

 

「へ〜〜〜〜」

「あんたね。せっかく人が説明してやってんのに……」

「あはは……」

 

 ティアナがかい摘まんで聖王教会の事やらを説明したのだが、シオンの反応は非常に適当だった。流石にスバルも乾いた笑いを浮かべる。

 

「ほらー、そこの三人。中入るよー?」

「あ、すみません! ほら、行くわよ!」

「あいよ」

「うん!」

 

 はやての呼び声に三人は走り、彼女達に合流する。

 いつの間にやら、はやてはローブのようなものを着ていた。

 

「あれ? はやて先生、コスプ――おわっ!」

「……曲がりなりにも聖王教の正装をコスプレ扱いせんように」

 

 口は災いの元を地で行きまくるシオンに、はやてから制裁の拳が飛ぶ。シオンはそれを間一髪で躱した。

 そんなシオンをはやてがじと目で睨む。その視線をシオンは目を明後日の方向を見る事で回避すると、あははーと、空笑いを浮かべた。

 笑いで誤魔化しに入ったのだ。そんなシオンの背後から、ぽそりと声が来た。

 

「あんた、だんだんスバルに似て来たわよ?」

 

 次の瞬間、シオンはピシリと硬直した。

 

「ちょっと待て、そりゃどう言う意味だ!?」

「別に」

「そうだよ、ティア! 私、こんな風な変な誤魔化し、しないよ!?」

「……誤魔化す事は否定しないのね」

 

 二人の口撃をティアナはあっさりと捌く。この二人の口撃を捌けぬようでは執務官――今は補佐だが、は務まらないのだ。

 

「ほーら、三人共、静かにしてね? これ以上喧嘩するなら”お話し”、しよ?」

 

 その言葉はありとあらゆるものを駆逐する。三人は一斉に声の主、なのはに向き直り、背筋を正した。

 

「「「すいませんでしたっ!!」」」

「うん、分かってくれたら良いんだよ?」

 

 満面の笑顔を浮かべるなのはに逆にシオン達は身震いする。

 背筋を冷たい、ナニカが通り抜けたからだ。

 

「え〜〜と、そろそろいいでしょうか?」

『『あ……』』

 

 そんな騒々しい一同に声がかかる。

 教会の扉が開いており、その真ん前にヒクリと顔を引き攣らせる、しすたーさん。もといシャッハ・ヌエラがそこに居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「どうぞ、こちらです」

 

 シャッハに促されるままに一同は歩く。

 たまにシオンがきょろきょろと周りをもの珍しそうに見るが、それは皆、とりあえずはスルーする事にした。

 そのまま歩き、教会の奥の一室に着く。シャッハがドアの取っ手を拈り、ドアを開いた。促されるままに、室内に入ると、そこには――。

 

「いらっしゃい。お久しぶりね、はやて、なのはさん、フェイトさん……? どうしたの?」

 

 聖王教会騎士カリム・グラシアがにっこりと笑い一同を出迎え、部屋に入るなり唖然とする一同に、疑問符を浮かべた。

 

「いや、そのやな……そこに居るのは本物?」

「え? ええ……?」

「いきなり酷い言い草だな。とりあえず人は指を差さない方がいい」

 

 苦笑が響く。

 その苦笑の主は黒髪であり、身長は高い。そして、妻からも似合わないと評された管理局制服を着ていた――そう、そこに居たのは。

 

「久しぶりだな、はやて、フェイト、なのは」

 

 重傷を負って、未だ入院中の意識が戻って無い”筈”のクロノ・ハラオウンが居たのであった。

 

「あ、うん。久しぶり……やなくて!」

「おお、ノリツッコミかね? 流石本場は違う」

「いや、そう言った問題や無くて……て、えぇっ!?」

 

 いきなり後方より聞こえてきた声に再度ツッコミを入れそうになりながら、さらに驚く。

 そこにはシオンのもう一人の異母兄、こちらも入院している筈の叶トウヤが居た。

 

「と、トウヤ兄ぃ!?」

「なんだね、騒々しい。少しは静かにしたまえよ」

 

 叫ぶシオンに肩を竦める。呆然とする一同の脇を抜け、カリムやクロノが座るテーブルに向かい、椅子に腰掛けた。

 

「あ、あかん。訳解らんくなってきた……カリム、どう言うことなん?」

「……ハラオウン提督? もしかしてはやて達には――」

「……そう言えば、伝えていなかったかも知れませんね」

 

 珍しいミスにクロノ自身、苦笑する。基本、真面目なクロノがこういったミスをするのは非常に珍しい。

 

「つい三日前か、意識が戻ってな」

「三日前って言うと……」

「ああ、たしかアースラの修理で、はやて達が忙しいと聞いていたから僕の事は後で報告しようとしたんだが……」

 

 そのまま忘れていたらしい。クロノの答えにはやては、はぁとため息を吐いた。

 

「まったく……うん?」

「フェイトちゃん?」

 

 はやて、なのはが声をあげる。フェイトがつかつかとクロノに歩み寄っていたからだ。

 フェイトは二人の声に構わない。クロノの真っ正面に立つと、同時に右手をブンっと振りかぶった。

 

   −パンっ−

 

 乾いた音が響く。

 フェイトが思いっきりクロノの頬を張ったのだ。

 半ば予想していたのだろう、クロノは張られた頬に苦笑する。

 そんなクロノにフェイトは思いっきり怒鳴る。

 

「バカ!」

「……否定は出来ないな」

 

 クロノは自嘲気味に笑う。そんなクロノにフェイトはさらに怒る。

 

「みんなを心配させて……! リンディ母さんや、エイミィがどれだけ心配してたか……!」

「……すまん」

「ごめんですんだら管理局は要らないの! 大体クロノは……!」

 

 ガミガミと説教を始めるフェイトに、クロノはなのは、はやてに助けを求める視線を向ける、が。

 二人の視線を見ると同時に頬がヒクリと引き攣った。

 ――二人は笑っていた。この上なくイイ笑顔で笑っていた。

 止める積もりが無いのは勿論の事、その笑いは如実にある事を語っていたからだ。

 『次、私達の番だから』と。

 それを皆より後ろで見ていたシオン、スバル、ティアナは苦笑し、ティアナはそのままシオンの肩を叩いた。

 

「どう? 身に摘まれる思いでしょ?」

「……そうな」

「昨日も凄かったもんねー」

 

 思い出すのは昨日、シオン達が帰還し、状況を説明した後だ。

 当然シオンに待っていたのは、なのは達先生Sによる”お話し’であったのだ。

 シオンの悲鳴が本局に戻るアースラに三時間程響き渡ったのは言うまでも無い。

 

「聞いた話しによるとだが、その程度で済んだのなら寧ろ幸運だったのでは無いのかね?」

「いや、まあ……」

 

 トウヤの言葉に苦笑する。

 体調が回復していないにも関わらずの出動、それに伴う様々な事をこれでもかと説教されたのだ。

 三時間の説教ならば軽い方であろう――なのは達基準、ではあるが。

 

「まぁ、とりあえず」

「話しが始まるまでには暫くかかる、だろうね」

 

 未だ終わる気配を見せないフェイトの説教、そして後に控えるなのは達を見て、シオン達は少しだけ溜息を吐いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 カリムの執務室。

 そこでフェイト達三人による説教は一時間程続いた。

 その間にカリムの義弟であり管理局査察官であるヴェロッサ・アコースと、共に来たシオンとは初対面のはやての守護獣、ザフィーラが入って来ていた。

 それを尻目にクロノはガックリとうなだれている。

 何故か? 答えは単純、説教がいきなり3倍になったからだ。

 原因は順番待ちで説教をしていたなのは達に、シオンが、「時間も無いし、纏めてすればいいんじゃ……」と、呟いてしまったのが聞こえたらしく、いきなり三人は顔を見合わせて頷くと三人一緒になってクロノに説教を始めたのだ。

 どうも3倍どころか、3乗くらいになったらしく、クロノはちょっとやつれたようにすら見えた。

 

《神庭シオン……恨むぞ……》

 

 なんか念話が聞こえたような気もしたが、シオンはあえて聞こえないフリをする。誰だって巻き添えは嫌だからだ。

 

「ふむ、高町君、八神君、テスタロッサ君……ハラオウン提督もこの通り反省している。そろそろこの辺で勘弁してあげてくれないかね?」

 

 機を見計らったのか、トウヤが三人を制止にかかる。それに、はやてがスッとトウヤに視線を向けた。

 

「……私としては、トウヤさんにも話しを聞きたいんやけどなぁ」

「私は今日の朝方に魔力が戻ったのでね。ケガを復元して、すぐこちらに来たのだよ。だから連絡を取る暇は無かったね」

 

 しれっと答える。確かにシオンの検査やらなんやらで朝はバタバタしていたのでこう言われると、はやて達も何も言えない。

 

「それに時間も押している……既に夕方だがね」

「「「う……」」」

 

 確かに執務室の窓の向こうでは日が傾いている。

 その前でカリムも冷や汗を流しつつ笑顔を浮かべているのを見て、漸く三人は引き下がった。

 

「いや、済まない。助かったよ、叶」

「構わんよ。それに謝られても困る」

 

 トウヤの言葉に『は?』と訝し気な顔となるクロノ、トウヤは構わず、なのは達に向き直る。

 

「イクスの話しが終わったら、存分に彼とお話ししてくれたまえ」

「「「は〜〜い」」」

 

 トウヤの言葉に三人は同時に返事をする。それを見て、んがっと口を半開きにするクロノに、しかしトウヤは構わない。いつの間にやらテーブルにつき、お茶をするロッサに向き直る。

 

「君は、はじめましてだね。叶トウヤだ。よろしく」

「これはご丁寧に、ヴェロッサ・アコースと言います」

 

 二人は握手を交わし、ロッサはそのままシオンに目を向けた。

 

「君もはじめまして、だね。噂はよく聞くよ」

「あ、はい。はじめまして、神庭シオンって言います」

 

 こちらも握手を交わす。そしてロッサの足元からザフィーラもまた進み出た。

 

「……ザフィーラだ」

「あ、これはご丁寧に――て、ええ!?」

 

 いきなり喋り出したザフィーラにシオンが仰天する。一同はそんなシオンの反応に苦笑を浮かべた。

 

「い、犬が喋った」

「……狼だ」

 

 ぼそりと訂正が入るが、シオンは構わずにザフィーラを上へ下へと眺める。ある意味、エリオやキャロ以上の反応だ。

 

「ザフィーラはヴォルケン・リッター、最後の一人なんだよ?」

「ああ。そういや、そんな話し聞いてたっけ」

 

 スバルの話しに頷き、直後に一人? と疑問符を浮かべるシオンに苦笑しながら、はやてがザフィーラの元まで歩くとその頭を撫でた。

 

「おかえりな、ザフィーラ。ごめんなぁー。クロノ君とのお話しで遅れてもうて……。ロッサのお手伝い、ご苦労様や♪」

「いえ、主。お気になさらず」

 

 頭を撫でられ、気持ちよさそうにするザフィーラに、はやても笑顔を浮かべる。

 

「さて、じゃあ……」

 

 一同が揃い、自己紹介も終わった所でカリムから声があがる。それに一同彼女に向き直った。

 

「始めましょうか」

『『はい』』

 

 一同頷く、そしてシオンはズボンのポケットから待機フォルムのままのイクスを取り出した。

 実はイクス、なのは達に話しがあると言った後、ずっとだんまりを決め込んでいたのだ。シオンがいくら話そうとも何も答えなかった。シオンはそのままイクスを持ち上げる。

 

「イクス」

【……解っている】

 

 漸くイクスから声が漏れる。シオンの手から離れるとカリム達が座るテーブルの真ん中に進み、直後、人型となった。

 銀の短髪に銀の装束を纏った姿に。そして、口を開く。

 

【では、語ろうか。シオンについて、タカトについて、俺が知る、全てを】

 

 そう、言葉を紡いだ。

 

 

(後編に続く)

 

 




はい、第二十九話前編でした♪
日常パートになるのですが、本番は後編からですな(笑)
お楽しみにです。ではでは、次回もお楽しみにー♪

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