魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、どもーテスタメントです♪
第二十八話中編をお送りします♪
中身は欝半分、バトル半分となっております♪
では、お楽しみ下さいませ♪


第二十八話「少年の願い、青年の決意」(中編)

 

「ん……?」

「ここは……?」

 

 ダイブでシオンの精神世界、つまりココロの中に入った二人は周りの光景を見る。

 水の中。その表現が1番正しいだろう。底の見えない水の中に、二人は居た。

 ぷくぷくと底にゆっくりと堕ちていく。そこでふと気付いた。水の中なのに、自分達が息をしている事に。

 

「ティア、これ……?」

「うん、分かってる。ココロの中だからなのかしら……?」

 

 とりあえず、現状を確認してみる。バリアジャケットはちゃんと着ているし、デバイスもそのままだ。

 どうやらダイブ直前と自身達の状況は変わっていないらしい。だが。

 

「……これ、どこまで沈むのかしら」

「だね……」

 

 沈み続ける状況に嘆息する。試しに上に浮き上がろうと水を掻いたが、まったく水は掻けなかった。どうやら沈む事しか出来ないらしい。

 

「これがシオンの世界なの?」

「でも……」

 

 ティアナの疑問に、スバルは少し戸惑う。スバルが見たシオンのココロの世界は、青空を仰ぐ悠久の草原だった筈だ。

 優しく、綺麗な世界。

 だが、この世界は違う。まるで暗闇に誘われるかのように、底に行けば行く程に暗くなる水の中だ。

 まるで光が届かなくなるように、段々と周りも暗くなる。だが、同時に底から浮かんで来たものがあった。

 

「? ティア、アレ何だろ?」

「ん? 泡?」

 

 スバルの視線の先をティアナも見る。そこにはゆっくりと浮き上がって来る泡があった。

 大小様々な泡である。まるで二人に合わせるかのように、ゆっくりと浮き上がって来ていた。

 

「ん〜〜?」

「ちょっとスバル、下手に触っちゃ駄目よ?」

「あ、うん――」

 

 思わず泡に触ろうとしたスバルに飛ぶティアナの注意。それに頷き、スバルが振り返る、と。

 

 ――パン。

 

 肩が泡に触れ、あっさりと割れた。

 

「――あ」

「『あ』じゃ無いでしょ! 『あ』じゃ! あんたって娘は〜〜!」

 

 ジト目で睨むティアナにスバルはあははと笑って事無きを得ようとして――。

 

    −嫌だ−

 

 ――声が聞こえた。

 

「え?」

「……? どうしたの、スバ――」

 

 いきなり疑問の声を上げるスバルに、ティアナも訝し気に首を傾げる。直後、彼女の足にも泡に触れた。

 

 ――パン。

 

 軽い音と共に泡が割れる、同時に。

 

 −もう止めてくれ−

 

 再び声が響いた。

 

「……え?」

「ティアも?」

 

 自身と同じ反応に、スバルは問い掛けると、ティアナも首肯した。

 

「えっと」

「とりあえず」

 

 二人は頷き合い、同時に指で目の前の泡を突いてみた。直後。

 

 −こんなの、違う−

 

  −俺は、俺は−

 

 声が二度響いた。自分達の予想が当たっていた事に、二人は頷く。

 どうやらこの泡に触れると声が聞こえるらしい。それに、この声は――。

 

「シオンの声、だね……」

「うん……」

 

 それは二人にとっても聞き覚えのある声、シオンの声だった。

 さらに浮き上がる泡が、二人の身体に触れ、割れていく。

 

 −なんで、なんで−

 

 −見たくない。見たく、ない−

 

 −ごめん、なさい。ごめんなさい−

 

 −俺が奪った。俺が−

 

 −タカ兄ぃの、全てを−

 

   −ルシアを−

 

  −俺が、全ての−

 

    −元凶−

 

「「…………」」

 

 響く声に、二人は沈黙する。

 悲しみに。

 哀しみに。

 何より後悔に塗れた声、それを聞いてだ。二人の顔が強張る。

 何をこんなに後悔していると言うのか。聞いているだけで辛くなる程の、悲しくなる程の、声。

 

「……シオン」

「何で、こんな……」

 

 二人は俯きながら疑問を口にする。

 ダイブする前、確かにタカトは言った。

 真実を見ると。

 イクスも言っていた筈だ。

 真実を見たと。

 なら、このシオンの後悔は、その真実が関係しているのか。

 

   −おやぁ?−

 

 直後、シオンとは全く違う声が響いた。同時に泡が全て消失する。

 

「「誰!?」」

 

 即座に二人はデバイスを構えた。この沈むばかりの世界で役に立つかは疑問ではあったが、無いより有る方がやはり心強い。

 

 −何だ、お客さんか−

 

 そんな声と共に二人の眼前が沸き立つ――ボコボコと。

 それは二人にとって見覚えのあるものだった。

 ――因子、それが沸き立っていたのである。。

 

「スバル!」

「うんっ!」

 

 叫び、デバイスを沸き立つ因子に向ける。程無くして、因子は一つの姿をとった。ヒトガタの形を。

 

  −歓迎するぜ?−

 

 ニタリと笑う影。それに二人は構わなかった。デバイスを握る力が強くなる。

 

「あんた、何?」

 

 −ん? 俺か? お前達に分かり易く言うとカミサマだよ−

 

「カミ……?」

 

 スバルがその声に繰り返し問う。それにヒトガタは笑った。

 

 −そう、アンラマンユって言うんだけどな−

 

「アン……?」

「何、それ?」

 

 二人して漏らす疑問の声。それにカカカと笑い声が響いた。

 

 −拝火教なんぞは知らねぇわな? なら、そうだな−

 

 ニヤリと影が笑う、そして口を開いた。

 

 −全ての因子の元になった存在と言ったら分かるか?−

 

「「な……」」

 

 そのあまりの答えに、二人は目を見開いて驚いた。

 かつてイクスはこう言った――因子は精霊のようなものだと。

 そして精霊とは神、つまり世界そのもの、概念からなる端末だ。その元と言うのならば、こいつは――!

 

「神様、て訳?」

 

 −さっきもそう言ったぜ?−

 

「「…………」」

 

 即答するアンラマンユに二人共黙り込む。こいつが全ての元凶、だが。

 

「なんで、シオンの中に居るの……?」

 

 スバルがぽつりと呟く。それが聞こえたのか、アンラマンユは再びニタリと笑った。

 

 −何も知らないんだな、お前達?−

 

「「…………」」

 

  −いいぜ、なら−

 

 図星に沈黙する二人にアンラマンユが両手を広げる。ぱっくりと広がる口が、鮮烈な赤を彩った。

 

 −お前達にも、見せてやるよ。兄弟の真実を−

 

「「――っ!」」

 

 次の瞬間、水の中の世界は割れ、二人は世界の割れ目に飲み込まれたのであった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −轟!−

 

 響く轟音、同時に高い木々が数本まとめて薙ぎ倒される。

 それを躱しながら、黒と赤の男が現れた。タカトと、アルセイオだ。さらにそれを追う黒、アヴェンジャーフォームと化したシオンが二人を追いかけるように突っ切って来た。踏み込みと共にシオンの姿が消える。同時にタカトはその場で急停止、くるりと身体を横回転させ、肘を右横に突き出す。

 

    −徹!−

 

 そこにシオンが現れた。タカトの肘がその鳩尾に刺さっている。カウンターで肘を合わせられたのだ。しかし、シオンは構わない。

 腹に肘を埋め込んだまま、右の鈎爪を振るう。孤を描く右腕にタカトは一歩を踏み込んだ。両手の掌がシオンの腹に添えられる。

 

「天破震雷!」

 

    −破!−

 

 轟雷疾駆! 莫大な威力の雷撃がシオンの身体を突き抜ける! 辺りにパチパチと雷の余波が疾った。動きを止めるシオンに、タカトは一切気を抜かない――次の瞬間、タカトは一気に後退した。

 

    −閃!−

 

 直後、タカトが場所に何かが疾った。交差するように地面に突き立つのは三本の尻尾。さらに追撃せんと剣群が生まれていた。だが、タカトの後ろにはアルセイオが居る。

 

「ぐ、うる、がぁぁぁ!」

「だからさせねぇって!」

 

    −戟−

 

 −戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟・戟−

 

    −戟!−

 

 シオンとアルセイオから放たれる剣群の激流が衝突!

 絡み合い。

 弾き合い。

 喰らい合い。

 軋み合い。

 砕け合う!

 最後の一本すらも残らずに剣群は砕け合った。

 

「ぐ、うる、る」

「しんどいな、流石によ……」

 

 肩で息をしながらアルセイオは呟く。魔力も体力もいい加減、限界だった。タカトはと言うと平然とした顔である。

 

「歳か? 無尽刀」

「うるせぇよ」

 

 ちっと舌打ちする。ちょっと歳の事は気にしていたのかもしれない。そのまま再度シオンへと目を向けた。

 

「あの坊主は――」

「魔力や体力切れを期待するな。……恐らくそんなものは無い」

 

 やれやれと嘆息する。これがタカトが懸念していた事であった。

 今のシオンはまさに無尽蔵である。ぶっちゃけてしまうと消耗戦では絶対に勝てないのだ。……カミと融合しているも同然なのだから当たり前ではあるが。

 

「隊長!」

「お、追い付いたな」

 

 後方からソラとN2Rの面々が追い付いて来た。

 それにアルセイオが少しだけ緊張を緩める。ソラは前衛で戦えるし、彼女達も援護として相当な戦力だ。これで少しは消耗が抑えられる。

 

「る――」

「……? っ!」

 

 すると、シオンがスッと自分達から視線を外した。

 それにタカトは訝し気に眉を潜め。直後に気付く。今、シオンが狙いを自分達から変えた事を!

 アルセイオも少し遅れて気付いた。だが、もう遅い! 次の瞬間、シオンの姿が消失した。

 

「ちぃっ!」

「くそっ!」

 

 タカト、アルセイオが同時に悪態をつく。瞬動を発動して、シオンに追い付こうとして――。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

 ――無数の剣群がその眼前に突き立った。

 

「っ!」

「しま――っ!」

 

 出鼻をくじかれ、二人がその場に踏み止まる。完全にしてやられた。剣群をいつ潜ませていたのかも分からない。だが、今重要なのは。

 

「ソラ!」

 

 アルセイオが叫ぶ。それにソラは気付き。

 

    −戟!−

 

 瞬間で弾き飛ばされた。

 

「く――っ!?」

「る、る」

 

 シオンだ。瞬動での完全な不意打ちである。大剣でぎりぎり防御できたものの、少し遅れれば確実に一撃貰っていた。

 ソラを吹き飛ばしたシオンは、その場で三本の尻尾をくねらせる。N2Rのフォーメーションの中心点で。

 

「逃げろ!」

 

 ソラから飛ぶ警告。それに漸く彼女達はハッと我に返る。しかし、遅い!

 

    −撃!−

 

「くぁ!」

「っ――!」

「ってぇ!」

 

 響く三重奏。ウェンディ、ギンガ、ノーヴェの悲鳴だ。三本の尻尾がそれぞれ三人を打撃したのだ。

 防御には成功するも、ソラ同様吹き飛ぶ三人。そんな三人を尻目にシオンは再度瞬動を発動、向かう先は後衛の二人――チンクとディエチ!

 

「くっ、皆……!」

 

 呻きと共にチンクが両手にスティンガーを構える。流石に、強襲を受けた面々よりは、まだ体勢を整えられた。ディエチも、既にチャージが完了している砲口を構える。そして、シオンは現れた――チンク達の直上に。

 

「な――」

 

 真上でシオンは空中に形成した足場に着地した音を聞き、チンク、ディエチもそれに気付く。

 まさか真上に来るとは思わなかったのだ。先程もそうだったが、真っ正面、もしくは背後に大体シオンは現れる。それが今回は違った。

 今までと違うシオンの行動に、チンク達の反応が遅れる。直後、振るわれるシオンの両腕! それにチンクが我に返った。

 

「っ!」

 

    −撃!−

 

 刹那の判断でチンクは迎撃を諦めた。ハードシェルを展開し、シオンの一撃を受け止める。ぎりぎりとシェルを滑るシオンの鈎爪、それにチンクはくっと唸った。

 

「……IS」

 

 同時、一つの声が響く。それを聞いてチンクはフッと笑った。

 

「やれ! ディエチ!」

「ヘヴィ・バレルっ!」

 

    −煌!−

 

 横合いから放たれる光砲! ディエチだ。チンクからちょうど近くに居た彼女は、シオンがシェルに張り付くと同時に迷い無くに砲を向けたのである。

 至近距離で放たれた一撃、回避も防御も不可能なそれに、直撃を予想する二人。

 しかし、シオンはぱっくりと口を開き、迫る砲撃に向けた。その口内に見えるは光球!

 

「「!?」」

「かぁっ!」

 

    −轟!−

 

 驚愕する二人にシオンは一切構わず、口内に圧縮、加速していた光弾を光砲に向かって撃ち放つ!

 タカトから奪いし技、天破光覇弾を。

 

    −轟−

 

 二つの光は真っ正面からぶつかり合い、そして。

 

    −裂!−

 

 あっさりとヘヴィ・バレルを引き裂いた。光覇弾の一撃は、そのまままっすぐにディエチへと突き進む――!

 

「っ――あ!」

 

    −煌−

 

 光覇弾はディエチを飲み込み――。

 

    −爆!−

 

 ――爆裂した。衝撃を辺りにぶち撒き、煙が上がる。

 そして煙を突っ切って跳ね飛ぶディエチ。その身体は冗談のように吹き飛び、雪が敷き詰められた聖域に転がった。

 

「ディエチ――!」

 

 チンクから悲鳴が上がる。それにディエチは少しだけ反応した。

 すぐにスキャンする。どうやら命に別状は無いらしい。しかし、チンクにホッとする暇は無かった。

 

    −軋−

 

「な――!」

 

 軋む音に振り返り、チンクは驚愕した。自身が展開していたハードシェル。それに亀裂が生じていたからだ。亀裂には既に両の鈎爪が侵入している。

 そしてシオンはさらにその亀裂を押し広げて中に入って来た。ギリギリと、軋む音と共に。

 

「が、ああ、あ!」

「あ、う……!」

 

 チンクはその光景に、自分が恐怖している事を自覚する。シェルを引き裂き、侵入しようとするシオンの顔はとてもヒトの顔とは思えなかった。

 さらに押し広げられる亀裂。そして、両腕が完全に広がった。それは亀裂の広がりも意味する。

 その亀裂に半身を突っ込むシオン。再びその口がぱっくりと広がる。そこに灯る光球――天破光覇弾!

 

「あ……」

 

 防御も回避も既に不可能。

 さらにハードシェル内で叩き込まれる爆発の予想威力にチンクは青ざめる。自身の耐久力を遥かに超えている。それはつまり――。

 

 ――死。

 

「させるか」

 

    −爆!−

 

 次の瞬間、いきなりシオンの背後が爆発した。盛大に吹き飛んでいく。ハードシェルも既に限界だったのか、砕けた。

 

「天破紅蓮改式。天破爆煌」

 

 その声にチンクは顔を上げた。声の主は、一撃を叩き込んだ体勢を解く、タカトだ。彼は相変わらずの無表情のままでチンクを見る。

 

「……すまん、遅くなった」

 

 短い謝罪。それのみを告げて来た。直後に、アルセイオも現れる。その腕に、ディエチを抱えて。

 

「こっちの嬢ちゃんも無事だ」

「そうか」

 

 そう言いながらディエチを下ろす。即座にチンクが駆け寄った。

 身体中、所々焦げているが、大した怪我もしていない。ただ気絶しているだけのようだった。

 

「ディエチ……」

 

 ホッとするチンク。しかし、すぐに気付いた。あの砲撃、軽くSSランク相当の一撃が直撃して、ほぼ無傷?

 

「やはり、か」

「どう言う事だ。ナン――いや、伊織タカト」

 

 チンクの問い。それにタカトは少しだけ俯く。だが、すぐに顔を上げた。

 

「非殺傷設定だ」

「……何だと?」

 

 タカトの言葉に、チンクが問い直す。タカトは視線を向けない。しかし、言葉はこちらに寄越した。

 

「砲撃を放つ直前に設定変更していたのだろう」

「あのシオンがか?」

 

 チンクが、るるっと唸り、再び立ち上がるシオンを見て聞く。タカトはそれにただ頷いた。

 

「シオンの意識はまだ消えていない」

 

 そう、自分の砲撃を直前に設定を変更する事が出来ると言う事はつまり、そう言う事だった。シオンもまた、抗っているのだ。

 

 ……あの時と、同じように。

 

 拳を握る力が強くなる。そんなタカトの後ろで、ソラ達もまた合流した。

 

「すみません、隊長」

「おう、無事で何よりって所だな」

「チンク姉! ディエチは……!?」

「大丈夫、気絶しているだけだ」

 

合流し、互いの状況を確認し合う。だが。

 

「来るぞ」

 

 タカトの一言に、一同は即座にシオンへと振り向く。それぞれの武装を構えた。

 

「かあぁぁぁぁぁぁ――――っ!」

 

 四肢をつけ、獣のように唸るシオン。そして。

 

「があっ!」

 

 短く咆哮し、再び駆け出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 気付けば、スバルとティアナはそこに居た。薄暗い教会に。

 

「ここは?」

 

 ティアナが辺りを見回す。特に、何かがあるとは思え無い教会だ。

 スバルに声を掛けようとして、その表情に留まる。

 スバルは目を見開いて驚いていた。そう、シオンのココロを見た時、スバルはここも見ていた。

 タカトがシオンの思い人、ルシアに刻印を刻んだ場所だ。

 

「スバル?」

「あ……ゴメン、ティア」

「いいけど、知ってるの? この場所」

 

 ティアナの問い。それにスバルは少し黙り込み、俯く。教えるべきか少しだけ迷ったからだ。

 

「スバル、話したく無い事なら――」

「えっと、そうじゃないんだ。……うん。やっぱりティアにも」

 

 一人頷く。そしてティアナに向き合った。

 彼女にならば、教えても大丈夫だと、そう思ったから。

 

「あのね、ティア。実は――」

 

 そしてスバルはティアナに教えていく。自分が感染者化した時の事をだ。

 シオンとココロを見合った事を、そしてここで何が起きたのかを。

 スバルは最後まで話し、そして気付いた。何故かティアナの目が細められている事に。

 

「えっと、ティア?」

「……何よ?」

 

 その声に若干の不機嫌さを感じ、ちょっとだけたじろぐ。

 自分は何か、ティアナを怒らせるような真似をしただろうか?

 そんなスバルの反応にティアナは嘆息する。

 

「それで? ここがその場所なの?」

「あ、うん。そうだと思う」

 

 スバルの返事にティアナは頷く。

 さっきの話し。色々、気になる事はあるにせよ、まぁ、そこは後で当人とお話しすればいいだけだ。後に置いておく。……ただ。

 

「スバル、この場所で見たのは、それだけ?」

「え? ……うん、それだけだよ」

 

 スバルの答えに、ティアナは俯き、思考に没頭する。今の話し、あまりにおかしい。

 

「……伊織タカトが、この場所でルシアって人に刻印を刻む場面を見たのよね?」

「うん、そうだよ」

「その前は?」

「え?」

 

 スバルが小首を傾げる。それにティアナは別の言葉で繰り返す。

 

「だから、その前よ。その事件が起きる”直前”の事」

「……あれ?」

 

 言われて気付いた。あの場面が強烈だった事もあり、スバルも気付かなかったのだ。直前の記憶が、一切無い事に。

 

「おかしいでしょ?」

「……うん」

 

 頷く。確かにおかしい。

 あって然るべき場面が無い。まるで、そこだけ切り取られたようだった。

 

 ――ギイ。

 

「え……?」

「扉が……?」

 

 突如、教会の扉が開く。

 そちらに振り向くと、ひょっこりと扉から顔を出す少年に、二人は目を見開いた。

 それは二年前の、神庭シオンであった。

 

「へぇ、案外普通の教会だね」

 

 てくてくと歩くシオン。

 さらに後ろから二人の男女も教会に入って来た。伊織タカト。そして――。

 

「あの人が?」

「うん、そうだと思う」

 

 ティアナの問いにスバルが頷く。彼女がシオンの思い人、ルシア・ラージネス。ならば、やはりここは――。

 

「シオン、あんまり歩きまわるな」

「大丈夫だよ。普通だぜ、この教会」

「こーら、油断しないの」

 

 ゴチっとげんこつされるシオン。それにタカトは苦笑し、シオンも笑顔を浮かべていた。

 まるで今から起こる惨劇が、嘘のような、そんな光景。

 

「私達は……」

「見えていないみたいね」

 

 先程、シオンが教会をぐるりと見た時にスバル、ティアナもその視界に映った筈だが、シオンは何の反応も示さなかった。

 タカトもルシアも同様だ。つまり、自分達はただの傍観者であり、映画を見せられているようなものなのだろう。

 場面は変わる。名前が長いと愚痴るルシアに、ふざけるタカト。その首根っこを捕まえて説教を始める。

 それをシオンがちょっとだけ羨ましそうに見ていた。そんな場面に――だが。

 

「シオンの様子が――?」

「変わったわね」

 

 いきなりだ。二人の様子を眺めていたシオンが急に呆然となっていた。その瞳は虚、そして。

 

「あ……」

 

 歩き出した。ゆっくりと、まるで誘われるかのように、祭壇に。

 

「解った。ルシア、解ったから――? シオン?」

「え?」

 

 そこで漸くタカト達も気付く。シオンの様子がおかしい事に。だが、シオンは止まらない。既に祭壇の手前だ。

 ゆっくりと手を十字架に伸ばす――。

 

「っ――! シオン! そこから離れろ!」

「……え?」

 

 タカトから飛ぶ怒声。それに漸くシオンは正気に戻る。しかし、指は封印に触れて、封印は解かれてしまっていた。

 

 次の瞬間、666の紋様から伸びる手、手、手、手――!

 生まれた漆黒の手が呆然とするシオンに突き刺さる!

 

「「シオンっ!?」」

 

 スバル、ティアナが叫び。

 

「「シオン――――!」」

 

 タカト、ルシアもまた叫んだ。同時、駆け出す。

 スバル、ティアナも駆け出していた。

 意味が無いと分かっていても、それでも駆け出さずにはいられなかった。

 

「あ、ああああ、ああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――っ!」

 

 直後、シオンから突如として漆黒の手が無数に伸びる!

 それはタカトの脇を抜け、ある一点に向けて疾った。それは――。

 

「っ!? ルシア! 逃げ――」

「――え?」

 

  −いただきます−

 

 そして。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 スバルは、ティアナは、その眼前で、ルシアの身体に手が突き刺さる光景を見たのだった。

 

「ああ……!」

「そんな……」

 

 二人とも、その光景に愕然とする。するしか、なかった。

 

「ルシア――――――!」

 

 そしてタカトの叫び声だけが響き渡ったのだった。

 

 ――つまりはこう言う事だったのだ。

 スバルとティアナは卒然と理解する。シオンが何故、感染者となったのかを。そしてあの後悔の声の意味を。

 これが真実。同時に理解する。何故、タカトがルシアに刻印を刻んだのかを、何の事は無い。

 

 ”刻まざるを得なかった”のだ。

 そうしなければ、感染者となったルシアに待つのはただ死の運命のみ。

 

「こんなの……」

「…………」

 

 スバルとティアナは眼前の真実に、顔を歪める。

 

 ――なんて悲しい真実。

 

 嘘であって欲しい光景が、そこには広がっていた。二人はそのままシオンへと目を向ける。

 

 彼は笑っていた。

 

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って。

 その瞳からは絶え間無い涙が流れ落ちていた。

 

 −何も無かった青年が漸く手にしたモノを、少年が全て奪った。それは、ただそれだけの話し−

 

 再び、あの声が響く、アンラマンユの声だ。スバルとティアナはキッと顔を上げる。

 二人共、その瞳には涙を湛えていた。

 真実を見て、こんな悲しい真実を見て、その元凶が許せる存在はいない――だが。

 

 ―どうだ? 面白かっただろ?−

 

 アンラマンユは本当に、本当に楽しそうに、愉しそうに、そんな事を言ってきた。

 

 ――感情が爆発した。

 

「「ふざけるなっ!」」

 

 叫ぶ。二人一緒に。

 こんな、こんなものが楽しい訳がある筈が無い。

 許せなかった。これを演出し、これを引き起こし、あまつさえ愉しいと言い放つこの存在が――!

 

 ―おお、おお。おっかない、どうやらあまりお気に召さなかったらしい−

 

 しかし、その存在。アンラマンユはおどけるような声を出すだけだった。

 二人はくっと呻く。目を擦り、涙を拭った。

 

「シオンに会わせて」

 

 スバルが感情を交えない声で呟く。怒りが過ぎて、逆にスバルの心は冷え切っていた。ティアナも同様だ。

 そんな二人に、アンラマンユはただただ笑う。

 

 −心地いいなぁ、いい憎悪だ−

 

「「っ――!」」

 

 その言葉に二人は悟る。

 憎しみも。

 悲しみも。

 怒りも。

 全て、こいつの糧になっていると。二人は顔を歪めた。

 

 −心地いい憎悪をありがとう。お礼に会わせてやるよ、兄弟に−

 

「「…………」」

 

 二人は無言。礼を言う事なんて、とてもではないが出来る筈も無い。

 そんな二人にアンラ・マンユはただ笑う。

 

 −後悔するかもだぜ?−

 

「黙って」

「黙りなさい」

 

 二人は同時に言葉を放つ。それが糧になると分かっていても駄目だった――憎しみが止められない。

 

 −カカカカカカカカカ!−

 

!笑い声が響く。聞いているだけで不快になる笑いが。

 直後、世界が割れた。二人は割れた世界を見ながら、思いを馳せる。シオンに。

 

 シオン、今行くから……。

 

 だから、待ってなさい……。

 

 そして、二人は割れた世界に飲み込まれた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「が、あぁぁぁぁっ!」

「っ――!」

 

 咆哮するシオン、同時に繰り出される両腕の鈎爪をタカトは至近距離でダッキングして躱しざまに踏み込む。震脚と共に、左の腕を振り上げた。

 

「天破疾風」

 

    −撃!−

 

 風を詰め込んだ拳は迷う事無くシオンの顎に着弾! 拳から、暴風が解き放たれる!

 

    −砕!−

 

 爆音と共に、それこそ爆音したが如くシオンの頭が真後ろに弾かれる。だが、そこ止まりだ。そのままシオンはぐるりと頭を戻した。

 

「ちっ」

 

 ――やはり効果無し。いくらダメージを与えても、殆ど効果を見込め無い。それどころか、因子が沸きだすと傷は再生する。

 

「伊織、下がってろ!」

 

 ―戟・戟・戟・戟・戟−

 

 アルセイオが叫び、同時に撃ち放たれるは剣群だ。

 放たれるそれに、タカトは後退。掠めるように、剣群が疾る。

 迫る剣群を、シオンは獣のような動きでバク転し、躱してのけた。

 

「今度は礼を言ってもいいんじゃねぇか?」

「……」

 

 軽口を飛ばすアルセイオに、タカトは沈黙を返す。

 アルセイオの息は荒い。この呉越同舟の状況から、既に二時間が経過しているのだ。傍らに控えるソラも、N2Rの面々も息を荒げている。

 むしろ、このシオンと相対して二時間持たせられているだけでも驚愕に値する。

 だが、アルセイオとソラは既に魔力の底が見え、N2Rの全員も疲労が酷い。

 何より、精神的に疲労が来ていた――当然とも言える。

 何しろ肝心のシオンはダメージが見当たらないのだ。もう数えるのも嫌な程の攻撃を浴びせているのに、再生するのだから堪らない。

 

「るる……っ!」

 

 がばりと再びシオンは口を開く。その口内に再び灯る光球。それを見て、タカトが舌打ちする。

 本来は自分の技だ。それを連発されて、腹が立たない筈も無い。だが。

 

「――?」

「何だぁ?」

 

 タカトが疑問符を浮かべ、アルセイオもまた訝しむように声を漏らす。

 口内の光球が放たれ無いのだ。だが、その光球が加速しながら回転しているのが見える。

 天破光覇弾は魔力を光の属性変化を起こし、圧縮、加速を行いながら威力を跳ね上げる技だ。

 だが今、シオンの口内の光覇弾は放たれる事無く、ただただその速度を上げている。術式を解析していたタカトはその現象に眉を潜め、直後に目を見開いた。一瞬にして顔から血の気が引く。

 

「伊織?」

「馬鹿、な」

 

 アルセイオがそんなタカトの様子に問い掛け、だがタカトは答える事が出来ない。

 そのまま絶句し、しかし直ぐさまに我に返る。ギリッと歯を噛み締め、自身の切り札を発動した。

 空間移動歩法たる縮地だ。フッとタカトが消え、直後にシオンの眼前に現れる。

 

「間に合え――!」

 

 叫び、その右腕に展開されるのは666の魔法陣! 口内の光球にそれを突き出す! 虹色の光は即座に疾り、光球に突き刺さった。

 

「……ばあちゃん、すまん」

《仕方ありませんね》

 

 タカトが謝罪を告げると、苦笑が辺りに響く。

 次の瞬間、光球が消え、タカトは背後の皆に叫んだ。

 

「全員プロテクションを張れ!」

「なん――」

「急げ!」

 

 反論すらも許さないタカトの剣幕に、皆訝しみながらも従う。彼自身もプロテクションを展開した。そして。

 

 

 

 

 

 

    −滅−

 

 

 

 

 

 

 ――光が。

 ただただ光が、皆の遥か後ろに発生した――巨大な、巨大過ぎる光が。

 その全長はどれくらいあるのか、光の発生元から自分達が数百Km単位で離れているにも関わらず、その光が見えた。天を衝き、貫く光が。

 

「なん、だ。ありゃあよ?」

「う、そだ……」

 

 疑問の声を漏らすアルセイオに、呆然とした声が響く。

 ノーヴェだ。気付けばN2Rの全員が同じ反応を示していた。

 信じられないと、ただそれだけを。

 

「……おい。あれ、解るのか?」

「物質の対消滅を確認。……質量の完全エネルギー化も同様に確認した。同時に大量のγ線の発生も確認――何故かこっちはすぐに消えたけど」

「……γ線?」

 

 その言葉にアルセイオは絶句する。ノーヴェはこう言ってるのだ。放射線が放出されたと。

 何故か消えたようだが、つまりあれは――。

 

「核爆発……?」

「違う」

 

 即座にタカトが否定すると、そのまま答えを告げた。

 

「反物質だ」

「…………は?」

 

 タカトの答えに、アルセイオは再び絶句する。

 地球の出身ならば、それを聞いた事が無い人間はそういないだろう。あまりに致命的過ぎるその単語を。

 

「反物質って、あの反物質か……?」

「反物質は物質毎に必ず存在するが……。まぁ、その反物質だ」

 

 ――反物質。

 質量とスピンが全く同じで構成する素粒子の電荷などが、全く逆の性質を持つ反粒子によって組成される物質の事を指す。

 この存在が有名なのはその性質と破壊力だ。

 物質と反物質が衝突すると対消滅を起こし、質量がエネルギーとなって放出される。

 これは反応前の物質・反物質そのものが完全になくなってしまい、消滅したそれらの質量に相当するエネルギーがそこに残るということである。

 1gの質量は約9×1013(90兆)ジュールのエネルギーに相当する。ただし発生するニュートリノが一部のエネルギーを持ち去るため、実際に反物質の対消滅で発生するエネルギーは、これより少なくなると言われる。

 だが、いくら少なくなるとは言えその破壊力は絶大だ。何せ、500Kgの反物質を生成出来た場合、地球程の惑星ならば消滅が可能なのだから。

 

「……坊主」

「シオン……!」

 

 アルセイオが呆然と、タカトが歯を噛み締めながら呻く。

 

「が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!」

 

 吠える。破壊の権化となりつつある存在、シオンは、天を仰いで。

 だが、その姿はまるで、泣き叫んでいる子供のようにも見えた――。

 

 

(後編に続く)

 




はい、第二十八話の中編でした♪
ちなみにシオンが最後に使った反物質砲も大罪スキルに該当します。詳しくは後ほどをお待ちに♪
では、欝ラストの第二十八話後編でお会いしましょう♪
ではではー♪

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