魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「なんでこんな事になってしまったんだろう。俺は、そう思う。そして、あの人はなんで――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第二十七話「アヴェンジャー」

 

 ――叫び。天を衝く大音声を上げて、感染者と化したシオンが吠える。音は衝撃となって辺りを打ち、盛大に雪煙を舞い上がらせる。

 ティアナはただ呆然とそんなシオンを見ていた。

 

 まだ信じられなくて。

 まだ信じたくなくて。

 

 だが何度目を擦ろうが、何度疑おうが、結果は変わらない。

 シオンが因子に感染したという――感染していたという事実は変わらなかった。

 

「……なん……で……」

 

 なんでなのかと、どうしてなのかと、彼女は思う。だけど答える人間は誰もいない。ティアナは涙が頬を伝った事を自覚した――。

 

 変わってアルセイオ。彼は舌打ち一つと共に現状を認識。意識を切り替える。

 

「……坊主」

「神庭が、まさか」

 

 ソラが呻くように呟く。そして、アルセイオをちらりと見た。

 

「隊長、如何しますか?」

「決まってんだろ。”感染者”を放って置く訳にゃあいかねぇし、クライアントの依頼は聖剣の奪取だ。……潰すぞ」

 

 彼は即断する。やる事は変わらない。シオンを打ち倒し、イクスを奪うだけだ――ただ。

 

 ……こんな形で、か。

 

 どうやらシオンに期待していた結果は得られなくなりそうだった。シオンならば、道が拓けるとも思ったのだが。

 

「見込み違いだったな。……悪ぃな坊主」

 

 苦笑し、佇むシオンをアルセイオを見る。同時に剣群がその背に生まれた。

 

「リズ、俺とお前が前だ。リゼは隊長を援護。足を止めろ」

「了〜〜解〜〜」

「……了承」

 

 即座に飛ぶソラの指示。それにリズ、リゼも頷く。同時に剣群がシオンに剣先を向け。

 

「行け」

 

    −撃!−

 

 一斉に放たれた。剣の絨毯爆撃だ。シオンへと迷い無く突き進むそれに、しかしシオンは動かない。

 ただ、口から白い吐息と共にるる、と唸り声を漏らすだけ。さらにリズ、ソラが剣群の後ろから突っ込む。止めとばかりに、その後ろにはリゼが周囲に光球を生み出していた。

 三段構えの攻撃。剣群、近接、射撃。例え、剣群を避してもソラ、リズの攻撃が、さらにリゼの射撃が待つ理想的な連携攻撃である。対感染者用とも言えるそれは正しく必殺。だがシオンはそもそも動かない。ただ佇むだけだ。そして剣群がシオンへと突っ込み――。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 ――叩き込まれ、硬い音と共に弾かれた。

 

「はぁ!?」

 

 流石にその結果にはアルセイオも驚愕の声を上げた。だが、未だに叩き込まれている剣群はシオンに刺さる事は無い。ただその身体を揺らすのみ。それを見て、ソラとリズも止まり。

 

「るる……!」

「「――っ!」」

 

    −轟!−

 

 瞬間で、爆発したが速度を持って弾き飛ばされた。剣群を受けている筈のシオンが、そのまま瞬動で突っ込んで来たのだ――立ち止まった二人に!

 

 くねる三本の尻尾に、アルセイオは呻く。あれがソラ達を打撃したのか。その一撃がまったく見えなかった。

 

「ソラ! リズ!」

「ぐっ……」

「う〜〜」

 

 弾き飛ばされた二人は雪が敷き詰められた地面に叩きつけられて呻く。

 

「る!」

 

 そして、シオンが空を舞った。まるで獣のような動きで両の鈎爪が振りかぶられる。狙いは――リズ!

 

「あ……」

「リズっ!」

「……させない」

 

    −弾!−

 

 ソラから飛ぶ警告。だがリズは身体が痺れているのか、動けない。そんな姉を助ける為に、リゼが二十の光球を放った。それはシオンへと突き進み。

 

「かぁっ!」

 

    −波!−

 

 ただの一吠えで、消し飛ばされた。振動波が発生したのだ。裂帛の咆哮だけで! その結果にリゼが目を見開き、叫ぶ。

 

「……姉さん!」

 

 逃げて――その言葉すら間に合わなかった。

 

    −閃−

 

「あ……」

「ぐる、る……」

 

 空中で回転して、勢いのままに振るわれた右の鈎爪。それが、華奢なリズの身体に撃ち込まれた。

 

「……ねえ、さん?」」

「リ――」

 

 直後。盛大に血飛沫が上がった。

 

「姉さんっ!」

「リズっ!」

「ひ……、あ……!」

 

 リゼとソラからあがる声。それにリズは答えられない。そしてシオンもまた止まらない。

 

「が、ああああああああああああああああああああっ!」

 

 −撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 連撃! 左右の鈎爪が間断無く撃ちつけられる。リズは悲鳴すら上げられず、ただ蹂躙されていく――!

 

 −ブレイク・インセプト−

 

 −ただ空へと我は向かう−

 

「魔皇撃っ!」

 

    −突!−

 

 次の瞬間、ソラが裂帛の声と共に突きを繰り出した。それは束ねられ、空気を引き裂き、空間すらも歪め、捩れた衝撃を形成。一点の矢となって、放たれた。螺旋の一撃はリズを蹂躙するシオンの背中に吸い込まれ。

 

    −破!−

 

 その威力を遺憾無く発生。シオンは盛大に捩れ回転と共にすっ飛んだ。

 

「――リゼ、リズを!」

「はい!」

 

 直後にアルセイオから出される指示。リゼは即座に従い。アルセイオもまた止まらない。

 

 −ソードメイカー・ラハブ−

 

 響くはキースペル。同時に生み出されしは万を超える剣群。それも全てが十メートルオーバーの巨剣だ。剣群は生み出されたと同時に吹き飛んだシオンに撃ち込まれる!

 

    −轟!−

 

 放たれていく万を超える剣群はあたかも剣の激流だ。そのあまりの量。そして破壊力に、シオンは周りの地面ごと、穿たれ、叩かれ、蹂殺される。

 それでも剣群は止む事が無く、辺りに雪煙を舞い上がらせた。

 

「やりましたか?」

「……どうだろうな。リゼ。リズを連れて帰還しとけ。今なら――」

 

    −破!−

 

 そこまで言った瞬間、漆黒の魔力が爆裂したが如く広がる。同時に剣群達が、跳ね飛ばされた。辺りの地面に突き刺さる剣群達。その中央に立つシオンは――無傷だった。

 

「あれを、喰らって……!」

「チっ」

 

 流石に絶句するソラと舌打ちするアルセイオ。だが、彼は止まらずに右の手を掲げる。しゅるりしゅるりと形勢されていく剣。

 

 スキル:無尽刀。

 

 その実態は辺りの微粒子に魔力を走らせ、剣を作り出す能力だ。近い魔法だと、ヴィータのシュワルベ・フリーゲンや、コメット・フリーゲンが近いだろう。

 あれもまた、周囲の微粒子を中心に鉄球を作り、撃ち出す魔法だ――規模や、威力は似ても似つかないが。

 その無尽刀のスキルを持って、アルセイオは一つの剣を作り出した。刃渡り五十メートルは下らない、極剣を超える極剣を。

 それをアルセイオは担ぎ、同時に足元にカラバの魔法陣が展開。アルセイオの身体が強化される。

 

「お、ら、よっ!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 叫び、投げ撃たれる極剣! それは空気をブチ破り、音速超過。ソニック・ブームを発生させ、シオンへと突き進む!

 大量の剣群が効かぬのならば、一つの極剣を持ってして倒す。アルセイオの考えはひどくシンプルだ。だがそれ故に、その一撃は強力。極剣はシオンを打破し、打ち倒すに足る威力を有していた――しかし。

 

 シオンは向かい来る極剣に前のめりの体勢と成り、四肢を地面につけて、顔を極剣へと突き出した。同時にがばりと開く口顎。直後にシオンへと叩き込まれる極剣。

 そして、アルセイオは、ソラは、リゼは、ティアナは”それ”を見た。

 

 ――がぶり。

 

 そんな、そんな音と共に極剣が、シオンの口顎に。

 

 ”飲み込まれた瞬間を”。

 

 五十メートルを超す極剣が、シオンの口に、勢いのまま飛び込み。食らわれ、喰らわれ尽くす。

 そんな信じがたい光景に、流石のアルセイオすらも絶句する。他は言わずもがな、だ。最後までシオンは極剣を喰らい、その体積だけは何故か変わらない。

 

 そして、さらに信じがたい光景が展開する。

 しゅるり、しゅるりと、生み出され、展開される剣群達――”シオンの背後”に、生み出された剣群達!

 

「おい。……なんだ、そりゃあよ」

「まさか、無尽刀を?」

 

 スキルを喰らい、自分のモノとした?

 

 有り得ない事だ。

 有り得ない事だが、今の現状ではそう判断するしか無い。

 動揺を無理矢理押さえ付け、アルセイオもまた剣群を形勢。生み出されし剣群と剣群。同時に、アルセイオは叫び。シオンは吠えた。

 

「行けっ!」

「が、あああっ!」

 

    −撃!−

 

 剣群がぶつかり合い。

 

    −裂!−

 

 互いを喰らい合い。

 

    −破!−

 

 互いを砕き合う!

 

 ぶつかる、ぶつかり合う剣群達。金属がぶつかり合う甲高い音と共に、無尽刀同士という有り得ない衝突は成された。

 

「くっ! 坊主……!」

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 自らの能力を喰らわれ、そして向けられ、アルセイオが苦々しく顔を歪める。だが、シオンは構わず獣のような呼気を吐いたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 放たれ、撃ち込まれ合う剣群同士のぶつかり合いは未だ止まない。シオンの攻撃で瀕死に追いやられたリズはリゼが転移魔法で連れ帰った。

 そんな状況の中で、アルセイオは次々と剣群を作り出し、放つ。しかし、その息はもはや荒い。

 

「ぐ……っ」

「隊長。もう、魔力が!」

 

 ソラがアルセイオに警告を飛ばす。そもそも二連戦なのだ。しかも、大量の剣群を何度も作り出して戦っている。いい加減、魔力も底を尽きかけていた。

 いかな”無尽”刀だろうと、魔力が無ければ尽くせ無い刀とは成り得ない。

 

「隊長、ここは撤退しましょう」

「馬鹿言え。……と言いたいとこだが。流石に限界か」

 

 苦笑するアルセイオ。だが、その胸の内はどれほどの屈辱を感じているのか。

 自身の能力を喰らわれ。部下の一人は瀕死だ。しかし、現状を認識出来ない男でも無い。

 アルセイオは全ての感情をたった一つの溜息で吐き出した。

 

「しゃくだが。ここは撤退だな《嬢ちゃん》」

「え……?」

 

 アルセイオ達から離れ、未だ呆然となっていたティアナに彼から念話が来る。それに、彼女は漸く反応した。

 

《流石にここに置いといて見殺しってのも気が進まねぇ。一緒に来い》

《……っ!》

 

 その内容にティアナは顔を歪める。誰が、と思う気持ちと――今のシオンに恐怖を抱いている感情。そして、その末路を見たくないという気持ちがぶつかる。

 感染者と化したシオンは、もはや理性なんてどこにも無い。ただ暴れ続けるだけだろう。それにティアナが巻き込まれるのは間違い無い。トウヤが居ればダイブに賭けると言う手段も在ったが、ここに居る筈も無い。

 そして感染者の末路は二つしか無かった。その途上で死か、意識不明となるかのどちらかしか。そんなシオンの末路なんて見たくなかった。

 

《……私は》

 

 ティアナは未だに剣群を生み出し続けるシオンに視線を向ける。

 

 漸く、気付けた想い。

 漸く気付けたのに、なのに。

 

 次の瞬間、ぶつかり合った剣群が弾き合い、その軌道を変更した。ティアナの真っ正面へと。

 

「しまっ……! 嬢ちゃんっ!」

「あ……」

 

 失態に叫ぶアルセイオ。だが、ティアナは咄嗟の事で動けない。既に回避も防御も不可能だ。

 ティアナはまるで魅入られるように自身に迫る死の具現を見て――。

 

    −撃!−

 

 ――甲冑に覆われた拳がそれを撃ち抜いた。砕き、壊された剣はティアナを避け、辺りの地面にバラバラに落ちる。

 そして、ティアナは見た。自身を助けた、その存在を。

 

「……シオン?」

「う、あ、あ……」

 

 感染者と成り、暴走したシオンは、しかしまるで抗うかのように声を上げて、ティアナを守ったのだった。

 

「ティ、ア、ナ……!」

「……っ! シオンっ!?」

 

 呻くように漏れた声。自身の名前にティアナは反応する。シオンの瞳、そこに意思が戻っていた。だが。

 

「あ、う、ああっ! 駄目、だ。逃げろ……逃げろっ!」

 

 叫び、ティアナに逃避を促す。その瞳は揺らいでいた。

 殺したくなんて無いと。

 奪いたくなんて無いと。

 

「シオン……!」

 

 その瞳を見て、その声を聞いて、ティアナは彼を呼ぶ。そう、シオンもまた戦っている。自身と、その身体を侵す因子と――なら。

 

「嬢ちゃん」

 

 アルセイオからの声。シオンの意を汲み取った事もある。それ故に来いと促すそれに、ティアナは首を横に振った。

 

「私は行かない。ここでシオンを助ける……!」

「嬢ちゃん。自分が何言ってるか――」

「解ってるわ」

 

 アルセイオに最後まで言わせずに、ティアナは頷いた。

 解ってると。手段なんて、無いかもしれない。どうにもならないかもしれないと。だけど、”それがどうした?”

 

「私は、シオンを助ける! 絶対に!」

「嬢ちゃ――」

「う、ああっ! ああああああああああああっ!」

 

 直後、吠えるシオンと共にくねる尻尾が大きくたわむ。それは身近な存在に、唸りを上げて疾った。すなわちティアナに。

 

「っ――!」

 

 ティアナがその一撃に目を見開き。だが咄嗟のそれに、反応が追い付かない。だが!

 

「ティア――――っ!」

【プロテクション!】

 

    −戟!−

 

 ――青の道が走る。それはティアナの眼前に突き立つと同時に、その術者も連れて来た。

 ティアナの相棒。長らくコンビを組んで居た娘。親友であり、そして恋仇。

 スバル・ナカジマがティアナの眼前に。尻尾の一撃をプロテクションで受け止めて、立っていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「スバル……」

「ティア、大丈夫?」

 

 振り向き、いつもの笑顔を浮かべるスバル。その笑顔に、ティアナは堪らない程の安堵を覚えた。

 この笑顔にいつも励まされてきた。奮いたたされてきた。だからこそ、自分とスバルは――。

 

「る、ううう!」

「……え?」

 

 聞こえてきた声にスバルが疑問の声と共に振り返る。それはあまりにも聞き覚えのある声。そこで漸く、スバルは眼前の存在が誰であるかを知った。目が、驚きで見開かれる。

 

「シオン……?」

「ぐ、う、う!」

 

 唸り、同時にその身体から溢れる因子を見て、スバルも現状を認識した。シオンが感染者と化している事に。

 

「嘘……!」

「スバル! プロテクション解除して!」

「え?」

 

 信じられないと呆然としたスバル。しかし、その身体は、ティアナの呼び掛け瞬時に動いた。

 プロテクションを解除。同時に後ろに下がる。そしてティアナが3rdモードのクロスミラージュを構え、シオンへと突き付けた。

 

「ファントム! ブレイザ――――!」

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 光が溢れる。砲撃だ。クロスミラージュより放たれた光の奔流は、迷い無くシオンへと叩き付けられ、その身体を盛大に吹き飛ばした。

 

「ティア……! あのシオンは……!?」

「因子に感染してるわ」

 

 スバルの問いに即座に答えつつ、クロスミラージュを1stモードに移行し、複製を作って両手に持つ。

 

「いつからなんてわからない。……少なくてもさっきまでは普通だったのよ。でも、今は感染してるわ」

「そんな……」

 

 スバルは再び呆然となる。さっきのティアナと同じ反応だ。だから。

 

「スバル、シオン助けるわよ」

「……え?」

 

 ティアナはスバルに言い放った。シオンを助けると。

 その言葉にスバルが驚きと疑問の声を上げる。でも、ティアナは構わない。その瞳を真っ直ぐ見る。いつも、彼女がそうするように。

 

「さっき、イクスが言ってた。”まだ早い”って。推測だけど。多分、シオンはずっと前から感染してたんだと思う」

 

 だからと続ける。同時、吹き飛ばされたシオンがのそりと起き上がるのが見えた。

 

「封印か何かは知らないけど、一度封印出来てたんだもの。再封印出来ない筈は無いわ。」

「ティア……」

 

 咆哮。それを再び上げるシオンに、二人は視線を向ける。互いのデバイスを構えた。

 

「私とあんたなら絶対出来る。……私は自信あるけど、あんたはどう?」

「私は……」

 

 次の瞬間、シオンの姿が消える。瞬動だ。一瞬で眼前へと迫るシオンに、しかしスバルはマッハキャリバーを唸らせ同時に前に出た。カートリッジロード!

 

「はぁぁっ!」

「ぐ、る、おっ!」

 

 交差するスバルとシオン! だが、スバルのリボルバーナックルは、シオンが放つ右の鈎爪をかい潜り、その胴に叩き込まれた。

 

    −撃!−

 

 轟音と共にシオンが水平にすっ飛ぶ。カウンターでリボルバーキャノンが叩き込まれたのだ。その威力は一撃必倒に等しい。

 シオンを殴り飛ばしたスバルはそのままティアナへと振り向く。その目に迷いは無い。あるのはただ決意のみ。

 

「うん! やろう、ティア!」

 

 頷くスバルにティアナもまた頷く。そして、共に前を向いた。今の一撃を物ともせずに立ち上がるシオンへと。

 

 助ける為に。

 取り戻す為に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「るる……!」

「シオン……」

 

 四肢を地面へとつけ、唸るシオンはまるで獣だ。

 そんなシオンにスバルは名を呼ぶ。だが、反応は無い。ただ呻くだけ。

 

「スバル、いい? シオンをまず拘束するわ。そして、なのはさん達にケージ系の魔法で封印してもらう。後は本局でトウヤさんにダイブを頼む。いいわね?」

「うん!」

 

 方針を話すティアナにスバルも頷く。シオンは相対する二人に、ぐるっと呻きを放ち。直後、その背に剣群が生まれた。

 

「え!?」

「くっ……!」

 

 スバルが驚愕し、ティアナが苦々し気に呻く。

 ――無尽刀。アルセイオから先程奪ったスキルだ。

 いかな方法かは不明だが、今のシオンに無尽刀は厄介としか言いようが無い。そんな二人にシオンはまた構わない。剣群が、二人に剣先を向け――。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃−

 

    −撃!−

 

 ――横合いから放たれた同じ剣群に砕かれた。

 

「え?」

「あんた達……!」

 

 二人はその剣群を放った人物に目を向ける。笑いを浮かべ、ダインスレイフを構える男、アルセイオに。

 

「くく、く。はははは!」

 

 アルセイオは笑っていた。シオンを見てでは無い。スバルとティアナを見てだ。

 ひとしきり笑うと、後ろのソラに目を向ける。ソラはただ嘆息した。

 

「ソラ、ダイブの術式、覚えてんな?」

「はぁ、了解です」

 

 そんな嘆息混じりの返答にアルセイオは笑い。スバル、ティアナに目を向けた。

 

「そう言うこった。嬢ちゃん達、協力してやんぜ!」

「ええ!?」

 

 スバルが驚きの声を上げ、ティアナもまた軽く目を見開く。それにアルセイオは笑い。同時に剣群を展開した。

 

「ソラがダイブの術式を展開すっからよ。後は嬢ちゃん達が坊主の中に入んな」

「「…………」」

 

 アルセイオの提案。思ってもみなかったそれに、スバル、ティアナはしばし呆然とする。その提案は渡りに舟だ。さらに。

 

「時間稼ぎはこっちでやってやる。後は任せて行ってきな」

 

 そんな事を言う。至れり尽くせりである――ある、が。

 

「……何が目的よ?」

 

 呻くようにティアナが問う。自分達は敵同士なのだ。協力はありがたいが、何か裏があると思うのが普通だ。

 ティアナの問い。だがそれにアルセイオは笑う。

 

「別に? 強いて言うなら気まぐれって所だな」

「「は?」」

 

 アルセイオの答えに、スバル、ティアナは唖然とした。アルセイオの後ろでは再びソラが嘆息。いろいろな意味で呆れを多分に含んだ嘆息である。

 

「どういう意味よ?」

「気まぐれの意味分かんねぇか? 事典的な意味で言うなら――」

「そうじゃなくて!」

 

 ツッコミを入れる必要はまったく無いのだが、ティアナは殆ど反射的にツッコミを入れた。アルセイオは笑みを浮かべる。

 

「深い意味なんぞはかけらもねぇよ。言っただろ? 気まぐれってな」

「……本当に無いから困る訳ですが」

 

 後ろから半眼と共にソラがツッコミをこれまた放つ。そこには慣れた者特有の脱力感があった。

 

「ソラ、いちいち細けぇ事気にすんなよ。万事、塞翁が馬と言うだろうが」

「上手くいけば、そう言えますがね。まぁ、いいです。どちらにせよ、このままじゃあ任務失敗ですしね」

 

 肩を竦め。しかし、ソラの足元にはカラバの魔法陣が展開する。

 

 −ブレイク・インセプト−

 

 同時に響くは鍵となる言葉だ。どうやら本気で協力するつもりらしい。そんなアルセイオに、少しだけティアナは微笑み、スバルと頷き合う。

 

「シオンを助けるまでの協力だけど」

「おう、仲良くしようや」

 

 互いに笑い合う。ここに呉越同舟の協力体勢は成った。

 

「さて、じゃあ――」

「スバル――――!」

 

 アルセイオがシオンと相対しようとする直前、声がした。

 呼ばれたスバルとティアナが声のした方向、上空を見る。そこにはNR2の面々が、それぞれの方法で空を翔けていた。それを見て、スバルもまた笑顔を浮かべ。

 

「ギンね――」

「っ!? スバル!」

 

 答えようとした時、空気が動いた。

 シオンだ。アルセイオすらも反応出来ない速度での瞬動。それを持ってして移動して来たのである。スバルの、眼前に。

 

「あ……」

「が、あぁ!」

 

 既に右の鈎爪は振り上げられ、鈍い黒色の光を放つ。それをスバルは、ティアナは――アルセイオすらも何も出来ない。ただ振り下ろされんとする鈎爪を見て。

 

 −トリガー・セット−

 

 ――空間に響く声を聞いた。

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 スバルが、次に感じたのは風。激烈な風であり、怒涛たる風だった。だが、その風はどこか優しい。

 

「おいおい」

 

 アルセイオが目を見開き驚愕の声を上げる。

 

「これはまた」

 

 ソラが苦笑を伴い、もはや呆れとなった嘆息を吐く。

 

「嘘でしょ……?」

 

 ティアナも信じられないとばかりに呆然と声を漏らした。

 そして、スバルは見る。

 その背中を。

 その背中はかつて、シオンのココロを見た時、最も印象的だった姿だ。シオンが憧れた背中。その背中の主の名を、スバルは呆然と呟いた。

 

「タカト、さん……?」

「……」

 

 思わずさん付けで呼んでしまったスバルに、しかし彼は視線を向けない。

 その場に現れたタカトは己の異母弟と真っ直ぐに対峙した。

 

 奪った少年と。

 奪われた青年。

 

 二人はいつかの教会の再現とばかりに、再びここに相対したのだった。

 

 報復せし者(アヴェンジャー)。それは果たして、どちらの事を指すと言うのか――。

 

 

(第二十八話に続く)

 

 

 




次回予告。
「奪った少年と、奪われた青年は再びの対峙を果たす」
「少年は、そんな青年に後悔して」
「そして少女達は向かう――少年の中へ」
「そこで見た、真実とは」
「次回、第二十八話『少年の願い、青年の決意』」
「――優しかったんだ。それが、ただ一つの真実」

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