魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、テスタメントです。
ここからついに、タカトの行動原理について判明していきます。
彼については、まだこの段階で謎が山ほどあったりするんですが――シオンが表の主人公ならば、裏の主人公たる彼。その辺もお楽しみにです♪
では、第二十六話後編、どぞー♪


第二十六話「墜ちる想い」(後編)

 

 −見せてやるよ。真実を−

 

 その言葉と共に、シオンの脳裏に瞬間でイメージが送られた。

 それは二年前の光景。シオンがルシアを失い、同時にタカトが去ったあの運命の日だ。

 その場所は教会だった。重い音と共に、大きな扉が開く。そこからひょっこり現れたのは自分だった。今より若い、十五歳のシオン。

 

「へぇー。案外、普通の教会だね」

 

 キョロキョロと見回しながらシオンが歩く。その背後から二人の男女が教会に入った。異母兄、伊織タカトと、姉のような人、ルシア・ラージネスである。

 

「シオン、あんまり歩きまわるな」

「大丈夫だよ。普通だぜ? この教会」

「こーら、油断しないの」

 

 ゴチっとシオンの頭にげんこつが落とされた。それに、彼は頭を押さえる。

 

「一応、ここにあるのは第一級の危険物なんだからね?」

「う……。いや、でも」

「言い訳をするな。ほら、行くぞ」

 

 タカトが苦笑いと共にシオンの後頭を押す。それにブーと、言いながらシオンも歩く。ルシアも二人に続いた。三人が目指すのは、祭壇。その上に飾られた十字架であった。

 

「あれか?」

「そうみたいだね」

「……十字架に666って何か皮肉な」

 

 苦笑する。三人が見る十字架。その中央に、666と刻まれた紋様がある。まるで吊されたよう聖人のようだ。そして、それはある意味正しい。十字架はこの666を封印する為のものであった。

 そんな十字架にルシアが近付く。そっと触れて軽く探査すると、直後に顔を歪める。

 

「うーん。やっぱり、封印が解けかけてる……」

「前にこれが封印されたのが相当に前と言う話しだからな。封印が解けてもおかしくは無い」

 

 タカトも嘆息混じりに答える。そして、ルシアに視線を戻した。

 

「ルシア、真名支配で再封印出来るか?」

「――うん、いける。ちょーと、解明にてこずると思うけど、問題無いわ」

 

 タカトの言葉にルシアが頷く。同時に右の人差し指をぴっと上げた。さらに足元にカラバ式の魔法陣が展開する。そして、ルシアは目を閉じた。

 

「真名支配……。これ、ランクEXスキルだよね?」

「何を今さら」

 

 そんなルシアの後に控える二人、シオンとタカトは平和そうに会話を始めた。ぶっちゃけ、何もする事がなくて暇なのだ。シオンの問いにタカトが苦笑する。

 

「万物の事象全てにある真名。それを解明し、その名前をもっての絶対命令だからな。言わば事象支配。つくづく出鱈目だな、ルシアは」

「いやいや。タカ兄ぃは人の事言えないから! 間違っても言えないからね!?」

 

 自分の事を棚に上げて人様の事を出鱈目扱いする異母兄に容赦無く、シオンはツッコミを入れる。同時、ルシアが二人に振り向いた。

 

「そこ五月蝿いっ! 真名で拘束するわよ!?」

「「御免なさい」」

 

 怒鳴られ、即座に謝る異母兄弟二人。「まったく……!」と、ぶつぶつ呟くルシアに、今度は聞こえないように、念話で話す事にする。

 

《つくづく、ルシアにこの能力、合ってるよね》

《……女王様気質だからな》

 

 深く、タカトが頷く。シオンも話しの断片としか知らないが、タカトにとってはとことんルシアは暴君らしい。……最初に会った時の蹴りを未だにシオンは忘れてはいない。

 

《……だが》

《だが?》

 

 続くタカトに、シオンは疑問の念話を上げる。それに、彼はフッと笑った。

 

《ルシアがこの能力の使い手で、俺はよかったと思う》

《…………》

 

 タカトは優しく微笑み、真名を解明しようとするルシアを見る。その瞳はとても穏やかで。シオンはそれを見て、複雑な思いに囚われた。

 

 ……解っていた。解っていたのに。

 タカトにとって、ルシアがかけがえの無い存在だと。

 解っていた――だけど。ああ、だけど。

 

《どうした?》

《え? いや……何でも無いよ》

 

 タカトの問い掛け。それに、シオンは答えをはぐらかすと。

 

「んー……」

 

 そんな声をルシアが上げた。二人は意識を彼女に戻す。

 

「どうした? ルシア」

「あ、うん。真名、解明出来たんだけど、めっちゃ長いのよ」

「長い? どれくらいなのさ?」

 

 シオンの疑問に、ルシアはため息を吐き、そして答えた。

 

「……216文字」

「長っ!」

 

 流石に速攻でツッコミを入れる。半端では無い長さであった。タカトも苦笑する。

 

「確か、ユダヤ教の神の名がそれと同じだったな」

「そうなの?」

 

 シオンの問いにタカトは頷く。ウィンドウを展開。ざっと見せて来る。

 

「6の3乗で、こうなる」

「……皮肉だねー」

 

 6を3乗すると216となる。つまりは666だ。皮肉もここまで続くと、笑いが出てくる。

 

「だぁー! 平和そうに言ってるけど、これ唱えるの私よ!?」

「頑張ってくれ。俺とシオンは外で飯でも食べて来るから――」

「行・か・せ・る・わ・け・が・無・い・で・しょ・う・がっ!」

 

 一字一句ごとに区切りつつ、ルシアがタカトの襟首を捕まえる。そして、耳元でお説教を始めた。

 

「大体あんたはね――! て、聞いてる? 聞きなさいっ!」

 

 目ざとく聞いてる振りをする彼を見抜き、怒鳴り、怒鳴られるルシアとタカト。

 しかし、そんな二人をシオンは見て、複雑な気持ちになる。言わなくても伝わる思いと言うのはある。それが、昔馴染みで。そして、好意を持つならば、尚更。

 シオンはルシアの瞳に、タカトへの家族に向ける以外の気持ちに気付いていた――ずっと、ずっと前から。正直、お似合いだと思う。敵わないとも思った。だから諦めようと思った。思ったのに――。

 

 ……簡単に、忘れちゃくれないんだよな。

 

 苦笑する。そして未だ怒鳴るルシアと、怒鳴られるタカトを見る。

 羨ましいと思ってしまう自分がいる。嫉妬している自分にも気付く。……兄を、タカトを憎いと思ってしまう自分がいる。

 自分にとって、タカトだってかけがえの無い存在なのに。

 

 −だったら−

 

 次の瞬間、声が聞こえた。

 

 ――え……?

 

 疑問符を浮かべ、周囲を見渡す。――だが、いない。自分達の他には、誰もいない。だけど。

 

 −だったら−

 

 また、聞こえた。ルシアとタカトを見るが、二人では無い。

 未だにじゃれつく(シオンにはそう見えた)二人はそもそも声に気付いていない。

 

 −だったら奪えばいい−

 

 ――う、ばう……?

 

 何を馬鹿な。

 そう思う自分が居て、そして抗え無い自分が居た。

 

 −何だ、乗り気じゃないか?−

 

 乗り気? 誰が?

 

 そう思い。しかし、同時に絶句する。他でも無い、自分がだ。

 

 −認めちまえよ? 欲しいんだろ? あの女が?−

 

 違う、違う!

 否定し、しかし。

 肯定する自分が居る……!

 

 −カカカカカカカカカ−

 

 −認めろよ−

 

 −好きなら奪えよ−

 

 −望めよ。汝の欲する所をってな?−

 

 違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。

 

 ――違う!

 

 そうだ――!

 

 否定して、否定して、否定しても。頷く、自分が居た。認めてしまう自分が居た。望んでしまう自分が居た――!

 

 −さぁ、こっちだ−

 

 歩く。シオンの意思に反して、身体が勝手に。

 歩く。シオンの望みのままに、身体が命じるままに。

 

「解った。ルシア、解ったから――? ……シオン?」

「え?」

 

 そこで漸く、二人も気付いた。祭壇に向かって歩くシオンに。

 シオンは歩く、歩く。そして、十字架に手を伸ばし、666の紋様に手を――。

 

「っ! シオン、そこから離れろっ!」

「……え?」

 

 タカトの怒声。それにシオンは漸く正気に戻った。ハッと、気付き――しかし、間に合わなかった。

 手は十字架を触れ、そして解けかけた封印を完全に破った。

 

 −ありがとう、兄弟。−

 

 ――そして、闇が笑った。

 

 次の瞬間、666の紋章から突き出る漆黒の手。

 

 手、手、手、手、手、手!

 

 それが呆然となるシオンの全身に突き刺さる!

 

「あ、ああああ、ああああああああああああああああああああああああああああ――――――っ!」

 

 黒の手。黒の遺思。黒の願い。黒の思い。

 それが、シオンに侵食し、貪り、喰らい尽くす!

 

「「シオン――――っ!」」

 

 叫び、ルシアとタカトが駆け出す。そんな二人に、シオンは恐怖する。歓喜する。

 

「だめ、だ! こない、で……!」

 

 −いいぜ? 来いよ−

 

 来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな!

 

 来て、来て、来て、来て、来て、来て、来て!

 

 相反する思いがシオンに渦巻き、対立し、叫び合う――だが。

 

 

 −認めちまえよ−

 

 −欲しいんだろ?−

 

 −あの女が−

 

 −憎いんだろ?−

 

 −あの男が−

 

 

「ちが、う! ちがう……!」

 

 ――何も違わない。

 

 そして。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 叫ぶと同時に、シオンから無数の数の漆黒の手が伸びる!

 それはタカトを無視して、後ろの彼女へと向かった。

 

「っ――!? ルシア、逃げっ――!」

「――え?」

 

 −いただきます−

 

 ――そして。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 シオンはタカトから彼女を奪ったのだった。

 

 何も無かった少年が漸く手にしたモノを、少年が全て奪った。

 それは、ただそれだけの話し――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラブリッジ。そこでアースラの艦長である八神はやては難しい顔をしていた。

 何故か? 理由は簡単、今、目の前に居る少女。スバル・ナカジマが原因であった。

 

「あんな、スバル。さっきも言うたと思うけど、スターズ少隊は待機や。シオン君とティアナの捜索にはN2R少隊を向かわせるよ」

 

 はやての言葉に、しかしスバルは頷かない。シオン達が落ちたのは聖域だ。魔導師では話しにならない――そもそも魔法が使えないのだから。

 その為に全員が戦闘機人であるN2R小隊へ捜索に出てもらうつもりだったのだ。だが、それにスバルもまた志願して来たのである。話しは当然拗れてしまった。

 

「私も戦闘機人です」

「そう言う意味とちゃうやろ? スターズ小隊は感染者、謎の魔導師部隊と連戦してる。そんな疲労が激しい人員を捜索に出す訳にはいかへんやん」

「でもっ!」

 

 俯き、だがスバルは納得しない。これに、はやてもホトホト困ってしまった。

 気持ちはわかる。ティアナはスバルにとって、親友だし。シオンは――。

 

「お願いします、八神艦長」

「うーん」

 

 頭を下げるスバルに、はやては頭を抱える。正直に言えば、スバルを捜索に向かわせるのは許可を躊躇う。

 連戦の疲労は馬鹿に出来ないからだ。しかも、捜索するのは聖域内である。魔法を使えないこの世界での二重遭難は流石にマズすぎる。今は吹雪も止んでいるので、捜索するなら今しか無いのだが。

 

「はやてちゃん。行かせてあげて」

「え?」

「なのはちゃん?」

 

 唐突に、横から言って来たなのはに、はやてが驚いて目を見張る。誰が行かせてやれと言っても、なのはだけは反対すると思っていたからだ。

 彼女はこう言った無茶を人にさせたがらない。自分もしないように気を付けている。それは、かつて彼女自身が無茶を押し通した結果を身を持って知ったからだ――二度と歩け無いとまで言われた程の怪我と共に。

 だからこそ、彼女がそれを言い出すとは誰も予想していなかった。なのははそんな皆に微笑む。

 

「このままじゃあスバル、勝手に出ていっちゃうかもしれないよ? そうなった時の方が私は怖いと思うな」

「うーん」

 

 なのはのその言葉に、はやても考え込む。……確かにその通りだ。

 チラリとスバルを見ると、瞬間で悟る。スバルの瞳は決意で溢れていたから。

 はやてはハァーと、ため息を深く吐いた。

 

「わかった。でも、何か身体に異変があったり、疲労が目立ったらそこで終わりや? ええな?」

「はいっ! ありがとうございますっ!」

 

 ぱあっと瞳を輝かせて、スバルが笑い、頭を再度下げる。それにはやては頷き、シャーリーに頼んでギンガを呼び出した。

 その間にスバルはなのはの元に駆ける。

 

「なのはさんっ。その、ありがとうございます!」

「うん。でも、本当に気をつけてね? 無理は絶対にしちゃ駄目だよ」

「はいっ!」

 

 頷き。「失礼します」と声を掛けてスバルがブリッジを出る。それを、はやてとなのはは見送った。

 

「……なのはちゃんが、まさかああ言うとは思わんかったなー?」

「にゃはは。ごめんね、はやてちゃん」

 

 「ええよ」と、はやても笑う。そして、すっと視線を聖域を映すウィンドウに向けた。

 

「気持ちはわかる。あんま、許可は出したなかったけどね」

「うん。……それに――」

 

 はやてに頷き、なのはも視線をウィンドウに移す。その瞳は何故か不安気に揺れていた。

 

「何か、とっても嫌な予感がするの」

「嫌な予感……?」

 

 問うはやてに視線を向けずなのはが頷く。気付けば、くっと握りしめる指に力を入れていた。

 

「何か――何かが起きようとしてるような……」

 

 そんななのはに、はやては答えられず、またウィンドウの先の聖域に視線を向ける。

 吹雪が止んだ聖域は、そこに静かに佇んでいた。嵐の前触れのように、ただ穏やかに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……ん」

 

 暗い小屋の中でティアナは呻く。その瞼は閉じられている。つまりは寝ていた。

 だが眠りが浅かったのか、その目がゆっくりと開く。半分程開いた所で、パッと完全に開いた。

 

「っ――。シオンっ!?」

 

 叫び、胸元を見る。シオンはちゃんとそこに居た。

 未だ顔は朱いままだが、シオンがちゃんと居た事にティアナはホッとする。しかし。

 

「う、あ……ゴメン、なさい」

「……え?」

 

 シオンの寝言。それに、ティアナは疑問の声を上げた。シオンはしかし、構わない。

 

「ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメン、なさい……!」

 

 ただひたすらに謝る。再び悪夢を見ているのか、その閉じられた瞼から一筋の涙が流れた。

 

「シオン……」

 

 それを見て、ティアナはシオンを抱きしめた。涙を流しながら悪夢にうなされるシオンの背中を、ポンポンっと叩いてやる。シオンはそれに落ち着いたのか、漸く寝言を止めた。

 

「何の夢を見てたのかしら?」

 

 ほっと息を吐きつつも、ティアナは疑問符を浮かべる。先程の彼は尋常な様子では無かった。

 謝り、涙を流したシオンにティアナはそう思う。

 謝らなきゃいけない程、辛い夢だったのか。スッと顔にかかった髪を退かしてやる。そして、毛布を共に包むように被り直した。

 

「……シオン」

 

 ティアナはシオンの顔をじっと覗き込む。ここに――聖域に来て、いろんなシオンを見た。あまりにも弱々しく、一緒に居てくれと寝言で言う程、淋しがりやなシオンを見た。

 ――弱いシオン。しかし、それを見てティアナはシオンの事を幻滅したりなんてしなかった。

 ただ一つシオンの事を知れた事が嬉しかったのだ。同時に、そんな自分にちょっとだけ呆れた。

 

「好きかも、か」

 

 自分で言って、顔が朱くなった事を自覚する。それはもう一つの自覚も促した。”かも”では無いと。でも、それは――。

 

 ……スバル。

 

 脳裏に描かれるのは相棒であり、親友でもある一つ年下の少女だ。言わなくても、気付く事はある。ティアナはスバルの想いにもまた、気付いていた。

 

 ……どうなるんだろ?

 

 まさか一緒の男の子を好きになるなんて思わなかった。スバルもそうだろう。

 だから迷う。スバルにこれからどう接したら良いのかを。

 

 ――だが。

 

《聞こえるか――?》

 

 唐突に大音声が小屋に響いた。それにティアナはぎょっとなる。今の声は、先程襲い掛かった、確か無尽刀と名乗った男の声! 見つかったのだ。まさか聖域まで追って来るとは。

 

《三分だけ待つ。その間に外に出な! もし時間が過ぎても出ない場合は強行突入と行くぜ?》

 

 三分。告げられたそれに、ティアナは顔を歪めた。魔法も使えない今の状況、それに時間制限のおまけ付きだ。はっきり言ってどうしようも無い。

 

《ああ。遭難のお約束をやってんなら、早く服を着な。そんなものは関係無く突入すんぜ? ソラが、喜ぶだけだぞー?》

《誰がですか!?》

《副隊長〜〜?》

《……えっち》

《冤罪だ!》

 

 その後もぎゃいぎゃいと声が――おそらくは機械式のスピーカーだろう、それを介して響く。

 そんな漫才に構わずティアナは考え込む。どうやって、自分達を捜しあてたのかも謎だが、それ以上にこの状況をどうするのかを考える。

 

 ……とりあえず。

 

 服だけは着る事にした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「リボルバー! シュ――トっ!」

 

    −轟−

 

 放たれる衝撃波に三機のガジェットが纏めて粉砕される。それを放ったスバルは、そのまま止まらずに疾駆した。

 この雪原ではマッハキャリバーの機動が上手く使えない――ウィングロードも使えない現状では仕方なくもあるが。

 そんなスバルに上空からⅡ型が三機、急降下。ミサイルを放とうとして――。

 

    −轟!−

 

 ――光の渦に纏めて飲み込まれた。

 

「IS、ヘヴィ・バレル」

 

 その砲撃を放ったディエチがぽそりと呟く。そして、更に群れをなして飛んでくるガジェットに殺到する投げナイフ。スティンガーと光弾。光弾は先頭のガジェットにぶつかると同時に、その威力を発揮。

 数台纏めて破壊し、さらにその奥のガジェットにスティンガーが突き刺さる。

 

 ――パチリ。

 

 同時、指を鳴らす音が響いた。瞬間。

 

    −爆!−

 

 スティンガーが一斉に爆発! 迫るガジェット群が纏めてその爆発に飲み込まれた。

 

「チンク姉、ディエチ、ウェンディ、ありがと〜〜」

 

 スバルが礼を言うと、彼女達も頷くと同時に、N2Rは集合した。

 

「それにしてもガジェットがこんなに居るなんて……」

「考えてみれば、当たり前っスけどね」

 

 唸るギンガ、そしてウェンディの言葉に皆頷く。何しろ魔法が使えないのだ。ならば、ガジェット等の機械群はかなり有効であった。

 

「急がなくっちゃ……!」

「慌てるな、スバル。ノーヴェ、どうだった?」

「駄目だ。森が深すぎて空からじゃあちょっと無理だ」

 

 空からエアライナーでシオン達を探していたノーヴェの返答に、スバルはくっと唇を噛む。そんなスバルに、ギンガが頭を撫でてやった。

 

「スバル。二人が心配なのは分かるけど、焦っちゃ駄目。それは解る?」

「……解ってる。解ってるよ。けど、でも」

 

 ――それでもどうしようも無い。スバルはそう思った。

 ティアナ、そしてシオン。二人の事を考えて。

 ――もし。

 もしかしたら。と、考え込んでしまう。

 よく無い傾向だと、それは分かる。でも止まらない。止められないのだ。そんなスバルを囲んで一同に一時の間が流れ――。

 

「ねぇ。これ何だろ?」

「え……?」

 

 沈黙を破るように、ディエチから声が上がる。彼女は木を背にしてもたれ掛かっていたのだが、今はその木に向かい合っていた。それにスバル達も疑問を浮かべつつ、見てみた。

 

「これ……」

「何かの目印か?」

 

 ギンガが驚き、チンクが首肯する。それはナイフのような鋭利なもので付けられた傷であった。同時。

 

「うん?」

 

 チリリリリと音が鳴り、ノーヴェの五感が強化される。戦闘機人ならではの機能だ。

 

「どうした? ノーヴェ?」

「いや……。声、聞こえないか?」

 

 チンクの問いにノーヴェが答え、それに他のメンバーも感覚、特に聴覚を強化する。

 

「……うん。聞こえるわね」

「これは、声か?」

 

 ギンガ、チンクも首肯し、同時にスバルも気付く。この、声は!

 

「確か、無尽刀って人の……!」

「無尽刀? それって確か例の魔導師部隊の奴だよな?」

 

 驚くスバルにノーヴェが尋ねる。しかし、聞こえていないのか、スバルは答えずに駆け出した。

 

「スバル!?」

「ゴメン! ギン姉、先行くね!」

「待てスバル!」

 

 ギンガ、チンクから制止の声が掛かるが、スバルは止まらない。一気に声の方へ突き進んだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 山小屋の中。ティアナは着替え終え、立っている。シオンは相変わらず寝たままだ。

 時々うなされている。だが、シオンを連れていく訳には行かない。

 

《そろそろ、三分だぜ――!》

 

 その声にティアナは顔を上げる。結局、何も思いつかなかった――この状況を打破する方法は。三分で思いつけと言うのが、そもそも無理なのだが。

 

「……シオン、ごめん。借りるわね?」

 

 謝り、シオンの服のポケットに手を伸ばす。程なくして、それは出て来た。

 待機状態のイクスだ。今は聖域の影響か、何も話せず、何も出来ない。

 

「……イクスもごめんね」

 

 イクスにも謝る。おそらくではあるが、無尽刀達の目的はイクスだ。最悪の手段として、彼を渡す事も頭に入れて置かなくてはならない。

 イクスを手に握ると、小屋の出口に向かう。扉を開く前に、一瞬だけシオンを見た。

 

「シオン、行ってくるわね」

 

 シオンは答え無い。ただ呻くだけだ。そんなシオンに少しだけ微笑み、ティアナは小屋を出た。敵が待つ、冬の世界に。

 

 ――だが、ティアナは気付けなかった。直後に、呻くシオンからぽこりと少し溢れるものがあったと。それは黒の点。黒の泡。

 

 アポカリプス因子が、シオンの身体から溢れ始めていた。

 

 

 

 

 

「よう、遅かったじゃねぇか」

「…………」

 

 外に出るなり、無尽刀、アルセイオから声が掛かる。外にはアルセイオを始めとして、ソラ、リズ、リゼが居た。

 全員、防寒服を着用している。魔法が使えず、バリアジャケットが纏えないので当たり前ではあるが。

 そして、四人の周りにはティアナにとって非常に見覚えのあるものが居た。

 ガジェットだ。楕円形のⅠ型のガジェット達がおよそ二十体程宙に浮いている。それにティアナは合点がいった。なんで魔法も使えないこの聖域で自分達を捜せたのか。ガジェットを数任せで出して、そのセンサーで捜し出したに違い無い。魔法を使え無い聖域では、非常に有効な方法だと言えた。

 

「……坊主がいねぇな? 中か?」

「知らないわ」

 

 即答し。しかし、ティアナは歯噛みする。ガジェットのセンサーがあるのだ。生体反応を調べる事なぞ、楽勝だろう。

 当然、ソラ達もガジェットを操作。センサー類で小屋を探査し、アルセイオに頷く。

 

「やっぱ、あの小屋か」

「…………」

 

 ティアナはその言葉に頷かない。強がりのようだとは分っていても、それでも頷かなかった。

 そんなティアナにアルセイオは笑い、右手を差し出す。

 

「さて、嬢ちゃん。俺の目的は何か解るよな?」

「…………」

 

 答えない。そんなティアナに、しかしアルセイオは笑う。

 

「持ってきてるんだろ? 聖剣」

 

 ……やはりそれが目的か。

 先の戦闘の最中で、アルセイオがシオンにイクスを差し出すように言ってはいたが――。

 

「イクスを手に入れて、どうするの?」

「そいつは俺も知らねぇ。クライアントにでも聞きな」

 

 肩を竦める。そんなアルセイオにティアナは唇を噛む。時間稼ぎもろくに出来ない。厄介な男であった。

 イクスを渡そうとしないティアナにアルセイオはフッと笑うと、ガジェットを前進させる。向かわせるのは彼女が出て来た小屋――!

 

「っ! 待って!」

 

 脅しだとはティアナにも分かる。だが、それでも止めずにはいられなかった。

 そんな自分にティアナは顔を歪め、アルセイオは笑う。

 

「止めて欲しかったら、解るわな?」

「……っ」

 

 その言葉に目を伏せ、ティアナは黙り込む。だが、再び前進しかけるガジェットにティアナはついにポケットからそれを取り出した。待機状態の、イクスを。

 

「そう、それだ。それを渡してくれるなら、この場から引くどころか、聖域の外まで連れて行ってやるぜ?」

 

 ここに来て、もう一つの提案。それにティアナは呻く。

 今のシオンの様子を鑑みれば、一刻も早く治療する必要がある。ジャケットも纏えないこの聖域から連れ出してくれるという提案はあまりに魅力的過ぎた。

 

「く……っ」

「悪ぃ話しじゃ無ぇだろう? で、どうする?」

 

 迫られる選択。しかし、それはあまりに選ぶ余地が無い選択でもあった。

 ティアナは手の中にあるイクスを握る。くっと力を込め、瞳を閉じた。

 

 シオン。イクス……ごめ――。

 

【……再起動開始。ここは?】

 

 瞬間。聞こえない筈の声がティアナの掌から聞こえた。

 は? と疑問符を浮かべつつイクスを見る。すると、イクスは待機状態から人型になった。

 

【ティアナ・ランスターに――無尽刀!? 何だ、この状況は!?】

「――っ! クロスミラージュ!?」

【はい、マスター?】

 

 はっと気付き、懐の相棒に声を掛ける。直後に応える声に、ティアナは即座にクロスミラージュを取り出した。

 

「セット・アップ!」

「――っ! ちぃ!」

 

 漸く、驚愕からアルセイオが立ち直る。しかし、遅い!

 バリアジャケットを纏うと同時に、カートリッジロード!

 

「クロスファイアー! シュ――――トっ!」

 

    −閃!−

 

 ティアナの叫びと共に放たれるは二十の光弾!

 それはアルセイオ達に、そしてガジェット達へと突き進む。アルセイオ達は即座に反応。後退する事で回避した。

 しかし、ガジェット達はそうも行かずに、光弾を叩き込まれ、一瞬の間を持って、盛大に爆発した。

 

「何だ? 何で魔法が使える!?」

 

 アルセイオから上がる疑問。しかし、ティアナは答えない。向こうはデバイスを起動すらしていないのだ。ならば今が絶好のチャンス!

 

「クロスファイアー……!」

【待て、ティアナ・ランスター! この状況は何だ!? シオンは!? ここは何処だ!?】

 

 叫ぶイクス。しかし、そんなものに構う暇は無い。ティアナはイクスを無視する事に決めた。

 

「シュ――――ト!」

 

    −閃!−

 

 再び放たれる光弾! 二十のそれは迷い無くアルセイオ達へと突き進む――だが。

 

「ふうっ!」

 

 鋭い呼気。同時に、アルセイオの背後に剣群が生まれた。それらはすぐさま前進し、アルセイオ達の目の前で展開。盾となって光弾を防いでのけた。

 

「くっ……!」

「……流石に焦ったぜ」

 

 ニッとアルセイオが笑う。それにティアナは顔をしかめた。

 出来れば、今の内に決めて置きたかった。戦力差が大き過ぎるのだ。

 最悪でも今ので一人か二人は倒しておきたかった。そんなティアナをよそに、アルセイオ達もバリアジャケットを纏った。

 

「理由は分からねぇが。魔法が使えるようになったらしいな」

「……っ」

 

 呻くティアナ。ここに来て、再び形成不利。流石にこの四人を相手どって勝てる要素はどこにも無かった。歯噛みし、もう一つの選択――ここからの離脱をティアナは決める。だが。

 

 目眩ましは可能としても、幻術を併用して小屋のシオンを回収して、それから……。

 

 ――難しい。離脱すらも相当に難しい。だが、やらなければならない。何故魔法が使えるようになったかは解らないが、今が千載一遇のチャンスである事に変わりは無いのだ。

 両手にクロスミラージュを握り、ティアナは離脱のきっかけを待つ。アルセイオ達もそれを察しているのか、動かない。しかし、そんな彼女達をよそにイクスが別の方向に目を向けた。

 

【シオン?】

「え……?」

「何?」

 

 イクスから上がる声。それにティアナも、アルセイオも振り向く。そこには、半裸で歩くシオンが居た。

 

「シオンっ! そんな格好で――」

 

 怒鳴り、イクスに起動を頼もうとして。しかし、その表情を見てティアナは固まる。イクスの瞳は驚愕に見開かれていたからだ。尋常な驚き方では無い。

 

「イクス?」

【馬鹿な。……そんな、馬鹿な! まだ、”早過ぎる”!】

 

 叫ぶイクス。それにティアナは疑問符を浮かべる。シオンは構わない。歩く――歩く。そして。

 

「ぐ、る、あ……」

「シオン?」

 

 シオンの様子にティアナは声を掛け、そして。

 

 ――”それ”を見た。

 

「シ、オン……? それ、なに……?」

 

 ポコリポコリとシオンから溢れるものを。それをティアナは信じられない。それは黒の点。黒の泡。

 ティアナは知っている。それを、その名を。それは――!

 

「因子、だと……!」

 

 アルセイオからも声が上がる。それも驚きに彩られていた。ティアナはそれでも信じられ無い。さっきまで普通だったでは無いか。なのに、何故……。

 

【ぐ、あ!】

「……っ! イクス!?」

 

 イクスからいきなり上がる苦悶の声。それにティアナがハッとなり、イクスへと視線を移す。だが、イクスは既にそこに居ない。いつの間にか、シオンの胸の先に居た。

 

【駄目、だ……! やめろ、シオン!】

「る、う、あ、あ、」

 

 シオンは答えない。そのままイクスを捕まえると、自分の胸に押し当てる!

 ずぶずぶとシオンの中へと沈み込むイクス。必死に抵抗するが、その抵抗も敵わず、シオンの中に入っていく。これは、まるで――。

 

「イクスっ!?」

【ティアナ……ランスター、逃げ、ろ――ユニゾン・イン】

 

 イクスの意思に反して、マスターに強制融合させられる。そして。

 

「あ、が、あ……。ああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――っ!」

【トランスファー。コード、アンラ・マンユ。アヴェンジャーフォーム。起動】

 

 ――次の瞬間。

 

    −煌−

 

 闇が。とてつもなく大きな闇がシオンを包み込んだ。

 

「っ――! シオンっ!?」

 

 叫び、シオンへと駆け寄ろうとするティアナ。しかし、その意思に反して、身体は動かない。

 何故か? 震えているからだ。”恐怖に”。

 

「何、で……っ!」

 

 その闇が怖い。

 その光景が怖い。

 そして――。

 

 闇が晴れた。

 そこに居るのはシオンであって、シオンでは無い。全身を覆うのは漆黒の甲冑。刺々しいデザインであり、肩から突き出した二本の角のような大きな刺が特徴だ。手は大きな鈎爪。まるで獣のような爪だった。そして、最後に尻から出ている三本の尻尾。甲冑の一部のそれは、ゆっくりとうねっていた。

 

「シ……オ、ン……?」

 

 呆然と、呆然とティアナが声を上げる。だが、それはもはやシオンには届かない。シオンは天を仰ぎ、口を大きく開いた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――!」

 

 吠え、そして汚れし産声を上げる――!

 

 そう、ティアナは何より、シオンを怖いと思ってしまったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ココロの世界。そこでシオンはうずくまる。

 真実を知って。

 真実に絶望して。

 

 −どうだ兄弟。少しは信じる気になったか?−

 

「う、うぁ……」

 

 シオンは答える事が出来ない。だが、代わりに顔を上げた。

 

「……お前は……。お前は何なんだ……? アポカリプス因子、なのか?」

 

 尋ねる。どうしても聞きたかった。

 自分を誘い。

 自分を喰らい。

 そして、自分に真実を見せたこいつの事を。その問いに、そいつは笑った。

 

 −ああ、それね。それ、俺の名前じゃないぜ?−

 

 ――違う? そうシオンが疑問の声を出そうとして。だがそれより早く、そいつは答えた。

 

 −俺はカミさ−

 

「カ、ミ……?」

 

 その答えをシオンは問い返す。そのままそいつは笑う。

 

 −そう。お前達が因子と呼ぶ、あれの全ての元になったもんだ。元々アレは全て俺から分化したものだからな−

 

「そん、な……」

 

 その答えに、シオンは二の句が告げなくなる。そうだとするならば、こいつが全ての因子の元凶と言う事だ。

 カミ。そううそぶくそいつは、そんなシオンに構わない。続ける。

 

 −この世全ての悪やら、何やら異名はあるがよ。俺の名前はたった一つだけだ。”アンラマンユ”それが俺の名だ−

 

 ――アンラマンユ。拝火教における、最悪の神の名だ。

 こいつが言う事が本当ならば、因子は全て、アポカリプス因子ではなく、アンラマンユと言う存在と言う事になる。

 

 −それより、俺も聞きたい事があるんだよ−

 

「……聞きたい、事?」

 

 −ああ−

 

 シオンの問い返しにアンラマンユはにたりと笑う。そして、シオンの至近に顔を持って来た。

 

 −お兄ちゃんからお姉ちゃんを奪って、どうだった?−

 

「な、に?」

 

 アンラマンユの問い。それをシオンは呆然と聞く。

 なんだ、それは。質問の意味が解らない。

 

 −感想だよ、か・ん・そ・う。どうだった?−

 

「……知らない」

 

 シオンは呻くように答える。アンラマンユが何をしたいのか解らなくて、知りたくもなくて。だけど、アンラマンユは追及の手を緩めない。

 

 −楽しかっただろ?−

 

「違う」

 

 問い、それを否定する。だがアンラマンユは構わない。

 

 −嬉しかっただろ?−

 

「違う、違う!」

 

 叫ぶ。だけど、アンラマンユは止まらない。

 

 −悦んだだろ?−

 

「違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う!」

 

 ――違う!

 

 否定する。それは、それだけは認めない。認められない。シオンはそう思い、しかし。

 

 −認めろよ−

 

 アンラマンユはただ笑った。

 

 −お前は、あの時−

 

「違う、そんな事は、ない、そんな筈、ない……!」

 

 シオンは必死に否定する。それにアンラマンユは最後の言葉を告げた。

 

 −本当に、嬉しそうに笑っただろう?−

 

「あ……う……」

 

 脳裏に浮かぶのはたった一つの瞬間だった。ルシアに伸びた手、そして奪った瞬間。

 

 ――自分は、笑っていた。

 

「あ、う、やめてくれ……」

 

 もう嫌だ。

 こんなの見たくない。こんなの違う。

 シオンは呻く。そして絶望する。

 罪を突き付けられて。罪を見せられて――だが。

 

 −嫌だね−

 

 アンラマンユは否定と共にただ笑った。

 

 −カカカカカカカカカカカカカカカカカ!−

 

 ただただ、笑ったのだった。

 

(第二十七話に続く)

 

 

 




次回予告。
「真実を見た少年の絶望は果てなく、ココロを蝕む」
「その中で少女達は彼と向き合い、無尽刀は我意のままに行動する」
「そして、シオンの前に現れたのは――」
「次回、第二十七話『アヴェンジャー』」
「報復せし者。それは少年と青年、どちらを指すのか」

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