魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「俺はただ求めていた。前を行く背中を、どうしても追いつけない背中を。だからずっと歩いた。一人で。でも気付かされた。ある少女に『一人で歩かなくてもいいんだよ』って。そして、俺は『仲間』に最初の一歩を歩みよる。魔法少女リリカルなのはSTS,EX、始まります」


第四話「独立次元航行部隊」

 

 夜の森。それは一切の人工の光がない世界である。

 闇は幼い少年を怯えさせるのに十分だった。その中で、ぐすぐすと泣いている少年を神庭シオンは上から見る。

 

 これは……?

 

 その光景を見て、シオンは何よりも懐かしい気持ちでいっぱいになってしまった。

 あの泣いている少年。あれは、自分だ。

 そして、これは過ぎ去った筈の過去の光景。

 

 て事は……こりゃ夢か。

 

 嘆息する。いやに意識がはっきりとした夢を見るものだ。

 そして、未だに泣き続けるかっての自分を見た。

 

 ……泣き虫、だな。

 

 そう、ガキの頃の自分は泣き虫だった。今思い出しても、しょっちゅう泣いていた記憶がある。恥ずかしさを苦笑に滲ませながら、シオンは泣き続ける自分を見ていた――と。

 直後、子供の自分の後ろで、草木がガサガサと鳴った。

 泣いていた自分は、ビクっとなり、続いてガタガタと震えだす。

 その光景を、今のシオンは苦い思いで見つめる。次に出てくる存在を知っているからだ。

 

「……ここに居たか」

 

 草木を掻き分けて現れたのは、10、11歳くらいの少年であった。

 顔だちは端正ながら、やけに眠たそうな目つきが気になる。感情が、あまりに薄い印象の少年であった。

 そんな少年を見た子供の自分は顔をパッと綻ばすと、そのまま駆け寄る。

 

「タ……!」

「ぬん」

 

    −撃−

 

 そして、走って来た自分に対して、少年は思いっきりチョップを叩きこんだ。

 

 ……あれは、痛かった。

 

 苦笑いを浮かべる。今でも、あの痛みは忘れた事が無い。案の定、子供の自分も、打たれた場所を押さえて涙目となった。

 

「痛いよぉ……!」

「やかましい。着いてくるなと言ったのに着いて来て、さらに迷子にまでなったんだ。これくらいは当然と思え」

 

 きっぱりと少年は言う。

 それに子供シオンはうぅ〜〜と、また泣きかけそうになって。少年は、小さく嘆息した。

 

「泣くな。泣き虫め」

「泣いてなんか、ないやい!」

 

 子供シオンが叫ぶ。そう、負けず嫌いなのはこの時から全然変わっていなかった。

 

 本当は、泣きそうだったんだよな……。

 

 結構、恥ずかしいものである。当時はともかく、流石に今見ると、そう思う。そんな子供の自分に、少年は微苦笑した。

 

「ほれ、いつまでしゃがんでいるんだ? 帰るぞ」

「うん……!?」

 

 言われ、子供の自分が立ち上がろうとして、しかしまた尻餅をついた。……どうやら緊張が一気に解けて、腰が抜けたらしい。

 

「……何をやっとるんだ」

 

 少年が呆れ顔でぼやく。うっ、と子供シオンは呻き、また目尻に涙が浮かんだ。

 それを見て、今度こそ少年は一つ嘆息し。

 

「ほれ」

 

 今度の自分の正面に回り、しゃがんで背中を向けた。

 

「え……?」

「一つだけ教えておく。俺はさっさと帰りたいんだ。眠いんでな。……端的に言うと、乗れ」

 

 少年の意図を理解して、子供の自分が顔を赤くしたのが分かる。恥ずかしかったのだ。だから、ついつい声を荒げた。

 

「い、いいよ!」

「ほう? ちなみにシオン。お前には三つ選択肢がある。一つ、このまま置いてきぼり。二つ、兄式チョップ説得を受けた後で背中に乗る。三つ……素直に背中に乗る。どれがいい? ちなみに俺のオススメは二番目だ」

「……うぅ」

 

 置いてきぼりもチョップも御免であるのだろう。子供の自分は見るからに呻き、迷った。だが、その二つがダメなら選択肢はたった一つである。

 だから、子供の自分は少年の背中に覆い被さり、首に腕を巻き付けた。

 少年は、背中に体重が乗った事を確認して、立ち上がる。

 

「……軽いな、お前。飯しっかり食べてるか?」

「食べてるよ!」

 

 子供の自分が喚くようにして、反論する。そもそも自分が食べてるものを作っているのは、この少年なのだ。今更聞くような事でもないだろう。

 

「なら、いいがな」

 

 あっさりと頷くと、少年はそのまま歩き出す。

 この年頃の少年にしては軽々と子供の自分を背負って歩く。そんな背中に力強さを感じて、子供の自分は彼のうなじに顔を埋めた。そうやって、暫く歩いていると、少年が話しかけて来た。

 

「それにしてもお前の泣き虫は治らんなぁ」

「泣き虫なんかじゃないやい!」

 

 また叫ぶ。本当に負けず嫌いであった。

 それに少年は笑いを浮かべる。

 

「そういった台詞は頬を濡らんようになってからほざけ」

「あう……」

 

 痛い所を突かれ、子供の自分が俯く。そんな気配を察したのだろう。少年は微笑して続けた。

 

「まぁいい。しかしいつまでもこのままでは駄目だな。……お前も、男の子だろう?」

「うん……」

 

 コクリと頷く。それに、少年は微笑したままで頷き返した。

 

「……今はいい。だが、いつかは泣かないようにならなければな。どんなに辛い事があっても――男なら、どんな時でも涙を見せるな」

 

 目茶苦茶な事を少年は言う。実際、それは無理だろうと今でも思う。だが、この時の自分は、そんな少年に嬉しそうに笑って。

 

「うん!」

 

 そして、頷いた。シオンはそれに再び苦笑いを浮かべる。今は、どうなのだろうと、そう思いながら。

 

 直後、光が差し込むような感じをシオンは得た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 神庭シオンが目を覚ますと、そこには見覚えのない天井が広がっていた。白い天井には、シミ一つ見られない。

 

 ……ここは?

 

「あ、気が付いたみたいね」

 

 疑問符を浮かべていると、声が来た。シオンは反射的にそちらへと顔を向ける。

 そこには茶色い制服のような服の上に、白衣を着た金髪の女性が立っていた。

 多分、自分より3〜5歳くらい上であろう。優しそうな表情が印象的である。その女性は、水が入ったコップを差し出して来た。

 

「はい、お水」

「ども……」

 

 受け取り、水を飲む。相当咽が渇いていたらしく、シオンはコップに入った水を一気に飲み干した。

 その間に、女性は空中に投影されたコンソールを操作し、どこかへと通信を繋げる。

 

 ……?

 

 水を飲んで人ごこちついたシオンは、そんな女性を見て疑問符を浮かべた。よくよく考えれば、何も分かってはいないのだから。通信を終えると、女性はこちらに戻ってくる。

 

「それにしてもよく眠っていたわね。……ここ暫く、ろくに休んでなかったみたいだけど」

「はぁ、まぁいろいろあったもんで。あの、聞きたいんスけど……ここ、どこっスか?」

 

 いろいろ尋ねてくる女性を制して、シオンは逆に尋ねた。まずはここが何処なのかを知らなければ話しにならない。女性もそれに気付いたのか、ハっとした顔となった。

 

「あ、ごめんなさい。まずはそこからね。ここは時空管理局、地上本部の医務室よ。そして、私はシャマルっていうの。よろしくね」

「はぁ……よろしく――って管理局?」

 

 告げられた場所に、シオンは盛大に疑問符を浮かべる。何故に自分はそんな所にいるのか――。

 

「覚えてない? おとついの夕方、市街地で……」

「あ……!」

 

 そこまで言われて、漸く全て思い出した。

 感染者との五連戦。そして、少女との再会を。あの後、ヘリが降りた時からの記憶がない。

 

「現場に到着した時点で君は意識を失っていたの。疲労がもの凄かったのね。まる一日半も寝るなんて」

「……そんなに?」

 

 流石に驚く。そこまで自分は疲れていたのかと。……どうやら、相当に限界であったらしい。

 そこまで理解した所で、唐突に医務室の扉が開いた。女性が二人、入って来る。

 

「あ、ちゃんと目、覚めたんやね。シャマル、お疲れ様」

「はい♪ はやてちゃん。フェイトちゃん」

 

 先頭の、背が低いほうの女性の台詞に頷き、シャマルが二人を迎える。一人はセミロングの髪に、わりかし背が低めの女性。もう一人は、金髪で背が高い女性だ。

 

「さて、まずは自己紹介しとこうか。はじめまして、時空管理局一佐、八神はやてです」

「同じく、時空管理局執務官。フェイト・T・ハラオウンです」

 

 二人から自己紹介されて、シオンも居住まいを正した。何がどうなるかはさておき、礼には礼で返すのが当然だから。

 

「神庭シオンです。はじめまして」

 

 言った直後だ。二人して、ジ〜〜と、こちらを見て来た。思わず、シオンはベッド上でたじろぐ。

 

「あのー、どうかしたんスか? 俺、何かおかしい所でも……?」

「いや、そういう訳やないんやけどな」

 

 はやてが苦笑する。フェイトもだ。そんな二人の反応に、ますます解らなくなって、シオンは首を傾げた。

 

「あんな? スバル・ナカジマって覚えてるか? 君と一緒にいた娘やけど」

「? はぁ、そりゃまぁ」

 

 疑問符を浮かべながらも頷く。あれだけの事があったのだ。いろんな意味で、当分忘れる事はないだろう。……ちょっとだけ赤面したのは内緒だ。

 

「その娘がな? 『シオンって、もう目茶苦茶、言葉使いが悪いんですよ〜〜』って言うてたから覚悟しとったんやけど。思っとったよりまともやったから驚いとったんよ」

「んな……」

 

 絶句する。……そんなに言葉使い悪かっただろうか? そう思い。自分の言動を鑑みて――シオンは考える事を止めた。人間、自覚しない方が良い事もある気がする……多分。

 そんなシオンの思考が表情より漏れていたか、はやてとフェイトは微苦笑した。

 

「っと、話しが逸れたな。フェイトちゃん?」

「うん。シオン君だっけ?」

「呼び捨てでいいっスよ」

 

 思考から立ち戻り、シオンは頷く。その返答を聞いて、フェイトもまた頷いた。

 

「うん、じゃあシオン。君には今、公務執行妨害。並びに騒乱罪。加えて管理局局員に対する傷害未遂容疑がかけられている。これは間違いない?」

 

 フェイトが一つずつ指を立てて、罪状を説明する。公務執行妨害だけでも相当だが、その上二つまで罪状が付くとは。シオンは苦笑し、しかし。

 

「……はい」

 

 今さら否定するつもりもなく、素直に頷いた。自分がやった事だ。否定に意味は無い。フェイトも、そんなシオンの目を真っ直ぐ見て頷いた。

 

「うん。それで私達としては事情聴取の上、逮捕って形になるんだけど……」

 

 しかし、そこでフェイトは一旦言葉を切る。そして、じっとシオンの目を見詰めて、静かに告げた。

 

「でも、君は局員を――スバルを助けてくれたって報告もある」

「いや、あれは……」

 

 言われた言葉を、しかしシオンは否定しようとする。最初、自分としては助けるつもりなぞ更々なかったのだから。だが、フェイトはシオンの否定を切るようにして話しを続けた。

 

「最初にスバルと会った時はそうかもだけど、二回目の時は違うよね?」

「……」

 

 そう言われて、無言になる。

 あれも無意識の行動なので、助けたと言う意識はなかった。しかし、無関係かと言われると、流石に否定しづらくもある。

 シオンの反応に、フェイトは頷いた。

 

「それに、肝心のスバルとティアナからは傷害の容疑を取り消して欲しいとも言われてる。被害者が容疑を取り消すのなら、傷害未遂は無し」

 

 まず立てた薬指を、フェイトは仕舞う。

 

「続いて騒乱罪。こちらは局員が――スバルの事だね。が、到着するまで危険な暴走生物を止めてくれていたって報告だし、最後には協力してくれてる。……君がどんな想いで戦っていたのかは解らないけど、少なくとも君が戦ってくれたおかげで周辺の住民は避難できた。だからこちらも容疑を取下げるよ」

 

 続けて、中指を仕舞う。これで罪状は二つ消えた。後は一つのみ、だが――。

 

「でも公務執行妨害。これは消せない」

 

 ――人差し指を立てたまま、フェイトはそう言った。シオンも黙って頷く。スバルが同行を要請した時、自分はデバイスを突き付けてまで拒否したのだ。当然と言えるだろう。そんなシオンの反応に、フェイトもまた頷いた。

 

「……けど、君が今、私達が調べている案件に協力してくれるなら司法取引で減刑出来る」

 

 なる程。と、フェイトの台詞を聞いて、シオンは思う。

 スバルとの約束もあったのだ。シオンとしては、”ある程度の情報”は、最初からスバルとその仲間達に教える積もりであった。

 

「どうかな?」

「はい。その司法取引にのります」

 

 フェイトの問いに、シオンは即答する。それを聞いて、彼女も表情を和らげた。……後に聞いた話しでは、この司法取引を持ち掛ける時が、一番難しいらしく、シオンがあっさりと受けた事に安堵したらしい。ようやく弛緩した空気の中で、今度ははやてが進み出た。

 

「うん、話しは決まったみたいやね。今度はこっちのお話しや。シオン君、何か探してるそうやね?」

「はい。それは、スバ――ナカジマから?」

 

 頷き、つい名前で言いそうになって、苗字に直す。

 それに、はやては苦笑した。

 

「うん、スバルから聞かせて貰ったよ。それと、スバルとは私達も知り合いやし、名前で呼んでも大丈夫やよ?」

「そう、ですか」

 

 若干戸惑うようにして頷くシオンに、はやては苦笑。うんと頷き返してやり、先を続けた。

 

「そんでな。多分やけどシオン君。また、その探し物する為に、あの暴走生物追っかけるつもりやろ?」

「……」

 

 問いに、シオンは沈黙。しかしそれは、この場では肯定と同じであった。

 そんなシオンに、はやてはやっぱりと思い、そして本題に入る。

 

「それでこれは私からの提案や。シオン君、嘱託魔導師になってみらんか?」

「……嘱託魔導師?」

 

 魔導師はともかく、頭の嘱託の部分にシオンは訝しむような顔となった。彼の疑問に、はやては微笑する。

 

「嘱託魔導師制度言うてな。民間人でも協力者として、管理局員のお仕事が出来るんよ。これやったら情報も集まるし、戦える。君にうってつけやと思うんやけど」

 

 説明を聞いて、成る程とシオンは理解した。

 正式に局員になる訳ではないらしい。ならば、自分にとっては願ってもない事である。勿論、彼女達――時空管理局としては、含む所もあるのだろうが、これは破格の扱いと言っても良かった。

 

「シオン君、どやろか?」

「そうっスね。はい、なります」

 

 迷わずシオンは頷く。何かあれば、その時はその時だ。その答えを聞いて、はやては笑みを浮かべた。

 

「うん。早く話しが決まって、良かったわー。そんなら、はいコレ」

 

 朗らかな笑みと共に、はやてがシオンの傍らに何らかの本を置いていく。一冊、二冊――と。どれも、見るからに分厚い本達である。某町ページのような厚さだ。それを見遣って、シオンは呆然と聞いてみる。

 

「……これ、何スか?」

「嘱託魔導師になるんには試験を受けなアカンのよー」

 

 あっさりと、はやては質問に答えてくれる。しかし、何故かそんな彼女の優しい優しい笑顔に、とても嫌な予感をシオンは覚えた。

 

「……あ、あの――?」

「安心しぃ。試験は学科と実技と面接。実技はさらに儀式魔法と、模擬魔法戦での試験があるけど、これから家庭教師付きで教えたるから♪」

 

 とてもとても、いい笑顔ではやてが言う。……冷や汗を背中が流れていくのを感じた。

 

「フェイトちゃんが学科と面接を。頼めるかな? フェイトちゃん」

「捜査協力で話しを聞かせて貰ってからだけど。うん、任せて」

 

 フェイトもまた、はやてと同じ類の、いい笑顔を浮かべる。シオンの経験上、この類の笑顔を浮かべられた時はろくな目にあった覚えがなかった。

 

「儀式魔法は私が教えたる。安心し。厳しくもしっかり教えたるから」

「えっとあのー……」

 

 ……やっぱ考え直してイイっすか?

 

 それを言いたかったのだが、聞いてくれる気配がない。はやてはゆっくりと、しかし抵抗を許さぬ速度で話しを進める。

 

「模擬魔法戦は、もちろんなのはちゃんが。あ、シオン君はまだなのはちゃんの事分からんな? ちゃんと、紹介したるから安心しぃ」

「いや、ちょ、待……っ!」

 

 ついに声を上げようとする――が、機先を制して、シオンが何か言う前にはやては指を付きつけた。

 思わず黙った彼に、彼女はにっこり笑い。

 

「試験は一週間後や♪ みっちり行くからな〜〜♪」

 

 ……退路がない事を、その台詞から理解して、シオンは絶句する羽目となった。

 そんな少年に、フェイトが苦笑いを浮かべる。

 

「えーと、それじゃシオン。いろいろ聞かせて貰うけど、いいかな?」

「……はい」

 

 ついには色々諦め、取りあえず先の事は置いといておくとして、シオンは気持ちを切り替える事にした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……時間は、少しだけ遡る。

 

 高町なのは。フェイト・T・ハラオウン。そして、八神はやては、とある豪奢な建物の前に集まっていた。聖王教会。そう呼ばれる建物である。ミッドチルダ、ベルカ自治区の中央に位置する聖王教会は、ミッド内に於けるベルカの存在を示していた。

 

「さて、着いたなー」

 

 教会を見上げながら、はやては微笑し、制服の上からローブを着用する。

 ここでは、彼女は必ずローブを身に着けていた。ベルカの騎士を表す為である。そんな彼女の台詞に、なのはとフェイトは頷いた。

 

「うん。でもカリムさん、何の用件なんだろ?」

 

 疑問符を浮かべ、なのはは首を傾げる。フェイトもまた、急に呼ばれた為に戸惑っていた。さもありなん、緊急の呼び出しなど滅多にあるものではない。しかも、この三人にだ。何かあると見て間違いなかった。

 

「うん。こっちで直接話すって言うてたけど。急ぎの話しらしいんよ。……二人共ごめんな。いろいろ忙しいやろうに」

「ううん。大丈夫だよ。それより、スバルが保護したあの子、まだ目を覚まさない?」

 

 首を横に振りつつ、なのはが尋ねる。スバルに剣を向け、しかし助けた少年の事だ。

 かつての自分達と似たような状況に置かれた二人だから、なのはとしても気になっていたのである。

 

「うん……。怪我の方はそれほど重傷って訳やなかったけど、疲労が大きいかったんやね。殆ど、休みなく動いてたみたいや」

 

 少しだけ俯いて、はやては答える。あの少年、神庭シオンが抱える危うさは正直、放っておけないものがある。いつかの彼女の騎士達のような――そんな危うさが、彼からは感じられていたのだ。放っては置けない。だから。

 

「あんな。なのはちゃん、フェイトちゃん。私、ちょっと考えがあるんやけど、ええか?」

「? うん」

「何?」

 

 問われ、二人は疑問符を浮かべながらも頷く。

 そんな彼女達に微笑して、はやては先程の不安と、シオンを嘱託魔導師にしないかという事を話した。

 

「どやろか?」

「うん。いい考えだと思う」

「そうだね。私も賛成。司法取引で話しも聞けそうだし」

 

 なのはとフェイト、二人からの同意に、はやては良かったと笑みを浮かべた。後は本人の意思次第であろう。そこは上手く説得するとして、もう一つ、二人に頼みたい事があった。

 

「そんでな? 二人に頼みたい事があるんや。良かったら、あの子の家庭教師やってくれんかな?」

「家庭教師?」

 

 なのはが小首を傾げるようにして聞き返す。それに、はやてはうんと頷いた。

 

「私の予想が正しかったら、多分早くにもあの子を使えるようにせなあかん」

「……その予想って?」

 

 はやての声音に、フェイトは若干静めるような声音で先を促す。しかし、それに彼女は首を横に振った。

 

「……まだ確証がないから今は内緒や。多分、今から話しがあるやろうし」

 

 はやてのその言葉に、釈然としないものを感じながら二人は頷く。彼女が今は話すべき内容ではない、と決めたのなら聞くべきではないだろう。そうこうしてる内に、教会の大きな扉が開き、一人のシスターが出て来た。

 彼女は、三人に会釈を送る。

 

「ようこそ、こんにちは。騎士はやて。フェイトさん。なのはさん」

「こんにちは。シャッハさん」

「お久しぶりです」

「シャッハ、久しぶり。元気してたか?」

「はい、騎士はやてもお変わりなく」

「……それ、背の事ちゃうやろな」

 

 さて、とはぐらかすシャッハに、ぶぅとはやてが頬を膨らませて、なのはとフェイトは微苦笑を浮かべる。序列で言えば、はやてはシャッハより上らしいが、実際の所は妹扱いが基本であった。シャッハは微笑を浮かべると、三人を教会に招き入れた。

 

「こちらで騎士カリムがお待ちです。……後でヴィヴィオちゃんの様子も見ていきますか?」

「はい♪ 是非♪」

 

 教会内を案内しながら進むシャッハが、苦笑いを浮かべながら提案する。三人共、たまに来てはヴィヴィオの授業風景を覗いていたのである。……あまり騒がしくし過ぎると、シャッハからお説教まで貰ったりするのだが。

 やがて、教会の奥にある一室に着くとシャッハは扉から一歩退き、三人に振り返る。

 

「こちらです。……騎士カリム、入ります」

 

 ノックした後、シャッハが扉を開け、三人を室内へと通し――そこで三人は直ぐさま凍りついた。

 何故なら、そこには騎士カリム。クロノ・ハラオウン提督。リンディ・ハラオウン総務統括官。騎士カリムのの義弟でもある監査役のヴェロッサ・アコース査察官。

 そして伝説の三提督である、レオーネ・フィルス法務顧問相談役。ラルゴ・キール武装隊栄誉元帥。ミゼット・クローベル本局総幕議長が居たのだから。

 

「……な」

 

 あまりに大物揃いの状況に、三人揃って一瞬言葉を失う。

 だが、すぐに気を取り直し。

 

「高町なのは一等空尉入ります!」

「フェイト・T・ハラオウン執務官入ります!」

「八神はやて一佐入ります!」

 

 姿勢を正して挨拶をした。それにミゼットがおやおやと笑う。

 

「そんな、畏まらなくても大丈夫よ。今回は非公式の会談でもあるのだから。……三人とも元気そうね」

 

 朗らかな笑みと共に告げられた言葉に、三人ともはいと頷く。そして、はやては奥のカリムに目を向けた。

 

「カリムも久しぶりー。で、この管理局大人物大盤振る舞いはなんなん?」

「ええ、久しぶり。はやて。フェイトさんもなのはさんもお久しぶり。まずは席に座って」

 

 にっこりと笑いながら、返事をして、着席を促して来る。それに、三人は目を見合わせて、席に座った。

 まさか、リンディやクロノ、カリム、ヴェロッサだけではなく三提督まで来ていたとは。つまり、これから話す内容はそれだけ重要と言う事でもあった。

 全員が着席した事を確認して、カリムは手元にコンソールを出し、操作。

 暫くして、部屋のカーテンが閉まった。これは外部に情報を漏らさない時の為に使う状態である。

 その徹底ぶりに、ますます三人は緊張し、顔を強張らせた。

 

「さて、三人に来て貰ったのは他でもないわ。私の『プロフェーティン・シュリフテン』が新たな詩文を書き出したの」

 単刀直入に告げるカリムに成る程、と三人は頷く。『プロフェーティン・シュリフテン』

 騎士カリム・グラシアのレア・スキルであり、一年前のJS事件を予見してみせた能力だ。簡単に言うと、未来予知の一種である。

 ただ、それは詩文形式で書き出され、内容の把握に手間取るものでもある上に条件もある――と、そこではやてが気付いた。

 

「ちょう待った。まだ時期が……」

「――そう。私の『プロフェーティン・シュリフテン』は、二つの月が重なる時にしか使えない能力なんだけど……」

 

 はやてに頷き、そこでカリムは一度言葉を切った。

 全員の顔を見回す。ここまでで、皆の理解を確かめる為だ。ある程度の事情を先んじて聞いていた面子も含めて、深刻な顔となっている事を確認して頷き、そして彼女はゆっくりと続きを告げた。

 

「今回のは私の意思とは関係なく発動したの。――”勝手に”、ね」

 

 流石に三人共、言葉を無くす。それがどれほど異常な事か解った為だ。それは、レア・スキルの暴走とも言えるものだが、逆に言えば、”そうまでして”現れた予言と言う事である。

 

「その詩文の内容もまた恐ろしい事が書かれていて……で、その判断をしてもらう為に旧知の仲であるリンディ・ハラオウン総務統括官や、クロノ・ハラオウン提督。そして、今の実質の管理局最高の責任者であるお三方に来て戴いたのよ」

「私達としてはもう隠居したいんだけどねぇ……」

 

 カリムの言葉を引き継いだミゼットの呟きに、他の二人も頷く。

 先のJS事件で実質の最高権力者達を失った為。すでに隠居寸前であった三人もまた引っ張り出されていたのだ。

 それには、クロノ、リンディは苦笑いを浮かべるしかない。

 

「お三方。その話しはまた後でと言う事で。……騎士カリム、続きを」

 

 クロノが三人を宥めつつ――老人の愚痴は一旦始まると非常に長い為だ――カリムに先を促した。彼女は苦笑と共に頷き、先に話しを進める。

 

「そして、これがその内容なのだけれど」

 

 言うと同時に、カリムの周囲に詩文が記された栞が顕れた。その一枚を掴み、そっと詠みはじめる。

 

 ――黒き闇の黒き遺思。其は須らく、遍く世界に終焉の鐘を鳴り響かせる。

 黒き闇は黒き亡者を呼び、666の名を持つ獣は亡者と遺思を喰らう。666の獣、聖剣を用い、黒き遺思と共に世界の全てに創誕の歌を奏でる。

 かくて、世界の全ては新たなる新生を迎える――

 

 場がしん、と静まった。

 詩文の内容、それが大問題だったからだ。”世界の終焉”。

 それも遍くだの世界の全てだのまでついている。これでは。

 

「……まるで、世界が終わるみたいな予言やな」

 

 重いため息と共に、はやてが呟く。カリムもそれに頷いた。

 

「突拍子もない話しだし。現実味もないけど……ここにいる皆さん。同じ意見よ」

 

 

 カリムの言葉にミゼットを始めとして皆、頷いた。更に、クロノが続けて言う。

 

「それに正直、心当たりが無い訳じゃあない」

 

 言いながら、フェイトの方を見る。彼女はその視線に頷くと、手元にコンソールを出現させて操作。ウィンドウを展開し、画像を呼び出した。

 

「はい。実は私が今追っている事件に、今の予言に多分に重なる部分があるんです」

 

 次々に展開していく画像。そこには、あの黒い点が絡みついた無数の獣――中にはシオンと争った獣も含めて――が居た。そして、フェイトは無数の画像の内で共通するものを拡大して、表示する。

 

「これです。この、黒い点。この黒い点が絡み付いた獣は、その全てが狂気に侵されたように暴走し、少なくない被害を出しています」

 

 確かに、どの画像にも泡にも見える黒い点が存在する。それを確認し、ミゼットはフェイトへと視線を向けた。

 

「この黒い点、ね。……どのくらい被害が広がっているのかしら?」

 

 その質問に、フェイトはちらりとカリムを見る――が、すぐに視線を戻した。

 

「……かなり広い範囲で。管理内外含めて、ほぼ三割の世界で出現が確認されています」

 

 その報告に、皆から驚愕の吐息が漏れる。被害の規模が、あまりにも広すぎた為だ。

 管理内外含めた世界の三割。この広大な次元連結世界の三割である。確認出来ていない被害を含めれば、どれ程のものに至るか想像も出来ない。沈黙が広がる中で、フェイトは報告を続けた。

 

「今、現在の状態では世界を滅ぼすような被害ではありません。ですが、流石にこの広さは異常です。それと、この黒い点が絡みついた獣達なんですが……いくつか特徴があります。まず一つ、普通ならありえないような力が備わる事。ある獣は防御魔法を使用しました」

 

 スバルと戦ったオーガ種の異形の事である。オーガ種はまず魔法なぞ使用しない。知性はかなり高く、またリンカーコアを持つ固体も存在するが、魔法を使った固体は今まで存在していなかった。

 

「続けて二つ目。これは管理世界駐在の局員が相当てこずっている事なのですが、異常なまでの再生力をどれもが持つ事。殆ど生命活動を止めても、ほぼ間違いなく再生します」

 

 フェイトの言葉と共にウィンドウに再生の様子が現れる。それを見て、一同の顔色が、より深刻となった。……余りに異常すぎる再生力だったからだ。

 半身を吹き飛ばされて尚、再生する映像はビデオの巻き戻しを連想させられる。

 流石に皆、顔を引き攣らせた。ご飯時には絶対見たくない光景である。

 

「続いて第三点。……1番重要な事なのですが、この黒い点が絡みついた固体は、例外なく死亡しています」

 

 死亡? と、フェイトが告げた報告に皆は疑問を思う。一体、それはどう言う事なのか。

 

「それは、暴走したが為に攻撃によって?」

「いえ……正確には、時間で勝手に」

 それを聞いて、一同はフェイトの言葉に合点がいった。つまりは。

 

「つまり、何もしていないにも関わらず、勝手に死んでいくのね?」

「……はい」

 

 フェイトが頷き、皆の間に神妙な空気が落ちた。より深刻な事態に陥った事に誰もが気付いたからだ。今は獣等にのみ、この現象が現れているが、これがもし――人に起きたらどうなるのか?

 

「……治療方や元に戻ったという報告は?」

「ありません。……例外なく死亡しています」

 

 やはりか、と一同はその言葉に頷き。そして、最後の確認を取る。

 

「人にこの黒い点が顕れた。という事例は?」

「それもありません。”今の所は”」

 

 事更に、フェイトはあえて強調して言う。

 つまりは、人にこれが発現してもその生存は望めないという事だ。

 

「成る程ね……」

 

 リンディが呟き、そして、三提督もまた頭を悩ませる。いくら何でも事件の規模が大きすぎる。通常ならば、ここまで次元世界に跨がって起きる事件など存在しないのだから。それ故、対処もまた特殊なものが求められていた。

 

「……やはり、あの案で行くしかないみたいですね」

 

 リンディが呟く。それに三提督も続いて頷いた。

 

「あの案?」

 

 思わず問い返したなのはの声を聞いたか、クロノはああ、と頷く。

 

「現状、この黒い点と暴走体はランダムにあらゆる世界へ現れていて、管理局はその対応が出来ていない」

 

 また、その余裕もないと続ける。つい一年前にJS事件が起きたばかりなのだ。あの事件による影響は、それこそ全管理内世界に不信と言う形で波及している。ここに来て、この事件である。正直、これだけ広範囲に起こっている事件に手を回す余裕はどこにも無かった――が、それでも。

 

「……だが、この被害範囲の広さ、そして予言。これらを考えると、この一件。放置する訳にも、まして対応に遅れる訳にもいかない」

 

 そして、チラリと三提督を見、次にリンディを見て、それぞれが頷くのをクロノは確認。その上で続けた。

 

「故に、管理局本局。及び地上本部はある提案を出した」

「地上本部も……?」

 

 さすがに驚いたのだろう。なのはが目を丸くする。

 地上本部。いくら前のレジアス・ゲイズ中将の時程ではないとは言え、本局とは犬猿の仲なのだ。まさか、本局に協力するとは……それ程の事態と言う事なのか。

 

「ああ、そこで八神一佐」

「はい」

 

 はやてが頷く。それを確認し、クロノは彼女の瞳を見ながら、とつとつと告げた。――彼女にしか頼めない事を。この事件に対する、管理局の対応を。

 

「君には一度、本局に異動してもらい。ある次元航行部隊を任せたい」

 

 そう、と区切る。そして。

 

「”独立次元航行部隊”の」

 

 クロノは、そう彼女達に告げたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「さて……」

 

 ここは本局の会議室の一室。

 そこに、はやてを始めとした元六課のロングアーチ。及び前線メンバー。さらに後見人の三人が集まっていた。

 シオンの事情説明を聞く為である。

 聖王教会での話しの後、その場にいた人物、全員にシオンの事は告げられた。

 故に皆、事情を聞きにきた訳である。

 情報が何もない状態なのだ。今は少しでも欲しい所であった。三提督ですらも通信で聞いている。

 

「八神はやて、入ります」

「フェイト・T・ハラオウン入ります」

「……神庭シオン。入ります」

 

 三人が入って来る。はやてとフェイトの後ろから室内に入ったシオンに、スバルはパッと顔を明るくさせ、しかしシオンは何とか動揺を堪え。

 

「よ……」

 

 と、だけ挨拶する。その表情は複雑の一言だ。だがスバルは構わず話しかけて来る。

 

「うん、シオン。よかったよー。怪我とか、大丈夫?」

「ま、特には……ッ!」

 

 直後、殺気を感じ、シオンは振り向く。そこにはティアナ・ランスターがいた。

 もんのすごい目でこちらを睨みつけてくる。

「……何だよ?」

「何よ?」

 

 言って、二人して睨み合いの状態になった。当然か。

 シオンからして見れば、いきなり攻撃して来た女であり、ティアナから見れば友達と自分に武器を突きつけた男である。

 仲の良くなりようがなかった。

 

「あの……二人共、その辺で……」

「「ふんッ!」」

 

 二人、まったく同じ仕草で顔を背けた。……意外と気が合うのかもしれない。

 そこで、ハタっとシオンは何かに気付いた動作をする。

 胸元に手をやり、続けてポケット。何かを探しているらしい動作に一同怪訝な表情をする。

 

「どうしたの?」

 

 フェイトが尋ねる。シオンは困った顔で、そんな彼女に答えた。

 

「俺の剣、知らないっスか?」

 

 ……そう言えば。

 

 言われ、一同に沈黙が降りる。まさか、現場に忘れたか? そう思ったと同時に一人の少女が声を上げた。

 

「あ、ゴメンなさーい」

 

 何故か手を上げた後、その手を重ねて謝る少女が居た。シャリオ・フィニーノ。フェイトの副官にして元六課の管制担当。

 そして、デバイスマイスターでもある少女である。

 

「あのデバイスなら私が持ってきてます」

 

 シャリオが右手を差し出す。

 そこにはちょうどイクスの鍔の部分を小さくしたアクセサリーが乗っていた。中央の宝玉がキラリと光る。それをシオンはうろんげな目で見た。

 

「……ちなみに、こいつ。何か喋った?」

「え? いいえ、何も――と、いうか喋るんですか?」

 

 その言葉にシオンは口許を引き攣らせた。ジロリと自らの剣を睨む。

 

「おい……」

 

 イクスに話しかける。が、剣は何も話す気配がない。

 そんなイクスをシオンはむんずっと掴み取ると、迷わず手近な壁に全力で投げ付けた。

 

『『!!』』

 

 流石に皆驚く。当然だ。

 自分の半身とも言えるデバイスを投げる魔導師がどこに居よう。……ここに居るが。

 だが、イクスは壁に当たる直前に空中で急停止した。

 

『『は……?』』

 

 その様子に一同、唖然とする。

 形からして、ユニゾンタイプでは有り得ないはずだがなのだが――。

 

【何故に投げる?】

「投げんでかい! 無愛想も大概にしろよ!」

 

 宙に浮いたデバイスにシオンは怒鳴る。

 ……それは様々な意味で、ものすっごく珍しい光景であった。

 と、言うかまず有り得ないとも言う。

 

【事情の説明等。一介のデバイスがやっても信頼は得られまい?】

 

「む、確かに。――で、その心は?」

 

【単に面倒くさかった】

 

「やっぱりか!」

 

【……しまった。えぇい、師匠を嵌めるとはそんな弟子を持って俺は悲しいぞ】

 

「うっさいわ! 弟子だろうが主に対してちっとはその負担を軽くしてやろうとか、そんなのは無いのかよ!?」

 

【微塵も無い】

 

「潰すッ!」

 

 シオンの手が伸びるが、それをひょいひょいとイクスは待機状態のままかわしていく。

 

「待てコラ!」

【はっはっは。人の言葉にして嫌なこった】

「潰す! マジでスクラップにしてやる!」

 

 暴れ回るデバイス(?)とその主(?)に、さすがに見ていられなくなったのだろう。スバルやなのはが止めに入った。

 

「ちょっ……待って、待って!」

「そこのデバイス。イクス君も、止まって!」

 

 二人の説得にようやく二人(?)共止まる。

 

「後で覚悟しとけ」

【出来もしない事を言うな】

 

 ……後々、ばっちりと怨恨は残ったみたいだが。

 

「とりあえずイクス。元に戻れよ」

【致し方なしか……面倒くさいんだがな】

 

 デバイスである筈のイクスがため息? らしきものを吐くと、光を放ち始め、次の瞬間。いきなり人型になった。

 

『『は……?』』

 

 更なる珍事に目を丸くする一同。それにシオンはため息をつきながら。イクスを指差した。

 

「紹介します。俺のデバイス兼――師匠のイクスです」

【よろしく頼む】

『『はぁ……よろしく』』

 

 言われるままに頷く一同。それは世にも珍しい挨拶であったと言う。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……つまりはユニゾンタイプでありながらアームドタイプでもある訳やね?」

 

 ようやく一同の動揺は収まり、シオンとイクスは自己紹介を行う。

 まずは師匠かららしく、イクスの方から紹介されていた。

 

【いや、正確には元はユニゾンタイプであるが、アームドユニットも組み込まれている、が正解か】

 

 さらりと答える。ちなみにイクス。人型では、銀髪銀眼、服も白銀の服を着ていた。

 さらに言うと、この場にも居るリインフォース‖(ツヴァイ)やアギトよりちょっと背が高い上に珍しい事に男性型であった。

 

「はぁー……」

 

 イクスの説明を聞きながら、はやては彼をためすすがめつ見て嘆息する。

 シャリオこと、シャーリーは目をキラキラと光らせていたが。

 

「イクス君については一先ず置いとこ。で、神庭シオン君?」

 

 視線が自分へと移るのを意識しつつ、シオンは、はいと答えた。

 

「自己紹介、してくれるか? 先ずは出身世界から」

「えー、神庭シオンって言います。出身世界は――なんか名前似てる人がいるからもしかしてと思いますけど、第97管理外世界。平たく言うとその地球、日本の出身です」

『『え――――!』』

 

 シオンの告白に皆、声をあげる。当たり前と言えば当たり前だなのだが。

 

「ま、待って! 地球にそんな魔法あるなんて知らないよ!?」

 

 皆を代表して、なのはが叫ぶ。地球、日本は、おもいっきりなのは、はやての出身なのだから。。

 その問いに、シオンは頬を掻きつつ。

 

「秘密組織と言うか何と言うか……。ぶっちゃけると世界の裏側じゃ結構使われてたんスよ。魔法って」

 

 あっけからんと答える。

 それには、流石にはやても目を丸くしていた。

 

「はぁー、何というか縁があると言うか」

「まぁ、世界の裏側で見えないようにして細々とやってたんで。まず一般の方々にゃわかりません」

 

 これまたあっさりとシオンは答えた。

 どうも、ミッドチルダに着いてから見慣れぬ術式に、こう言った質問が絶えなかったみたいである。

 

「術式の名前はカラバ式。戦闘スタイルは剣撃特化型の神覇ノ太刀です」

 

 シオンは続け様にさらさらと答える。が、はやては即座に口を挟んで来た。

 

「質問。なんや、そのカラバ式って?」

「んー……歴史を語るの面倒スから簡単に言うとミッド式と、ベルカ式ってあるじゃないですか? あれの両方を足して、2で割った感じっス」

 

 めちゃめちゃ適当な説明である。思わず一同深いため息を吐いてしまった。

 

「今詳しく聞くのはやめとこ。後で詳しーく、教えてもらおか♪」

「…………」

 

 その台詞に、非常にまずい事をしたのではと、しばし沈黙するシオン。

 何事も面倒くさがりはいけないものだ。

 

「で、これは本題なんやけど。なんでミッドや他の世界に?」

 

 その質問にシオンの顔つきが変わる。ぐっと何かを堪えた表情に。そして、その表情のままにシオンは答えを告げた。

 

「ナンバー・オブ・ザ・ビーストを、探しに」

 

 スバルとティアナが体を固くする。

 シオンの探し物、それが解る時が来たのだと理解したからだ。はやて達も目配せを巡らせ、続きを問う。

 

「それは、ちなみに何やの?」

「……人です。ただの人って訳じゃないですけどね」

 

 少しだけ顔を俯かせる。何故か、そこには哀しみがあった。が、それを振り払い、シオンは淀みなく答える。

 

「俺達の世界でも遺失物扱いの禁断の秘宝。『魔王の紋章』を盗み出し、揚句に暴走して世界を放浪する男。コードネーム:”ナンバー・オブ・ザ・ビースト”それが俺が探す存在です」

 

 シオンは迷わず言い切った。それに対し、イクスは何も言わずに宙に浮いたまま、だがその目に浮かぶは悲哀だった。

 

「それを……何で、シオン君が?」

「あれは、俺の大切な物を盗んでいったからです」

 

 苦々しい顔で話す。それは、あまりに痛々しい顔であった。

 

「それは何なのか、教えては貰えんのやろね」

「すいません」

 

 即座に答える。教えない、という事に関しての肯定の証であった。はやては、しばし息をつく。

 

「そんで? その男はどんな恰好してるんかな?」

「黒髪黒瞳。恰好も真っ黒で、目つきはやたら眠そうな感じです。そして……」

 

 シオンは続ける。その次の言葉は、はやて達に衝撃を与えた。

 

「666の文字を右手に刻んでいます」

『『ッ……!』』

 

 そこで、あの会議に出ていたメンバーが思い出すのは予言の内容、666の魔王。

 まさか、これとも関係あるとは……。

 

 ――これは、予想外の収穫やね。

 

 少なくともシオンは666の獣を知っている事になる……!

 

「……? どうかしました?」

「いや、なんでもないよ?」

 

 すかさず否定する。今の所、予言は機密事項なのだ。ここでは言えない。

 

「さて、重要な事、聞かんとな。シオン君。”因子”ってなんや?」

 

 単刀直入に、はやては問う。これは、最優先で聞かなくてはならない事であった。

 その質問に、暫くシオンは沈黙し――だが、ゆっくりと語り始める。

 

「あれは、世界を喰らう闇にしてある邪悪な遺思。そして、絶望」

 

 一息切って、続ける。

 

「アポカリプス因子。そう、呼ばれています」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それは、一種のバグだったらしい。だが、ただのバグではなかった。

 ”世界”が作りだしてしまった異常。有り得ないはずの存在。

 それは世界を蝕み、世界を滅ぼし、世界を喰らう存在。世界に対しての絶対的な敵。”それ”は地球の、ある終焉の名前でこう呼ばれる事になる。

 

 ――アポカリプス、と。

 

「このアポカリプス因子は一種の生命体なんです」

「生命体!? あれが?」

 

 流石に驚きの声を、はやてが上げる。

 当然である。誰があれを生命体と思おうか。

 

「はい。精神生命体とでも言いましょうか……そういった存在です。問題なのは、このアポカリプス因子そのものには、一切の攻撃手段がない事です」

 

 一同、沈黙する。想像はしていたが、そこまでの存在とは。はやての額からも少し、汗が流れた。

 

「手の打ちようがない訳じゃあないんです。近くのものに感染すれば――俺達はそれを”感染者”って呼んでましたけど。それを殲滅すればアポカリプス因子も消えます」

 

 それは最悪の答え。つまりは、感染したらアウト、と言う事だ。

 

「……治療方は?」

「事例はたった一人だけ。でも、たった一人の成功例です。あてになりません」

 

 その答えを聞いて、場が暗くなった。それはろくな解決法が見つからないと言う事であったから。頭(かぶり)を振り、はやては気を取り直すと続きを促す。

 

「そか……他には?」

「いえ、アポカリプス因子に関しては俺に解るのはこれくらいです」

 

 ――シオン、嘘をついている。

 

 スバルは直感でそう悟った。理由は簡単である。

 何故、ナンバー・オブ・ザ・ビーストを追う彼が、何故アポカリプス因子感染者を追っていたのか。それをシオンは話してないからだ

 

 ――聞いても教えてくれないんだろうな。

 

 何となく、そう思った。

 

「どうやって感染するかは解るか?」

「それなら。アポカリプス因子に”喰われ”たらおしまいです」

 

 一瞬、辺りに沈黙が漂う。言葉の意味が分からなかった為だ。はやてが問い直す。

 

「どういう意味や?」

「詰まる所。あれは精神生命体で、そして群体なんです」

 

 つまりは――。

 

「体を覆い隠す程の因子に取り囲まれて、取り込まれる。これを俺達は喰われる。と、表現してます。この状態になると、感染します」

「……成る程なぁー」

 

 話しを聞き終わると、一同、ゆっくりと息を吐く。

 思った以上の話しだった。しばらく目を閉じ、最初になのはを。続いてフェイトを見る。二人共、頷いた。

 

「ん、シオン君。ありがとう。今の情報でかなり助かったよ」

 

 はやてが礼を言う。シオンはそれに、頬を指で掻きながら苦笑した。

 

「いや、司法取引ですし」

 

 そう返すシオンに、はやては微笑する。そして、皆へと振り返った。

 

「さて皆、今の話しどう思う?」

 

 問いかける。皆、各々意見はあるだろう。

 だがはやてはあえて自分の意見を言った。

 

「私は――放っておけんって思ってる」

 

 今の話しが本当ならば、言わば世界中の生命の危機である。それを念頭に置いて、はやては続ける。

 

「それで皆にも聞きたいんや。アポカリプス因子、皆も止めたいか?」

 

 その問いには流石にざわめきが起こった。だが、暫くすると、ざわめきは止まった。はやては続ける。

 

「怖い事や。本当に全ての世界の危機やからな。

それでも――だからこそ止めたいって思う」

 

 こんな恐怖を、普通に生きてる人には味あわせたく無い。そう、思う。皆も頷いた。だから――。

 

「だから、皆、もう一度私に力を貸して欲しいんや。この危機を、この恐怖を皆、一緒に止めて欲しい」

 

 そこで一旦区切り。

 

「お願いします」

 

 はやてが頭を下げる。しばし、沈黙が流れ――。

 

 ――駄目、なんか?

 

 そう思い、意を決して頭を上げる。そこには、皆、笑顔を浮かべていた。

 

「もー、今さらだよ? はやてちゃん」

「そうだよ?」

 

 なのはとフェイトが笑い。そして。

 

「「ね、皆!」」

 

 その叫びに弾けるような声が上がった。その場に居る全員が肯定の声を上げたのである。

 それを聞いて、はやては徐々に顔を綻ばせていく。

 

「みんな、おおきにな!」

 

 そして、クロノが最後に宣言を行った。

 

「ここに、クロノ・ハラオウン提督。並びにリンディ・ハラオウン総務統括官。そして、カリム・グラシア。さらに伝説の三提督を後見人として、”独立次元航行部隊”の設立を認める。責任者、八神はやて一佐」

 

 言われ即座にはいと頷く。

 目を合わせ、そしてクロノは頷く。

 

「任務内容。アポカリプス因子の感染阻止。並びにその調査。困難任務だが、君なら――君達なら出来ると信じている」

 

 ゆっくりと皆を見る。

いい目だ。そう思い、クロノは告げ。

 

「期待している!」

 

 敬礼をする。皆もまた敬礼を返したのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――凄い事になっちゃった。

 スバルはそう思う。シオンの話し、そして、それを契機にした独立次元航行部隊の設立。でも。

 

 ――アポカリプス因子……。

 

 そんな物に、”こんな筈じゃなかった”結果なんて出させない。スバルもまた拳を握りしめた。

 

「……で、シオン君?」

 

 盛り上がる会議室で唯一、黙ったままのシオンに、はやてが問い掛ける。

 シオンは思いっきり憮然としていた。

 

「……俺を嘱託魔導師にするってのはこれのせいスか?」

「うん……駄目かな?」

 

 シオンは暫くはやての目を見て、ため息を一つ吐く。

 

「誰かの掌の上ってのは正直気にくいませんがね……」

 

 だが、シオンはニヤリと笑った。盛り上がる面々を見て頷く。

 

「正直、面白そうだ」

 

 そして、一息に――。

 

「俺も部隊に参加します!」

 

 ――そう、宣言したのであった。

 

(第五話に続く)

 




次回予告
「独立次元航行部隊設立に伴い、忙しく立ち回る元機動六課の面々」
「その中でシオンは嘱託魔導師試験に挑むべく、三人の先生達に容赦無くしごかれ始めた」
「そして、嘱託魔導師試験が開始される――」
「次回、第五話『始める為に』」
「あの背中に追い付きたい。これは、その始まりを、始めるためのもの」

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