魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
第二十六話中編をお届けいたします♪
今回は是非とも砂糖と壁をご用意なさって下さい(笑)
では、第二十六話中編どぞー♪
「ティア――――っ! シオン――――っ!」
虚空に響くスバルの声、それはもはや届かない。シオンとティアナが居た崖の先端は、無尽刀アルセイオが放った極剣とシオンの青龍とのぶつかり合いで、完全に崩れ落ちていた。
二人はその余波をまともに喰らい、どこかに吹き飛ばされてしまったのだ。恐らくは聖域に落ちたと思うが――。
「チッ、リゼ」
「……探知不可」
アルセイオが二重螺旋の杖を持つ少女、リゼに呼び掛けるが、答えはそっけ無い。聖域に落ちたのだ。もはやいかなる魔法も届かない。しかも。
「吹雪か……!」
ソラが宙空を睨んで唸る。先程からチラホラと雪は降っていたが、その勢いが増して始めたのだ。恐らくは吹雪になる事だろう。
即座にアルセイオとアイコンタクトを交わし、彼等が瞬動で一気に合流する。同時にリゼから広大な魔法陣が広がった。
「転送魔法!?」
「逃げるつもりかよっ!」
なのは、ヴィータがその術式を読み取り、させじとアルセイオ達の元に翔けようとする――だが。
「……悪ぃな」
−ソードメイカー・ラハブ−
アルセイオが苦笑いを浮かべ、同時に鍵となる言葉が響く。次の瞬間、剣が――万を越す数の剣群が、辺り一帯に一斉に降り注いだ。
−撃−
−破−
−裂!−
「っ――!」
「くぅ!」
激音と共に降り注ぐ剣群達。あまりに多過ぎるそれに、なのは達は近付け無い。アルセイオはそんな彼女達に笑い、リゼへ視線を移した。
「リゼ、転送を」
「……了解」
「――っ、待って!」
なのはが叫ぶ。だが、その願いは聞かれなかった。
「そう言う訳にもいかねぇんだわ。じゃあな!」
「まったね〜〜」
アルセイオが答え、リズがその背後でぴょんぴょん跳びはねる――直後、アルセイオ達の姿はその場から消え去ったのだった。
「ちっくしょう……っ!」
ヴィータが悔しそうに呻き、なのはも顔をしかめる。だが、二人は同時にハッとし、背後を振り向く。そこには、今まさに眼下の聖域に飛び降りようとするスバルが居た。
「っ――! スバル、駄目っ!」
【フラッシュ・ムーブ!】
叫び、なのはは即座に高速移動魔法を持ってスバルに取り付くと、抱き止める。しかし、スバルは抵抗した。
「離して下さい! ティアが、シオンが!」
「スバル、落ち着いて! 落ち着きなさいっ!」
なのはが耳元で叫ぶが、スバルは構わない。その腕の中でもがき、直後。
――パシンっ。
渇いた音が響いた。その音はスバルの頬から響いたもの。頬が張られたのだ。
呆然とするスバル。彼女の頬を張ったのは、目の前に移動したヴィータだった。
「いー加減にしろ。あんま駄々こねんな」
「……でも」
「ヴィータちゃん……」
多少は落ち着いたのか、スバルの抵抗が止まる。ヴィータは嘆息すると、そのまま背後を振り向いた。
「レスキューだったお前が1番分かってんだろ? 一人で遭難した二人を捜すのなんて無理な事くらい」
「……はい」
こんな深い森の中――しかも吹雪が起きようとしている状況、それも魔法が使えない聖域で、一人で捜しに行っても、遭難者が一人増えるだけである。悔し気に沈むスバルに、なのはが肩に手を置いた。
「大丈夫。ティアナもシオン君も強いから。こんな所でどうにかなったりしないよ」
「なのはさん……」
「そう言うこった。……まずアースラに戻るぞ。救助隊をはやてに頼まねーとな」
「……はい」
なのは、ヴィータの言葉に漸くスバルは頷く。そして、離れた空域に待機していたアルトを呼び出した。
アルセイオ達が撤退すると同時に通信が可能になったのだ。なのは、ヴィータはアースラのブリッジに通信を入れる。そして、スバルは眼下に広がる聖域を見た。吹雪で視界も危うい。そんな森を。
「……ティア。シオン……」
――どうか、無事で。
言葉に出さず、スバルはそう思う。そして祈るように、聖域を見続けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
聖域の森は深い。尚且つ吹雪となりつつある。その森の中を、シオンはティアナを背負ったまま歩く。
先の一撃で気を失ったのだろう、ティアナはシオンが起こしても起きなかった。幸い息はしていたし、大した外傷も無いので安心したが。
既に自分達がいた崖は何処にあるか解らない。相当な距離を吹き飛ばされたらしく、気付けば森の中だった。……しかし。
「っゴホ! ……運が良いんだか、悪いんだかな……」
咳込みながら苦笑する。相当な距離で吹き飛ばされ、さらにかなりの高さがあった筈だ。しかもここは聖域である。つまり魔法は一切発動しない。
バリアジャケットすらも消えるのだ。実際、今のシオンは私服、黒のパーカーに、白いズボンだし、ティアナは本局局員用の制服に戻っていた。
これだけの状況で、それだけの高さから吹き飛ばされたのだ。生きてるだけでも奇跡に近い。
森の木々で大半の衝撃を吸収され、ついでに雪がクッションとなったからこその奇跡だった。
「ゴホッ! ゴホッ! ……っ、イクス……」
【…………】
問い掛け、それにイクスは答えない――答える事は出来ない。
クロスミラージュも同じくだ。魔法関連はとことん無効としてしまう聖域ならばこその状況である。
今は、頼れるのは己のみ。そんな状況を心細いと思ってしまう自分にシオンは苦笑する。
つい、何ヶ月前まではそんな事を心細いなんて感じなかったのに。
「……弱くなったかな」
――違う気がする。多分、弱くなった訳では無い。
……知っただけだ。孤独というのが寂しい事だと。
そんな事を考えているうちにも、吹雪は激しくなっていく。シオンの息は荒い。目も霞んできていた。だが。
「……あっ、た」
一本の木。それはシオンにとって見覚えのある木であった。表面の雪を手で払い落とす。そこには、懐かしい傷跡があった。数年前に自分がつけた傷跡だ。
「……何事も、経験、か」
懐かしそうに呟く。シオンはこの聖域に何度か来た事があった。もっぱら修業でだ。魔法が使えない場所での鍛練。
それを母から、そして兄達から課せられた事がある。そんな経験――そして、自分が何日ここに居たのかを目印とした傷跡が役に立つ事があるとは。思わず苦笑し、だが直後に激しく咳込んだ。
「ゴホっ! ぐっ……! まだ、だ」
霞む視界。そして朦朧とする頭を振り、ティアナを背負い直して立ち上がる。
ここより暫く行った所にセーフハウス――と、言うか自分達が勝手に作った山小屋がある。そこならば毛布もある。吹雪も凌げる筈だ。
――歩く、歩く。その度に体力が削れていくのを認識し、それでも歩く。
そう、こんな所で死ぬ訳には行かない。ティアナも死なせたりしない。
帰るのだ、アースラに――皆の元に。
−へぇ、随分と殊勝になったモンだな?−
「っ……!? だれだ!?」
唐突に、声が聞こえた。聞き覚えの無い声だ。辺りを見回す。だが、誰もいなかった。気配も無い。
「……気のせい、か?」
訝し気に、シオンは顔を歪める。だが、そうしている訳にもいかず、また歩き出した。
−カカカカカカカカカカカカカカカカ……−
そんな――そんな笑い声が、聖域に音を介さず響いた気がした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《……失態だな。無尽刀》
アルセイオは聖域近くに待機させてあった自分達の次元航行艦で、そんな言葉を聞いていた。
既に何世代も前の艦だ。管理局からの横流し品である。
そのブリッジで、ウィンドウの向こう側の人物、グリム・アーチル提督は苛立たし気に顔を歪めていた。
《聖剣を取り逃し、渡したガジェットの五割を失ったか》
「はい」
アルセイオは躊躇わない、即座に頷く。グリムの苛立ちが更に強くなった。
《まぁ、これまでの君の働きもある。あの方の推薦もあるしな。……次こそは必ず聖剣を持ち帰るように》
「ご期待に添えるように努力します」
《……フン。口だけならばなんとでも言える。結果を出して貰おう》
「ハイ」
それから数分、グリムはアルセイオに嫌みを散々言って、漸く通信を切った。
「……ふぅ、疲れんな。こりゃあよ」
「お疲れ様です」
嫌みから介抱されたアルセイオがため息を吐くと、同時に横に控えていたソラが労いの言葉を送る。その真横にはリズ、リゼも居た。
「あのおじさん嫌〜〜い」
「……同意」
プンスカ怒るリズに、相変わらずのリゼ。そんな二人の頭を撫でて、アルセイオはブリッジから出る。ソラ達もそれに付き従った。
「じい様はどうだ?」
「暫くは出れませんね」
ヴィータと戦っていたバデスは今は自室で安静中だ。墜されたと言う事もある。当分は出撃させられそうも無かった。ソラの報告に頷き、続けて問う。
「ガジェット達は聖域に入れてんな?」
「はい。こう言う時に魔法に頼らない機械は便利ですね」
アルセイオ達の艦に搭載してあったガジェットは、その全てを現在聖域に入れている。魔法が使えない聖域で、吹雪も関係無いガジェットはまさに今の状況にうってつけであった。
「よし。吹雪が止み次第俺達も聖域に入んぞ」
「……ガジェットに任せても宜しいのでは?」
ソラが疑問に、アルセイオは笑う。指先で自分のコメカミを突いた。
「いーや、機械だけに任せるのは気に入らねぇし、何より俺の勘が告げてるんだわ。坊主を追っかけろ、てな?」
「……成る程」
アルセイオの言葉に、ソラは頷く。実際、その勘に幾度も救われた事があるのだ。アルセイオがそう言うならば、自分としても是非は無い。
「了解しました。では防寒着を用意しておきます」
「おう」
「それから、ナインや飛(フェイ)達から報告が。合流は暫く遅れるそうです」
「……しゃあねぇな」
苦笑する。元グノーシスメンバーである彼等の部隊に名前は無い。一種の傭兵団でもある為だ。一応、アルセイオ隊とは名乗ってはいるが。
「よし、なら吹雪が止むまで各自待機。しっかり休めよ?」
「了解です」
「は〜〜い」
「……了解」
三人共頷き、それぞれ自室へと戻った。それを見送りながらアルセイオは思いを馳せる。坊主と呼ぶ聖剣の主である少年、神庭シオンに。
――坊主、お前なら道は拓けるか?
それはアルセイオがずっと考えていた事。十年前の敗北から考えていた事だ。――予感がする。シオンならば、自分は奴に対抗しうる剣となれるのでは無いかと。
「それも坊主次第、か」
――生きていろよ?
そう、アルセイオは思い、笑いながら自室へと戻ったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――ティアナは夢を見ていた。自分が幼い頃の夢だ。兄に背負われて自宅に帰ってる夢。夕暮れの朱い空が印象的だった。
――あったかいな……。
兄の大きな背中と、その体温を感じながら、兄に笑い掛ける。
それに兄もまた笑う。何気ない会話。もう失ってしまったやり取りだ。
二度と戻れない過去。夢だなぁと、ティアナは再び苦笑する。
――でも、たまにはいいかな? そうとも思う。
「……お兄ちゃん?」
「ん? どうした、ティアナ」
ティアナの呼び声に兄、ティーダが答える。そんな優しい声にティアナは嬉しくなり、その背中に抱き着いた。……だが。
「へー、お前でもそんな顔すんのな?」
「え?」
瞬間、ティアナは目を見開く。いつの間にやらティーダはシオンに変わっていた――と言うか、自分も現在と同じ年齢十八歳にまで戻ってる……!
「な、なななななな……っ!」
「はっはっは。案外可愛いかったぜ? お兄ちゃん♪ てよ?」
ボンっと音がするくらい顔が真っ赤になった事を、ティアナは自覚する。
そしてギロリと自分をおぶさるシオンを睨んだ。夢の中まで、何て憎たらしい奴だろう。
「うっさいっ! このバカ! バカ! 大バカ――――っ!」
「はっはっは。きーかねーぞー」
とりあえず後ろ頭を殴るが、シオンは笑うばかりだ。そんなシオンにさらに拳を降らせようとして。
……っきろ……。
「へ?」
唐突に声が響いた。それにティアナが目を白黒させる。
……もう、す……。
声が響く、響いてゆく。ティアナは周りを見渡すが、誰もいない。
「……誰?」
呼びかける。同時に夕暮れの世界に光が差し込んだ気がした。
「……うっ?」
「っ……、漸く起きたか」
掠れるような声がティアナの耳朶を打つ。それに目を見開くと、間近にシオンの横顔と、雪景色が見えた。
辺りは吹雪が降り、視界は悪い。
――シオンに背負われている。それを認識すると、また夢かとティアナは嘆息。とりあえず、先程の続きを行う事とする。
「このっ! バカっ!」
「っぐ!?」
――カパン。
小気味の良い音が鳴り、シオンの頭が揺れる。
――あ、なんか気持ち良かったかも?
と思った直後、シオンが盛大にぶっ倒れた。
「へ……? あれ? シオン? て、寒っ! 寒い?」
「っゴホ……! テメーー……」
呻くシオンに、ティアナが周りをキョロキョロと見回す。寒い、めちゃめちゃ寒い。と、言う事は……?
「夢、じゃない?」
「…………」
ティアナの疑問。しかし、ぐったりとしたシオンはそれに答えられなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「つまり、私達は――」
「聖域に、っゴホッゲホっ! ……っ、落っこちたんだ」
吹雪の中を歩く。今度はシオンに、ティアナが肩を貸している状態だ。
どうやら先程のティアナの一撃で、シオンは最後の気力やら何やらを盛大に削り取ったらしく、もはや歩くのもままならなくなったので、ティアナが肩を貸す格好となっていた。
「ジャケットも纏え無いなんて……」
「……聖域、だからな」
シオンが答える。その絞り出すような声に、流石に心配になった。ただでさえ風邪を引いてる上に、魔剣の効果でシオンの体力はごっそり無くなっているのだ。
「シオン、その……大丈夫?」
「グっ! ゲホっ……! さっき一発ブン殴ったやつの台詞じゃねぇよな……」
あえてふざけた返答を返すシオンに、しかしティアナは黙り込む。シオンの声に、あまりに力がないのが分かったから。
「シオン……」
「……ほら、着いたぜ?」
シオンが弱々しく――しかし、笑って前を見た。ティアナも顔を上げる。
そこには木造の小屋があった。小さな、小さな山小屋だ。
「本当に、あったわね」
「っゴホ! 言った通りだろ……」
偉そうに言うシオン。しかし、不可侵領域である聖域に勝手に小屋を作るのはキッパリと犯罪だったりするが――。
「えっと。とりあえず中に入るわよ?」
「……おう」
とりあえずシオンに了承を得て、小屋の中に入る。鍵が掛かってないのは幸いだった。中は電気も何も無い。暖炉すら無い小屋であり、ただ毛布が一組置かれているだけだった。
「……何も無いわね」
「もう、暫く使って無いし、よ……」
そこまで言って、いきなりシオンから完全に力が抜ける。それにティアナは支えきれなくなった。完全に脱力した人間は想像以上に重いものだ。一緒に埃が積もる床に倒れこむ。
「っきゃ!? っ!」
「…………」
シオンの上に乗る格好となって、顔を赤らめるティアナ。だが、シオンの顔色を見て絶句する。その顔色は青を通り越して、真っ白い。明らかに顔色が悪かった。
このままだとシオンの生死に関わる事をティアナは察知して、起き上がるなり置かれていた毛布を手に取るとシオンへと掛けた。しかし。
「駄目! これじゃ足りない……」
「っ……ぐ」
苦し気に呻くシオン。寒いのか、その体は小刻みに震えていた。
そこで気付く。吹雪の中を歩いて来た自分達は雪で服が濡れてしまっている事に。小屋の中は外よりは遥かにマシとは言え、寒い事に変わりは無い。この中で、濡れた服を着ているほうが問題だろう。脱がすべきだ……しかし。
「うー……」
流石に躊躇する。シオンの服を脱がすべきだとは解るが、恥ずかしさが先に立ってしまうのだ。だが、シオンが再び苦し気に呻くのを見て、ティアナはぐっと息を呑んだ。命には換えられない。
「……感謝しなさいよね。男の子の服、脱がすのなんて初めてなんだから」
「う……っ」
気を失っているシオンは答える事は無い。とりあえず毛布の中に手を入れて服を脱がそうとするが、服が濡れている事もあり上手くいかない。
嘆息して毛布を剥ぎ、服を脱がす事にする。しかし、そこでもやはり服が濡れている事がネックとなった。
しかもシオンは気を失っているのだ。苦労してパーカーを脱がし、続いてそのシャツも剥ぎ取る。
「へー思ったより、筋肉ついて――て、違う!」
ブンブン頭を振り回すティアナ。細身ながらもしっかりとした身体付きのシオンを見て、ただでさえ赤い顔がさらに赤くなる。だが、しかし。
「……こっちも、なのよね?」
「…………」
一応聞くが、今のシオンが答えられる筈も無い。ティアナが見ているのは、シオンが履いてる白のズボンであった。
「み、見てないからね?」
「ぐ……っ」
目を閉じ、ズボンを脱がして行く。ホックを外し、チャックを脱がす段階で、目を閉じている事もあり――まぁいろいろ触れた気もするが、あえて気にしない方向でいく。
そして脱がし終えると、傍らの毛布を掛けてやったた。
「お、終わった」
「う……」
いろいろな意味で気力を消耗して、息を荒くするティアナ。……何か後戻りがきかないと言うか、もうお嫁にいけないとか、そんなフレーズが頭を過ぎる。だが、再度頭を振り、思考を追い出した。
「っ、っ」
「シオン……」
シオンの方を見ると、未だ震えている――いや、先程より震えは酷くなっていた。身体が冷えているのだ。相対的にシオンの体調は酷くなる。
このままでは風邪をこじらせて肺炎にも成り兼ねない。シオンの様子を見て、ティアナは考える。
シオンを温めるには火を起こすのがベストだが、魔法は使えない。火元になりそうな物も無いので火は起こせそうに無かった。せめて、シオンを温める事が出来れば――。
「――あ」
唐突に思い出した。あるでは無いか、シオンを温める事ができるモノが。
「で、でも……!」
だが、流石に躊躇する。そう、シオンを温める事が出来るモノ――つまり、ティアナ自身だ。
漫画とかでも良くあるでは無いか。遭難した男女が裸で抱きしめ合い、お互いを温めあう場面が。
しかし、そこは思春期の乙女。想像して、赤い顔がさらに赤くなる。
「……でも」
「っ、っ!」
シオンを見る――苦しそうに呻く彼を。恥ずかしがっている場合では無い。このままではシオンは――。
「あ――! もう! 女は度胸よっ!」
――叫び、制服に手を掛け、チラリとシオンを見る。流石に服を脱ぐ所は見られるのは恥ずかしい。
シオンは目を閉じ、息が荒いまま、毛布の中で唸されていた。
何か悪夢でも見ているかもしれない。額にびっしり汗をかき、歯を食いしばっている。
それを見て、ティアナは決意を固めた。少し躊躇いがちに制服を脱いでいく。上着を脱ぎ、シャツを脱ぐ――スカートの段階でまた手が止まるが、ティアナの制服もまた濡れているのだ。こちらも脱ぐ必要がある。
かなり悩んで、スカートのホックも外す。オレンジ色の下着と、白のニーソックスだけの姿となった。
「恥ずかしいけど、今、温めてあげるから」
「あ、う……うう……」
ティアナの声に答えるように、シオンは呻く。そして、ティアナはごそごそと毛布に体を滑り込ませ――次の瞬間、がばっと、シオンが抱きついてきた。
「ちょっ!? ちょっとあんた! まさか起きてるんじゃないでしょうね!?」
叫び、うろたえつつ。だが、ティアナはシオンを突き放したりしない。その体が冷え切っているのは、肌を重ね合わせればすぐにわかったからだ。
「う……あ、行かないで……。どこにも行かないでくれよ……っ」
「……え?」
呻く。弱々しく、シオンが。意識は無いのだろう。だがシオンは必死にティアナに抱きつき。譫言(うわごと)を呟いていた。
「だ、大丈夫よ。どこにも行ったりしないから。安心して、ね?」
そう言って抱き返すと、漸く安心したのかシオンの腕から力が抜ける。だが、譫言は続いた。
「ずっと、一緒に。一緒に居てよ……。居てくれよ……」
「……うん。一緒に居てあげる」
あまりに弱々しいシオン。その姿に、思わずティアナは胸がきゅっとなった。
締め付けるような切なさと愛しさが、津波のようにティアナを襲う。
それは、ティアナにとって初めての感覚だった。
その感情のままに、シオンを優しく抱きしめる。一枚の布さえ隔てず、伝わってくる体温。そして、シオンの鼓動。ここに居ると。俺はここに居ると叫び続ける、生命の音。それをティアナは聞く。
「シオン……」
お互いの息さえ届く距離で、ティアナはじっと、シオンの顔を見つめる。
「……うん、ありがとう」
シオンはティアナの胸に顔をうずめ、小さく震える。そんなシオンさえも愛おしくティアナは感じ、さらに抱きしめ――。
「――タカ兄ぃ……」
「……は……?」
――しかし、シオンの口から出たのはティアナの名前ではなかった。と言うか、男の名前だった。
「シオン、あんた……!」
ティアナのこめかみがひきつる。先程の愛しさや切なさはどこかに吹き飛んでしまった――代わりに、どうしようも無い怒りがティアナの体を渦巻く。
「よりによって、なんで男の名前なのよ――――――――っ!」
そして、が――――っ! と、久しぶりにティアナは吠えた。
……よくよく考えると女の名前よりはマシなのだが。そう考えられるほど、ティアナは冷静になれなかったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ックショイ! ……ぬ?」
聖域を臨む崖。シオン達とアルセイオ達が戦った場所だ。そこに黒の青年が立っていた。
伊織タカトである。彼は、ずずっと鼻をすする。
「……誰か人の噂話でもしてるか?」
そこで風邪かも? と言う思考に行き着かないのがこの異母兄弟達の特徴である。先程まで降っていた吹雪は、漸く鎮静し始めていた。そんな聖域を見下ろし、タカトは目を閉じる。
――呼び掛けを始める。
《……俺の声が……》
呼び掛ける。
《……俺の声が聞こえているか?》
――呼び掛け続ける。
《俺の声が聞こえているか?》
――この世界に。
《ばあちゃん……》
――その象徴に!
そして。
《おや? 懐かしい声がすると思ったら……。懐かしいわね? 殲滅者(アナイアレイター)?》
――殲滅者。虚無と化さしめる者。その名で呼ばれ、タカトが笑う。神殺し、魔王、666、滅鬼。 二つ名は数多くあれど、この二つ名を呼ぶのは”彼女”だけだから。
《……頼みたい事がある》
《あらあら? ”孫”に頼まれる事ほど嬉しい事はありませんね? いいでしょう、何がお望み?》
嬉しそうに彼女が笑う。その声にタカト自身も笑い、そして、彼女を見る。彼女はタカトの視線の先に居た。聖域に立つ巨木。世界樹と呼ばれる樹。それこそが彼女だった。
《神界の解除を》
《それはまた穏やかではありませんね……何故?》
問い掛け。それにタカトの顔から笑みが消えた。
先程も聞かれたからだ。何故シオンを? と。思い出し、苦笑する。
《嘘を、守るために》
《……成る程。いいでしょう、神界の解除には暫く時間が掛かります。宜しくて?》
《ああ》
彼女の答えにタカトが笑う。優し気に、そして嬉しそうに。
そんなタカトに彼女は微笑み、彼の”眼前”に姿を現した。
《どうかしら? 久しぶりにヒトの姿をとってみたのだけど》
「……いつまで経っても、ばあちゃんは変わらない」
彼女は白い髪の幼女の姿で現れた。そして、タカトに纏わり付く。
《お話ししましょう? 神界の解除まででいいから》
「……ああ」
タカトもまた微笑み、彼女に視線を合わすようにして、座り込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――気付けばシオンは此処に居た。青い空の下にある草原、自分の世界に。
「……また此処か」
苦笑する。最近、どうにも夢を見る度に此処に来る。だからと言って、何をするでも無い。ただただ此処に突っ立ってるだけだ。
「……夢の中で眠る、てのもどうだろうな」
しかし、他にする事も無い。だから草原に寝っ転がった。
「はぁ……ん?」
正直暇だとため息を吐いて、空を見上げ――そこで気付いた。
……雲。
漆黒の雲が空に浮かんでいる。それに気付いて、シオンは眉を潜めた。この世界は雲一つない青空だった筈だ。なのに、あれは……?
「なん、だぁ?」
そう訝し気に呟いた、次の瞬間。
−カカカカカカカカカカカカカカカカカカカっ!−
笑い声が――あまりにも純粋で、汚れている、矛盾しているような笑い声が響いた。同時に雲が堕ちて来る! シオンの真っ正面に――。
「なん、なんだ……?」
いきなりの事態にシオンが疑問の声を上げる。しかし、その声に応えるものはいない。そして、雲もまたシオンの疑問に構わなかった。
−よう、久しぶりぃ、兄弟?−
そう言って雲が一塊になり、そして立ち上がる。
それはヒト型だった。ただ真っ黒の、影だけをくり抜いたようなヒト型。
「兄、弟……?」
シオンが呻くように、聞き返す。それにヒト型が笑う。顔の一部が切り裂かれて、ばっくりと口を開いて笑う。
−ああ? 何だ、忘れたのか?−
「忘、れ……?」
――何だ? こいつは何を言おうとしている?
気付けばシオンは震えていた。ガクガクと、恐怖に。
−そうかぁ、カカカ……。どうりで復讐なんて無駄な事をやってると思った−
わからない。
わからない。
コイツの言ってる意味がわからない……だが。
「無駄、だと……?」
その内容は決して看過していいものでは無かった。影を睨みつける。そんなシオンの視線を浴びて、尚も影は笑った。
−ああ。お兄ちゃんを追っ掛けてたんだよな? お姉ちゃんを奪われて?−
影は、カカと笑う――。
−お前さぁ? お兄ちゃんがお姉ちゃんに刻印を刻む”直前”の事、覚えてるかよ?−
「そんなの当たりま――」
そこまで言って、シオンは愕然とした。
――覚えて無い。
何も、覚えて無い。
タカトがルシアに刻印を刻んだ前の記憶が、教会に行った後からの記憶が”全く無い”。
−カカカ……、やっぱな−
歩く、歩く、影が歩いてくる。そして、シオンの顔にくっつかんばかりに顔を寄せ。
−見せてやるよ。”真実”を−
直後、シオンは見た――見せられた、”真実”を。
「う、そだ……」
−本当だ。お前がお姉ちゃんを−
「うそだ、うそだ、うそだ、うそだ……うそだ!」
影がニタリと口が裂けるように、笑う。そして。
−”お前がお姉ちゃんを、お兄ちゃんから奪った”んだよ−
「うそだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!」
ココロの世界に、シオンの叫びが響く。嘘を知り、真実を知って。絶望の叫びが響き渡ったのだった。
(後編に続く)
はい、第二十六話中編でした♪
後編から、一気に鬱展開が激しくなります♪(笑)
ええ、今回の甘い展開も鬱回の為のスパイスよ……!(笑)
では、後編でお会いしましょう♪