魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「俺はずっと分からなかった。何故、そうなったのか。それを疑問に思う事すら無くて。それが分かった時、俺は――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、はじまります」


第二十六話「墜ちる想い」(前編)

 

 ――それは、十年前の出来事。

 

「ぐ……っ!」

 

 アルセイオは地面に這いつくばり、苦悶の声を絞り出しながら、顔だけを上に上げた。

 そこには多種多用の剣に体を串刺しにされ、夥しい量の血を流す子供が立っていた。

 恐らくは十歳前後。黒髪黒瞳の少年だ。

 怪我の酷さで言えば、間違いなく子供の方が酷い。だが、負けたのはアルセイオの方だった。

 自らのデバイスを破壊され、眼前に聖剣を突き付けられて、アルセイオは敗北を悟った。

 

「俺の勝ちだ」

 

 少年が呟く。それを聞いて、アルセイオは歯噛みする。

 

「なんでだ……?」

「……?」

 

 アルセイオの疑問。それに、少年は訝し気な顔となる。だが、アルセイオは構わず再び問うた。

 

「小僧、お前程の力がありゃあその力だけで、何でも手に入んだろ。……何で、あの小娘を守る?」

 

 アルセイオが属する組織、グノーシスに命じられた任務。それが咎人と言う名を付けられた、僅か十一歳の少女を殺す事だった。

 アルセイオとしても拒否したい任務であったが、少女の持つ特殊な魔法がそれを許さなかった。殺害は最悪の手段として、封印だけでも行おうとしたのだが、眼前の少年に阻まれてしまったのである。

 少年の技、魔力――ありとあらゆるそれは絶大であり、グノーシス第二位の自分にすらも勝利してのけたのだった。……僅か、十一歳の子供が。

 だからこそ聞いて置きたかった。身体中を貫かれ、ボロボロになってまで、この少年が少女を守る理由を。少年は、アルセイオの疑問に少しだけ笑った。

 

「……昔、ある所に、ある赤子が産まれた」

「……?」

 

 ――昔話。少年のそれに、アルセイオは逆に訝し気な顔となる。少年は構わず、話しを続けた。

 

「その赤子は古くから伝わる予言により、『決して産まれてはいけない』『産まれ落ちれば、万物を殺し尽くす滅鬼』と、断じられた赤子だった」

 

 少年は剣を下ろした。己のデバイス、聖剣イクスカリバーを。

 

「その予言を恐れた者達は赤子の父親を追放し、母親を子供が産まれる前に殺した」

 

 ――だが、と続ける。

 

「そんなものに意味は無かった。赤子は殺された母の胎内から産まれ落ち、そのまま母を殺した奴らを皆殺しにした」

 

 少年の独白。その昔話に、アルセイオは聞き入る。何故かは分からない。だが聞かねばならない気がして。

 

「赤子は予言通りヒトでありながら凄まじい力を有し、不滅の肉体と魂を持っていた。予言を恐れた奴らは赤子を殺そうと毎日のように暗殺者を送りこんだ――そんなものは、ただのオモチャでしかなかった」

 

 苦笑する、少年。アルセイオは絶句する。それは、まるで――。

 

「赤子は毎日暗殺者で遊んだ。……殺して、殺して、殺し尽くして――そんな毎日が二年程過ぎたある日、予言を恐れた奴らはある一計を謀った」

 

 また下がる。一歩、一歩と。アルセイオから少年は離れていく。

 

「真名による絶対支配を持って、奴らは赤子の魂と肉体を切り離し、別々に封印した。肉体は生き仏に、魂はある鎧に、赤子は眠ることも食べる事も、何もかもを失った」

 

 紡ぐ、紡がれていく少年の話し。アルセイオはぐっと息を飲む。

 

「奴らはそのまま、鎧を地獄に送った。そこは四六時中、魔物や、仙人、魔神や神といった超者のモノが現れる場所で、奴らはその赤子を利用したんだ。……地獄に現れるモノとずっとずっと戦わせるように」

 

 少年は苦笑する。それはまるで、懐かしい話しをしているようで。

 

「戦った、殺した、滅ぼした。二十四時間、ずっとずっと戦った。食べる事も眠る事も、感情すらも覚えずにただ戦った。……そんな毎日を四年間、過ごした」

 

 でも、と少年は笑う。嬉しそうに――本当に、本当に嬉しそうに笑った。

 

「彼女は、ルシアはそんな俺を救ってくれた。身体を返してくれて、そして俺にいろんな事を教えてくれた」

 

 アルセイオは呆然となる。少年の過去に、少年の言葉に。なら、自分の組織はそんな彼等を――。

 

「言葉を、美味しいものを、眠れる事を、感情を教えてくれた。俺が知るべきものを、知らなきゃいけなかったものを教えてくれた。……世界がこんなに広い事を教えてくれた」

 

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに少年は笑った。その笑顔は、あまりに柔らかくて。

 

「こんな、俺に。産まれてきちゃいけなかった俺に。存在してはいけなかった俺に。……思わせてくれたんだ。生きてきてよかったって。存在し続けていいって――」

 

 ――だから。

 

 少年は、アルセイオを見る。そこには願いが込められていた――想いが込められていた。

 奪わないでくれ、と言う少年の願いが。少年は、そこで背中を向けた。もう語るべき事はないと、その背中は語っている。そして、歩き出そうとして。

 

「待て!」

 

 アルセイオの叫びに、歩みを止めた。だが、振り向かない。……それでも構わなかった。

 

「小僧、名前は?」

 

 聞きたかった、この少年の名前を。強く、弱い少年の名前を。

 少年は振り向く、年相応の笑顔を浮かべて。

 

「伊織、伊織タカトだ」

 

 次の瞬間、一気に駆け出した。己の守るべき、家族達の元に。

 

「伊織、タカト……」

 

 アルセイオはその名前を繰り返す。

 忘れないように、自らに刻み込むように。

 やがて仰向けにひっくり返って笑い出した。敗北を噛み締めて――。

 この時、アルセイオは定めた。己の目標を。

 いつかあの少年、タカトに追い付く事を自らに定めたのだった。

 

 ――翌日。アルセイオはグノーシスを脱退した。

 それから八年後にアルセイオは聞く事になる。かつての少年が、少女を手に掛けた事を――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −撃−

 

 十の剣が。

 

    −撃!−

 

 百の大剣が――。

 

    −撃っ!−

 

 ――千の巨剣が!

 

 雪が降る空に居るアルセイオ・ハーデンから撃ち放たれる!

 たった一人の少年、聖剣の主、神庭シオンに。シオンは放たれたそれを回避し、あるいは弾く――しかし。

 

「ぐ……っ!」

 

    −轟!−

 

 巨剣をイクスで受け止めたシオンは、一撃の重さに顔を歪めた。重い、あまりにも一撃一撃が。しかも、それが。

 

 −撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃・撃!ー

 

「があ……っ!」

 

 ――数十と降り注ぐ!

 

 恐ろしく反則な技である。スキル、無尽刀。まさしく、尽くす事が無い刀であった。

 

「四ノ太刀、裂波!」

 

    −波−

 

 盾にしていたイクスから空間振動が放たれる。それに振り落ちる剣群が、軌道を逸らされ、弾かれる。

 続いて瞬動をかけ、一気にアルセイオの懐に飛び込もうとして、シオンは絶句した。

 

 誰もいない……!

 

 ――同時に。

 

「よっと」

 

 そんな声が真後ろより響く。悪寒がシオンの背中を突き抜けた。

 

    −戟!−

 

 殆ど反射的に背後に放った一撃。それは真紅の剣とぶつかり合う。そこに居る人物は、もはや確認する必要も無い。アルセイオであった。

 

「ぐ……!」

「成る程な」

 

 アルセイオは呟くと、シオンと鍔ぜり合いのまま足場を形成。一歩を踏み込み、魔力放出。

 

    −破!−

 

 真上から放たれた一撃をシオンは堪えられず、真下――地面に叩き落とされた。

 

    −撃!−

 

「あっ、ぐ……!」

【シオン!】

 

 呻くシオンにイクスが叫ぶ。アルセイオを相手に立ち止まると言う行為は自殺行為でしかない。今のシオンはまさしく死に体であった。

 しかし、アルセイオは肩に真紅の剣を担ぎ、シオンをただ見るだけだ。

 その目はただ語る――つまらない、と。シオンは歯ぎしりを鳴らし、瞬動で一気に突っ込む。

 アルセイオは、無尽刀を使わない。ただ剣を構えた。

 

    −戟!−

 

 再びぶつかり合う、イクスと剣。シオンは至近からアルセイオを睨みつける。

 だが、アルセイオはそんなシオンの視線をただ流すだけであった。

 

「……坊主。いい加減、身の丈に合わねぇ戦い方はやめろ」

「……ッ!」

 

 その言葉に、シオンは目を見開いて驚愕する。それは、ずっとずっと隠してきた事。

 それをあっさりとアルセイオは看破したのだ。そんなシオンに、やはりアルセイオは構わない。剣を翻し、イクスを跳ね上げる。踏み込み、開いたシオンの腹に直蹴りを叩き込んだ。

 

    −撃−

 

「ごっふ!」

「おら、よ!」

 

 鳩尾に叩き込まれた蹴りで息が詰まるシオンに、アルセイオはさらに上に跳ね上げた剣を叩きこむ。

 シオンは無理矢理、イクスを盾にした。だが、そんな状態で堪えられる筈も無い。シオンは再び、雪が敷き詰められた地面に埋没する羽目となった。

 

「かっ……あ、ぐっ……ゴホッ! ゴホッ!」

【シオン?】

 

 再び呻き、咳込むシオンにイクスは疑問の声を上げる。先程からシオンの様子が何かおかしい。まるで、身体に力が入らないような――。

 

「坊主、自分でも解ってんだろ?」

「……」

 

 何が、とはアルセイオは言わない。だが、シオンは黙り込む。それを見て、アルセイオはため息を吐いた。

 

「お前の戦い方は、剣の使い方は斬り裂くやり方だ。決して叩き切る戦い方じゃねぇ」

「……黙れ」

 

 アルセイオは黙らない。そのまま続ける。

 

「坊主、お前の本来の戦い方は、刀術だ」

「黙れよ!」

【シオン!】

 

 一気呵成。吠えながら、シオンはアルセイオに向かう。今度はアルセイオも容赦無く、無数の剣群を形成。即座に飛ばして来た。だが、シオンは構わない。

 

「神覇、伍ノ太刀――」

 

 纏う魔力。それを持ってしての突貫。シオンは宙を翔け、一気に突っ込む。

 

「剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

 魔力纏っての突貫は、向かい来る剣群を弾き飛ばし、突き進む。

 しかし、アルセイオは慌てる事も無い。一本の巨剣を左手に形成。それをシオンへとブン投げる!

 

「そら、よっ!」

 

    −裂!−

 

 無造作に放り投げられた巨剣はいかな効果を有していたのか、アルセイオに投げられた瞬間に一気に加速。音速超過し、空気をブチ抜きながらシオンの剣魔と衝突する。

 

    −戟!−

 

「なあ!?」

 

 剣魔の最中で、シオンは今日、何度目になるか解らない驚愕の声を上げた。

 ――拮抗。ただ投げられた剣と、剣魔が拮抗したのだ。

 剣魔はSクラスに匹敵する攻撃力を有している。奥義を除けば最強の技だ。

 それが拮抗。しかも、そこで終わらない。アルセイオは自分の真横に足場を形成すると、真紅の長剣を置く。続いて両の手に、自分と拮抗している巨剣と同じものを作り出した――両手に、そして背後に! その数、十数本……!

 

「オラオラオラオラっ!」

 

 投げる。投げる、投げる、投げる投げ。投げる、投げる!

 

 次々と投げられ来る巨剣に、剣魔は持たない。拮抗状態から押されると、剣魔が消され。巨剣達はシオンに叩き込まれた。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁ――――――!」

 

 巨剣に弾き飛ばされたシオンは、後ろへと吹き飛んだ。

 だが、今度は雪の中に埋もれる事は無い。無理矢理体勢を整え、地面に着地する。

 

「ハァっ、ハァっ……。ぐっ、ゴホッ! ゴホッ!」

 

 息を切らせ。再び咳込むシオンに、イクスは悟る。シオンがおかしい理由に。

 風邪。一時は治りかけていた風邪が再びぶり返していたのだ。

 

 ――だが、何故このタイミングで?

 

 イクスがそう思考すると同時に、アルセイオが横に置いていた真紅の剣を手に取る。そこで思い出した。あの剣の正体に。

 

【無尽刀、まさかそれは――】

「おっ、流石に気付いたか。ある意味で同類だしな」

 

 ニヤリと笑い、アルセイオが剣を振るう。赤の軌跡を描く刃を見て、イクスは苦々し気に呟いた。

 

【魔剣、ダインスレイフ……】

「正解だ」

 

 ――最悪。まさに、最悪の展開だった。今のシオンに、あの剣はまずい。

 魔剣、ダインスレイフ。その能力は、”吸収”だ。魔力を、体力を、精神力を、打ち合うだけで吸収する能力を有しているのである。

 これで合点がいった。何故、シオンの風邪をぶり返したのか。体力を奪われ続けたのだ。なら代謝機能も弱まる事になる。

 

【シオン、あの剣は――】

「解ってる。ッゴホッ! ……心配すんな」

 

 シオンはあえて笑ってみせた。イクスを正眼に構える。

 

「おっちゃん……」

「続きだ」

 

 笑い、再びその背後に形成される剣群達。それらは寸秒も待たずに、シオンへと一気に降り注いだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「――シオン君!」

「よそ見をしている暇があるのか?」

 

    −撃!−

 

 アルセイオと戦うシオンを見て、なのはが声を上げる。しかし、目の前に現れたソラに視線を戻された。同時に放たれる斬撃をレイジングハートで受け止める。

 

「っ――! 貴方達は何が目的なのっ!?」

「答える義務は無い」

 

 ソラはただそれだけを繰り返す。鍔ぜり合う二人の周りで光の花が咲く――ティアナとリゼの射撃魔法だ。さらに空中でウィングロードが伸び、舞い降りるリズとスバルが拳を打ち付け合う。

 今、なのははスバル、ティアナと合流して、ソラ、リズ、リゼと戦っていた。

 だが、その戦いは硬直してしまっている。ソラ達がまともに戦おうとしないのだ。まるで、時間稼ぎをしているような――。

 

《ヴィータちゃん!》

《悪ぃ、こっちもシオンの援護に行けそうにねぇ……!》

 

 ヴィータに念話で問うが、返答は無理と言う事だった。

 ソラ達の行動からして、アルセイオとシオンの戦いを邪魔させないようにしたいのは明白だ。ならば、彼等の目的は……!

 

「シューートっ!」

「フンっ!」

 

    −閃−

 

    −戟!−

 

 放たれたアクセルシューターを回避せずにあえて防ぐ。先程のような真似をさせない為だろう。追撃を放とうとするなのはに、ソラの魔人撃が飛ぶ。広範囲に飛ぶ魔力斬撃にシールドで防ぐ事を与儀なくされた。

 

「……っ」

 

 衝撃に顔を歪めるなのは。ソラは敢えて追撃をかけない。彼女は確信する。やはり彼等は時間稼ぎをしていると。その目的は。

 

「シオン君が、目的?」

「答える義務は無いと言ったぞ」

 

 ソラの答えはどこまでも変わらない。大剣を構える。なのはもまた、レイジングハートを構えた。

 

 ――駄目。やっぱり繋がらない……っ!

 

 もう一つ。実は、アルセイオ達が現れた時からなのははアースラに通信を入れている。だが、妨害されているのか、通じないのだ。これでは援軍も期待出来ない。

 

 ――フェイトちゃん。はやてちゃん……。

 

 心の中で、親友達に呼び掛ける。それでも、アースラに通信は届かない。

 ソラが動き、なのはも宙を翔る。決着は、未だ着きそうにも無かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 所変わってアースラ。ここでも、異変は起こっていた。待機していたアースラの周辺に、突如として転移して来たのである。アースラメンバーにとって、馴染み深い存在が。

 

 ガジェットⅠ型とⅡ型、そしてⅢ型の混成群が現れたのだ。同時に感染者の殲滅に向かったスターズ少隊とも通信が繋がらなくなってしまった。ライトニング少隊とN2R少隊を緊急発進させ、ガジェット群には対応しているものの、その数は多い。未だにスターズの援護にも向かえなかった。

 ブリッジで、矢継ぎ早に飛ぶシャーリー達の報告を聞きながら、はやては唇を噛む。まるで見計らったかのようなタイミングでの襲撃。しかもガジェットだ。殆どのガジェットは廃棄された筈なのだが。

 

「艦長! アースラ上空に転移反応です!」

「――また、ガジェットなんか?」

 

 ここに来て追加の転移反応。それを聞いて、はやては呻く。一刻も早くスターズと合流したいのに――。

 

「いえ、転移反応1―――え? この魔力値……!?」

 

 次の瞬間。

 

    −寸っ!−

 

 アースラの周囲に居たガジェット、数百のそれらが一瞬にして攻撃を停止する。一拍の間を持って、停止したガジェットは爆発し、撃墜された。

 

「な、何や?」

「艦長。転移者の魔力値、規格外です……」

 

 ――規格外。つまりはEX。そんな馬鹿げた魔力値の持ち主等、はやての知る限りではたった二人しかいない。しかもその内の一人は本局で入院中だ。つまり転移してきた者は一人に限られる。

 

「伊織、タカト……!」

 

 ウィンドウに映された人物、伊織タカトを見て、はやては呻くように声を上げた。この状況下でのタカトの出現。それが何を意味するかを分からず、彼女はしばし呆然とした。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「天破水迅」

 

    −寸っ!−

 

 振るわれるは暴虐たる精密攻撃。しかも物理攻撃でもあるこれは、ガジェット達にとってもまた天敵であった。何せAMFが効かない。

 一瞬だけその効果を現そうとするが、凄まじい水圧で束ねられた水糸にそんなものは意味を成さなかった。

 アースラの上空に浮かぶタカトを中心に二キロメートル。その空域に居るガジェット達は全て、何も出来ずにただ殲滅されていく。まるでガジェットの処刑場だ。

 

「君は……!」

「キツ――じゃあ無かったな、フェイト・T・ハラオウンか」

 

 タカトはいつの間に背後に現れたフェイトに、しかし寸毫の驚愕も覚えずにただ水糸の操作に集中する。そんなタカトに少しだけ顔を歪め、だがフェイトは己のデバイス、バルデッシュを向けた。

 

「止まって」

「聞けない相談だ」

 

 苦笑しながら即答する。そんなタカトにフェイトは構わない。

 

「何で、この期に及んで私達を――」

「たまたま見掛けたんでな。それに聞きたい事もある」

 

 フェイトの疑問。何故助けたのかを最後までタカトは言わせない。そして、漸く振り向いた。殆どのガジェットを壊し尽くして。

 

「……シオンは何処に居る?」

「シオン?」

 

 その質問にフェイトは目を見開いた。シオンが追い駆けるならともかく、タカトがシオンの居場所を聞く等、有り得ないと思っていたからだ。あくまでタカトはシオンに追われる側と言うイメージがある。だが、タカトはそんなフェイトの反応を無視した。

 

「……答える気が無いなら構わない。自分で捜す」

 

 そう言ってあっさりと踵を返す。離れるつもりだ――それを悟って、フェイトは慌てて叫ぶ。

 

「待って!」

「……? 何だ? 答える気になったか?」

 

 不思議そうな顔で振り向いて放たれたタカトの疑問に、フェイトは首を振る。どうしても聞いて置かねばならない。タカトがシオンを捜す理由を――何故か、そんな気がした。

 

「なんで、シオンを?」

「…………」

 

 フェイトの疑問。それにタカトは一瞬だけ、とても寂し気な顔を見せた。それは、まるで……。

 

「嘘を、守る為に」

「……嘘?」

 

 その答えに、フェイトは訝し気持な顔になる。嘘とは一体何なのか。だが、タカトは構わない。フェイトから視線を反らした。

 

「もう時間が無い。さらばだ」

「っ――! 待って!」

 

 待たなかった。タカトは一瞬で消える。手を伸ばしたままフェイトは呆然と、タカトが居た空間を見ていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 聖域を見下ろす崖。そこでアルセイオはダインスレイフを振るう。

 

    −戟!−

 

 叩き込まれたその一撃に、シオンはイクスで受けるが、持たない。力が入らないのだ。崖の先端まで吹き飛ばされる。

 後、何歩か下がれば聖域に落ちるだろう。シオンは何とか立ち上がろうとして、激しく咳込む。ダインスレイフによる吸収で、風邪が悪化しているのだ。

 

「まさか風邪たぁな。意図した事じゃあねぇが――」

「ぐっ……!」

 

 息を飲み、何とか立ち上がろうとするも、足が言う事を聞かない。シオンは膝を着いたまま、アルセイオを睨むだけであった。

 

「坊主、聖剣を渡せ」

【なんだと……】

 

 アルセイオの突然の要求に、イクスが呆然と答える。アルセイオは見下ろしたまま続ける。

 

「クライアントがお前を欲しいらしいんだよ。俺は坊主を気に入ってる。殺してまでは奪いたかねぇ」

 

 アルセイオの提案。それにイクスは迷う。自分が目的だった事にも驚いた。そして、これ以上自らの主を危機に陥れる事にイクスは迷う。

 しかし、その主は迷わなかった。イクスを左手で握りしめ、顔をあげる。右手で目元を下げ、舌をんべ、と出した――アッカンベー、と。

 

「やなこった」

【……シオン】

 

 そんなシオンの回答に、アルセイオは少しだけ微笑む――同時、その背後に再び剣群が生まれた。

 

「なら、仕方ねぇな」

【シオン! 今ならまだ間に合う、俺を渡せ!】

「嫌だね」

 

 シオンは笑う。立ち上がれぬ身でありながら、屈しないと。そして、剣群が――。

 

「ファントム・ブレイザ――――っ!」

 

    −煌!−

 

    −撃!−

 

 ――放たれる直前に、横殴りに砲撃がアルセイオへと叩き込まれた。

 

「うおっ!?」

 

 直撃する直前に、剣群がアルセイオを守り、しかし盛大に吹き飛ばされる。

 ティアナだ。ソラ達との戦いの合間にいつの間に仕込んだのか、幻影とすり替っていたのである。オプティック・ハイドも駆使したそれに、漸くソラ達も気付く――だが。

 

「ここから先は――」

「行かせない!」

 

 ソラ達の眼前に、なのは、スバルが立ち塞がる。逆の立場となった事を悟り、ソラは顔を歪めた。

 

「やられた……!」

「むぅ〜〜」

「……油断」

 

 三者三様の反応を見せて、なのは達を突破しようとする。次の瞬間。

 

    −轟!−

 

「ぬっ、ぐ……!」

「バデスさん!?」

 

 両者のちょうど中間に老騎士が降ってきた。吹き飛ばされてだ。続いてヴィータが降りてくる。

 

「「ヴィータちゃん!/副隊長!」」

「おう、待たせたな」

 

 二人の呼び掛けに、ヴィータがニッと笑う。いかな激戦だったのか、そのバリアジャケットはボロボロだった。だが、どうやらバデスを一時的に下したらしい。バデスは立ち上がろうとするも足が言う事を聞かないのか立ち上がれ無い。

 

「ティアナ! シオン君を連れて逃げて! ここは私達が殿になるからっ!」

「はいっ!」

 

 なのはの指示に、ティアナは即座に頷く。向こうの狙いがシオンならば、今、彼を此処に置いておく事は出来ない。ただでさえ、その実力が半端では無い集団なのだ。真っ正直に戦う必要は無い。彼我戦力差から言っても撤退する事が正しい。

 

「シオン、立てる?」

「……ゴホッ……ぐ。大丈夫……」

【咳込んで立ち上がれ無い人間を大丈夫とは言わん】

 

 シオンの様子に直ぐさま肩を貸してティアナはその場から離れようとする。しかし、それを彼が許すはずも無かった。

 

「悪ぃが、そうはいかねぇ」

「「っ――!?」」

 

 瞬間、ティアナとシオンは同時に絶句する。吹き飛ばされたアルセイオが立ち上がって、”それ”を担いでいたから。刃渡り三十メートルはあろうかと言う、極剣を。

 

「あんなの……!」

「ぐっ……!」

 

 顔を青ざめるティアナに、シオンは諦め無い。親指を噛む――だが、遅い。

 

「そぉら、よっ!」

 

    −轟!−

 

 槍投げの要領で極剣を持ち上げ、一気に投げる!

 放たれた極剣は音速超過。空気をぶち抜き、大気爆発を起こしながら、迷い無く一直線にシオン達へと突き進む。

 何とか避けようとティアナはもがくが、シオンに肩を貸している状況では何も出来ない。一瞬で迫る極剣に、ティアナは目を閉じ――。

 

「エクセリオンっ! バスタ――――っ!」

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

    −撃!−

 

 ――直後、極大の光の奔流が横殴りに極剣に叩き付けられた。なのはが抜き撃ちでエクセリオンバスターBSを放ったのだ。

 その一撃にたまらず極剣は砕かれ――しかし、その重量と破壊力は完全には消えなかった。シオン達が居る崖の先端。その前方に砕かれながらも全威力を叩き込む。

 

「あっ!?」

「ぐ――っ!」

 

    −撃!−

 

    −轟!−

 

 崖が崩れる――その威力によって、二人が居た場所は破砕された。シオンとティアナは眼下の聖域に落ちていく。しかし。

 

「ここで聖域なんぞに逃がすかよ!」

 

    −轟!−

 

 第二撃。再び極剣をアルセイオは投げ放つ。音速超過で再度迫る一撃――!

 今度はなのはもソラに阻まれ、ヴィータ、スバルも間に合わない。だが、今度はシオンが間に合った。叫ぶ、己が切り札を!

 

「来い……っ! ヴォルトォ!」

【トランスファー! スピリット・ローディング!】

 

 ティアナに担がれたまま、カリバーに戦技変換。同時に、ヴォルトを装填し、そのまま右のイクスを突き出した。

 

「青龍っ!」

【ゴーアヘッド!】

 

    −煌!−

 

    −轟!−

 

 次の瞬間、イクスから放たれた雷龍が極剣とぶつかる! それは同時に宙空で爆砕した――シオン達の真っ正面で。

 

    −撃!−

 

    −砕!−

 

「きゃあぁぁぁぁっ!?」

「くぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 シオンとティアナはその衝撃で盛大に吹き飛ばされ、そして聖域へと落ちていった――。

 

「ティア――っ! シオン――っ!」

 

 スバルが叫ぶ。しかし、もはや二人は居ない。その場にはただ青龍と極剣がぶつかり合った残滓が残るのみだった。

 

 

(中編に続く)

 

 

 




はい、テスタメントです♪
鬱全開の第二十六話開始であります♪
この聖域での話しなんですが、徹底的に伏線入れまくってました(笑)
にじふぁん時代の方々なら、分かってると思われますが、何気に伏線仕組むんでお気を付けあれ♪
ではでは、中編にてお会いしましょう♪

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