魔法少女 リリカルなのはStS,EX 作:ラナ・テスタメント
――ヴィヴィオは荒野の真ん中に居た。いつから居たのか、いつここに来たのか。それは解らない。
ただ唐突にここに居た。それだけを確信する――そしてもう一つ。
――これは夢。
そうヴィヴィオは理解した。何度も見た夢だからだ。
何度も、何度も。ここには沢山の人が居た。沢山の、沢山の。
数える事さえ嫌になりそうな人達がここには居る。
その中で、ヴィヴィオがいつも見るのは一人の青年の姿だ。知っている青年の姿。いつも見ている青年だ。彼はいつもここに居た。
そして、何も言わずにここに居る人、全員に殴られていた。
――帰して!
そう叫び、殴る女性が居た。
――ふざけるな!
そう叫び、殴る男性が居た。
――貴方は、自分が何をしているか、解っているの!?
……そう叫んで、殴る人達が居た。そして。
――止めなさい! アンタは……! アンタがこんな事して、一体誰が救われるって言うの!?
彼を、一番殴る人が居た。他の人と違い、彼を案じて、殴る人が。
ヴィヴィオはその光景を見るたびに止めようとした。
でも、身体は動かない。
なら、声を出そうとした。
でも、声も出せない。
ただ、見続ける事しか出来なかった。
やがて、彼を殴っていた女性は、諦めたように彼の首元を掴んでいた手を放り出した。そのまま彼の横に座る。……それも、いつもの事だった。
「ねえ……」
彼女は呼び掛ける……いつものように。しかし彼はそれに応えない。ただただ、虚ろな瞳を空に浮かべたまま。
「ルシア、泣いてたわよ?」
「――――」
初めて彼の瞳が揺らいだ。感情に。彼女は構わない。
「泣いてた。アンタを救えないって。救えなかったって」
「……そうか」
その言葉に、漸く彼は応えた。彼女も振り向く。
「まったく……女の子泣かせるなんて大罪よ?」
「そうなんだろうな。だがいい加減、愛想も尽かされたと思ったがな。……最近、殴りに来ないし」
「淋しい?」
「阿保言え。人並以上にぶん殴る女がいるんでな。それとは無縁だよ」
肩を竦める。だが、そんな彼の態度にこそ、彼女は悲し気に目を伏せた。
「……考え直す気、無いの?」
「そればっかりだな。答えはいつもと変わらない」
彼の答え。いつも通りのそれに、彼女は何も言わない――言えない。彼は続ける。
「恐らくはこれが最善。誰も彼をも失わずに済む、最善だ」
「……結果が、どうなっても?」
「結果がどうなっても」
笑う。だけど、それはあまりに悲しい笑みで。彼はそのまま空を見上げた。
「……弟が」
「うん?」
いきなり変わった話題に彼女が疑問の声を上げる。彼は少しだけ微笑んだ。
「俺を睨んでた。憎んで”くれた”よ」
「……そう」
憎んで”くれた”。何で、そんな言い方をするのか。
「ずっとずっと、俺の後ろを歩いて、前に進もうとしなかったアイツが、漸く前を歩いてくれる気になったらしい」
「……」
彼女はついに黙り込んだ。だけど、言葉の変わりに溢れるものがある。
――涙。
彼女は泣いていた。だが彼は構わない。続ける。
「これで、俺は漸く成せる」
「……大切な人に、家族に憎まれたまま?」
泣きながら、彼女が尋ねた。それに彼は苦笑する。
「俺がついた、”嘘”。それをあいつは信じてくれた。本当、そんな所だけは変わらないものだ」
「……」
だから――そう言って立ち上がる。
「もう、おそらくは長くない。残り僅かな時間」
一歩を踏む。歩く、歩く――そして三歩を刻んで、空を仰いだ。
「最後まで、この嘘を吐き通そうと決めたよ」
そのまま優しく笑う――。
「怒るんだろうな」
それが本当におかしいと。
彼は優しいまま笑う。彼女が立ち上がった。そして彼に近付き、真っ正面からその瞳を覗き込む。……泣きながら、言葉を紡いだ。
「泣くと思うわよ?」
「そう――か」
その言葉に、その返答に、彼は薄く笑った。
淋し気に。
悲し気に。
そして何より、懐かしそうに。
「あいつの泣き虫は治ってると思っていたが」
そう笑って、また空を見た。すると光が差し込んだ。彼は笑う。
「さて、そろそろ起きるか。ではな、”アリサ・バニングス”。……ルシアの事、ありがとう」
「いいわよ、好きでやった事だしね。じゃあ、またね。”伊織タカト”」
そう言って、互いに笑い――世界が晴れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「んー……」
「おい、いい加減起きろ、ヴィヴィオ」
声がした――頭上から。ゆっくりとヴィヴィオは目を開いた。そこには月を背に自分を見下ろす青年が居る。伊織タカトだ。
彼は微笑みながらヴィヴィオを見下ろしていた。
――まだ頭がぼーと、する。そう思いながら身体を起こした。
「……おにわ……?」
「ああ。昼寝ならぬ、夕寝だな」
そう言って苦笑いを浮かべるタカト。どうも鍛練をした後、眠ってしまったらしい。
そしてあの夢――気付けばヴィヴィオはその瞳から涙を流していた。タカトは微笑み、涙を拭う。
「……どうした? 怖い夢でも見たか?」
優しく、優しく、そう問うてくれた。そんなタカトにヴィヴィオは首を横に振り、ポツリと呟いた。
「タカト」
「ん?」
「うそ、てなに?」
次の瞬間、タカトは目を見開いて驚いた。
それは彼にとって、一番大事な事だったから。だから、タカトは少しの間を持って驚愕を飲み込む――笑い顔を、必死で作った。
「……俺はヴィヴィオには嘘はついてないが?」
「でも……」
まだ納得しないヴィヴィオに、タカトは右手をその頭に乗せる。優しく撫でた。
「……そうだな。これはユーノにも内緒だぞ?」
「……うん!」
薄く笑うタカトに漸くヴィヴィオは笑顔を見せる。タカトは月を仰いで、ゆっくりとその言葉を紡いだ。
「俺にとって、大事な――そう、大事な事さ」
「だいじ?」
「ああ。きっとな?」
曖昧な表現。
曖昧な言葉。
だけど、ヴィヴィオはそれ以上は聞かなかった。
何となく、聞くのが怖い気がしたから。聞いてしまえば、この青年がいなくなってしまう気がして――。
そんなヴィヴィオにタカトは頭に乗せていた手を離すと立ち上がった。
「さて、風呂に入って来るといい。汗も掻いてるし、ゆっくりと浸かってこい」
「うん、わかった」
手を引かれてヴィヴィオは立ち上がると、言われるままお風呂に向かい――そのまま、ひょっこりと窓から顔を出した。
「……タカトは?」
「俺はこれから個人用の鍛練だ。いいから気にせず入って来い」
タカトの返答に頷くと、今度こそ風呂へと駆けていった。それを苦笑いを浮かべながら見て、タカトは再び月を仰ぐ。
クラナガンの二つの月。その一つが穏やかにタカトを照らす――そしてタカトは、ポツリと呟いた。
――嘘を、吐いた。そして信じてくれた、異母弟の名前を。
「――シオン。俺は成すよ、創誕を」
どこまでも穏やかな光。しかし、月に掛かる雲はゆっくりと増えていく。
――雨の、気配がした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……え〜〜と、ゴメンエリオ、もう一回言ってくれるか?」
アースラ、ブリッジ。その艦長席で、八神はやては頭を抱えていた。
目の前に展開するウィンドウにはエリオとキャロが並んで映っている。二人がいるのはシオンの部屋だ。
その手には紙が握られている。それを再び、エリオが読んで報告した。
《え、えーと、『探さないで下さい。神庭シオン』――て書いた書き置きがシオン兄さんの机の上にありまして……》
「……シャーリー?」
「あ、あははー……シオン君の反応、艦内にありませんー」
シャーリーが冷や汗混じりで報告する。それを聞いて、はやては深々〜〜と、ため息を吐いた。
「……またかい」
神庭シオン。家出再び。
そんなテロップが思わず頭に浮かぶ。はやてはまた、ため息をついた。
「またどこかで暴れとるんちゃうやろな……」
《「…………」》
「せめて、否定してや皆」
彼のこう言った事に関しての信頼は、限り無く低かった。微妙な空気が流れる――と、そこで通信が入った。
エリオ達が映るウィンドウの横に、今度は別の人物が映る。アースラ医療班担当、シャマルであった。
《はやてちゃん、シオン君がどこか行ったって聞いたんだけど》
「うん、そうなんよ。どこに行ったのやら」
ぼやくはやてに、シャマルは苦笑いを浮かべた。週一で頭を悩まされればこうもなるだろう。某『弾幕が薄いぞ、何やってんの!』な艦長ではあるまいが、多感な少年を部下に持つ事の難しさを、今更ながらはやては理解し始めていた。
《こっちに来た時に大分熱は下がってたけど、まだ完璧に治ったとは思えなかったから気をつけて、とは言ったんだけど》
「ああ、なんやいきなりもの凄い熱出してたんやろ? そこも心配なんよー……」
実際の所、その熱は恐らく風邪と全く無関係なものなのだが、当事者では無い彼女達にそれが解る筈も無かった。
「とりあえずシオン君に通信送ってみてや」
「はい。あ、そう言えばイクスが――」
「? どうしたんや、シャーリー?」
シャーリーの反応に、はやては尋ねてみる。それに彼女は振り向きつつ答えた。
「いえ、そう言えば夕方頃からメンテしてたイクスが居なくなってて」
「神庭が持ち出したのか?」
今まで沈黙していたグリフィスが聞き返と、それにシャーリーは頷いた。
「多分そうだと思うんだけど」
「それや! シャーリー、イクスに通信繋いでや!」
はやてが喝采をあげて、シャーリーに呼び掛ける。それに頷き、シャーリーはコンソールを操作した。
程無くして、ウィンドウが展開する。そこには――。
《俺は……っ! 俺はっ! 最低な男なんだ――――――――――っ!》
『『……は?』』
――居酒屋? と思しき店で酒をラッパ飲みするシオンと、それを嘆息混じりに眺めるイクスの姿があったのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時間は少しだけ遡る。
シオンはミッドチルダのある街をトボトボと歩いていた。
そして何歩か歩くと顔がボンッと赤らみ、さらに直後、頭を抱えて唸り出す――と言った行動を繰り返している。
……どう考えてもおかしい行動だった。むしろよく警察呼ばれないなと言う感じである。
勿論、これには訳がある。昼間の出来事だ。
ティアナとスバルとのキス。それが今のシオンの奇態の理由であった。
――実はシオン、こう見えてかなり身持ちが硬い。がっちりと硬い。今どき、男女七歳にして――と、言うアレを頑なに守るような人間であった。取り分けキスと言うものに、シオンは一種の思い入れがある。
キスとは誓約、誓い、契約――それがシオンのキスに対するイメージだ。易々とするものじゃない。
常々思っていたのだ。だが、それを日に二回。しかも違う少女達に。事故とか、不意打ちだとかは言い訳にもならない。好きか嫌いかで言えば、確実に好きなのだが、そんな問題じゃあ無いのである。
シオンとしては不実を行ったと言う感覚の方が強い。
「お、俺は、俺は――」
【どうでもいいんだが、なんで俺まで】
ぶつぶつと呟くシオンの肩に腰掛けて、ため息を吐くのはイクスだ。彼はメンテ中だった所を、いきなり現れたシオンに叩き起こされ、無理矢理連れて来られたのであった。
理由は? と聞いたが聞こえていないらしく、ぶつぶつと呟くだけなのでそれについては諦めている――ただ、シオンがこうなった事に関しては呟きの内容から概ね把握した。
【……ルシアと、アサギの影響がここに出るとは】
額に手を当てながらイクスはぼやく。
何を隠そう、シオンのこの身持ちの硬さは、母アサギと、姉のような存在、ルシアの影響によって出来たものであった。
――厳しかった訳では無い。むしろ、緩かった。
アサギは『彼女が出来たんだ? シオン君も大人だ♪』とか言ってしまう女性であったし。ルシアも『シオンも色を覚えたの? あの小僧っ子がねぇ』と、内容はともかく微笑ましい笑みを浮かべるような女性であった。
ただこの二人、シオンに対してある事を徹底的に教えこんでいたのだ。
つまり、『キスって言うのは誓いのようなものなの。乙女にとって大切なもの。だからもしするなら覚悟と誠意を持ってしなさい』――そう、教え込んでいた。
ちなみに誓いと言うのは、カラバにおいて重要な意味を持つ。精霊がそうであるように、基本、契約と言うものを神聖視しているのだ。
故にキスは誓いと言う風に教えられたシオンにとって、キスはある種、神聖なものになってしまったのである。
尚、某セクハラ兄と、ブラウニー兄には、この教育は為されなかった事を追記する。
暫く歩き続けていると、ポツッポツッと水滴が二人に当たる。シオンは相変わらずだったが、イクスが上を見上げる――直後、雨が本格的に降り出した。
【ちっ、雨か。シオン、雨宿りを――】
「……誓い、いや、でも」
【――聞いた俺が阿保だったな】
フッと諦めた表情になるイクス。成人モードでどこかに引きずるのも手だが――と突如、雨が二人を当たらなくなる。シオンも気付いたのだろう、イクスと一緒にその原因を見る。そこには。
「どうしたい、坊主。風邪引くぜ?」
こちらへと傘を差し出す。壮年の男がいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「うぅっ……! 俺は、俺って奴はァ、最低なんスよ……っ!」
「そうかい。まぁ、男ならそういう過ちの一つや二つあらぁな……飲みな!」
【……とりあえず、そいつ未成年なんだが】
「馬っ鹿。坊主、お前もうすぐ十八なんだろ?」
「……後一週間程で……」
「なら問題ねぇ! お酒は十五からだ!」
【……二十歳の間違いだろ】
居酒屋。そこにシオン達は居た。目の前の壮年の男に連れられて。
男は肩まで伸ばした赤い髪に、これまた見事に手入れされた赤い髭。そして顔は美形といって差し支えない顔立ちをしていた。
名前を、アルセイオ・ハーデンと言うらしい。
……奇妙な男であった。
気付けば懐にズカズカと入り込んでいるような、そんな男。
そんな男の気風に押されたのか、シオンは普段飲まない酒をかっ喰らうように飲んでいた――。
そこでイクスは気付いた。通信が入っていると。
まだアルセイオと飲み続けるシオンをちょっと置いて、店の外に出る――軒先だが。雨も降ってる事ではあるし。
ともあれ開けたウィンドウの先には、見覚えのあるブリッジが広がっていた。アースラのブリッジだ。
【八神艦長か?】
《あ、ああ。イクスか? どないなってるんよ、シオン君?》
若干、面喰らったのだろう。声に動揺を交えつつも、はやてが聞いてくる。それにイクスは嘆息した。
【……ああ。どうせシオンの事だから外出許可なんて取ってないんだな。済まない】
《うん。まぁそれはしゃあないとしてや。……シオン君、また家出なんて何があったんや?》
【それは――だな……】
流石にイクスも言葉に詰まる。まさかキスした(された)事がショックで出たとは流石に言いづらいものがあった。だが、言わぬ訳にも行かないだろう。通信を秘匿回線に切り替え、艦長のみに聞こえるようにしてもらう。
《……秘匿回線使うような理由なんか……?》
【……いや、酷くプライベートな理由なんでな】
そして事の成り行きを話し終え――イクスは即座に後悔した。話すべきでは無かったと。
ウィンドウの映す先。そこには目をキラキラと輝かせて、身内の恋バナに期待しまくるタヌキ娘がいた。
《あの二人がいつの間に……! イ、イクス! もっと詳しく教えてやっ!》
【い、いや、俺も直接見た訳では無いし。それに、主のプライベートの問題であるし】
《そんなの関係ありません! リインも知りたいです!》
【……リインフォース。気持ちは分かるが、同じ主持ちとしての気持ちを察してくれ】
と言うか秘匿回線にした意味があまり無いような気がする。手遅れだろうが。
【とりあえず、そう言う訳だ。シオンは暫くしたら必ず帰す。……そちらはティアナ・ランスターと、スバル・ナカジマの相談にでも乗ってやってくれ。こう言うのは同性相手が一番だろうし】
《了解や!》
《ラジャーです!》
ビシッとサムズアップする二人に、しかしイクスはひたすら不安を覚えた。
そして通信が切れると同時、ガラー! と、扉が開く。シオンとアルセイオだ。二人は肩を組んで、互いに手を高く掲げる。
「「次行くぞ――っ!」」
【飲み過ぎだろ】
イクスは頭を抱えてツッコミを入れながら、先行く二人を追わない訳にもいかず、追い掛ける事となったのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ええっと。それで、ですね。なのはさんの意見を聞きたいなー、て」
「う、うん。そうだね〜〜……」
所変わって、こちらアースラ。高町なのはの部屋。そこで、なのはは目の前の少女、スバル・ナカジマの相談に乗っていた――乗ってはいたのだが。
「それで、あのー。そう言った時、どんな顔して会えばいいのかなって」
「う、うん……」
顔を赤くして聞いてくるスバルに、なのはは顔が引き攣っている事を自覚する。
相談内容は、「キスした相手に、どういう風に接したらよいのか?」であった。ようは恋愛相談だ。だが、しかし。
――わ、私、経験無いのに……。
「なのはさん?」
「わ! ご、ゴメン……」
つまり、そう言う事なのであった。なのはは、そういった恋愛絡みの経験が無かったのである。
何せ一番異性で仲の良いユーノを、未だ仲の良い幼なじみと公言しているのだ。
そんななのは、キスの経験がある訳が無い。スバル、完全な人選ミスであった。
――ふ、ふえぇぇ〜〜! フェイトちゃん、はやてちゃん助けて〜〜!?
「えと、なのはさん?」
「あ、うん。聞いてる、聞いてるよ?」
思わず昔の口癖を頭の中で零しながら、幼なじみへと助けを求める――だが。
少なくとも、もう一人はその助けに応える事は出来なかった。今まさに同じ目にあっていたのだから。
「それで私、どうしたらいいのかなって。……フェイトさん?」
「あ、ゴメン。ちょっとボーと、しちゃってて……」
アースラ、フェイト・T・ハラオウンの部屋。そこで、フェイトは自分の執務官補佐であるティアナ・ランスターの相談に乗っていた。
相談の内容は、「偶然キスしてしまった相手と、どのように上手く話せるのか」で、あった。つまり、スバルと変わらない。だが――。
――う、私、経験無いんだけど……。
奇しくも、なのはと全く同じ感情を抱いていた。
フェイトの場合は、さらに特殊だ。彼女の場合、身近な男性に興味が無かったと言うのが大きい。
エリオは歳が離れているし、何より息子や弟のような感覚だった。
クロノは義兄だし、彼女が十五の時に結婚している。
ユーノは幼なじみであるし、なのはと――と、思っていたと言うのもある。
ある意味において、なのは以上に男っ気が無かったのだ。
スバルもそうなのだが、ティアナも人選を盛大に間違えていた。
「で、えっと。フェイトさんの意見を聞きたいと……」
「う、うん……」
――なのは、はやて。助けて……。
まったく同じ事をなのはが思っているとは露知らず、フェイトは心の中で助けを呼び続けた。
――結論から言うと、この日の相談は夜遅くまで続く事になったそうな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
雨の中で踊る。酔っ払っているシオンは、雨にあたる感触を心地よく思っていた。火照った身体に、雨の冷たさが気持ちいい。
「どうよ坊主。雨にあたるのも気持ちいいだろうが?」
「ああ、すっきりする……」
だろ? と、アルセイオが笑う。
――このおっちゃんの笑顔は心地良いな。
そう、シオンは思った。
【二人共、せめて傘をさせ、風邪を引くぞ】
後ろからイクスが歩いて来た。手には傘を持っている。だけど、シオン達はそれを拒んだ。
「いらねーよ。今、めっちゃ気持ちいいんだぜ?」
「おうよ。この程度で風邪なんぞ引く程、柔じゃねぇしな」
【知らんぞ、風邪引いても】
今日何回目になるだろうか。イクスがため息をつく――ちなみにイクスは知らない事だが、まだシオンは風邪を引きっぱなしであった。
「……本当、たまにはいいもんだな。傘もささないで歩くのも」
まるで洗い流すように――しがらみや、悩みが雨で流されるような。そんな心地良さをシオンは覚えていた。アルセイオもまた笑う。
「俺が好きな言葉に、こんな言葉がある。『雨の中で笑って踊る人がいてもいい』って言うな」
「どう言う意味さ?」
思わずシオンが小首を傾げて問う。それにアルセイオはフッと笑った。
「自由って意味だろ。雨の中で傘をさすのも、雨の中で笑って踊るのも、どっちでも自由。そう言うこった」
「へー……」
曖昧にシオンは相槌をうつ。それに、頭をクシャクシャと撫でられた。
「おら、もう店開いてねぇな。しゃあねぇ! 俺の部屋で飲むぞ!」
「おぉ――――!」
【……好きにしろ、もー知らん】
雨の中で喝采をあげる二人に、イクスが呆れ気味にため息をついた。そして歩き出す――と同時、唐突にアルセイオが虚空を睨んだ。
「……? どうしたんだ、おっちゃん?」
「おう悪ぃ。通信だわ。ちょっと待っててな?」
笑い、離れていく。それをシオンとイクスは言われるままに眺めて待つ事にした。
「……どうしたんすか、提督?」
《どうしたもこうしたも無い。仕事だ》
シオン達から離れた所で、通信による会話を行う。しかし、仕事という単語に、アルセイオは眉を潜めた。
「そいつは構いませんがね。……で、今度のターゲットは?」
《ああ。詳しいデータは後で送る。だが、ターゲットはお前も知ってる奴らだ》
「へぇ?」
《ターゲットはアースラだ》
告げられた名前、告げられた存在。それにアルセイオは一瞬だけ目を見開き、しかし次の瞬間には笑っていた。
「上等な獲物じゃねぇですか!」
《貴様ならそう言うと思った。追って詳細は送る。ではな”無尽刀”》
そう言って通信が切れる。だが暫くの間、アルセイオはその場で笑った。
本当に楽しそうに、嬉しそうに笑い続ける――。
神庭シオン。
アルセイオ・ハーデン。
二人の出会いは、こんなものであった。
(第二十五話に続く)
次回予告。
「再び感染者が現れたのは魔法絶対禁止領域、”聖域”」
「そこで少女達に、そして少年の眼前に現れる謎の魔導師部隊」
「彼等との戦いの最中、少年は再会を果たす――魔剣と」
「次回、第二十五話『聖剣と魔剣』」
「尽くせ無い刀が、少年のココロに突き刺さる」