魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「俺はそれになった事が無い。いやまぁ家族全員なったとこ見た事ないんだけど。だからそれがなんなのか分からなくて。そして、それぞれのはじめてを――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


反逆編
第二十三話「はじめて」


 

 時空管理局本局――スバルの治療が確認された後、アースラは再び本局に戻って来ていた。

 何故か? 答えは単純、時空揺るがす兄弟喧嘩(はやて命名)により、アースラがボロボロになったからだ。

 訓練室は完全に廃墟寸前、駆動炉は結界を維持する為に限界ギリギリまでその出力を使ってオーバーヒート。

 この為、まともに次元航行できる状態では無く、本局に戻って修理する事になったのだ。

 そして、そんな本局の一角。医療室に一人の男がベットに寝そべっていた。

 叶トウヤ、その人である。彼は水色と白のシマシマパジャマを着ていた。その傍らに居るのはユウオ・A・アタナシアと、アースラ艦長である八神はやてだった。

 さて、何故にトウヤがこんな格好で医療室に居るのかと言うと――。

 

「全身打撲に、骨折数ヶ所、内出血数知れず――本当、無茶し過ぎだよ……」

 

 ユウオが呆れたように呟く。

 タカトとの一戦。それでトウヤが被った怪我であった。本来ならこのくらいの怪我ならばどうにかなるのだが、いかんせん切り札を含め、全力を振り絞った為か、トウヤは魔力枯渇状態に陥っていた。

 こんな状態では、グノーシスのトップだろうが、EXランクだろうが関係ない。寝込む事しか出来なかった。溜息をつくユウオに、トウヤは薄く笑う。

 

「久しぶりに全力を出したのでね。まぁ、向こうも似たような目に合ってるだろうが」

「はぁ……」

 

 トウヤのベットの横に立つはやてが苦笑いを浮かべながら曖昧に頷く。はやてはアースラの修理や義装に立ち会っていたのだが、突如、病室で寝込むトウヤに呼ばれたのだ。

 容態はすでに聞いていたので、後で顔を出そうとは思っていたのだが。

 

「はーい、トウヤあーん」

「うむ。あーん」

「……あの〜〜、ラブラブなんは結構なんやけど、そろそろ何の用なんか聞いてもええ?」

 

 ユウオが皮を剥いたリンゴを切り分け、トウヤに差し出す。それをトウヤが口を開き、納めて食べる――それを見つつ半眼となって、はやては尋ねた。

 このままではいつ話しが始まるのか、解ったものでは無い。トウヤは顎を上下に動かし、リンゴを最後まで咀嚼すると、漸く口を開いた。

 

「そうだったね。すまない。……ユウオ」

「あ、うん」

 

 トウヤに促されるままユウオがカーテンを閉め、簡単な防音魔法をかける。それを見て、はやては幾分か緊張し始めた。

 誰にも聞かせられない話しと言う事なのだろうか。トウヤは上半身を起こして、はやてと向き直る。ユウオもまたその傍らに立った。

 

「悪いね。本来ならばこんな無粋な真似はしなくても良いのだろうが」

「いえ」

 

 首を振る。トウヤの言わんとする事を察した為だ。

 今の時空管理局は完全には信用出来ない――これが二人の共通認識だった。

 クラナガンで起きた感染者の大量転移事件。タカトの言葉を信じるならば、それに管理局の人間が関わっている可能性がある。

 彼を完全に信じる訳では無いが、可能性は否定出来ない。トウヤが施した処置は当然と言えた。

 

「さて八神君。率直に言う。グノーシスからアースラにメンバーを出向したいと思うのだが」

「ウチに、ですか?」

 

 はやてが問い直す。それにトウヤは頷いた。

 

「ああ。私の予想が正しいならば、近い内に大きな動きがある」

「それはナンバ――っ、いえ、伊織タカトが?」

 

 666と言いそうになって、訂正しながらはやては問い直す。それにトウヤは微笑みを浮かべた。

 

「呼び易い方でいいよ。一つはそれだ。だがもう一つある。……君も、何かしら気付いているのでは無いかね?」

 

 ――鋭い。はやてはそれだけを思った。

 最近の感染者絡みの事件は何かおかしいのだ。それに、タカトからの情報。それらは決して無視出来るものでは無かった。

 

「心当たりはあるようだね? 結構だ。さてユウオ、頼みがあるのだが」

「うん、何?」

 

 今度はユウオへと視線を移すと、それにユウオも頷く。

 

「グノーシスに戻って、出向メンバーを選抜して欲しい。選定は君に任せるよ」

「うん。でも、いいの?」

 

 ユウオは頷きつつも尋ねる。秘書であり、位階位を持たない彼女にはその権限は無い。人事はトウヤが行うのが基本であった。……だが。

 

「如何せん私はこの通り動けないのでね? それに君ならば任せられる。他も文句は言うまい。リストは通信で送ってくれたまえ」

 

 トウヤは構わなかった。自分の身体を見下ろしつつ言う。ユウオは、今度は疑問を挟まずに頷いた。そのままはやてへと視線を戻す。

 

「こうなったが――構わないかね? 八神君」

「あ、はい。大丈夫です。出向の件、確かに承りましたわ」

 

 頷くはやてにトウヤは微笑む。そして、ユウオが防音魔法を解き、カーテンを開いた。

 

「さて。ところで八神君、シオンはどうしてるかね? ダイブから戻って来たと言う話しは聞いたが」

「あー、シオン君ですか……」

 

 トウヤの問いに、はやては少し苦笑する。そんな彼女に、二人は揃って訝し気な顔となった。

 

「……? どうかしたのかね?」

「いえ、シオン君は今――」

 

 はやては苦笑したまま口を開き、シオンの現状を教えたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ……な、何だ?

 

 時間は、はやてとトウヤの会話から少し戻る。

 シオンの朝は早い。基本、朝四時に起きるのが常だ。しかし、今日のシオンは違った。

 既に朝五時。普通ならば、イクスがシオンを叩き起こすのだが、何故か起こしに来なかった。

 そして今、シオンは謎の”頭痛”を抱えていた。

 それだけでは無い。もの凄い寒気がして、ぞくぞくと言った感覚がシオンを走り抜ける。さらに、喉がやたらと痛い。頭はポーとして、思考がまとめられない――そんなはじめての感覚に、シオンは戦慄する。

 

 ――双重精霊装填? いや、融合の連発? カリバーンの反動?

 

 取り敢えず心当たりを探るが、どれも違う気がする。一体自分に何が起こっているのか、それがシオンには解らない。

 

「あ、頭痛い……!」

 

 呟き、自分の声にまた違和感を覚えた。もの凄い掠れている。

 シオンは未だに声変わりをしておらず、それを実はコンプレックスにしていた訳だが――。

 

 ――こ、声変わりってこんな早くなるもんだっけ?

 

 んなわきゃあ無いが、シオンにはやはり解らない。ベットから起き上がるのもしんどく、シオンはただ転がる。

 そんな時、シオンの部屋のチャイムが鳴る。同時に、声が響いた。

 

《シ〜〜オン、起きてる〜〜?》

 

 声からするとスバルか。出来れば起き上がりたくも無いが、そう言う訳にも行かない。

 無理やり立ち上がり、部屋の入口に向かう。ふらつく頭を何とか押さえて到着。手元のコンソールを操作し、ロックを解除。ドアを開いた。

 

「おはよ、シオン。……てアレ? どうしたの?」

「……おはよう。いや、ちょっとな」

 

 ドアを開いた先にはスバル、ティアナ、エリオ、キャロの四人が居た。皆、シオンの様子を見て驚く。

 

「どうしたのよ、何か辛そうだけど……?」

「ん、ティアナもエリオもキャロもおはよう。いや、何か身体がしんどくてなー」

「大丈夫ですか?」

「シオンお兄さん、顔色も……」

 

 ティアナに続き、エリオ、キャロも心配そうにシオンを見る。

 次の瞬間、シオンは喉からはい上がる息を感じ、両手で口元を押さえる。咳だ。ゴホゴホと咳をして、喉の痛みに顔を歪めた。

 

「ごほっ! ……さっきからこれなんだよ。なんか、頭と喉は痛いし、寒気はするし、妙に頭は熱っぽいし」

「アンタ、それ……」

 

 眉を潜めるティアナにシオンは目を向ける。

 

「……コレ、心当たりあんのか?」

「え? 心当たりって言うか……解るでしょ?」

 

 ティアナの言葉に、しかしシオンは首を傾げた。本当に解らないらしい。

 

「シオン……」

「シオン兄さん……」

「シオンお兄さん……」

「え? 待った何この反応? 皆わかるのか?」

 

 スバルを始めとした一同の反応に、シオンは首を傾げた。その反応を見て、スバル達は確信する。

 「あ〜〜」と、それぞれ頷いた。

 

「取り敢えずシャマル先生に診て貰いましょう」

「だね」

「え? シャマル先生に診て貰うようなもんなのか?」

 

 シオンの反応に一同は苦笑いを浮かべる。それはまぁ、何と言うかとても生温かい笑みであった。

 

「さて、それじゃあ行くわよ」

「待て待て待て! 一体なんなんだよコレ!?」

「いいから、いいから」

「て、背中押すなスバル!」

「いいですから、いいですから」

「……エリオ。何かおざなりな扱いを受けてるような気がするんだが」

「大丈夫です。怖くないですよ? シオンお兄さん」

「……もういいや」

 

 シオンは身体のだるさも手伝って、抵抗を諦める。そのまま医務室へと向かった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「風邪ね♪」

 

 開口一番。シャマルはシオンを診て、即座にそう告げた。

 

「か、風邪?」

「ええ、風邪」

「あの万病の元とか何とか言われる?」

「……まぁ、間違いじゃないわね」

 

 後ろから付き添ったティアナがポソリと呟く。エリオ、キャロも少し苦笑い気味だ――ただ、スバルだけが少し考え込んでいた。

 

「あの一度食らったら最後、頭痛のあまり、辺りを転げ回ったり、腹が痛くて飯が食えなくなったり、身体中が痛くなるって言う!?」

「それ、誰から聞いたのよ?」

「……トウヤ兄ぃから」

 

 一同、シオンの返答に溜息をつく。あの異母兄さんのやりそうな事であった。シャマルが最後に念の為、シオンに確認する。

 

「風邪とか病気になった事、あるかしら?」

「……はじめてです」

 

 シオンは今まで風邪を始めとした病気に罹った事が無かったのだ。

 元々、人並み以上に頑丈な身体である。大抵のウィルスには負けないだけの頑丈さはあった。シャマルがシオンの返答に苦笑いしつつ話す。

 

「多分、今までの無茶でいろいろ身体が参っちゃったのね」

「はぁ……」

 

 そう言われると心当たりはある――と、言うか多過ぎる。

 封印解除や、融合の連発、双重精霊装填やカリバーン。ダイブの中でのシオンの無茶はよく死ななかったなと、言う分類に入っていた。その中には――。

 

「「あ……!」」

「? どうしたんですか? ティアさん、スバルさん」

「う、ううん、何でも無いよ」

「うん、何でも無いわ」

 

 ……気付くよなー、やっぱり。

 

 二人の反応にシオンはそう思う。ダイブ内での怪我。それは現実のシオンには反映され無かった。

 だが、実際に何も無いなんて事は有り得ない。結局の所、それが免疫効果や、体力、精神力をごっそりと奪いさったと言う事だった。

 

「あのさ、シオン――」

「スバル、それにティアナ。こうなったのは俺の責任だ。……誰の責任でも無い」

 

 きっぱりとシオンは言う。出来たら二人には気にして欲しくは無かった――無理な話しではあるだろうが。

 シオンの言葉に、しかしスバル、ティアナは少し悲し気な顔をする。そんな顔を見たく無いから言ったのに逆効果。シオンはやれやれと溜息を吐いた。

 

「取り敢えず今日は一日安静にして寝てる事。お薬出すわね」

「はい」

 

 シャマルに頷いて立ち上がるが、少しフラつく。そんなシオンを両横からスバル、ティアナが支えた。

 

「シオン、大丈夫?」

「風邪引いてるんだから無茶するんじゃ無いわよ」

「あ、ああ。悪い」

 

 ぐっと息を飲み、ふらつく身体で何とか立ち直る。そして、シャマルから薬を受け取った。

 

「それじゃあ、お大事に〜〜♪」

「「ありがとうございます」」

「俺じゃなくて、何でお前等が言うんだ……」

 

 シオンのぼやきに、しかし礼を言ったスバルとティアナは構わない。シオンの手を取って引っ張っていく。

 

「……おい?」

「ごめん。エリオ、キャロ。今日私休むって言って貰えるかな?」

「私もお願いね」

「「はぁ……」」

 

 シオンを引っ張りながら二人はエリオとキャロにお願いする。その妙な気迫に押されたのか、曖昧に二人は頷いた。

 

「……休みなんか取って二人共何する気だ?」

「「決まってるよ/でしょ!」」

 

 ふらつく頭を堪えながら聞くシオンに、二人はぱっと振り向くと、そのまま告げる。

 

「「看病だよ/よ!」」

 

 ――つまりはそう言う事になった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 場所は変わり、ユーノ宅。そこで家の主、ユーノ・スクライアと高町ヴィヴィオは眼前の光景に呆気に取られていた。

 居候、伊織タカトである。そして、その前に積み上げられた皿、皿、皿、皿――。

 自分で作った料理を、タカトは片っ端から胃袋に収めていたのだ。その速度、その量。どれも尋常では無い。

 

「え〜〜と、タカト……?」

「がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつっ! ……何だ、ユーノ?」

 

 ……ちなみに今の一幕だけで皿にドンっと乗ったロースト・チキンが消えた。

 そのあんまりな食欲に一歩も二歩も引きつつ、ユーノは尋ねるべき事を尋ねる。

 

「きょ、今日はやけに食べるね……?」

「いろいろあってな」

 

 端的にそう言うと、さらに皿いっぱいに盛られたチャーハンをかっ喰らい始める。

 取り敢えずヴィヴィオに真似はしないようにと教えたが、ヴィヴィオからしてもそんな真似は出来よう筈も無い。

 ちなみに、食卓に乗る料理は和・洋・中のこだわりが無かった。

 つまり、めちゃめちゃに料理が置いてあったのだ。冷蔵庫を底ざらいしたような量だが、これは全てタカトが帰って来る際に持って帰って来た食材だった。その量を見た時は二人も何のギャグかと疑ったものだが――。

 

「あの食材、全部”個人用”だったんだね……」

「がつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつがつっ!」

「タカトすごいね……」

 

 流石に呆れたようにヴィヴィオが呟く。ちなみにトウヤの言葉通りならば、タカトも相応の怪我を負っている筈だ。だが、今のタカトは無傷であった。勿論、これには理由がある。

 タカトにあってトウヤに無いもの――つまり究極の肉体コントロールたる、仙術の有無であった。

 超回復の秘技。新陳代謝を加速させて、怪我を治す術だ。ぶっちゃけると細胞分裂を促進させる突貫工事な訳だが、勿論デメリットがある。今のタカトの食欲がそれだ。つまり、今のタカトは見事なまでのカロリー切れ状態なのであった。勿論、トウヤにしてもタカトにしてもこのデメリットが無く、また即座に怪我を治す方法はあるにはある。

 しかし、今のタカトには使えないし、魔力枯渇状態のトウヤにもまた使え無い。それ故、タカトは大量の飯を食べ、トウヤは怪我を回復出来ずに寝込んでいると言う訳だった。閑話休題。

 

「ふぅ、食らった、食らった」

「本当に全部食べるなんて……」

 

 ユーノも呆れる。あの量を、ほとんどタカト一人で食べてのけたのだ。呆れもしようと言うものだった。

 

「さて片すか。ああ、ヴィヴィオ。食休めが終わったら腹ごなしも兼ねて稽古をしよう。準備するようにな」

「うん、わかった」

 

 にぱっと笑うとヴィヴィオは自室へと戻る。それを見ながら、ユーノは微笑んだ。そして、タカトは皿を洗いに席を立つ。

 

「でも本当、今日は凄い食べたね。いつも食べ足りなかったりする?」

「いや、そんな訳では無いが――さっきも言った通りいろいろあってな」

 

 苦笑する。そんなタカトを見て、ユーノは尋ねる事を止めた。

 これ以上は何を聞いても答えない。それを悟ったからだ。だから、その代わりにユーノは微笑んだ。

 

「そっか……。あ、よかったら今日付き合ってよ」

 

 そう言いつつ、手を口元に傾ける動作をする。それにタカトもまた笑った。

 ユーノはこう言っているのだ。また飲もうと。

 

「お前も好きだな。了解だ、家主殿」

 

 手を上げて答える。それに互いに笑った。

 ……結局、ユーノは怖かったのかも知れない。この気持ちいい時間を壊す事が。だから何も聞かない――だが。

 

「タカト〜〜」

「ああ。それじゃあ、ユーノ。また後でな」

「うん、待ってるよ」

 

 リビングを出ていくタカトを見送るユーノ。……だが、彼はこの事を後悔する事になる。聞けばこんな事にならなかったと。そう、ずっと後悔する事に――。

 

 

 

 

 ――友を失う事になんてならなかったと後悔する事に。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 場面は再び変わり、アースラ。シオンの部屋。その中でシオンはベットに横になりながら、非常に居心地が悪そうにしていた。

 部屋の中を慌ただしく動く四人が原因で。

 

「…………」

「冷えシート、もう使えないわね」

「シオン、布団足りる? 寒くない?」

「…………」

 

 ティアナが額に張っている冷えシートを取り替える。そしてスバルが、自分の部屋の布団を持って来た。

 

「……おい」

「シオンお兄さん。汗かいてないですか?」

「……まぁ、そこそこ」

「なら汗拭かないと――」

「て、待て待て! 自分で拭く! 自分で拭けるから!?」

 

 パジャマの上着を脱がし、汗を拭こうとするキャロをどうにか止める。

 ……余談だが、キャロには羞恥心を持って欲しいと心の奥底からシオンは思った。スバルとティアナもタオルを持ってスタンバイするのは止めて欲しい。

 

「シオン兄さん、スポーツドリンク持って来ましたけど、飲みます?」

「んあ、助かる……」

 

 「大変ですね」と、シオンにだけ聞こえるように呟きながら、エリオはスポーツドリンクを手渡してくれる。

 それに感謝しながら、心の中だけで同意した。

 スバルとティアナの看病にエリオとキャロも協力するとの事で四人は休みを取って、シオンの部屋に詰めている。その看病にシオンは感謝しつつ、しかし。

 

「ほらシオン、プリン貰って来たよー」

「桃缶もあるわよ?」

「いや、そんなに――」

「「……食べられない?」」

「――頂きます」

 

 と、まぁ終始こんな状況であった。

 シオンは思う。この二人、飼い猫を構い過ぎて嫌われるタイプだと。取り敢えず布団五枚(シオン、スバル、ティアナ、エリオ、キャロの布団)は暑すぎるからどけたいのだが。重いし。

 

「シオン、汗凄いね……」

「そろそろパジャマとか……とか、変えなきゃいけないわね……」

 

 ……の部分に何が入るのかは察して頂けると助かる。取り敢えず顔を赤らめて、そんな事は言わないで欲しい。

 

「えっと、代えのパジャマと、……は」

「ま、待った! 着替えを探すのは待った……!」

 

 いろんな意味で気力をごっそりと持っていかれつつ、着替えを探す三人をシオンは何とか止め、エリオに振り向いた。

 

「エリオ、悪いけど頼むわ――?」

「はい。……? シオン兄さん、どうしたんですか?」

 

 頷き。しかし疑問符を浮かべるエリオ。シオンが思案気な顔になったからだ。エリオの問いに、シオンは聞いて来る。

 

「イクスはどした? そう言えば朝から顔見らんけど」

「あれ? シオン知らないんだっけ?」

 

 棚から離れながら、スバルが答える。それにティアナもまた頷いた。

 

「ほらイクス、いろいろ変わったじゃない? それに凌駕駆動なんて無茶もやったから、今はシャーリーさんの所でメンテ中よ」

「……俺、聞いて無いんだけど?」

「そうだよ? だってシオン、起きなかったもん」

 

 ――そう、シオンはダイブしたメンバーの中でただ一人、なかなか起きなかったのだ。

 一度は起きたものの、やはり融合やらの反動からか、スバルの顔を見て、即座に自分の部屋に戻り一日中寝ていたのだ。

 イクスの事を説明する暇が無かったのは言うまでも無い。

 

「道理で顔見ないと思ったら……」

「明日には戻るそうよ。だから看病は私達に任せなさい」

「そうだよー」

 

 そんなティアナ、スバルの言葉に見えないように、シオンは嘆息すると、時計を見る。もうすぐ昼だ――と、なると。

 

「あ、もうお昼だね?」

「お粥貰って来なきゃね」

「僕、行ってきます」

「あ、エリオ君。私も行くよ」

 

 ――こうなるよなー?

 

 予想通りの展開に、シオンは息をつく。

 

「なぁ、お前等は昼飯、どうするんだ?」

「ここで食べるわよ?」

「うん。シオンの事、心配だしね」

 

 これもまた想像通り。多分エリオ、キャロも同じ事を言うだろう。シオンは布団の中で苦笑する。

 はじめての風邪、多分一人だけだったならばきっと不安だったに違いない。だけど、一緒に居てくれる奴らが居る。

 それはなんて、安心出来るんだろうと。そう、シオンは思った。

 

「お粥、持って来ましたよ」

「皆さんの分も持って来ました♪」

 

 エリオとキャロがその手に、お粥を持ってくる。その数、五皿。

 ……まずは昼飯だな。そう思い、シオンは上半身を起こした――。

 

 ……なお約束として、”四人”から「あ〜〜ん」があった事を追記しておく。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 昼ご飯が終わり一時間後。ティアナは椅子に座り、傍らのベットで眠るシオンの顔を見ていた。

 スバルはなのはに、エリオ、キャロはフェイトに呼ばれ、席を外している。

 スバルは感染していたと言う事もあり、昨日と連続して検査を受けていた。今日もそれで呼ばれたのである。何せ、史上二人目の治療者だ。念を押して検査するのに越した事は無い。

 エリオ、キャロはフェイトと共に本局のトウヤの元に行ったそうだった。何でもトウヤ、ユウオが二人に用事があるらしく、二人を呼んだのだ。フェイトはその付き添いである。

 静かな時間。さっきまでが、かなり賑やかだった事に、ティアナは今更気付いた。でも、こんな時間も悪くない。そう思う。

 椅子から下りて、床に膝をつける。そして、ベットに肘をついて、シオンの顔を覗き込んだ。

 

 ……綺麗な顔してるわね――。

 

 そう思いながら、思わず肌に触れてみる。キメ細やかな肌。その感触を楽しんだ。

 

「ん……にゅ〜〜」

「プッ……! にゅ〜〜だって♪」

 

 シオンのその寝言? が楽しくて、さらに肌に指を滑らせた。鼻先をくすぐるとシオンはさらに寝言を呟く。

 

「ん、ぬ、にゅ、にゅ、にゅ、にゅ〜〜」

「ん〜〜♪ 面白い寝言ね〜〜♪」

 

 ……結構可愛いかも。

 

 シオンに悪戯しながらティアナはそう思う。元々シオンは女の子のような顔立ちだ。普段の言動が言動だから隠れているが、こうして大人しくしていると、妙に可愛いらしく見えた。さらにその寝言だ。これがティアナの心をくすぐりまくっていた。

 暫くそうやって遊んでいると、シオンが寝苦しかったのか、顔を横に背ける。ティアナの側に。

 すると、知らず知らずの内に顔を近付け過ぎていたのだろう、ティアナの鼻先とシオンの鼻先が触れる。

 

「ひゃっ!?」

「ん、ぬ……にゅ〜〜」

 

 その距離にびっくりして、ティアナは声を上げて少し背を立てる。結果としてシオンと顔が離れた。

 ドキドキとする鼓動を押さえ、シオンの顔を眺め見る。シオンは相変わらず「ん、にゅ〜〜」と寝こけといた。

 取り敢えずシオンが起きない事にティアナはホッとする。そして、驚かされた事にちょっとムッとして再度、指で鼻先をつつき始めた。すると、またシオンが顔を動かした。上へと。自然、ティアナの指がシオンの唇に触れる。

 

「あ……」

「ん、にゅ……」

 

 一瞬指を引こうとして、でもその感触にティアナは指を引けなくなった。色素の薄い――しかし朱い唇。プニプニしたその感触に指が引けない。

 

 ……気持ち、いい……?

 

「む、にゅ〜〜」

 

 相変わらずシオンは妙な寝言を上げて眠るだけだ。唇の感触に、ティアナは鼓動が早くなるのを自覚する。

 ――もし、唇と唇で触れたらどうなるんだろう? そう思ってしまうと止まらなかった。ゆっくりと顔を近付けていく――。

 

 ……だめ、こんな――。

 

 頭では解っている。でも、止められない――止まらない。ティアナは顔を近付ける。既に吐息がお互いの唇に掛かる距離だ。

 

 ――ごめん……。

 

 誰に謝ってるのかも分からない。だけど、何故か謝罪の言葉が頭に浮かんだ。そして唇が――。

 

 ――触れかける瞬間、いきなりシオンの目が開いた。

 

「っ――――――!?」

「ん、にゅ……何だぁ……?」

 

 瞬間でティアナは飛びのき、悲鳴を上げかける口を両手で押さえる。シオンはそんなティアナの事情は露知らず、半眼で目を指で擦り、上半身を起き上がらせた。同時に伸びを一発。片手を上にあげる。

 

「くぁ……。寝ちまった。……よう、ティ――」

「ち、違うのよっ!」

「――アナ?」

 

 いきなりまくし立てられてシオンが?マークを頭に浮かべる。だが、ティアナは気付かない。

 

「ちょ、ちょっと熱を計ろうとしただけよ! こう、額をつけて! で、でも興味が無い訳じゃなくて、その、シオンの唇柔らかいな〜〜とか、思った訳じゃなくてっ!」

「……オ〜〜イ?」

 

 シオンが呼び掛けるが、ティアナにはまるで届かない。顔を真っ赤にしてさらにまくし立てる。

 

「その唇に触ったのも故意じゃないって言うか! 指で触ってたら気持ちよくて、ついでにアンタが『にゅ〜〜』とか言うから面白くて!」

「――待った。ティアナ、落ち着け。落ち着けって」

 

 両手を前に出して、何とかティアナを落ち着かせる。そうして漸くティアナの言い訳だか、白状だかは止まった。

 

「取り敢えず言わせてくれ。何が何だか解んねぇ」

「……えっと、……アンタ、覚えて無いの?」

「だから、何の事だよ?」

 

 改めて尋ねるシオンにティアナはホッと息をついた。安心した――したけど、妙に残念な気もする。

 そんなティアナに相変わらず疑問符を浮かべるシオン。その顔を見て、ティアナは再度嘆息する。

 

「で、結局何だったんだよ?」

「いいの……気にしないで」

「???」

 

 訳が解らんと首を捻るシオンに、ティアナは微苦笑を浮かべた。

 

 そう、何も無かった。

 なら、それでいい。

 そう思い、床から立ち上がろうとして。

 

 ……もし、神様とやらが居るとしたならば思いっきり悪戯好きだろう。ついでに一発ブン殴る――後にシオンはそう言う。

 

 ティアナは立ち上がろうとして、しかし床に膝をつけたままの状態だったのがまずかったのか、足に痺れを覚えた。そして前方に――シオンの方へと体勢を崩す。

 

「キャッ!?」

「て、わ! ばか――」

 

 即座にティアナを支えようとするシオン。だが、彼の体調は完全に復活していなかった。つまり、力が入らない。

 倒れて来るティアナを捕まえるが、支え切れずそのまま一緒に倒れ込む――そして。

 

 

 

 

「ただいま〜〜。ごめん、ティア〜〜。遅くなっちゃ――」

 

 検査が終らったのだろう。扉を開き、スバルがシオンの部屋に入って来る。そして、その視界に映ったのは――。

 

 ベットの上に倒れ込み、唇を重ねて硬直する二人であったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「んっ……!」

「むっ……!」

 

 一瞬何があったか、互いに理解出来なかった。しかし、二人共目を見開いてお互いを見る。

 唇は、この上無い程完全に重なっていた。

 柔らかな。あまりにも抗いがたい感触。それを認識した瞬間、一気に血が頭に昇る。だが――。

 

「ティ、ア? シオン……?」

 

 ――声が響いた。それに二人は、弾かれたように離れる。そして声がした方を見ると、そこにはスバルが居た。呆然と、目を見開いて。

 

「ス、スバル!?」

「今の――!」

 

 二人揃って声を上げる――直後、スバルは耳を両手で塞いで、そのまま開きっぱなしだった扉から駆け出した。

 

「スバルっ!」

「ちょっ……! 待ちなさい!」

 

 慌てて追う二人。だが、自動ドアは二人を遮るように閉まった。

 

「くっそ……っ!」

 

 直ぐさま扉から抜けようとして、しかしガクンと後方に体が泳ぐ。裾を掴む感触に気付いた。それを掴むのは、ティアナ。

 

「ティアナ……?」

「っ! ご、ごめん、何でも無い! 早く追わなくちゃ!」

 

 ぱっと手を離し、ティアナが扉へ向かう。だけどシオンはそんなティアナに声を掛けた。

 

「その……さっきの事なんだけど」

「……大丈夫よ、気にして無いわ」

 

 あくまで背を向けたままティアナは言う。

 

「だけど――」

「気にしてないって言ってんでしょう!」

 

 ついに彼女は叫んだ。まるで、その先を言わせ無いように。それにシオンは口を閉じ――変わりに、背中からティアナを抱きしめた。

 

「――っ!? ちょっ! シ――」

「悪い。けど、せめて謝らせてくれ」

 

 何かをティアナが叫ぶ前に、シオンはそのまま告げて来た。それにティアナから力が抜ける。体重を、シオンに預けた。

 

「……今度、私の言う事何でも聞く事」

「ん?」

「それで許してあげる。そう言ってんのよ」

 

 ティアナの言葉。それにシオンは一瞬呆気に取られ、だが笑った。

 

「了解。お安い御用だ」

「言ったわね? 安くはないわよ――、一応、私の初めてだったんだし」

 

 ティアナが最後にポソリと呟いたが、そこだけが聞こえず、?マークを浮かべるシオン。そんな彼に、『あ――!』と叫び、腕を振りほどいて振り向きざまにビシッと指を突き付ける。

 

「うぉ……っ!?」

「いいから早くスバルの所に行きなさい! 誤解しちゃってるみたいだしっ!」

 

 突き付けられた指に若干ビビりつつ、シオンはティアナにコクコクと頷く。それにティアナは笑った。

 

「ほらっ、ならさっさと行く!」

「おうっ! 解った!」

 

 背中を叩かれてその勢いのままシオンは走り出す――だが、扉を出る直前で、ティアナへと振り向いた。

 

「……? どうしたのよ?」

「言い忘れてた。……ありがとな、許してくれて。やっぱお前、良い女だよ」

「――っ! このバカっ! 変な事言ってないでさっさと行きなさいっ!」

 

 再び叫び、傍らの枕を投げ付ける。それをシオンは走り出して躱し、そのままスバルを追い掛け始めた。

 ティアナは枕を投げた体勢で息を荒くして、ペタンと床に座り込む。そして、指で唇をなぞった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「スバル――!」

 

 シオンは、アースラの中を走り回る。スバルの姿は、どこにも見当たら無かった。

 いっそ、管制に聞くかと、若干危険な思考にシオンはなりつつも走る。その時、見覚えのある後ろ姿が見えた。ずっと、走っていたのだろう。まだ耳を押さえてる彼女の姿が。

 

「にゃろっ! おい待て――っ!」

「――っ! 着いて来ないでっ!」

 

 こちらに気付いたか、叫んで速度を上げるスバル。しかし、そんな訳にも行かない。

 

 走る。

 

 走る、走る。

 

 走る、走る、走る。

 

 アースラ中を走り尽くす。既に何周したかも解らない程にだ。

 

「あ、シオン君、元気に――」

 

「すいません、急いでまして!」

 

「シオン。風邪治ったの? あんまり走り回ったら駄目だよ――!」

 

「次があったら気を付けます!」

 

「ありゃ? シオン君やん。あんな? 聞きたい事が――」

 

「また後で――!」

 

 いろいろすれ違いつつも、シオンはスバルを追う――と、言うか、何故に会う面々は前線メンバーばかり? 妙な事を疑問に思いつつシオンは速度を上げた。

 

「あれ? シオン兄さん?」

「シオンお兄さん、もう大丈夫なんですか?」

「すまん! 二人共、また後でな――!」

 

 擦れ違いざまに返事だけを返す。追う、追い続ける。そして――。

 

「あっ……!?」

「て、このアホっ!」

 

 耳を押さえて走るなんて真似をしていたからか、スバルが躓いた。

 崩れる体勢。それにシオンは軋む体を無視して瞬動を発動。その体を横からひっ掴む。しかし、やはり力が入らず、一緒に倒れ込んだ。スバルはその場で膝をつき、シオンは寝転がる。

 

「シ――」

「漸く捕まえたっ! 艦内中走り回りやがって……!」

 

 荒い息で、フラつく頭を押さえながらスバルを見る。しかし、スバルはその視線を拒むように目を合わせない。シオンはそれに苛ついた。

 

「取り敢えず話そうぜ?」

「やだ」

「て、うぉい! やだじゃねぇよ!」

 

 そう言うが、スバルは取り合わない。それにシオンは大きなため息をついた。

 

「……解った。ならこっからは俺の一人言だ。勝手に喋る」

「聞かないから」

「別に良いって。……あれは事故だ。ちょっとティアナが転んでな。それでまぁ支えようとしたんだけど。……俺、まだ力入らなくてさ。ティアナ、支えきれなくて。それで一緒にベットに倒れちまったんだ。そしたら偶然……その、唇が、な」

「…………」

 

 一気にまくし立てるシオンだが、スバルはまだシオンを見ない。プイっと顔を背けている。シオンもまたスバルを見ずに続けた。

 

「わざとじゃないし。アレは事故だけどさ。……でもしたのは事実だ」

「……っ!」

 

 漸く、ちらりとスバルがシオンを見る。それを感じながら立ち上がり、だが横を向いて、スバルに視線を合わさない。

 頭をかいて、ちょっと罰が悪そうにする。そしてそのまま口を開いた。

 

「……だから、その……ごめん」

「……何でシオンが謝るの?」

 

 スバルが固く閉じていた口を開く。シオンもまたスバルに視線を戻した。

 

「何でだろうな。けど、お前に謝らなきゃいけない気がしたんだ」

「そっか……」

「そうだ」

 

 シオンの答えにスバルがようやく笑顔を見せてくれた。それにホッと安心する。

 スバルもまた立ち上がった。だが何故か、その顔に浮かぶのは悪戯をしかけるような顔。それにシオンは少し面食らう。

 

「でもシオン、ティアとキスしてどうだった?」

「いや、どうだったって何が?」

「気持ちよかったりした?」

「バッ!? 答えられるか! つうか、一瞬だったし解んねぇよ!」

 

 何と言う質問をするのか。

 スバルの問いにシオンは顔が真っ赤になっている事を自覚する。

 そんなシオンにスバルは近付きながらも、質問の手を緩めない。

 

「ふぅーん、本当かなー」

「本当だっつうの!」

 

 さらに近付くスバル。その距離はいつの間にか、互いの吐息が届く距離まで縮まっていた――スバルは止まらない。

 

「本当ーに、覚えてない?」

「お、おう。てか近――」

「なら――」

 

 ――今度はちゃんと覚えてね?

 

 その言葉と共に、スバルは最後の距離を詰めた。

 シオンの唇に、自分の唇を重ねる。

 

「んっ……」

「!? ん……!?」

 

 自分の唇に重なる感触――本日二度目にして、人生二度目の感触に、シオンは目を白黒させる。

 

 驚きで声が出ない――そして、その感触に抗えない。

 

 数秒の間を持って、スバルは漸く離れた。えへへと笑う。顔を、紅潮させながら。

 

「ちゃんと、覚えてくれた?」

「あう、あうあうあう」

 

 スバルの問いに、シオンは答える事が出来ない。だがコックリコックリと、壊れた機械のように頷いた。

 

「うん。なら、よかった♪ じゃ私、行くね?」

「あ、う、あうううう」

「じゃ、またっ!」

 

 壊れているシオンを置いて、「恥ずかしーい」と言いながらスバルは駆けていく。

 スバルが曲がり角を曲がると、通路の向こうからエリオとキャロが出て来た。

 

「あ、いたいた。シオン兄さん。スバルさんが何か嬉しいそうでしたけど、何かありました?」

「あうあうあうあうあ」

「シオンお兄さん?」

 

 ――直後。シオンは「きゅう……」と、変な声を上げて、パタリとその場に倒れた。

 

「き、きゃ――! シオンお兄さ〜〜ん!」

「うわっ凄い熱だ! キャロ、シャマル先生呼んで!」

 

 エリオとキャロが慌てる最中。シオンは目をナルトにして「あうあうあうあう」と呟き続けていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 アースラ艦内女風呂。そこにティアナは一人でお風呂に入っていた。リボンは解いて、今はその髪を結い上げている。

 

「まったく、アイツは……」

 

 シャワーを浴びて湯舟に浸かる。その中で思い出すのはシオンだ。

 先程の出来事から数時間しか経っていない。思い出すのも当然と言えた。

 ティアナは軽く唇に指で触れ、しかし首をブンブンと振る。

 

「何を意識してんのよ私っ! これじゃあ、まるで……っ!」

 

 ――アイツが好きみたいじゃない。そう思い、しかし再度首を振る。

 そんな事は無いと。そう、思う。

 

「だいたい、口は悪いし」

 

 思い出すのは最初の出会い。いきなり戦ったあの出会いだ。相当口が悪かった事を覚えてる。

 

「猪突猛進だし。すぐに怒鳴るし。考え無しだし。口ばっかり上手いし」

 

 ――思い出す。思い出す。

 

 シグナムとの模擬戦。

 

 最初の感染者との戦い。

 自分をモデルに絵を描いて貰った事。

 666との戦いの最中でのぶつかり合い。

 暴走する彼と戦ってアースラに戻って来た時。

 ダイブ前日の会話。

 

 ――そして、スバルのココロの世界での戦い。

 

 助けた事、助けられた事。それ等がティアナの頭に浮かんでは消える。これでは、まるで――。

 

「――っ」

 

 顔を湯舟につける。そして、ゆっくりと顔を上げた。

 

 ――自覚する。顔が紅潮している事を。そして、ティアナはぽつりと呟いた。

 

「……好きかも」

 

 直後、ポチャーンと水滴が湯舟に落ちたのだった。

 

 

 

 

 午後八時。時空管理局本局医療室。そこに通信と共に、あるデータがトウヤの元に届けられていた。それを見ながら、トウヤはふむと頷く。

 

「これが、出向メンバーかね」

《うん。見て貰ったら解ると思うけど――》

「精鋭だね? 第三位と第四位で固めるとは」

 

 そう言って、トウヤはリスト内の名前を読んでいく。

 

 第三位、出雲ハヤト。

 第三位、凪チヒロ。

 第三位、小此木コルト。

 第四位、黒鋼ヤイバ。

 第四位、真藤リク。

 第四位。一条ユウイチ。

  ・

  ・

  ・

  ・

「そして彼等、か。彼等は立候補かね?」

《うん。……シオン君に会いたいって。特に彼女は》

 

 出向メンバーのリストの末尾にはその名前が書いてあった、

 

 第四位、本田ウィル。

 

 管制補佐、御剣カスミ。

 

 ――そして。

 

「幼なじみ、か」

 

 医療補佐、姫野ミモリ。

 

 そう、リストの末尾には記されていたのであった――。

 

 

(第二十四話に続く)

 

 

 




次回予告。
「いろいろな『はじめて』を迎えた少年少女達」
「いっぱいいっぱいな少年は再び家出した。そして――」
「次回、第二十四話『その出会いは偶然のようで』」
「少年は出会う、偶然のような必然に」

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