魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「そこに突き立つ刃は曇り一つ無くて。力を望むこと、力を使うこと。それは恐怖だった。だけど、今は迷わない。だから力を、俺は欲する――。魔法少女リリカルなのはStS,EX、始まります」


第二十二話「黄金の剣」(前編)

 

 ――風が吹く。

 どこまでも優しく、草原に。

 その風は、シオンを、スバルを、そしてイクスの頬を撫で、髪を揺らす。そんな中でシオンは、たった一言を言った――。

 

「はい?」

 

 ――もの凄く間の抜けた一言、疑問を。先程のイクスの台詞に対しての疑問である【つまりお前のココロの世界だ】。その言葉に、シオンは疑問の声を上げたのだ。イクスはしばらくシオンを眺めて嘆息。それはまぁ、とっても疲れたような溜息であった。

 

【馬鹿だ馬鹿だとは思ってはいたが……】

「て、おい! 何気にとんでもない事言ってないか!?」

 

 シオンの抗弁に、しかしイクスは構わない。もう一度、きっぱりと言い放つ。

 

【此処はお前のココロの世界だ】

「いや、そう言う意味じゃなくて、何で俺もスバルも此処に居るんだよ」

 

 そう言いながら、ちらりと横を見ると、シオンのココロの世界と聞いた為か、スバルが物珍しそうに草原を眺めていた。

 ……正直に言うと此処が自分の世界だと言うのなら、恥ずかしいのでジロジロ見るのは止めて欲しいのだが。

 そうシオンは思うが、先程互いにココロを見合ったのに何を今更と思わなくも無い――と、そこで気付いた。

 

「……まさか、それで?」

【……漸くか。まぁ良い、その通りだ。お前がキー・スペルを唱えてスバル・ナカジマとココロを見合った時に、同時にお前達の世界は連結。そのままお前達は此処に来た。と、言う訳だ】

 

 イクスの答えに、シオンは成る程と頷く。だがもう一つ疑問があった。それは、イクスが何故此処に居るのか? と言う事。それを真っ正直イクスに尋ねると、何故か眉を潜められた。

 

「……イクス?」

【……最近忘れられがちだが、俺はユニゾンタイプのデバイスだ】

「ああ、うん」

 

 何を今更? そう思って疑問をシオンは口に出そうとする。イクスは再度嘆息。

 

【……。一応、お前とはユニゾン状態な訳なんだが……】

「え。あ、そうか」

 

 ポムッと手を打ち、シオンはようやく納得した。

 イクスは一部のみだが、シオンとユニゾンしている状態で起動しているのだ。つまり、イクスの精神もシオンに引っ張られる形で連れて来られたのだろう。そんなシオンの様子に、イクスはジト目で見て来たが、諦めたのか嘆息だけを漏らして歩き出した。

 

「……イクス?」

【シオン。それにスバル・ナカジマ。ついて来い】

 

 そう言ってイクスはさっさと歩き出す。何があると言うのか。取り敢えず、シオンはスバルに呼び掛ける事にした。

 

「スバル。……何やってんだお前?」

「え? ……えへへ。此処がシオンの世界だと思うとちょっと嬉しくて」

 

 笑いながらスバルはスゥッと深呼吸をする。優しい風を感じながらその風景を仰ぎ見た。

 

「此処、綺麗だね」

「……そうか?」

 

 スバルの言葉にシオンは若干気恥ずかしくなった。

 此処が自分のココロの世界で、それを綺麗だと言われれば誰だって照れる。そんなシオンにスバルは頷いた。

 

「うん。優しい世界だよ」

「……そうかい」

 

 顔が赤くなりそうなのを自覚し、返事がぶっきらぼうになる。

 スバルから顔を逸らす――そんなシオンに、スバルは笑いながら彼の手を握った。

 

「ねえ、シオン」

「……何だよ」

 

 いきなり手を握られ、シオンは戸惑う。しかしスバルは構わない。手を握ったまま続ける。

 

「ありがとね。色々」

「……まだ、全部片付いた訳じゃないんだぞ?」

 

 実際、スバルの世界の因子がどうなったかは解らないのだ。だから返事はいいとシオンは思う。スバルはそれに首を振った。

 

「シオンのココロ、見せて貰ったよ」

「俺だってお前のココロを見たぜ?」

「うん。でも」

 

 そしてまた振り返り、シオンのココロの風景をスバルは見て、微笑む。

 

「こんな優しい風景を見せて貰ったから」

「…………」

 

 シオンはそんなスバルに何も言えなくなる――その微笑みが優し過ぎて。

 その笑顔が、何か。とっても尊いものに思えて。

 シオンは思う。優しくて綺麗なのはどっちだよ、と。青空と草原をバックに微笑むスバルは、それだけ綺麗だった。

 そんなシオンを見ながら、スバルはシオンのココロの風景を楽しむ。見せてもらったココロの余韻を楽しみながら――。

 

「……あれ?」

 

 瞬間、唐突にスバルは固まった。シオンのココロの記憶。それに見逃せないものがあったから。

 

 ――ティアナを抱きしめてる光景があった。お姫様だっこをしている光景があった。そしてその時のシオンの”心情”を、スバルは知る。

 

「……シオン」

「ん? どうした、……よ」

 

 直後、シオンは何故か寒気を覚えた。目の前のスバルから。

 何故だろう? 直感は叫んでいる。今のスバルはまずい、と。

 

「ス、スバル? お前何で急に怒ってるんだよ!?」

「……ううん。怒ってなんかないよ。ただシオンと詳しく”お話”しなきゃいけない事が出来ただけだよ」

 

 ”お話”。その単語にシオンは総毛立つ。思い出すはダークオーラを発生させつつ、最高の笑顔を浮かべていた先生の一人だ。と言うか、なのは先生の事だが。

 今のスバルは、その先生に勝るとも劣らぬ気配を発生させていた。

 

「ま、待った待った! 何で!?」

「理由は――自分の胸に聞くと良いよ」

 

 取り付く島もない。ガシャンッと甲高い音と共に、いつの間に起動したのか、右手に現れたリボルバーナックルがカートリッジをロードする。

 シオンの直感は告げる。最早、回避は不可能。何故か怒るスバルの驚異から、もはや逃れえぬと。

 

「と、取り敢えず落ち着こう! お話にデバイスは要らないんじゃないかな!?」

「……必要だよ? 尋問するのに最適だから」

「今尋問って言った――――――っ!」

 

 叫び。しかし、今のスバルには届かない。何故かスバルが黒く見えた。翡翠の瞳は前髪が陰となっていて見えない。それが尚の事、恐怖を誘った。

 

 ――因子の影響が残っているのか!?

 

 そんな事を思うシオンだが、勿論そんなわきゃあない。

 

「と、取り敢えず何に対して怒ってるかぐらい聞かせろ!?」

「……問答――」

 

 そこでスバルの口がパックリと開いた。そこから覗く赤い口に、シオンは心底恐怖する。

 

「た、助け――」

「――無用!」

 

 そして、甲高い悲鳴が、シオンのココロの風景に響いたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

【……やっと来たか。遅いぞシオン。……? どうしたんだ? 心無しか先程よりボロボロだが……?】

 

 漸く追い付いて来たシオンに文句を言おうとするイクスだが、そのボロボロの様子を見て、思わず尋ねる。

 

「……知るか」

 

 イクスの疑問に、シオンはふて腐れるようにして答えた。

 シオンとしては自分の方こそ知りのだ。シオンに折檻を加えた張本人であるスバルは、先程とは打って変わって、これまた不機嫌そうにソッポを向いていた。

 いくらシオンが尋ねてもスバルは答えず。ただ「自分の胸に聞きなよ!」としか答えなかったのだ。

 シオンとしては真剣に「俺が何をした!?」と叫びたくもあるのだが――。

 そんなシオンとスバルを見て、イクスは頷きつつ溜息をつき、シオンを哀れみの目で見る。自分の主ながら、見事なまでの鈍感さであった。

 

「……それはもう良いんだよ。で? 一体此処に何があるんだ?」

 

 これ以上この話題を続ける積もりも無く、シオンは尋ねる。……またスバルが怒り出すとも限らない訳だし。

 

【ああ、そうだった。お前に見せたい物があってな。あれだ】

 

 そんなシオンに苦笑いを浮かべながら、イクスは頷くと前方を指差す。

 

 ――そこには。

 

「……刀?」

 

 たった一振りの古ぼけた刀が地面に突き立っていた。

 

 黒の柄に、黒の鍔。だが、その中にあってただ刀身だけが白銀の光を反射して輝いている。刀身には見事な乱れ刃紋。無骨な筈の刀なのに、それはあまりにも見る者を惹きつける美しさがあった。

 

 ――ただひたすらに。

 

 ――ただただ一途に。

 

 たった一つの事を成す為の存在。それ故にこそ、この刀は美しかった。……だが。

 

「……鎖?」

 

 シオンが呟く。そう、地面に突き立てられたこの刀は、まるでその身を封じられるが如く鎖に巻き付けられていたのだ。

 鎖は刀身と、鍔、柄に絡み合うように巻き付き、その行く先は地面へと繋がっていた。

 

 ――何故だろう。

 シオンはその刀を見て、涙を流したくなる程に切ない感情を覚えた。不機嫌そうにしていたスバルもまた、その刀に魅入っている。

 

「……イクス。これは――」

【お前の刀だ】

 

 尋ねるシオンにイクスは即答する。その答えに、シオンは息を飲んだ。

 

「……俺の刀だと?」

【そう。お前の魂に突き立てられた、お前の、お前だけの刀だ】

 

 イクスはまるで詞うように言葉を重ねる。シオンは、再びその刀を見た。

 ぐっと呻くように、表情を歪める。

 それは、何かを我慢するような――辛いものを見るような表情だった。

 同時に思い出す。この刀は、いつかウィズダムを発現した時に脳裡に浮かんだ刀では無かったか。

 あの時、自分は鎖を断ち切った。そして今、再びシオンの眼前にはその刀がある。鎖に繋がれた刀が――それが意味するものは、つまり。

 

「……この鎖を俺に外せってか?」

【ああ。そしてその時。お前は新しい力を手に入れられる。黄金の剣を、な】

 

 イクスは多くを言わず、スッと体を躱し、シオンに刀への道を開けた。それはいつか読んだある、伝説の王を剣へと導く魔法使いのようだった。しかし、そんなイクスにシオンは明らかに躊躇った。

 怖かったのだ。

 あの鎖を断ち切る事が。

 そして、刀に触れる事が。

 力を手にする事。以前は躊躇わなかったそれに、シオンは躊躇していた。

 脳裡に浮かぶのは一つの過去とスバルの記憶。力を手にし、振るう事の恐怖だ。しかし。

 

「大丈夫だよ、シオン」

「……スバル」

 

 そんなシオンにスバルが微笑む。さっきまでの不機嫌さが嘘のような朗らかな笑顔で。

 

「シオンは大丈夫だよ。だってシオンは、もう力を振るうって言うのが、どんな事か解ってるもん」

「……そうかな」

 

 スバルの言葉にシオンは苦笑いを浮かべる。思い出すのはアースラを飛び出していた時の事だ。

 今なら――スバルのココロを見た、今なら良く解る。

 あの時の自分がどれ程愚かだったのかを。そんな自分が力を手にして、またいつかと同じ愚行を繰り返しはしないかと。そう思う。

 そんなシオンに、スバルはにぱっと笑う。

 まるで太陽だな――と、スバルの笑顔にそんな感想を覚えた。

 

「うん。シオンは大丈夫。だってシオン、強いもん」

「……」

 

 強い。その意味をシオンは噛み締め――頷いた。

 この少女が信じてくれるのならば、自分は強く在ろう。そう思いながら、スバルに向き合って笑った。

 

「ありがとう、スバル」

 

 心からの感謝をシオンはスバルに告げる。それにスバルは照れたように笑った。

 そして自分の刀へと歩いて行く。歌うようにして、聖句を口ずさんだ。

 

「我、力を手にする事を恐れ、しかし振るう事を恐れない――」

 

 歩く、歩く。刀までは後三歩。すると自然に、シオンの口からは自身の鍵たるキー・スペルが滑り出ていた。

 

 −ブレイド・オン−

 

 ――刃に入る。その意味を持つ言葉を。やがてシオンは刀と対峙した。

 

「……お前は銘が在るのか?」

 

 刀に問い掛ける。しかし、当然刀は話す筈が無い。だが、シオンは頷いた。

 

「いつかお前の銘を俺がやる――だから」

 

 左手を伸ばす。ゆっくりと、そして柄をはっきりと握った。

 

「お前の力を俺にくれ」

 

 次の瞬間、乾いた音を立てて鎖が弾け飛んだ。連続して鎖が地に落ちる音が草原に響く。優しく風が吹く中で、シオンは刀の封を解き放った。

 

【封印解除確認。イクスカリバー、モードリリース。……シオン。良く覚えて置け。お前が手にする力を。剣の名を。その名は――】

 

 シオンがその名を聞くと同時、シオンのココロの風景が光の中へと消え始める。

 そして、三人はココロの世界から弾き出された。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −軋!−

 

 ――衝撃が走る。重く、限り無く。

 アースラのブリーフィング・ルームで、なのは達はその振動に顔を歪めた。

 最初の次元震が発生してから三十分程経つ。その間、アースラのスタッフ達は良くやってくれた。

 破壊された結界を修復し、再展開する。それをずっと続けていたのだ。

 間断無く破壊されて往く結界。その中で、よく此処まで耐えてくれたと言える。……しかし。

 

《強装結界、今の次元震で二つ破壊。……後一層です。……再展開、間に合いません……》

 

 無念そうに通信の向こうのシャーリーが顔を伏せる。この間にも、結界は再展開を開始している――それでも間に合わないのだ。

 今、訓練室で戦う二人、叶トウヤと伊織タカトの異母兄弟が何をやっているのかは解らない。

 しかし確実に言える事は、次の次元震には残り一つの強装結界では耐えられない事は確定である、と言う事だ。

 次元震は強装結界を破壊して、そのままアースラも破壊。次元断層を作り上げ、近隣の各次元世界をも飲み込むだろう。最悪の状況だった。

 何より最悪なのは、この状況において尚、彼女達は彼等の戦いに介入出来ない事だった。

 ――止められるものならば止めている。だが、次元震をも生み出すような戦いにどう介入しろと言うのか。

 最悪の状況に備えて、各クルーには脱出をはやて命じていた。しかし、クルー全員はそれを拒否。

 結界を張り続ける事を選んだのだ。既に本局には次元震の発生を伝え、各世界を守る為に動いている。

 だから一秒でも長く保たせる事で人々を救えるのなら、とスタッフは笑ったのだ。

 それにシオン達が帰って来れば、この戦いも意味が無くなる。戦いは中止へと向かうだろう。だが、間に合わなかったと言うだけの事。

 

「……皆、ごめんな」

「はやて……」

「はやてちゃん……」

 

 はやてが通信を介し、または直接、なのは達に謝る。そんな必要なぞ、どこにも無いのに。

 だから、なのは達はそんなはやてに笑い掛けた。

 

「はやてちゃん。私達は自分の意思で此処に残る事を決めたんだよ?」

「そうだよ。だから謝る必要なんて無いよ」

 

 なのはからフェイトから、そして通信を介して各部署からはやてに言葉が掛かる。

 

《そうだよ。はやてが謝る必要なんてねーって》

《それに私達は主はやてと共に生きる者です。主を置いて行くなど有り得ません》

「……ヴィータ、シグナム……」

《そうですよ。はやてちゃん。それに諦めるのはまだ早いです!》

《そうだよ! アタシ達も手伝ってんだ。結界の一つや二つ、何とかしてみせらぁ!》

 

 シグナムとヴィータに続いて横からリインとアギトが顔を出す。

 二人もまた自分の前に展開したコンソールを激しく操作していた。

 そして、前線メンバーから、シャマルから、ザフィーラから、機関部から。

 ありとあらゆる所から、声がはやてに掛けられた。その目は誰も諦めてなんて居ない。

 

「……皆。そやね。私が最初に諦めたらアカンね」

「うん。そうだよ」

「それにさっきから次元震が起きるタイミングがズレて来てる。……もしかしたら再展開の方が早いかも知れない」

 

 なのは、フェイトもまた頷く。気休めにしかならないかもしれない。だが、簡単に投げ出す事だけはしない。それに、はやては頷き、そして。

 

《……っ! く、訓練室内のエネルギー量、増大! 来ます!》

「総員、対ショック姿勢! アースラ、耐えてや……!」

 

 叫び、はやては愛艦へと呼びかける。結界の再展開は間に合わ無い。ならば、後はアースラの強度に頼るしか無かった。

 祈るような心地で、はやて達も身を屈め、ショックに備える。直後、次元震の証たる、激烈な振動が――。

 

 ――来ない。

 

 何秒か経って、はやて達は恐る恐る目を開く。しかし、次元震は来ない。アースラが耐えた訳でも、ましてや強装結界が再展開された訳でも無い。

 次元震そのものが起きなかったのだ。

 

「……来ない、ね?」

「うん。……?」

 

 なのはの言葉にフェイトが頷き、同時に訝し気な顔になる。少し遅れて、二人もフェイトと同じ感覚を得た。それは。

 

「……歌?」

「二人も聞こえた?」

「うん。私も聞こえたよ」

 

 そう、確かな旋律を伴い歌が響いていた。どこまでも、艦内全てに届く歌が。

 

《……え!?》

 

 続けてシャーリーから驚きの声が上がる。何に驚いたと言うのか。

 

「シャーリー、どないした?」

《……艦長、これを》

 

 シャーリーは返答代わりに、はやて達に映像データを転送する。それは訓練室前の映像だった。普通なら何と言う事も無い映像。だがそれを見て、はやて達もまた疑問を得た。

 

「何やろ? これ……?」

 

 ぽつりとはやてが呟く。訓練室前には、見た事も無い魔法陣。球状の魔法陣が展開されていたのだ。

 それも、訓練室をすっぽり覆い隠す程のものが。

 これがなんなのか誰も分からない。だが、一つだけ言える事がある。この魔法陣が、次元震を止めている。それは間違い無かった。

 

《フェイトさん!》

 

 突如としてキャロから通信がフェイトに入る。それに即座に出た。

 

「キャロ、どうかした?」

《はい。ええっと。此処に無断侵入者の人が――》

 

 キャロのその言葉に今度こそフェイト達は絶句する。此処に至り、侵入者。トウヤといいタカトといい、どうやって艦内に侵入しているのか。

 頭を抱えそうになる三人に、キャロは侵入者の映像をウィンドウに映し出す。そこには――。

 

「……ユウオ、さん?」

 

 ――背中に幾何学模様の羽のようなものを展開して歌う、トウヤの恋人にして彼の秘書。そして、最初の感染者からの治療者。

 ユウオ・A・アタナシアが居たのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――アースラ訓練室。

 空間シュミレーターでもあるそこは、最早その機能を使う事は出来なくなっていた。

 トウヤとタカト。二人の衝突の”余波”が起こした衝撃によって、だ。

 そもそも刹那の瞬間にSSS級以上の攻撃を、無数に――それこそ数えられない程にぶつけ合う事自体が異常なのだ。

 そんな状態に空間が、次元が、世界が保つ筈も無い。

 結果として次元震が発生したのだが。実際の所、二人にとって、そんなものは”どうでもよかった”。

 トウヤもタカトも互いしか見ていない。他の事は全て余分に過ぎないのだ。

 ――EX同士の戦いとはつまる所、こう言う事なのである。

 互いの存在が、周りに、世界に、ありとあらゆるものにとって、害となる。それも致命的にだ。

 そしてトウヤもタカトも一切躊躇しない。彼等には一つの共通認識がある。

 

 ――人に構わず、世界にすら構わない。

 

 ”ただ我意あるのみ”。

 通すべきは己のみ。

 傲慢としか言いようが無い共通の認識が。

 

 叩きつけ合うピナカと漆黒の拳。ぶつかり合い、軋む世界に、やはり二人は構わない。

 

 −アヘッド・レディ?−

 

 −トリガー・セット!−

 

 −時すらも我を縛る事なぞ出来ず!−

 

 −神の子は主の右の座に着かれた!−

 

「「――あ――」」

 

 異口同音。二人の異母兄弟は、互いにラ音からなる声を上げ、それは激烈な叫びへと変化する――!

 

「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!!」」

 

    −撃!−

 

    −爆!−

 

    −裂!−

 

 世界が軋み、壊れ、嘆き、そして歓喜する。

 世界が悲鳴をあげる――どうしようも無く。

 世界が歓声をあげる――どうしようも無く。

 ギシィッと甲高い音を立てて、二人が炸裂し合う一撃の空間が、他者から見て解る程に歪み、それはたやすく次元交錯線を不安定にさせ、同時に世界をぶち抜いた。

 次元震が起こる前兆だ。二人はそれに”全く構わない”。そのままの動作で槍を、拳を叩き込み合う。

 幾重にも、幾度にも! 一撃ごとに世界が割れ、前兆はさらに進み。

 

 ――割れた。

 

 遂に二人の戦いに耐えられず、世界が。

 揺れる。揺れる――どこまでも激しく。

 割れる。割れる――世界の全てを引き裂いて。

 それはこう呼ばれる。次元断層、と。

 マーブル色の、あらゆる色を詰め込んだその空間は、一気に世界を侵食。

 二人すらも飲み込もうとして、即座に叩き込まれた石突と、蹴りに空間ごと砕かれた。

 

「「邪魔だぁっ!」」

 

 再び重なる二人の叫び。直後に石突きから、漆黒の何かが放たれ、蹴りからも漆黒の爆炎が叩き込まれた。

 空間に叩き込まれたそれは、容赦なく空間を喰らい、抹殺する。

 そうして生まれた次元断層は、あっさりと世界から消え去った。

 魔法が意思によって成ると言うならば――世界を組み換える力と言うならば、この二人の意思力とは、どれ程のモノなのか。

 一度、二人を指してある字名を与えた人がいる。まったく同じ銘を。

 

 ――神殺し。

 

 世界を殺しながら戦う二人に。

 世界を殺す世界を更に殺す二人に。

 それは、神様を殺しているようなものだと。そう、その字名を与えた者は言ったものだった。

 そして、それは酷く正しい。

 世界が神だと言うのならば、その世界を殺しながら戦う二人は正しく神殺しであった。

 更に凄まじい数の攻撃を互いに叩き込む二人だったが、唐突に弾かれたように離れる。互いにフッと笑った。

 

「この歌は――来たのかね? ユウオ」

「姉者もまた律儀だな」

 

 互いに苦笑いを浮かべる。次の瞬間、訓練室が変化した――いや、消滅した。

 しかし、タカトもトウヤも構わない。直後に更なる世界が展開する。

 

 それは薄暗い夜が広がる空間だった。ただ、地平線の如く光が横一直線に光っている。その中央にはまるで太陽の如く光る球があった。

 ――タカトとトウヤはこれを知っている。この世界に果ては無く、何処までも広がっている事に。

 

「姉者の歌唱(ボイス)式。無限なる幻想世界か」

「いつ見ても見事なものだね」

 

 二人はそう言って感嘆した。

 歌唱式と呼ばれる魔法がある。永唱を歌として魔法をプログラミングする術式の事だ。これの特徴は、普通では考えられない程の大規模な魔法を行使する事が出来る事だった。

 今のように、架空の世界を作り出す事すらも。

 この世界は、ユウオがEX同士の戦いの為”だけ”に考案したバトルフィールドであり、世界だ。

 上下の別は無く、ただ広がる無限の世界。

 それをユウオは二人の為に作り上げたのである。

 

《二人共、聞こえる?》

 

 唐突に声が響いた。ユウオの声だ。それに二人は頷く。驚きもしない。

 

「聞こえるよ、ユウオ」

「……久しぶりと言った所か。姉者」

 

 二人の言葉にユウオが頷く気配だけが来た。

 

《……うん。二人には色々言いたい事あるけど――特にタカト君には。まぁ後回しにするよ。取り合えず、ボクはこの世界を維持するから、存分に戦っていいよ》

 

 ユウオの言葉に二人は口笛を吹いて歓声を上げた。

 正直、次元震だの、次元断層等、”欝陶しい”現象がいちいち続いたので、二人は苛々しっぱなしであったのだ。そこにユウオの助力は大助かりであった。

 

「だそうだぞ?」

「ちょうど良いね」

 

 片や肩を竦め、片や笑って見せる。そして、そのまま互いに構えた。

 タカトは腰を落とした自然体。トウヤは相変わらずの左半身に。

 二人の視線が交錯し――互いに言葉も無く、一気にぶつかる!

 

    −撃!−

 

    −裂!−

 

    −爆!−

 

 直後、無限なる幻想世界に爆音が轟いたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――世界が割れた。

 それを確信しながら、シオンは、そしてスバルはそこに降り立つ。

 真っ白の空間。黒のスバルと戦った空間に。

 

「……イクス?」

【フム。連結は途切れたようだ。戻って来たな。ここはスバル・ナカジマの世界だ】

「シオン! スバル!」

「二人共!」

 

 イクスと頷き合うシオンに声が来た。ティアナとギンガだ。二人はそのまま、シオン達へと駆けて来る。

 

「アンタ達二人、どこに行ってたのよ!?」

「いきなり二人共消えたからびっくりしたわ……」

 

 二人の姿を確認して、シオンの方こそホッとした。

 スバルのココロの最深部。そこから二人の姿を見ていなかったのだ。そんなシオンを見た後、次にティアナ達はスバルへと視線を映した。

 

「スバル……」

「うん。……あのね。ティア、ギン姉……ごめん」

 

 スバルは二人に頭を下げる。だが、ティアナもギンガも二人して、そんな彼女に肩を竦めた。

 

「別に謝る必要ないわよ。アンタが悪い訳じゃ無いんだし」

「でも……ここの私は」

「スバル、それは違うわ」

 

 顔を上げて尚も謝るスバルに、ティアナもギンガめ首を振る。

 

「人間なんだもの。……どんなに好きな人でも、否定的な感情と言うのはあるわ」

「…………」

【補足だが、因子によって感情の揺れ幅が大きくなっていたと言うのも有る。……気にしない事だ】

「……でも」

 

 それでも三人を危機に陥れた事に変わりは無いと、スバルは思う。そんなスバルに隣のシオンが微苦笑を浮かべた。

 

「シオン……?」

「俺達はな、別に謝って欲しい訳じゃ無いんだよ、スバル」

 

 笑いながらスバルの頭に手を置く。……シオンはスバルのココロを見た。故にこそ、スバルの謝罪を受け入れない。

 謝られたくて此処まで来た訳じゃ無いからだ。だからシオンは別の事をスバルに言う。

 

「スバル。こう言う時、俺達はこう言って欲しいんだよ。ありがとうってな」

「……うん」

 

 頷くスバルにシオンは手を離す。そして彼女は、ギンガとティアナに向き直った。

 

「ギン姉、ティア。此処まで来てくれて。……助けてくれて、ありがとう」

「別に、ありがとうも要らないけどね。でも、それなら、うんって答えるわ」

「そうね。それに、色々嬉しい事もあったし、ね」

 

 笑い、頷く二人に漸くスバルに笑顔が戻る。そしてワイワイと話し始めた三人に、シオンは男一人はこう言う時、寂しいもんだな――と、呟いて。

 

 ――嫌な予感を覚えた。

 

「イクス」

【……ああ、来る】

 

 次の瞬間、この空間を汚すように因子が溢れ出て来た。

 

「「「っ――――!?」」」

 

 それに気付いた三人も、疑問の声を上げる。

 

「……因子!?」

「どうして? スバルは此処にいるのに……!」

【簡単な話しだ。因子はスバル・ナカジマから切り離された。ならば次に行うのは邪魔になった宿主の破壊と言う事だ】

 

 イクスの言葉に一同絶句する。同時に因子が山と溢れ、一気に膨れ上がり、巨大な姿へと変わった。イクスは続ける――。

 

【よく覚えておけ。何故、第二段階に至らぬ感染者が必ず死ぬのか? つまりはこう言う事だ。奴らは不要な感染者をこうして内側から殺している】

 

 その答えに愕然とする。何故、進化しない感染者は死ぬのか? その明確な解答に背筋が寒くなったから。そして、それは現れた。

 

「GYaaaaa!」

 

 凝縮した因子が一気に小さくなりその姿が顕になる。それは、半透明なスライムのような形状をしていた。

 形的には蜘蛛だが、その胴体からは人の上半身が出ている。頭はざんばらに伸ばした髪だ。

 問題なのはその巨大さ。どう見てもその全長は三十メートルを越えていた。

 

「でっかいな……」

【スバル・ナカジマの負の感情を糧に成長したのだろう」

「私の……!」

 

 何処までも自分のココロを利用する因子に、スバルが怒りの表情となる。ギンガ、ティアナもまたデバイスをそれぞれ構えた。

 

「こいつを倒せば、終わりなんだな?」

【ああ。だが、油断するな。あれは因子そのもの。言わば精霊と同位の存在だ】

 

 忠告を飛ばすイクスにシオンは頷き、スバル、ギンガ、ティアナを見る。三人もまた頷いた。

 

「こいつでラストだ。ギンガさん、ティアナ、スバル! 行くぞ!」

「ええ、終わりにしましょう!」

「コイツ倒して戻るわよ!」

「うん。ギン姉、ティア、シオン! 行こう! 帰る為に!」

 

 そして四人は誰ともなく頷き、同時に駆け出す。

 

「「「「GO!!」」」」

 

 ――ここに、スバルの世界での最後の戦いが幕を開けたのであった。

 

 

(後編に続く)

 

 

 




はい、テスタメントです♪
次回、ついに第二部666編完結!
スバルのココロの中での最後の戦い、お楽しみにー♪
では、後編にてお会いしましょう♪

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