魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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はい、テスタメントです♪
長かった第二十一話も、いよいよ終わりです♪
しかし、スバルのココロ編はまだ終わらんがなっ!(笑)
今回の見所は、シオン、ティアナ、そしてギンガのそれぞれの相対です。
バトルが多い多い(笑)
では、第二十一話後編、始まります♪


第二十一話「スバルのココロ」(後編)

 

 暗い施設で三人は沈黙する。先程のスバルの言葉で、だ。だが振り払うように、シオンは一歩を刻んだ。

 

「……シオン」

「いつまでも、こうしていられねぇだろ? ……行こうぜ」

 

 そう言って歩きだす。それを見て、ティアナとギンガは顔を見合わせるとシオンを追い掛けた。次の部屋へと入る。

 

「ギンガさん。この場所に見覚えは?」

「ううん。無いわ……」

 

 気になった事をギンガに問うてみる。だが、ギンガは首を横に振るのみであった。しかし。

 

【……ひょっとして、だが。過去の記憶へと遡っている可能性がある】

「過去?」

 

 突然のイクスの言葉に、三人は訝し気に視線を向けた。次の部屋へと入る。

 

【ああ。心の深層に近付けば近付く程、それは無意識の領域だからな。ならば過去の記憶もまた深層へとあると考えられはしないか?】

「……かも、な。ギンガさん。何か心当たりは――」

 

 再びギンガへと視線を送るシオン。だが、その顔が青ざめている事に二の句が告げなくなった。ギンガは目を見開き、驚愕していたのだ。

 

「ギンガさん?」

「ギンガさん、どうしたんですか!?」

 

 シオン、ティアナの呼び掛けにようやくギンガは反応する。息を飲み、ゆっくりと周りを見渡す。ぽつりと呟いた。

 

「まさか、戦闘機人、の……?」

「戦闘機人? それって――」

 

 ティアナはギンガの呟きで即座に理解したのだろう。こちらも固まる。シオンとイクスだけは解らずきょとんとしていた。そんなシオンに、ギンガは瞳を覗き込んで見詰める。その瞳にシオンは一瞬だがたじろいだ。

 

 ――聞く覚悟がある?

 

 そう、その瞳は語っていたのだから。やがて三人は次の部屋にたどり着く。そこには――。

 

「これって……!」

 

 無数の。

 

「やっぱり……」

 

 見覚えのある。

 

「何、だよ。此処は……!?」

 

 スバル、ギンガと同じ顔の少女達が居た。

 

 

 

 

 そこは広大な部屋だった。広く、広い。だが、その両横に立ち並ぶ円筒型の物体が異様であった。

 生体ポッド。それが無数に立ち並んでいたのである。そこに居るのは、いずれもスバルやギンガと同じ顔の少女達。中には半身しか無い者や、首だけしか無い者まで居た。呆然とそれらを見るシオンに、後ろから声が掛かる。

 

「……戦闘機人って言うのはね」

 

 その声に振り向く。話しているのはギンガだった。有無を言わせぬ瞳で、ティアナを、シオンを見て、続ける。

 

「人と機械の融合って言えば解るかな。……元々、これ自体は存在した技術なの」

 

 人口骨格とか人口臓器とか、と例を挙げる。

 

「でも、足りない機能を補う事が目的だったから戦闘機械としては程遠い物で、強化や拒絶反応なんて問題もあった」

「ギンガさん……」

 

 ギンガの独白。それをシオン達は聞く。ぽつりぽつりと語られる内容は、つまり。

 

「でも、ね。戦闘機人はそれをベースとなる人の方を機械に合わせる事で解決したの」

「それって……」

 

 シオンが呆然と呟く。今話している内容が、スバルの身体に関係している事を、なんとなしに理解したのだ。ギンガは続ける。

 

「誕生の段階で機械の身体を受け入れられるように、遺伝子的に改造されて生まれて来た子供達。……そして」

 

 そこでギンガは周りを見渡した。そこにある、ひょっとしたら自分達の姉妹の姿を。

 

「兵器として私達は作られ、改造された」

 

 私達は。それはつまり、スバルとギンガは――。

 

 固まるシオンにギンガは最後の言葉を放つ。

 

「私達は戦闘機人よ」

 

 ギンガはそう言って、締め括ったのであった。

 

 

 

 

 ギンガの最後の言葉にシオンは何も言えない。言う事など出来ようものか。……だが。

 

「そっか」

「シオン……」

 

 シオンはただそれだけを呟いた。ティアナが不安気に見る。それには苦笑を返し、再びギンガに視線を移した。

 

「……ありがとうございます。話して頂いて」

「ううん。きっといつか、知る事になったと思うから」

 

 気にしないで、とギンガは返す。シオンもまた微苦笑した。

 

【シオン】

「ああ、解ってる。ここで立ち止まってなんてられねぇからな」

 

 再び二人を見る。二人もまたシオンに頷いた。

 

「行こう」

「ええ」

「そうね」

 

 そして、三人は次の部屋へと続く扉を潜ったのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それから二つほど部屋を抜けた。そこには全て、例の生体ポッドがあった。だが構わず進む。その先にスバルが居ると信じて。

 

「……ここ、広いな」

「そうね」

 

 さらに扉を潜るシオンに、ティアナも同意する。

 恐らくは実験施設なのだろうが、恐ろしく広い建物だった。よく考えれば一階だけとも限らない――と言うか有り得ないだろう。

 

【それにだ。この世界のスバル・ナカジマが因子を受け入れたにしてはあまりにも静か過ぎる】

「イクス……!」

 

 シオンがイクスに非難の声を上げる。だがイクスは構わず続けた。

 

【事実だ、シオン。その上でだが、あまりにも静か過ぎる。世界そのものが敵とも考えられるんだが――】

 

 ――次の瞬間。いきなりシオン達の足元に魔法陣が展開した。

 

「な……! これは!?」

「転送魔法陣!?」

「二人共、魔法陣の上から離――」

 

 ギンガがシオン達に離れるように叫ぶ、が。間に合わなかった。光がシオン達を包み、そして消えた。ギンガを残して、シオン達だけがどこかに消えたのだ。

 

「ティアナさん! シオン君!」

 

 叫ぶが届く筈も無い。すぐに念話を繋げようとして。

 

「二人なら、別の場所に行ってもらったよ」

 

 ――声が聞こえた。あまりにも懐かしい声が。それにギンガは絶句する。

 声は後ろから聞こえた。だからギンガはゆっくりと振り向く。そこには。

 

「ん? どうしたのかな? ギンガ、そんな顔して」

 

 そこに居た女性は、紫色の長い髪をポニーテールにしてリボンで結んでいた。身に纏うのは、ギンガと良く似たバリアジャケットだ。両の足にはローラーブーツ。

 そして、”両手に嵌められたリボルバーナックル”。ギンガは知っている、その人を。その人は――。

 

「おかあ、さん……?」

「ええ。貴女が知っている私かどうかは保証の限りじゃ無いけど」

 

 クイント・ナカジマ。スバルとギンガの母がそこに居たのだった。

 

 ――その身に因子を纏わり付かせて。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「く……っ! イクス!?」

 

 シオンは転送後に空中に投げ出された。恐らくは別の部屋なのだろう。そこの空中に投げ出されたのだ。シオンは即座に宙に浮かび、イクスに叫ぶ。

 

【現在位置、不明。少なくともギンガ・ナカジマもティアナ・ランスターも近くには居ない】

 

 イクスの返答に奥歯を噛み締める。油断した。てっきり来るとしても攻撃か何かだと思ったのだ。まさか、転送魔法で分断させられるとは。シオンは舌打ちを一つ打つとそのまま飛び出す。

 

 ――斬撃が降って来た。

 

 いきなりの斬撃に、シオンは反射でイクスを頭上に掲げてその斬撃を受ける。だが。

 

「ぬぅあぁぁぁぁぁ!」

 

    −撃!−

 

「なっ……!?」

 

 轟撃! シオンは受けたイクスごと、その一撃に吹き飛ばされ、床に叩き付けられた。バウンドし、だが勢いを利用して立ち上がる。

 

「ぐ……!」

【シオン、無事か?】

 

 呻きながらもイクスを振るい、正眼に構える。シオンに一撃を叩き込んだ人物は男だった。壮年の男性であり、手には槍。恐らくはデバイスだろう。形状は薙刀に似ている。突きより、斬撃を主眼とした形状だ。それを右手に携え、見下ろして来ていた。その身体に溢れるのは、やはり因子だ。

 

「てめぇが、ここの基点の感染者か!?」

「違うな」

 

 男は淡々とシオンに答える。そしてシオンと同じく床に降り立った――隙が無い。前の世界のなのは・オルタと違い、一分の隙も無かった。

 

「俺は”主”の命により造り出されたモノだ」

「主、だと……?」

 

 シオンは呻くように聞き返す。しかし、男は答えない。シオンは舌打ちを再度打った。

 

【……スバル・ナカジマか?】

「――!? なに……!」

 

 イクスの問い掛け、それにシオンが驚愕した。男は答え無い。

 

「イクス!?」

【……議論は後だ。今は奴に集中しろ】

 

 にべも無い。シオンは顔を歪めながら、再び男に剣を構えた。

 

「……ゼストだ」

「何だと?」

 

 男――ゼストの名乗りに、シオンが思わず疑問の声を放つ。彼は無表情のまま言った。

 

「騎士ならば名乗りを上げるのが礼儀だ」

「そうかよ」

 

 ゼストは槍を構える。右半身になり、槍を下へ。それを見ながら、シオンも告げる。

 

「神庭シオンだ」

「そうか」

 

 男も頷く。互いの眼を見合い、一瞬だけ間が空き――次の瞬間、二人は同時に駆け出した。

 

「「――参る!」」

 

    −戟!−

 

    −轟!−

 

 互いに宣戦を告げ、槍とイクスを正面からぶつけ合う! ――衝撃が、周囲にぶち撒けられた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ティアナは走っていた。突如として転送された場所、そこに居た女性に襲われたのだ。

 女性は召喚術士らしく、小型の蟲を周りに配置していた。その蟲から放たれた射撃を走りながら躱していく。その女性もまた、因子を身体に纏わり付かせていた。

 そして、ティアナはその女性に見覚えがあった――正確には、その面影に。

 

 ――あの召喚術士の娘にそっくり……!

 

 さらに向かい来る蟲にクロスミラージュを向ける。

 

【シュート・バレット】

 

    −弾−

 

    −弾−

 

    −弾!−

 

 三連で放たれたマルチショットが蟲を迎撃。しかし、女性は構わない。クスリと笑った。

 

「いつまで逃げてる積もりなのかな?」

 

 そうして右の手をティアナに差し向ける。その手にはブーストデバイスであるグローブが嵌められていた。

 

「アスクレピオス」

 

 女性の呼び掛けにデバイス、アスクレピオスが光を放つ。直後、四角の魔法陣が展開。召喚用の魔法陣だ。そこから現れたのは小型の蟲達。

 

「インゼクト、舞いなさい」

 

 女性の声に、その蟲達――インゼクトが応え、ティアナへと疾る。

 

「くっ……!」

 

 それにティアナは射撃で対抗。片っ端から迎撃してゆく。だが、女性の笑みは消えない。

 

「楽しんでいただけてるかしら?」

「――っ! 誰が!」

 

 叫び、撃ち続けるが、撃ち漏らした数匹がティアナへと向かって来た。ティアナは左のクロスミラージュを2ndモードに移行。光刃でインゼクトを切り払う。

 

「よく頑張りますね」

 

 そう笑う女性にティアナは顔を歪める。女性をティアナは知っていた。スカリエッテイのラボに実験材料として眠らされた女性。JS事件の時に戦った、召喚術士の女の子、ルーテシア・アルピーノの母――名をメガーヌ・アルピーノ。

 それをティアナは執務管補佐としての仕事、ルーテシアの裁判等の補佐で知っていたのだ。

 

 ――感染者って事は、アイツを倒したらこの世界のスバルを助けられるって事?

 

「残念だけど、そう簡単な話しじゃないの」

 

 メガーヌの唐突な言葉にティアナは驚愕する。それはまるで、自分の考えを読んだが如きの言葉だったから。メガーヌはクスクスと笑う。

 

「この世界は言ってしまえば精神の世界だもの。やろうと思えば簡単な思考なら、少し集中すれば読めるのよ」

「っ! このっ!」

 

 再び、左のクロスミラージュを1stモードに切り替え、二丁拳銃状態でメガーヌにバレットを打ち放つ。しかし、あっさりとプロテクションで防がれた。

 

「くっ……!」

「貴女には先に教えて置くわね? 私達は主に生み出された存在なの。主の心に、ね」

 

 主。それは誰だと言うのか――メガーヌは続ける。

 

「貴女も良く知ってる娘よ? あの娘はこれ以上貴女達に”入って来て欲しく無い”のよ」

「スバル……」

 

 ティアナは一瞬だけ呆然とした。メガーヌの言葉を信じるならば、その主とやらはスバルになる。因子を受け入れた、スバルに。ならばこの世界の基点となるべき感染者とは。

 

「スバルが……そうなの?」

「さぁ? 私にはそれに答える義務は無いもの」

 

 答えるべき事は答えたと、そうメガーヌは宣告し、再びアスクレピオスをティアナへと差し向ける。

 

「インゼクトだけだと厳しいみたいね? なら、彼を使わせて貰うわ」

「彼? ――っ!」

 

 直後、ティアナは背に走る悪寒に従い、前へと前転。その首があった地点を銀の輝きが通り過ぎた。ティアナは前に転げながらシュートバレットを背後に放つ。

 

    −弾!−

 

 放たれた射撃は彼――黒い人型に直撃した。それを見て、ティアナは顔を歪める。

 予想すべきだった。彼女がルーテシアの母ならば、当然、彼はメガーヌに付き従っている筈だと。

 ティアナはそのまま一回転。メガーヌ、彼とも距離を取る。

 

「その顔を見ると知っているみたいだけど、一応紹介しておきましょう。彼はガリュウ。私が最も信頼する戦友よ」

「…………」

 

 ガリュウは喋らない。だが、その両の腕から刃が突き出す。それを見て、ティアナの頬には汗が伝った。

 ニ対一。状況がかなりまずくなってしまった。彼我の戦力差がかなり傾いてしまっている。メガーヌはさらに笑うと、アスクレピオスを掲げた。

 

「ガリュウ。スピード、パワー、ツインブースト」

「っ!」

 

 メガーヌから放たれた光りが、ガリュウへと注がれる。今のは強化魔法。ただでさえ強力なガリュウを、さらに強化したのだ。

 

「さぁ、第ニ幕と行きましょう」

「…………」

 

 次の瞬間、ガリュウは駆け出し、ティアナはカートリッジをロードする。あまりにも不利な戦いが始まった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 光が走る。疾る。それは互いに紫の光。ウィングロードだ。ギンガはその上を走りながら、背後を見る。そこには母、クイントが居た――その身に因子を纏わり付かせて。

 

「いつまで、逃げてる積もりかな?」

「っ!」

 

 解っている。解ってはいるのだ。あの母は、ただの偽物だと。しかし、それでも……!

 

「仕方ないなぁ」

 

 呑気とも取れる声を漏らし、直後に両手のリボルバーナックルが同時にカートリッジロード。スピナーが回転を刻み出した。ギンガは嫌な予感を覚えて、振り返ると右手を突き出す。掌に展開するは三角形のシールド。トライ・シールドだ。クイントは構わない。

 

「ダブル・リボルバーシュート」

 

    −発−

 

    −撃!−

 

 左右の拳を順に連続で突き出すと、衝撃波が二連で放たれた。

 

「く……っ!」

 

 放たれた衝撃波を、トライ・シールドで受け止める、が。衝撃に右手が震えた。双発で放たれたリボルバーシュートは、倍かそれ以上の威力を誇っていたのだ。押され、しかし耐え抜く――だが。

 

「駄目だね」

「――っ!?」

 

 既にクイントはギンガの眼前に迫っていた。振るわれるは右の拳。ギンガは後退し、すんでで回避する。だが。

 

「遅いよ」

 

    −撃!−

 

「っぁ!」

 

 右側頭部に衝撃が走った。蹴り――クイントは後退するギンガへとローラーブーツを回転させ、間合いに飛び込み、蹴りを叩き込んだのだ。ギンガはウィングロードから転げ落ち、床へと落ちる。

 しかし、クイントは容赦しない。ローラーブーツが再び唸り、疾駆を開始。その先にウィングロードを形成すると、両のリボルバーナックルが三連でカートリッジロードを行った。

 

「ギンガ、良く見なさい。これがS・A(シューティング・アーツ)のコンビネーション・フィニッシュ」

「――――!?」

 

 クイントの言葉。そして背に走る悪寒にギンガはウィングロードを足元に形成して体勢を整える――遅い。

 一瞬でクイントはギンガを間合いに捕らえる。ギンガは両の腕を折り畳むようにしてガード。クイントはその上から右の拳を叩き付けて、ガードを弾き、そこから止まらない!

 

    −撃!−

 

 返しの左拳がギンガの腹へと突き刺さり、その身をくの字に曲げる。同時にリボルバーシュート。零距離で撃ち込まれた衝撃波によって弾け飛んだギンガへ更に追撃せんと疾駆開始。防御も回避も叶わなくなったギンガへと蹴りを好き放題に叩き込む! さらに右拳を顎にぶつけ、着弾した直後に再び零距離リボルバーシュート。

 全弾直撃したギンガに、更に唸りを上げる左右のリボルバーナックル。スピナーの激烈な回転が旋風を巻き起こし、クイントは双掌でそれを放つ!

 

「アヴァランチ・テンペスト」

 

    −轟!−

 

 最後の一撃をギンガは悲鳴さえ上げられずに撃ち込まれ、今度こそ床へと激突したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ああぁぁっ!」

「おおぉぉぉっ!」

 

    −閃−

 

    −戟!−

 

 二条の刃が煌めき、互いを斬断せんと振り落ちてぶつかり合う!

 シオンとゼストは鍔ぜり合いのまま睨み合った。直後、ゼストがカートリッジロードを行い、シオンは魔力放出。

 

    −轟!−

 

 衝撃が疾り、互いに吹き飛んだ。シオンは足場を形成し、空中に踏み止まる――しかし、次に見たものは再度カートリッジロードを行うゼストだった。槍を振り上げる。

 

「――迅雷」

 

    −撃−

 

 衝撃が疾る。シオンはそれに対してシールドを張り、激突。純粋に物理的な衝撃波は対魔力では防げない。それ故の選択であったが、頭上に舞い上がるゼストを見てシオンは目を見開いた。今の一撃も、この為の繋ぎだったのか。

 

「せぃやあぁぁぁぁ!」

「――っ、四ノ太刀、裂波!」

 

    −波−

 

 シールドの内側からイクスを叩き付け、シールドを破壊。同時に波紋となって空間振動波が放たれる。それはゼストの動きを止め――。

 

「りゃあぁぁぁ!」

「な――――!?」

 

 一瞬で拘束を破られた。シオンは再びイクスを頭上に振り上げ、一撃を受ける。

 

    −戟!−

 

 足場も形成したが、その一撃に膝が砕けそうになった。重い、とんでもなく。

 

 ――マジか……! まるでタカ兄ぃの攻撃じゃねぇか!

 

 歯軋りするシオンに、ゼストは止まらない。いきなり力を抜いたかと思うと身体を回し、今度は下からシオンを狙う。

 

「こンの!」

 

 シオンも背中までイクスを振り上げる。魔力放出。螺旋を描くそれは一撃の威力を跳ね上げる。

 

    −裂!−

 

    −戟!−

 

 再び重なり合うイクスと槍。上段と下段の打ち合い――だが、ゼストはそこから更にカートリッジロード。

 

    −爆!−

 

 激烈な衝撃が疾り、ついに打ち負かされた。シオンは弾き飛ばされ、床に叩き付けられる。

 

「ぐっ……!」

 

 身体を走る衝撃にシオンはしかめっ面になりながら、しかし立ち上がる。ゼストも油断せず、即座に槍を構えた。

 

【シオン、奴は接近型だ。ウィズダムを――】

「嫌だ」

 

 イクスがシオンに助言するが、シオンはそれをきっぱりと断った。イクスはしばし沈黙し、それでも問い直す。

 

【……何故だ?】

「あのオッサンとは、真っ正面から剣だけで戦いたい」

 

 息は荒く、シオンの肩は上下する。だが、その意思は硬い。瞳は屈してなどいなかった。

 

「悪い、イクス。我が儘だってのは解ってる。だけど――」

 

 まるで訴えかけるかのようなシオンの懇願。それに、デバイスたるイクスはこれ見よがしに音声だけとは言え嘆息した。息なぞしてもいないだろうに。

 

【……まったく。我が儘な弟子を――マスターを持ったものだな】

「悪い」

【構わんよ】

 

 再び謝るシオンにイクスはあっさりと言う。

 

【そんな所も含めてお前だからな。……存分にやれ、マスター】

「応!」

 

 イクスの言葉笑うと、シオンの身体から再び魔力が吹き出す。……ゼストは、今のやり取りの最中全く仕掛けて来なかった。それを見て、シオンは思う。このオッサンは――。

 

「征くぞ」

「ああ」

 

 ゼストの宣言。それにシオンは応え、再び両者は激突した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃−

 

「くっ……!」

 

 ティアナは2ndモードのクロスミラージュを振るい、ガリュウの猛撃をギリギリで凌ぐ。彼の攻撃は疾く、そして鋭かった。

 

 ……エリオはよくこんな奴相手に一騎打ちで戦ってたわね。

 

 心中唸りながら、さらに放たれる一撃を受け流す。

 

「よく耐えますね。てっきり射撃だけで近接はお飾りと思ってました」

「とある馬鹿に少し鍛えられてね!」

 

 叫び、さらに左のクロスミラージュを下から跳ね上げた。

 

    −閃−

 

 ガリュウの顎を掠めて一撃は過ぎる。同時、ティアナは後方に短くジャンプ。ティアナが居た場所に紫の短剣が無数突き立った。メガーヌが放った魔法だ。ティアナは着地と同時にスフィアを展開する。その数二十。

 

「クロスファイアー!」

 

 それに反応したガリュウが、一気にティアナへと駆ける。だが彼女は構わない。

 

「シュ――――ト!」

 

    −轟!−

 

    −弾!−

 

「……!」

 

 叫びと同時に、スフィアがティアナの前方に集中。集束された光弾は光砲となった。威力にしてAAA級。光砲は、ガリュウに近接で叩き込まれ、爆煙を上げる。吹き上がった衝撃は、ティアナとガリュウを真逆に吹き飛ばした。

 メガーヌもまた構わない。再び、周囲に短剣が浮かばせた。

 

「終わりにしましょう。トーデス・ドルヒ」

 

    −閃−

 

 放たれる無数の短剣。しかし、ティアナに刺さる筈のそれは、刺さる事無くティアナを通過。その姿は消えた。

 

「幻影? なかなかやるわね。けど」

 

 直後、メガーヌの周りのインゼクトが反応する。煙の中、再びシュートを撃たんとするティアナを感知。インゼクトが一気に突っ込む。しかし、それもまたあっさりと通過した。

 

「これも?」

「そこ!」

 

 驚きの顔を浮かべるメガーヌに、今度こそティアナが現れる。メガーヌの右横だ。クロス・ミラージュは3rdモードに移行。環状魔法陣が展開し、ターゲットサイトも同時に展開。後は引き金を引くだけ――。

 

「ファントム――」

「ふふ。もう一人お忘れよ?」

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、ティアナは右腹に走った衝撃に顔を歪める。先程吹き飛ばしたガリュウが、蹴りをティアナに叩き込んでいたのだ。ティアナは蹴りをまともに受けて、弾き飛ばされ、抵抗も出来ずに床を転げた。

 

「く……っ! ゴホっ!」

 

 呻き、咳込むティアナ。蹴りの一撃はティアナに相応のダメージを与えていた。それをメガーヌはクスクスと笑う。

 

「いい線行ってたけど詰めが甘かったわね。ガリュウはそこまで脆くないわ」

「…………」

 

 ガリュウはメガーヌの横に控える。その身は先程のティアナの一撃で甲殻に皹が所々入り、割れてしまっている。だが、まだまだ平気そうであった。

 ティアナは咳込みながらも立ち上がる。

 

「まだ立ち上がるの? そんな事に意味なんて無いのに」

「な……んです、て……!」

 

 喘ぐようにティアナはメガーヌを睨む。しかし、メガーヌは構わない。

 

「解らない? 私達が生み出された理由は、彼女が貴女達をここに入れたくなかったから。つまり貴女達は拒まれてるのよ、彼女に」

「っ――!」

 

 ティアナはその言葉に俯いた。

 ……拒絶してる――あの娘が、私を。

 改めて言葉にされた事実は、ティアナに少なからずショックを与えていた。……だけど。

 

「それでも!」

 

 だが。

 

「私は……!」

 

 だから!

 

「諦めない!」

 

 スバルを、ずっと、ずっと自分を信じてくれた、馬鹿みたいに優しいあの娘を信じてる。だから!

 

「私はあの娘を取り戻す事を諦めない!」

 

 ティアナの宣言。それを聞いて、メガーヌは微笑を浮かべた。

 

「そう。いいわ。お互い、譲れないわね。なら、そろそろ決着をつけましょう」

「ええ!」

 

 ガリュウがメガーヌの前に出て、ティアナが両のクロスミラージュを構える。二人は最後の交差を交えようとしていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「……っ、あ……!」

 

 一瞬だが、ギンガは確かに意識を失っていた。母、クイントに叩き込まれた連携技で床に叩き付けられて。めり込んだ床から身体を起こす。同時、激しく咳込んだ。

 

「どう? ギンガ。これでもまだその気になれない?」

「っ――!」

 

 見上げる先にはクイントがいる。その顔は微笑みのままだ。あの頃と同じ母の笑み。それに懐かしくなると同時、切なくなった。……これは、偽物なのにと。

 

「お母さん……」

「ええ。何かな?」

 

 ギンガは身を起こし、構えた。問う――確認する為に。

 

「お母さんを作ったのは……スバルなの?」

「ええ。あの娘が私達の主。あの娘はね? 守護者として私達を作った」

 

 その返答に、ギンガは奥歯を噛み締める。

 ……似ていて当然だった。何故ならスバルのイメージによって作られたのだから、この母は。それは取りも直さず一つの事を意味する。

 

 ……この世界のスバルは。

 

「私達を拒絶しているのね」

 

 ギンガはそれを声に出しながら呟く。クイントは微笑しながら頷いた。

 

「そうだよ。あの娘はこれ以上貴女達に踏み込んで欲しく無いの。……心に、ね」

「そう」

 

 ギンガは少しだけ目を閉じた。イクスは言っていた。どんなスバルでもスバルだと。ならば自分を、自分達を否定するスバルもまた居る。それをギンガは自覚し、受け入れた。

 

「……私ね。JS事件の時に、スバルに助けて貰ったの」

「そう」

 

 クイントは頷く。微笑みを、未だ絶やさずに。ギンガは続ける。

 

「だから、今度は私の番だよ」

「あの娘はそれを望んで無いよ?」

 

 そう、あの娘は――この因子を受け入れたスバルはそれを望んでいない。

 

 ……だから何?

 

 ギンガはそう思い、拳を構える。クイントもまた構えた。

 

「あの時、スカリエッテイに操られた私はあの娘を拒絶したの」

「そう」

 

 クイントは頷く――頷くだけ。そう、ギンガは届かせねばならない。妹に、スバルに。思いを。

 

「それでもあの娘は私を諦め無かった」

 

 だから――。

 

「だから、私もあの娘を諦めない」

 

 必ず、取り戻すと。助けるとギンガは宣言する。その思いが、クイントの向こうのスバルに届くように。

 

「お母さん。……いくわ」

「ええ」

 

 母は頷き。そして、互いにウィングロードを発動。ブリッツキャリバーが唸り、ローラーブーツもまた唸りを上げ、疾駆開始! カートリッジロード。ギンガは左のリボルバーナックルを。クイントは右のリボルバーナックルを。両者のリボルバーナックルのスピナーは激烈な回転を刻み、互いへと叩き付けられたのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃!−

 

    −戟!−

 

 刃が交錯し、ぶつかり合う。それは衝撃となり周囲を震わせた。

 シオンとゼストだ。二人は互いにただ刃のみを頼りに戦っていた。真っ正面から放たれた槍にイクスを横薙ぎに叩き込む。

 

    −戟!−

 

 轟音が響き、再び衝撃が走った。鍔ぜり合いとなる。互いの刃が壁となり、その壁を挟んで睨み合った。

 

「貴様は何故戦う」

「何だと?」

 

 至近でゼストが問うて来る。思わずシオンは問い直した。

 

    −撃!−

 

 ゼストは槍を押し込むと、シオンを弾き飛ばす。彼は足場を形成し、空中に踏み止まった。開いた間合いで、イクスを正眼に構える。ゼストも槍を右半身に構えた。

 

「何故、貴様は戦う?」

「今さら問う事かよ? それ」

 

 シオンはゼストの問いにそう返す。戦う理由等、一つしか無い。スバルを助ける為だ。

 

「主がそれを望んでいないのに、か?」

「何だと?」

 

 シオンが問いに問いで返す。それはどう言う意味だと。ゼストは率直に答えた。

 

「少なくとも、この世界の主は貴様達を拒んでいる。それを救い出すのは傲慢とは言えないか?」

「――はン!」

 

 ゼストの問い。しかしシオンが返したのは肩を竦め、笑う事だけだった。

 

「傲慢? そうだな、スバルの気持ちを無視してるんだもんな。確かに助けようとするのは筋違いかもしれねぇな」

「ならば――」

 

 ゼストが何かを言いかける。しかし、シオンはきっぱりとその台詞を斬って捨てた。

 

「”だから何だ?”」

「……何?」

 

 ゼストが疑問を返す。だが、シオンは構わない。

 

「だから何だ? スバルの気持ち? 知った事か。俺は、アイツを助けたいから助けるんだよ。理由なんざ、どうでもいい」

「……本当に傲慢だな。助けられる側の気持ちは一切無視か」

 

 ゼストが責める口調でシオンに問い直す。だが、やはりシオンは構わなかった。

 

「ああ。例えこの世界のスバルが俺達を拒絶しようが構う積もりはねぇ。いいか? よく聞けよ、ゼスト。そしてスバル! 俺は、お前を諦めない。例えぶん殴ってでも連れ帰る! ……お前が、俺にそうしたようにな」

 

 シオンはゼストに――そしてスバルに宣言した。通すのは我意あるのみ。

 傲慢? 我が儘? 知った事じゃあ無い。

 

 ――”俺はお前を失いたく無い”。

 

 ただそれだけをスバルに向かって放った。

 それにゼストの顔がたった一つの動きを見せる。笑みだ。ゼストは確かに笑っていた。

 シオンもまた笑う。まるで告白みたいだな、と苦笑したのだ。

 互いに笑い。しかし構えは解かない。

 ゼストはカートリッジロード。シオンは魔力を吹き上げた。

 

 ――何となしにに理解する。これが最後の一撃になると。両者共に笑いを止め、一瞬だけ視線を交錯。直後。

 

「「参る」」

 

    −轟!−

 

    −戟!ー

 

 互いに爆発したが如き速度で駆け出す! ゼストは真っ正面から唐竹割りを。シオンは胴薙ぎの一閃を。

 渾身の斬撃は、やはりぶつかり合い、砕き合う! そして。

 

「おぉぉぉぉ!!」

「あぁぁぁぁ!!」

 

 ――決着が訪れた。

 

    −裂!−

 

 轟撃一閃! ゼストの槍が砕け、シオンのイクスが吸い込まれるようにゼストの胴へと叩き込まれた。シオンは迷わない。一気に振り抜く。

 

    −斬!−

 

 シオンはそのままゼストを薙ぎながら、横を通り過ぎる。そしてゼストは前のめりに倒れ、地面へと落ちた――。

 

【勝った、か?】

「ああ」

 

 シオンは残心を解くと、ゼストへと向かって床に降り立つ。

 

 ――やっぱり。

 

 シオンはそう思う。ゼストは再生しなかったのだ。

 

「アンタ、感染者じゃ無かったんだな」

「今となってはどうでもいい事だ。……俺は主に作り出された存在。それだけでいい」

「……そうかい」

 

 シオンはゼストにそうとだけ答える。それに、一つだけ笑みを浮かべ、ゼストは扉を指差した。

 

「そこを抜ければ主の元に行けるだろう」

「いいのか?」

 

 シオンの問いにゼストは「ああ」とだけ答えた。

 目をつぶる。もう、その身体は風景に溶けるように消えかけていた。だが、ゼストは確かな口調で告げて来た。

 

「先程の貴様の言。見事だった」

「……」

 

 ゼストの言葉。そして、消えていくその姿を、シオンは目に焼き付ける。

 

「本当に守りたいモノを守る。それは何とも難しい。……神庭シオン」

 

 ゼストはシオンを呼び、目を開いてシオンを見る。シオンもまた見返した。

 

「貴様は、守れるか?」

 

 問い。その言葉の重さをシオンは胸に刻み付ける。一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。

 

「ああ」

 

 短い、しかし力ある言葉としてシオンは頷く。ゼストはシオンの答えを聞き、満足そうに消えていった。シオンは暫くその残滓を噛み締めるように立ち尽くす。

 

【……シオン】

「ああ。……解ってる。行こう」

 

 シオンは頷くと、踵を返して扉へと向かう――後には何も残らなかった。

 

 何も。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

    −閃−

 

    −破−

 

    −裂!−

 

 振るわれ、放たれる銀光を、ティアナは2ndモードのクロスミラージュから発生した光刃で弾き、受け止め、逸らす。

 ガリュウからの猛攻だ。真っ正面から振り下ろされた一撃を、ティアナは身体ごと回転しながら右のダガーを合わす。回転運動を伴ったそれはガリュウの一撃を受け止め――そこで止まらない。

 

「はぁっ!」

 

    −閃−

 

 カウンター。ティアナは身体を捻るように捩込み、今度は左のダガーをガリュウに叩き込んだのだ。

 距離を取るガリュウ。しかし、即座にティアナへと突っ込んで来る。それに対し、再度カートリッジロード。

 今、ティアナの周囲には十五のスフィアが浮いている。そこに五つ追加した――だが、まだ放たない。

 突っ込むガリュウは左右の刃を振るい、ティアナにスフィアを放たせまいと襲い掛かる。振るわれ、放たれる刃。だが、ティアナのダガーはそれを防ぎ切った。

 ティアナの脳裏に浮かぶのは、双剣の”一応”の師匠だ。その言葉を思い出す。

 

 ――いいか? 小太刀ってのは本来防御の技だ。小太刀は普通の剣より軽いから、その分迅い。だから防御に向くんだ。

 

 真っ直ぐに突き込まれた刃に身体ごと回転。体重をダガーに乗せて、受け止める。

 

 ――ええっと……何て言ったかな? 何処かの流派でそんなのがあるんだよ。小太刀二刀流だっけかな? 詳しくは知らんけど、俺に双剣の基礎を教えてくれた人がいてな。基礎だけだったけど。でだ。

 

 次々と襲い掛かる刃にティアナは構わない。防御に徹する。

 

 ――さっきも言ったけど小太刀ってのは守りの為の刀剣だ。熟練者が使えば鉄壁の防御を誇る。お前に教えるのはその防御だ。……あン? アンタ、双剣で防御してないじゃないって? ……気にすんな。人間、向き不向きがあるもんだ。誤魔化してねぇよ! おほん! ……続けるぞ。

 

 弾く、弾く、弾き返す。猛攻の嵐の中で、ティアナはなんとなしに解った。

 ガリュウが攻めあぐねているのが、焦れているのが解る。

 

 ――で、射撃が持ち味のお前だから俺の技を十盗めると思うな。五でも盗めりゃあマシと思え。

 

 逆にティアナは焦らない。ひたすら防御に徹する。

 あの馬鹿に――シオンに教えて貰ったのはただ一つだ。故に狙いもただ一つ。

 

 ――2ndの状態でお前が狙うのは一つだけだ。ただひたすらに防御して、向こうの隙を作りだせ。そして狙うのは――。

 

 焦れたガリュウが大振りの一撃を放つ。……それを待っていた!

 

 ――カウンターだ。

 

    −閃!−

 

 振るわれる右刃。しかし、ティアナは迷わず踏み込み、ダガーの切っ先をガリュウに突き立てた。

 

    −裂!−

 

    −爆!−

 

 ダガーの刃はガリュウの甲殻を突き破り、内部に到達する。同時、ティアナはダガーをバースト! 互いに弾き飛ばされた。

 

「ガリュウ!?」

 

 メガーヌから悲鳴が上がる――ティアナは構わない。内部から叩き込まれた衝撃にガリュウが膝を屈するのを見る。

 

 ――チャンスはここだけ!

 

 ティアナはクロスミラージュを1stモードに変化し、即座にカートリッジロード。ついに二十五となった光弾を放つ!

 

「クロス、ファイア――!」

「ガリュウ! 起きて!」

 

 メガーヌの叫び。だが、内部を爆砕されたガリュウは立ち上がれない。そしてティアナは叫んだ。

 

「シュ――――ト!」

 

    −閃−

 

    −弾−

 

    −爆!−

 

 散弾爆裂! 放たれた二十五の光弾は、迷う事なくガリュウに直撃。全身に叩き込まれ、爆発した。

 

「ガリュウ――!? よくも……!」

 

 叫ぶメガーヌをやはりティアナは無視した。煙の中で右のクロスミラージュを2ndに移行。同時に、メガーヌがインゼクトをトーデス・ドルヒを放とうとする。

 

 ――させない!

 

 ティアナは胸中、叫び、左のクロスミラージュをメガーヌへと向けた。

 

    −閃−

 

 光射が迷い無く放たれる。だがそれは、メガーヌの顔を逸れて、壁に当たった。

 

「ふふ。外したわね――?」

 

 そこでメガーヌは異変に気付いた。この射撃は何だ? と。光の帯が、まるで銃口と繋がっているような……!

 

「いっけ――!」

 

 ティアナが叫ぶ。直後、光帯がその身体ごとティアナを巻き取り始めた。

 

「!? しまっ!」

 

 失態に気付くメガーヌ。だが、遅い。大ダメージを受けたガリュウは動けず、インゼクト、トーデス・ドルヒは間に合わない。

 ティアナは一瞬でメガーヌまで辿り着き、右のダガーを彼女の胸に突き立てたのだった。

 

 

 

 

「まさか、こんな接近の方法があるなんて、ね」

 

 メガーヌがその胸に光刃を突き立てられたまま、自嘲気味に笑う。そこでティアナは気付いた。最後まで彼女は自分を嘲笑う事はしなかったと。ウェンディ・オルタのような感覚を彼女からは覚えなかったのだ。メガーヌは笑う。その笑みはあまりに優しくて。

 

「……私は、あの娘に作られたんだもの。だから私はあの娘の心の一欠片」

「なら……!」

 

 ティアナが倒した彼女は――。愕然とした彼女に、メガーヌは首を横に振る。

 

「大丈夫よ。所詮、私は因子の力を借りて作られた複製だから」

 

 そう言って、にっこりと笑った。ティアナはいたたまれなくなる――そんな彼女に、メガーヌは扉を指差した。

 

「行きなさい。向こうでは主が待ってるわ」

「……でも」

 

 迷うティアナに、しかしメガーヌは笑いを止めない。

 

「貴女は勝者よ。だったら先に進むべきだわ」

「……はい」

 

 メガーヌの言葉にティアナは少し逡巡。だが、即座に踵を返して扉に向かった。

 

「……あの娘をよろしくね」

 

 ティアナは振り向かない。だけどそれでいい。メガーヌは満足気に目を閉じ、そして周りの召喚した友と共に消えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――走る。

 

    −裂−

 

 ――疾る。

 

    −轟−

 

 ――迅る!

 

    −撃!−

 

 複雑な軌道を描き、ウィングロードが部屋を所狭しと走る。その上を走るのはギンガとクイントだ。

 互いの拳をぶつけ合い、離れ、勢いを付けてまた叩き付け合う。そして、その回転を利用して蹴りを放つ――! 二人が交差する度に風が動き、割れた。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

「やぁぁぁぁぁ!」

 

    −撃!−

 

    −戟!−

 

 拳が再び交差。背中を互いに合わせた状態で、ローラーのグリップ力に任せてベクトル変換。回し蹴りがぶつかり合う。

 

    −砕!−

 

 轟蹴裂波! 走る衝撃が二人の髪を靡かせた。そのまま二人は離れ、再度拳を叩き付ける――今度はそこから交差しない。

 互いのプロテクションを破るように、拳が食い込んで行く。バリアブレイクだ。カートリッジロードを二連互いに行い、さらに食い込んで行く――。

 

    −砕!−

 

 次の瞬間、プロテクションが砕けた。そこから二人の動きが変わる!

 クイントは左のリボルバーナックルを引き、カートリッジロード。一気に放つ。それに対するギンガはそのまま回転。右の蹴りを放つ。

 

「リボルバ――!」

「キャリバ――!」

 

 拳と蹴りがぶつかり合ったまま鍔ぜり合う。直後に同じ言葉が放たれた。

 

「「シュ――ト!」」

 

    −爆!−

 

 衝撃が再度二人と周囲を叩く。そして、互いに二人を弾き飛ばした。クイント、ギンガは後ろへと吹き飛び、既に展開してあるウィングロードに乗って踏み止まる。

 ――間が開いた。二人は十メートルを挟んで対峙。クイントは両の拳を引いて、腰を落として構える。ギンガは逆に左半身に構えていた。

 ギンガの頬を汗が一筋流れる。

 あの構え。あれは先程の連携を放つ構えだ。アヴァランチ・テンペスト。両腕のリボルバーナックルが在る事が前提の技だ。……しかし。

 

 ――本当にそう?

 

 ギンガは考える。クイントは両のリボルバーナックルとローラー・ブーツ。

 そして自分は左手にリボルバーナックルと、ブリッツキャリバーだ。

 

 両のリボルバーナックルが無いならばフィニッシュ技や、繋ぎは違うものとなる。だが。

 

 ――出来る!

 

 ギンガはそれだけを確信する。ずっとずっと鍛えに鍛えてきたS・A。その経験が語る。今の自分なら、あの技を放てると。

 目を閉じ、息をスゥっと吸い、吐いた――目を開く。そして焼き付ける。母の姿を。

 

 カートリッジロード。

 

 クイントは両のリボルバーナックルを三連でカートリッジロードする。ギンガもまた、左のリボルバーナックルをカートリッジロード。こちらも三連だ。互いにベルカ式の魔法陣が足元に展開する。

 

「行くよ、お母さん」

「来なさい。ギンガ」

 

 次の瞬間、二人は一気に駆け出した。互いの足元の空気を炸裂させ、一気に疾駆開始! 両者のリボルバーナックルのスピナーが、激烈な回転を刻む。

 

    −撃!−

 

 右と左の拳が炸裂し、ぶつかり合う。そこから零距離でリボルバーシュート!

 衝撃が――風が爆裂し合う。そのまま二人は止まらない。

 互いを至近で捕らえ、右のハイから左のロー、そしてミドル、またハイと蹴りを連続で叩き付け合う。

 

 一撃。

 

 十撃。

 

 百撃!

 

 合わせ鏡の如く、撃ち込まれる蹴りの乱打。ついにクイントは痺れを切らしたか、左のリボルバーナックルを今までの回転エネルギーを乗せて放つ。対するギンガも止まらない。蹴りを同じ要領で回転のまま放つ。同時、零距離シュート。

 

    −轟!−

 

 再び激烈な衝撃が走り、両者ともに吹き飛ぶ。だが、クイントの両のリボルバーナックルはそのままラストのカートリッジをロード。刻まれる回転が風を巻き起こし、それを捩れ合わすかのように掌に集束させた。

 

「アヴァランチ――!?」

 

 そして一撃を放たんとした瞬間。クイントは見た。

 ギンガの姿をだ。ギンガもラストのカートリッジをロード。そして”頭上”に向け、リボルバーシュートを放つ!

 その一撃を推進力に変え、ギンガは螺旋軌道を描きながらクイントに突貫。ブリッツキャリバーが叫び声を上げた。

 

【アヴァランチ・ドリルブレイク!】

「やぁぁぁぁぁっ!」

「――っ! テンペスト!」

 

 驚愕して一瞬遅れたものの、クイントは掌を突き出す。そこに、ギンガの螺旋を描く両足が撃ち込まれた。

 

    −裂!−

 

    −砕!−

 

 そして、クイントのテンペストを、ギンガのブレイクが貫き、その両足が左右の掌を弾き飛ばした。そのままクイントの胴体に、ブリッツキャリバーが捩れながら突き刺さる――!

 

    −爆!−

 

 クイントを巻き込んだままギンガは豪裂に回転しつつ、そのインパクトを全て叩き込んだ。

 運動エネルギーを余す事無くぶち込まれ、クイントは回転しながら床へと叩き付けられたのだった。

 

 

 

 

「勝っ……たの?」

 

 ウィングロードの上で倒れ込んだギンガは、クイントを見ながら呆然と呟く。

 正直に言うと、最後の方は何をしたのか自分でも覚えていない。ただただ無我夢中で。

 そして、ギンガはゆっくりと立ち上がった。ウィングロードを走り、母の元へと向かう。

 

「はは……負けちゃったね」

 

 クイントはまだ意識を保っていた。その事に驚き、ギンガは即座に構える。だが、クイントは倒れているだけ。すると、その姿が薄らぎ始めた。

 

「――っ! お、お母さん!?」

「……ふふ。負けちゃったからね」

 

 消え逝く彼女は、しかし満足そうな顔をしていた。悔いは無いとばかりに。

 

「なんで……! なんで消えるの!?」

「私達はスバルに作られた存在だからね。負けたら消えるだけなんだよ。……だから気にしないで」

 

 気にしないでいられる訳が無い。

 解っている。解ってはいるのだ。もう母は――母の姿をした彼女は消える。でも、それでも!

 

「お母さん!」

「……こんな私でも、お母さんって呼んでくれるんだね」

 

 縋り付かんとするギンガを、クイントは制止する。そして、扉を指差した。

 

「あそこを通れば、スバルの元に行ける。……行きなさい」

「でも、お母さん!」

 

 気付けば涙を流していた。母が消える姿を見るなんて嫌だった。

 クイントはそんなギンガに困った顔をすると、優しく告げる。

 

「……ギンガはお姉ちゃんなんだぞ?」

 

 ――だからスバルを、助けなくっちゃ。

 

 そう、クイントは微笑みながら呟く。その言葉を聞いて、ギンガは奥歯を噛み締めた。数秒の間を置いて、ようやく頷く。

 

「うん。それでこそギンガだ」

「お母さん……」

 

 最後まで、最後まで母らしく笑う。直後、クイントは安らかな顔を浮かべて、消えた。

 ギンガは暫く立ち尽くす。その姿を、残滓を目に焼き付けて。

 やがてギンガは扉へと進んだ。妹を、スバルを救い出す為に――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――そこは白い、ただただ白い空間だった。

 

 シオンは扉を開けると、そんな所に立っていた。気付くと、後ろの扉すらなくなっている。

 

「……何だここ」

【真っ白い空間か。ここが最奥か……?】

 

 イクスの声を聞きながら、シオンは足元を確認する。どうやらここは一応床があるようだった。それに少しホッとし、とりあえず歩こうとして。

 

 ――どいて〜〜!

 

 急に、そんな声を聞いた。

 

「な、何だ?」

【む、声がしたな?】

 

 ――どきなさいってばー!

 

 声はまだ聞こえる。いかん幻聴か、最近いろいろあったしな――とかシオンが自分の精神に若干の不安を覚えていると。

 

「どきなさいって言ってるでしょぉぉぉぉぉぉ――――――――!?」

「へっ? て、うおぉぉぉぉぉぉ――――!?」

 

 今度こそは間違い無く肉声を聞き、上を見てシオンは驚愕した。そこには、こちらへと真っ逆さまに落ちるティアナが居たから。

 

「あ、阿保かぁぁぁ――――――!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ――――――!」

 

 両者ともに叫び、しかしシオンは持ち前の反応速度でティアナを両腕でキャッチ。お姫様抱っこ状態で受け止めてのけた。

 

「ギ、ギリギリセーフ……」

「し、心臓に悪いわ……」

 

 お互いびっくりした為か息が荒い。とりあえず、シオンはティアナを下ろす事にした。

 

「……んで? 何をとち狂ってノーロープバンジーなんて真似してんだお前は」

「したくてやったんじゃないわよ!」

 

 シオンをキッと睨み、ガ――――! と、吠えるティアナ。当社比にして三割増しの吠えっぷりである。よほど怖かったらしい。

 その後、ティアナから事情を聞く。なんでも、扉に入るといきなり落っこちたそうだ。

 

「……アンタは落ちなかったの?」

「俺は最初っから足場があったぞ」

 

 そう答えると、ティアナから「ズルイ」と睨まれる。だが、そんなのどうしろと言うのだ。

 嘆息するシオン。すると、頭上を走る紫色の道を見てホッと息を吐いた。

 ウィングロードだ。走って来たのは当然、ギンガだった。

 

「ティアナさん! シオン君! 二人共、無事!?」

「ええ、こちらは何とか、ティアナは?」

「一応、大きな怪我とかは無いわね」

 

 これで何とか三人合流である。とりあえず離れた時の情報を交換しようとシオンは口を開き――。

 

 ――守りたかったんだよ。

 

 突如として響いた声に、その口を閉じた。

 

「……おい、今の……」

「ええ、私にも聞こえた」

「確かに、今のは――」

 

 ――スバルの声だった。次の瞬間、白一色のこの空間を汚すかのように、黒が走る。黒のバブル――アポカリプス因子だ。それはある形となった。

 

 五歳程の、スバルの姿に。

 

「スバ、ル?」

「スバル!」

 

 ティアナが呆然と呟き、ギンガが近付こうとする。だが、シオンに留められた。

 

「っ――! シオン君!?」

「……落ち着いて下さい、ギンガさん」

【ギンガ・ナカジマ。気持ちは解るが、しばし待て】

 

 非難の声を上げるギンガに、シオンとイクスは一緒に制止する――と。

 

 ――私、守ったよ。

 

 再び、声が響いた。シオン達はスバルへと視線を戻す。彼女の瞳は、いつもの碧では無い。金色の瞳がこちらを見据えていた。

 

 ――守ったよ、守ったよ。でも……。

 

 スバルの声は響き続ける。だが、シオンは何故かこの声にある感情を覚えていた。恐怖と、苛立ちを。

 

 ――いつまで守らなきゃいけないの?

 

「「「っ――――」」」

 

 三人はその一言に絶句した。スバルからそんな一言が放たれるとは思わなかったからだ。そんな三人に構わずスバルは続ける。

 

 ――ずっと、ずっと助けて、助けて、……でも助けられない命がいっぱいあって……。

 

「スバル……」

 

 ギンガが呆然と呟く。ティアナもだ。シオンはただ一人、イクスを”構えた”。

 

 ――守りたかったよ。助けたかったよ。でも、でも……!

 

 スバルの感情のうねりが大きくなる。同時、その身体から因子が大量に溢れ出した。

 

 ――守れなくて、助けられなくて、こんな、こんな辛い思いをするのならもう……!

 

 そして、因子はスバルの全身を覆い尽くし、そのまま大人大に膨れ上がる。

 

 ――誰も助けない。

 

 因子が晴れる。そこには、白だった部分が全て黒へと変わり、しかし金色の瞳だけは変わらないスバルが居た。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「ス、スバル……?」

 

 目の前に立つスバルの異様に、ギンガは目を見開いて立ち尽くす。

 次の瞬間、スバルのマッハキャリバーが唸りを上げ、ギンガへと駆ける!

 シオンは即座にギンガの前に出た。スバルは構わない。右手のリボルバーナックルをカートリッジロード。一撃が放たれた。

 

    −砕!−

 

「がっ!?」

 

 拳をイクスで受け止めたシオンに、言い知れぬ未知の衝撃が走り、全身が震わされた。

 スバルはそんなシオンを金色の瞳で見据え――足元に、複雑な軌道を描く二重螺旋が展開する。

 

    −波!−

 

 リボルバーシュート。零距離で叩き込まれた衝撃波に、シオンは苦悶の叫びすらも上げられず吹き飛んだ。

 

「シオン!?」

「シオン君!?」

「ぐ……! うっ、ぐ……!」

 

 転がり、しかし起き上がろうとするシオンだが、身体中が痺れて動けなかった。まるでミキサーでシェイクされたような感覚だ。身体中の骨が軋んでる。

 ティアナ、ギンガはスバルから一時退避して、シオンと合流した。

 

「大丈夫?」

「あ、ああ。しかし、何だこりゃあ……」

 

 シオンが呻く。身体には、まだ痺れが残っていた。そんなシオンに、ギンガがぽつりと呟く。

 

「振動破砕……」

「……? 何ですか? それ――」

 

 シオンの問いにギンガは頷くと、手早く説明した。

 

「スバルのISよ。N2Rの皆、知ってるでしょ? あの娘達が使えるように、スバルもまたISが使えるの」

 

 先天固有技能。戦闘機人に備わった、魔力を行使せずに使える力だ。特にスバルのISはかなり強力である。接触した物を超振動で破砕、粉砕する能力。

 対人、対物に於いて優れた威力を誇り、また身体に精密機器がある戦闘機人はこれを喰らうと致命的なダメージを負う事になる。

 

「また厄介なモンを……」

「気を付けて。スバルと接触したら必ず振動破砕をぶつけられるわ」

 

 漸く、シオンは立ち上がる。しかし、今の説明だと一番危ういのはギンガだと言う事になるが。

 

「……ギンガさん」

「大丈夫。触れずに戦う方法もあるから」

 

 そこでスバルが腰を落とし、構えた。それを見て三人もまた構える。

 

「……イクス?」

【我々は彼女からしてみれば、ただの侵入者だ。故に排除するつもりなのだろうな】

「スバル……!」

 

 ティアナがスバルに呼び掛ける。しかし、スバルは応えない。

 

【腹を決めろ、皆。ここで倒されればお前達が感染者になる】

「解ってる……! けど――」

 

 そこまで言った、瞬間、スバルがついに突っ込んで来た。対し、ギンガがカートリッジロード。

 

「リボルバーシュート!」

 

    −波!−

 

 突き出した拳から衝撃波が走る。とにかく足を止めようと放った一撃だ。渦を巻く衝撃波はスバルを飲み込み――たやすく切り裂いて、彼女は姿を現した。

 

 

「「「なっ……!?」」」

 

 驚愕の声を漏らす三人に、スバルは止まらない。

 やばい――! 本能的に彼女を危険と見做して、三人は一斉に散った。だが、スバルは迷い無く疾走する。彼女の狙いはただ一人であった。

 シオンだ。一瞬にして接近され、右の拳が放たれる。それを、体を横にして躱した。そこからバックステップで後退するが、スバルが止まらず突っ込んで来た。マッハキャリバーが唸る――!

 

 ――もう大切な人なんて要らない。

 

「っ……!」

 

【キャリバーシュート、ライト】

 

「がっ!」

 

    −爆!−

 

 突如として聞こえたスバルの声に、一瞬シオンは呆け、その隙を突くように右の蹴りが叩き込まれた。

 振動破砕が走り、全身を振動波で震わされ、シオンは吹き飛ばされた。床をバウンドし、数回跳ねて漸く止まる。

 

「ぐ……ごぶっ!」

 

 床に手をつき、立ち上がろうとして、だが叶わず跪く。口から血が溢れ出した。内臓をいくらか振動破砕で傷付けたのか。

 

「シオン!?」

「シオン君!」

 

 さらにシオンへと駆けるスバルに、ティアナ、ギンガはそれぞれクロスファイアー・シュート。リボルバーシュートを放つ。

 しかし、スバルは全く意に返さない。跪くシオンに接近するなり蹴り上げる。直後にウィングロードが伸び、空中でシオンを捕まえた。――連打。蹴りが拳が、シオンに襲い掛かり、ズタボロに変えていく……!

 

「が……ぁ……」

 

 ――大切な人も誰もいなくなれば。

 

 再び響くスバルの声。そしてスバルは左手を伸ばす。その掌には光球が灯っていた。続いて環状魔法陣が左手に、そして右手に展開する。

 

「あれは――!」

「スバル! 駄目ぇ!!」

 

 ギンガとティアナの叫び。しかし、スバルは構わない。シオンにとどめのディバイン・バスターを叩きこまんと右拳を放ち――。

 

 ――もう、私は傷付かない。

 

 シオンが、ブチ切れた。

 

「さっきから欝陶しいんじゃボケがぁぁぁぁぁ!」

 

    −撃!−

 

 次の瞬間、シオンは容赦なくスバルをぶん殴った。

 その拳にどれだけの力が込められていたのか、スバルはまるで人形のように吹っ飛んだ。用意していたバスターも同時に消える。そして、床へと彼女は落ちた。

 

「へ……? シ、シオン?」

「シ、シオン君?」

 

 あんまりの出来事に、ティアナ、ギンガはきょとんとするしかない。だがシオンは構わなかった。床に降り立つと、イクスを放り捨てる。

 

【は!? おいシオン!? シオン!?】

「……切れた。もうブチ切れた」

 

 放り捨てられて、イクスはシオンへ叫ぶ、がシオンは無視した。スバルへと歩いて行く。

 スバルもまた立ち上がり、シオンにリボルバーナックルの一撃を放った。

 

 ――そうすれば、私は傷付かない!

 

「煩いつってんだろうが! ちったぁ黙ってろ!」

 

    −撃!−

 

 クロスカウンター。スバルの一撃を顔面に受けながら、しかしシオンも右の拳を叩き込む。

 

    −轟!−

 

 結果は意外なものだった。スバルは吹き飛び、シオンは二歩で立ち直って見せたのだ。どう考えてもシオンの方が弱い筈の威力。しかし、何故かシオンは立ったままだ。

 ――有り得ない。あらゆる意味で理不尽なシオンは血を吐き出して、スバルへと歩く。スバルは即座に立ち上がった。

 

 ――誰も私の苦しみを解ってくれない!

 

「っ――!」

 

 左右の拳の連打が直撃する! だが、やはりシオンは構わなかった。殴られながらスバルへと近付き、至近まで移動する。

 

「……終わりか?」

 

 っ――――!

 

 スバルがどうしようも無く狼狽する。そんな彼女にシオンは右の拳を叩き込んだ。

 快音一発。スバルは軽快に回転しながら吹き飛ぶ。シオンはそのままスバルへと歩いた。

 

「終わりか? お前の愚痴はよ?」

 

 っ……!

 

「ぐ、愚痴?」

「え、えぇぇぇぇぇぇ?」

 

 ティアナ、ギンガも唖然である。スバルの独白を聞いて、シオンはきっぱりと言ったのだ。単なる愚痴だと。

 

 ――わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!

 

 スバルは立ち上がり、再びシオンを殴りまくる。その度にシオンの顔は腫れ上がり、骨が折れるような音すら響いた――どこまでも、シオンは構わない。殴られ続けながら、スバルの眼前に立つ。

 

 あ、あぁ……!

 

 次第にスバルはシオンを殴れなくなっていた。手が止み、上げられなくなる。

 

 ――何で! 何で!?

 

 スバルが叫ぶ。そんな悲痛な叫びに、シオンは彼女を睨み据えた。右の拳を振り上げる。

 

「あの時の台詞、返すぞ。少し頭冷やしてこい」

 

 まったく力が入らない、そんな拳が、しかしスバルの心に確かに突き立った。

 

 同時、世界がぱりんと音を立てて割れた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 シオンは落ちる。落ちる――。

 そして、”そこ”に辿り着いた。”底”であり”そこ”に。

 同時、シオンの目の前に立つ存在が居る。スバルだ。

 その身体を包むバリアジャケットは、既に黒くない。瞳も碧へと戻っていた。しかし、その身には未だ因子が纏わり付いている。彼女は、真っ直ぐにシオンを睨んでいた。

 

 ――入って来ないで!

 

 叫ぶ。必死に全力で。その叫びを聞いて、だがシオンは逆に歩き始めた。彼女へ、ゆっくりと。

 

 ――入ってこないでよ!

 

 叫び、拳が振るわれる。先程に続き、シオンは再び殴られた。

 そこで気付いた。スバルが、何かを隠している。その背後に何かを隠していると。

 

 ――見ないで、見ないで!

 

 叫ぶ叫ぶ。そして、シオンを怒りの形相で睨み付けた。

 

 ――ここは私の場所だよ! 私だけの場所! 私が私でいられる大切なトコロなんだよ!

 

 だから入って来ないでと、見ないでとスバルは叫ぶ。そして、シオンは理解した。

 ここはスバル自身すらも理解出来ない底だと。ここにあるのは、清濁まとめてある混沌だ。

 

 ――見ないでよ……中途半端に優しくしたりしないで。助けようなんて思わないでよ。帰ってよ……。

 

 ついにそれは叫びでは無くなった。懇願ともなった声に、シオンはようやく返事をする。

 

「嫌だ」

 

 きっぱりと、そう言った。スバルがシオンを睨む――だが、構わず続けた。

 

「俺は、お前を失いたくない。中途半端な気持ちなんかじゃねぇ」

 

 それを聞いて、だがスバルは首を振った。フルフルと、嫌々をするように。

 ――今ならシオンにも解る。スバルの深奥、”そこ”に因子が居ると。シオンは歩く、しかしスバルはその歩みを許さない。

 

 ――やだっ!

 

 また殴る。しかし、それはあまりに力の入っていない拳。シオンは殴られたまま、拳を張り付けてスバルに踏み込んだ。触れる――と同時に、シオンにさえも因子が侵食しに掛かる。それを見て、スバルは息を飲んだ。

 

 ――シオン……っ!

 

 こちらを案ずるように、声を掛けて来る。それを聞いて、シオンは目を閉じた。言葉を紡ぐ――。

 

「お前見てるとムカつく」

 

 ……っ! だ、だったら――。

 

 帰ってよ。と、言おうとして、スバルは続けられなかった。

 シオンが侵食されながらも、微笑んでいたから。

 

「鏡見てるようで、痛いんだよ。俺もお前と同じだったから」

 

 守りたいモノを守れなかったからと、シオンは言う。

 

 スバルは理不尽な思いをしてる人を助けたかった。守りたかった。

 

 シオンは身内を、初恋の女性を、そして誰よりも尊敬した兄を守りたかった。

 

 違うようで、しかし根っこは同じもの。

 

 シオンはそのままスバルをぎゅっと抱きしめた。

 

 ――シオン……。

 

「お前のココロを見せてくれ、そして俺のココロを見てくれ」

 

 因子が纏わり付く。まるで邪魔をせんばかりに。

 だがシオンは構わない。自分のココロの扉は閉まっている。錠が掛かっているのだ――なら錠を開ければいい。

 シオンは、その鍵を自然と”持っていた”。鍵を、シオンは”呟く”。それは、シオンにだけ許された言葉。

 

「ブレイド」

 

 そして、シオンのココロを開く為の言葉。

 

「オン」

 

 次の瞬間、スバルの奥底の世界は、シオンの開かれた扉の向こうの世界と連結したのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ――見る。

 

 シオンはそれを見る、視る、観る。

 スバルの過去を、その時抱いた感情を。

 喜びを、怒りを、哀しみを、楽しみを。

 力を振るう恐怖を。

 自分の力に対する忌避を。

 

 ――憧れた女性が居た。

 誰よりも信頼している親友が居た。

 一緒に駆け抜けた戦友が居た。

 ぶっきらぼうなのに、しかし優しい父が居た。

 救ってくれて、子供としてくれた母が居た。

 そして、優しい眼差しの姉が居た。

 新しい所にはシオンが居た。トウヤが居た。

 

 ――夢を見た。

 

 それは憧れた人のように真っ直ぐに誰かを助ける事。

 

 ――希望を見た。

 

 ずっとずっと、一緒に居たいと願う想い。そして守りたいと願う想い。

 

 ――諦めを見た。

 

 助けたくても助けられなくて、行きたくても行けなくて。

 

 ――絶望を見た。

 

 それは大切な人達が傷付けられた記憶。守れなかった哀しみ。

 

 その全てを、シオンは見た。

 

 

 ――見る。

 

 スバルはそれを見る、視る、観る。

 シオンの過去を、その時抱いた感情を。

 喜びを、怒りを、哀しみを、楽しみを。

 力に対する渇望を。

 どこまでも続く飢えのような渇望を。

 

 誰よりも憧れた兄達が居た。

 誰よりも好きだった姉が居た。

 数多くの戦友が居た。

 そして優しく厳しい母がいた。

 

 新しい所には、スバルが居た。ティアナが居た。エリオが居た。キャロが居た。なのは達が居た。

 

 ――夢を見た。

 

 それはシオンの目標。子供の頃からの憧れ。

 

 ――希望を見た。

 

 それはシオンがずっと抱いてきたモノ。ただずっとずっと求めてたモノ。

 

 ――諦めを見た。

 

 それは哀しみ、追い付けないと、叫び苦しんだ記憶。

 

 ――絶望を見た。

 

 初恋の姉を、誰より憧れた兄が奪う瞬間を。

 

 その全てを、スバルは見た。

 

 二人は互いの記憶を、ココロを見ながら落ちていった――。

 

 

 

 

 気付けばそこに居た。

 草原。

 草原だ。

 青々と繁る草原に、シオンとスバルは居た。空は雲一つ無い青空。その下に二人は居る。シオンは大の字になって寝そべり、スバルはシオンの上で抱きつくように乗っていた。

 

「見たよ」

「ああ」

 

 スバルの声に、シオンは応える。互いの記憶を、ココロを見合った。色々な想いを、お互いに。

 

「……ルシアを助けたかった」

「……」

 

 シオンの独白。それをスバルは抱きついたまま聞く。

 

「二年間。全部かなぐり捨ててやってきた」

「うん。……少し、解るよ」

 

 スバルは頷く。そして顔をシオンに向けた。鼻先がくっつくような距離だ。しかし二人は構わない。

 

「……見えたから。シオンの記憶。シオンのココロ」

「ああ。俺も見たよ。お前のココロ」

 

 シオンは手を伸ばす。スバルの頬に、手は当てられた。

 

「守りたかった」

「ああ」

 

 それは苦い記憶。助けられなかった人達を前にしたスバルの記憶だ。

 

「解るよ」

「うん」

 

 二人は頷く。やがて、シオンは呟いた。

 

「こんな、俺でも」

「うん」

 

 スバルは頷く。それはシオンがずっと抱いてきたモノ。それをスバルは知っている。

 

「初めて、誰かを救う事が出来たのかな?」

「出来たよ。だって、シオンは――」

 

 スバルもまたシオンの頬に手を当てる。まるでお互いの体温を確認し合うかのように、二人は互いの頬に手を当てた。

 

「――私を、助けてくれた」

 

 そう言って、スバルは微笑んだ。それにシオンもまた微笑み――。

 

【ウォッホン!】

 

 ――いきなりの咳ばらいが聞こえた。

 

「わ、わぁ!」

「うぉぉぉ!」

 

 二人は神速の勢いで飛びのく。そして見た先には、いい所で咳ばらいなんぞをした奴――成人モードのイクスが居た。

 

【……二人共、いい所を邪魔するのは忍び無いが――】

「だ、だあ! だあぁぁ!」

「イ、イクス!」

 

 二人は顔を真っ赤に染めて、咳ばらいをした当人、イクスを睨みつける。

 

「何でお前が此処に居るんだよ!」

【そもそも、お前は此処が何処だか知っているのか?】

 

 唐突なイクスの問い。それに、シオンは答えようとして――小首を傾げた。

 

「……アレ? 此処、どこだ?」

【そんな事だろうと思ったよ。このアホ弟子】

 

 イクスは嘆息。それにシオンはムッとするが、スバルがシオンをまぁまぁと宥めた。イクスはそのまま説明する。

 

【お前の世界だよ。ココは】

「……俺の?」

 

 問い直すシオンにイクスは微笑みながら頷く。辺りを見渡して、まるで自慢の景色を紹介するように告げた。

 

【そう。お前のココロの原風景。お前の心象世界。つまり、お前のココロの世界だ】

 

 ――風が吹く。

 

 シオンの世界を、凪ぐように優しく風が吹いた。

 

 

(第二十ニ話に続く)

 

 

 




次回予告
「スバルと共に来たのは、シオンの心象世界の中だった」
「そこでイクスに案内された先にあったものとは」
「そして、ココロの中の戦いに決着が付けられる!」
「次回、第二十二話『黄金の剣』」
「少年は、確かな成長と共に剣を掴む」

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