魔法少女 リリカルなのはStS,EX   作:ラナ・テスタメント

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「あの目を見た時からずっと気になってた。無感情の中に隠れてた激しい思い。孤独を望む思いと、孤独を否定する感情と。大切なものを失った喪失感で溢れてて。だから思った。なんとかしてあげたいって。孤独に怯えなくていいよって、伝えたくて。魔法少女リリカルなのはSTS,EX、始まります」


第三話「刃と拳」

 

 時空管理局、ミッドチルダ地上本部。

 かつてジェイル・スカリエッティの引き起こした事件により、無惨にも破壊された場所である。

 だがあの事件より一年が経ち、地上本部は見事に再建されていた。

 その地上本部の会議室の一室に元機動六課の面々、そして。クロノ・ハラオウン提督。リンディ・ハラオウン総務統括官。そして、無限書庫の司書長のユーノ・スクライアにくわえ、スバルの父親のゲンヤ・ナカジマ三等陸佐、そしてスバルの姉のギンガ・ナカジマ陸曹が集まっていた。

 スバル・ナカジマが強襲された一件。

 その直後に事件の詳細を聞こうと、集まったのである。

 

「スバルは……大丈夫なんですか?」

 

 心配そうな顔でギンガが問う。連絡が来た時は不安で仕方なかったろうのだろう。

 それを聞いて、ゲンヤは落ち着かせるように、ギンガの頭に手を置いた。

 

「落ち着けギンガ。八神、スバルには特にケガはなかったんだろ?」

「はい。でも今は念の為、医務室に検査に行って貰ってます」

 

 問いに、うなだれるようにしてはやてが答える。

 自分達の目と鼻の先で、スバルは襲われたのだ。

 報告を聞いた時は血の気が引いたものである。ゲンヤには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 そんなはやて達を慮ってか、ゲンヤは苦笑して手を振った。

 

「気にすんな。スバルもそう思ってるだろ」

 

 あっさりと言う。しかし、それでも謝りたかった。

 スバルが襲われたその時、知らなかったとはいえ、自分達は宴会をしていたのだ。

 

「あ……」

 

 扉が開く。検査を受けていたスバルとティア、そして検査を手伝っていたのだろう。シャマルが二人に付き添っていた。

 

「スバル、ティアナ……!」

 

 なのは、ギンガを始めとして、皆が一気に集まる。それを見て、二人は申し訳無さそうな罰の悪い顔を浮かべた。

 

「はい、すみません。お騒がせして」

「そんな事、ないよ。大丈夫だった? どこもケガとかない?」

 

 なのはが尋ねる。かつて、なのははスバルと似たような状況で大怪我を負った事があるのだ。心配もひとしおだった。

 

「シャマル?」

「はい」

 

 はやてに促され、シャマルが前に出る。検査の結果を聞く為だ。

 

「スバルちゃん、ティアナちゃん。共にケガなしですよ♪」

「そか〜〜」

 

 シャマルの言葉を聞いて、はやてを始めとした皆は一気に息を吐く。ようやく安心した為だ。

 

「本当、申し訳ありませんでした」

 

 そんな一同に、ティアナが頭を下げる。

 スバルもそれに倣って頭を下げた。そこまで、心配させてしまったと。そう思いながら。

 

「そんな、頭を上げて」

 

 頭を下げる二人に、フェイトが慌てる。謝りたいのは自分達なのだ。これではあべこべであった。はやてもフェイトに頷く。

 

「いや、謝るんはこっちや。ゴメンな。スバル、ティアナ」

「うん、ゴメンね」

 

 はやてを始めとして、皆が一斉に頭を下げる。これには二人も流石にたじろいだ。

 

「え……そ、そんな!? 頭を上げて下さい!」

「そ、そうですよ! ほら、ケガも無くて、ぴんぴんしてますし!」

 

 慌てたのはスバルとティアナだ。皆、全然悪くなんてないのに、謝られては申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 

「ううん、そんな事ない。二人共、大変な時に私達はお酒なんて飲んで……」

 

 なのはがそう言った途端。「あうっ!」と、シャマルが胸を押さえながら後ずさった。

 ……ちなみに、最初にお酒を飲ませたのはシャマルである。

 

「うむ……酒には飲まれるな。とは言うが今回はそれを痛感した。いつの間にか注がれたとは言え。弁解も出来ん」

 

 シグナムも続くと、さらにシャマルが「あうっ! あうっ!」とダメージを受けていく。勿論、精神的な意味で。

 

「だね。元々なのはも私もお酒、得意じゃないし……いくら、シャマルが旅の扉まで使って注いだって言っても。気付けなかった私達も悪いし」

 

 フェイトも続く。シャマルは「あうぅ……!。あうぅ……!」と悶えていた。

 

「そやね。約一名。妙に腹黒いんを忘れてもうたんが失敗やった。ウチの子の教育も含めて、ホンマ、ゴメンな〜〜」

 

 はやてが止めをさす。ついに、シャマルは泣き崩れた。

 

(え、ええっと……これ、イジメなのかな? ティア〜〜)

(そ、そんな事無いと思うけど)

 

 確信犯が何名かはいるが、それ以外は天然であった。まぁ、それはともかく。

 

「あの、このまんまじゃ話しが進みませんし。お互い謝るのはこの辺で……」

 

 そんな一同に、ギンガから助け船が出た。確かに、このままお互いが謝り続けるのも滑稽だろう。

 

「う〜ん。それもそうやな。二人からは話しも聞かんとあかんし」

「だね……」

 

 はやてにフェイトが同意する。続いてなのはを見ると、またなのはも頷いた。それを確認して、はやては二人に視線を向けた。

 

「スバル、ティアナ。悪いけど、あの時何があったか教えてくれるか?」

「あ、はい。解りました」

 

 その言葉を聞いて、スバルが身を乗り出しす。そして、最初から話しを始めた。あの時、何があったのかを。

 

 出会った、少年の話しを。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 第82管理外世界。その世界の星の一つに、延々と砂漠が続く星がある。

 かって十年以上前に、フェイトとシグナムが戦った星だ。そこに佇む少年がいる。神庭シオンだ。

 

「……また外れ、か」

 

 ぐっと呻くようにして呟くシオンの傍らには、灰になっていく存在があった。砂竜である。その周囲には消え行く因子もあった。

 

「くそ……っ」

 

 情報が集まらない。その事にシオンは歯噛みする。

 例え、因子に感染した存在を見つけても殆どの奴は自意識を失っている為、何を聞いても無駄であった。

 かと言って、”感染者”を追う以外に方法は無い。

 ナンバー・オブ・ザ・ビーストを追う手段は。

 

 くそ……!

 

 遠く、思う。今はもう傍らにいない存在に。自分の敵に。

 

 どうすりゃいい?

 

 自問する、が。解らない。

 二年もの間、彼は一人で様々な次元世界を渡り歩いて、かの存在を探し続けて来た。だが、未だ尻尾も掴めていないのが現状である。

 やはり、一人では数多の世界から隠れた存在を探しだすのは不可能なのか。

 

 私達と一緒に来ない?

 

「つっ……くそっ」

 

 唐突に、ある少女の言葉を思い出して、つい毒づく。イクスを握る手に力をこもった。自分の、情けなさに。

 

 情けねぇ……。

 

 久々に人の優しさに触れた。その記憶がシオンに染みわたっていく。

 ……俺は、一人で強くならなきゃいけないのに。

 

 忘れろ……。

 

 管理局ならたいていの事わかるし。

 

 忘れろ……!

 

 無視しないでよ!

 

 忘れろっ!

 

 シオン……っ!

 

 思いだしてしまった。

 少女の言葉を、そしてまるで泣いているような顔を。

 

 こんなにも後悔するなんて思わなかった。自分はもっと強くなってると、そう思っていた。

 こんな、悲しい顔をさせたくらいで辛くなんてならないと。

 

 俺は……何て、弱いんだ。

 

 強くなりたい。そう思う。冷たく、動じず。ただ強く。シオンは、ただひたすらに自分に言い聞かせた。そして。

 

【……見つけたぞ】

 

 イクスから報告が来る。

 それは感染者……つまり、因子の反応を検知したと言う事であった。シオンは長く息を吐く。

 

「そう、か」

 

 目を閉じる。一秒、二秒――と、やがてゆっくりと目を開ける。

 

「どこだ?」

 

 もう、大丈夫。俺は迷わない。迷っている時間なんてない。

 己にただ言い聞かせ、イクスの報告をシオンは聞いた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「んー……」

 

 スバルとティアナからの事情の説明。それを聞いて、はやてを含む皆は呻くような声を漏らした。

 

「異形のオーガ種に、関係のありそうな少年な……」

「神庭シオンって言うみたいです」

 

 スバルがはやての言葉を引き継ぐ。それを聞いて彼女はもう一度頷いた。名前を聞く限りでは、自分と同じ出身世界にも思える。だとするならば。

 

「どう思う? フェイト執務官」

「……そう、だね。探してみる価値はあると思う。公務執行妨害だし」

 

 はやての表向きは隠された疑問に、フェイトは二重の意味で答えた。地球出身である事、そして方針である。

 

「それに、あの異形のオーガ。私達が追ってるのと関係あるかも」

 

 言いながら、ティアナとシャーリーの二人にフェイトは視線を向けた。彼女の執務官補佐でもある二人は、一度見合って頷く。

 

「恐らく――いえ、間違いなくそうだと思います」

「なら、重要参考人もつけられる、かな」

 

 ティアナの言葉にフェイトは再び頷く。何にしても、まずは捕まえる必要があると言う事だ。

 

「どっちにしても話しを聞かなきゃね」

 

 纏めるようにそう言い、その場に居る皆が頷く。しかし、一人だけそうしない人物がいた。スバルだ。彼女は顔を曇らせると立ち上がる。

 

「あの、ちょっと待って下さい」

「? どうしたん、スバル?」

「スバル?」

 

 立ち上がった彼女を見て、はやてとなのはが疑問符を浮かべた。何よりその表情を見てだ。

 スバルは自分に集まった視線に一瞬だけたじろぐ。だが、ぐっと堪えたように息を呑むと自分の意見を告げた。

 

「えっと、その……反対、していいですか?」

「? どういう事かな?」

 

 スバルの意見に、フェイトの目が鋭くなる。はやてや、なのはも訝しむような表情となった。それらを見て、慌ててティアナがスバルの顔を引き寄せた。

 

(スバル! アンタ一体何言ってんのよ!?)

(テ、ティア〜〜)

 

 思わぬプレッシャーを受けてか、スバルがこちらも小声で情けない声を上げる。それを聞いて、ティアナは嘆息。そして、忠告含めて説得に掛かった。

 

(アンタね、お人よしも大概にしときなさい。……アンタも、私も武器を突き付けられたのよ?)

(でも……)

 

 その、あの、と念話でゴニョゴニョ言う。それにだんだんティアは苛つき――そして、問答無用に爆発した。

 

「あ――――! もう、苛々する!」

 

 小声だった事も忘れ、思いっきり怒鳴った。周囲の視線が集まるが、彼女は全てを無視。びっくりした顔のスバルの襟首をがっしりと掴み上げた。

 

「ティ……、ティア?」

「はっきり言いなさい! はっきりと! アンタ、あいつにどんな事を感じたのよ!?」

 

 思いっきり問い詰める。

 ティアナのあんまりの剣幕に、スバルは呆然として、だがすぐに表情を変えると答え始めた。

 

「悪い人じゃないって思うんだ」

「さっきもそう言ってたわね……根拠は?」

 

 ティアナの問いに、スバルは少しだけ躊躇った。

 根拠なんてなかった。だけどあの目を見た時、そう感じたのだ。放って置けないと。

 

「目……」

「目ぇ?」

 

 繰り返すようなティアナの言葉に、スバルははっきりと頷く。そう、目。あの目だ。

 

「根拠なんてないよ。だけど、シオンのあの目を見た時、そう感じたんだ」

 

 スバルははっきりと、だが確信を持って話す。 横でそれを聞いていたなのはは、その感覚に覚えがあった。

 

 私とフェイトちゃんが出会った時と同じ……。

 

 あの時もそうだった。なのははフェイトの無表情の奥にある、寂しさ。悲しみを目で見た時、感じたのである。理屈じゃない。

 フェイトを見る。彼女もまた同じ事を考えたのだろう。なのはに頷いて見せた。だが。

 

「スバル」

 

「……はい」

 

 ゆっくりとフェイトが話しだす。それに、スバルがこちらを向いた。真っ直ぐな、いい目だ。

 人の本質を見抜く、そういう目である。フェイトはそう思う。しかし。

 

「スバルの考えは解ったよ。でも彼は犯罪を行った。公務執行妨害、暴行未遂。どれも犯罪だ。……それは解るね?」

「はい……」

 

 スバルは神妙に頷く。それは、彼女も良く分かっていると言う事だ。少年、神庭シオンが許されない事をしたと言う事実を。フェイトは頷き、更に続ける。

 

「それに、話しも聞かなきゃいけない。ひょっとしたら、これは大変な事件かもしれないんだ」

「え……?」

 

 スバルが聞き返す。フェイトの言葉が意外だったのだろう。この上、何があると言うのか。スバルの反応をフェイトは確かめ、そして自分が今追っている事件を話そうとして――突然、サイレンにも似た音が鳴り響き始めた。それはこの場に居る皆が聞き慣れた音。

 

 つまり、エマージェンシーコールが鳴り響いたのであった――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 時間は少し遡り、場所は聖王教会。その一室に騎士、カリム・グラシアがいた。

 彼女の周りには多数の詩篇が浮いている。

 レアスキル『プロフェーティン・シュリフテン』。

 カリムの持つレアスキルで、その能力は未来予知。

 短くて半年。長くて数年後に起きる事件を詩文で書き綴り現す能力である。その能力が今、”勝手”に動いていた。

 

 何が起こったの?

 

 いきなりの事態に、カリムは戸惑う。こんな事は始めてであったのだ。戸惑いもする。

 そんな彼女の手の中に詩文の一枚がに納まった。

 

 これには一体、何が?

 

 手にある詩文をカリムはぐっと息を呑みんで取り。そして、朗々と読み上げた。その内容は――。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「エマージェンシー? 一体何があったんや?」

 

 いきなり鳴り響いたコールに、はやては疑問符を浮かべながらも、地上本部の管制官に連絡を取りはじめた。何が起きたにしろ、聞かなければ始まらない。しばしの間を挟んで、通信が開いた。

 

《はい、こちら地上本部管制室です》

「八神はやて一佐です。何かあったんか?」

《八神一佐……! はい! ここ、クラナガン周辺で戦闘が発生しまして……! 現在、武装隊が出撃待機しています》

 

 管制官の言葉に、スバルは何故か嫌な予感を覚えた。まさか……。

 

「映像、回してくれるか?」

《了解!》

 

 はやてに管制官が即応で答え、ウィンドウが展開。そのモニターに映っていたのは見間違いない姿であった。

 

「スバル!」

 

 同時、なのはが気付いて、静止の声を飛ばす。

 だが一歩遅く、スバルは走り出してしまった。

 映像に写ったのはマンモスのような巨大な生物。

 だが、その周りには黒い点が纏わり付いている。

 対峙しているのは今、話していた少年。神庭シオンであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ミッドチルダ首都クラナガン。周囲をビルで囲まれた場所で、激音が響く。それは、紛れも無く戦闘の音であった。

 

「っおお!」

 

 その中心で、叫びをあげながらシオンは大剣を両手で持ち、袈裟からの斬撃を放つ。だが。

 

「p,ECAaaaa――――!」

 

 異形のマンモスは、全く斬撃を気にもせず突っ込んで来た。真っ正面から叩き込まれた刃が、鼻面を切り裂く。だが浅い。

 

「くっ……!」

 

 剣を引き抜く間もなく、異形は突っ込んで来た。

 軽いシオンの体が押され、イクスごと持っていかれそうになる。堪えられない。

 

「舐めんな!」

 

 しかし、シオンは未だ刺さったままの剣を踏み台にして、一気に異形の身体を登頂開始。十mに満たない身体を瞬時に駆け上がる。

 結果、異形は激突する対象を失って、近くのビルに盛大に突っ込んだ。

 

「GbGAaaa……!」

「やかましい!」

 

 間近で聞く叫び声に、顔をしかめる。異形の頭から飛び降りると、右手を掲げた。

 

「イクス!」

【リターン】

 

 叫ぶのは、デバイスの強制回収ワード。即座に異形の鼻先に突き刺さったままの大剣がその手に引き戻った。

 それは塞がっていた傷口が開く事を意味し、血がまるで噴水のように吹き出す。血のシャワーをシオンは盛大に浴びてしまい、視界を覆った。いくら全身を防護するバリアジャケットと言えど、視界を物理的に塞ぐのは阻止出来ない。

 

「くそ……!」

 

 失態だ。先程からつまらないミスばかりをしている。舌打ちしながら、グローブの甲の部分で視界を拭った。だが、その動きは明確な隙を生んだ。異形のマンモスは、生まれた隙を見逃す筈も無く突っ込む!

 

「BRUGaaa!」

「っ! がっ!?」

 

    −撃!−

 

 迷わず叩き込まれた突撃は、シオンの身体を人形のように弾き飛ばした。

 ダンプにでも轢かれたような勢いで、シオンは十数mを転がる。

 

「ぐっ……! っ!」

 

 ……くっそ。

 

 苦痛に呻きながも立ち上がろうとするが、それすらも上手くいかない。身体が思い通りに動かないのだ。理由は簡単――疲労である。

 何故なら、彼はスバル達と対峙した後も一切休まず戦っていたのだ。

 その疲労がピークに達しつつあった。

 

 くっそ……何なんだ、こいつら……!

 

 いつもは異形もここまで連続しては現れない。

 数ヶ月に一体とかもザラだったのである。だが、今日は違う。既に五体目の感染者とシオンは戦っていた。いくら何でも異常である。

 しかし、シオンもまた退かない――退けない理由があった。ナンバー・オブ・ザ・ビーストに繋がる存在なのだ。彼等、感染者は。

 いつもは座して現れるのを待つばかりの感染者が、連続して現れているこの状況。シオンにとっても好機なのである……彼が、生きていられたのならばの話しだが。

 そして、まさにシオンの命の脅威は、ゆっくりと近づいて来ていた。

 今ならくびり殺せると、そう確信ししたように異形のマンモスは迫り来る。

 

「舐めんな……」

 

 軋む身体を無理やり立ち上がらせ、イクスを構える。その姿には、あまりに力が無い。だが、それでもぎらつくような視線と殺気を、シオンは異形に向けた。

 

「舐めんな――――っ!」

 

 咆哮一斉!

 

 シオンは身体から魔力を放出させ、立ち上がった。イクスを肩越しに担ぎ上げる。

 

 勝負……!

 

 この一撃で決める。そう決めて、シオンは渾身の力を持ってイクスを振り下ろした。

 

「あぁぁぁぁ……っ。神覇参ノ太刀、双牙ぁ!」

 

    −轟!−

 

 振り下ろされたイクスを中心にして、地面を魔力斬撃が走った。それも二つだ。

 まるで挟み込むようにして放たれた魔力斬撃は、異形の前足を切り飛ばす。

 さらにシオンは、イクスを前に突き出して構えた。

 

「再生する前に終わらせる!」

 

 その構えは突貫。同時に噴出した魔力が、彼の身体を覆う。

 それは、彼自身を弾丸にした突貫魔法であった。

 引き絞られた矢の如く、シオンの身体は弾けたように突撃を開始する。

 

「神覇伍ノ太刀……! 剣魔ァ!」

 

    −轟!−

 

    −裂!−

 

 魔力を纏って突撃したシオンは、迷う事なく異形の中央へと飛び込み。その身体を真っ正面から貫通する。

 異形のマンモスは胴体をぶち抜かれて、一瞬だけ身を震わせると、ゆっくりと崩れ落ちて灰へと化していった。

 

「勝っ……た」

 

 灰に変じつつある異形のマンモスを確認すると、シオンはゆっくりと片膝をついた。

 疲労の極みで視界が危うい。このまま倒れられたら、どれだけ楽だろうか。

 だが、シオンはぐっと呻くとそれに堪える。

 何故ならは、次の来訪者に備えなければならなかったから。

 

「俺に関わるなって言ったろうが……!」

 

 スバル・ナカジマ。彼女が、前から走って来ていた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「シオン……っ!」

 

 スバルは叫びながらシオンの元に走って行く。その表情に浮かぶのは、心配の二文字だ。

 

 あんなに血だらけで……! あんなに血の気を失った顔で!

 

 遠くから見ても、シオンの満身創痍ぷりは良く分かった。疲労も何もかもが限界に近いに違いない。

 何故、彼がここまで心配になるのか、その理由すらも分からないままにスバルは走る。彼の元に辿りつくまであと2メートル。

 だがその先から近づけなくなった。シオンが再び剣をスバルに突き付けたから。

 

「何しに来やがった……!」

「その、シオンが戦ってるの見て、気になって……」

 

 その言葉を聞くやいなや、シオンは舌打ちし、スバルを押し退けて歩きだす。

 自分を押し退けようとした力の弱さに、スバルはぞっとした。慌てて手を掴もうとする、が。払い除けられた。

 

「そんなボロボロで何処行くの!?」

「てめぇに関係あるかよ」

 

 まただ。シオンは自分を避けている。スバルはそれを理解した。

 気に入らないとばかりに、視線すらも合わせない。

 そして、また次元転移を行おうと魔法陣を展開した。

 

「ダメだよ!」

 

 行かせちゃダメ……!

 

 半ば本能的にスバルは止めに入る。このままでは、間違い無く彼は倒れるだろう。本人もそれは理解している筈である。だが、シオンは構わない。スバルを無視して、次元転移を開始しようとして。しかし、スバルが邪魔をする。転移の魔法陣に入って、シオンの正面に回った。

 

「シオン!」

「うぜーな……! 何度も言わせんな! 関係無ぇだろうがよ!?」

「あるよ!」

 

 ついに怒鳴るシオンに、しかしスバルは負けないくらいの声で叫んだ。息を呑んだ彼に、スバルは続ける。

 

「あるもん……」

 

 俯いて、呟くように告げるスバルに、シオンは顔を背けた。彼女の顔を見ないようにする為に。

 

 忘れようって思ったのに。

 

 だが、見てしまった。応えてしまった。ほとほと、自分の弱さが嫌になる。

 だから、強い自分を取り戻す為に、シオンは彼女との決別を望んだ。

 

「……どうしても俺を止めたきゃ、力づくで止めるんだな」

「そんなの、嫌だよ……」

 

 その言葉にカッとなった。シオンは凄まじい形相で、再びイクスをスバルの喉元に突き付ける。

 

「ふざけんな……! 俺を止めたい。けど戦わないって? 舐めてんのかてめぇは!?」

 

 叫ぶシオンと突き付けられた剣。だが、スバルはバリアジャケットすら纏わない。

 これが、スバルが出した答えであった。そう、自分はシオンとは”戦わない”。

 戦う為に来た訳では無い。自分は、彼を止めたいのだから。

 少年は少女に剣を突き付けた。だが、少女は少年に拳を向けない。

 スバルは再びシオンの目を見る。そこには困惑と――そして、悲痛さが浮かんでいた。

 

「退けよ」

「退かない」

「なら戦え」

「戦わない」

 

 まるで平行線。二人の意見は交わる事無く、平行線であった。

 スバルは退かない。それを理解して、シオンは呻く。

 

「なんで、だよ……?」

 

 ぐっと息を呑んで、シオンは言葉を吐き出した。苦しく重い言葉を。

 

「なんで、お前は俺を……?」

「……わかんないよ」

 

 スバルもまた言葉を放つ。自分の中にあるまったく解らない感情をだ。解らないままに、彼女は言う。

 

「でも、あの時、シオンの目を見た時思ったんだ。シオンに傷ついて欲しくないって」

 

 スバルの目をシオンは見る。あまりに真っ直ぐなに自分へと向けられる目。

 それを綺麗だなと、シオンは場違いな事を思った。

 

「お前は……っ!?」

 

 何かを言おうとして――だが次の瞬間、スバルをシオンは突き飛ばした。

 

「っ……! シオン!?」

 

 一瞬驚いた表情となるスバル。しかし、すぐにシオンが何故そんな真似をしたのか理解する。

 異形のマンモス――胴体を貫かれて、倒れた筈のそれが、突っ込んで来たのだ。突き飛ばされたスバルは衝突コースから外れ、しかし取り残されたシオンへと重量のある身体が激突する!

 

    −撃!−

 

「があぁぁぁっ!」

 

 直撃を喰らい、シオンはまるで冗談のようにすっ飛んだ。先に喰らった時より二倍は遠くに飛んで行く。

 その場に取り残された形となったスバルは血相を変えた。

 

「シオン! ――マッハキャリバー!」

【セットアップ!】

 

 瞬時に呼び出すと、即座に応えてマッハキャリバーが起動。バリアジャケットごと展開して、スバルは高速で移動。シオンが吹っ飛んで行く先に身体を割り込ませ、受け止めた。

 

「っう……!」

 

 腕を通り抜ける衝撃に表情を歪め、しかし離さずそのままシオンを抱きかかえる。彼はスバルの腕の中でぐったりとしていた。血の気が凍る。

 

「シオン……! シオン!」

「うるさい……少しは黙れよ、お前は……」

 

 叫びに答えるようにして、シオンは相変わらずの憎まれ口を叩いた。だが、変わらぬその口調にこそ、スバルはほっとする。

 そんなスバルの顔を見て、シオンは何かを諦めたような顔でゆっくりと立ち上がった。

 

「あっこから再生するのか……とんでもないな」

「でも、完全じゃないみたいだよ?」

 

 スバルが異形のマンモスを指差す。異形は、身体の所どころが欠落していた。無理矢理再生したのか……そうまでして攻撃して来た異形にシオンは舌打ちした。つくづく、タチの悪い存在である。

 

「……お前、スバルって言ったよな?」

「え……? あ、うん!」

 

 名前を呼ばれ、覚えてくれていたのかと、少し嬉しそうな声をスバルがあげる。

 シオンはそんな彼女からそっぽを向いて、イクスを構えた。だが、柄を握る手には明らかに力が無い。

 ダメージと疲労の極致で、握力すらも殆ど残っていなかった。あの異形は暫くすれば消えるだろう。だが、まだ一暴れくらいはしそうな気配があった。なら、どうするか……答えは一つ。だから、シオンは迷いながらもそれを選択した。

 

「止めはお前が刺せ」

「え……?」

 

 言いながら、イクスを構える手をスバルに見せる。握力の残っていない指は、イクスと魔力の補助があってさえ震えていた。

 

「俺には、あいつを仕留めるほどの力がもうない」

「シオン……」

「任せたぜ。……その後で俺の知ってる事を教えてやる」

「え……?」

「知りたいんだろ?」

「うん、でも」

 

 ……いいの?

 

 そう言おうとして、だが状況はそれすらも許さなかった。身体中を崩壊させながら、異形が突っ込んで来る!

 

「GAaaaa……!」

「来るぞ!」

「……うん!」

 

 異形が吠える。その咆哮で敵対する物、全て消えろとばかりに。だが、対峙する二人は抵抗するように前へと出た。

 

「おお……っ!」

 

    −撃!−

 

 シオンは左手にシールドを展開すると、そのまま異形の突進を受け止める。だが、押し留められる力も無いのか、シールドごと押され始めた。持たない……! だが、シオンはその中でも動き続けた。

 

「おおっ!」

 

 シールドの内側に最後の力を振り絞ってイクスを叩きつける。同時に、こちらも最後の魔力を注ぎ込んだ。叫ぶ、自分が放てる最後の魔法を。

 

「神覇四ノ太刀、裂波ァ……!」

 

    −波−

 

 シオンが叫ぶと同時にシールドが砕け、そこから波紋状の衝撃が放たれた。

 振動波――攻撃に使える程のものでは無いが、空間を走る振動波は対象を拘束する。言わば、空間振動波だ。全身にそれを受けた異形は身体中を震わせて、動きを止めた。

 そこに迷わず、スバルが飛び込む!

 

「行け!」

 

 シオンの叫びに頷き、スバルは異形の真ん前に踊り出た。狙いは一点。先程シオンが貫いた箇所。

 

「おお……っ!」

 

    −撃!−

 

 リボルバーナックルの一撃が、異形の腹に食い込む。即座に、スバルは戦闘機人モードに移行すると、IS・振動破壊を発動!

 

    −轟!−

 

 唸るようにして超振動による破壊は異形の内部へと叩き込まれた。内臓を根こそぎ破壊され、のたうち回る異形から、巻き込まれる前に離れる。そして、光球を左手で掲げた。

 

「ディバイン……!」

 

 環状魔法陣が、左手に展開。狙いは眼前で悶える異形。左手を真っ直ぐに突き出し、その光球を右の拳でぶっ叩く!

 

「バスタァァァァ――――――っ!

 

    −轟!−

 

    −砕!−

 

 そして、右拳から放たれた光砲の一撃は容赦無く異形を飲み込み。光の中で今度こそ、異形のマンモスは灰になったのであった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ビルの間からヘリが飛んで来るのが見える。多分六課の面々が乗っているのだろうそれを見て、スバルは苦笑を浮かべた。

 

 ……飛び出して来ちゃったからなー……。

 

 お説教は確実であろう事は間違いない。主に、ティアナからのが。

 今度の説教は長引きそうな気がひしひしとした。でも。

 

「……ねぇ」

「あん……?」

 

 今度はシオンも一緒だ。

 初めて会った時は差し延べたままだった手を今では掴んでくれる。それが嬉しい。だが気になる事はあった。いきなり、シオンが態度を改めた理由である。あの感じでは、到底ついて来てくれそうに無かったのだが――。

 

「何で、知ってる事話してくれたりするって決めたの?」

「……俺の負けだから」

 

 ……意味が解らない。

 

 なので、もう一度問うてみる事にした。

 

「どう言う意味?」

「ぜってー教えない」

 

 あっさり拒絶して、シオンは背中を向ける。その態度にはありありと教えないと告げていた。

 

「え――! 教えてよ〜〜」

 

 後ろでスバルが騒ぎ立てるが、シオンは無視。聞こえていないフリをした。

 

 言える訳ねぇだろうが……!

 

 後ろの声に耳を塞ぐ真似をして、頭を抱える。

 それは何故か?

 思い出す。先程のスバルとのやりとり。そして、あの目を。

 顔が赤くなったのを自覚した。

 

 お前に負けたからなんて言える訳が無いだろうが……!?

 

 綺麗だと思ったその姿に、負けたと思わされた。

 そんな事を言える筈も無く、まだ騒ぐスバルに背中を向けたままでいる事にする。やがて、ヘリが降りたったのであった。

 

 




次回予告
「差し出された手を掴み、管理局へと来た神庭シオン」
「そこで彼は意外な提案を受ける」
「そして、明らかになるカリム・グラシアの予言と不吉な前兆」
「それを聞いて、私達は立ち上がる決意をしたのでした」
「次回、第四話『独立次元航行部隊』」
「こんな筈じゃない結果にはしない。それこそが、彼女達の想い」

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